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2020年 10月 24日 (土)

東北大学国際共同大学院修了生インタビューVol.2:相澤紗絵さん(仏宇宙物理・惑星学研究所) 取材・写真・文/大草芳江

2020年04月24日公開

先が見えないからこそ、
目の前のチャンスに飛び込むことで、
色々なことが見えてくる。

相澤 紗絵 Sae AIZAWA
(Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)

2014年3月 東京理科大学理学部第二部物理学科卒、2016年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士前期課程修了、2019年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、ソルボンヌ大学理学研究科博士課程修了(ダブルディグリー)。2019年5月 Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie (フランス)にて博士研究員、現在に至る。

【東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム ×「宮城の新聞」コラボレーション企画】

 フランスのトゥールーズにある宇宙物理・惑星学研究所(IRAP:Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)にて、博士研究員として水星の研究を行っている相澤紗絵さんを訪問しました。相澤さんは東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)※の第一期生としてフランス・パリにあるソルボンヌ大学に1年間留学し、東北大学とソルボンヌ大学、2つの大学の学位である「ダブル・ディグリー」を取得しました。現在は海外でご活躍中の相澤さんですが、学生時代は自分の将来をどのように描いていたのでしょうか。また、GP-EESでの経験は現在の相澤さんとどのようにつながっているのでしょうか。IRAPで相澤さんに聞きました。

※ 「東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)」は、東北大学が海外有力大学との強い連携のもとに国際共同教育を行い、世界を牽引する高度な人材を育成する「国際共同大学院プログラム」群を構成するプログラムのひとつです。詳しくは、以下の関連記事をご覧ください。

【関連記事】
◆ 東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)プログラム長の須賀利雄さん(東北大学教授)に聞く:GP-EESが目指すもの
◆ 【学生座談会】東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)に参加して ◆ 東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム修了生インタビューVol.1:高野智也さん(フランス グルノーブル・アルプ大学)



◆ 夜間学部でバイトしながら宇宙を学ぶ

― はじめに自己紹介からお願いします。

 フランスの宇宙物理・惑星学研究所(IRAP:Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)で、太陽に一番近い惑星である水星の磁気圏におけるプラズマダイナミクスとその水星環境に関する研究を、数値計算とデータ解析を通じて行っています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)とESA(欧州宇宙機関)の共同ミッションである水星探査計画「BepiColombo (ベピコロンボ)」(2018年10月打ち上げ、2025年12月水星到着予定)の準備に当たる研究です。

― 学部時代はどのような学生でしたか?

 学部時代は、東京理科大学の理学部第二部という夜間学部に通っていました。国立大学の受験に失敗し、経済的な事情から夜間学部に入学しました。もともと宇宙論が好きで、宇宙の研究をしたいと思っていました。私学ですが、夜間学部は国立並の学費で学士が取得でき、昼間は働けるので学費は稼げるし、宇宙系の研究ができるので良いなと思って入学したのです。バイトの毎日で、授業は必要分だけ出席する感じで、希望する宇宙系の研究室に入れるくらいの成績を取ろう、程度でした。ですから、学問に対してはそれほど熱心な学生ではなかったと思います。

 希望通り、宇宙系の研究室に入ることができました。その結果、宇宙の研究は好きだけど、色々な方程式を解く宇宙論は自分には向いていないと気づき、もっと近い宇宙をやろうと、別の大学に行こうと思いました。知識がなかったので、具体的にやりたいことが決まっていたわけではありませんが、紹介いただいた東北大学の先生の話が直感的におもしろそうだと思い、東北大学の惑星大気物理学の研究室に大学院から入りました。


◆ 精神的に最も辛かった大学院時代

― 大学院に入ってからは、如何でしたか?

 とても大変でした(笑)。ふたつ実感したことがあります。ひとつは、夜間学部にいた頃は、自分と同じようにギリギリで生きている人たちばかりでしたが、東北大学では、皆が「とりあえず当たり前に修士に進学しよう」という意識で、温室育ちのように見えて、勝手に劣等感を覚えました。

 もうひとつは、同期の学生たちが学部のうちから勉強していることを、自分だけがまだ勉強していない状況で、研究を始めることができなかったことが一番辛いことでした。学部時代から研究を始めている同期よりも自分は1年遅れなのに、勉強しなければいけない時期が精神的に辛く、修士1年の秋頃までは、ほとんど学校に行けなかった時期もありました。

 秋頃になってやっと自分の研究を始められ、周囲から「いつも楽しそうに研究しているね」と言われるようになりました。眼の前に人参をぶら下げられている状態だったのが、やっとご褒美にありつけた感じでした(笑)。修士課程では、昔の火星は地球のように温暖で気体があったのに、今ないのはなぜだろう?という謎にアプローチする研究を行っていました。博士課程でも同じ研究を続けるつもりでしたが、GP-EESが始まったことで、すべてが変わりました。


◆ GP-EESですべてが変わった

― GP-EESが始まったことで、何が変わったのですか?

 博士1年の4月頃、指導教官の寺田先生から「新しい経済支援としてGP-EESが始まる」ことを聞きました。経済的に自立する必要があり、もし奨学金を取れなければ中退すると事前に話していたからです。では応募の準備を始めようとなった4月下旬、私の将来の指導教員となるドミニク・デルクールさん(フランス・ソルボンヌ大学)が仙台に来て、そこで初めて話をして、私のGP-EESでの海外渡航先が決まりました。

 ドミニクさんの専門分野に合わせて研究テーマも火星から水星に変えて、言われるがままに書類手続きも行い、博士1年の1月末からフランスへ渡航しました。寺田先生とドミニクさんが事務的な手続きを一気に進めてくださったので、気づけばパリにいた感じでした(笑)。ですから、GP-EESで、すべてが変わりました。おもしろいですよね、人生って(笑)。


◆ 留学先で論文と新しい関係性をつくる

― 初めての海外留学とのことですが、如何でしたか?

 場所と同時に研究内容が変わったことは、気持ち的には良かったかもしれません。海外に渡航して研究を始めてしまえば、もう逃げ場はない、やらねばならぬ状況でしたので、この1年の内容で博士論文を書くしかないのだ!という感じでした。

― フランス滞在中はどのように研究を進めましたか?

 ドミニクさんによるレクチャーを毎週受けて、勉強したり、ディスカッションしたりして、比較的早い段階で、数値計算の結果が出ました。その後、ドミニクさんから、データ解析もやってみたらとアドバイスを受け、紹介してもらったアメリカのミシガン大学の先生とも交流を始め、2~3週間アメリカに滞在して研究させてもらいました。そうこうしているうちに日本へ帰国。海外留学を通じて、数値計算の論文と、新しい関係性をつくることができました。


◆ 日本とフランス、研究スタイルの違い

― 日本とは異なる環境で、特に実感したことはありましたか?

 ドミニクさんは、とても素晴らしいスーパーバイサーでした。押し付けがないけれども、通すところは通す感じで、人を導くことが本当に上手な人だと思います。「どう思う?」とよく聞かれるし、自分にレールが敷かれていることには気づかずに(笑)、行くべきところへ誘導されている感じです。また、サイエンスにおいて如何にプレゼンテーションが大切か、世界において如何にコネクションが大切かも実感しました。

 特に、論文をどのようにクローズするのが効率的で合理的かというドミニクさんの研究の進め方には、深い感銘を覚えました。例えば、新しいトピックがあったとして、何らかの結果が出たとします。これまでは、すべての可能性を網羅してから論文にまとめていたので、なかなか収束しませんでした。ドミニクさんの場合、ミニマムにひとつのことを論文にまとめて、まずは投稿します。「この可能性についても、やった方がいいのでは?」と思われることも、余分なことは、もし査読者から指摘があれば、後から付加すれば良いという考え方でした。実際にそのまま投稿した結果、マイナーなコメントだけで受理されました。「やらない」という選択肢もあることを初めて学ぶことができました。


◆ フランスでの1年がなければ、研究者を続けていなかった

 火星を研究していた時は、博士号の取得は考えていましたが、正直、卒業後は企業に就職した方がよいと思っていました。けれども、GP-EESを通じて、ドミニクさんのもとで研究し、アメリカの大学を紹介してもらったり、ベピコロンボ関係でいろいろな人と知り合ったりして、研究者を続けようと思いました。もしフランスでの1年がなければ、私は今、研究者を続けていなかったと思います。

― 企業への就職ではなく、研究者の道を選んだ一番の要因は何ですか?

 寺田先生と一緒に火星の研究をしていた時は、基本的には数値計算のみだったため、私と寺田先生1対1の関係でした。それはそれで楽しかったのですが、データ解析やベピコロンボのプロジェクトを通じて、コミュニティの中で働けるようになってから、自分は周囲に認識されながら仕事をする方が楽しいことに気がついたのです。ベピコロンボでは、プロジェクトの特性から、若い研究者も参入していて、同世代の研究者たちと一緒に励まし合いながらプロジェクトを進めていくことが楽しいです。自分の場合は、一人で仕事をすることはあまり向いておらず、コミュニティの中で認識されながら役割を担って働くことの方が向いているのだと思います。ですから、火星の研究をしていた時は、企業に就職した方が楽しいだろうと考えていました。

東京でのミーティング時の若手ワーキンググループ集合写真
オランダでのミーティング時のシミュレーショングループ集合写真


◆ 海外で働く方が肌に合っていると気づく

― 将来の進路に、GP-EESでの経験が与えた影響とは?

 結果として、海外で働く方が自分の肌には合っていることに気付きました。もともと性格的にもオープンに話せる海外の方が性に合っていることにパリ滞在中に気が付きましたし、語学に対しても苦手意識はないですし。日本も好きですが、1年間パリに放り出されて生きていけたから、今後どこへ行っても大丈夫だろうと(笑)。ポスドクで海外に出ることも、他の人よりハードルを低く感じていると思います。比較的やりたいようにやらせてもらい、コミュニティにもある程度認識してもらえて、対等にコミュニケーションを取れているので、スタンドアローンみたいな感じに少しはなっているのかなと思います(笑)。


◆ 目の前のチャンスは、何でも掴んでみる

― これまでのお話を踏まえ、後輩へのメッセージをお願いします。

 寺田先生から言ってもらった言葉があります。「相澤さんは、呼ばれたらイエスと言って、フットワーク軽く入ってくるのが良いね」と。「GP-EESが始まるよ」「はい、応募します」、「ドミニクさんとの夕食に一緒に行く?」「はい、行きます」、「フランス行く?」「はい、行きます」、「アメリカ行く?」「はい、行きます」と、自分の場合、それが全部結果的によくつながりました。

 目の前にチャンスが提示された時には、飛び込むことで、色々なことが見えると経験的に思っています。飛び込むまでは、どこに何が転がっているか、わからないですからね。自分に示されたチャンスには何か意味があると思って、イエスと言います。もし合わなくても、また新しいチャンスが来ます。先がわからない時のひとつの行動として、目の前にあるものは何でもよいから掴んでみるのがよいと思います。

― 相澤さん、ありがとうございました。


IRAPに出勤する相澤さん。周囲は研究所や大学等が集積する学術的なエリア
研究室のボスやメンバーと気さくにコミュニケーションを取る相澤さん
トゥールーズ名物カスレとワインをランチでいただく

取材先: 東北大学     

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