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2022年 10月 03日 (月)

地震学×情報科学の融合で、目指すは天気予報の地震版 取材・文/大草芳江、資料提供/加納将行(東北大学大学院理学研究科)

2022年04月13日公開

地震学×情報科学の融合で、
目指すは"天気予報の地震版"

加納 将行さん(東北大学大学院理学研究科 助教)
矢野 恵佑さん(統計数理研究所 准教授)


加納 将行 Masayuki Kano
東北大学理学研究科 助教。2014年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻で博士(理学)を取得。日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学地震研究所特任研究員を経て、2018年より現職。東京大学地震研究所在籍時には「都市災害プロジェクト」「スロー地震学」において、地震波動場推定手法の高度化やスロー地震データベースの構築に従事。現在は主としてデータ同化・測地データ解析による断層モデリングに関する研究を行っている。

矢野 恵佑 Keisuke Yano
統計数理研究所 准教授。 2017年東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻で博士(理情報理工学)を取得。 東京大学計数工学科 助教を経て、2020年より現職。専門は数理統計学、特に統計的予測理論。 2017年にJST CREST iSeisBayesに参画し地震・測地データへの応用研究を開始。

 近年のビッグデータ、AIを始めとする情報科学の著しい進展を踏まえ、地震の調査研究においても、従来技術に加え、新たな科学技術の活用が期待されている。こうした背景を踏まえ、文部科学省は「情報科学×地震学」を推進するプロジェクトとして、「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」を立ち上げた。その採択課題のひとつ「データ同化断層すべりモニタリングに向けた測地データ解析の革新」が目指すものとは何か。研究代表者の加納将行さん(東北大学理学研究科 助教)と研究協力者の矢野恵佑さん(統計数理研究所 准教授)に「地震学×情報科学」の研究最前線を聞いた。

※ 本インタビューをもとに文部科学省採択課題「データ同化断層すべりモニタリングに向けた測地データ解析の革新」ホームページ作成を担当させていただきました。


目指すは、天気予報の地震バージョン

-はじめに、この課題が目指すものから教えてください。

加納: 本課題タイトルが示す通り、「データ同化断層すべりモニタリング」と「測地データ解析の革新」、この2つがキーワードです。大まかに言って、「データ同化断層すべりモニタリング」(研究項目(C))を地震学が専門の私・加納が、「測地データ解析の革新」(研究項目(A)及び(B))を情報科学の専門家である矢野さんが担当します。


【図1】研究概要

 はじめに前半の「データ同化断層すべりモニタリング」から説明しましょう。「データ同化」も「断層すべり」も一般にはあまり馴染みのない言葉だと思いますが、一言で言えば、「天気予報の地震バージョン」とイメージいただけるとよいと思います。

-「データ同化」とは何ですか?

 わたしたちが普段テレビなどで見ている天気予報は、気象の場がこれからどのように変化していくかを流体力学の方程式に基づき数値計算(シミュレーション)しているものに、観測データを入力することで、その予報精度を高めることを行っています。これが「データ同化」と呼ばれる計算技術で、登場してから数十年も経ち、天気予報など、わたしたちの生活にも届くくらい広く使われている技術です。

-その「地震バージョン」とは?

 ここで主にターゲットとするのは、プレートの沈み込み帯で起こる「断層すべり」です。本課題では現在プレート境界のどこでどれくらい断層がすべっているのか、また、その断層すべりが、例えば、明日・明後日、一週間後、一ヶ月後にはどのように変化していくのかを、観測データに基づきモニタリングし、短期的な推移予測を目指します。これが「データ同化断層すべりモニタリング」です。

-地震は断層が急に大きくずれ動く現象ですが、本課題がターゲットとする、日や週、月といった時間のスケールで起こる「断層すべり」とは、どのような現象でしょうか?

 「プレート境界で起こる断層すべり」と一言で言っているわけですが、皆さんがイメージされるのは地震ですよね。地震はとても短い時間スケールの話です。一方で最近の研究によって、日や週、何ヶ月という長さのスケールで、ゆっくりした滑り現象が、起きる場合があることがわかっており、「スロー地震」と呼ばれています。巨大地震の発生前には「スロー地震」が起きている場合もあることが近年の研究でわかっており、「スロー地震」と巨大地震の関連性は現在も研究者によって調べられている課題です。

 「スロー地震」とは、地震と同じくらいのエネルギーを、地震よりも長い、何日、何週、何ヶ月というスケールで、解放していく現象です。大きな揺れは伴わないため、我々が身近に感じることはできませんが、それくらい大きなエネルギーが解放されると当然、周りには影響を及ぼすわけです。それが結果的に、例えば、巨大地震の最後のひと押しになる可能性もあります。

 つまり、本プロジェクトで目指すのは、揺れを伴うような地震の予測ではなく、専門的には「スロースリップイベント」と呼ばれる、ゆっくりした断層すべりを地殻変動データでモニタリングすることです。長いスケールのため、地震波形データではなく、地殻変動データを扱う点が、本プロジェクトの特徴のひとつと言えます。

-地震は断層が急にずれ動いたことで発生する地震波を地表にある地震計で測定していますが、「地殻変動データ」はどのようにして測るのですか?

 我々専門家は「GNSS」(全球測位衛星システム)と呼んでいますが、皆さんにとっては「GPS」と言う方が、馴染みがあると思います。GPSはスマホにも入っていて、自分が今どこにいるかわかりますよね。GPSのような機材(基準点)をずっとある場所に置いておけば、地面が例えば1日後にどれくらい動いたかがわかります。そのような測地データをひたすら記録することで、地面の動きを地殻変動として捉えます。

 例えば、プレート境界ですべり現象が起きた時、その結果として地面が動くわけですが、それをGNSSでモニタリングすることで、逆にプレート境界がどのように動いているかを調べることができます。そのような測地データを用いて、地殻変動を日々観測することで、そのプレート境界がどのようになっているかを観ていきたいのです。

- 従来の「地殻変動データ」とはどのような点が異なるのですか?

 もちろん、大きな地殻変動については、現在でもある程度、捉えることはできていますが、例えば、大きな地殻変動に対してノイズレベルの小さな地殻変動が十分網羅的に調べられているかと言えば、まだ課題は残されていると考えています。

 そこで今回、情報科学という新しい武器を使おうと、タイトル後半のキーワードである「測地データ解析の革新」を掲げました。例えば、従来は見つけられなかった小さな地殻変動現象の把握、あるいは解析手法のアップデートを目指すものです。

-天気予報の例と対比させると、もともと断層すべりはどのような基礎方程式に基づいて数値シミュレーションを行っているのですか?また、シミュレーションの結果と観測データを付き合わせることは、断層すべりでは行われていないのですか?

 基本的には、弾性体の力学に基づく運動方程式に、プレート境界面の摩擦の物理法則を合わせて、断層すべりの時空間変化の計算が行われています。ただ、その数値シミュレーションは、あくまで定性的に現象を再現するもので、もちろん、計算結果と観測データの比較は行われているものの、数値シミュレーションのパラメータは、ある意味、試行錯誤的に決められています。一方でデータ同化とは、パラメータを実際の観測データに基づいて最適化することによって、より現実的に予測精度を向上させようというものです。それが断層すべりの数値計算の分野ではまだほとんど行われていないということです。

 まとめますと、「データ同化断層すべりモニタリング」と「測地データ解析の革新」、この2つを組み合わせることで、より現実的な、沈み込み帯の断層すべりの現状把握と短期推移予測を目指すことが、本課題の最終目標です。そのモニタリング手法を確立することなしに前へ進めないことは、実は、私が学生だった15年前頃から指導教員に言われてきたことです。

-約15年も前から必要性はわかられていながらも、まだ実現できていない要因は何ですか?背景となる研究や技術の歴史についても教えてください。

 1995年の兵庫県南部地震を契機に、国の地震や地殻変動の観測網が整備され、2000年頃、観測点が飛躍的に増えたことで、新たにわかったことがたくさんありました。そのひとつが、プレート境界で起きる断層すべりの空間的な棲み分けです。どうも、地震やスロースリップが起こるような場所が空間的に棲み分けているようだ、ということがわかってきました。並行して、ここ10年、20年で計算機が著しく進展し、数値シミュレーションで様々な現象を再現できるようになってきました。 

 今回の課題は、その両者を組み合わせる技術ですので、背景にそれぞれの発展があります。データもある程度そろい、計算技術もそろってきた、後はそれをくっつけるだけ、...「だけ」と言うと簡単に聞こえるのですが、くっつける部分がまだつくられていないのです。

-技術的にはどのような点が難しいのですか?

 技術的な観点では、データ同化のプログラムを書くところが難しいです。専門的なコードを書く必要があり、それで手をつけにくい人が多いのではないかと思います。私も学生の頃に始めたからできたのかなと思いますし、もし「今やれ」と言われたら、多分できないと思います。「そんな時間はない」と思うくらい、じっくり取り組まなければ書けないプログラムなので...。他の手法はもちろんありますが、少なくとも私が用いている手法はそうです。

 そのテーマに私は学生の頃から取り組み、その後もコツコツ研究を重ねてきました。そして、ひとまず手元にあるツールやデータを用いて、2003年十勝沖地震の断層すべりをGPSによる地殻変動のデータ同化を行い、短期推移予測を試みたところ、まだ課題は山積みではあるものの、手応えを感じる結果を得ることができました(図2)。そこで、情報科学と地震の専門家が協働し、統計学・機械学習に基づく測地データ解析手法を開発することにより、さらに研究を進めようと、本課題を開始した次第です。


【図2】2003年十勝沖地震の余効すべりを対象とした断層すべりの現状把握と短期推移予測の例

 本課題では、情報科学を活用した測地データ解析の革新が、断層すべりモニタリングシステム確立にむけた重要な要素となります。そこで、情報科学・測地データ・断層すべり解析手法にそれぞれ精通している研究者9名による研究実施体制を実現しました(図3)。また、ポスドク1名を雇用すると共に、参画メンバーが所属する研究室の大学院生も加えて課題を遂行していきます。


【図3】実施体制図


難しさ故に手法論も進歩

-それでは次に、情報科学の専門家として本課題に参画している矢野さんの研究内容をご説明いただけますか?

矢野: 私は、統計学や機械学習といったデータ科学の専門家です。データ科学の手法論も、特にここ20年で急速に技術革新が進みました。例えば、「スパース推定」という、データが大量にある場合に本質的な情報を持つものは非常に個数が少ない性質を利用して推定する手法や、最近では「深層学習」という、多層のニューラルネットを駆使して予測精度を高める手法が活発に研究されています。

 そのような技術革新の中、加納さんのお話にもあったように、ここ20年で地震学や測地学でも新たな現象が次々と見つかりました。新しい現象が見つかれば、それに伴って新しい手法論も考える必要があります。そこで私も、新しい現象の検出・解析に資する技術開発を行いたいと思い、このプロジェクトに参画しました。具体的には、研究項目(A)「統計学・機械学習による地殻変動検知能力の向上」と研究項目(B)「観測ノイズを考慮した状態空間モデルの改良」を担当します。


 そもそもなぜこのようなゆっくりした現象が最近になって見つかったかというと、ゆっくりした変動ですから、シグナルとノイズの比率が従来の現象と比べて非常に低い(差が小さくて見分けがつき辛い)わけです。ですから、その隠れた現象を見つるためには、より高い検知能力を持つ検出方法、あるいは、ノイズレベルが高い中でもうまく働くような検出手法を考える必要があります。

 そこで統計学・機械学習の手法を用いて、(スパース推定・深層学習による)観測ノイズにロバストな地殻変動の検出手法(図4)、観測信号を意味のあるシグナルの部分とノイズの部分に成分分解する手法、あるいはノイズ特性を考慮しノイズレベルが高い中でもうまく働くようなデータ同化手法の開発を本課題では目標としています。


【図4】スパース推定を用いた短期的スロースリップ検出

-観測データを扱う難しさがあると思いますが、データ科学の視点から見ると、特に地震学特有の難しさとは何ですか?

 データの多種多様性ですね。地震学特有の難しさとして、もちろんデータが大量で、時々刻々と蓄積されていることもありますが、ひとつの現象を見るにしても、様々な計測機器があり、それぞれ特性が異なり、SN(シグナルとノイズの比)も機器によって異なります。さらに現象も多種多様性ですから、そのような多種多様性を考慮すると、従来手法がそのまま使えるところもありますが、そうではない部分がやはりあります。それが地震学の非常にユニークな点であり、チャレンジングなところだと思っています。

-素人としては「複雑で難しそうな問題だから、できなそう」とつい思ってしまうのですが、複雑な問題を見てチャレンジしようと思うのが、研究者ですね。

 はい。やれるところをコツコツですが、やはり難しい課題にトライしていくことで手法も発展していくと思います。例えば、近年活発に研究されている深層学習も、難しいと言われていた画像処理の課題に、難しいが故に様々な人が参入したからこそ、できるようになりました。難しい課題に参入することで技術も革新していくと思いますので、私も本課題に参画しています。

加納: これまでも地震学は、情報科学の新しい技術を取り入れることで発展してきた歴史があります。例えば、矢野さんが所属している統計数理研究所の元所長の赤池弘次先生が1970年代に確立した「赤池情報量規準(AIC)」は、今では当たり前のように地震学でも使われている指標です。そのような発展を何回も繰り返して、今の地震学があります。ですから今、活発に研究されている深層学習などの新しい手法も、その一部は10年後、20年後には地震学でも当たり前のように使われるようになるでしょう。その一端を担おうということも、本プロジェクトの意義のひとつですね。

矢野: そうですね。統計学・データ科学と地震学・測地学は、昔から刺激を与え合ってきた関係があります。

 加納さんのお話にもあったように、赤池弘次先生が開発された赤池情報量規準(AIC)、あるいは「ベイズ型情報量規準(ABIC)」は、データに最も合うような統計モデルをデータ自身から探し当てるものです。地震学では、対象とする現象がなめらかに推移していくことを、ある拘束条件を入れて解くのですが、その拘束条件の強さをデータから推定する際に、赤池ベイズ情報量規準が非常によく使われます。これらの規準は赤池先生が様々なデータ解析の中から開発した手法で、80~90年代頃に地震学にも取り入れられました。赤池ベイズ情報量規準は、今日では拘束条件をデータから求める際のデファクト・スタンダードになっています。

 また、「点過程」という、希少イベントが起こる確率を記述する統計モデルが、地震、犯罪、システム故障等、希少イベントが起こる確率を予測する時のモデルとして、多様な分野で使われています。点過程も、統計数理研究所名誉教授の尾形良彦先生が地震学に導入され、その導入に伴って手法論も深化してきました。

 このようにデータ科学と地震学は、相互に発展し合ってきた歴史があります。ですから、最終的な目標としては、本プロジェクトを通じて、新たな技術革新により、分野相互の高め合いが起こるとよいと思っています。


データ解析手法の普及と若手研究者の育成

-本課題が目指すものを、長期的な視点も含めて、お話いただきました。他にも目標とすることはありますか?

加納: 本課題で開発したデータ解析手法を、地殻変動データを解析する様々な方にも幅広く活用いただけるよう、開発した手法はHP上にも公開していきます。赤池情報量規準や点過程のように、20年後には誰でも使えるようなツールになれるとよいですね。

 また、若手研究者の育成も重要な課題と考えています。本課題は文部科学省の「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」に今年度採択された5課題のうち、唯一、地殻変動データを対象としています。地殻変動データを扱う若手研究者や大学院生は全国的に見ても少なく、将来の測地データ解析を数理的な観点から支える人材の育成は急務と言えます。本課題では、誰でも参加できるオープンな勉強会も定期開催しておりますので、興味のある若手研究者・大学院生の皆さんの積極的な参画をお待ちしております。

-最後に、今後に向けた意気込みをお願いします。

加納: 研究課題はもちろんのこと、若手人材の育成にも力を入れたいと考えています。既成概念にとらわれず新しい技術を取り入れるのは、若い世代の方が得意だと思いますし、データ解析手法の革新にぜひ興味を持っていただき、定期開催するセミナーや勉強会に積極的にご参加いただければと思います。

 また、研究課題については、私が研究者を志したモチベーションそのものですが、断層すべりの現状を把握し、将来の推移を予測できるようになりたいです。研究を始めた当初はまだ誰も研究していないこともあって、その実現をずっと目指してきました。それが少しでも現実になるよう、本課題を通じて研究をより加速させていきたいです。

矢野: 数十年後にも、欲を言えば数百年後にも残るような手法を開発し、それが広く使われるようになれば、大成功だと思います。先程もお話した通り、これまでも情報科学と地震学・測地学は融合して数多くの手法を編み出してきた歴史があります。本プロジェクトをきっかけに、広く長く使われる解析手法の確立を目指して、頑張ります。

-加納さん、矢野さん、ありがとうございました。

取材先: 東北大学     

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