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2016年 12月 11日 (日)

米と水から生まれる日本酒のふしぎ ~萩野酒造(宮城県栗原市)を訪ねて~ 取材・写真・文/大草芳江

2010年12月27日公開

 日本酒が美味しい季節になった。実はここ宮城県は、いわゆる高級酒と言われる「特定名称酒(吟醸酒、純米酒、本醸造酒)」の出荷量に占める割合が、全国平均25%に対して80%を超える、全国屈指の高品質な日本酒の産地である。もちろんこの結果は、宮城県内蔵元らの酒造りに対する高い意識と努力あってこそ。わたしたちの生活にごく当たり前のように存在する日本酒だが、その背景にあるおもしろさを知れば、今夜の一杯は格別な"味"に感じられるかもしれない。(お酒は二十歳になってから)

【追記】 本取材記事を基に、萩野酒造株式会社様ホームページを制作しました。(2012年1月27日公開)


酒の"味"はどのようにコントロールする?

 4年前、驚いたことがある。縁あって、岩手県との県境にほど近い金成にある蔵元「萩野酒造」(宮城県栗原市)を訪ねた時のこと。何でもかんでも"ボタンひとつ押せば製品が勝手に完成する"イメージを製品に対して潜在的に抱いていた私は、まるでタイムスリップしたような人の手による酒造りに驚いてしまった。もちろん私がこう言えば、蔵元の方々は「いやいや、酒造りも以前に比べればかなり機械化が進んでいるし、科学技術の力もたくさん借りていますよ」と反論するだろう。しかしそれを差し引いてみても、やはり驚きなのである。それだけ酒造りには、人の手が必要な理由があるのだろう。


日本酒の原料となる米を洗う作業のようす=萩野酒造(宮城県栗原市)

 例えば、日本酒の原料となる米を洗い水を吸わせる作業では、「スタート」の声と同時に3人の蔵人たちが息を合わせて米を洗い、ストップウォッチを用いて秒単位で吸水時間を測る。聞けば、米の種類や削り具合、用途の違いはもちろん、毎年違う米の出来具合などによって吸水時間を変える必要があるため、米の状態を人の目で確認しながら時間を調整しているそうだ。逆に言えば、この段階から酒の"味"に大きな影響を与えるということらしい。このほか一連の製造工程を見学させていただいたが、どれも驚くことばかり。そして、なんとなく私が実感したのは、どうやら酒造りは自然相手の営みであるが故、これほど繊細で複雑なコントロールが必要らしい、ということだった。

 しかし、わかるようでわからない。そもそも酒の"味"を決めるパラメータとは何だろう。そして、造り手は思い描く酒像を具現化するために、それをどのようにコントロールしているのだろうか。私たちの生活にごく当たり前のように存在する日本酒だが、その背景にあるこれらのプロセスを知れば、今夜の一杯はきっと格別な味に感じられるに違いない。仕事で約4年ぶりに訪れた酒造りの現場で、そもそも酒の"味"がどのようにコントロールされているのかを探った。


お日様と田んぼの恵みを皆で輪になって楽しんで


 そもそも酒の"味"は何によって決まるのか。早速、萩野酒造専務取締役の佐藤曜平さんに伺うと、曜平さん曰く「酒の味は造り手の考え方や人柄を反映しているような部分もあり、たとえ全く同じ材料を使っても造り手によって大きく味が違ってくる」とのこと。そこでまずは萩野酒造の描く酒像をつかむため、造り手として萩野酒造の酒の"味"を決めている曜平さんへのインタビュー取材を行った。

 そもそも酒の味はどのように決めているのか。曜平さんに伺うと「最終的には自分が飲みたい酒」との回答が。その意図は「100人の嗜好に合わせて100人が無難に飲みやすいと感じられるお酒を目指すよりも、自分が飲んで本当に美味しいと思えるお酒を造りたい」。そう語る曜平さんが飲みたい酒とは「お日様と田んぼの恵みを感じられる」純米酒らしい。

 純米酒とは米と水だけで造られる酒だ。では純米酒のどのような点が魅力なのか。「良い米と良い水があれば、余計なものを入れなくても、美味しいお酒ができること」。そして女性に例えるならば「飾らない素顔のすっぴん美人」、ソムリエ風に表現するならば「口に含んだ瞬間、緑の里山の風景が思い浮かぶような酒」を目指したいのだ、と語る。

 さらに「気の合う仲間と一緒に楽しむ時、その場を盛り上げるような酒」をイメージしながら酒を造っているそうだ。曜平さん曰く蔵元の役目は、酒が出来た時点で30%、瓶詰め・火入れ・貯蔵の段階で60%、信頼の置ける酒販店や飲食店を通じて飲み手の笑顔をつくってやっと100%、と考えているとか。単に酒造りで完結するのではなく、その先にあるコミュニケーションを思い起こさせる酒を造りたいと語る。

 では、理想の酒とは何ですか。「外行きではなく普段着のような感覚で、肩肘張らず気軽に飲めるような酒。例えるならば、スーパーモデルよりも、気立ての良い女房のような存在であって欲しい。決して美人ではないけれども、旦那が『やっぱりお前が一番だ』と戻って来られるような酒を醸したい」。どうやら女性に例える方が伝わりやすいということらしい。確かにイメージはつかめてきた。

 最後に、曜平さんにとってそもそも酒造りとは何かを聞いた。すると「次世代に引き継ぐべき日本の文化」との回答が。日本酒に限らず「そもそも日本とは何ぞや?」の問いに自分たちが答えられないのでは、やはりおもしろくないと言うのだ。「日本独自のものを守っていかなければいけない」と最近感じていると話す曜平さん。酒造りから見える日本ならではの文化というのも興味深いテーマである。

 そんな曜平さんが醸す酒とはどのような酒なのだろう。そして、思い描く酒像をどのように具現化しているのだろう。続いて、酒造りのプロセスを見学させていただきながら、酒の"味"を決めるパラメータを造り手がどのようにコントロールしているか探った。


酵母が動きやすいように導くだけ


 そもそも日本酒(純米酒)は、米と水だけで造られることも、意外と知られていない事実である。それに、よくよく考えてみると不思議だ。なぜ米と水だけで日本酒ができるのだろう?そこで重要な鍵を握るのが、「酵母」と呼ばれる微生物である。

 日本酒に限らず酒は、アルコール発酵によってできるわけだが、そもそもアルコール発酵とは酵母による生命現象である。酵母は酸素のある環境では私たち人間と同様に「呼吸」をしてエネルギーを獲得するが、酸素がない環境では代謝を切り替え「発酵」によってエネルギーを得ようとする。この発酵で酵母が糖を分解してエネルギーを得る時に生成されるのが、エタノール(酒)と二酸化炭素である。このほかにも、酵母が生成した様々な成分はそのまま酒の成分として残る。

 この酸素のない苦しい環境下に追い込まれた酵母がせっせと働いている姿を想像すれば、酒に対する感謝の気持ちも増すような気がする。目には見えぬが、この酵母という微生物の存在を意識することで、複雑な酒造りの工程をすっきり理解できると同時に、日本酒のおもしろみにさらにリンクもかかるだろう。ここからはぜひ酵母の気持ちになって読まれることをおすすめしたい。

 さて、酒の"味"を決めるパラメータとして、曜平さんが「人」の次に、米と同じくらい大事だと挙げたのがやはり「酵母」であった。たとえ同じ種類で同じ精米歩合の米を使い、同じような仕込み方をしても、「酵母が違えば全然違う酒になる」そうだ。一番大きな違いが、香り。そして酸を出すか・出さないか、アミノ酸が多いか・少ないか、キレが良いか・悪いか、さくさく発酵するか・しないか、アルコールに対して強いか・弱いか、等々...と酵母が握る要因はかなり大きいようだ。

 切ないことに、発酵によってアルコール度数が高くなると、酵母は自ら生成したアルコールによって死ぬ運命にある。どれくらいのアルコール度数で酵母が死に始めるかというと、「アルコールに強い酵母はアルコール度数20度でも平気だが、弱い酵母は16度半ばで死に始める」そうで、特に「香りが華やかな吟醸酵母は、基本的にアルコール耐性が低い」というから大変だ。というのも、酵母が死滅すると「変な臭いや味」が出てしまうらしく、「その見極めだけは非常にシビア」とのこと。具体的には、日々の分析結果に加え、顕微鏡で死滅率を観測し、「では今からしぼりましょう」といった判断しているそうだ。そのようにして例えば大吟醸酒では、アルコール度数16度前半で発酵を止める。

 ならば、アルコール耐性の高い酵母を選んではどうか。「安い酒を造ろうと思えば、酵母を選んで、とにかく米から最大限のアルコールを出せ出せと働かせることで、アルコール度数は20度を超えます。けれども、やはりそれだけ雑で荒い酒になりますよね。うちでは高くても18度、普通は17度くらいです」。酵母にあまり強制労働させ過ぎると、その分仕事が荒くなるらしい。

 そんな酵母を造り手はどのようにコントロールしているのだろうか。曜平さんに伺うと「酵母が動きやすいように導くだけじゃないですか。レギュラーの純米酒などは、やりたいようにやらせる感じです。ただ、大吟醸酒や、先述のアルコール度数16度で死滅する酵母は、思いっきりコントロールしてやらないといけないですけどね」とのこと。

 そのコントロールとは具体的に何をどうするのですか。「それは、温度ですね。どんどん上がりたくなっていく温度を抑えつけてやるんです。レギュラーの純米酒などはある程度やりたいようにやらせる感じですが、本当に好き勝手にやらせると、温度が16~17℃以上まで上がってしまいますので、そこまではさすがに上がらないように抑えます」

 目標とする発酵温度は「一般的には14~15℃。うちは13~14℃。宮城県内蔵元の平均は12℃。もっとスマートな酒を造る蔵元は11℃くらいかな」とのこと。発酵温度は酒の"味"とも関係しているということか。「低温長期型は酵母がゆっくりと働くので、一般的に穏やかでスマートな感じの酒になります。うちが目指すのは中温中期型とでも言うんでしょうか。酵母にもう少し頑張らせる感じで、できすぎていない、ちょっと抜けた感じの酒を造りたいんです。邪魔にならない程度の香りがあって、お米の味がする酒なんですよね」

 そもそも実際に酒を造るのは酵母なのである。その酵母に思った通りに働いてもらうよう導くのが、造り手の役割というところか。曜平さんの言う「お日様と田んぼの恵みを感じる酒」という酒像が、造りでどのように具現化されていくのか、少しずつ見えてきた。


急激に温めるのも冷やすのも良くない


 「あとは、もろみの前の酒母の段階で、きちんとした健全な優良酵母をたくさん培養できるかどうかですね」。見せていただいたのは、小さなタンクに入った「酒母」。酒の母と呼ぶに相応しい、もろみのもとである。酵母の数を増やす時、このように小さな仕込みから大きな仕込みへと順次移行していく「拡大培養」の方法を取るのが、どうやら先人の知恵ということらしい。

 そもそも酵母そのものは、今あなたのまわりにある空気中にも、ふわふわと浮遊しているものである。しかし、その酵母が必ずしも酒造りにとって好ましいとは限らない。日本酒造りは開放系のため、常に雑菌汚染の危険にさらされている。特にもろみの初期段階は、酵母の増殖も充分でなくアルコール濃度も低いために、一層その危険性が高い。そのため、目的とする優良酵母をあらかじめ純粋に多量に増やしておき、雑菌の繁殖を抑えるために乳酸を含ませた、酒母が必要ということなのだ。

 では、健全な優良酵母をたくさん培養するために意識していることは。「教科書通りにやるんです。あとは寒くないように。そこも、温度ですよ」。具体的に温度はどのようにコントロールしているのか。「発泡シートを巻いたり外したり」。そう聞いて、他の蔵でも、まるで赤子を包むように毛布がタンクに巻かれていたことを思い出した。驚くほど温度のコントロールが機械的ではないのだ。それはやはり生き物相手だから?「そうそう。結果的には、その方が穏やかな温度調整になるんですね。あまり強制的に外から温めたり冷やしたりしたくないんです。急激に温めるのも冷やすのも、良くないですね」


タンクに発泡シートを巻き、温度をコントロールをしている様子。写真はもろみ用のタンク。

 聞けば1日で1~2℃温度が下がるだけでも「非常に怖い」そうなのである。なぜならば、急激な温度変化によって酵母が弱り、もろみ発酵後半期で酵母が死ぬのが早くなるらしい。「急激なショックは、いくら強靭な酵母でも、相当なダメージになるんです」。酵母は非常にデリケートなのである。では反対に、急激に温めるとどうなるのか。酵母的には温かい方が良いのでは?「急激に温めると、確かに酵母は元気になってもりもり増えるんですが、増えても同じ数だけ死ぬみたいです。なぜかは知らないのですけど、例えば100匹が150匹に増えても50匹は死ぬらしいです。自然の摂理で、無駄に増えすぎないようになっているらしくて。そうすると、死んだ酵母が悪い味や香りになってしまうので、やっぱり良くないですね」とのこと。ますます生き物相手ということを実感できる大変興味深い話である。


蒸し上がった蒸米をこしきから掘り出し、麹用、酒母用、もろみ用の3つに分けて、それぞれの発酵開始温度に合わせて放冷している様子。

 仕込みの現場では、米にあちこち温度計が刺さっている風景をよく目にする。例えば蒸し上がった米を、米の温度が均一になるよう人の手で混ぜながら調整し、目標とする温度になるまで自然の冷気で冷ましていく。これも、穏やかに温度をコントロールするための一工程ということらしい。なるほど、機械化が進んだ今日でも、酒造りが未だに人の手によって行われている理由が少しずつ見えてきた。


酵母の餌が多過ぎても少な過ぎても駄目


 「あとは、やっぱり麹の出来ですかね。麹は酵母の餌をつくるわけです。麹の酵素力価が高すぎず・低すぎず、丁度良い量で酵母の餌をどれくらいつくるかですね」。ここで急に登場した「麹」だが、昔から「一麹、二もと、三造り」と言われるように、麹は日本酒の出来を大きく左右する重要な存在である。味噌や醤油でも使われる麹だが、ところで、そもそも麹とは何なのか。

 実は、先ほどから登場している酵母は、原料である米をそのままではアルコール発酵に利用することができない。なぜならば米の主成分は、デンプンという数十~数十万個ものブドウ糖がつながった物質であり、ブドウ糖がなければ酵母はアルコール発酵ができないためだ。そこで、デンプンを小さく分解していき、一つひとつのブドウ糖にする必要がある。ここで登場するのが、「麹菌」というカビなのである。


麹をつくる時に用いる種麹は別名「もやし」とも呼ばれる。

 まず、蒸米に麹菌の胞子をぱらぱらとつけてやる。しばらくすると胞子は発酵して菌糸が伸び始め、約2日ほどで蒸米は完全に麹菌で覆われる。蒸米に麹菌が生えたものを「米麹」と言う。麹菌は蒸米に生える時、酵素というタンパク質をつくりだして麹の中に蓄える。この酵素がハサミのような機能を持っていてデンプンを小さく寸断し、ブドウ糖に変えることができる(糖化)。なお、麹菌はカビなので、温かいところを好む。そのため麹は、酒蔵の一角にある「麹室」と呼ばれる暖房された部屋で約2日かけて造られる。


約30度に暖房された麹室で蒸米に麹菌の胞子をつける曜平さん。胞子をつけた蒸米は、温度を慎重に管理して米麹に仕上げる。

 なお、同じ醸造酒でも随分このあたりが違うのである。例えばワインの場合、ブドウの皮などに付いている天然酵母が、ブドウの果実に含まれるブドウ糖をそのまま使って発酵することで造られる(単発酵)。ビールの場合、原料である麦の主成分が日本酒と同じくデンプンであるため、まず麦を発芽させ、麦芽に含まれる酵素の力によってデンプンをブドウ糖に変える糖化の工程がやはり必要である。その後、ビール酵母によってアルコール発酵が行われる。

 しかし、ビールと日本酒には大きな違いがある。それは、ビールの製造では糖化とアルコール発酵の工程が完全に分かれている(単行複発酵)のに対し、日本酒の製造は、同じ容器内で糖化を追いかける形でアルコール発酵が同時に行われる(並行複発酵)点である。そのため、2つの生化学的反応のつりあいが重要となり、どちらが強すぎても弱すぎても具合いが悪いらしい。実は、この並行複発酵が日本酒の最も重要な特徴であり、最終的には「糖化とアルコール発酵のバランス」を巧みにコントロールすることによって、酒の味が決まるようなのである。

 ここまで聞くと、「やっぱり麹の出来です」という曜平さんの言葉の意味もわかってくる。麹の糖化力が高すぎると、酵母が必要とする糖を必要以上につくり過ぎてしまうし、反対に麹の糖化力が低すぎると、酵母が糖不足になってしまうのだ。では具体的には何がどう悪いのか。「あまり餌に恵まれ過ぎると、ぶくぶく太ってしまうんです。ただのデブならまだよいのですが、もろみ中の糖分が多過ぎると、いわゆる糖圧迫というやつで、それにおされて酵母は死んでしまいます。反対に麹の糖化力が低すぎると、餌不足になり、線が細すぎる酒になるし、酵母もくたびれる。アスリートみたいにすごく優秀な酒になるかもしれませんが、なかには挫折するやつもいますよね。アルコール度数が低かったり」。

 さらに曜平さんは、「もろみ村の酵母太郎とお麹(きく)さん」という自作の喩話で説明してくれた。なお、麹は"きく"と読む。「奥さんであるお麹さんがつくる食事を、酵母太郎に与えるわけです。支出に見合った丁度良い量の糖を提供するのがお麹さん。何事も適量が一番です。そうやってもろみ村では、酵母太郎の仲間がどんどん増えていきます。けれども、たまに悪の酵母がもろみ村を攻めてくるんですよ。それを、酵母太郎の仲間たちが一致団結して、皆でやっつけるわけです、数の論理でね。それをサポートするのが、お麹さんです。多過ぎず少なすぎず、適度なご飯を酵母太郎に与える役割をしているんです」。ここまで目に見えない酵母の存在を意識してきたが、さらに麹との共同生活を思い浮かべるとより良いようだ。

 この糖化とアルコール発酵のバランスを確認するためにも、日々のもろみの分析は欠かせない。一般的には「日本酒度」「アルコール度数」「酸度」「アミノ酸度」の4つを見るが、それに加えて「グルコース濃度」、つまりもろみの中の糖分(酵母の餌の量)も分析するのが宮城県の方針とのこと。この5つの指標と温度の分析結果を見て、今後どうするかを判断する。「例えば、糖が多過ぎたなと思ったら、水を足して薄めます。この追い水もタイミングと量が重要で、数値を確認して判断します」

 では、麹の出来を決める要因とは何か。「目標の糖化力を持つ麹をつくる前段階の処理は、いろいろとあります。種麹の種類とそれを降る量にもよりますし、温度管理などのほか、その前のお米を洗う段階から変わってきます。お米が水を吸い過ぎたり吸わな過ぎたりで全然違ってきますからね」。ここでやっと冒頭の米の吸水時間のエピソードと結び付いた。どれくらいの水分を米に含ませるかで、麹菌の繁殖のしやすさも変わってくる。米の吸水時間に対するシビアさは、酵母と麹のバランスのとれた共同生活のためだったようだ。


製麹過程においても、やはり温度管理が大切とのこと。曜平さん曰く「温度管理で、麹の出来・不出来は決まってきます。例えば麹室に蒸したお米を持って行った時、何度まで冷ましてから種麹を降って包んでやるかとか。麹の温度がどんどん上がっていくので、あまり熱くなり過ぎないよう、人が手を入れて、ほぐして空気を入れてやって、温度を下げてやったり。いろんな操作をしてやるんです。それをやってやらないと、臭い麹になってしまったりします」


どのような酒にしたいか


 このようにして、もろみは糖化とアルコール発酵のバランスを保ちながら、22~35日間の発酵期間を経てしぼられ、酒になるわけである。なお、しぼった後に残った固形物が酒粕であり、大吟醸酒では約50%以上が酒粕になる。ところで、冒頭で曜平さんは「酒が出来た時点で30%、瓶詰め・火入れ・貯蔵の段階で60%」と話していた。しぼった後なのに、酒の味をどうコントロールするのか。「それは、いつ火入れをするのか。活性炭のろ過をするか・しないか。ろ過をするなら何をどれくらい使うか。あとは、貯蔵の方法と温度ですね」

 まずろ過について。どんな種類がありますか。「荒いフィルターを通したろ過は、基本的にどの蔵でもやります。あとは、活性炭を使うか、使わないかですね。けれども、なるべくなら活性炭を使わなくてもよい酒を造りたいですね」。それはなぜ?「例えば、雑味が多い時や、スッキリした味わいにしたいときなど、入れた方が良いと判断した時は適材適所で入れます。けれども、活性炭はとても手間がかかりますし、僕らの場合、しぼったお酒を後から矯正するよりも、造りの段階で味のバランスを取りたいからです」。それは曜平さんの目指す「お米の味がする酒」から離れるという意味ですか。「活性炭を使いすぎると、もともとあるものを、ごっそりと持っていかれちゃいますからね。ですから、活性炭をなるべく使わない方が、日輪田が目指す味に近づくのではないかな、という感じです。という話をすると、お客様の中には"やっぱり活性炭は良くないんだ"と思ってしまう方もよくいらっしゃいます。でも実際に同じお酒で活性炭処理をしたものと、しないものを目隠しで比べたとき、案外、活性炭処理をした方が好みだったっていう方も、意外に多いんです」

 続いて、火入れのタイミングについては。「生の酒って、置いておくと、甘くなるんですよ」。なぜ甘くなるのですか?「しぼった後も麹菌の酵素が生き残っているため、糖化は進んでいくんです。ですから火入れの目的は、余計な雑菌を殺すほかに、酵素を失活させる目的もあるんですよ」。ちなみにアルコール発酵の方は、しぼった時点で酵母が酒粕として全部出ていくため、しぼりの時点で止まっているそうである。

 ならば火入れのタイミングは、遅くない方が良いのですか?「一般的には遅ければ遅いほど駄目ですね。どうしても火入れをしなければ劣化が早く、すぐに生老ね香(生熟成香)というよくない香りが出て、どろどろ甘くなりますから。ただ、それがうまいと言う人も結構いるんです。最近は、生で熟成させたお酒も普通に売られています。実は僕も嫌いじゃありません」。お酒はあくまで嗜好品なのである。

 では、火入れのタイミングが早い場合は?「熟成を止めるという意味では、良いと言えば良いのですけど、基本的に滓がすっかり沈澱してから火入れをします」。そこで火入れ前に、普通もので1~2週間、鑑評会出品酒など良いもので4~5日、「滓下げ」という工程が必要とのこと。

 滓下げ後、火入れが早い方が甘くない酒ができるのですね。「そうですね、なかなか熟成しにくいような、つんつんしている感じのお酒になると思います。ですから逆に、しぼった後のスペックを見て、もう少し甘くしたいなと思えば数日おいて、グルコース濃度を例えば0.2~0.3%上げてやるといった調整もしますよ」。なるほど、火入れのタイミングの見極めも、酒の味に大きく影響を与えるようである。

 さらに、貯蔵の方法と温度については。「熟成=劣化でもあり、それは積算温度で決まりますので、どれだけ冷やしたかですね。-10℃に置いておけば生酒も早々悪くはなりませんし、いくら良い大吟醸でも30℃の部屋においていたら、すぐ悪くなります」。それは、なるべく冷やす方が良いということか。「どういう酒にしたいかで、貯蔵方式や温度が変わってきます。むしろ熟成を進めたい蔵元さんは、冷蔵設備があってもあえてタンクで常温保存するところもありますよ」。最終的には造り手がどのような酒を造りたいか、ということらしい。


もっと楽しい、もっと美味しい


 「わぁ、すごく良い香りで飲みやすい。とてもお米からできたとは思えない」というお酒ではなく、「あぁ、やっぱりお米のお酒だな」と感じる酒を造りたいと話す曜平さん。ただ得てして「米っぽく」感じる酒は、老ねている場合が多いそうで、酵母が死んだ時に出る味が人によっては「お米の味」と言う人もいるらしい。これは酵母が死んだことによる自己消化によってアミノ酸が増加するため。そこで、もろみ後半期でアミノ酸濃度の急増が見られれば、先述のとおり酵母の死滅率を顕微鏡で確認し、しぼるタイミングを決めるそうなのである。

 確かに、今まで私も「生老ね」と「米っぽい」をごちゃ混ぜにしていたかもしれない。では逆に、曜平さんの言う「お米の酒」とは、どのような味なのか。「具体的にお米の味がするはずはないのですが、けれどもやっぱり、米の感じがするんですよね。酵母が死んでアミノ酸が増えた時の酒って、荒れ果てた荒野みたいな黄土色のイメージなんです。けれども僕が造りたい酒は、飲んだ時に、緑の里山の風景が見えるようなイメージなんです」

 ここまで話を聞けば、具体的にどのような味の酒なのか確かめてみたい、と思うのが人情というもの。そこで、萩野酒造の下記商品4点を試飲させていただいた。

①萩の鶴 純米吟醸 美山錦 50% 宮城B酵母 21BY 
②日輪田 純米吟醸 美山錦 50% 宮城A酵母 21BY 
③日輪田 純米吟醸 原酒 雄町 50% 協会9号 20BY 
④萩の鶴 純米酒 山廃仕込 非公開 60% 非公開 21BY 

 ①は吟醸香高め。食前酒として。②は曜平さん曰く「緑の里山の風景が目の前に広がる」味。③は一年熟成もの。④山廃をお燗で。お燗の楽しみ方や食材との食べ合わせについても曜平さんから紹介していただいた。

 米の品種や酒の造り、酵母や醸造年度の違いなどに加えて、温度変化や食材との食べ合わせによっても、様々な表情を見せる日本酒。なかでも個人的に印象深かったのは、普段あまり飲まない「山廃」のお燗だった。あくまで個人的な嗜好だが、お燗にした山廃は不思議なほど舌に良く馴染み、さらに曜平さんおすすめの生ハムとチーズとの相性の良さにも驚いた。それにしても、同じお酒でも飲み方でこれほど味わいや印象が変わることに、改めて日本酒の奥深さを感じる。


酒について熱く語る曜平さん

 会食中、曜平さんは「酒は、流し込むものじゃない、味わうものです。料理を活かすのも大事ですが、酒の造り手としては、料理と対等であるような個性ある酒を追求したい」と熱く語っていた。そして楽しく飲みながらお話を伺ううちに、気づけば4時間が経過。造り手の話を肴にしながら楽しむ酒、これもまた酒の味を左右する大きな要因なのかもしれない。

 とは言え、やはり酒は嗜好品。自分の好きなように五感で楽しんでこそ価値がある。わたしたちの生活にごく当たり前のように存在する日本酒だが、その背景にあるプロセスが見えることで、今夜の一杯が格別な"味"に感じられれば幸いである。


※取材結果を基に萩野酒造様のホームページ制作(企画構成・ライティング)を担当させていただいております。現在制作中です。乞うご期待。
【追記】2012年1月27日、萩野酒造様ホームページを公開いたしました。

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取材先: 萩野酒造      (タグ: ,

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