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記者・大草芳江が活動をつづります

2010年11月30日

「知恵」って、そもそもなんだろう?

仙台市教育委員会の仙台版「たくましく生きる力」育成プログラム検討会議(略して「たく生き」)
の今年度3回目となる会合が開催され、私もコアメンバーとして参加させていただきました。

「たく生き」の目的は、変化の激しい社会をたくましく生きるために必要な「知恵」や「態度」を、
義務教育の時期から養う学習プログラムを開発し、仙台市立の小中学校で実施すること。

※会議の目的や方向性などは、下記記事にまとめていますので、そちらをご覧ください。
 【宮城の新聞】社会を生き抜く「応用力」育成へ検討会議設置/仙台市教委
 【宮城の新聞】変化の激しい社会を「生きる力」育成プログラム作成へ/仙台市教委

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昨年度までの検討会議も含め、ここまで下記のような流れで議論をしてきました。
①子どもや若者の現状について
②変化の激しい社会を生き抜く力の検討
③変化の激しい社会を生き抜く力の素地となる「知恵」や「態度」の検討
④従来の教科や領域等の指導にとらわれず、
 必要となる「知恵」や「態度」を養っていくための学習プログラムを作成

本日は、作業部会の先生方のご尽力により具体的な授業案がいくつか示され、
これまで(ある意味で学校現場の外にある)検討会議で議論していたコンセプトと、
学校現場との接点のイメージ(良い意味での摩擦も含めて)が見えてきた感じです。

今年度中にいくつかの試案を作成し、来年度はモデル校での実施を目指すそうです。
議論への参加に加えて、『宮城の新聞』でも、引き続き取材を継続していく予定です。

ところで、変化の激しい社会を生き抜く力の素地となる「知恵」とあるのですが、
改めて考えてみると・・・、皆さんは、そもそも「知恵」とは何だと考えますか?

ちなみに現在の学校教育の体系では、「知恵」は明示的には位置付けれてないそうです。
検討会後の懇親会でも、「知恵」とはそもそも何か?について活発な意見交換が行われました。

皆さんから出てくる各々の「知恵」の定義は多種多様で、
各々が「確かにそうだなぁ・・・」と納得させられるものでした。

じゃあ、そもそも私がリアルに感じている「知恵」って、そもそも何だろう?

これまでインタビューさせていただいた方々の顔を思い浮かべながら、
其々の人々がお話していた言葉を、外から引っ張ってくるのではなく、
なにか、自分自身の中から、それを引っ張り出したいなぁ・・・云々と考えていたところ、
自分自身がしっくりする定義に、やっと思い当たりました。

それは、
それぞれの人には必ず「中軸(筋、よって立つもの)」のようなものが一人につき一本あって、
その中軸を、本人が(意識的・無意識的に関わらず)ちゃんと認識してつかんでいて、
どんな外的要因があったとしても、その中軸から位置付けて、社会の中を生きていける力。
のことなんじゃないかな、と。

そして、私がロングインタビューで知りたい、可視化したいと思っているのは、
まさに、それぞれの人固有の、この「知恵」の形なのだな、と再認識することができました。

皆さんが出す各々の「知恵」の定義に其々納得したのも、そのためなのですね。
改めて、「そもそも~」視点から見える世界のおもしろさを実感した一日でした。

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コメント(3)

KOH (2010年12月 3日 11:44)

皆さんは、そもそも「知恵」とは何だと考えますか?
に、勝手ながら応えさせていただきます・・・

私の想う知恵は、こんな図で構成されています

 知恵
 知恵>智恵
 知恵>智恵>智慧・・・叡智
 知恵>智恵
 知恵

多くの人が、知恵ということばで素直に連想する「おばあちゃんの知恵」
それは“土地に密着した生活の経験で得た知識を暮らしに活かすこと”としての知恵でしょう

その知恵が濃縮され、他の人々が「それはいい」と真似っこする
つまり伝播し拡がって共有される知恵は、世の為、人の為に役に立つ、つまり日の目をみて智恵となる

その智恵をもっと濃密に煮詰め
もっと世の為、人の為に役に立つものにしようと志す人がいる
その結果が人類の英知と評価された時、その智恵は智慧なのだと想います

ここからは、本筋を外れるのかも知れませんが
さらに智慧の根本、根源を追究した求道者が観じた智慧の到達点を叡智と言うのだと想います

大草 芳江 (2010年12月 7日 09:05)

KOH様:

「知恵」って、そもそもなんだろう?への
大変興味深いご意見、誠にありがとうございます。

KOH様のご意見を拝見し、なるほど、私が定義した知恵は、
個人の内面についてしか言及していなかったことに気づきました。

個人の経験で得た知識が個人内だけでなく、他人と共有される、
さらには世代を超えて人から人へと継承される、という重要な要素を、
私自身があまり自覚していなかったせいかもしれません。

私事ですが、昨日の食事中、魚の骨が喉に詰まり、
「このまま刺さったままだったらどうしよう・・・」と大変不安になりました。

しかし「魚の骨が刺さって死んだ」ケースはこれまで聞いたことがありませんし、
さらには「魚の骨が喉に詰まったら、ご飯を丸飲みすれば良い」という
先人の知恵(?)を思い出しまして、それを忠実に実行したところ、
無事、魚の骨は胃の中へ丸く収まりました。

この瞬間、「あぁ、『知恵』とはまさに『知の恵み』であるなぁ・・・」と
実感した次第であります。

いただいたコメントに対して、あまりにも安っぽいエピソードで恐縮ですが、
逆に言えば、今回KOH様から『知恵』に関するコメントをいただいていたことで、
人から人へと継承される知恵の、文字通りの意味を自覚した次第であります。

これからも『宮城の新聞』をご愛読いただけると幸いです。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

byKOH (2010年12月 9日 16:50)

大草さま

お忙しいなか、コメントUPとコメントへのコメント、ありがとうございました。

当たり前の話しですが、現代の大人は、過去子供でした。
今の社会を構成しているのは、その子供だった私達、大人です。
過去の大人は、今の大人である私達に、未来を託して教育をしてくださった。
そう考えると、今の社会のシステムは、過去の大人の知恵で、今の大人が作ったもの・・・とも言えると思います。

『変化の激しい社会を生き抜く力の素地となる「知恵」や「態度」』 と限定して考えるに
その知恵や態度は、どんな時代、どんな環境であろうとも、
変わる事なく、揺るぎ無く、共通して人の心に 大草さんの書かれたような心の軸として在って欲しいのです。

私の拙い想いで恐縮ですが、その「知恵」は、 「自分をこの社会に活かす工夫」なのだと信じています。
「たく生き」にならい、書くと「自分をこの社会に活かし抜く工夫」と言ってもいい。

そして「自分をこの社会に活かす工夫」と「態度」の関係は、
知恵をこの社会に対し実行する際に、ほんの少し必要となる勇気と、その行動の時に内面から滲み出る
つまり外面を持って、「態度」と、他人が言うのだと想います。
それは難しく考えなくとも、例えば、子供達が公共の乗り物で、席を譲る姿形に、その本質を観ることができると思います。

社会に出て成りたい自分を実現する為には、たくさんの壁や迷路を通りぬける必要があります。
そこには、知恵と勇気と行動が必然として必要です。
私達大人は、子供達に、未来の社会で、自分を活かす 場、方法、機会、情報など あらゆる可能性の種を、できるだけ多く そっと手渡してあげる。
それを個々の長じ方に合わせ 自分の夢や志の畑にあったものを選択し社会という場に蒔いたり、植えたりする。
その時に、ほんの少し必要となる自分の内の勇気を育てて置けば、同時に他の人の背中をそっと押してあげられる勇気も同時に育つ事でしょう。
そして出て来た芽を皆で育んでいけるなら、きっとどんな時代であろうとも、豊かな社会になるように希望を含めて想うのです。

「たく生き」に、ご参加されていらっしゃる方々の持ちよった知恵が、議論という時と場を経て発酵し智恵となり
その智恵菌が未来の大人の素、現、子供達のより多くの心の内に入り、軸として育つ事を心より願っております。

もちろん今後も『宮城の新聞』を愛読させて頂きます。

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