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2017年 06月 27日 (火)

教育って、そもそもなんだろう?:仙台市教育委員会教育長の青沼一民さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2010年6月3日公開

学校、地域全体で子どもを育成するシステムづくりを

青沼 一民  Kazuto Aonuma
(仙台市教育委員会 教育長)

日大卒。78年、仙台市公立学校教員採用。袋原中教頭、市教育局教職員課長、教育局次長、雄勝中・富沢中校長などを歴任。現在、仙台市教育委員会教育長。

 「教育って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【教育】に関する様々な人々をインタビュー
【教育】に関する人のリアリティを伝えることで、「教育とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします


今日、変化の激しい社会を「生きる力」を育成することが、重要な課題となっている。
教育現場での実績を評価され、今年度から教育長を務める青沼さんは、
「生きる力」の基盤となる子どもの心を、学校全体、あるいは地域全体で、
ケアしながら、子どもたちを育成するシステムづくりの必要性を強調する。
そんな青沼さんが学校現場で感じたリアリティから見える、教育とはそもそも何かを探った。

<目次>
今、学校教育に求められていること
地域の力を借りて、子どもたちの育成に励む
押し殺していた子ども感覚を「読み聞かせ」で思い出す
「朝読書」で精神的な安定を図る
メンタル面のケアなしに「確かな学力」や「健やかな体」へはつながらない
対人応用力の低下や人間関係の希薄化を実感
あえて感動体験を味あわせたい
クラスの雰囲気で、子どもの学習意欲は変わる
教員がコミュニケーションをとれるかどうかの問題
人間が持つ表情の豊かさを育てる
支援が必要な子どもたちが増えている
専門家の力も借りながら、学校全体として対応できるシステムづくり
子どもの心をケアできる学校が、子どもとの信頼関係を構築できる学校
学校教育活動と生涯教育活動の両輪が必要
大人に感動を与えてください


仙台市教育委員会教育長・青沼一民さんに聞く


今、学校教育に求められていること

―青沼さんは、教育現場での実績を評価され、今年度から教育長に就任されたと聞きました。
 そんな青沼さんがこれまで見て聞いてリアルに感じるところから見える、教育って、そもそも何ですか?

私は、昨年まで中学校現場にいましたので、
その視点から見た「教育って、そもそもなんだろう?」
をお話しようと思います。

私が中学生を見ていて強く感じることは、
自分の意志と生きる術(すべ)を持ち、
確実に足元を見ながら学校生活を送る生徒もいれば、
一方で、どこかおっかなびっくりして、
先が全然見えずに悩んでいる生徒もいるということです。

その様子を見ていると、それがすべてではないにせよ、
その背景に、それぞれの環境があるのだろう、
という印象を受けるのです。

例えば、それぞれの環境を見ていくと、
幼児から色々な意味で感性豊かな日々の積み重ねを、
きっちりと御両親に育てられているお子さんに、
自ら考え判断し行動を起こす生徒が多いと感じました。

一方で、なかなか環境が十分でない生徒の場合、
そのあたりの力を身につけない状態で学校に来ているのが現状です。

では、それを一体どこで埋めていくのか?

それは、教育の中で打開していく必要があるだろう、
そこに、やはり学校教育が必要なのだろうと私は思っています。

ですから、これから一番注目していきたいことは、
中学校に限定して言えば、「生きる力」を自分自身で
身につけてやっていく子どもは良いのですが、
そうではない子どもたちをサポートしていくことが、
より重要で、学校教育に求められていることだと思います。


地域の力を借りて、子どもたちの育成に励む

―教育長として、これからそのようなことを進めていくのでしょうか?

教育行政という、教育を司る側としては、
ある一定の施策を通じて、学校教育を統括し、
ある一定の学力を補完しながら進めていくことが、
施策の大きな柱です。

ただし、そこにはどうしても、
足並みがそろわない状況があります。

それは、それぞれに地域性があるためです。
仙台といえども、児童・生徒数は8万人近くいますから。

古くからある地域・新しい地域、海岸部・山間部・都市部と、
仙台市内は様々な地域が混在している印象を受けますが、
このように様々な状況の中で育てられている児童・生徒は、
それぞれ違う考え方を持っています。

つまり、教育委員会が教育行政として、
施策をそれぞれの学校に求めたとしても、
一方で、日々の現場では様々な教育活動が展開されており、
その中で、色々なことが課題として出てくることが予想されます。

ですから、それぞれの地域の特色を活かした状態で、
学校経営がなされていくことが今、
特に仙台市教育委員会が言っている、
「地域とともに歩む学校」の所以だと思います。

地域のいわゆる「地域力」を活かす、ということ。
地域力とは、つまり、地域の方々の力です。

それと同時に、その地域が昔から持ちえている環境が、
その中で育てられている児童・生徒の良さを、
うまく引き出せるような状態のことも指しています。

―先日、NIE(新聞を用いた教育活動)取材で榴岡小に伺った時(※)、
 学校と地域の連携による教育活動が盛んである印象を受けました。

※詳しくは下記記事を参照ください
【宮城の新聞】「教育に新聞を」 宮城県NIE20周年研究大会(1/2ページ)
【宮城の新聞】歌人・俵万智さん公開授業 宮城県NIE20周年研究大会(2/2ページ)

地域の力を借りて、児童・生徒の育成に励んでいこうという機運が、
仙台市内でも、ここ2、3年前から、急速に高まっています。

このように様々な形で、地域の人たちが学校に入り、
朝や放課後、あるところでは授業の一環として、
教科指導をしている教員とコラボするケースもあります。

例えば、昨年私がいた中学校(富沢中学校)では、
家庭科の時間に、調理実習と称して、魚の普及協会の方たちが、
地産地消を兼ねて、さんまのつみれ汁を指導していましたね。


押し殺していた子ども感覚を「読み聞かせ」で思い出す

ほかにも、加茂中学校が、読書活動の一環として、
ボランティアグループによる「読み聞かせ」を、
中1の段階でやっていました。

中学生の読み聞かせは、なかなか例がないのですよ。
小学生でも、低学年向けの場合が多いですね。

読み聞かせをする側からしても、
「小学生中学年以上には効果がないだろう」
という固定概念があったのです。

けれども私が、ちょっとしたきっかけで、
「中学生に読み聞かせをしてみたら?」と話をしてみて、
じゃあ、試しにやってみようと、昨年から始めました。

すると実際は、中1でもまるで幼児のように身を乗り出し、
じーっと、食い入るように聞いていてね。

子どもたちよりも、読み聞かせボランティアの方々の方が、
新しい発見したのです。中学生でも、十分効果があると。

―通常なら小学校低学年向けの読み聞かせを、中学校でも実施しようと、
 青沼さんが思った理由は何ですか?

ついこの間まで、子どもだという意識だった小6の子が、
中学1年生になると、「すべて一人でやりなさい」と、
急に大人扱いされるわけです。

小6から中1へ。たった1日ですが、
まるで、子どもから大人に投げ込まれたような、
世界の違いが、どうしてもあるわけです。

それは、子どもにとって、実は、
非常に大きな戸惑いがあるんですね。

自分が大人にならなくちゃならない、
無邪気な状態を、隠さなくてはならない。

すると本来、もっと子どもであるべき感覚を、
どこかで押し殺しているところがあるのです。

そのような状態が、中学1年生の4月や5月に見られます。
非常に窮屈な状態であるのが、中学1年生なのです。

それが世間でも良く言う「中1ギャップ」。
このギャップを少しでも取り除く意図もあって、
中学生向けの読み聞かせを始めたわけです。

もともと子どもが、つい最近まで持っていた、
子ども心というものを、ちょっと思い出してみようか。

つまり、読み聞かせによって、中学生ではない自分を、
子どもたちは、思い出すわけですね。


「朝読書」で精神的な安定を図る

また、小学校では、朝読書の習慣があります。
朝読書の中で、読み聞かせをやっていた6年生もいて、
子どもたちは、読み聞かせに慣れ親しんでいるわけです。

特に最近は、精神的な安定性を図りながら1日のスタートを切る、
メンタル面での意味合いを込めて、朝読書を取り入れる中学校が、
仙台に限らず、全国的にも非常に多いのですよ。

時間としては、わずか10分間ですが、毎日続けていく効果があります。

担任も、読書時間としましてね。
朝、一斉にやっていますので、全校舎がしーんとしている状態です。

静寂な場所で、集中して読書する時間は、
お寺で言えば、まるで座禅を組んでいるような静けさですね。

すると、子ども心にも朝忙しない状態を、
スタートラインに立つ前の精神安定的なものを図る、
という意味で、非常に効果があるのです。

これは昔、中学校が荒れた時代、約20年くらい前から、
取り入れられたことで、今はほとんどの学校が採用しています。
全国80%近く(※)の学校で、朝読書を導入しているそうですよ。

※平成20年調査では、中学校の朝読書80.6%、小学校の朝読書88.7%。

そういったところからも含めて、
「読み聞かせ」が読書活動の推進に役立つ、
という両面的なところもあったのです。


メンタル面のケアなしに「確かな学力」や「健やかな体」へはつながらない

―繊細なメンタル面にも、教育現場ではケアに入るのですね。

かつては、子どもがメンタル面でストレスを抱えている状態でも、
家庭がストレスを発散する聞き役となり、ある程度は浄化した状態で、
次の日に登校してくるというリズムがありました。

けれども今は、ストレス社会の中で、親御さんも共稼ぎが多くなり、
家庭がそこまで見とれる時間的な余裕がなくなってきています。

ですから、どうしても、そういった心の移り変わりというものを、
学校でも担わないといけないな、と思っているのです。

これは中学校に限らず、小学校でも高校でも、そうなのですよ。

小学校への入学、小学校から中学校、中学校から高校、
それぞれの接続のところが、スムーズなら良いのですが、
そうではないところは、うんと困るわけです。

高校なら、馴染まなければ、不登校よりも退学ですよ。
ましてや思春期。すぐ形となって現れます。

そのようなことがずっと続くと、中途退学の急増、
といった問題につながる可能性もあります。

さらに今、ニートが非常に多いと言われている問題が、
さらに発展していく可能性がありますので、
それぞれの接続のところが、かなり厳しいのです。

―そのような接続のギャップに対して、教育行政としてはどのような対策をしているのでしょうか?

小学校のスタート時点では、市内125校の中で、
「スタートカリキュラム」と称して、
いわゆるクラス単位ではなく学年単位で、
共同の学校活動をする取組みをしています。

例えば、「学校探検」をすることによって、
「学校は楽しいものだよ」ということを伝えるとか。

あるいは給食や、朝に集まるとき、
なかなかスムーズに順応しない児童の場合には、
地域のお母さん方が何人かそのクラスに入って、
サポートしてくれています。

同じ歩調で、いろいろな目線で、子どもたちを見てね。
子どもたちに差があっても、どちらかと言えば遅れ気味の
子どもたちもサポートしていき、歩調を合わせていくこと、
メンタル部分をケアしていくことが、重要だと思っています。

そのようなケアをしっかりしていかないと、
学校で求めている「確かな学力」や「健やかな体」等へは、
やはり、つながっていかないと私は思っています。

このように今、現実で起こっていることを、
ぞれぞれの学校が、一つひとつ課題認識をもって
当たってほしい、と私は思っているのです。


対人応用力の低下や人間関係の希薄化を実感

―私がコアメンバーを務めさせていただいている「たくましく生きる力育成プログラム開発検討会議(※)でも、子どもたちの精神面で近年大きな変化を感じる教職員が多い現状が、報告されていました。

※詳しくは下記記事を参照ください
【宮城の新聞】社会を生き抜く「応用力」育成へ検討会議設置/仙台市教委

我々が若かった時代は、我々教員があまり関わらなくとも、
子ども自身が持つ応用力や対応力によって、
子ども同士で解決していくものがありました。

けれども今は、子どもたちの中に教員が入り、整理してあげて、
「あなたの気持は、こうなんだよね、あぁなんだよね。
だから、そこを修正して、付き合っていかないと、よりが戻らないのではないの?」
というところまで言ってあげないと、友達関係は継続できないのが現状です。

―その判断は難しいですね。
 教員が入らなければ、友達関係が継続できなくなる恐れがある一方で、
 教員が入りすぎても、子ども自身で解決する機会を失う恐れがあります。

昔だったら、けんかをするでしょう。
少々リスクは伴うけれども、お互いの自助努力で、
最終的には元のさやに収まり、さらに友人関係は深まって、
友達関係も拡大していくことは、よくありました。

だから、子どもたちが群がっていくことが、あったでしょう。
けれども今は、子ども自身が、群がっていくことはありません。

その理由に、情報機器の氾濫があるのですよ。

小さな頃から、ゲーム機や機能付き携帯電話、パソコンを相手にし、
対面式なコミュニケーションを取らずに済んでいるので、
知識は非常に吸収される一方、対人応用力が非常に厳しい状態です。

私が、教育委員会から久しぶりに学校現場へ戻り、
一番強く感じたことは、対人関係能力が非常に不足したな、ということ。

特に、仙台市内の中学生を見るのは、約10年ぶりですが、
こんなに変わったのか?という程、対人応用力と言いますか、話ができないんです。

いや、全く話ができない子がいっぱい、ということではなくて、
そういう数字が多くなった、ということでしょう。

それに、以前は、友達同士でトラブルになったときも、
第三者の子が「それはちがうんじゃない?」と間に入って、
コントロールしてくれていました。

けれども今は、そのような第三者的な子たちも、
どうしたら良いのかが、わからない。

もし関わったとしても、後で巻き込まれるのが嫌だ、とかね。
やはり人間関係が、若干、希薄になった印象を受けますね。


あえて感動体験を味あわせたい

―そのような現状認識に対して、青沼さんは、
 どのようなことをしていきたいと考えていますか?

今一番、感受性の強い中学生の思春期に、
いろいろな感動体験や挫折感を、
あえて味わいさせたい、と思っています。

学校行事なら、野外活動や校外学習、
そして修学旅行などが、あるでしょう。

それを実施するまでには、
班を決めて、諸活動を子どもらで議論して、
積み重ねていって、当日を迎えていく。

それが、大切なプロセスなのです。
メッセージとして送りたいのは、実は、ここなのです。

あなたたちが体験して、
なかなかうまくいかない企画を実践する。

どうしたら、うまくいくんだろう?
こうでもない、ああでもない、と皆で考え抜いてね。

そして実際にやってみて、
そのときの悔しさや、達成した喜び、
その渦中にいれば、それこそあなたにとって、
成長する行事になったのではないの?

学校が限られた時間の中で、
色濃く求めたいことは、そういうことなのです。


クラスの雰囲気で、子どもの学習意欲は変わる

今の時期なら、仙台市内の大きな特徴で、
7月には、合唱コンクールがあります。

一見すると、ただの合唱かもしれませんが、
実は、それ以上のドラマがあってね。
私は一度、ぜひ見る価値があると思うのです。

なぜかと言えば、合唱を練習するスタートから、
本番を迎えて終わるまでの三週間を継続的に見たら、
本当に感動ものだと思うから。

去年、私のいた学校では、合唱指導ができる
お母さんに、朝夕、指導に入ってもらいました。
当日も、本番前まで指導していただいて。

そこで初めて親御さんが、合唱の素晴らしさと、
子どもの充実した集中力とクラスの団結力を、
改めて感じましたと、感激して涙していました。

やっぱりそれは、ずっと通しじゃないと、
わからないものがあるんですね。

一つひとつのプロセスを大切にしながら、
子どもたちの心を揺さぶるということ。

感受性が強い子どもたちに、一つひとつ、
植えつけて、積み重ねていくことによって、
健やかな心と体をもち、それをばねにして、
自分が切り開いていく生き方のエネルギー源
となっていくのだと思うのですね。

そして、子どもの心に訴える部分が充実している程、
その後の勉強に対する子どもの意欲は違うのです。

だから、クラスが大切なんですよ。

クラスで意欲を持ってやれる雰囲気をつくってやれると、
「あまりやりたくないな」と思っている子どもまでもが、
意欲をもってやれるような雰囲気になるのです。

クラスの雰囲気で、子どもたちの学習意欲は
いくらでも変わるのですよ。


教員がコミュニケーションをとれるかどうかの問題

―クラスという場の雰囲気づくりは、学校や先生の腕の見せ所ですね。

そうですね。
これは大学の先生のアンケート調査からもわかるように、
クラス経営がきちんとされ、意欲を持てるような学級であると、
子ども自身、学力が非常に伸びると言われています。

そのために、子どもと担任との関わり方が、うんと難しい。

当然、それには技術的なテクニックもあるでしょうが、
基本は、やはり担任の人間性や感性、人間と人間の接し方、
コミュニケーションがとれるかどうかの問題なのですね。

一人でトップを走っている担任では困るし、
かといって、埋没されている担任では困る。

どこかで見え隠れする担任、
そして、クラスの行く先はどこなのかを示せる担任。

そこで大切なのが、小集団である班活動や、
学級委員の存在、班長との関わりといったものなのです。

―当時(児童・生徒の頃)は、あまり意識していませんでしたが、
 クラス経営という視点から見ると、そこには緻密な仕組みがあるのでしょうね。

子どもと担任が、密接に意思疎通されているクラスでは、
一週間に1回は「プログラム委員会」などを開いています。

学校生活は、社会と全く同じなので、それを気づきの場面にして、
このクラスに問題はあるの?問題は何なの?といった議論をします。

つまり、そのことによって、クラス40人誰しもが共通の理解のもと、
如何にクラスの一員であると自覚させるかといった問題なのです。

学校には、様々な子どもたちがいます。
いろいろな問題が、毎日のように起きています。

そこで教員は、2度と起こされないような説明の仕方、
子どもに響くようなことを言わなければ、子どもは納得しません。

やはり、そこでいくら全うなこと言ったとしても、
それは、これまでの信頼度が反映するものなのです。


人間が持つ表情の豊かさを育てる

そこで、我々のひとつの大きな任務であり、同時に大きな支えとなっているのは、
繰り返しになりますが、子どもたちに感動場面をいっぱい体験させたいということ。

感動、それは、様々なものを。
決していい意味での感動だけでなく、非常に悔しい意味での感動も、です。

やはり、喜怒哀楽をはっきりしながら、
感情の起伏を、ある時は抑えないといけないだろうし、
ある時は抑えきれなくて、発散してしまうこともある。

けれども本来、人間が持ちえている表情の豊かさをつくりえていくためには、
ひとつの社会の中で、子どもなりの社会の中で育てていかないといけない。

それは、どの家庭であっても、どの地域であろうとも。

そのような体験が積み重なることが、
一般的な社会人として、豊かな人生を歩める基礎ですよね。

その積み重ねの中に、義務教育が担う重要な部分が大きいのです。
ただし、そこには、様々な教育の課題がたくさんありますよ。

けれども、それを言っちゃうと
小中学生にはわからない部分もあるので・・・


支援が必要な子どもたちが増えている

―青沼さんが冒頭でお話していた、家庭環境の違いを問題の原因として考える現状について、
 クラス経営についてのお話の延長線上で、ほかにどのようなことをお考えですか?

昔に比べて今は、小学校就学前の発達障害的な
子どもの数そのものが増えているのではなくて、
それを診断する専門機関が増えてきたために、
診断が早くできている傾向があります。

そのため、支援が必要な子どもの数が増えていること、
昔と比べて、より多様な子どもがいることも事実です。

昔は「考え方がちょっとずれているな」という感じだったのが、
今は「その人の持ち味なのだ」と、まわりの人も認識した上で、
どう付き合えば良いの?という考え方に変わっていったのでしょう。

そのため、教員がそのような知識を持ってスキルアップし、
個に応じた指導をより充実させることが求めらています。

要は、指導する側である担任のキャパシティーの問題なのですね。
この知識や技術を持つ・持たないでは、対応の仕方が変わってきます。

例えば、対人面で弱い部分がある子どもだったり、
幼児期の恐怖体験によるトラウマがある子どもだったり。

発達障害ではないものの、何らかの形で支援を必要とする子どもは、
だいたい、クラスに1人か2人の割合でいるのですよ。

そのようなことは様々な要因があるため、一斉授業の中では、
なかなか指導できない子どもたちが出てくるのです。

それを、どのようにして子どもたちと向き合わせていくかというスキルが、
教員により求められてきていることも事実です。学力云々だけではなくね。


専門家の力も借りながら、学校全体として対応できるシステムづくり

担任を専門家がサポートする制度も、少しずつ立ちあがっています。
『専門家チーム』といって、教育相談課の主催事業として行うものです。

これは専門家の先生が、授業参観などをしながら、発達障害系の子どもたちを中心に
継続的に見ていき、それぞれの子どもに対して、どのような解釈や判断をして、
どのような指導をしたらよいのか、担任がアドバイスを受けることができるものです。

例えば、「この子は、このような感じで育てられているから、
あまり性急に、他の子どもと同じことを要求するのではなく、
少しずつ、要求していくのが良いのではないか」というように。

さらに、私が現場にいて感じたことは、
親御さんが精神不安を抱えている場合、お子さんにもそれが伝搬して
重篤な状態で、専門家に治療を委ねなければならない場合も多いことです。

それは、我々が学校現場で対応する範疇(はんちゅう)を超えているので、
早急に専門家へ連絡し、対応していただくというノウハウを、
学校全体として、持っていることが重要になります。

―以前、私が参加した仙台版「応用力」育成プログラム開発検討会議の議論のなかで、
 各学校へカウンセラーを設置した時の先生たちの葛藤の話が、話題にのぼりました。
 専門家による対応が進む反面、この役割分担によって、教師が本来持つカウンセリング機能を
 弱める恐れがあるのではないかという気持ちも正直あった、といった趣旨のお話でした。
 専門家の必要性も十分理解できる一方で、役割分担による教師力の低下を危惧する声について、
 青沼さんはどのようにお考えですか?

そのようなジレンマも、あるでしょうね。
けれども一方で、いつまでも自分の力の中で抱えこんで
やっていて良いのだろうか、といった問題もあるのです。

かつては、自分のスキルの中でやれればベターでしたが、
今はそのような状況ではなく、もっと深刻なんですね。

スキルを身につけてやれる、といった時代じゃない。
そこの判断だと思うのです。

―青沼さんが10年ぶりに中学校現場へ戻ったとき、
 強く感じた変化は、そのあたりにもあるのでしょうか?

昔に比べて今は、リストカットも当たり前の状態になっています。
まだ、いいんですよ。ぼろぼろ泣きながら訴えられるくらいなら。

では今、聞き役は一体だれなのか?と言えば、
各中学校に週2回配置されているカウンセラーや、
さらに最近は、保健室の養護教員にもカウンセラー機能が求められています。

つまり、誰か大人に吐き出されるようなシステムが学校にあれば良いのであって、
学校全体として対応されれば、GOODなのです。


子どもの心をケアできる学校が、子どもとの信頼関係を構築できる学校

例えば、私が中学校現場にいたときのこと。

いつもは正門で元気に「おはよう」と挨拶する子が、
その日に限って、挨拶をしないで、ふさぎこんでいました。
それもひとつのサインなのですけどね。

私が「ちょっと変だな」と思って、追いかけて行ったら、
その途端に、その子は、うわぁと泣いて。

これもひとつのサインなのですが、それ以上はむっとしていたので、
彼女の友達に「保健室に送ってやって」と頼みました。

そしてその後、その友達に「どうしたの?」と聞いてみても、
「(泣いていた彼女は)私にも何も言わないんだ」と言うのです。

そこで保健室に行ってみると、1時間くらいで彼女は泣き止み、
やがて、ぽつぽつと話し出しました。

すると、それは彼女自身の問題ではなくて、家庭の問題だったのね。
「どうしてお父さんとお母さんは、いつもけんかばかりしているの?
それを見ると、私、嫌になっちゃって、悲しくなっちゃう」と。

そして、いろいろ話した後、担任の先生もやって来て、
「大人って、いろいろあるんだよ」と説明するわけです。

「あなたにとっては、嫌なことかもしれないけど、
お父さん・お母さんだって、人間だしね。
ある時は、子どもの目の前で、本当は隠したいのだけど、
けんかをしなくてはならなくないときもある」と。

そうやって話していくと、彼女は「そうなんだ」と納得しました。
そして夕方までには、すっきりした気持ちで帰っていきました。
これもひとつの例ですけどね。

つまり、その子は、話をしないにしても、
普段と違う行為をもって、私たちに教えてくれたわけです。

それを大人は「変だな」と気づいて、対応することができる。
そういうものも、学校で対応できる連携だと私は思うのですね。

子どものの心模様が、日々変わりつつある。
そのような一つひとつのことを確実にケアできることが、
子どもとの信頼関係を構築できる学校だと思うのですよ。

逆に、それを吐き出さずに、解決できないまま、むっとして家に戻ったら、
それが連鎖して、けんかして、ずるずると長引いて、
本当だったら1日で済むことが、何カ月も続き、固定化してしまいますね。

すると、本当は親側が原因を作っているにもかかわらず、
「あんた、何なの、その性格は?」といった話になりかねないよね。

つまり、子どもの心を受け止めてくれる大人が、
どれほど学校や地域にいるかによって、その子どもが、
しなやかな対応をするような感じを受けるのでしょうね。


学校教育活動と生涯教育活動の両輪が必要

―今年度から、青沼さんは教育長という立場になりますが、教育長として、
 今お話していたことを、どのように進めていきたいとお考えですか?

教育委員会の人たちも、職務遂行する中で、それぞれいろいろな思いがありますから、
そこはじっくりとフォローしながら、きちっとやっていく必要があると考えています。

施策をきちんと進行していくためには、その中にいる人間のエネルギーを、
どれだけ蓄えてやっていけるかが、問われてきますので。

そして、学校現場の教職員が、どれだけ我々のメッセージを受けて、
すべてでないにせよ、それに近い状態で実際に進めていってもらえるかが問われます。

やはり、お互い人間ですので、そこに血の通った言葉やしぐさがなければ、
伝わっていかないものだと考えています。

―具体的には、どのようなことをお考えですか?

今、「地域とともに歩む学校」の中で非常に大きなポイントになっているのが、
市民センターです。

学校も、地域コミュニティーを形成する公的施設ですが、
市民センターも、地域コミュニティー形成の大きな担い手となっています。

そこで、学校と市民センターが連携しながら、
地域コミュニティー形成のために何ができるかを模索しています。

地域によって濃淡はあるにせよ、ここ2、3年で急速にその連携が強まっています。
ますます生涯教育に対するニーズが高まっているのですね。

この連携事業の中には、「社会教育主事」という資格を持った人が必ずいます。
この資格は、東北大学で約1ヵ月間、社会教育関係の講習を受けて習得するものです。

今は約200人(※)いる嘱託社会教育主事が、それぞれの小学校や中学校で、
市民センターと協力し、土日に子どもたちの活動支援をしています。

※平成22年度嘱託社会教育主事は185名。他に顧問(校長)36名。

例えば、私がいた学校(富沢中学校)では、「こどものまち」といって、
小さな国をつくり社会の縮図的な体験を子どもにさせるという事業をやりました。

この「嘱託社会教育主事」という制度は、仙台独自の制度ですね。
全国的にも稀にみる制度です。

そのような意味では、かたや学校教育活動、かたや生涯教育活動、
その両輪でますますやっていくようなことが必要になるでしょうね。

やはり、ひとつの都市を建設する際には、社会教育施設の充実によって、
多面的に子どもの育成を進めていく必要があるでしょう。


大人に感動を与えてください

―では、今後に向けての意気込みや抱負を一言、お願いします。

願うところは、やはり、健やかな児童・生徒の笑顔で一杯になること。
それによって、それぞれの地域が元気になってもらえることが、一番良いですよね。

そのことによって、地域の人たちもバックアップしてくれるような地域が
増えていってくれば、自ずと仙台の「市民力」は増えていきますよ。

それにはやはり、児童・生徒を大切に育てなくちゃいけない。
その担い手は、我々教育を扱っている教職員なのでね。
教職員が自覚をもって、職務に専念してもらえる環境作りを進めていこうと思います。

―最後に、小中高生へメッセージをお願いします。

諸学校行事に、さわやかな形で真正面から向き合い、
大人に感動を与えてください、と言いたいですね。

おじいちゃんやおばあちゃんがお孫さんを見たときに、
孫の様子を見ながら涙する姿。

そのようなことが、「潤い」だと思います。
その潤いが循環して、良い作用を生むのだと思っています。

―青沼さん、本日はどうもありがとうございました。

取材先: 仙台市教育委員会      (タグ: , ,

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