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2020年 05月 31日 (日)

東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)プログラム長の須賀利雄さん(東北大学教授)に聞く 取材・写真・文/大草芳江

2019年03月23日公開

世界で活躍する「地球を丸ごと理解する」
意欲と能力を持った人材を育成する

須賀 利雄 SUGA Toshio
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻 教授)

1962年東京都生まれ。1991年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。専門は海洋物理学。東北大学理学部助手、同助教授、東北大学大学院理学研究科准教授を経て、2012年より現職。1997年日本海洋学会岡田賞、2017年日本海洋学会賞受賞。2000年から海洋科学技術センター(現:国立研究開発法人 海洋研究開発機構)サブリーダー、グループリーダーなどを兼務して国際アルゴ計画に従事し、国際アルゴ運営チームのメンバーを2009年から、共同議長を2018年から務める。これまでに、気候のための海洋観測パネル(OOPC)共同議長、日本海洋学会副会長などを務め、現在、日本ユネスコ国内委員会IOC分科会調査委員、全球海洋観測システム(GOOS)運営委員会委員などを務める。

 世界で活躍する「地球を丸ごと理解する」意欲と能力を持った人材育成を理念に掲げて2016年10月にスタートした、東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)。その特徴は海外教育研究機関との共同教育で、2019年3月に本プログラム第一期履修学生が修了し、海外連携大学・部局とのジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリーやダブル・ディグリーが授与される見込みと言う。本プログラムの概要や意義、成果等について、プログラム長の須賀利雄さん(東北大学教授)に聞いた。

◆ 「地球をまるごと理解する」意欲と能力を持つ人材を育成

― 「環境・地球科学国際共同大学院プログラム」とは、どのようなプログラムですか?

 東北大学では、海外有力大学と共同で国際的な視野を持つ学生を教育する「国際共同大学院プログラム」を設置しており、対象学問領域として選定された9つの分野のひとつを担うのが環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)です。GP-EESは、「地球を丸ごと理解する」意欲と能力をもち、幅広い視野とリーダーシップを備えた国際性豊かな研究者の育成を目的として、2016年10月にスタートしました。

 GP-EESに参加するのは、理学研究科の地球物理学専攻並びに地学専攻、環境科学研究科に在籍する大学院生の中から選抜された者で、博士課程前期2年の課程(修士)2年次から博士課程後期3年の課程(博士)3年次につながる一貫教育(4年間)を行います。

 プログラム参加学生には、各専攻で通常履修するカリキュラムに加えて、国際性と学際的研究能力を養うために設けられた特別なカリキュラムを用意しています。海外連携先でののべ6か月以上の研究指導のほか、定期的に開催する分野横断型の国際ワークショップや海外招聘教員との日常的な議論の場など、多様なバックグラウンドを持つ教員・学生との交流を通して、自らのポテンシャルを引き出し、国際的に活躍する研究者としての資質を磨くための豊富な機会が用意されています。

【図1】GP-EESでの4年間一貫教育


◆ 国際性と学際性が求められる環境・地球科学

― そもそも本プログラムが国際性と学際性を重視する理由は何ですか?

 もともと環境・地球科学という学問そのものが、物理学や化学、地学や生物学などを基礎にして環境や地球の成り立ちを理解しようとする学問ですから、本来は学際的であるべきものです。一方で、学問の発展の歴史を振り返ると、環境・地球科学を構成する各分野が高度に発展してきた結果、まさに今、地球科学の中で分野を超えた融合研究、場合によっては地球科学の枠を超えた学際的な研究が発展しつつある状況です。また、環境・地球科学には社会的な課題に対する貢献も求められていますが、社会貢献をしようとする際にも研究を学際的に進める必要があります。つまり、学際的な研究はサイエンスとしてフロンティアであると同時に、社会貢献としても求められている状況にあるのです。

 さらに、そもそも環境・地球科学の研究対象は地球ですから、本来国境さえ存在しません。地球科学の研究を進める上で、海外の研究者と共同研究を行う必然が生まれますから、英語で自由に議論できることが必要です。また、研究活動自体についても、論文を読む時も研究成果を世界へ発表する時も、英語が必要です。ですから、本プログラムが国際性と学際性を重視するのは、学問の性質上、極めて自然な成り行きと考えています。

 ところが、従来のカリキュラムはどうしても各分野での教育、あるいは研究指導が中心となっていました。そこで、分野を超えた幅広い素養を持ち、広い視野から問題を俯瞰でき、なおかつ自身の専門分野のみにとどまらず、周辺分野の人たちとも協力し合いながら研究を進めることができる研究者を育成するため、本プログラムをスタートさせました。


◆ 環境・地球科学国際共同大学院プログラムの概要

― 具体的には、どのようなプログラム内容ですか?

【図2】バイロイト大学でのインターンシップ研修

のべ6か月以上の海外インターンシップ研修
 海外連携先の大学等において、原則のべ6か月以上の研究指導を受ける「海外インターンシップ研修」があります。海外での長期研修から戻ってくる頃には、学生の顔は自信に満ち溢れています。英語力の向上のみならず、自分の取り組んでいる研究に自信を付け、ひと回りもふた回りも成長しているように感じます。

【図3】海外連携先から招聘した教員による講義

世界トップレベルの教員による講義
 「国際・学際研究力涵養プログラム」では本学教員のほか、年間10回以上は海外連携先の大学等から教員を招聘して英語での講義やセミナーを行います。日本の他大学や研究機関、企業などからも講師を招聘する場合があります。専門外の分野について基礎を学べる講義から、海外から招聘した教員による専門的な講義まで、さまざまなレベルの講義を自由に選択することで、学際性と深い専門知識を身に付けてもらうことを意図しています。

【図4】自主セミナーのようす

専攻横断型の自主セミナー
 「専攻・国境横断型コアプログラム」では、専攻横断型での実施を意識した自主セミナーを学生主体で運営しています。通常、異なる分野の学生たちで日常的に議論する機会は意外と少ないものですが、本プログラムでは自主セミナーを通じて、それぞれの学生が取り組んでいる研究のおもしろさを伝え合い議論し合うことを英語で実施します。異分野の学生に自分の研究を理解してもらうために学生はいろいろな工夫をします。それがまた学生自身が取り組んでいる課題に対するより深い理解へつながると思います。

【図5】国際ワークショップにおけるポスター発表のようす

国際ワークショップの定期開催
 本プログラムが定期的に開催する国際ワークショップ「地球・海・空:環境・地球科学国際共同大学院ワークショップ」では、海外連携先の教員と東北大学の教員、場合によっては博士学生による口頭発表を行います。また、本プログラム学生やその他の東北大学の学生によるポスター発表も行います。環境・地球科学の幅広い分野からの研究発表は学際性を養うことに役立ちますし、発表はすべて英語で行うため、英語で議論をする機会にもなります。海外連携機関の教員や学生を交えた交流会や巡検等も実施しています。

海外教育研究機関と国際共同指導に関する協定
 本プログラムでは、環境・地球科学分野で世界をリードする海外教育研究機関の関連部局と博士課程学生の国際共同指導に関する協定を結んでいます。大学の活動として大きな比重を占める研究指導をお互いに学生を受け入れて行うことは、大学間・部局間の結びつきを深める上でも非常に重要な意味を持ちます。現在、ハワイ大学[米]やバイロイト大学[独]、ソルボンヌ大学(旧ピエール・マリー・キュリー(パリ第6)大学)[仏]、カリフォルニア大学[米]、グルノーブル・アルプ大学[仏]、フィレンツェ大学[伊]等、連携する海外の教育研究機関の数はすでに2桁に達しており、環境・地球科学の幅広い分野をカバーしています。

【図6】連携する海外の教育研究機関

Qualifying Examination
 博士課程前期及び後期修了時には、学生の質を保証するための試験「Qualifying Examination(QE)」を面接中心に行います。この面接は海外の大学・研究機関の研究者も含めて英語で行うことで、研究能力に加え、グローバルに活躍できる能力のある学生であることを保証するものです。

「ジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリー」や「ダブル・ディグリー」の授与
 プログラム参加学生が学位を取得した暁には、海外連携先と共同で研究指導を受けたことを証明する「ジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリー」を授与します。例えば、ハワイ大学で研究指導を受けた場合、東北大学とハワイ大学のジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリーが授与されます。この証明書は学位取得後に大学・研究機関等のポジション(職)を獲得する際の強みとなるでしょう。さらに、先の協定を結ぶ大学の中には、特にヨーロッパの大学を中心に、「ダブル・ディグリー」制度を設けている大学もあります。原則1年以上、連携先大学で研究指導を受けた場合、ひとつの学位論文で、東北大学と海外連携先大学のふたつから学位を取得できる制度です。

経済的なサポート
 とはいえ、各専攻で通常履修するカリキュラムに加えて、本プログラムのカリキュラムを限られた時間の中でこなすには、アルバイト等で学資を一部でも賄おうと考えている学生にとっては経済的な負担になるはずです。そこで本プログラム学生には「奨励金」という形で、返還義務のない奨学金が給付されます。また、海外インターンシップ研修の必要経費や、海外の国際学会で発表する際の旅費など、経済的な支援、研究経費の支援を行っています。

定員について
 本プログラムの定員は、博士課程前期2年の課程(修士)2年次が10人、博士課程後期3年の課程(博士)は各学年5人までです。経済的な支援ができる人数で定員が設定されています。実際は、博士課程後期の学生が定員よりも多いのですが、これは日本学術振興会の特別研究員等となって経済的支援を受けている学生は、本プログラムの予算で負担しないため、その分、定員より多くの学生を受け入れられている状況です。本プログラムでも明確な目的意識と海外での研究計画を求めますので、特別研究員等の申請書を作成すると、評価されやすい面もあると思います。

出願について
 4月期入学と10月期入学の学生を対象に年2回募集します。4月期入学の場合、出願期間は例年12月中旬から1月中旬までです。出願書類として、(1)履修願書、(2)出願理由書、(3)受入予定教員による推薦書、(4)成績証明書の原本、(5)英語能力試験(TOEFL?、TOEIC?、IELTS等)のテストスコアの写しが必要です。これらの出願書類の審査と面接試験により選抜します。面接試験は日本語でのやり取りが主ですが、一部英語で実施し、英語による質疑応答も評価します。博士課程前期2年の課程(修士)1年次の時に出願する際、自分のやりたい研究テーマや、どの海外連携先で研究指導を受けるのが適当かを、指導教員あるいは他の教員ともよく相談した上で出願する必要があります。また、募集に合わせ、本プログラム説明会も実施しています。英語の勉強等も含めて出願にむけた準備を行ってもらえるよう、出願までまだ時間がある学年の方の参加も奨励しています。

【図7】ハワイ研修(2016年度)

【図8】台湾研修(2017年度)

関心のある学部生や院生向けの海外実習
 本プログラムでは、早い段階から環境・地球科学の魅力を伝え、国際性の必要性を認識してもらうため、本学学部生・大学院生向けの海外研修を毎年実施しています。初年度はアメリカのハワイ島、マウイ島、オワフ島を10日間かけて巡りながら、地球科学に関連する観測施設、火山や地形などの自然現象などを見学し、ハワイ大学で授業を受ける体験を行いました。2017年度の海外研修は台湾にて実施し、連携先の国立台湾大学の学生たちも一緒に参加して巡検を行いました。2018年度もハワイでの研修を予定しており、参加学生たちは事前課題を通じて研修の準備を進めているところです。経済的な支援も一部ですが行います。海外旅行は今時珍しくなくなりましたが、旅行では訪れることができないような、まさに地球科学の現場に触れられる研修です。大変魅力的な内容で、もし私も学生であれば、ぜひ参加したいものです。

― 本プログラムを実施した成果については如何でしょうか?


◆ 2019年3月に第一期生が修了見込み

 現在、合計23名が本プログラムを履修中で、第一期履修学生4名が2019年3月に修了見込みです。このうち3名がジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリーを、1名がソルボンヌ大学とのダブル・ディグリーを授与される見込みです。本プログラムは4年一貫教育のため、通常は博士課程前期2年次から受け入れますが、第一期生に関しては特例で博士課程後期1年次の後半から受け入れました。したがって彼らは通常4年間で履修する単位を2年半で取得する必要があり、非常に努力し、連携先大学でも十分よい研究を行いました。そのおかげで、海外連携先からも本プログラムに対する評価は高く、良好な関係を築くことができています。

【図9】GP-EES第一期履修学生10人と教員


◆ "願ったり叶ったり"のプログラム

 冒頭にお話したように、そもそも環境・地球科学という学問を学ぼうと思えば、国際性と学際性は当たり前のように身に付ける必要がある能力です。そのための仕組みをわざわざつくり、海外にも義務として行く必要があるプログラムとして実施していることは、環境・地球科学を学ぼう、あるいはその分野の研究者を目指そうとする学生にとって、"願ったり叶ったり"の、何もデメリットもないプログラムであると自負しています。

 あるいは、研究の進め方も、海外と日本とでは異なる面が多くあります。例えば、教員と学生の関係性についても、ある大学院生が海外の長期研修から戻ってきた時、「海外では大学院生も一人前の研究者として対等に扱われていて驚いた」と話していました。私としては、ドクター(博士課程後期)の大学院生であれば、研究している本人の方がその課題について教員より勉強して深く理解しているでしょうから、対等どころか「学生さんの方がよく知っていますよね」と思いながら議論していたつもりでした。ところがどうしても「学生と先生」という関係を抜け出せていない、少なくとも学生はそう思っていると、感じましたね。その学生が海外で衝撃を受けた経験は、非常に良い経験だったと思います。

 学生時代に海外で異なる文化に触れる経験は研究者としての素養を豊かにする面もあるでしょう。そして、研究のみにとどまらず、人間としての生き方や心構えにも大きな意味を持つと思います。我々がこのプログラムで目指すと謳うもの以上に、学生たちはさまざまなことを学んでいると感じています。


◆ 異なる文化に触れる経験自体に大きな意味

― 環境・地球科学の研究をする学生にとって、至れり尽くせりのプログラムですね。

 ただ、「海外留学を志望する日本人学生が減少している」と報道などでもよく聞くので、そう見えているだけかもしれませんが、海外旅行もまだ一般的ではなく海外留学に憧れていた我々世代と比べて、海外での研究生活に魅力を感じている人が減少していると感じています。今は海外へ行かずとも情報を十分入手できる時代になりましたし、一度海外に出てしまうと日本で職を得るのに不利になるのではと不安に思うことも、一因かもしれません。しかし、想像するのと実際に海外へ行って生活するのでは大違いです。若い学生の頃に海外へ行くことは、視野を広げ、自分の生き方の基礎になるものの考え方をつくる上で、非常に大きなインパクトがあると思います。

 もし機会があるのであれば、海外での経験を通じて視野を広げることは、ほとんどの場合、メリットしかないと私は思います。視野は広いのに越したことがないですから。私の学生の頃は、そこまで深く考えておらず、憧れだけで日本を飛び出して行きましたが、メリットとデメリットで測れるもの以上に、日本の外から日本を見て、異なる文化に触れること自体に、大きな意味があると思うのです。

 地球科学という学問を学びながら、それを経験できる非常によいプログラムで、もし自分が学生なら飛びつくと思うのですが、意外と、それほど飛びついてくる学生が多くはないということで...(笑)。ですから、若い世代にも幅広く伝えて、ぜひ知ってもらいたいですね。


プログラム長の須賀利雄さん インタビュー裏話編
「海外に一人で飛び込んだ経験が、私を変え、今の私がいる」

― 「若い頃に海外へ行くことは、視野を広げ、自分の生き方の基礎になるものの考え方をつくる上で、非常に大きなインパクトがある」とお話いただきました。須賀先生の個人的なご経験があってこそのお話と感じましたが、当時のエピソードも教えていただけますか?


◆ 海外に憧れてイギリスへ2か月間留学

 私が学生だった頃は、まだまだ海外旅行が珍しかった時代で、海外へ行く経験を得たいと憧れていました。修士1年の秋、国際的な団体による交換留学生募集のポスターを見つけ、応募したところ補欠合格し、研修先としてイギリスを希望しました。その後しばらく連絡がなかったのですが、修士2年の6月になって「イギリスのラフバラ工科大学に物理学の実験補助として7月初めから来ませんか」と連絡が来ました。往復の交通費は自費で、現地ではインターンとして給料が支給されるため生活費は賄えるという話でした。ただ、修士学生の研究に集中すべき時期に2か月も海外に行ってよいものかと悩みましたが、指導教員にも相談して留学を決意し、準備の関係で7月中旬から約2か月間、イギリスへ留学しました。


◆ カルチャーショックの毎日

ラフバラ工科大学の研究室で机を並べた英国人大学院生(フィリップ・ディクソン)

 大学のあるラフバラは、ロンドンから北にむかって列車で約2時間のレスター州にある小さな町でした。当時は東洋人が珍しく、町を歩いているだけでも子どもが私のことを見て指を差してくるほどでした。ラフバラ工科大学で研究室に配属され、大学院生部屋に机をもらい、私の留学生活がスタートしましたが、初日からカルチャーショックの連続でした。ランチに案内された大学構内のレストランでは昼間からワインやビールを飲んでいましたし(笑)、研究室にはイギリス人だけでなくスイス人やインドネシア人もいて、それぞれ文化の違いを認識しながら議論する、そのひとつひとつのやり取りがおもしろかったですね。彼らは、お互いに違いを認識して、自分たちのやり方を持っていました。当時の日本の研究室では、そのような会話は聞いたことがなかったので、影響を受けましたね。


◆ 離れて想像するのと、現場で聞くのでは大違い

ラフバラの町で偶然出会ったイギリス人鍼灸師のナイジェル夫妻の自宅に招かれて

 大学の外でも、偶然出会ったイギリス人の自宅にお邪魔した時、「イギリスは英語の国で、世界に進出し、世界中の情報が入ってくる国際化の中心地ですね」というような話をしたら、「イギリス人は自分たちが世界の中心だと思っているので、自国以外に関心はない。だから、他国の情報には興味がない人が多い」と言われ、驚きました。日本人は特殊な言語を話して他国とは違うことをやっている立場にいるので、逆に他国のことを知りたいと自然に思いますよね。ものの見方は、離れた場所から想像するのと、実際に現地の人から聞くのでは大違い。そんなことが毎日のように起こりました。


◆ ベルトコンベアの上にいた自分

IAESTE(イアエステ)研修生のエクスカーションにて(ブライトンのピアー)。左から、確かブラジル人、私、ベアトリクス(オーストリア)、アネリーゼ(オーストリア)、スウェーデン人。リンツ訪問のホストはアネリーゼ。

 それ以上に大きかったのが、交換研修プログラムの一環で2週間に1回ずつ開催されたエクスカーションで、いろいろな国からイギリス各地に留学していた学生たちと交流したことでした。自分とは全く異なる考え方で生きている人たちと接することで、日本にいれば当たり前だと思っていたことが、実は特殊だったことを初めて自覚したのです。日本では、自分から「これをやりたい」と思わなくとも、まるでベルトコンベアに載っているかの如く、物事が自動的に進む感覚でしたが、自分が外国人として海外へ行くと「これをやりたい」と自ら意志を表明しない限り何も起こりません。これまで自分が如何に無自覚に生きてきたかを強く自覚し、自分が主体的に何をやりたいかを考えるようになりました。


◆ 「それは君、自己欺瞞だよ」

ラフバラ工科大学ホストのウィリアムズ博士。真空ポンプと。

 どうしても普通に暮らしていると、与えられた枠組みがあって、それが当たり前になって、「それしかない」と思ってしまいがちですよね。知らず知らずのうちに、与えられた枠組みの中で無自覚に生きて、それとは全く違う生き方をするのはハードルが高いと感じてしまいます。まさにそのことをイギリスで指導教員が私に指摘してくれました。「それは君、自己欺瞞(Self-deception)だよ」と。人間は皆、「箱」の中に入れられていて、「自分はこの箱の中で幸せだ」と、多かれ少なれ、自分を騙しながら生きている。箱の中に入れられていることを自覚せず、決められた窮屈な箱の中で生きているのではないか。その箱を一度外から見る、あるいは、少なくとも箱の存在を自覚することで、少しずつ変えられることがあるのではないかと。そんな発想になるだけでも全然違うと感じました。


◆ 「ウォッシングパウダー理論」に救われる

研究室の院生や秘書さんたちが開いてくれた送別会

 しかし、イギリスでの滞在期限が迫るにつれ、今はいろいろな国の人と接する中で主体的に考えていることも、日本に帰ればまた、ベルトコンベアの上に載って安穏と暮らす生活に戻ってしまうのではないだろうか。そんな不安をハンガリー人の留学生に打ち明けました。すると彼は、「心配するな。君がここで2か月間暮らしたことは、洗剤が衣類の繊維の間を通って化学反応が起こるのと同じように、経験を通じて化学反応が起こっているから、以前の君とは違う君になっている。だから無理をして『覚えておこう』と思わなくても大丈夫」と言ってくれたのです。その表現も含めて私は救われ、それを「ウォッシングパウダー理論」と呼ぶことにしました(笑)。


◆ カメラを持たなくなった理由

 それまでの私は、「記録をしなければ何も残らないのではないか」とどこか恐れていて、イギリス留学中もカメラでひたすら撮影をしていました。しかし、「ウォッシングパウダー理論」を境に、記録を残すよりも、できるだけその経験を深める方がより大きな化学反応が起こり、その影響がより深く自分の中に入るのではないかと考えるようになり、それ以降、カメラを一切持たなくなりました。どこへ旅行に行っても私が写真を撮らないので、外国人からは「君は日本人なのに変わっているな」と珍しがられました(笑)。その後、博士課程に進学し研究者の道に進んだのも、半分はどうしようもない状況でしたが、半分は主体的に選んだ結果でした。ウォッシングパウダー理論は確実に私を変え、今の私がいる。ふと思い出して、そう思うのです。


◆ 自分で動かなければ、おもしろくない

 それで人間が変わったのか、日本に帰国してから、ある女性に恋をしてしまいまして(照)、告白することにしました。これも「自分で動かなければ、おもしろくない」ことを留学中に学んだ成果でした。その方が人生、おもしろいんじゃないかと思ったのでしょうね。半年間、あの手この手でアプローチし、結果的にその恋は成就しませんでしたが、それでもよかったと思いました。結果的には当初想定した成果につながらなくとも、いろいろ工夫をすること自体が楽しいという感覚でした。それは、自分で考えて自分で選んで動いているからです。もしこれが人から「やれ」と言われていたことなら全然違ったでしょうね。


◆ ものの見方の"座標軸"を増やす

実験装置と。何度か壊しそうになって、ウィリアムズ博士に叱られ、あきれられた・・・

 もし学生の時期にイギリスに2か月間行っていなければ、自分は違う人間になっていたかもしれない、今思えば、それくらい大きな経験でした。逆に、研究者という立場になってから、30歳の1年間、アメリカにある世界トップの海洋科学の研究所に家族も連れて滞在した時には、さぞかし英語力も向上するだろうと期待して行きましたが、24歳の頃に学生一人で海外に飛び込んだ、わずか2か月弱の経験の方が、よほどインパクトがありました。日本で暮らしているだけでは気づけなかった面に気づかせてくれ、ものの見方の"座標軸"を増やす上で、若い時期に海外へ行くことは非常に有効な活動だと思います。不安や迷い、悩みを抱きながら、自分を信じて選んだ道を進んでいくのが人生だとしたら、頼りになるのは自分の価値観です。若い皆さんには、積極的に海外に飛び出し、様々な価値観との遭遇を楽しみながら、自分の価値観を鍛えてもらいたいですね。

― 須賀先生、ありがとうございました。

【写真】1986年8月、オックスフォードにて

取材先: 東北大学     

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