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2024年 11月 21日 (木)

宮城県仙台第一高等学校 生徒指導部長 藤田英幸さん

2008年3月7日公開


生徒指導部長と言えば強面と相場が決まっているが、藤田さんもその例に漏れない。しかし会話からにじみ出るその実直で温かい人柄に、藤田さんを慕う生徒は多いことは容易に想像できる。仙台一高の日常生活や行事からそのスタンスまで、ユーモアを交えながらのロングインタビュー。
※08年度、藤田さんは宮城県利府高等学校へ転勤されました。


生徒指導部ではなく、生徒「支援」部

「上から押さえつけるよりも、見守って、後方支援をしていく。
つまり生徒をバックアップしていくのが、一高スタイルです」。

と藤田さん。

名刺には「生徒指導部長」の肩書きがあるが、
内部では生徒指導部ではなく、生徒"支援"部と呼ぶそうだ。

「指示待ち人間をつくりたくないんでね。
校訓は『自重献身』、標語は『自発能動』。
生徒たちも意識しているのではないでしょうか。
これが、一高が一高たる由縁なんでしょうね」。

「自発能動」の精神は「発起人制度」という制度を生み、
行事は、各学年の有志で企画・運営されている。

ここでも、どんなに時間がかかろうと、教員は見守る姿勢を貫く。

例えば、春の「運動祭」。
各学年縦割り8チームを編成し、ユニークな競技と応援を競い合う。
ある時は、朝の8時からはじまり、20時に終わったこともあるとか。

「生徒からクレームが出てると、そこで審判との協議がはじまって、
試合が一時間止まることだってあるんです。
生徒は自分が納得するまで、とことん協議するんですね。

それをじーっと見守る生徒たちも立派です。
それをまたじーっと見守る先生方も立派です。

納得するまで、とことんさせます。
気がつくと、お月様が上っている。
けれども保護者からのクレームも、来ませんでしたね。

もちろん子どもたちだから、気づかないこともあるので、
ヒントは与えます。けれども答えは教えません。
自分自身で答えを見つけていくんです」。

教えてしまう方がどれだけ楽で、早いことか。
けれども教員は、自制心を以って「見守る」姿勢を貫く。
「自重献身」と「自発能動」が成立する前提が見えてきた。

「時間もかかるし、失敗もあるのですが、
教員は"こういうやり方もあるぞ"程度に留めておくんです。
そこからチョイスするのは、生徒自身。
どう考え、どう判断して、どう動いていくか、それを決めるのは自分自身なのです」。


「赤パン」と死海

「卒業生は皆おもしろい生き方をします。
留学をしたり、旅に出たりしているやつも多いようだ。

それも普通の人なら行かないところ、観光地ではないところに行っていますね。
おもしろいエピソードがあるのだけど、一高には"赤パン"というものがあるんです」。

と取り出したのは、真っ赤な海パンだ。



※リース用であるため、保健体育課の「体」の文字。

仙台一高のプールの授業では、この「赤パン」着用が義務付けられていると言う。
「全員で授業をやると、壮観ですよ」と藤田さん。

「ある卒業生が中東を旅していたとき、こう思ったそうです。
"せっかくここまで来たんだから、死海を赤パンで泳いでみよう"と。
一高生は好きですから、赤パン(笑)」。

卒業生が母校ジャージをパジャマ等に愛用する例は多いが、
スクール水着の例は珍しい。しかもこの「赤パン」である。

「どう見たって、今どきじゃないデザインなんですよ。
でも我々はこれにこだわります。
一高生の命ですから、やっぱり(笑)」

卒業後にはどのような用途があるのだろうか。

「例えば、一高体操と言うものがあるのですが、
結婚式で赤パンをはいて、一高体操を踊ったりしますから」。

どうやら卒業後も、「赤パン」が活躍する場は多い様子。

「それでね、その卒業生が、宿で赤パンを干していたそうなんです。
そしたら、見知らぬ人が訪ねてきて、こう言ったそうです。
"君は、一高生かい?"」

世界広しといえども、治安も安定しない中東で、
しかも「赤パン」が結びつけた出会いとは面白い。

「死海でばったりと会ったそうなんですよ。
赤パンが目印になるなんてねぇ」。

一見ただの笑い話だが、仙台一高のスタンスを端的に表すエピソードである。

「卒業生や保護者の顧客満足度が非常に高い学校なんです。
一緒に酒を飲むと、"やっぱり先生、俺一高でよかった"って皆口にしますね。
酒飲んで、毎回校歌を歌いますよ。校舎向いて。
大絶叫ですよ。それくらい卒業生は、一高が好きなんです」

仙台一高OBの強い母校愛は、他校に例をみない。

「いた人じゃないと、わからないところだけど、
勉強以外にも得られるものが、ここにはあります」。


他の学校と違うというのは、赴任して3分でわかった


藤田さんは、もともと北学区の出身。
仙台一高の事をよく知らないまま、約10年前に仙台一高へ赴任してきた。

「第一印象は、"たかが一高、されど一高"。
生徒らは自己主張するは、納得いかなければとことん食いついてくるは。
でも聞くところはちゃんと聞くし、今どきこんな生徒たちがいるのかと驚いたよ」。

仙台一高の就任式には「熱烈歓迎会」という伝統行事がある。

「就任の挨拶で、拍手がはじまりますよね。
ずっ~と拍手が鳴っているんですよ、挨拶が終わるまで」。

こちらが声を大きくすると、負けずと拍手も大きくなる。
これは、高校生と真剣勝負だと思い、藤田さんも必死になったそう。

「私もマイクを外して、肉声でしゃべりました。
そしたら一高生も、"こいつは只者じゃないようだ"と思ったみたい」。

非常にユニークな伝統だが、生徒たちは、
教師が自分たちと向き合えるかを判断しているのかもしれない。

「一高生には遊び心があるし、単に偏差値だけでは比べられない魅力があると思う。
合う合わないは、もちろんあるとは思います。
個性的な学校で、いろんな人間が、いろんなことをできる場所です」。


いじめがない理由

「個性があると、普通はいじめられますね。
けれどもいろいろな人間がいるから、いじめがない場所です。
"そういう人間がいてもいいんじゃないか"と認め合うんだよね。
俗に言う"変わっている子"も、のびのびと生活しています」。

「俗に言う変わっている子」とは、ひとつの「ものさし」では計りきれない子どもだ。
学校現場に、上意下達(じょういかたつ)の仕組みを持ち込めば、
ひとつの「ものさし」に合わない生徒は排除されてしまう。
しかしここには、生徒本来の多様性が保持される仕組みがありそうだ。
これが「自重献身」と「自発能動」が生み出す場なのかもしれない。

「そうですね、世の中、ものさし1本になりつつある。お金とか、成績とか。
でも多様な価値観を認められる余裕が欲しいところに、この学校はいいと思います」。

まるで、ウィキペディアのような小さな社会である。

「生徒たちは、誰かがつまらないことを言ったと判断すれば、"ぴしーっ"と言うし、
逆に"ここは皆話を聞くところだぞ"と判断すれば、自重の"しーっ"を言うんですね」。

校則らしい校則はない、と語る藤田さん。

「ここにあるのは、世のため人のため、"自重献身"という行動の規範。
そして、自ら考え行動する、どう生きるべきかという"自発能動"の精神。
それ以上のものは、いらないんですよね」。


伝統は動いている

「絶滅危惧種みたいなものなんじゃないですかね、一高は。
仙台一高だから、こういったものが、残っているのでは」。

それはいわゆる"伝統"というものなのだろうか。

「伝統の力って、すごいと思いますよ。
伝統というものは、只者じゃないですね。
伝統の重みと言うものを、ここにいると感じます。
中途半端なものじゃない、ずしっとしていて、
守らなきゃいけないものを、感じますね」。

一見、時代に合わせて大きく変化しているように見えても、
「自重献身」と「自発能動」の軸だけはどの時代も変わっていない。
その軸を「伝統」と呼ぶのかも知れない。

「何も動かないのが伝統ではなくて、
マイナーチェンジやフルモデルチェンジを繰り返しながら、
時の生徒が、自分の学校がどうあるべきかを判断して考え、
戦ってきたものがあると思います」。

仙台一高には「発起人制度」という全国でも類をみない制度がある。
いわゆる「執行部」や「生徒会長」等がなく、
文化祭や体育祭等の実行委員会は、各学年の有志で構成される。
反面、実行委員が募らなければ文化祭などの行事は中止になる。
まさに「自重献身」と「自発能動」を体現する制度だ。
体育祭の種目も生徒自らが決定する。

「変わった種目も多いんですよ。
毎年、新種目を準備しないといけないという伝統があるのですが、
アンケートをとって過去の種目よりも優れていると判定されれば、
"伝統科目"として加わります」。

また以前は4月29日の祝日開催だったが、
生徒の発案で、平日開催となった。

「ある年たまたま台風が来て、運動祭が平日開催になりました。
するとこれまで部活の試合で参加できなかった生徒も参加できて、
非常に盛り上がりました。
そこで発起人が、"運動祭は、女子学生に来てもらうための行事ではなく、
内向けの行事ではなかろうか?"と皆の前で演説したんです。
結果、賛成多数で可決され、翌年からは平日開催になりました」。

極めて民主主義的な仕組みである。

「もちろん衰退する時はありますよ。
でもそのときに、"これでいいのか?"と核になる生徒が出てきて、
崩れそうになると、それをこらえようとするマンパワーがあるんですよね。」

「自分もこの中に入って、はじめてわかることが多い」と言う藤田さん。
「自重献身」と「自発能動」という伝統を軸に、多様性を尊重する
学校という名の小さな社会が、ここにはあるのかもしれない。


【大草芳江】


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