取材・写真・文/大草芳江
2009年9月2日
自然科学を人間生活に役立てることが、科学者の特権
西澤 潤一 Jun-ichi Nishizawa
(首都大学東京名誉学長、元東北大学総長、日本学士院会員)
1926年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部電気工学科卒。東北大学電気通信研究所教授、同所長、東北大学総長、岩手県立大学学長、首都大学東京学長などを歴任。pinダイオード発明、静電誘導トランジスタ発明。世界の研究者に先駆け1950年代から光通信の可能性に注目し、独創的なアイデアと研究により光通信に必要な基礎技術を考案。「光通信の父」、「ミスター半導体」などとも呼ばれている。00年米国電気・電子学会(IEEE)のエジソンメダル等を受賞。02年にはIEEEの世界で最も権威ある賞「IEEEメダルズ」の第14番目として「西澤メダル」 が創設された。「メダルズ」には、発明王トーマス・エジソン、有線電話を発明したグラハム・ベルら20世紀を代表する科学者の名を冠した賞が13あり、日本人では西澤氏が初めて。「世界の半導体研究者の中で一番ノーベル賞に近い人物」といわれている。最近も電磁波の一種で将来の応用が期待されている「テラヘルツ波」の研究成果を発表するなど、研究の第一線に立つ。
「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします
光通信の三大要素(※1)の発明や半導体素子の研究などで、世界をリードする数多くの業績を世に送り、
「科学技術創造立国日本」(※2)の礎を築いてきた科学者の一人である西澤潤一さん。
これまでの研究人生において、自分の主張を曲げず、諦めずに研究を続けてこれたのは、
「独創」をもって世の中に貢献したい、という強い信念を貫いた結果だった。
82歳の今もなお、現役の科学者であり続ける西澤さんにその人生観を聞き、
また研究と教育の現場を訪ねることで、「科学とはそもそも何か」にせまった。
(※1)光通信の三大要素
光通信をするには、発光素子、受光素子、伝送経路の三要素が必要である。この三要素に必要な基本技術である半導体レーザー、pinフォトダイオード、光ファイバー等を、西澤潤一さんは世界の研究者に先駆け1950年代に全て考案している。
(※2)科学技術創造立国日本
資源の乏しい日本では、科学や技術などの知的資産を活用して国を立てようとしている。このような考え方のことを「科学技術創造立国」と言う。
西澤潤一さんに聞く
―西澤さんは著書でも「一生を通して仕事に大きな影響を与えるのは人生観である」と仰っています。
本取材では、西澤さんの人生観を通して、「科学とはそもそも何か」を探りたいと考えています。
早速ですが、「科学って、そもそも何ですか?」
なるほど、なかなか難しいことだね(笑)。
例えば、物理の先生と電気の先生では、
研究していることは非常に近いのだけど、
その受け取り方が非常に違っている。
端的に表れている例は、炭酸ガス問題ですよ。
「炭酸ガスが増え、その結果として温暖化が起こっている」
と言っている物理の先生がいるんですね。
ところがもう片方では、
「どんどん温度が下がるのだ」と言う物理の先生もいる。
我々(電気の先生)からしてみると、
「暑くなるか・寒くなるかを議論する間に、
炭酸ガスをとにかく止めちまおうじゃないか」となるわけです。
電気の先生は、割方、そのような考え方をするのです。
生きていれば、まわりの社会と必ず関係性ができる
日本人が、はじめて外国というものを意識したのは、明治時代ですよ。
それまでは、外国の存在は知ってはいたけれども、
「外国と何かをしよう」とは思っていない、人事だと思っていたの。
日本がはじめて外国を意識したとき、明治政府は、
「自分たちで国をちゃんと守っていかなければならないよ」と教えた。
それが少し、行き過ぎたわけです。
やりすぎちゃったから、戦争に負けたわけでしょう。
けれども国というものを意識したが故に、日露戦争でも勝てた。
その前の日清戦争だって、勝てたんですよ。
日本民族を守るためにも、国というものを意識したことは、
とても大事なことだったんですね。
それ故に、国というものを、強くしようとしたわけです。
ところが戦後になってから、
「そんなことをやったのは間違いだった」と言ってきた。
「国、国、言うな」と言うようになるわけです。
そして今、そういうことをあまり意識しないが故に、
例えば、炭酸ガスを出したらどうなるか、ということも考えない。
生きていれば、まわりの社会と、必ず関係性ができるわけだ。
ひとりひとりばらばらでは、成り立たないということです。
本当のことを、ちゃんとつかまえてなきゃいけない
たまたま今(取材時:09年5月13日)、プーチンが日本に来ています。
これから、北方四島問題が大変になってくるわけです。
以前、ロシアに行った時、ロシア人が我々に聞いたのよ。
「この頃、日本人がロシア人にとても親しくない。
どうして、そういうことになるのだ」と。
こちらも変なことを言えないから、我慢して黙っていた。
そうしたら「何を言っても良いから、言え」って言うの。
最後にまぁ、しょうがないから言ったのは、
「北方四島問題も、そのひとつだろう」と。
そしたら「お前は、北方四島をどこの国のものだと
考えているのか」と、むこうから畳み掛けてきたんですよ。
はじめのうちは、じっと黙っていたんだよ。
けれども気が短いから、とうとう言っちゃった。
「じゃあ、本当のことを言うよ。
北方領土はもちろんのこと、千島列島は日本のものだ。
だって、平和のうちに手に入れたのだから」
そりゃ、世界的なことで言えば、
「ロシアが持っている」とは言えるでしょう。
だって、本当に正しく持っているのか、あるいは、
人のものを取っちゃっているのかは、わからないですから。
けれども本当に考えてみたら、どこの国のものなのかを、
ちゃんとつかまえてなきゃ、いけないのですよ。
日本人というのは、おもしろい民族でね、
そういうこと、ちっとも考えないのです。
過去の経緯が大事な役割を果たす
歴史を紐解いてみると、昔はそこら辺はどこも、
どの国のものか、世界中がわからなかったわけ。
その頃にロシア人が、「テン」という動物を見つけた。
毛皮が良いので、とっ捕まえて、殺して売ったのです。
テンを追い求め、ロシア人は、シベリアへと雪崩込んできた。
テンを捕まえては、本国へ送ったわけです。
そのうち、とうとうシベリアを全部通り越して、
太平洋へ出てきた。カムチャッカまで来ちゃった。
ところが、海上の島には、テンがいないんだよ。
テンがいるところを捜し求めて、戻って来て、
今度は北方領土まで来ちゃったんだよ、ロシア人が。
そして北海道に入ったら、テンがいたわけだ。
ロシア人は、北海道が欲しくなった。
けれどもすでに、そこには徳川幕府がいたわけだからね。
その頃の日本は、天皇中心に新政治をつくろうとする勤皇派と、
幕府を守っていこうとする佐幕派が出てきて、
殺し合いまではじまっていた時期だ。
そんな中、ロシア人が北海道に入ってきたので、
忙しい幕府の方は仕方なしに、ロシアに対して
「困る。どこの国のものか、はっきりさせよう」と言った。
外交がはじまったわけだよね。
そのときのロシアは、領土よりテンが欲しかった。
だから「テンがいないところはいらないよ」って言うんだね。
一方、幕府の方は「北海道は俺のものだから、返してくれよ」と言った。
ロシアの方にしてみれば、北海道は欲しいのだけど、
「まぁ仕方がないだろう、じゃあ樺太だけは俺によこせ」と言ったんだ。
そのときロシア人は「千島列島はテンがいないから、いらないよ。
千島列島はお前達にやるから、勝手に面倒を見ろ」と言った。
それで、千島列島と北海道は、日本のものになった。
樺太はロシアのもの、となった。
シベリアは全部、ロシアが取っちゃった。
ちゃんと、条約を結んだんだよ。
そういう状態で、ずっと戦争まで、話がつながっていたわけ。
では、サンフランシスコ条約では、どうか。
つまり「北千島はロシアのもの」という話になったのは、
サンフランシスコ条約からなんだよ。
徳川幕府が結んだ条約では、「千島は日本のもの」と書いてある。
サンフランシスコ条約には、「戦争しないで平和のうちに、
日本が持っていたものは、合法的に日本のものと認める」と書いてある。
すると、千島列島は、戦争しないで平和のうちに日本のものになったのだから、
合法的に日本のものとして、良いわけだ。
ところがサンフランシスコ条約の中を読んでみると、
「北方四島はロシアのもの」と書いてあるんだよ。
頭に書いてあることと、中に書いてあることが、矛盾している。
条約をよく勉強しないで、間違ったまま、条約を結んじゃったんだ。
―ロシアは意図的に、そうしたのでしょうか?
ロシアも、うっかりしていたんじゃないの。
だから現実問題としては、日本の軍隊が、北方領土にいたのさ。
日本が降伏したから、「ロシアが来たら降伏しなければいけない」と
思っていたのに、ロシアが来なかったんだよ。
ロシアも、北方領土は日本のものと思っていたらしい。
サンフランシスコ条約の前文では、北方領土は日本のものなのだから。
そうやって、そんなにはっきりしたものじゃないのに、今、
北方四島は、ロシアのものだ、ということになっちゃった。
そういうことを、日本の人は、ちっとも勉強していないんだよ。
日本人というのは、そういうところがきわめて、間が抜けているんだ。
ロシアは、あんなに大きな国を持っているくせに、条約を結ぶ時は、
1㎡の土地のことにまで、けち臭いことを言うのだよ。
つまり人間の生活というものは、筋論だけでは、なかなか押し切れない。
いろいろな過去の経緯というものが、大事な役割を果たすわけだ。
コラボレーション
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