取材・文/大草芳江、資料提供/防災科学技術研究所
2021年11月11日公開
人の命を救う情報を、
如何に早く検知し、伝えるか
青井 真 AOI Shin
(防災科学技術研究所 地震津波火山ネットワークセンター長)
京都大学理学部卒、京都大学大学院理学研究科修了、博士(理学)。1996年防災科学技術研究所入所。2010年地震津波火山ネットワークセンター長、現在に至る。専門は、地震津波観測、強震動地震学、数値シミュレーション、即時予測。最近の主な研究活動は、陸海統合地震津波火山観測網MOWLASの構築・運用、地震・津波予測技術の戦略的高度化研究プロジェクト、官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)、首都圏レジリエンスプロジェクト。2018年 日本地震学会技術開発賞、2018年 UIC Global Rail Research & Innovation Award、2019年 科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)等を受賞。
東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震から10年。あの巨大地震が地震研究にもたらしたインパクトとは何だったのか。地震学の今と未来を、第一線の研究者に聞く。第三弾は、陸域の地震火山観測網と海域の地震津波観測網を全国に整備・運用するとともに、防災科学技術の発展にむけて災害を観測し予測するための研究開発を行う、防災科学技術研究所(防災科研)地震津波火山ネットワークセンター長の青井真さん。気象庁が発表する緊急地震速報や津波警報などにも、防災科研の観測データが多く使われている。東北地方太平洋沖地震が起きて、地震研究はどう変わったのか、青井さんに聞いた。
※ 本インタビューをもとに、公益社団法人日本地震学会2021年度秋季大会一般公開セミナー「東北地方太平洋沖地震10年と地震研究」(2021年10月17日開催)のモデレーターを大草が務めさせていただきました。
阪神・淡路大震災を契機に、全国均一な地震観測網を整備
― 防災に関する科学技術の研究を行う国立研究開発法人防災科学技術研究所で、青井さんはどのような研究をされているのですか?
防災科学技術研究所(以下、防災科研)では、全国の陸域だけでなく海域にも設置された陸海統合地震津波火山観測網「MOWLAS(Monitoring of Waves on Land and Seafloor:モウラス)」の構築と運用を行うとともに、そこから得られる観測データを使った研究を行っています。また、地震や津波をできるだけ早く検知して迅速に伝えるための手法を開発することも私の重要な研究課題のひとつです。
Figure 1 陸海統合地震津波火山観測網「MOWLAS」
(提供:防災科学技術研究所)
現在の観測体制が構築された大きな契機は、1995年兵庫県南部地震により甚大な被害が生じた阪神・淡路大震災です。それまでの地震学の大きな研究テーマは地震予知、つまり、いつどこでどのくらいの大きさの地震が起こるかを直前に予測することでした。当時、近い将来に巨大地震が起こる可能性が高いのは東海地方と言われていたこともあり、全国均一に地震観測をするというよりは、発生する可能性が高いと予想された指定地域で手厚い地震観測を行う体制でした。
ところが、兵庫県南部地震の際、震度7などの大きな地震動(地面の揺れ)がどこで発生したかを地震発生直後すぐに把握できない状況が起こりました。その教訓を踏まえ、日本ではどこでも地震が起こるという前提のもと、世界でも類を見ない密度で日本列島をほぼ均一にカバーする地震観測網が整備されることになりました。議員立法により制定された地震防災対策特別措置法のもと地震調査研究推進本部が設置され、そのもとで制定された基盤的調査計画の一環として、防災科研は地震観測を担当することになりました。今では全国どこで地震が起こっても、その様子は地震直後にしっかり捉えられるようになっています。
この観測網の目的は、地震による被害の軽減と将来の対策にむけた地震現象の解明です。具体的には、長期的な地震発生の可能性の評価、地殻活動の現状把握・評価、地震動や津波予測の高度化、当時はまだなかった緊急地震速報のような地震情報の早期伝達です。
― 地震観測網にもいくつか種類がありますね。それぞれ何が違うのですか?
陸域の地震観測は大きく分けて3つの観測網からなります。1点目は高感度地震観測網(Hi-net:High Sensitivity Seismograph Network Japan)で、人が感じることができないような小さな地震を観測するための高感度な地震観測網です。地表は人工的なノイズがたくさんあるので井戸を掘ってできるだけノイズを避けて観測をしています。水平距離約20km間隔で全国に約800観測点があります。
2点目は強震観測網で、Hi-netとは逆に非常に強い揺れが来ても、振り切れることなく観測をするための強震観測網です。震度計の機能もあわせ持つ全国強震観測網(K-NET:Kyoshin Network)と、Hi-netと観測施設を共有する基盤強震観測網(KiK-net:Kiban Kyoshin Network)が水平距離約20km間隔で全国に合計約1,700観測点あります。
3点目は広帯域地震観測網(F-net:Full Range Seismograph Network of Japan)です。地震は1秒に1回程度カタカタあるいはグラグラと揺れるイメージだと思いますが、それよりも非常に長い周期の地震を捉えるための広帯域地震計で観測することで、例えば、今起こった地震が津波の出やすいタイプの地震かを直後に検知することに役立っています。数十メートル長のトンネルを掘り、その奥の温度などの変動が少ない場所に地震計を設置しています。水平距離約100km間隔で全国に73観測点あります。
さらに防災科研では大学や気象庁と協力して火山観測(V-net:The Fundamental Volcano Observation Network:基盤的火山観測網)も行っており、16火山における55観測点を分担しています。
東北地方太平洋沖地震を契機に、海域の観測網を構築
1995年に兵庫県南部地震が起きてから7~8年で、陸域の観測については比較的手厚い体制が構築されました。2011年に東北地方太平洋沖地震が発生した時、日本列島は非常に広域で揺れ、複雑な揺れがどのように来たかを捉えました。ここまでは陸域観測網をしっかり整備していたことによるものですが、一方で、海域の観測が手薄いことが改めて認識されることになりました。
地震発生後約3分までに津波警報を発表するという気象庁の目標は達成されました。我々が初めて経験するマグニチュード9の地震で、3分後に津波警報を発表できたことは非常に立派なことだったと思います。しかし残念ながら、それは過小評価でした。過小評価だった理由は、3分後にはまだ地震が終わっておらず、また、非常に大きな規模の地震のマグニチュードを地震直後に把握することは地震学的に困難だからです。その結果、マグニチュード7.9、つまり40分の1くらいのエネルギーであると過小評価し、その震源モデルに基づいて津波警報第1報が発表されました。28分後に第2報が発表され、約1~6mだった予測波高が約3~10mに更新されましたが、これは沿岸近くの沖合に実際に到達して観測された津波の高さを見てから更新されたものです。
やはり陸だけでなく海でも観測をしなければ正確な津波の予測は難しく、また、迅速に津波警報を出さなければ停電などで住民に津波警報の情報が伝わらないことが改めて認識されました。迅速かつ正確に地震や津波の即時情報を発信するためには、陸域だけでなく海域においても観測が必要であることもわかったのです。そのような経験と教訓を踏まえ、東北地方太平洋沖地震の発生時に不足していた海域における地震や津波の観測網を整備することとなり、防災科研は日本海溝海底地震津波観測網(S-net:Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench)の観測網の構築を担当することになりました。
Figure 2 日本海溝海底地震津波観測網(S-net)
(提供:防災科学技術研究所)
S-netは世界最大規模の海底の地震津波観測網です。地震による揺れを観測するための地震計と津波を観測するための水圧計を組み込んだ観測装置を海底ケーブルで接続し、これを日本海溝から千島海溝海域に至る東日本の太平洋沖に設置して、24時間連続でリアルタイムに観測データを取得します。観測装置は150カ所に設置されており、ケーブルの全長は約5,500kmになります。S-netの観測点間隔は、津波による被害が生じる可能性があるマグニチュード7~7.5程度以上の地震が発生した際、震源域に1つは観測点があることが期待される観測密度になっています。
S-netの構築によって、地震動は最大30秒程度、津波は最大20分程度、早く直接検知ができることが期待されます。また、地震を震源近くで観測することは現象を詳細に捉えることにつながるため、S-netは東日本大震災の地震像の解明にも役立つ観測網です。
また、南海トラフにおいては、地震・津波観測監視システム(DONET:Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)が国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)によって構築され、完成後に防災科研に移管されました。南海トラフは近い将来に巨大地震が起こると言われる場所ですが、想定震源域の西半分は今もまだ観測の空白域のため、ここに我々は現在あらたに南海トラフ海底地震津波観測網(N-net:Nankai Trough Seafloor Observation Network for Earthquakes and Tsunamis)を構築しています。
Figure 3 地震・津波観測監視システム(DONET)
(提供:防災科学技術研究所)
― 海底にはどのようにして観測装置を設置しているのですか?
地震と津波を観測するため、地震計と水圧計を組み込んだ観測装置を海底ケーブルに接続して海底に設置しています。また、漁師さんが底引き漁などを行う時に観測装置にひっかかって漁網や観測装置が壊れるのを防ぐため、S-netの場合は水深1,500mより浅い海域では、海底ケーブルや観測装置を鋤(すき)式埋設機を使い、ケーブル敷設船で海底を引っ張りながら敷設することで海底下に1m程度埋めています。
Figure 4 海底への観測装置の設置
(提供:防災科学技術研究所)
― 海底に水圧計を設置することで、なぜ津波を計測できるのですか?
津波がどのように発生するかですが、地震の断層運動などによって海底が隆起した場合には、その上にある海水を押し上げます。次に、上昇した海面はいつまでもその形を保つことはできずに重力で崩れます。池に石を投げると波が同心円状に広がっていくのと同じしくみで、津波は伝播します。海底に設置された水圧計は、水圧計の上に載っている海水量の変化、つまり海水の重さの変化を測っているわけです。
例えば、ペットの重さを測る時、ペットはじっとしてくれないので、まず自分が体重計に乗って50kgと測った後、ペットを抱いて体重計に乗り55kgなら、差の5kgがペットの重さとわかるのと同じです。今まで水圧計の上に乗っていた海水に、水面が変動することで少し重くなることを検知しているわけです。
ところが、水深5,000mの海底に設置した水圧計で、仮に波高1cmの津波を計測する場合、1cm×1cm×1cm(1g)の水を500,000個重ねた上に、もうひとつ分の重さ(水圧)1gの増減を計測することになります。それを先程のペットの話で例えると、体重500kgのホッキョクグマが1gの1円玉を1枚持った時との差を測り分けるのと同じくらいの精度です。この非常に微妙なところが水圧計で津波を測ることの難しさです。我々の観測網では、1cm以下の津波を測れることがすでにわかっています。
観測データの共有と防災への利活用
Figure 5 青井さんの背後にあるモニターには、全国各地で観測された地震データがリアルタイムに表示される。「ここに表示されないくらい小さな地震も含めると1日に500~1,000回くらい地震は起こっているので、取材中に1回くらいは表示されるでしょう」と青井さんが言った通り、取材中に地震が発生した。
地震観測データの一元化
防災科研を初めとする研究機関や大学、気象庁や自治体などが独自に観測した地震データを一元化するしくみも、阪神・淡路大震災以降にできました。観測は手間暇がかかるため、阪神・淡路大震災以前は多くの場合、観測データは本人あるいはその組織、もしくは共同研究で使う形でした。防災科研はデータセンターとしてMOWLASの観測データを公開するしくみを提供しており、データは誰でも利用することができます。その一元化データの約50~60%が防災科研の貢献によるものです。世界中の研究者がこれらのオープンデータを用いた様々な研究により大きな発見や成果を出すことに貢献しています。
観測データの防災への利活用事例
研究者による研究だけでなく、防災という観点でも観測データは利活用されています。MOWLASの観測データはリアルタイムで気象庁に伝送され、緊急地震速報や津波警報などにも活用されています。また、地震が発生して約1分半後にはテレビで発表される震度も、気象庁や防災科研、都道府県等の震度データが一元化され、全国どこで地震が起きても直後に震度情報が発表できるしくみができているのです。いわば今の命を守る情報と言えます。このほか、高層ビルの耐震設計や地震・津波ハザード評価にも、観測データが貢献しています。
地震データの鉄道事業者による活用
海域の観測網の構築により海域で発生した地震を震源近くで観測することができるようになりました。そのメリットのひとつは、地震発生後に地震波が海から陸へ伝播してくる時間を猶予時間として活用できることです。例えば、2016年8月20日に発生した三陸沖の地震動を、S-netは陸域の観測網より約22秒早く捉えることができました。我々のシミュレーションによると、場所によっては、最大30秒近く時間を稼げる可能性があります。気象庁による緊急地震速報だけでなく、我々はJR各社などの民間企業とも共同し、最大20~30秒の猶予時間を活用して新幹線を少しでも早く緊急停止させることなどにも活用しています。
― 沖合から観測することによって、津波予測については如何でしょうか。
S-net を用いた津波遡上即時予測技術の開発
現在の気象庁の津波警報は、全国を66の津波予報区に分け、それぞれにどれくらいの高さの津波が何分後に来るか、つまり沿岸における津波波高より到達時刻の予想がターゲットです。近年、気象庁が沖合観測点で観測される津波波形データから波源を推定し、その波源から沿岸までの津波の伝播を数値計算する新たな津波予測手法(tFISH)を開発しました。それまでは、地震のマグニチュードと位置をもとに地震発生後3分程度で津波警報等を発表した後、沖合で大きな津波が観測された場合には、その津波が陸に来るまでに何倍くらいに増幅されるかを、簡便な方法で予測していました。また、防災科研やJAMSTECでは高密度な沖合津波観測データ等を活用することにより、陸域のどこまで津波が遡上してくるかや、その浸水深を予測する手法の開発を行っています。まだ全国どこでもというわけにはいきませんが、和歌山県、三重県、千葉県といった先駆的な県においては、県の事業としてすでに実用化を始めています。このような予測は東日本大震災前には実用化されておらず、震災から10年の間に観測と解析技術の両輪が整ったことで、先程の新幹線の例などとともに、実用化したものといえます。
現在構築が進む南海トラフ海底地震津波観測網:N-net
現在、今後起こる可能性が高いと考えられている南海トラフ巨大地震の観測の空白域(想定震源域の西側)にN-netを構築しています。N-netは沖合システムと沿岸システムからなり、それぞれ18地点ずつ、S-netと同じような地震計と水圧計を組み込んだ観測装置を計36台海底ケーブルで接続して海底に設置する予定です。コンセントのような分岐装置も海底に設置し、今後新たな観測装置を拡張できる機能も併せ持つ、世界初のハイブリッドシステムです。
関心を持つことが、自分の身を守ることにつながる
― 震度情報や緊急地震速報などは私たちの生活にとっても身近でしたが、情報を私たちが受け取るまで、どのような観測網や解析技術、情報を即時に共有するための全国的なネットワーク等が構築されているか、背景をお話いただきました。私たちの身を守るため、1秒でも早く地震や津波を検知して情報を届ける、まさに縁の下の力持ちですね。
その通りですね。地震や津波などの情報発信は気象庁が24時間365日対応で行っていますが、その背景では防災科研が陸域だけでなく海域にもおよぶ地震津波観測網を安定的に運用していることで、日本では災害時すぐ情報が出るようになっていることを知っていただければと思います。そして、ご自分の身を守る防災に関心を持っていただくひとつのきっかけになればうれしく思います。
― 阪神・淡路大震災や東日本大震災を契機に、観測網の必要性が「改めて」認識されたと青井さんが表現されていたことに関して質問があります。「改めて」と表現されていた理由は、理想としては必要なことはわかっていても、現実の問題として、もちろんお金もかかる話なので、それを実現する社会的なコンセンサスは得られなかったという意味でしょうか。
そうですね。私は地震や津波の研究をしているので、そういうことをいつも考えていますが、社会全体としては地震や津波以外にも様々な災害があり、さらには自然災害以外の社会的課題も多くあります。ですので、どの災害対応にどれくらいのリソース(資源や予算)を割り当てるのかについて社会的コンセンサスがなければ、実際には大きな事業は前に進みません。そのひとつのきっかけは、災害が起こってしまったこと、そしてそれを再び繰り返さないためにはどうする必要があるのかという形でのコンセンサスづくりがあります。もちろんN-netのように、近い将来発生が懸念される大規模な災害に立ち向かうために予算を措置することへの社会的理解が得られて前に進むケースもあります。
― 最後に、これまでのお話を踏まえて、若い世代へのメッセージをお願いします。
地震に限らず最近の豪雨などもそうですが、国や自治体は様々な情報を発信しています。それはなかなか十分とは言えませんし、十分届き切っていないところもあると思います。けれども災害が発生した時に、ご自身や大切な方の命を最後に守れるのは、自分自身です。今回は、どちらかというと、情報がどのように生成されているかを中心にお話しましたが、多様な取り組みの中で発信されるこのような情報に関心を持っていただき、一人ひとりが自分の身をどう守るのかを普段から考えていただくことが、数々の自然災害が起こる今、必要ではないかと思います。今日のお話が、そのようなことに少しでもお役に立てれば幸いです。
― 青井さん、ありがとうございました。
コラボレーション
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