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2024年 11月 21日 (木)

社会って、そもそもなんだろう?:東北経済産業局長の数井寛さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2010年06月08日公開

世界に目を見開いてください

数井 寛  Hiroshi Kazui
(経済産業省 東北経済産業局 局長)

【人物・経歴】
昭和33年10月 東京生まれ
昭和57年 3月 東京大学教養学部教養学科卒業
昭和57年 4月 通商産業省入省(貿易局総務課)
平成 2年 7月 機械情報産業局車両課長補佐
平成 4年 5月 通商政策局経済協力課長補佐
平成 6年 6月 大臣官房調査統計部管理課長補佐
平成 7年 1月 石油公団備蓄計画部計画課長
平成 8年 5月 〃 総務部総務課長
平成 9年 7月 工業技術院総務部国際研究協力課長
平成10年 6月 日本貿易振興会ウィーン・センター次長
平成13年 7月 防衛庁装備局艦船武器課長
平成15年 8月 中小企業庁経営支援部創業連携推進課長
平成16年 6月 中小企業庁経営支援部経営支援課長
平成17年 9月 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構総務部長
平成19年 7月 中小企業庁長官官房参事官(総合調整)
平成20年 7月 中小企業庁経営支援部長
平成21年 7月 東北経済産業局長

 「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【社会】に関する様々な「人」をインタビュー
その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とは、そもそも何か」を伝えます


東北経済産業局局長の数井さんへインタビューする度に感じるのは、
「日本人ならでは」という視点から見える、社会の風景である。

数井さん自身、世界各地を見聞きし、国際舞台で様々な人々と触れ合う中で、
「世界の中にある日本」を早くから強く意識するようになったと言う。

グローバリゼーションの中、これから日本が生き抜いていくには、
日本の特徴、つまり強みと弱みを認識することが前提となる。

数井さんという「人」のリアリティから見える社会とは何か、
そして、グローバリゼーションの中で日本がこれから進むべき道について聞いた。

<目次>
ページ1:自分の力だけでは何とかできないのが「社会」
ページ1:社会で一番大きいのは「チームで働く力」
ページ1:「チームで働く力」は日本の特徴
ページ1:「日本人」を強く意識するようになった理由
ページ1:お金に換算できない価値を見出す日本人
ページ1:技術で勝って、ビジネスで負けるのは、なぜか?
ページ1:意思決定の速さが、日本人と韓国人では違う
ページ1:意思決定の速さが求められる時代に
ページ1:2番じゃダメ
ページ1:ものづくりに日本の強み
ページ1:単にものを売るだけではだめ
ページ1:アニメやファッションなどの感性も日本の強み
ページ1:日本の強みでもあり弱みでもある、スペック過剰
ページ1:東北のポテンシャル
ページ2:日本はこれから非常に厳しい世の中になっていく
ページ2:日本の社会全体が大きな目標を見失っている
ページ2:これからの日本が目指す道とは? 新成長戦略
ページ2:日本の一人当たりGDP世界ランキングは23位、国際競争力は22位
ページ2:日本がまだ強い商品はふたつ
ページ2:日本での立地に関する魅力がなくなってきている
ページ2:目指すべき日本の産業構造の方向性とは?
ページ3:世界を見てほしい
ページ3:英語は一生懸命勉強してほしい
ページ3:海外でどうやって戦っていけるか
ページ3:「当たり前でしょう」とは言えない
ページ3:中身のない人の発言は、国際舞台やビジネスの場では聞いてもらえない
ページ3:本や映画から、自然に関心持ったことを切り口に
ページ3:先輩の話を聞くことも大切
ページ3:初めて国家を意識したとき
ページ3:いずれアジアの国が来るぞ
ページ3:これは日本人負けるな、がんばらなきゃいかん
ページ3:大人になって気づいてからでは相当つらい


経済産業省東北経済産業局局長・数井寛さんに聞く


―数井さんがリアルに感じる「社会って、そもそもなんですか?」

それは、むずかしい質問ですね(笑)

学生と対比した「社会」について、
聞いているのだと思うのですけど...


自分の力だけでは何とかできないのが「社会」

学生の時は、自分で何とかできる範囲、
というものが、あったと思うんですね。

例えば、勉強ひとつとってみても、
自分である程度、学校やテストの目標を決めて、
そこへ向けてどのように努力すれば良いのか、
目標も見えやすいし、自分で努力すれば、
ある程度は達成される部分があったと思うのです。

それは、スポーツでも同じですね。
求められるレベルに対して自分がどこまでやれば良いのか、
学生の時は、比較的わかりやすかったと思います。

ところが社会というのは、それを自分だけの力では、
なかなかできないところだと、私は思いますね。

まわりの人を巻き込んだり、手伝ってもらったり、
話を聞いてもらったり、いろいろと積み重ねなければ、
自分ひとりの力では動かせないところもあると思うのです。

社会というものは、いろいろと難しく、プロセスに時間もかかりますが、
逆に言えば、それをやることによって、皆が幸せになれるという意味でも、
人と人との間の広がりが大きいところじゃないかなと、僕は思いますね。


社会で一番大きいのは「チームで働く力」

これは他の組織もいろいろと言っていますが、
社会人にとって基礎的な力とは何だろうか?を、経済産業省では
「社会人基礎力」と言って、広く発信しています。


【図】「社会人基礎力」とは (経済産業省)
※クリックすると、別ウインドウで大きく表示されます

社会人基礎力には、3つあります。

一つ目は、「前に踏み出す力」。
ともかく粘り強く、失敗しても前へ進もうと、主体性をもって働きかけ、
世の中を変えるなり、自分を高めようとするなりして、前に踏み出す力。

二つ目は、それを単にがむしゃらにやるのではなくて「考え抜く力」。
なぜ駄目だったのかや、もっと良くするにはどうすれば良いかを考えて、
計画性をもち、新しい道を探ったり、考えたりする力ですね。

実は、このふたつは学生の時もあると私は思うのですが、
社会で一番大きいのは、3番目の「チームで働く力」ではないでしょうか。

そう言うと、「スポーツでも勉強でもチームはあるじゃないか」と思うかも
しれませんが、その広がり方が社会ではずいぶん違うと私は思いますね。

社会では、年齢もバックグラウンドも目的も違う、いろいろな人たちを
巻き込み、うまく関係をつくって進めていくことが必要です。

社会というのは、それが学生の時と違うところじゃないかなと思いますね。
抽象的で申し訳ないですけど、私はそのような印象を持ちました。


「チームで働く力」は日本の特徴

特に、3番目の「チームで働く力」は、
日本の社会や会社において、特徴的な点だと私は思います。

外国の方と接する機会があるとわかると思うのですが、
「前に踏み出す力」や「考え抜く力」は、
日本人も外国人も、それなりに同じようにあります。

一方で、何か課題が決められた時、その課題を役割ごとに分解・分担して、
それぞれの人たちが自発的に相互に連携を取りながら進めていくやり方は、
私は非常に、日本人の特徴的なところだと思います。

―そのような特徴を持つ国は、日本の他にはないのですか?

あえて言えば、近くの国ですと、韓国が似ていますね。

私自身の経験で言えば、APEC(アジア太平洋経済協力会議)という、
日本、アメリカ、中国、韓国、台湾、香港、東南アジアなどの国が中心となり、
経済の発展のために相互協力をしよう、という会議に出た時のことです。

私は科学・技術の担当課長として、その会議に出たのですが、
新しい提案や難しい問題がその場で提起された時、やはり日本人は、
一緒にいた上司や現地の人、外務省の人と一緒になって作戦会議をして、
「じゃあ、これは君が案を考えて」と、チームワークで課題を分解して、
それぞれ仕事をして、それを誰かがまとめ、国際会議で戻す、
ということが非常に得意だな、と私は思いました。

APECでは、アルファベット順に国が並んでいるので、
KOREA(韓国)の次はJAPAN(日本)です。

韓国を隣で見ていて、日本と非常に似ているなぁ、と感じましたね。


「日本人」を強く意識するようになった理由

―数井さんには、これまで何度か『宮城の新聞』取材活動にご協力いただきましたが、
 「日本人ならでは」というものを、いつも意識されているような印象を受けています。
 それは、なぜなのでしょうか?

それは、非常に逆説的な話でして、私が子どもの頃は、
「日本人」というものを、あまり強く意識していませんでした。

けれども、「グローバリゼーション」という言葉、
皆さんも聞いたことがあると思います。

通信手段や交通手段が発達し、あるいは海外との貿易や出入国の手続きが
とても簡単になったことによって、世界の国と国が、非常に近くなりました。
時間的にも物理的にも精神的にも、近くなったのです。

その結果、海外の文化や情報、製品などに接することが、とても多くなりました。
さらに今、世界の経済は大競争時代に入っている、と言われています。

だんだん貿易も投資も自由化される中で、日本の東北にある小さな企業でも、
東北に工場を置いた方がいいのか、それとも中国やアメリカに工場を置いた方がいいのかと、
世界的な観点で、自分の会社のことを考えるようになりました。

すると、なおさら一層、自分の生まれた国や、日本人という一種の遺伝子と言いますかね、
そういうものを自然と強く意識するようになったのです。
逆説的に言うと、そのような接触がなければ、あまり意識しなかったんじゃないかな。

ですから、日本人が偉いとか日本だけが素晴らしいと言っているわけではないのです。
その中で、日本の特徴なり、逆に言えば、弱みもあるわけです。


お金に換算できない価値を見出す日本人

―では、数井さんがリアルに感じる「日本の特徴」とは何ですか?

まず一つ、経済との関係で言いますと、経済と逆のことを言うようですが、
「お金ですべて換算し得ない、何らかの価値がある」と思っている人が、
日本人には、まだ多いのだと思います。

一時期「世の中のものはすべてお金で買える」といった風潮もありましたが、
やはり日本人は、自分がつくったものや提供するサービスが、
相手側に喜ばれたり、高く評価されることに対するこだわりがあります。
その点での「良いものにしたい」という向上心が、非常に強いのだと思います。

例えば、ものづくりで一番有名だと言われている企業のトヨタでは、社員たちが、
「どうすれば自分が担当する部品が少しでも良いものになるだろう?」とか、
「決められた時間内で、いかに多くのものができるだろうか?」とか、
「あの失敗の原因は何だろう?」と、常に考えながらつくっているんですね。

それは、会社の中ではもちろんのこと、会社が終わってからも、
考えながら家に帰ったり、お風呂の中で考える人が多いと、よく聞きます。

一方、日本以外の国では「自分の時間と労働力を会社に貸しているわけだから、
決められた時間内に、決められたものを、決められたマニュアル通り、
つくればいいじゃないか」と考える人が非常に多いと聞いています。

他にも、日本の航空会社に私が乗った時の話なのですが、
私は急いで乗ってきて喉が渇いていたので、「お水をください」と、
キャビンアテンダントの方に頼んで、水をがーっと一気に飲み干した時のこと。
すると、こちらからは何も言わないのに「もう一杯いかがですか?」と聞いてくれたのです。

これを、良いと思うか・悪いと思うかは、国民性によるのかもしれないですが、
日本人の感覚からすると、「この人は汗だくで、どうも走って乗ってきたな。
水を下さいとわざわざ離陸後に言って、渡した途端に水をがーっと飲んでいたら、
きっと、もう一杯欲しいに違いないな」と思うサービスなのです。

つまり、お金では換算できないものに、
他の人が「喜ぶこと」に価値を見出すということを、
日本人は心の中で、すごく持っているんじゃないかな。

それが工業製品だったら、お客さんが満足する品質のものだったり、
サービスだったら、言わなくても気がまわるようなサービスであったり。

そんなところに日本の人たちは、こだわりがあるのではないかと、
僕は思っているんですね。


技術で勝って、ビジネスで負けるのは、なぜか?

―強みは、同時に弱みでもあると、数井さんは先ほど仰っていました。
 では、その弱みをどのようにお考えですか?

まさに、お金にこだわらないというのは、
裏返して言えば、ビジネスで負けるということ。

今までは、良い品質のものをつくったり、良いサービスを提供していれば、
商売で勝てるだろう、と思ったことが、なかなかそうでないこともあります。

まさに今、経済産業省で議論しているのが、
「技術で勝って、ビジネスで負けるのは、なぜか」という問題です。

例えば、韓国の『サムソン電気』という非常に有名な会社は、
ビデオにしてもパソコンにしてもDVDにしても、
自分自身で画期的な技術開発をしたわけではないのですね。

DVDやコンパクトディスク、液晶テレビの重要技術は、
日本が基本的な技術を開発し、ほとんど日本の企業が特許を持っています。
ところが結果として、世界中で売れているのは、韓国や中国のメーカーのものです。

つまり、技術や品質の面でこだわって、ビジネスモデルを組み上げないのでは、
グローバリゼーションの世の中で、ビジネスの面で負けてしまう、ということ。

日本人は、そこへの頭のシフトがやや弱かった、ということです。


意思決定の速さが、日本人と韓国人では違う

それから、もうひとつは、意思決定の速さですね。

韓国人は日本人の気質と非常に似ている、と先ほど申し上げましたが、
ひとつ違うのは、意思決定の速さだと思います。

例えば、韓国人は会社の重要な製品をつくる・つくらないとか、
新しい工場に投資する・投資しないとか、そういったことを、
日本人に比べて、極めて速いスピードで意思決定をしています。

日本人の意思決定が、もともとあまり速くないのは、
先ほど申し上げた「チームで働く力」の強さが裏目に出ているわけです。

要は、何か意思決定をする時、関係者を集め、まず問題がないかを調整して、
そのうえで上へあげ、最終的にトップが判断するという形をとっているため、
どうしても日本人は意思決定が遅くなりがちです。

―先ほど、韓国も日本も「チームで働く力」が強いのが特徴的だと仰っていましたが、
 なぜ韓国の人は、それでも意思決定が早いのでしょうか?

今から約10年ほど前、韓国の通貨ウォンが通貨危機に見舞われ、韓国は、
IMF(国際通貨基金)からの支援を受け、国を建て直したことがありました。

その当時、国や企業が潰れ、世界経済の中でたちゆかなくなるかもしれない、
と、彼らは瀬戸際に立たされたわけです。

その結果、世界経済の中でどう生きていくか、
グローバリゼーションの中でのスタンダード(標準)、
つまり、世界経済の中でも通用するような価値基準というものを、
彼らはすごく真剣に考えたと思うのです。

韓国には、日本の約半分くらいしか人口がいませんから、
国内市場だけを相手にしては商売にならないことを、
彼らは逸早く悟ったのではないでしょうか。

グローバリゼーションになれば、資本の移動は非常に早くなりますから、
やはり何事も早く決定しなければなりませんからね。


意思決定の速さが求められる時代に

昔のファックスや電話しかない時代なら、
時差がある時間は、お互いに意思の疎通ができないわけです。

例えば、日本が夕方4時になると、ヨーロッパは朝10時になるわけですから、
それまでの間は、お互いに意思の疎通ができない時間があったのですよ。

それに昔は、ヨーロッパに行くにしても、北極のアンカレッジまわりとか、
もっと前は、東南アジアからインドを通る時代があったわけですし、
さらに前のプロペラ機の時代には、大変な時間がかかったわけですね。

それが、科学・技術の進歩によって、インターネットが普及しました。
さらに、机上のパソコンだけでなく、携帯やスマートフォンが発達すれば、
家に帰っても、寝る前でも、通勤途中でも、いつでもどこでも
世界中と瞬時に意見交換ができるようになったのですね。

すると、例えばヨーロッパで何か新しい投資の話が出たときに、
ロシアも中近東も日本も韓国も、同時にそれを見て、一番早く手を挙げた人が、
その果実を取ってしまうことになったのです。

つまり、10、20年前に比べると、
意思決定の速さが求められる時代になったわけです。

韓国の人たちは、10年前の通貨危機をきっかけに、
恐らく、そのことをとても学んで、意思決定を早くしたのでしょう。

ちなみに「早く早く」をハングル語で「パリパリ」と言うらしいです(笑)
一方で、日本人はまだまだ意思決定が遅いところがありますね。


2番じゃダメ

グローバリゼーションの中で、国際競争的な時代になると、
1番を取った人が、残り全部の成果を取っちゃうのですよね。

以前は、1番も2番も3番の人も、それなりに分け前があったのですが、
例えば、パソコンのOS(オペレーションシステム)について考えてみると、
最近は『アップル』が力を盛り返してきましたが、もともとは
『インテル』と『マイクロソフト』の組み合わせが、他を圧倒しました。

ほかにも、「ブラウザ」というインターネットを見るソフトも、以前は
『インターネットエクスプローラー』と『ネットスケープ』が拮抗していましたし、
表計算ソフトも『エクセル』と『ロータス1-2-3』がありましたし、
ワープロソフトも『ワード』と『ワードパーフェクト』がありました。

けれども結局、どちらかが1番になると、
他を圧倒して市場を追い出してしまうのですね。

「デファクトスタンダード(事実上の標準)」という言葉を
聞いたことがある人もいると思います。

要は「これが規格だよ」と形式上で決めなくとも、1番を取った人は、
そのやり方で、すべての製品の規格のスタンダード化を進めてしまうため、
一番乗りでかつ一番市場を取った人が、他を圧倒してしまう時代になったのです。

ですから、あまりゆっくりと考えていると、スピードとある程度の品質で勝った人が、
他の人を入れないようにしてしまうような、競争時代になっているのですよ。

最近もDVDで、『ブルーレイ』と『HD-DVD』の規格競争がありましたね。
未来形で言えば、恐らく電気自動車の充電方式がどういう形で決まっていくかですね。

つまり、国際的に誰かが規格基準を決めれば、それに従うわけですが、
それを決める時に、世の中で一番普及しているタイプを採用することになると思います。
それは必ずしも、技術的にそちらの方が優れているかどうかだけでは決まらないのです。

例えば、ビデオでは『VHS』よりも『ベーターマックス』の方が技術的には優れていた、
というのが、技術者の間では、かなりの定説です。

実際に放送関係の人は、ベータがなくなっても、引き続きベータを使っていたほどです。
しかしながら、VHSの方が、市場を圧倒したわけですよ。

その理由は当時、長時間のアメリカ映画を家庭で録る時に、
ベータでは時間が短くて、録れなかったからです。

その結果、VHSが北米市場で圧倒的にビジネスで勝ってしまったため、
ベータマックスは撤退せざるを得なくなった。

つまり、1番を取った人が、ともかく全部市場を取ってしまうことになるので、
そのような意味で、今はスピード感が非常に重要になってきているのです。


ものづくりに日本の強み

―そのようなグローバリゼーションの中で、日本の弱みを痛感しましたが、とは言え、
 これから日本はどのような強みを活かし、どうしていけば良いとお考えでしょうか?

まず、日本人は昔から、ものづくりで非常に強みがあります。
この強みは、引き続き活かしていくことが重要だろうと思います。

例えば、これから世界中が直面する課題、ひとつはエネルギー・環境問題ですね。
この場合、ものや技術に依存する部分が非常に大きいと思うのです。

低炭素社会をどのように築いていくか、という課題ですね。
二酸化炭素の排出を抑えつつ、どのようにして経済成長していくのか。

例えば、排気ガスによる二酸化炭素の排出を抑制しようとした場合、
自動車をハイブリッド化する、さらには電気自動車にしていく時に、
モーターや蓄電池などの技術が、非常に重要になるわけです。

モーターは、いかに小型で軽くて高い馬力(出力)を出すかが重要になります。
すると、そこに使われる磁石をどうするかが問題になってくるわけですね。
日本は、その部分で非常に強みがあります。

電池も、電極版にどのような素材を使い、どれくらいの薄さにするかで、
いかに小さくて高い出力の電池をつくれるかが決まってきます。

これから、将来的にインドや中国などで国民取得が上がり、
一人ひとりが自動車を持つようになれば、
そのような日本の高い技術を使えるようになる可能性が出てくると思います。


単にものを売るだけではだめ

これから世界の先進国も(日本のように)高齢化していきます。
将来的に、健康・福祉分野でも、日本人の強みを活かせる部分はあると思います。

例えば、小さくて患者さんへの負担が少ない検査機械をつくる技術や、
心臓ペースメーカーひとつとってみても、小さくて長持ちする電池を
つくる技術などが重要になりますね。

ほかに食品加工でも、例えば、高齢者の方が食べ物を喉に詰まらせないよう、
どろどろに溶かした食事ではなく、食物の形につくり直した「ソフト食」をつくったり。
これは東北の企業の事例なのですよ。

また、将来的に子どもの数が増えていくような発展途上国の場合も、
衛生や水の管理などの面で、日本企業は技術を提供できるようになるでしょう。

ただし、それ(単にものを売る)だけでは、だめですよ。

ちょっと難しい言葉で言うと、
「ソリューション型ビジネス」がこれから必要なのです。
ソリューションとは、「解決をする」という意味です。

これから日本は、単に、浄水場・原子力発電所・高速鉄道を売るだけでなく、
安全な原子力発電の電子管理システムや新幹線運行のためのコンピュータソフト、
あるいは人のマニュアルも含めて、安全安心面で、ものに関連したノウハウ、
ソフトウェア、そういったものを一体化して売ることによって、
日本の強みを、国内だけでなく、広く海外に提供することができると思います。


アニメやファッションなどの感性も、日本の強み

それから、ファッションやアニメなどの「感性ビジネス」も、日本の強みでしょう。

例えば、漫画ひとつとってみてもわかるのですが、
成人が読むに堪える漫画を大量につくって国民が読んでいる国は、
おそらく、日本くらいなのですよ。

代表的な例は、手塚治虫です。
彼は、漫画という手法を使っているだけであって、その中で訴えている課題は、
世界の平和であったり、人間の幸せであったり、家族の絆であったりするのですね。
それを、極めて万人にわかりやすい漫画という形を使って、彼は訴えているのです。

そのような形の漫画が、ひとつ日本の特徴であります。
娯楽の意味でも、日本には、やはり他国には見られないような文化がありますね。

ほかにも「カワイイ」に代表されるような、日本の女性のファッションも強みです。
東南アジアでは、日本の女性誌が翻訳され、だいぶ売れていると聞いています。

ところが、それが実際に衣服になった瞬間、
現地企業が日本企業のものまねでつくっているものが売れている事実がありますが。

しかし、これから、日本の本当に品質の良い服や化粧品など、
日本型の感性価値を海外に売っていく可能性はあると思います。

日本の有名なファッションショーには、海外からもバイヤーがいっぱい来ています。
こういうものが、日本のこれからの文化として発信できるものだと思いますね。

ほかにも、(東北経済産業局長室を)見てもらえると
わかると思いますけど、鳴子のこけしを使った家具とか、
ああいうものがおもしろいなと僕は思いますね。

それと、私は映画が好きなのですが、
先進主要国の中で、自国オリジナルの映画が、
アメリカ映画に比べて相当な比率を占めている国は、そう多くはないのですよ。

自国の映画好きで一番有名なのは、インドですけど。
日本は、いわゆる先進国の中では、圧倒的に自国の映画が強い国なんですね。

それからゲームでも、日本は自国のゲーム機が強い国です。
例えば、アメリカの『マイクロソフト』という会社がつくったゲーム機は、
他の国では売れていても、先進国の中では唯一日本だけが、
日本の任天堂やソニーのゲーム機を圧倒できないわけです。

日本のゲーム機やソフトは非常によくできている部分がありますし、
日本人が求める水準が高いためだと私は思うのですが、
(アメリカ産のゲーム機は)日本国内ではなかなか売れていませんね。


日本の強みでもあり弱みでもある、スペック過剰

ただ、これは日本の強みでもあり弱みでもあるのですが、
日本の家電製品は、良く言われていることですが、スペック過剰なんですね。

海外に行けば、「そこまで機能はいらないよ」というところまで、
日本では機能をたくさんつけて、その代わり、高く売れているわけです。

例えば、この薄型テレビにしても、周りの枠が少し歪んでいたり、傷ついていたりすると、
日本ではマーケットに出した時、家電ショップでは売れないし、
売ればお客様から不良品だと言われて返ってきます。

つまり、工場を出荷する時に、異常なまでの完璧さを求めるわけです。
それが、できちゃうわけです、日本は。

例えば、このテレビも大型になればなるほど、テレビのパネル(枠)の部分を
端から端まで完璧な一枚の平面上にぴったり、それもつるつるの状態に
仕上げるのって、本当はすごく難しいことなのですよ。

なぜかと言うと、これが一枚の板ならまだしも、枠の部分だけなうえに、
さらに、プラスチックを金型に流し込んで、ポンと打ち出した時に、
あたたかいうちは真っ直ぐでも、冷えてくると歪んだりするわけです。

それを日本人は、あらかじめ歪みや何やらを全部計算してつくるから、
冷えて普通の状態になった時、全く歪みもなく、表面もつるつるで、
かつ、傷一つないものを大量に安くつくることができるわけですよ。

東北のある企業は、この技術にすごく強いのですけど。
日本人は、そこがすごいんだと思います。

けれども海外では、マーケットもそれを求めないし、工場もそれをできないので、
値段もそこそこ、品質もそこそこ、それで普通は売れています。

世界中の市場が、むしろそうなっているのであれば、日本も少し、
そこは頭を切り替えて、やっていかなきゃならないところもありますね。

つまり、そのような面で、日本人の強みでもあるけど弱みがあるのです。

ですから私は、ものづくりや感性ビジネス、ソリューション型ビジネスを、
もっとやっていかなきゃいけないんじゃないか、と思っています。


東北のポテンシャル

―東北の企業の話も出ていますが、東北経済産業局長として1年間東北を見て、
 東北に対して数井さんがリアルに感じてらっしゃっていることは、どんなことですか?

東北はまだポテンシャルがあるな、ということですね。
土地も広いですし、優秀な人もたくさんいます。

◎粘り強い優秀な人材が多い

「東北には、一度決めたら粘り強く地道に必死にやる優秀な人材が多い」という話は、
東北へ新たに進出した企業や、既に進出した企業の方から、よく聞きますね。

例えば『パナソニックEVエナジー』という会社が『プリウス』の電池をつくっています。
宮城県に工場をつくり、すでに稼働をはじめています。

その企業の方に聞いてみると、「東北で人を採用すると、予想していた以上に、
粘り強くて、ものづくりをしっかりする人を採用できた」と言っていましたよ。

その企業は、他の場所での立地も考えたそうなのですが、
「最終的に東北の地で決めた理由は、人だ」と言っていましたね。

◎思ったよりも東京から近い

それから、「思ったよりも東京から近い」ということも、よく聞きます。

仙台と東京は、新幹線で約1時間40分。
新幹線が青森にできれば、東京と青森が約3時間10分になります。

けれども地図で見ると何となく「もっと遠いのかな」と思う首都圏の人が多いようです。
名古屋と仙台が、東京までの時間と同じと聞くと、「意外だな」と言う人は多いですね。

そういう意味で言うと、東北は首都圏とのアクセスも良いですし、
さらに、常磐自動車道が平成26年に全線開通すれば、
仙台と首都圏は、東北道と常磐道、2系統で結ばれることになります。
これも、東北の強みになるんじゃないかなと思いますね。

◎ものづくり産業に厚み

それに東北は、ものづくり産業が最近、非常に厚みを増していると思います。

例えば、自動車関係は、宮城県で『セントラル自動車』、岩手県で『関東自動車工業』と、
完成車をつくる拠点が東北で2か所できることになります。

ほかにも宮城県には、シートをつくるトヨタ系の会社『トヨタ紡織』や、
カーエアコンをつくる会社『デンソー』ができています。
先述のプリウスに乗せる電池をつくる会社『パナソニックEVエナジー』もあります。

このように、ここ数年で、特に自動車産業の厚みが非常に増しているのです。

さらに電子機器関係で言えば、『東京エレクトロン』という会社があります。
それから、山形県は電子機械関係の出荷額が、日本でも上位です。
福島県は、医療機器の部品の出荷額が、全国2位です。

そのような意味で、東北では産業集積がかなり進んできていると思います。

◎もう少しスピードアップを

―強みは同時に弱みとのお話でしたが、その点で東北に対して感じることはありますか?

先ほどお話した、日本人の強み・弱みと同じ面ですが、
スピード感において、もう少し早くした方がいいかな、ということはありますね。

「とにかくやってみる」「試しにやってみて駄目ならもう一回考えなおそう」
というよりも、東北の人は「ともかくじっくり考えてからやる」「やる以上はしっかりやる」
という風に考えるところがあるんじゃないかな、という印象を私は持っています。

もちろん、あまり拙速(せっそく)に、ものごとを進めて失敗するのも良くないですし、
かと言って、あまり考え過ぎて、計画を練っている間に他の人がとりあえずやってみて、
成功してしまえば、スピードの早い世の中では、その間に成果を取られてしまいます。

ですから、どちらも必要なのですけどね。


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