取材・写真・文/大草芳江
2013年4月16日公開
社会は一つではないからこそ、
自らつくることで、広がっていく。
山田 尚義 Naoyoshi Yamada
(経済産業省 東北経済産業局長)
昭和33年、東京都生まれ。昭和57年、東京大学法学部卒業。昭和57年、通商産業省入省。平成7年、北海道通商産業局総務企画部総務課長。平成9年、産業政策局博覧会推進室長、国際博覧会事務局(BIE)日本政府代表。平成13年、警察庁交通局高速道路管理室長。平成15年、原子力安全・保安院原子力安全特別調査課長兼訟務室長。平成17年、中小企業庁経営支援部経営支援課長。平成18年、香川県警察本部長。平成20年、中小企業基盤整備機構理事。平成22年、国土交通省観光庁審議官。平成24年より現職。
「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【社会】に関する様々な「人」をインタビュー。
その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とはそもそも何か」を伝えます。
経済産業省東北経済産業局長の山田尚義さんは、
アメリカへの留学、そして経済産業省や警察などの仕事を通じて、
言葉も常識も異なる様々な社会に身を置いてきた経験から、
「社会はあまりに広く、それぞれ社会は皆、違うものだ」と語る。
自分のいるところですら、今まで知らなかった社会が「ある」。
それが「見える」には、自分が本気で突っ込んで、五体を動かし、
本当に何かをやり出して、初めて、理屈でなく肌でわかるという。
「自分がおもしろいと思う分野を、一生懸命突っ込んでみると、
必ずそこから、今まで自分が気づかなかった社会が生まれる。
社会はすごく広いから。すると、社会がどんどん広がっていく」と語る、
山田さんという"人"から見える社会とはそもそも何かを探った。
<目次>
・社会は「皆、違うよ」としか言い様がない
・その社会で大切にする価値とは何か?をちゃんと見つける
・自分の得意分野を伸ばす競争の中で、新たな社会が生まれる
・何もしない限り何も起きないが、何かをやれば何かが起きる
・何かを始めたら、まずは続けないことには始まらない
・五体を動かすことで、今まで見えなかった社会が見えてくる
東北経済産業局長の山田尚義さんに聞く
社会は「皆、違うよ」としか言い様がない
―山田さんがリアルに感じる、社会ってそもそもなんですか?
難しい質問ですが、「あまりにも広すぎて、答えようがない」。それが私の答えですね。
これまで私は、いろいろな仕事をしてきました。例えば、「どうやったら、この業界の国際競争力を伸ばせるようになるか」「どうやったら、この地域に多くの企業が来るか」「外国へ行き、日本政府の立場を相手の政府に伝え、また相手の国の人たちに日本を紹介する」「博覧会の準備をする」「警察官になって、人の命や安全を守る役割を果たす」「海外からのお客様を日本にお招きする」といった仕事です。
その仕事・仕事すべてに別の人たちが生活しています。そして、私とその生活をしている人たちとの接点がそれぞれ皆、違っているわけです。すると、「社会とはなんて広いのだろう」と思います。違う言い方をすると、「職場が変われば、自分が今度入ろうとする社会は別物に決まっている」とずっと思っていました。
そこには良さと悪さがあるのですね。一つの社会を深く知ることができない悪さが一方でありますが、一方で新しい社会に直面した時に、びっくりするけれども、たじろかない。そんな経験もしています。
社会の中でもずっと変わらないのは家族や親戚です。何十年間もずっと一緒で変わりません。それが皆、どんどん歳をとっていき、上が欠け、下に新しく追加されていく。その社会は変わりませんが、それ以外は随分、変わっていくところに身を置いていました。
ですから、「リアルな社会って、そもそも何ですか?」と聞かれても、「皆、違うよ」としか言い様がないですね。
その社会で大切にする価値とは何か?をちゃんと見つける
―では、「そもそも社会とは皆違う」中、どんなことをスタンスとして大切にしていますか?
まず何に驚くかと言うと、言葉が違うのですね。海外で外国人相手にお話する時、言葉が違うという意味だけでなく、国内で日本人相手にお話している時でも、言葉が違うのです。業界用語、あるいは業界の常識というものが、あるのです。
その常識は、そこに住む人たちにとっては常識ですから何も言わないのですが、他所からその社会に入った人間にとっては常識ではないので、常識外れのことをしてしまう。時には、意図せずに相手を傷つけてしまうこともあります。
そんなことをしないよう、その社会で大切にする価値とは何か?を、ちゃんと見られるようにしたいと思いました。その社会・その社会で良いところは何だろう?やってはいけないことは何だろう?を、できるだけ見つけようとしました。そこに気づいたのです。
―具体的なエピソードはありますか?
例えば、経済産業省で働いている人たちは、いつも議論をします。議論をする中で、地位の偉い人も地位の偉くない人も、若いのも歳を取っているのも、関係ないのです。
議論は議論だからこそ、相手の議論がよくわからなければ「わからない」と言ったり「その議論は違うのではないか」と言ったり。決まった後も、実は、その通りに動かなかったりする困ったこともありますが(笑)、とにかく議論を大切にします。
他方、警察という社会は、皆が一致団結して動かなければいけない社会ですから、上の人が命令をしたら、それで皆が動く仕組みになっています。もちろん警察でも様々な検討が必要ですから、そういう時、上司の人は「今は検討の段階だから、様々な意見を聞きたいのですよ」という姿勢を、言葉遣いや口調も含めて、はっきりと示すことが重要です。さもないと「議論」をしているのでなく、「命令が下された」と受け止められてしまいます。そこに文化の違いが現れます。
ですから、警察にいる時、経産省の人間のように気軽に議論をふっかけると、混乱が生じてしまう。反対に経産省の社会で、警察の社会のように、本当は意見があるのに聞かれるまで黙っていようとすると、それもまた混乱が生じてしまう。
他にも、例えば博覧会でも、経産省で言うと、多少は危なくとも、おもしろければ良いのですね。けれども警察の社会は、やっぱり安全が一番なんですね。その上で、おもしろさはあっても良い。
ですから、両方の気持ちで折り合いをつけなければ、楽しい博覧会はできないのですよ。おもしろくて、安全な。その時、両方の気持ちがわかっていると、仕事はしやすいですよね。
自分の得意分野を伸ばす競争の中で、新たな社会が生まれる
―本当は全く違う価値観がすぐ隣にあっても、ずっと同じ社会の中にいると、別の価値観を想像できず、てっきり同じと思って接点をつくろうとすることが、たくさんありそうだなと思いました。
仰る通り、本当に違うのです。日本国内もそうですし、世界に出ていけば、本当にいろいろな天気があり、いろいろな食物があり、いろいろな言葉があり、従って、いろいろな常識があり。
まずは、その違いを受け止め、その中の良さを見つけていけば、自分の頭の中の世界が広がるのです。そうする中で、そのうちに、とはいえ、どんな社会でも良いこと・悪いことが見出せるようになる。人は違うんだ。そして、違って良いんだ。それが理屈でなく、肌で感じられるようになると思うのです。
中学生の段階で言えば、勉強ができる人はそれで立派。スポーツができる人はそれも立派。演劇ができる人はそれも立派。手先が器用な人はそれも立派。どれも、その中で一生懸命やって成果を上げる人は、やはり立派なのだということが、よくわかるかな。
それから、もう一つ。社会の中でやはり競争はありますから、その中で競争して自分を高めなくてはならないことも、多分わかってくると思うのです。
運動できる人は立派、勉強できる人は立派、それぞれ別なのですが、だから「私は私だから、それで良いのだ」では、ないのです。私の中で"良いもの"は一生懸命伸ばしていかなければいけない。そう思うのですね。
"良いもの"という分野で、自分を高めていくこと、あるいは競争していくことが大切です。けれども、それは自分の一部で、自分の全人格ではありません。
つまり、運動ができる自分は、自分の一部なのですよ。勉強ができない自分も、自分の一部。運動はできるけど、勉強はできない、それを全部あわせて自分なのです。そして、運動のできる自分を、一生懸命伸ばしていく競争は、どこの社会でもあると思います。
違う言い方をすると、例えば「英語」、あるいは「美術」で、とても他の人と競えないと思うことってあるではないですが。そんな時には、そこで「俺は駄目な人間だ」なんて自分の価値を決めてしまう必要はなく、どこかに自分の得意になりそうな分野、例えば「調理」だったり、「接客」だったり、を自分で見つけ、そこで頑張って活動すると、新たな社会が生まれてくることがあるのですね。
新たな友達も生まれるし、新たな先生も生まれるし、新たな後輩も生まれる。社会はいっぱいあるから、自分がつくっていけるのですよ。一生懸命やればね。
何もしない限り何も起きないが、何かをやれば何かが起きる
―それは、どんな社会であっても共通のものだと思いますか?
僕は全部そうでしたね。それを一番最初に強く思ったのは、大学生の時に3ヶ月間、米国に行った時の経験です。こちらが言わない限り、誰も何もしてくれない。けれども、こちらが「ああしたい、こうしたい」と言うと、協力してくれる人がたくさんいる。
そうやって、こちらから新たに働きかけることで、新たな友だちもいっぱい生まれました。ですから、頭で考えている、あるいは、黙って待っているだけではダメなんだ、動けば何かがあるな、ということをすごく感じました。
それまでは、そういうことを意識せず、あることはやってみるし、あることはやらないし、でした。けれども米国にいる時は、何もしない限り、何も起きないことに直面し、逆に何かをやれば何かが起きることがわかりました。それが大きいですね。
そう思って会社に入ると、自分の会社でも、あるいは会社の中の課という小さな社会でも、先輩に聞けば何かあるし、お仕事を一生懸命やると、必ず何かが起こるのです。すると相手の反応が出てきて、今まで知らなかった人ともお友達になっていきます。
苦手な分野は、あまり動こうとしないじゃないですか。だから、広がらない。でも、しょうがないと思うのです、苦手だから。ただ得意な分野は楽しいはずだから、辛くたって我慢できるはずだから、得意な、好きな分野で一生懸命やれば、広がると思いますね。
自分が気に入っている分野、あるいは自分が「おもしろい」と思う分野を、一生懸命突っ込んでみると、必ずそこから新しい社会、今まで自分が気づかなかった社会が生まれるのです。社会はすごく広いから。すると、社会がどんどん広がっていく。そうに違いないと感じました。
社会は本当に広いし、知ることがおもしろいのです。おもしろい時、苦手な分野でやっていこうとしても、どうしても、すくみあがっちゃう。けれども、得意な分野でやれば、本当に広がっていきますよ。苦手な分野でも、広がらざるを得ないのだけど。
―それは得意な分野につられて?
いやいや(笑)、そうじゃなくて、やらざるを得ないから。けれどもそれは、やっぱり楽しくないからね。
何かを始めたら、まずは続けないことには始まらない
―振り返ってみると、山田さんの得意な分野は何だったと思いますか?
未だにわからないですね。自分ではわからないけど、振り返ってみると、社会人という面で見た時、いろいろな職業についても、比較的短い時間の中で適応して、ある程度は役に立てる、適応できる能力があるのかもしれません。
それはなぜかというと、先ほど言ったように、「わからないに決まっているや」と最初から思っているから。驚くけれども、失望はしない。
―もともと違う社会だと思っているから、じゃあ、この社会はどんな価値を大切にしているかを見れる。だから、うまく適応できるということですか?
そうじゃないかなと思うのです。だって、外国に行く時は、最初から「外国だ」と思うじゃない。
―そもそも「好き」とはどういうことなのかについて、大事だと思うから伺いたいのですが、山田さん自身も最初から「好きなこと、得意なことはこれだ」と明示的に意識していたというより、後から振り返って、いつの間にかそうなっていた、という感じですか?
そうそう。そういうことでしょうね。私は中学・高校とバスケットボールをやっていたのです。中学校の時、なぜバスケットボールを始めたかと言えば、兄がやっていたから。それだけです。高校は、中学校でバスケットをやっていたから、そのまま続けました。
大学に行った時、バスケットを辞めたのです。それは「お前の背じゃ、4年生になってもレギュラーやれるかは、ギリギリだよ」と言われて、「それなら厳しいな」と思って辞めたのです。けれども運動は捨てられず、少林寺拳法に移りました。
じゃあ「好きか?」と言われれば、バスケットボールは好きですけど、大学に入って、レギュラーになれないと思ったら、やらない程度です。じゃあ、入った時にバスケットが好きだったかと言われたら、そういうわけでもない。
少林寺拳法だって、嫌で嫌でしょうがなかったですが、やっていると、それなりの魅力は出てきます。ですから今でも好きか嫌いかと言えば、よくわからないですね。
仕事も、そういうことが多くて。毎朝起きる時は「嫌だな」と思うし。けれども職場に着く頃までには、頭はぐるぐる回りだすし。それで仕事が一段落して、皆で打ち上げをするときは、すごく幸せだし。
というわけで、自分探しとか、自分の好きなもの探しということで言うと、僕は全く失格で。何が好きかなんて、考えることもなく終わってしまったけれども。じゃあ、これまで辿ってきた道を後悔しているかと言えば、後悔はしていないです。
ですから、もうしばらくすると定年になるのですが、定年後も何をしていくかは、きっと何かをぽっとやってみて、そのうちに何か気に入ったものと、うまくいかないものが、出てくるのではないかなぁ、と思うのですけどね。
―実際にやってみながら自分でしっくりくるかをやっていく感じで、始めから「こうだ」というものではない、ということですね。
そう思っている時には、全然何もできないです。恐らくどんなものでも、最初しばらくの段階は、嫌に決まっているのですよ。これは運動をやっている人なら皆わかる話で、あるレベルまで行かないと、おもしろくないのです。
そこで辞めてしまうのはいかん、それだけは僕、骨身に染みているからね。まずは続ける、何かを始めたらね。そうしないことには始まらないし、本当の良さはわからないと思います。
五体を動かすことで、今まで見えなかった社会が見えてくる
―今までのお話を踏まえ、読者の中高生にメッセージをお願いします。
将来はいろいろな可能性があります。そして誰にでも可能性があると思います。だから、どんなことでもいいから、頭の中で考えるだけでなく、五体を動かしてみましょう。まずは始めて、少し頑張って続けてみる。その中からきっと今までとは違う、新しい喜び、新しいお友達が広がってくると思います。
身近なところから始めるとしたら、一番よいのは、まず、旅行をしてみて。それも、ツアーじゃなく、一人で全部手配をして旅行をしてみると、否が応でも違う社会に触れなくてはいけないから、それが一つのきっかけになるかもしれません。
自分のいるところにすら、今まで知らなかった社会が、いっぱい出てくることに気がつくと思うのです。実際に違うのですよ、それが見えていなかっただけで。
よくありますでしょう?まず、まわりの景色をパッと見てください。はい、眼を閉じます。次に、その中に赤いものがありますから、もう一回見直してください。すると、前と少し光景が変わって見えませんか?気づかなかった赤いものが、見えてきますね。
そこに「ある」ことと、「見えている」ことは違う、良い例ですね。そこに「ある」ものを、前の自分は「見えて」はいなかった。見えてなかった違いが、自分の意識が変わることで、見えてくる。そこから、新しい社会がどんどん広がっていきます。それが一点目のメッセージです。
もう一つは、繰り返しになるけれど、五体を使いましょう。ネットの社会もいいけど、やっぱりネットは目でしか見ていないから。やっぱり、手を使って、足を使って、見えるものは、全然違ってきますから。
なぜかというと、ネットの社会で見ていることは、見えているものしか見えていないから。いわば、自分の今の社会を見ていることと一緒なのです。けれども違うということは、その中に放り込まれて初めてわかるものです。やらされて、感じるものだから。
つまり、自分が本気で突っ込んで、手足を動かして、本当に何かをやり出せば、今まで見えていなかったものが見えてくる。「ある」ことと「見える」ことは違うのですから。
そんなことを言ってはおりますが、私も毎日修行中です(笑)。
―山田さん、ありがとうございました。
コラボレーション
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