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2020年 08月 11日 (火)

【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/中鉢良治さん(産総研理事長)招待講演「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」 取材・文/大草芳江

2020年6月5日公開

 東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典・記念講演会が2018年10月26日、東北大学百周年記念会館川内萩ホール(仙台市)で開かれた。本稿では、宮城出身の実業家・中鉢良治さん(産業技術総合研究所最高顧問・前理事長、元ソニー代表執行役社長)による招待講演「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」をレポートする。

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※ レポートに掲載されている所属・役職は、2018年の講演会当時のものです。
※ 本取材をもとに、東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念誌の編集を請け負いました。

【招待講演】
「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」
中鉢 良治
(国立研究開発法人産業技術総合研究所 理事長)

 皆さん、こんにちは。産総研の中鉢でございます。まずもってNICHeの二十周年、誠におめでとうございます。私がおります産総研は国立研究開発法人でございますが、大学よりは企業寄り、企業よりは大学寄りで、かつほとんどの産業技術を扱っているという非常にユニークな研究機関です。ちなみに27ある国立研究開発法人の中で「産業技術」と名が付いているのは産総研のみでございます。

 私はちょうど今から18年前の2000年、NICHeの本部棟が竣工した時のこけら落としの式典で講演させていただきました。まず本日は、当時の講演資料を2枚ご紹介したいと思います。その時の講演タイトルは「ポスト工業化社会を迎えて」でございました。当時、日本のものづくりが少しずつ変調をきたし、しかも需要が減っていく中で、収益性が欧米の企業に比べて劣後し、日本企業がどのように生き残っていくかが課題になっていました。

 私は前職のソニーにおりまして、会社では「EVA(Economy Value Added)」という経営指標が導入されていました。従来の「売上高や利益は大きければ大きいほどよい」という単純な評価の仕方に対して、同じ100億円の利益を得たとしても、どの程度の投資をして100億円の利益を得たのか、その投資効率を問うというものでした。要は、利益水準と同時に資本効率を評価する指標が導入されたわけです。

 その結果、利益を上げにくければ、資産を圧縮し、投資を減らして利益を確保していこうということになり、「持つ経営」から「持たざる経営」へと変わりました。そして、それまで研究開発や生産を自前で行っていた体制からアウトソーシングなどを活用するようになりました。例えば、技術もお金で買えるものは買い、生産も他所の工場でつくれるものは他所に委託するという、いわゆるファブレス生産を使うことで、生産体制は垂直統合から水平分業になっていきました。

2000年の講演は5月31日に行ったのですが、その年のゴールデンウィーク、私は生まれ故郷である宮城県の鳴子町に帰省していました。その時期は一面田植えの風景が広がり、至るところで田植え機が動いていました。その風景を見て、それほど広い田んぼでもないのに、こんなに多くの田植え機があって採算が合うのだろうかと疑問に思いました。もしかすると「隣が田植え機を持ったから、うちも持たないといかん」という競争心があったのかもしれません。

 こちらはその時の講演のもう1枚のスライドですが、それを「競有」と皮肉りました。個別に所有するやり方から、できるだけ「共有」して利用するやり方の方がよいことは言うまでもありません。そうすれば、6台必要とした田植え機は2台で済むかも知れません。そのためにやらないといけないことは、設備や機械を単独で持つより、共同して使うことで、その方が効率的で採算も上がるのではないか、そのようなことを言いたかったわけです。

 あれから18年が過ぎ、それが一体どうなったのでしょうか。実は今回、NICHeセンター長の長谷川先生が、2000年の私の講演資料を持って私のところに来て「中鉢さん、当時あなたが言ったことは正しいですか」と回答を迫られました(会場笑い)。

 その後どんな時代になったのかを冷静に考えると、日本企業の投資効率・資産効率が上がった一方で、どうも、この「持たざる経営」が行き過ぎて、資産の圧縮のみならずR&D投資まで低調になっていったのではないかと思うわけです。日本の研究開発費はGDP比で約4%ですが、この過半を民間資金が占めています。公的資金は1%弱、実際には0.6%程度であり産学連携も十分ではありません。このような貧弱なR&D投資が今日の日本の研究開発力の弱体化につながっているのではないかと考えているわけです。

 一方で、デジタルネットワーク革命も起こりました。それまでの企業には「我が社はこれが命」というコア技術があり、それを大事にやっていく限りにおいて他には負けないという自負がありました。しかしこの間の技術の変化は多くの人の予想を超え、極めて複雑化、高度化、多様化していきました。こうなりますとそれまで1人のプロジェクトマネージャーが全てをマネージメントしていたことも非常に困難になってきます。このような背景から次第に「連携しよう」という機運が高まってまいりました。これを象徴するのが、オープンイノベーションの機運の高まりです。その意義は、一言で言えば「時間とコストを削減すること」だと考えています。

 こちらの図は横軸に時間、縦軸に利益を取っています。黒線(Closed Innovation)が一般的なやり方です。R&Dから試作ラインを作り量産体制をつくるまでは投資だけですから利益はマイナスとなります。本格生産段階ではじめて利益を生みそれまでの投資を回収することになります。

 NICHeや私ども産総研といった公的研究機関を利用することで、本格生産までの時間を短くすれば、赤線(Open Innovation)のようになるわけです。先程もお話ししましたように、同じ100億円の利益を出すにしても、より少ない投資で行った方がよいという考え方ですが、オープンイノベーションとアウトソーシングの違いは、自らも関与する協業形態であることです。このようなサイクルで、利益が0まで落ちない間に再び投資し、新たなR&Dが行われるべきであろうと思います。

 もうひとつ、日本的なものづくりについても少し触れたいと思います。私は1977年、ベータとVHSのビデオ戦争の真っ只中にソニーに入社し、デバイスの事業部に配属されました。我々が開発した部品は、それらの部品を組み立てる、セットと呼ばれる別の事業部に収められ、組み立てられることになります。同じソニーという会社内であっても、デバイス事業とセット事業部がベンダー、ベンディーの関係になるわけです。時にはセット事業部から「あなたの部品は使えないので、他社の部品を使います」などと言われることもあり、その対応に「冷たいなぁ」とデバイスビジネスの悲哀を経験いたしました。

 こちらのスライドにありますように、ベンダーは調達を成立させるまで、ベンディーに日参することになります。この日本的なベンダー・ベンディーの交わりを東京大学の藤本先生は「すり合わせ」と名付けました。このすり合わせは何回も繰り返されます。ベンダーは、ベンディーの承認が得られるまで手を替え品を替え部品を何度も持ち込むわけです。こうしてやっと承認が得られ調達が成立します。その間のことは全くブラックボックスになっており、それ自体がベンダーの強い立場の維持につながっているわけです。

 ところで、最近の気になる言葉として、「モデルベースドデザイン」や「デジタルツイン」という言い方があります。モデルベースドデザインは、このようなベンダーやベンディーの要件を数式化して仕様書として活用する、すり合わせのことです。一方、デジタルツインとは、サイバーの世界とフィジカルの世界を双子の如く見立て、サイバーでシミュレーションをしたものをフィジカルで確認していく、すり合わせのことです。このように、すり合わせの方法をデジタル化し、高度化していくことで、今までブラックボックスだったことが、次第にホワイトボックス化していくわけですが、NICHeなどの公的機関こそがこれを実施する最適な機関ではないかと思っています。

 話は少し変わりますが、私は東北大学工学部の資源工学科に入学しました。以前は「鉱山工学」と呼ばれていたのですが、私が入学した時代にはすでに鉱山業は斜陽化しており、さらに資源の枯渇というシリアスな問題に対応するため「資源工学科」になっておりました。現在では「環境」を掲げる学科に変遷したと聞いております。

 それはそれとして、産業革命後のビジネスモデルとは圧倒的な技術の差を用いて、資源を原材料とし、資本を集中投資して成長拡大を図るビジネスモデルではなかったかと思います。イギリスで発明されたこのビジネスモデルは、やがて大陸やアメリカに伝搬していくことになります。日本には明治維新の頃に輸入され、驚くべきスピードで近代化が始まりました。このビジネスモデルは極めて強力で、今でも健在です。

 しかしその結果何が起きたかと言えば、資源は枯渇し、技術はリスク社会の到来をもたらし、社会には格差が生じました。これらが現代社会の重要なテーマとなり、国連がSDGs(Sustainable Development Goals)を提唱しています。未来社会に役立つ研究は重要ですが、一方で企業では市場が見えにくいためどうしても後回しにされがちです。ですから、このように企業の競争原理が働かない領域はアカデミアの支援のもと官主導で始め、やがて産学連携へとつながり最終的に民主導になるべきであろうと私は思います。

 それでは、豊かな社会に向けて、一体何をやるべきでしょうか。産業革命以来、これまで約250年続けてきた、大量採掘、大量生産、大量消費、大量廃棄の時代はさすがにそう長くは続きません。その意味で、「自然共生」「資源循環」「低炭素」は重要な視点だと考えています。ここではこの3条件を満たす資源として、太陽光をあげたいと思います。

 少し理屈っぽい話ですが、熱力学の第二法則でエントロピーが増大するというのは、時間とともに「でたらめ」の度合いが増大するということです。エントロピーが増大すると、人間は本来地球上で生きていられないことになるのですが、実は熱力学第二法則は「閉鎖系」での話なのです。人間がなぜ生きていられるのかと言えば、我々の系は閉鎖系ではなく開放系だからなのです。閉鎖系の中で滅びようとしている我々に文字通り一条の光を入れ開放系にしてくれているのが太陽の光なのです。植物の光合成によって糖が作られ、それを我々はエネルギーの源にしています。謂わば我々は太陽の光を食べているということになるわけです。

 こちらの写真はオランダの産業革命以前の風車です。今もオランダにはたくさんの風車があります。産業革命以前の風車は「ウインドミル」と呼ばれて粉ひきに使われ、産業革命から250年が経った今では「ウインドパワー」と呼ばれて発電に使われています。同じツールで同じ自然のリソースを使っても、このように使い方が違ってくるのです。自然こそが持続可能な社会実現の唯一最大の資源であり、"太陽の恵み"の活用が鍵となるでしょう。

 最後に、未来のものづくりについて、お話ししたいと思います。このスライドは、左側は「ココロ」を中心に、右側は「モノ」を中心にした図です。ココロとモノが重なった中間の部分が「コト」になります。この構図は私が考えたわけではなく、和歌山県出身の南方熊楠という学者による手書きの図を元にしていて、数ヶ月前にテレビで見かけ、それに私が色々な思いを馳せて書き加えたものです。モノとは英語でGoodsと言います。製造業はモノ(Goods)により経済的価値を追求します。問題はココロの方です。私はモノが、ココロの琴線に触れるものでないと意味がないのではないかと思います。では、そのココロとは何でしょう。ものがGoodsだとすると、ココロはGood(善)でなければなりません。しかもGoodは私だけのGoodではなく、社会的なGoodでなければならず、いわばCommon Good(共通善)と呼ばれるべきものです。この「共通善」の追求こそが、ものづくりの最終的な目標ではないかと考えております。

 ともあれ、技術が極めて高度化、複雑化、多様化している今、もはや個々人や各社単独の技術だけでは数々の課題を乗り越えられない時代です。ですから皆さんの会社の未来に向けて、もう少し先の話だろうと思わず、勇気を持って第一歩を踏み出していただきたいと思います。NICHeは皆さんの有力なパートナーになりましょうし、併せて産総研も敷居を低くしてお待ちしておりますので宜しくお願いします。(会場笑い)

 最後にもうひとつだけ、現在の産学連携の問題についてですが、国は産学連携を推進しているにもかかわらず、その制度は整備されておりません。例えば、物ひとつ買うにしても、民間であれば今日決裁すれば明日買えるのに、それが公的機関には許されていません。物を買うのに1ヶ月以上時間がかかるようでは、とても今日の開発競争についていけません。先生方には産学連携に必要な環境を1日も早く整備していただいて、NICHeを盛り上げていただきたいと願います。これからの益々のご発展を祈念いたしまして、私からの話とさせていただきます。

取材先: 東北大学     

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