現実生活を馬鹿にする日本人
北方領土には、あまり産物がないから、
「あんな何もとれないところはロシアにやっちまえ」と言う人もいる。
けれども周辺では、海産物がいっぱい獲れる。
だから日本の漁民が出かけて行き、ロシア船に拿捕されてしまう事件も起きる。
すると「何故そんなところ、ロシアにやっちゃったんだよ」となるじゃない。
現実生活というものを、日本人は馬鹿にする。
けれども現実生活というものは、かなり大事なことなのさ。
それに、現実というものを無視していたら、
いくら立派なことを考えても、うまくいかないよ。
現実味から足を踏み外さずに、
理想の世界を、日本人がつくっていかなければならない。
物理学だって、そりゃ、いろいろ知ることによって、
いろいろな良いことが出てくるわけだし、大事だよ。
けれども「調べてさえすれば良いのだ」と言うわけにはいかない。
そこからちゃんと、自分たちが生活していくことに大事なことを
引っ張り出して、日本人が恵みを受けれるようにしなければいけない。
工学部の先生が言う「現実生活に役立っていく」ことは、
ある意味から言えば、軽蔑すべきことかもしれないけど。
けれども、やらなければ、生きていけなくなるでしょう。
物理の先生、いくら立派な物理学をつくったって、
やっぱり、それだけではご飯食べられなくなっちゃうよ。
すなわち、そういうこともちゃんと頭に置きながら
学問をしていないと、やっぱり困っちゃうわけだよね。
だから我々が、自然科学を研究をしているとき、
良い成果も出さなければいけないけれども、同時にそれを使って、
外国にものを売れるようにしよう、ということを絶えず考えているのです。
皆がご飯を食べられることを考えながら仕事をする
例えば我々は、明るい発光ダイオードをつくったんだ。
発光ダイオード自体は、我々がつくったんじゃないよ。
前からあったんだよ。アメリカ人がつくったの。
ところがその頃のものは、やっと光っていたくらいだった。
例えば、エレベーターの上のところにある、数字の表示に使われていた。
エレベーターは日の当たるところにないから、それでも使えたわけ。
そこで我々は、光をたくさん出す、
非常に明るい発光ダイオードをつくったわけだ。
仙台市消防局青葉消防署片平出張所には、西澤さんが寄贈した世界初のLED赤色灯が今も光っている
そうすると、まず、どんなところでも見えるようになる。
そして、見えさえすればよいのだから、わざわざギンギラギンにする必要はない。
電気を減らせば、あまり光が出なくなるわけだ。電気が節約できるよね。
それから、赤色も、緑色も、黄色もつくったわけ。
ちゃんと交通信号灯までつくって、警察へ持って行ったんだから。
―研究成果が社会にどのように役立つかを、皆が認識できる形にまで具現化したのですね。
そうだよ。
今じゃ、発光ダイオードの信号灯が、街で使われはじめた。
けれどもあれ、日本製じゃないんだよ。
スウェーデンが今一番、つくっているんじゃないかな。
スウェーデンの人たちが、儲けている。
お金持ちの国が儲けているわけじゃないから、結構だけど(笑)
けれども本当で言えば、日本が儲けなきゃいけなかったんだ。
昔の信号灯はね、色ガラスがついていて、
電球の向こう側に、反射板がついていたの。
日が沈む時や、朝日が昇る時には、
低いところから出た太陽の光が、信号灯のところに当たる。
そうすると、色ガラスを通った太陽の光が、
反射板のところで反射してくるでしょう。
行き帰りで二度、色ガラスを通ることになる。
するとね、ちょうど色ガラスが光っているように見えるんだ。
光っているのか、光っていないのか、よくわからなくなるわけ。
今の発光ダイオードの光は、色ガラスを使わないから、
見ただけでちゃんと、光っているか、光っていないかが、わかる。
そういう点から言ったって、今の光の方が、はるかに良いわけだ。
昔は、本当に光っているか、光っていないかがわからないから、
信号の前まで行って車を止めて、困って眺めていると、
後ろからプップーと鳴らされたりするわけ(笑)。
危険防止にもなるでしょう。
それに昔の信号灯は、電球を使っていたから、
赤色は一年間に2回、緑色と黄色は一年に1回、取り替えていた。
ところが発光ダイオードというのは、
我々が調べたところによると、寿命30年。
しかも、発光ダイオードでつくった信号灯の電力は、
電球で光らせている時に比べて、10分の1くらいで済むのですよ。
世界中で、信号灯で使う電気が全部10分の1になったら、
電気は足りない、と言わないで済むようになる。
皆がそう考えるようでないと、いけないわけだよね。
このように自然科学を使うと、
いろいろなことに役立つし、たくさん金儲けもできる。
そういうことをどんどん科学者が中心になって、
国民にしてあげなきゃいけない。
それが、工学者のひとつの立場なんですよ。
ところが今は、物理の人だって、会社に行って働いているから、
役に立つことをやらなければ、認められない。
工学者と理学者の区別が、なくなってきているわけ。
だからやっぱり、物理の人たちだって、
国のためになるようなことを、頭に置いておかないと駄目なわけ。
人間は、ご飯を食べれるような仕事をしたいと思っているのに、
そう言われるのが、嫌なんだよね。
だから、やっぱり逆に言うと、
国のことを考えたり、皆がご飯を食べられることを考えながら
仕事をしていくことは、大事なことなんですよね。
じゃあ一体、これから皆、どうやって食べていったら良いのだろう
―国のためになるようなこと、皆がご飯を食べられるようになることが大事だと
西澤さんが強く思い続けているのは、なぜですか?
話は、戦争が終わった頃に、もどるのだけどね。
だいたい私は、本当は物理に行きたかったのです。
けれども親父が工学部にいて、「工学部に行かなきゃ駄目だ」と言うわけ。
しょうがなしに工学部へ入ったのだけど、おもしろくないわけですよ。
だから本気になって、勉強しないわけだ。
そのうちに海外から、引揚者がいっぱい帰ってきた。
兵隊さんになっていた人もいるし、開拓農業の人もいる。
満州に行った人たちが、日本へ皆、もどされてくるわけです。
そうすると日本で皆、ご飯を食べられなくなるわけ。
だいたい面積が小さいから、食料が充分につくれない。
それじゃあ一体、これから皆、どうやって食べていったら
良いのだろう、と考えるわけよ。
考えてみたら食料は、買えば良いのだ。
食料を買うためには、お金があれば良い。
科学を使って、いろんな新しい商品をつくり、欲しい人に分けてあげる。
そこで収益を確保すれば、そのお金で、食料品を買うことができる。
だから、応用というものを馬鹿にしてはいけないよ。
そういうことが、やっと、わかったわけです。
我々は戦争中に学生だったから、
如何に食料品が手に入れにくいかが、よくわかっているわけだ。
それがやがて戦争が終わった後も、いろいろな研究をしているときに、
食料を買えるだけの物をつくらないと駄目だということは、
嫌というほど知っているわけね。
良い時代に育つと、本当のことがわからなくなる
―戦後何もないところから今の社会をつくってきた方々は、その辺りが感情としてリアルなのですね。
しかしながら私たちのような若い世代は、すでに出来上がってしまったようにも見えるこの社会が、
一体どのような前提で成り立っているのかを、実感を伴って理解することが難しいと感じています。
もちろん今だって、つくっている人がいるからこそ、今の社会が成り立っているはずだとは思いますし、
実際に自分がつくるところからの延長線上で想像することはできますが、なかなか実感が湧きません。
今だってね、ちゃんと皆で売れるものをつくっていなければ、
ご飯も充分に食べられないわけですよ。
誰かやっている人がいるから、何もしなくても済む気になっちゃうけど。
やっている人がいるから、済んでいるわけでね。
それから、おもしろいことがあるんでね。
卒業生名簿を見ると、就職事情の悪い時代や戦争中など、
非常に厳しい世の中へ出て行った時代があるでしょう。
一方、景気が良くて、各会社から「うちに来てください」
なんて言われて、偉そうな顔をして行った時代もある。
ただ、そういう時代に行った人は、仕事をしていないから、
あまり偉くなっていないんですよ。
やっぱり厳しい生活の中から、世の中の生活を立ち上げてきた人たちが、
良い仕事をするから、偉くなっているわけね。
おもしろいものですよ。
―では、「ご飯を食べられない」とまでは実感の湧かない世代が、
今の社会が成り立っている前提を、当前のことだとは思わずに、
実感を伴って本当のことを見るには、どうすれば良いとお考えですか?
やっぱり、見て歩く以外、ないね。
それから、話してあげる人がいなきゃいけない。
けれども、話したからわかる、というものでもない。
本人が、ちゃんと見て歩かないと、わからない。
これは、どんな世の中でもそうなんだ。
だから、あまり良い時代に育つと、苦労知らずで育つから、
本当のことが、わからなくなるわけ。
あまり良い事ばかりある世の中に出て行くことは、
本人にとっては、むしろ不幸せなのよね。
―西澤さんも、ずっと本当のことを見ようとしているのですか?
「見なきゃいけない」ということでなく、「見ざるを得なくなる」。
だって、お腹が減って、しょうがないんだもん。
不幸せな条件下で育つと、
ひとりでにちゃんと皆、勉強するようになるんです。
それと、もうひとつ感じることはね、
卒業生名簿を見ると、偉い人が出ているクラスと、出ていないクラスが、
非常にはっきりするんですよ。
それはどういうことかと言うとね、
何人か、そういうことが良くわかった人がいると、
皆に話をするから、そのクラス全体がわかるわけだ。
皆、先生が本当のことを教えるなんて思わないで聞くから、
先生から言われても、わからないわけ。
けれども同級生が言うと、本当かと思うわけよ。
だんだん間違ったことをわかってくるから、
皆、間違ったことをしなくなる。
するとクラス全体が良い仕事をするので、
皆、立派な立身出世を遂げることになるんだ。
コラボレーション
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