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2017年 09月 27日 (水)

中鉢良治さん(産総研 理事長)×海輪誠さん(東北活性研 会長)対談:東北の未来創造にむけて/社会って、そもそも何だろう? 取材・写真・文/大草芳江

2017年03月15日公開

対談「東北の未来創造にむけて」

中鉢 良治 Ryoji Chubachi
(産業技術総合研究所理事長)

1947 年、宮城県玉造郡鳴子町(現・大崎市)生まれ。工学博士。宮城県仙台第二高等学校を経て東北大学工学部へ進学。1977 年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了。同年、ソニー入社。1999 年、執行役員、2004 年、執行役副社長、2005 年、取締役代表執行役社長に就任、取締役代表執行役副会長を経て2013 年より現職。

海輪 誠 Makoto Kaiwa
(東北活性化研究センター会長・東北電力会長・東北経済連合会会長)

1949 年、東京都生まれ。東京都立上野高等学校卒業後、東北大学法学部に入学。1973 年に同大を卒業し、東北電力に入社。2010 年に取締役社長、2015 年に取締役会長に就任。同年、東北活性化研究センター会長、2016 年より東北経済連合会会長。

これからの先が見えない時代、そもそも東北の価値、そして、東北の果たすべき役割とは何でしょうか。東北の未来のあり方を探るべく、東北活性化研究センター会長の海輪誠さん(東北電力会長・東北経済連合会会長)と産業技術総合研究所理事長の中鉢良治さんから対談形式でお話を伺います。「東京から東北へ来た」海輪さんと「東北から東京へ行った」中鉢さん。そんな逆の経歴を辿ったお二人の東北観とは如何に。

※本インタビューをもとに「産総研東北ニュースレターNo.44」を作成させて頂きました。詳細は、こちら(産総研東北センターHP)をご覧ください。



そもそも東北とは何か

■中鉢 「首都圏への供給源のままでは発展しない」

  私は宮城の生まれですから、東北以外に選択肢がありませんでした。宮城県玉造郡鳴子町で生まれ、宮城県仙台第二高等学校を経て東北大学工学部に進学。同大大学院で博士課程を修了後、ソニーに入社し、しばらく仙台に住んでいました。東北で生まれ育ったので、東北に対して誇りを持てたわけです。

  しかし、歴史的にも現状でも東北はどうも後進地域みたいになっている。だんだん自分が成長して客観的に東北を見れば見るほど、生まれ故郷というバイアス(偏り)のかかった東北観と、客観視した時の東北観は違うのです。

  東北は、江戸時代には米を中心とした農水産品を、明治時代には兵隊を、近代化とともに金の卵や出稼ぎ等、労働力を首都圏へ送ってきました。そして現代では大量の電気を送っています。つまり江戸を中心とした首都圏が近代化して発展するための要件を、実は、東北が整えてきたわけです。

  その共通項は、東京が地方の生産年齢人口を集めて一極集中で発展していったことです。一方、今日の新興国で見られるような人口ボーナス(※1)の逆現象として、生産年齢人口の極端な減少を先駆けて経験し、衰退していく東北の姿があります。

  そこに地元愛のバイアスがかかって、つい私の表現は激しくなりがちですが、基本的にはそんな構図の中で、どうしたら東北がもう一度復興できるかが今テーマになっているのではないでしょうか。冷静に見ると、そのように読み解けるかな。

(※1)人口ボーナス:子どもと高齢者の数に比べて、生産年齢人口が多くなることで、経済成長が後押しされること。

  したがって私が警鐘を発するとすれば、「東北が後れている」のではなく、現在の東北の姿は何年後かの日本の姿ですよ、と言いたい。決して東北だけの問題ではないと思います。

  その解決策として、経営のリソースであるヒト・モノ・カネ、技術・情報等をしっかりと受け止められる中核都市として、仙台がローカライズしていくことが大切ではないでしょうか。今は東北のリソースが皆、首都圏への一方向にどんどん流れて吸い取られています。企業会計に例えれば、財務諸表の貸借対照表や損益計算書がガタガタのようなもので、そんな構図では、東北の発展がないわけです。

  ですから海輪さんのように、東京から東北に来る。そういった流れが良いわけですな(笑)。


■海輪 「誠実な人柄が魅力、しかし発信力や中央依存体質に弱点あり」

  理事長が色々な問題認識を仰いましたが、共通の感覚を持っていらっしゃると感じます。私は東京から東北へ来たのに、同じ感覚を持つということは、大体見方は合っている、ということではないでしょうか。

  まず、なぜ私が東京から東北へ来たか、生まれの話からします。私は東京の北千住という奥州街道の宿場で、鞄職人の男三人兄弟の次男として生まれました。「いずれ次男は、家を出る」という自覚が幼い頃からあるような時代でした。そのためにはそれなりに勉強をしておく必要があるということで、高校、大学と進学させてもらいましたが、貧乏職人だったものですから、大学を通じて、奨学金をもらっていました。

  大学受験の時、ちょうど大学紛争が勃発しました。東京の国立大学入試が中止となったこともあり、当時の選択肢として、同期のほとんどは、あちこちの地方国立大学や、私立大学に進学したのです。

  そんな中、大学を選ぶ時に考えたことがありました。ひとつは、私は都立上野高校に通学しており、上野は東北本線の起点でしたので、その意味では仙台が近いポジションにありました。また、ちょうど私どもが成長した時代は高度経済成長期でしたから、出稼ぎのために東北の人が上野周辺にたくさん往き来していました。そんなことで、何となく東北に対する親近感のようなものがあったのですね。また、東北の人は寡黙ではあるけど、謙虚で、飾らない話しぶりです。そんな東北の人の率直さが、自分にとっては親しみやすいと思いまして、東北大学を受験しました。

  そして仙台で4年間の大学生活を送る中、理事長も感じたと思いますが、大学生を非常に大事にしてくれる街の風土がありました。自然も豊かですし、程よい文化もある。いずれ家を出る身であり、東京に帰るのは嫌だと思っていたこともあって、この土地で暮らし続けたいと思いました。そして、当時付き合っていた女性と結婚することも、学生の頃に決めてしまい、最終的に東北で仕事をしようと決めました。

  そのような意味では、積極的に東北に来て何かをしようというわけではありませんでした。その後、東北電力という会社に入りましたが、最初は単なる就職先のひとつくらいの気持ちでした。しかし入社してみると、自分で言うのもなんですが、地域の方々から信頼されて、社員にも優しい非常によい会社だと実感しました。以来、自分はもう東北の人間であるという意識でやってきました。

  東北の魅力は、東北人共通の誠実で謙虚な人柄だと思います。一方で謙虚さ故、発信力が弱いのが東北人の弱点ですね。また、中央に頼り過ぎて、自分たちで何かを興そうとする気持ちが弱いのも欠点だと思います。もうひとつは、江戸時代の藩政の影響が残るのかもしれませんが、隣県同士の仲がとても良いというわけではなく、お互いに助け合おうという意識がやや少ないと感じます。そのような点を踏まえた上で、今後どのようにしていくかという議論につなげる必要があるのではないでしょうか。


東北の特殊さ、どう捉える

■中鉢 「標準化されていないことに対する恥ずかしさ」

  東北人の欠点について、会長のご指摘は、全く当たっていると思います。私は、もろに東北人ですから、「お前の欠点だ」と言われているかのように、ひしひしと感じます。

  全くの同意見に、補強的に付け加えますと、私も故郷を離れて40年以上、そして仙台を離れて数十年になりますが、ここは日本で一番住みやすい、よい街だと思います。他の色々な地域にも行きますが、ここが何となく一番落ち着くのです。

  同じように東北のよさは、人々が誠実なところだと思います。その誠実さが上手く表現できていないのではないでしょうか。私は、人間の全ての徳の中で一番大切なことは、誠実さだと思います。それを感じ取るから、これは極めて誇りだと思うのです。

  「東北人はシャイ」と言うこともありますが、スタンダードというものに対する自信が、ないのです。非常にローカライズされた、標準化されていない文化なのですよ。口には出しませんが、言葉も含めて、どうしても「特殊」という意識が東北人にはあるのです。

  最近の例として、東日本大震災の時に、東北人がズーズー弁で話すのをテレビ越しに初めて見ました。東京でそれを見た私は、東北人がこれほど饒舌に話すのかと驚きました。震災があって初めて、東北人がメディアの取材に対して、堂々と話すようになったのです。

  今までは聞かれても黙っていました。それはずっと長い間、東北は従属関係にあったからだと思います。「白河以北一山百文」の感覚で捉えられてきたのです。それを自他ともに許しているから、標準化されないことに対する恥ずかしさがある。それで異文化への抵抗感があるのでしょう。だから、内向きになるのではないでしょうか。

  東北人である私自身の気持ちを、胸に手を当てて考えると、そう感じますね。


■海輪 「東北の特殊さを前向きに変えるべき」

  同感です。東日本大震災では、東京電力福島第一原子力発電所で事故が発生しました。これは「首都圏vs東北」という意味で、かなり象徴的なことだったと思うのです。理事長も仰る通り、東北は首都圏にヒト・モノ・カネも、エネルギーも供給してきました。歴史的に見ても東北は、蝦夷征伐に始まり、幕末には会津藩が征伐される時に奥羽越列藩同盟を組んで対抗しました。それこそ誠実さの表れだったと思うのです。それを思いますと、なぜ東北の人はもうちょっと怒らないの、と感じたわけです。

  私どもの電力事業の歴史で申しますと、電気事業は最初、各地の自治体やお金持ちによるベンチャー事業で、それがだんだん統合されていきました。そんな中、度重なる冷害や飢饉で疲弊する東北地方を救済するために、電力事業で経済振興を図ろうと設立されたのが、「東北振興電力株式会社」です。それが戦時中に国策会社の「日本発送電株式会社」に一社化され、戦後はGHQの指令で全国9地域に9電力会社の体制がつくられました。全国9地域の体制をつくったのは、地方分権でエネルギーを支える会社をつくろう、という目的があったのです。

  そのような歴史的経緯も踏まえますと、私は社内でも申し上げているのですが、東北地方は「特殊」な歴史を持つ地域ですから、その意味では一般的な電力会社や地方としてでなく、地域というものを特に意識した対応をしていく必要があると思います。

  ただ、理事長も仰ったように、東北の「特殊」さがいつもコンプレックスになっています。しかし逆に「特殊」さを前向きに変えていかなければいけないと思うのです。今まで自分たちは価値がないと思ったものは、実は、よそから見ると価値があるのだと。これまでの「ずれ」をハンディキャップとしてではなく、前向きに捉えるべきではないでしょうか。

  また、今回の復興予算に全面的に頼るようではだめで、次の時代の東北が自立して地域経済もまわる社会にするために何をすべきかは、早々に手掛ける必要がある問題です。そのような意識が必要ではないでしょうか。


東北は連携できるのか

■中鉢 「隣を出し抜こうとする気質が後進的」

  仰る通りですね。会長が先程仰っていた、東北人は「お互いに助け合おうという意識が少ない」。これも、ものすごく当たっていると思います。

  特に仙台人の気質として、他の東北の県と仲良くするくらいなら、中央や世界に近づこうと、隣をさて置いて世界を見てしまう。伊達政宗が支倉常長をヨーロッパに派遣して国交を樹立しようとしたのと同じで、隣を出し抜こうとする気質がある種の後進性の現れかもしれません。それが意識面で、東北復興の妨げになるのではないかと思うのです。


■海輪 「台湾への観光PRで東北7県が連携、大きな効果」

  その象徴的な出来事がありました。例をあげますと、震災前から各県はそれぞれ個別に海外への観光・物産PR活動を行っていました。台湾にリンゴを売る活動は、青森県が非常に成功しており、三村知事は台湾で「リンゴ知事」として有名です。ところが、例えば秋田や山形が台湾へリンゴを売りに行くと、台湾の人からすれば「この前来たばかりなのに、また来たの?」という感じです。

  じゃあ、皆で一緒に行ったらいいじゃないか、ということで、やっと2016年8月末に、東北各県知事らが揃って台湾へ観光PRに行こうと、東北観光推進機構等と一緒にデレゲーション(代表団)を組んだのです。

  その結果、相手側の受けが非常によかったですね。一県単独なら会えないような台湾の蔡総統とも会えましたし、各マスコミからの取り上げられ方も全く違いました。連携による効果は非常に大きかったのです。ですから、今後これをもう少し観光以外にも広げたいですね。


■中鉢 「これからの時代は連携できる人材が重要」

  なるほど。それは歴史的な出来事ですね。ひと時、地方分権の話がありましたが、東北は「絶対にまとまらないだろう」という筆頭で、逆に一番まとまりやすいのは九州ではないかと言われていました。

  東北には特殊論がそれぞれにあり、特に仙台市は突出した規模を持つので、仙台市を持つ宮城県や隣県の思惑もあり、なかなか連携が取りにくいのです。先の奥羽越列藩同盟で東北の同盟が成立したかのように見えますが、結局、成功しなかったことが、その後の東北人のトラウマになっています。

  イノベーションを創出できる人材に、まわりとの連携を求めても、大抵は連携しようとしないですから。それは、連携すると自分が埋没すると思ってしまうからです。つまり、イノベーション人材には、連携の魅力が感じられないのです。

  ですから、今までは東北から世界に通用する人が出ることを目指してきましたが、むしろ、これからの時代は、隣と連携できるような人材が、重要になると思います。

―先ほどの台湾への観光PRの例では、そのような東北の皆さんが、なぜ連携できたのでしょうか?


■海輪 「海外から見れば、東北自体が認識されていない」

  リンゴの例は、象徴的ですよね。さらにインフラの例で言えば、昨年7月に仙台空港が民営化され、「仙台は栄えて、まわりは疲弊する」という意識を、宮城県以外の皆さんが少なからず持っています。そんな中、外国から来るお客さんは、まず「東北って、どこにあるの?」から始まります。「東京の北、北海道の南」くらいしか認識されていない中で、山形だ、秋田だ、青森だと言ってもだめで、連携してプロモーションしなければだめでしょう、ということになるわけです。


■中鉢 「このままでは続かないと皆が気づいた」

  よくわかりますよ。今日は産総研と東北活性化研究センターさんが共同で、「オンリーワン企業 - 次世代産業技術マッチングフェスタ(※2)」を開催しています。このような機会を宮城県だけでなく、東北6県すべての公設試験所と一緒に連携して持ったのは、産総研130年、東北センター50年の歴史の中で、実は初めてのことなのです。

  東北として連携する動きがようやく出てきた。連携した方が得だ、個別に実施すると損だ、ということが、やっとわかってきたのではないですか。この時期がなぜ今来たかと言えば、「このままでは続かない」と皆が気づいたからだと思います。それは地域だけのことではなく、産総研という国の機関としても、私も含めて、そのことに気づいた。やはり時代の要請だと思いますよ。

(※2)オンリーワン企業 - 次世代産業技術マッチングフェスタ:東北活性化研究センターの選定した東北圏オンリーワン企業123社をはじめとした東北の企業に、オール産総研の技術シーズを活用し、事業活性化につなげてもらうことを狙って共催した初めての試み。対談当日の1月13日に開催され、企業や産総研等から278名が参加。


■海輪 「広域連携の場づくり」

  本日開催されたマッチングフェスタも、ひとつの成功事例ですよね。連携することで自分の価値を非常に高めるということを実感できる場づくりが大切だと思います。

  私が会長を務める東北経済連合会(東経連)では、新たに策定した長期ビジョンの柱のひとつに「広域連携の場づくり」を掲げています。これは自治体がなかなか先導できないことですので、民間でやるしかないと。民間には県境はありませんから。ビジネスを通じた連携ができれば、その上に東北の自治体が加わる場をつくれるのではないかと考えています。


地方と中央は全くの別物

■海輪 「限界集落でもビジネスができる環境づくり」

  もうひとつ、東北が挑戦していけばチャンスがあると思っているのが、IoTやAI等の活用です。これは産業界のみならず、地域社会を維持していく面でも大切だと思います。「地方消滅」(増田寛也氏著)と言われていますが、このままいけば、田舎の町や農村どころか、皆、消滅してしまうわけで、それがよいことかと言えば、決してそうではないでしょう。

  東北の魅力は、中核的な都市があちこちにあり、それぞれ独自の文化をもって活動していることだと思いますし、それを維持しなければならないと思います。ですから、限界集落から人を引き上げて都会に押し込めてしまうような議論はやや極論で、逆に、限界集落のような地域でも、ビジネスができる環境を整える方が大切だと思います。


■中鉢 「地方と中央の対等な付き合い方を」

  会長と全くの同意見です。それを少し異なる観点からコメントしますと、東京と地方は、全くの別物です。象徴的な例で言えば、時間の流れ方が感覚的に違うので、時計の進め方も違うようにしなければいけないと思っています。

  東京の1時間と、仙台の1時間の感覚は違います。東京では5分毎に電車が来るのに、我先にと皆駆け込んで電車に乗り込みます。一方で、そんな混雑は、仙石線にはありません。なぜ東京では、あんなに急がないと生活しづらいのか。それは、分業化によって効率を良くしているからですが、反面、一人では生きづらい構造であることを意味します。このため、東京では何をするにもお金が必要です。私の生まれ育った田舎だと、財布を開く場面など週に1、2回もなく、それで普通に生きていけるわけです。地方がなにも東京の真似をする必要はないと思うのです。

  例えば、ライオンとシマウマの弱肉強食の共生関係があります。ライオンが強いからシマウマがいなくなるかといえば、そうではなく、シマウマがいなくなるとライオンもいなくなる。「地方消滅」と言いますが、地方がなくなれば東京は死んでしまうと思います。ですから地方が消滅するというのは、私にはにわかに信じられないのです。ただ、地方を犠牲にして生きる、そんな歪みのある片務的な関係は、できるだけ是正しなければいけません。

  では、そのためには、どうしたらいいか。地方には地方の文化があるわけではないですか。保護主義的になるわけでなく、地方独自のものをつくり、それを前提に東京と自由に往き来するのです。「ここに土着していける」というクローズドな面と、外と交流していくオープンな面の、両方のバランスをもって、中央と双務的関係が築けなければ健全ではないと思うのです。

  つまり、地方と中央の対等な付き合い方があるのではないでしょうか。それは必ずしも、地方が中央化することでもなく、中央が地方化することでもない。地方には、地方の役割があると思うのです。

  私は東京に住んで、会長も東京生まれで、皆、「地方に申し訳ない」という気持ちがあると思うのです。東京は地方の犠牲の上にあるのだと。その東京はというと、地方出身の人ばかりですから。その「偏り」の中で、どんな社会が最適なのか、それは私にもよくわからないです。それをどこかでぜひきちんと検討して欲しいと思います。


■海輪 「なぜ東北に住むことがよいことか?」

  全く同感ですね。私の家内は秋田県の横手市出身で、彼女と結婚する前、横手に何回か行き、地方都市独自のよさを感じました。ところが十数年後には、町が変わってしまいました。なぜかと言えば、バイパスができて、大型ショッピングモールができました。すると、中心商店街がバタバタ閉店して、今やゴーストタウンです。そこに住むことができないから、また移転してしまう。そんな悪循環が、地方都市の失敗だったと思うのです。それを繰り返してはいけません。

  あの時、東京のスタンダードを地方に持ち込んでしまったのです。効率的で、安く大量に物が入るといいでしょう、という価値観が席巻してしまった。すると、地域は壊れてしまう。むしろ、そこで失ったものに、大切なものがあるでしょう。これをひとつの価値観として再認識する必要があると思います。

  東経連も将来ビジョンを策定する際、そこからまず議論しようと「なぜ東北に住むことがよいことか?」から考えました。すると理事長も仰る通り、職住近接で「暮らしやすい」。「暮らしやすい」とは、コストも最小で暮らせるということですから、収入が減ったって、自由に使えるお金は、逆に増える可能性があります。次に人口減少の問題は、高齢者が増え、稼げる人が減るという人口構成の問題です。そこに着目し、若い人が住める環境にもっと力を入れていく必要があります。そこで「暮らしやすく、やりがいを実感できる地域社会」をイメージして、その実現のために何をすべきか考えました。

  そのためには、東京と同じやり方ではない「稼ぐ力」が必要です。それに、交流しなければシュリンクしてしまいますから、中央や他地域と交流しながら活性化していくことが大切という意識も必要です。


■中鉢 「villageとcityを自由に往き来する」

  いくつか重要なポイントを指摘いただいたと思います。生活基盤のニーズが、地方と首都圏では全く違う、ということです。誰かが言っていましたが、ここは住みよいところだと一族が集まる場所を「villa」、さらに人が集まると「village」になるそうです。そして必要があれば、そのvillageから別のcityに行ってまた戻ってくる。そういう往き来が健全で、villageから生涯一歩も出ないということでは決してないわけです。もっと土着化して、しかも東京にも通じている。そんな地域としての仙台はものすごく魅力があると、私は東京にいて感じます。


■海輪 「仙台で得た利益が東北に広がる構造を」

  そのような意味で仙台はトップランナーとして、これからも東北の中核都市として発展し続けるポテンシャルが非常に高いですね。先程もお話しした通り、隣県同士の問題は、仙台ばかりが栄えていることが理由だと思うのです。しかし逆に言えば、東北全体を考えた時、仙台でさえも栄えなければ大変なことになる、という言い方もあるわけです。

  理事長が仰るように、villageからcityへ、東京まで行かなくても東北の中でのcityとして、仙台cityへ往き来ができ、そこで得た利益が他の東北地方に広がる構造ができれば、一番よいと思うのです。まず、それを目指すマインドを高めなければ、東北同士で足の引っ張り合いばかりになってしまいますね。


閉塞感を打ち破るには

■中鉢 「閉塞感を打ち破るのは"人"」

  その閉塞感を打ち破るような活動は、基本的にはやはり「人」だと私は思うのです。結論がジャンプするようですが、幾つかあるネットワークのうち私が思い付くのは、地域の持つ同窓組織や先輩・後輩の縦系列のつながりと、地域コミュニティにおける駅と学校の役割、このふたつが重要という予感がしているのですよ。

  私の少年時代を考えると、コミュニケーションとは、駅に集まる人たちがやっていたことでした。駅には誰かがいるので、暇になると駅に行って、ストーブに当たりながら話し込むわけです。話すだけ話して、用事があると、皆、帰っていく。そんなたまり場としての駅があったのです。学校も、教育の場であると同時に、町民運動会等の地域的なイベントを行う場でもありました。学校の先生方も地域と一体化していました。科学・技術も、地域と一体化した進め方が大切ですね。

  また、産業界や行政界といった、色々な立場の違いを全部超えて人を束ねられる人は、実は大学の先輩だったりするのです。自分が大学の先輩だとわかった途端、尊大な態度に変わるのですが(笑)、それくらい結合力があるのです。これは着目すべき点ではないでしょうか。

  そして、行動範囲を少しずつ広げることが大事でしょう。近隣10kmから20kmへ活動を広げ、今まで知らなかった人とも付き合えることが大切だと思います。そのためには言葉も使えなければいけないし、色々ユニバーサルな能力も必要になります。それによってまた自己増殖して広がっていくのだと思います。

  私も海外に赴任したりと色々なことをしました。自分の指向性からしたら、自分から海外には行けなかったでしょうが、後ろからどんと背中を押す人がいたから行けました。人間は、リスクを避けようとするものなので、そういったきっかけがないと、本質的には保守的だと思います。


■海輪 「東北型ネットワーク形成の仕掛けをつくる」

  仕掛けがないとなかなかネットワークを組めないのが、東北の人の特徴でもあるわけですね。ですから今回のマッチングフェスタのような場をつくり、「会ってみたらよかった」ということが成功事例になって伝播していく。そんなアプローチになると思います。

  あとは、独自の「幸福度調査」のようなものを実施するのもよいと考えています。本当は東北は幸福なんだと、自分たちの価値を見直すこと、人から評価してもらうことが必要ではないでしょうか。

  もうひとつは、震災後、起業する若い方が増えています。最近の若い経営者は、ノウハウを囲い込もうとしないどころか、逆にどんどん教えて、同じことを別の地域に広げていこうという方が多いのです。そのような若い方には非常に期待したいところですし、それを全面的に展開するための情報発信やつなげるお手伝いを、我々もしたいと考えています。


■中鉢 「公的研究機関をもっと活用して欲しい」

  産総研の研究者はシーズをつくり、地域にはニーズがあります。しかしシーズとニーズは、そこで放っておくだけでは何も起きません。それほどレアなシーズとニーズのマッチングを化学反応に例えれば、反応を促進させるための触媒が必要です。活性研さんもその役割を担っていると思います。シーズとニーズの間に、「+」でも「×」でもない新たな演算子のようなものとして、我々産総研も「イノベーションコーディネータ(IC)」という専門職をつくりました。

  企業や研究機関の出身者のほか、全国の公設試験所の方にも併任いただいて、現在160人体制で、全国津々浦々、雪の中であろうと、「こんな技術がありますよ」と企業を訪問しています。つまり、技術の営業ですね。我々の活動が一日遅れれば、日本の経済成長が365分の1%遅れるのだという使命感をもってやっているわけです。

  ところが、ある企業に行った時のこと、とても怪しまれたことがあります。「あなた方はなぜ一所懸命やるのですか?動機がわからないから、そんなうまい話は信用できない」と言うのです。そんな疑問に対しては、「産総研は研究だけやって評価されるところではないのです。皆さんのお役に立ててなんぼのもの。これが我々の評価基準です」と説明しています。

  納税者は納税のリターンを信じていないのです。我々は皆さんからすでに前金で研究投資していただいていることを忘れている。公的研究機関を使いこなす意味では、民間資金と公的資金の交わりが日本は世界最低レベルで、後れていると言っても過言ではないでしょう。

  会長がIoTやAI等の活用と仰っていたように、例えば東北の企業に生産性を上げる新しい方式を導入すると、ものの見事に効果を示すと思います。それがなぜ今まで放っておかれたかと言えば、ご縁がなかったからです。その意味では、東北は伸びしろがまだまだ大きいと思っています。


■海輪 「公的研究機関の利用はまだ敷居が高い?」

  公的研究機関の利用を、企業はまだまだ敷居が高いと感じているのではないでしょうか。おそらく公的研究機関と私企業の癒着ではないかと否定的に取り上げられることに対する、ある種の潔癖性みたいなものがあるのかもしれません。


■中鉢 「成功事例をつくって広めてほしい」

  そのような不祥事は、創立以来ございません。それを恐れずに、公的機関と連携するのは、新しい姿だと思います。東北人として、人も羨むような成功例を故郷がつくって、広めてほしいと願っているのです。連携に成功すると、それが一種のノウハウのように感じられて、あまり人に言わない場合もありますが、成功例をぜひ話して広めて欲しいですね。

  産学連携では、それ以上の関係になると面倒臭くて嫌だとか、昔それで失敗したトラウマとだか、色々なことが関係して横に展開していかないのだと思います。そういったしがらみと言うか、縁故の力は、地方の方が強く、拡大しやすい面がありますね。地方では義理の関係でもきっちりやっていきますが、都会では実の関係も切って最低限の付き合いしかしないところがあります。人間関係の在り方も、色々な功罪があると思います。

  必要のない縁故は切っていくような合理性も求められる都市の冷徹な一面を、あまり良いとは思いませんが、地方の縁故のしがらみもまた大変で、必ずしもすべてが是とは思いません。地方型も都会型も、お互いにストレスを感じていると思います。ほどよい関係がその中間にあっても良いのではないかと思うのです。そういったことを、是々非々できちんと吟味していくことも、大事なことではないでしょうか。

  しかし、直そうにも直らないものが、本当の文化だと思います。なくなった文化は仕方がありません。それは本当の文化ではなかったのです。捨てようと思っても捨てられない文化というのもあります。それが本物ですね。それが、どんと鉛のように、この胸の中にあるのです。私は東北人で、ここからは離れることができない、これだけは死んでもやめられない、というものがあるのです。


次世代へのメッセージ

―最後に、今までのお話を踏まえて、次世代を担う若い世代へメッセージをお願いします。

■中鉢 「人生は1mm、1mmの積み重ね」

  今は遠い遠い世界でも、努力して1mmでも高みに行けば、見える景色は変わります。標高3000mまで一気に行くのではなく、1mmずつの努力で、景色が変わっていきます。例えば、今は知識が足りなくてノーベル賞の研究内容が理解できなくても、中学・高校・大学と努力していくと、だんだんわかるようになっていきます。交友関係も条件も変わり、どんどん洗練されていくわけです。すると、世界というものが身近に感じられてきます。憧れていたものが、ものすごく身近になる。その時です、自分の真価が問われるのは。そこで、勝負するのです。

  私が東北の片田舎を出て、研究者から技術者になって今日があるのも、少年であった頃のそんな憧れだったような気がします。振り返ってみれば、1mm、1mmの積み重ねだったような気がするのです。


■海輪 「人生は計画通りにはいかない。"自分が何をどうしたいか"に忠実に」

  自分の経験から言うと、先程お話ししたような経歴ですから、子どもの頃は東京から東北へ来るなんて全然思っていなかったですし、東北電力という会社に入社すると思っていませんでした。そして入社してからも、まさか自分が社長・会長になるとは全く思っていなかったのです。ですから、「人生はそんなに計画的に行くものではない」と、言いたいのがひとつです。

  ただ、色々な選択をする機会が必ず来ます。例えば、進学や就職、結婚をする時に。その時に、自分がどうしたいのかに対して、忠実であること。すると、あまり外野の声に惑わされず、後悔しないと言えます。

  あとは、例えば「プロ野球選手になりたい」という夢を抱いたとして、たとえその夢が叶わなかったとしても、何でもいいやと自暴自棄になるのではなく、次にもっとなりたいものを探してください。選択肢には、「セカンドベスト」、「サードベスト」があるのです。

  その時、自分の声を聞いて、最良の選択をしていく。すると結果的に、自分の人生をもう少し肯定できると思うのです。結果がついてくるか・来ないかは、やってみなければわかりません。しかし、その時に負けたとしても、それは負けでなく、その中でどのように自分の力にしていけるかです。


■中鉢

  その通りですね。私など、すべてセカンドベストだったように思います。高校も大学も全部、第二志望の学校で、第一志望は全部ダメでした。だけど第一志望を全部並べてみると、なんとも鼻持ちならない人生だなと今になると思います。ですから会長が仰るように、計画性はないけれど、選択には必然的なつながりがあると思います。


■海輪

  逆に言えば、挫折していない人は弱いですね。そこで挫折すると、もうゼロになってしまうから。つまり、その時に、セカンドベスト、サードベストを選べなくなって、自暴自棄になってしまう。


■中鉢

  それを私は「覚悟」だと言っています。何かを決断する時、他の選択肢を断念しないといけない。それだけではだめで、そこから何が起こるか、心の整理をするのが、覚悟ではないでしょうか。これで何が起こっても大丈夫。たとえ結果がだめだったとしても、自分は選択者として主体的に取り組んでいくぞ、というのが「覚悟」だと思います。

  振り返ればセカンドベストどころか、サードベストばかりだったけれど、そっちの方がむしろおもしろかったのだと思います。行先のない電車に乗ったみたいで。吉永小百合と結婚したい等と、若い頃は大まじめに考えたものです(笑)。だけど、負け惜しみではなく、吉永小百合と結婚できなくても、それでよかったなと今は思っています(笑)。

  がっかりしたり、挫折感を味わったり、悔しい思いをしたり、長い人生で色々なことを経験して、そしてリアルワールドとはこういうものかと、何となく予感ができてくるものだと思います。

―中鉢さん、海輪さん、本日はありがとうございました

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