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記者ブログ
記者・大草芳江が活動をつづります

2011年10月 1日

東北大学理学部開講100周年記念行事を取材&記事公開しました

カテゴリ:取材日記

東北大学理学部の前身、東北帝国大学理科大学が、
最初の学生を受け入れ、授業をはじめた日(※)が、
今からちょうど100年前の、2011年9月11日でした。
※11日は入学式のみが行われ、翌日から授業がはじまった可能性が高いそうです

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※写真は除幕前の小川教授銅像です。

東北大学理学部の開講100周年を記念した行事が9月10日、
同大理学部や仙台市内のホテルなどで開催されましたので、
私も、物理系同窓会「泉萩会」HP制作ならびに「宮城の新聞」取材のため、
そして同窓生として、記念行事に参加しました。

実は、今回の記念行事、いくつかお楽しみがありました。

まずは、理科大学初代学長の小川正孝教授の胸像除幕式です。

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※写真は除幕後の小川教授銅像です。

小川教授といえば、西澤潤一先生が以前、インタビュー取材(第2弾)のなかで、
「新元素発見者として騒がれたが、それは間違っていたとなって不名誉を被ったが、
遺品から実はちゃんと新元素を見つけていた(※)ことがわかった」とお話されていた方。

※小川教授が発見した新元素「ニッポニウム」を43番元素としたのは確かに誤りでしたが、
  実は「ニッポニウム」は75番元素のレニウムだったことが判明しているそうです。

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また、小川教授といえば「小川記念園の主だよ。ツツジの季節に行ってみたら」と
西澤先生からお勧めいただいたので、今年はツツジの季節に小川記念園を訪れました。
片平キャンパス北西の一角にある小さな記念園ですが、ツツジが綺麗に咲いていました。

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実は、これまで、あまり歴史にリンクがかからなかった私ですが、
(教科書を隅から隅まで覚えて高得点をとっても、後に何も残ってない)
いろいろな人に取材したり、自分でも試行錯誤してつくることをするうちに、
いろいろな人たちが、どのような思いでそれを形にしていったのか、
少しずつ(半分、勝手にですが)イメージするようになってきました。
すると、百年前の人にもリンクがかかってくるから、不思議です。

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例えば、続いて行われた記念行事で、いろいろな方のスピーチを伺っていると、
これまでは言葉だけで聞いていた伝統の意味が、膨らみと深さを持ったものに
感じられたことが、とても興味深かったです。

特に、「最先端研究こそが教育になる=研究第一主義」と位置づけたことや、
「優秀な人材は地域や性別の区別なく受け入れる=門戸開放」の方針に基づき、
日本初の女子学生を受け入れたこと(当時かなり画期的な出来事だったらしい)
の持つ意味を、今でも新鮮に感じられることが、すごいなぁと思いました。

後世の人たちも本当に納得しながら、それを自分から位置づけることができる。
そのようなもの(伝統の基)を最初につくった人は、やっぱりすごいと思うし、
それを形にするまでには並々ならぬ思いと努力があったのだろうと想像します。

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ちなみに、個人的に驚いたのは、東北大学設立までの「苦難の道のり」です。
経済的問題や戦争などの理由で、東北大学設立の計画は何度も白紙になった
らしいのですが、原敬(当時は内務大臣で古河鉱業会社顧問)の仲介により、
古河鉱業会社の足尾銅山鉱毒事件による公的献金と東北大学設立が結びつき、
予算問題が解決。まさか足尾銅山事件と東北大学設立がつながっていたとは、
知りませんでした。そして1907年、東北帝国大学の創立とともに、その分科大学として
理科大学が仙台に、農科大学が札幌に設置された、とのことです。

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そして今回、私が最も楽しみにしていたのが、記念講演会です。

というのも、実は私の心の中に「ぜひ取材したい宮城ゆかりの人リスト」
があるのですが、そのうち「ぜひ取材したい物理学者」部門のお二人が、
ちょうど今回の講演者である、飯島澄男先生と鈴木厚人先生なのです。

お二人には、大変お忙しい中、後日現場に伺ってのインタビュー取材を
ご快諾いただきました。この場を借りて改めて心から感謝申し上げます。

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カーボンナノチューブの発見で世界的に著名な飯島先生は、
「カーボンナノチューブの科学と応用」と題した講演のなかで、
「"カーボンナノチューブの飯島"と呼ばれるのは、不本意である。
なぜならば、電子顕微鏡の研究の方が3倍(30年)長いし大切だ。
科学はよく"みる"ことからはじまる。・・・カーボンナノチューブ
は初めからそれを狙ってできた発見ではない、その意味では偶然だ。
しかし、よく考えると必然である。偶然はよく準備した人に微笑む。
だからよく見なければいけない」とお話されていたのが印象的でした。

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ニュートリノ物理学が専門で高エネルギー加速器研究機構長の鈴木先生は、
「基礎科学と大学と社会」と題した講演のなかで、
「基礎研究と応用研究は車の両輪。基礎研究の多くは"死の谷"に落ちてしまう。
それを渡ったもので応用研究が始まるが、そこは弱肉強食の世界、
それが"ダーウィンの海"だ。ところが、"役に立つこと"を前提にすることは、
"役に立つこと"を萎縮させてしまう」と、「昨今の科学・技術は、"役に立つこと"が
"踏み絵"」となっている現状の危険性を、指摘されていたことが印象的でした。

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記念行事のスピーチや当日インタビュー取材のなかで、皆さんが仰っていたことは、
このあたりの認識についてのように、自分には感じられました。そのなかに、きっと、
「理学部とはそもそも何か」「理学部はこれからどうあるべきか」が含まれているように
思えた取材でした。

詳細については、下記の取材レポート記事をご覧ください。
東北大学理学部物理系同窓会「泉萩会」 ←写真も多く掲載しました。
「宮城の新聞」 ←一般向けに編集したもの。写真は少なめです。

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