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2017年 08月 19日 (土)

西澤潤一先生の研究と教育の現場を訪ねて




今の人たちより、よっぽど真面目に研究している

―現役の科学者として、西澤さんは今も研究を続けていると聞いています。

今の人たちより、よっぽど真面目に研究をしているよ(笑)

例えばね、今、新型インフルエンザが流行っているでしょう。

電波を当ててみると、昔のインフルエンザウイルスと、
今のインフルエンザウイルスではね、振動がちがうわけよ。

別の周波数を当てると、今のウイルスはちゃんと振動するけど、
昔のウイルスは振動しないわけだ。構造が違うから。

すると電波を当ててみると、振動が起こるか・起こらないかだから、
「これは昔のウイルスと同じだよ」とか「これは新型のウイルスだよ」
ということがわかるわけだよ。

そうすると入国管理だって、こんなに時間をかけないで済むでしょう。
「呼吸してごらん」だけで済む。

その空気の中にいるウイルスに電波を当ててみると、
このウイルスは昔のものか、新しいものかが、わかっちゃう。

それがわかると今度は、新しく流行りだしたウイルスは、
こういう周波数を当ててやると、振動がはじまるよ、ということがわかる。

その周波数をうんと当ててやると、
振動が激しくなって、壊れちゃうんだよ。


後姿を見て育つ

大体、歳をとってくるから、
自分でメーターを見てるような実験は、だんだんできなくなってくるんだ。

その代わり、お金を貰いに行ったり、どうやったら良いかを考えて、
学生に「こうやってごらん、ああやってごらん」と言わないといけないでしょう。

つまり、教育するんだよね。

我々が「こういうことができるはずだからやってみろ」と言うと、
学生がそれをやってみて、うまくいけば「こういうことができる」とわかるでしょう。
そうすると、他のこともやれるようになってくる。

これが、教育だよね。

それに新米学生が入ってくると、最初は
「朝から晩までくだらないことばかりしていて、気の毒だ」と学生は思うわけよ。
つまり、我々は遊びに行かないからね。

けれども後姿を見ていればやがて、
「女の子と遊びに行く暇があるなら、ああいう風に真面目に研究していた方が、
よっぽど良い仕事ができるのだな」ということが、わかってくれるじゃない。

それが、教育だよね。

八木先生は、「学生は先生方の後姿を見て育つのだ」と仰った。

先生が一生懸命にやっていると、
「あんな風にやらないといけないな」、
「こういう風にやらないといけないな」とわかってくれるんだ。

だいたい小学校の子どもは、やって見せてもわからない。
けれども大学生の教育は、やって見せるのだ。

やって見せないと、いけないわけです。

―科学とはそもそも何か、研究とはそもそも何か。
 言葉ではなく、人間の後姿から伝わるものなのですね。
 では実際に、西澤さんの後姿から何が伝わっているのか。
 次に、研究と教育の現場を、取材させて頂きたいと思います。


研究と教育の現場を訪ねて

東北大学西澤潤一記念研究センター(仙台市青葉区)

研究と教育の現場を取材すべく、西澤さんが名誉所長を務める
東北大学西澤潤一記念研究センター(仙台市青葉区)を訪れた。

最近も電磁波の一種で将来の応用が期待されている「テラヘルツ波」の
研究成果を発表するなど、82歳の今もなお研究の第一線に立つ西澤さん。

その後姿から伝わるものとは何か。
共同研究者の田邉さんに聞いた。


田邉匡生さん(東北大学助教)に聞く:西澤潤一さんの後姿とは

共同研究者の田邉匡生さん(東北大学助教)

―西澤さんとの共同研究を通して、田邉さんがこれまで
 肌身で感じてきたことをお聞かせ下さい。

私は、2001年4月から8年間、
西澤先生と一緒に研究をしています。

西澤先生の研究に対する情熱の大きさを、
いつも感じています。


「独創性」を肌身で感じる

―西澤さんからどのようなことを感じていますか?

「独創性」という言葉そのものは、高校生の頃、
NHKの番組や著書で、知っていました。

けれども西澤先生と一緒に研究させて頂き、ご指導いただく中で、
「創造性」という言葉が持つ意味を、肌身で感じています。

研究とは、先がわからないものです。
登山に例えれば、「こちらに進めば良い」という地図はありません。

こちらの方向に進んで、本当に頂上があるのだろうか。
他人が全くやっていないことを進めていかなければならないとき、
普通は、不安になってしまう部分も多いと思うのです。

日本の大学や学会にも、研究テーマに対するブームがあると感じています。
けれども西澤先生には、そのようなことが全くありません。

どのような状況であっても、信念は動かず、
頂上へと向かって、どんどん突き進んでいく。
これが創造力なのだな、と感じています。

研究者として信念を持ち続けていくことの大切さを
勉強させていただいているという状況です。

自分がどこまで理解できているかはわかりませんが、
「創造性」を、自分としても習得していきたいと感じています。


研究に対する情熱は変わらない

―8年間、西澤さんと一緒に研究をする中で、変化はありましたか?

環境は変わりましたが、むしろ、
先生の研究に対する情熱は変わらないと感じています。

例えば、西澤先生が45年以上ベースにしていた、
半導体研究所が2008年3月に解散しました。

普通は、環境が変われば人も変わっていくことが多いと思いますが、
西澤先生の信念は、ずっと変わっていません。

人は1年1年、歳をとっていくものですが、年齢的なことも感じません。
むしろ8年間で、自分はおじさんになったなと感じますが(笑)、
最初にお会いした頃から、西澤先生はあまり変わってないなと感じています。

風邪をひいて具合が悪いという話も、これまで一度も聞いたことがありません。

たとえ環境が変わっても、研究に対する信念をずっと持ち続けることは、
普通の人ならできないこと。それはすごいことだ、と思っています。


82歳の今もなお研究の第一線に立つ西澤さん


西澤研出身者は、新しい分野で活躍している人が多い

西澤研出身者は、新しい分野で活躍している人が多いと思います。

西澤先生は電気系のご出身ですが、電気系に限らず、
周辺の機械系や金属系と、色々な分野に広がっています。

同じ出身者で学会にグループを作ることがあるのですが、
西澤先生の場合には、一切そんなことはありません。

それは本当に、科学や学問に対する真摯な姿勢だと感じています。

学問や分野を超えて、アカデミックな影響が、
良い風に出ているんだな、と僕は感じています。


装置を一から自分でつくる

東北大は、自分で装置を一からつくって、
研究していく雰囲気がある学校だと思います。

西澤先生がそのような影響を東北大に与えたのか、
または東北大のそのような影響を先生が受けたのかは、わかりません。

しかしながら、独創性があることをやるには、やはり装置を
一から自分でつくるところから、やらなければいけません。

売られている装置を使うと、その装置を使った研究が、
あっちこっちでされていますから。

創造力とは、新しいことをやっていくところと、
新しいことを言うことから出発するところがあります。

そして言うだけでなく、着実に一歩一歩進めていくにも、
ストーリーがあって、装置を一からつくって、
自分の考えを実現することを固めつつ、
研究を進めていくことだと感じています。


精神的なことを言う先生ではない

―西澤先生からいつも言われる言葉は、ありますか?

西澤先生は、精神的なことを言う先生ではありません。

先生という立場になると、具体的な指示を言う必要があります。
そこに、一貫性があるのです。

ただ一貫性があるのですが、それが精神的な言葉では無いので、
「いつも言われている言葉」となると、思い出せません。

ある意味、小説のようなものです。

普通の先生が、例えば10ページや50ページだとすると、
西澤先生が考えているストーリーは、その10倍、100倍。

一冊にまとめるのが、なかなか大変なくらいです。
それくらい壮大なストーリーを、先生は考えているのだな、
と感じることがありますね。

創造というのは、こういう風にして進めていくのかと、
勉強させていただいている、感じさせていただいています。

同じような創造性がある研究ができるかどうかではなくて、
自分の考えをどれだけ長い時間、自分の考えとして、
自分で持っていけるのか、というところもあるのでしょう。


西澤さんとディスカッションをする田邉さん


半世紀前から続いている研究

―どのような研究をしているのですか?

半世紀以上前に、この研究の出発点があります。

1963年の分子・格子振動によるテラヘルツ発振の提案、
レーザー、半導体レーザーの提案で言えば、1957年に遡ります。

半導体の結晶をつくり、できた結晶の格子(フォノン)を使って、
電波と光波の中間の周波数である「テラヘルツ波」を発生させます。

生体内の有機分子にも固有の振動があるため、
それに一致するテラヘルツ波を発生させる研究を行っています。

例えば、ガン細胞などにも固有の振動があるので、
ガンの診断や治療などにも、テラヘルツ波を応用できます。

フォノン(結晶の格子)の振動については、
これまでフォノンに限定した研究は行われていました。

けれども、フォノンの振動と、生体内の有機物を一致させることを
考えたのは、西澤先生が世界で一番最初です。

1963年に考えていたことのひとつが、実現できたのです。
西澤先生の研究は、このように、一貫しているのです。

この小説の終わりは「こうなるのか」と思いきや、「後があったのか」となる。
その後のことも、最初のことと、一貫性があるのです。
さらに、それが壮大な小説の一章であることに、気づくのです。

例えば、西澤先生と話をしていても、横道に逸れることがあるのですが、
主軸は別の方向に行かず、最初と最後が完結しています。

それは、他の方とも意見が一致するところです。
話だけでなく、研究スタイルについても、同じことが言えます。


工学の「工」とは

工学の「工」の字にはこんな意味があると、西澤先生は言っています。

上の横棒は自然が与えてくれたもの、
下の横棒は人と社会を表していて、
それを縦棒でつなぐのが工学だ、と。

工学と言うと、例えば高校生は「人工的だ」とか
「環境問題に悪い」というイメージを持つかもしれません。

けれども実際の工学は、自然をちゃんと理解して、
自然が与えてくれたことと、自分たちの生活をつなげることだと、
実感しています。

西澤先生が、東北大の総長になった年が、
東北大学の入学式が復活した1年目であり、
そして偶然にも僕が、東北大に入学した年でした。

西澤先生は、その入学式の時にも、
そのようなことをお話されていたように記憶しています。

入学した頃から、西澤先生からは、
いろいろなことを教えていただいています。

けれども最近の高校生に聞くと、
西澤先生を知らない人も増えています。

LEDは知っていて生活の中で使っているのに、
それを創った人は誰だか、知られていない。

日本の偉大な科学者として、海外ではすごく有名なのですが。
そういうことを海外では、ちゃんと歴史で教わっているのでしょう。

高校生の頃は、西澤先生の著書を読んだだけでは、
表面的なことしか、わかりませんでした。

けれども今は、自分でも少しは、
わかることができた気がしています。

工学の「工」の字に、自分は何%まで近づけるかはわかりませんが、
高校生の頃、NHKの番組や小説を読んでいた頃に比べれば、
工学の「工」の字に、少しは近づけているのかな、と感じています。


―西澤さんの科学に対する姿勢が、後姿として伝わっていることがよくわかりました。
 西澤さん、田邉さん、どうもありがとうございました。


人物略歴

西澤 潤一 (にしざわ じゅんいち)


【略歴】

大正15(1926)年9月12日仙台市生まれ
昭和23年3月東北大学工学部電気工学科卒業
昭和23年4月-昭和28年東北大学大学院特別研究生
昭和28年4月東北大学助手(電気通信研究所)
昭和29年5月東北大学助教授(電気通信研究所)
昭和35年3月工学博士
昭和37年12月東北大学教授(電気通信研究所)
昭和43年-(財)半導体研究振興会 半導体研究所所長
昭和58年4月-昭和61年3月東北大学電気通信研究所所長
平成元年4月-平成2年3月東北大学電気通信研究所所長
平成2年4月-東北大学名誉教授
平成2年11月-平成8年11月東北大学総長
平成9年4月-東北自治総合研修センター館長
平成9年9月-宮城大学名誉学長
平成10年4月-岩手県立大学長
平成12年6月-(社)日本原子力産業会議 会長
平成14年5月-(社)日本工学アカデミー 会長
平成17年4月-首都大学東京 学長
平成17年8月-岩手県立大学 名誉学長
平成19年1月-12月国際工学アカデミー連合 会長
平成21年4月-公立大学法人首都大学東京 参与
平成21年6月-首都大学東京 名誉学長
平成21年6月-首都大学東京 戦略研究センター 顧問

【学会・受賞】

昭和49年 日本学士院賞
昭和58年 文化功労賞
昭和58年 ジャック・A・モートン賞
昭和61年 本田賞
平成 元年 IOCGローディス賞
平成 元年 文化勲章
平成12年 2000 IEEE EDISON MEDAL
平成14年 勲一等瑞宝章
平成14年 IEEE西澤メダル創設決定
昭和63年 ロシア科学アカデミー外国人会員
平成 6年 ポーランド科学アカデミー外国人会員
平成 7年 日本学士院会員
平成 8年 韓国科学技術アカデミー名誉外国人会員
平成14年 ユーゴスラビア工学アカデミー外国人会員
平成16年 チェコ工学アカデミー外国人会員

【著書】

闘う独創技術(昭和56年)/愚直一徹 ―私の履歴書―(昭和60年)/西澤潤一の独創開発論(昭和61年)/「技術大国・日本」の未来を読む(平成元年)/私のロマンと科学(平成2年)/独創教育が日本を救う(平成3年)/人類は滅亡に向かっている(平成5年)/東北の時代(平成7年)/教育の目的再考(平成8年)/新 学問のすすめ(平成9年)/背筋を伸ばせ日本人(平成11年)/人類は80年で滅亡する(平成12年:共著)/教育亡国を救う(平成12年)/赤の発見 青の発見(平成13年:共著)/日本人よ ロマンを(平成14年)/テラヘルツ波の基礎と応用(平成17年:編著)/「悪魔のサイクル」へ挑む[人類は80年で滅亡するII](平成17年:共著)/強い頭と速い頭-教育という「複雑科学」(平成17年)/戦略的独創開発(平成18年)/環境・資源・エネルギー問題解決のための独創エネルギー工学(平成20年:編著)



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