(13208)
2024年 03月 19日 (火)

井上邦雄さん(東北大学ニュートリノ科学研究センター長)に聞く:ニュートリノで宇宙・素粒子の大問題に挑む 取材・写真・文/大草芳江

2013年8月9日公開

ニュートリノで宇宙・素粒子の大問題に挑む

井上 邦雄 INOUE Kunio
(東北大学ニュートリノ科学研究センター センター長)

大阪大学理学部物理学科を1988 年に卒業後、同大学大学院修士課程において太陽ニュートリノ問題への挑戦を始めた。1990年には東京大学大学院物理学専攻博士課程に進学しカミオカンデ・スーパーカミオカンデでの太陽ニュートリノ観測へ研究を進めた。1992年には博士課程を中退して同大学宇宙線研究所助手として研究を推進する傍ら 1994 年に論文博士(理学)を取得。1998 年には「ニュートリノに質量があることの発見」により朝日賞をグループ受賞し、同年、東北大学ニュートリノ科学研究センター助教授に異動、カムランド実験立上げに加わった。そこでの太陽ニュートリノ問題解決により 2004 年第一回小柴賞を共同受賞し、同年より同センター教授、2006 年からは同センター長としてニュートリノ地球物理・天体物理などを推進。 原子炉反ニュートリノの研究により2008年度日本学術振興会賞、また、 地球反ニュートリノの研究により2012年仁科記念賞・2013年戸塚洋二賞を受賞。 東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究員を併任。現在に至る。

一般的に「科学」と言うと、「客観的で完成された体系」というイメージが先行しがちである。 
しかしながら、それは科学の一部で、全体ではない。科学に関する様々な立場の「人」が
それぞれリアルに感じる科学を聞くことで、そもそも科学とは何かを探るインタビュー特集。

ニュースでも耳にする「ニュートリノ」。
ところで、そもそもニュートリノって何だろう?
どうして、ニュートリノを、研究するのだろう?

東北大学ニュートリノ科学研究センター長の井上邦雄さん曰く、
ニュートリノは、これ以上分解できない究極の粒子、「素粒子」の一つ。
自由気ままに飛び回り、何でも突き抜けてしまう、まるで幽霊のような粒子らしい。

(ちょうど今だって、ニュートリノは、私の体も、地球さえも、楽々と通り抜けている!)
逆に言えば、ニュートリノをつかまえるのは、非常に大変ということだ。

とはいえ、「電子」や、陽子や中性子を構成する「クォーク」といった素粒子に比べて、
私たちにはあまり関係がなさそうにも思えるニュートリノ。

しかし実は、宇宙はニュートリノで満ち満ちているそうである。
それなのに、わかったことも多い一方で、まだまだ謎だらけのニュートリノ。
その性質を調べる研究が、世界中で進められている。

そして、ニュートリノは今、なぜ宇宙に私が存在するのか、
その大きな謎の鍵を握る存在として、注目されているという。

そんなニュートリノ研究で世界をリードする井上さんに、
ニュートリノ研究の最先端の世界を、案内してもらった。

<目次>
そもそも「ニュートリノ」とは何か?
ニュートリノは、電気的に中性で、非常に軽い、お化けのような粒子
宇宙はニュートリノでできている
ニュートリノを使って見えないものを見る
ニュートリノは変化する
「太陽ニュートリノ問題」を解明
ニュートリノが地球内部を見通す新たな目に
「軽いニュートリノ質量の謎」「宇宙物質優勢の謎」に挑戦
ニュートリノと反ニュートリノは存在する?存在しない?
「軽いニュートリノ質量の謎」も一挙に解決へ
「ニュートリノと反ニュートリノは同じ」、どう調べる?
自然の中にある大変有難い反応 「二重ベータ崩壊」
わずか2年で実験開始、さらに世界最高性能を叩き出せた理由
「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」がもし見つからなくても
カムランド火災事故の影響について
ニュートリノ研究の道に進んだ理由
研究に対して誠実でありたい
何事にも一生懸命、打ち込んでほしい
学生インタビュー

<関連記事>
鈴木 厚人さん(高エネルギー加速器研究機構 機構長)に聞く:科学って、そもそもなんだろう?


東北大学ニュートリノ科学研究センター長の井上邦雄さんに聞く


そもそも「ニュートリノ」とは何か?

―ニュースでも聞いたことがある「ニュートリノ」ですが、そもそも「ニュートリノ」とは何ですか?


【図1】原子と素粒子。我々の体をつくっている原子をさらに細かく分解していくと、これまで判明している粒子の中で最小単位である素粒子「アップクォーク」や「ダウンクォーク」が現れる。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 ニュートリノとは、素粒子(物質を構成する最小の単位)の一つです。素粒子は、大きく分けて2種類あります。物質を構成する素粒子と、力を伝える素粒子です。そのうち、物質を構成する素粒子の中に、ニュートリノがあります。

―では、物質を構成する素粒子とは何ですか?

 例えば、皆さんご存知の電子は、そのうちの一つです。それ以外にも、(陽子や中性子を構成する)「アップクォーク」や「ダウンクォーク」があります。

 物質は、陽子と中性子と電子から、ほぼできています。陽子と中性子が集まって原子核ができ、そのまわりを電子がまわって、原子ができています。そして、原子と原子が結合すると分子になって、我々の体になるわけです。

―すると、我々の体をどんどん分解すれば、電子とアップクォークとダウンクォークだけになるのですか?

 突き詰めていけば、ほとんどの物質は、アップクォークとダウンクォークと電子だけでできているはず。なのですが、実は、同じ仲間で、それ以外にも、複数の素粒子があるのですよ。


【図2】素粒子はクォーク族とレプトン族に分類され、あわせて12個確認されている。また、これらの粒子には、質量が同じで電荷などの符号が反対である「反粒子」が存在する。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 【図2】の通り、実は、クォークは6種類あります。6種類のクォークとは、それぞれ軽い方から第一世代、第二世代、第三世代と呼ばれ、その中で一番軽い世代(第一世代)に属しているのが、先ほどお話したアップクォークとダウンクォークです。

―「軽い世代」とは、どんな意味ですか?

 一番軽いから、安定だと考えます。それより重たいチャームクォーク、ストレンジクォーク、トップクォーク、ボトムクォークは、つくり出すことはできますが、不安定なので崩壊して、すぐアップクォークやダウンクォークに変わってしまうのですね。

―馴染み深い「電子」にも、世代があるのですか?

 電子にも、第一世代から第三世代まで計3種類あります。電子より重たい、ミュー粒子、タウ粒子があるのですが、実はこれもやはり不安定なので、すぐ崩壊し、一番軽い電子(第一世代)に変わってしまいます。

―だから、「ほとんどの物質がアップクォークとダウンクォークと電子だけでできている」のですね。では、本題のニュートリノは?

 電子の仲間をレプトンといいますが、第一世代には電子の相棒がいるわけです。それが「電子ニュートリノ」と呼ばれるものです。電子、ミュー粒子、タウ粒子という3世代のレプトンの中でも、電荷を持った粒子に対応して、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノと3種類あるわけです。

 つまり、原子核を構成する要素であるクォークにも、そのまわりを回っている電子にも、各世代に2種類ずつあり、それが三世代あるので、クォークとレプトンで6種類ずつ計12個が、物質を構成する素粒子として確認されています。


ニュートリノは、電気的に中性で、非常に軽い、お化けのような粒子

―ニュートリノは電子(レプトン)の相棒ということですが、では、ニュートリノとは、どのような粒子なのですか?普段は、どこにいるんですか?

 先ほどもお話した通り、チャームクォーク、ストレンジクォーク、トップクォーク、ボトムクォークも、ミュー粒子、タウ粒子も、一瞬であれば人工的につくり出すことはできますが、第二世代と第三世代は重たいのです。そして、すぐに崩壊して第一世代になってしまうため、物質を構成する要素にはなりにくいわけですね。

 ところが、ニュートリノは事情が違います。ニュートリノは、レプトンの中にあり、電子ニュートリノの場合は電子が相棒ですが、電子から電気(電荷)を剥ぎ取ったものが、ニュートリノなんですよ。

 それで何が起きるかと言うと、「電磁相互作用」と呼ばれる電気的な力を及ぼさないことになります。電子が物質を構成する粒子として物質の中にじっと存在しているのは、原子核とプラスとマイナスで引き合っているからなのですが、その力が存在しないために、ニュートリノは、自由気ままに飛び回っています。

 しかも、ニュートリノは三世代3種類ずつあるわけですが、多分、重たいものから軽いものには崩壊しない、と考えられています。さらに特徴を挙げると、ニュートリノは非常に軽い、という性質を持っています。つまり軽くて電荷を帯びていない(電気的に中性な)素粒子、それがニュートリノの特徴です。

※ニュートリノ(neutrino)の由来は、「電荷を帯びていない(電気的に中性)」という意味の「ニュートラル(neutral)」に、イタリア語で「小さい」という意味の「イノ(-ino)」を組み合わせたもの。

―ほかの「物質を構成する素粒子」とニュートリノは、随分、特徴が異なるのですね。

 ついでに、「ニュートリノは中性でレプトンである」ということから、いくつかの特徴が出てきます。先ほど「プラス・マイナスで引き合わないので、ニュートリノは自由に飛び回ってしまう」とお話しましたが、その飛び回り方が尋常じゃないのですよ。地球くらい、簡単に突き抜けて行ってしまうくらい、何でも突き抜けてしまいます。

―どんなものでも、突き抜けられるのですか?

 ニュートリノにも種類があるので一概には言い難いですが、例えば、約20光年(1光年とは光が一年間に進む距離)の水を、ニュートリノは突き抜けることができます(正確に言うと、反電子ニュートリノの中で、約4メガ電子ボルトのエネルギーを持っているものは、約20光年の水を突き抜けて行くことができる)。

 つまり、天文学的な距離を物質中でも飛行することできる、まるでお化けのような、透過性の高い粒子がニュートリノなのです。


宇宙はニュートリノでできている

 これで、大体ニュートリノの特徴を話したつもりですが、実はもう一つ、ニュートリノには、注目すべき点があります。

 我々の体をつくる素粒子は、突き詰めていくと、結局は「アップクォークとダウンクォークと電子だ」と言っても良いと思います。では、それらが宇宙にどれくらい存在するのか、考えてみましょう。

 我々の体をつくるクォークや電子は、地球上には、1ccあたりアボガドロ数(約6.02×10の23乗個)程度のすごい量があるわけですが、宇宙全体で平均すると、1ccあたり1億分の1個ずつくらいしかありません。宇宙はほぼ真空状態で、すごく密度は小さいのです。

 一方、ニュートリノは、「第一世代から第三世代まで多分、崩壊しない」と先ほど話しましたが、3世代すべて集めると、1ccあたり300個程度あると言われます。

 ですから、我々の体をつくるクォークや電子は、数で言えば、1ccあたり1億分の1個しかないのに、ニュートリノはその300億倍もある。これが非常に重要な意味を持つと、私は思っています。

 つまり、宇宙は何でできているか?を考えると、数で言えば、宇宙はニュートリノでできているのです。

 ちなみに、最近の話題で、エネルギーという測り方をすると、宇宙にはニュートリノも含めて物質が約4%、暗黒物質が20数%、暗黒エネルギーが70数%という話があります。

 けれども数だけで言えば、ニュートリノが一番多いですね。よって、ニュートリノの性質が、宇宙の性質を理解する上で非常に重要だろうと、想像がつくわけです。

 そのようなわけで、我々の研究の大きな柱として、「ニュートリノの性質を調べたい」という研究が、まず一つあります。ニュートリノの性質にもいろいろあるので、それはこの後で、詳しくお話します。


ニュートリノを使って見えないものを見る

 我々には、「ニュートリノの性質を調べたい」という研究の他に、もう一つ研究したい柱があります。ニュートリノは、非常に透過性が高い性質を持つと先ほどお話しましたが、透過性の高さを利用して何かができるのではないか、と考えています。

―「ニュートリノの性質を調べる」だけでなく、「ニュートリノを利用する」とは、どんなことですか?

 例えば、星内部で起きていることを、直接目で見る(光学的に見る)ことはできませんが、ニュートリノを使うことで見ることができるのではないか、という研究です。

 地球の内部にせよ、太陽の中心にせよ、超新星の内部にせよ、通常、人間の目では(光学的に)見ることはできない場所から、ニュートリノは情報を伝えてくれるメッセンジャーだと考えると、ニュートリノは非常に利用価値が高いのです。

 星内部を見ることは、生活が便利になる意味では、今のところ、まだ実用的ではないかもしれません。けれども例えば、原子炉内部の情報を、ニュートリノでなら非破壊で外から監視することができます。そのような実用的な側面も、将来は生まれるかもしれません。

 いずれにせよ、例えば、太陽中心で核融合が起きて、それが表面へと伝わるのに、100万年くらいかかると言われていますから、ニュートリノで太陽中心を研究することは、100万年後の太陽を調べることだ、と言えるわけですね。


【図3】地球内部で作られたニュートリノは地球内部の様子を知らせてくれる。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 地球の場合、なかなか難しいのですが、ニュートリノに関連して、地球内部のエネルギー生成も調べることができます。地球内部で放射性物質のつくる熱が、地球内部での熱生成の大部分を占めると信じられています。それに伴ってニュートリノが出てきますので、ニュートリノを観測することで、地球内部の熱生成を知ることができます。

 その地球内部の熱生成は地球を理解する上で、非常に重要な意味を持っています。地震にせよ火山にせよ、すべて地球内部の熱生成と関係するはずですし、あるいは、地磁気も地球内部の熱生成に関連していると考えられています。

 地磁気は非常に重要で、太陽から吹き寄せる放射線の嵐を弾き飛ばしてくれているわけですね。ところが、地磁気が今どんどん弱くなっています。今のペースのまま弱くなると、約1000年後には地磁気の強度が0になってしまいます。

 今のペースで弱くなるかはわかりませんが、それも結局、地磁気のエネルギー源がどういうものかに関わってきます。それをニュートリノで解明しようとしているのです。ですから、1000年後の地球が、安全に住めるかどうかを調べることにもつながる、と期待しています。

 つまり、我々の研究は現地点ではアカデミックな興味が大きいですが、「ニュートリノの性質を調べたい」、そして「ニュートリノを利用して、通常、光学的に見ることができないところを見たい」、この二本柱で研究をしています。


ニュートリノは変化する

―では、ここから研究について、詳しくお話を伺っていきたいと思います。これまで、どんな研究が行われてきたのですか?

 歴史的には、ニュートリノの質量を調べたいという研究がずっと続いており、今もなお続いています。そして1998年、大変革が起きました。「ニュートリノ振動」という現象が発見され、それがいろいろな難問を解決していったのです。

―「ニュートリノ振動」とは何ですか?


【図4】ニュートリノ振動。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 ニュートリノ振動とは、先ほどお話した3種類のニュートリノが、飛行中に入れ替わって戻る変化を繰り返す現象です。電子ニュートリノをつくったつもりが、ある距離を飛行すると、ミューニュートリノ、あるいは、タウニュートリノに変わっている、それがまた元に戻る。そんな現象を、ニュートリノ振動と言います。

 少し話が難しくなりますが、相対性理論を考えます。光の速度で移動しているものは、時間が止まってしまいます。けれども、ニュートリノ自身が変化を繰り返すということは、「ニュートリノの中の時計は進んでいる」ことになります。ですから、ニュートリノは光の速度では移動していないことが結論できます。

―もう少し詳しく因果関係を説明していただけますか?

 ニュートリノが「自分自身で時間を刻んでいる」がために「ニュートリノが変化する」のですが、「変化する」ということは、「時間が進む」ということです。「時間が進む」ということは、「光の速度で移動していない」ということですね。

 よって、「光の速度で移動しない」ことから、「ニュートリノは質量を持っている」ことがわかります。質量が0のものは、光の速度で移動しますからね。

 まさに光がそうです。光とは光子のことで、光子は質量が0ですが、質量が0であるがために、どんな波長の光であろうが、光速で移動するわけです。

 ところが、ニュートリノは光速ではないので、質量があることがわかりました。(ニュートリノ振動で)入れ替わることもわかったのですが、質量があることがわかったのが、非常に驚きを持って受け入れられたのです。

―なぜ「ニュートリノに質量がある」ことが驚きなのですか?

 「素粒子の標準理論」では、「ニュートリノの質量は0」と仮定していたのです。その大前提が、実は真実ではなかったので、大変驚かれたのです。

 さらに、ニュートリノだけが他の素粒子よりも、桁違いに軽いことがわかっています。ニュートリノに質量があり、なおかつ非常に軽いのは、どうしてだろう?という謎が、非常に大きな問題になっています。

―最近、話題のヒッグス粒子は「質量を与える粒子」とニュースで聞きますが、それとの関係は?

 最近、ヒッグス粒子が見つかりましたが、もしヒッグス粒子が質量のもとになっているのであれば、同じレプトンである電子と電子ニュートリノで、なぜこんなに質量に差があるのか?が簡単には説明できません。おそらく特別な機構が働いているのではないかな?と想像するわけです。

 いろいろ話が発散してきたので、自分でも難しくなってきましたけれども・・・(笑)。要するに、我々はニュートリノ振動の研究もしています、ということです。


「太陽ニュートリノ問題」を解明

―「ニュートリノ振動」は、どうやって研究するのですか?

 ニュートリノ振動の研究をするには、「これだけニュートリノをつくったので、それが、どれだけ観測されるか調べましょう」とするのが、一番やりやすいですね。

 かつては、太陽のニュートリノを使ったりしました。しかし、太陽内でどれくらい核融合が起きているのか、よくわからない状況で実験をすることになるので、実験装置がうまく動いているかどうかよくわからない、という問題がありました。

 そのような問題が色々ある中で、予測するニュートリノの数と、観測したニュートリノの数を比較すると、観測したニュートリノの方が少ないという謎がありました。これが「太陽ニュートリノ問題」と呼ばれる、約35年解けなかった謎でした。それを我々は最近、ニュートリノ振動の研究で簡単に解決したのです。

―どうやって「太陽ニュートリノ問題」を解き明かしたのですか?


【図5】日本の原子力発電所の位置と東北大学ニュートリノ検出器「カムランド」。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 例えば、人工のニュートリノなら、原子力発電所でこれだけのニュートリノをつくりました、とわかります。すぐ横で観測したら、予測通り観測できました。でも遠くで観測したら、やっぱり減ったように見えます。

 そうなれば、本当にニュートリノが飛行中に減ったんだな、とわかるわけですね。つまり、つくった時から少ないのか、観測した時に少ないのか、飛行中に少ないのか、それぞれで全然意味が違ってきます。

 もし太陽を問題にした時、作った時に少ないのなら、「太陽の理解が不十分だった」ことになります。観測した時に少ないなら、「実験技術が不十分だった」ことになります。けれども飛行中に減ったのなら、「ニュートリノの性質の理解が不十分だった」となりますね。

 我々はニュートリノ振動の研究を、原子力発電所のニュートリノを観測することで実践しました。そして実際に、飛行中にニュートリノが減っていることがわかったので、ニュートリノは質量を持っており、お互いに入れ替わることのできることが解明されました。太陽ニュートリノ問題を解決した、大きな成果でした。


ニュートリノが地球内部を見通す新たな目に

 実は、原子力発電所から来るニュートリノは、地球内部から来るニュートリノと、同じニュートリノです。原子力発電所から来るニュートリノを観測して、ニュートリノがどう伝わってくるかを理解できたので、メッセンジャーとしてニュートリノを利用する観点から、我々は地球内部の観測も行ない、それにも成功しました。

 地熱の測定によって、47兆ワットという非常に大きな熱が地球内部から発生している、と見積もられています。そのうち、実際に地球内部で新たにつくられているエネルギーは、放射性物質が原子核の崩壊をすることによってつくり出すエネルギーが、ほぼ全てだと考えられていました。それを我々は今回、ニュートリノを使って観測することに成功し、約21兆ワットという結論を出しました(2011年)。

―47兆ワットと比べて、明らかに少ないことがわかったわけですね。この結果が意味することは何ですか?


【図6】熱収支の概念図。カムランドの観測により地球の熱源で放射性物質起源のものは半分に過ぎないことが判明し、熱流量がすべて放射性物質からなるモデルを排除しただけでなく、46億年前の地球形成時の原始の熱が今も残っていることが判明した。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 この結果から何が理解できるかと言うと、「地球は、あまり熱はつくっていないけど、どんどん熱を放出している」ことがわかりました。つまり地球はどんどん冷えていることがわかったわけです。

 地球がどんどん冷えていること、あるいは、地球内部で約21兆ワットの熱をつくっている事実は、地球のダイナミクスを理解する上で、非常に重要なパラメータです。しかしながら、これまで直接測定することはできませんでした。

 それが今回、ニュートリノという非常に特徴的な素粒子を使うことで初めて測定に成功しました。これは「ニュートリノ地球物理」という新たな学問の創出を意味します。今、素粒子と地球科学の研究者が密接に歩調を合わせながら、この分野からどんな研究ができるか、話を進めています。


「軽いニュートリノ質量の謎」「宇宙物質優勢の謎」に挑戦

―最近は、どんな研究をしているのですか?

 先ほどの話にも関連しますが、宇宙や素粒子の研究では今、4つの大問題があると、我々はよく言います。それは、①「暗黒物質の謎」、②「暗黒エネルギーの謎」、③「軽いニュートリノ質量の謎」、④「宇宙物質優勢の謎」です。

―どのような謎ですか?

 ①暗黒物質とは何か?はまだきちんと見つかっていませんが、何か我々の知らない素粒子的なものが重力を担っていることを知っています。これを発見しようと今、皆さんが頑張っています。

 ②暗黒エネルギーについても、正体不明な何かがあることがわかっています。暗黒エネルギーはどんな性質を持っているかを調べようと今、いろいろな研究が進んでいます。

 その他にも、③軽いニュートリノ質量の謎は、先ほどお話した通り、二重の意味での謎(ニュートリノに質量があり、なおかつ非常に軽いのは、どうしてだろう?)があります。ここでは、④宇宙物質優勢の謎について少し説明します。

―宇宙物質優勢の謎とは何ですか?


【図7】物質(粒子)でできた宇宙。宇宙ができた時には同数あったと考えられる粒子・反粒子が、現在では粒子のみの世界になっている。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 「宇宙はビックバンで始まった」、そう我々は理解しています。とりあえず何もなかったところから、あるエネルギーが与えられ、ビックバンが発生し、物質なり何かなりをたくさんつくり、現在の宇宙になったと考えられています。

 エネルギーが物質に変われることは、アインシュタインのE=mc2の式でOKです。けれども実は、何もないところから、エネルギーを与えて「物質」をつくると、素粒子の理論では「反物質」というものを、必ず同数つくらなければいけないのです。

―「物質」「反物質」とは何ですか?

 素粒子の粒子でできているものが物質で、反粒子でできているものが反物質です。素粒子の理論では、素粒子のレベルでエネルギーから粒子をつくる時は、反粒子も必ず同数つくりなさい、となります。それが我々の非常に基本的な理論だったわけです。

 では、宇宙の始まりに、エネルギーから粒子・反粒子をつくったら、今はどうなるのでしょう。ごく自然に、粒子と反粒子はそのうちまた出会って、エネルギーあるいは光に戻ってしまうことが、想像つくわけですね。すると、今の宇宙は光の塊になるべきで、物質だけが生き残っているのはおかしい、という結論に帰着します。

―では、なぜ物質が今、存在しているのですか?

 今、我々はこうやって生きているわけで、物質というものが存在するわけですね。じゃあ、宇宙のどこかに反物質が存在するのかと言えば、全く見つかっていないのです。

 つくりだすことはできるが、物質と出会って、すぐに消えてなくなってしまう。というわけで、宇宙の初期に物質を少しだけ多くつくる、つまり「物質を優勢にする」メカニズムがあったことが、4つ目の謎ですね。

 我々は、宇宙・素粒子の4つの大問題のうち、「③ニュートリノはなぜ軽いか?」「④宇宙はなぜ物質優勢になったか?」に挑戦する研究を始めました。それが「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索」という研究です。


ニュートリノと反ニュートリノは存在する?存在しない?

―「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索」とは、どんな研究ですか?まずは、どんな理屈を考えているか?から教えてください。

 先ほども「エネルギーがあると、粒子と反粒子をつくることができる」と言いましたが、粒子と反粒子とは何ぞや?と考えた時、我々は最初から勝手に定義するわけです。

 我々の身体をつくるのが粒子で、その相棒が反粒子です。先ほども紹介した、電子・アップクォーク・ダウンクォークなど12種類の素粒子を全て粒子と定義すると、それぞれ反粒子の相棒がいます。電子の場合は「陽電子」、アップクウォークの場合は「反アップクォーク」と言います。

―そもそも粒子と反粒子は、一体何が違うのですか?

 それぞれ相棒とは全く同じ質量ですが、電荷が逆転しています。電子はマイナスeという電荷を持つのに対して、相棒の陽電子はプラスeという電荷を持っています。アップクォークはプラス2/3eという電荷を持つのに対して、相棒の反アップクォークはマイナス2/3eという電荷を持っています。

―なるほど、粒子と反粒子は電荷が反転するわけですね。でも、ニュートリノは電気的に中性というお話でしたが、どうなるんですか?

 ところが、ニュートリノは中性なんですね。電荷が違えば、明らかに違う粒子とわかるのですが、中性の粒子に対してニュートリノと反ニュートリノは区別がつくんですか?というところが、そもそも謎なんですね。

 さらにおもしろいことに、ニュートリノには変わった事実が知られています。我々の知っているニュートリノは、すべて進行方向に対して左向きに回転しています。なぜ右に回転するニュートリノがないのか?というのが、よくわからないのです。

 一方、我々が反ニュートリノと呼ぶものは、進行方向に対して、右に回転しています。左に回転するものがないのですね。なぜ左に回転する反ニュートリノはないのだろう?

 ここで、右に回転しているニュートリノや、左に回転している反ニュートリノが、実は「存在する」と思うのか、それともそもそも「存在しない」と思うのかで、理論が大きく分けて二つあるのです。

―どんな理論ですか?

 それは、「実は、我々が観測できないだけで、逆に回転しているニュートリノや反ニュートリノもある」という立場を、その理論を提案した人の名前をとって、「ディラック・ニュートリノ」と言います。

 一方、「我々の知るニュートリノと反ニュートリノは、そもそも同じ粒子であって、左に回転しているものをニュートリノと呼び、右に回転しているものを反ニュートリノと呼ぶ」という立場を、その理論を提案した人の名前をとって、「マヨラナ・ニュートリノ」と言います。

 実は、素粒子の理論の多くは、ニュートリノはマヨラナであることを好むようです。理論的にはマヨラナであって欲しいと思う人が多いわけですね。けれども、ニュートリノが本当にマヨラナであるかどうかは、まだ誰も検証できていません。それを調べたいのが、我々の実験です。

―それと、件の宇宙・素粒子の大問題とは、どう関係するのでしょうか?

 まず重要なことは、実はニュートリノがマヨラナ・ニュートリノで、粒子と反粒子の区別がないとすると、宇宙の初期に物質が多くできたとか、反物質がちょっとだけ少なかったとか、そのこと自体に意味が無くなるんじゃないか、と注目できます。

 要するに、物質と反物質の数は、粒子と反粒子の数ですが、ニュートリノはどちらに数えたらよいのかわからないわけですね。そういうことで、もしニュートリノがマヨラナ・ニュートリノであれば、宇宙物質優勢の謎を解明できる可能性があります。

 実際にレプトジェネシスという理論では、ニュートリノが原因となって、宇宙に物質を少しだけ多くつくり、それが現在の宇宙をつくり出したのではないかと考えられています。


「軽いニュートリノ質量の謎」も一挙に解決へ

―「③ニュートリノはなぜ軽いか?」については、いかがですか?

 ニュートリノ・反ニュートリノは、左に回転するか・右に回転するかだけで区別するという、マヨラナ粒子の立場をとると、実は、もう一つ、理論的な考察ができます。

 素粒子は、電子の場合もそうですが、左に回転している電子、右に回転している電子、左に回転している陽電子、右に回転している陽電子、というように4つの自由度があります。

 マヨラナ・ニュートリノは、このうちの二つの自由度しか使っていないので、残り2つの自由度を、理論的には好きに使っても良くなるわけですね。そこで、非常に重たいニュートリノが宇宙の初期にあったのではないかと考えるわけです。

―マヨラナ・ニュートリノで粒子と反粒子の区別がない分、2つの自由度が残るのはわかる気がします。でも、なぜ「非常に重たいニュートリノが宇宙の初期にあった」と考えられるのですか?

 ディラック・ニュートリノの場合は、観測されていないだけで、左に回転しているニュートリノ、右に回転しているニュートリノ、左に回転している反ニュートリノ、右に回転している反ニュートリノ、4つの自由度を全部使ってしまったので、それ以外に使える自由度はないわけです。

 ところが、マヨラナ・ニュートリノの場合は、左に回転しているニュートリノと、右に回転している反ニュートリノしかないため、2つしか自由度を使っていないから、残りの自由度は好きに使ってください、と理論的にはなるわけです。

 それに対して、少なくとも我々は今、観測できていないわけだから、今の宇宙には多分存在しない、あるいは、我々の加速器や宇宙空間での現象ぐらいではつくり出せないくらい、重たいニュートリノなんだろう、と思いたいわけなんですね。

 つまり、残りの自由度がまだ発見できないくらい、重たいニュートリノなんだろうな、と想像するわけです。重たいので、不安定だから今の宇宙には存在しない。あるいは、重たいのでつくれない、ということです。

―では、どんな重さなら、素粒子の研究者は納得するのでしょうか?

 この辺は、もうほとんど理論的な仮説の世界ですね(笑)。我々・素粒子の研究者たちは、理論をどんどん統一していくことに情熱を傾けてきました。現在の素粒子の標準理論の次には、恐らく素粒子の大統一理論があるだろう、と考えられています。

―素粒子の大統一理論とは?

 大統一理論は、エネルギーの非常に高い世界を記述できる理論だ、と考えられています。エネルギーの高い世界では、重たい粒子も簡単につくれます。

 ですから、「重たいニュートリノは、大統一理論の世界くらいの質量を持っていれば、良いのでは」と想像するわけです。すると、理論的にも非常に美しいわけですね。

 そういうことを研究していくと、おもしろいことがわかったのです。もし重たいニュートリノが存在すると、実は、その相棒である普通の重さのニュートリノは、実際に観測する時には非常に軽く観測されてしまうのですよ。

―なぜ「重たいニュートリノが存在すると、相棒の普通の重さのニュートリノが軽く観測されてしまう」のですか?

 我々の知っているニュートリノが自由度を2つ使っていて、我々の知らないニュートリノが残り2つの自由度を使っている。そして、それぞれのニュートリノはお互いに関係し、片方のニュートリノを重くすればするほど、残りのニュートリノは軽くなる。これを、シーソーに例えて「シーソー機構」と呼ぶ理論があります。

 数学的な言葉を使えば、質量行列を対角化すると、重たいニュートリノの質量が分母にあらわれるので、分母を大きくすると、ニュートリノが軽くなる、と説明します。

―シーソー機構で「ニュートリノは他の素粒子に比べてなぜ非常に軽いのか?」を説明できるということですね。

 普通であれば「ヒッグス機構」で質量をもらうようなニュートリノは、他のクォークやレプトンと同じくらいの質量であればよいと考えるのですが、実は「シーソー機構」によってニュートリノだけが特別軽く見えてしまっている、という理屈ですね。

 要するに、マヨラナ・ニュートリノであることがわかれば、ニュートリノがなぜ軽いか、そして宇宙になぜ物質だけが生き残ったか、という宇宙・素粒子の大問題2つを一挙に解決へ導ける可能性があるということです。


「ニュートリノと反ニュートリノは同じ」、どう調べる?

―「大問題2つを一挙に解決へ導ける」とは大変魅力的ですね。では、どうやって調べるのですか?

 どうやって調べるかが、大事ですね(笑)。簡単に言えば「ニュートリノと反ニュートリノは区別がない」と言っているので、本当にそうなのか?を調べれば良いのです。

 「進行方向に対して左に回転するとニュートリノ、右に回転すると反ニュートリノ」と言いましたが、では「左に回転していますか?」「右に回転していますか?」は、実は、見る人によって変わってくるのです。

―「見る人によって変わる」とは、どんな意味ですか?

 先ほど「ニュートリノ振動を観測したことによって、ニュートリノには質量があり、光速よりも遅く動いていることがわかった」とお話しました。

 光速よりも遅いということは、光速にはたどり着けないけど、ニュートリノの速度を超えて観測できる人がいることを意味します。物理用語では「系」(システム)と言いますが、ニュートリノの速度を超えた観測系というものが存在することになるのです。

 ニュートリノが遅ければ遅いほど、反転して見ることは簡単になります。もっと簡単に言えば、例えば、止まっているニュ―トリノは、進行方向に対してどちらに回転していますか?と言えば、回転していません。進行していないわけですから。

 その場合、50%と50%の確立で、ニュートリノと反ニュートリノが観測されることになるはずです。実際には、ニュートリノは非常に光速に近い速度で動いているので、そう簡単ではありませんが。

 というわけで、例えばニュートリノをつくって観測した時に、反ニュートリノとして観測されれば、ニュートリノと反ニュートリノは同じものだったとわかります。それを調べたいのです。

―ニュートリノをつくり、反ニュートリノとして観測されれば、もともと同じものと言えるわけですね。ニュートリノ自体は簡単につくれるのですか?

 簡単かと言うと、別に難しくないですね。例えば、「ベータ崩壊」という名の原子核の崩壊があります(図1)。電子は粒子ですから、電子をつくった時は、必ず反電子ニュートリノ(反粒子)をつくらないといけません。一方、陽電子をつくる反応があれば、電子ニュートリノができます。

 というわけで、陽電子ができたか・電子ができたかを考えると、ニュートリノが飛んできたか・反ニュートリノが飛んできたかが、わかります。

 あるいは、電子を変化させて、電子ニュートリノにすることも可能です。電子を、例えば原子核にぶつけて、ニュートリノに変えることができます。電気を原子核に渡してしまい、残ったものがニュートリノになって飛んでいくことができるのです。

 その時にできるニュートリノは、もともとが粒子だったので、次も粒子である必要があります。すると、左に回転したニュートリノができます。

 けれども、「左に回転した」と言っていますが、実は、非常に高速で動いている人から見ると、右に回転しているように見えます。ですから、そんな人が観測すると、反ニュートリノに見えてしまうはずなのです。それを調べたいと考えています。


自然の中にある大変有難い反応 「二重ベータ崩壊」

―お話いただいた理論を、実際にはどのように実験するのですか?

 ニュートリノを打ち込んで、反ニュートリノに見えることを調べよう。それは検出する側の立場からすると、エネルギーが高ければ高いほど、観測しやすいのですね。低いエネルギーでは観測できません。

 じゃあ、ニュートリノのエネルギーを高くしてください、と要求することになりますね。しかし実は、ニュートリノのエネルギーが高くなると、より光速に近いので、反転することが、ほぼなくなってしまうのです。

 それが非常にジレンマになって、結局、現実的には観測できないことになります。ですから、ニュートリノを打ち込んで、反ニュートリノに見えることを、なんとか大きな装置でやろうとしても、どだい無理な話なんですね。

―では、実験不可能なのですか?


【図8】原子核の二重ベータ崩壊。通常の二重β崩壊(左、2νββ)は二つのβ崩壊が同時に起き、電子2つと反ニュートリノ2つを放出する。ニュートリノがマヨラナ粒子の場合、ニュートリノを放出しない崩壊(右、0νββ)が可能となる。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 じゃあ不可能なのかと言うと、実は、自然の中に非常に有難い反応がありましてね。それが「二重ベータ崩壊」です。原子核が崩壊し、電子を二つ同時に放出するような崩壊です。β崩壊が二つ同時に起きるので、二重ベータ崩壊と言います。

 本来であれば、崩壊時に反電子ニュートリノが2つ放出されるはずですが、非常に狭い原子核の世界なので、二つの反ニュートリノがお互いに反応しやすいんですね。

 我々の住む空間は、ニュートリノからすると、スカスカなんです。だからこそ、どこまでも飛んで行ってしまうわけです。ところが、原子核というフェムトメートル(1000兆分の1メートル)の非常に狭い世界で、二つ同時に反ニュートリノをつくると、それぞれが反応するチャンスは飛躍的に高まるわけですね。

 そういうわけで、片や反ニュートリノをつくりました。もう片方は、反ニュートリノをつくったつもりなのだけど、もう片方の反ニュートリノから見ると、ニュートリノに見えました。

 すると、速度の問題ですね。速度を超えていれば、反転して見えますから、反ニュートリノがニュートリノに見えた。すると、反ニュートリノとニュートリノは、お互いに出会って消えることができます。もしニュートリノと反ニュートリノが同じものであれば、そういうことになるのです。

 その結果、ニュートリノが出ないで、電子が2つだけ出てくるような反応が起こり得る、ということになります。我々は、こういう反応を探しています。

―「ニュートリノが出ない二重β崩壊」は、つまり、どんな意味を持つのですか?

 本来、反電子ニュートリノが2個出てくるはずが、出てこない、ということは、重大な現象を引き起こしましてね。いきなり粒子が2つポコっと増えたことになりますから、先程来お話していた「粒子をつくったら、反粒子をつくれる」という理屈を真っ向から否定する現象なわけです。

 要するに、こんな反応が起こると、実は、ニュートリノと反ニュートリノは同一の粒子ですよ、という証明になるのです。それは、マヨラナ粒子であるという証明です。

 ニュートリノがマヨラナ粒子であると証明できれば、ニュートリノが軽い質量を持つ謎と、宇宙物質優勢の謎という、宇宙・素粒子の大きな2つの謎を解決できるので、これはぜひやりたい、と皆さんが思うわけですね。


わずか2年で実験開始、さらに世界最高性能を叩き出せた理由

―なるほど。でも皆さんが「ぜひやりたい」と思うなら、その分、競争も激しいのでは?

 物理現象としては非常に重要な現象ですから、皆さんも「ぜひこれをやりたい」と、世界中で非常に激しい競争状態です。

 ところが、そもそも二重ベータ崩壊自体がなかなか起きない特別な反応なのです。「こんな反応はまず起こらないでしょう」というくらい、非常に稀な反応なんですよ。先ほどの「ニュートリノを打ち込んで・・・」という方法よりは、まだマシとは思いますが。

―どれくらい稀な反応なのですか?

 どれくらいの寿命かと言うと、原子核を一個持ってきたら、約10の20乗年、待たなければ崩壊しません。

―では、やっぱり無理なのですか?

 いいえ。10の20乗個持っていれば、1年で崩壊します。ですから、たくさん持っていれば良いわけです。このようなニュートリノを出す二重ベータ崩壊に比べて、ニュートリノを出さない二重ベータ崩壊は、さらに珍しいはずですね。

―どれくらい珍しいのですか?

 どれくらいの寿命かと言うと、10の25乗年よりは長いだろうと思っているわけです。すると、少なくとも10の25乗個とか、10の26乗個くらいの原子核を持ってこないと、実験ができません。ですから、このような現象を調べるためには、大型の実験装置が必要です。

―実験装置は、どれくらいの大きさですか?

 どれくらい大型じゃないといけないかと言うと、100キロや1トンくらいの、非常に特殊な原子核を持ってくる必要があります。二重ベータ崩壊をする原子核は特別な原子核なのですが、実用的なものは10個くらい挙げられています。

―その中で、どんな原子核を使うのですか?

 どんな原子核を使うかは、実験装置の仕組みに密接に関連しており、実験グループごとに違います。我々のグループは、キセノンの同位体136を使っています。これは希ガスで、取り扱いしやすいのが特徴です。

 全体を監視するのに装置が大きくなってしまうので、できるだけ濃縮したいわけです。いろいろな同位体がある中で、136という同位体は、キセノンの8.9%しかありませんが、希ガスを濃縮するのは割りと簡単で、遠心分離ですぐに濃縮できます。濃縮しやすく扱いやすい希ガスに、我々は注目したわけです。

 大きな実験ですから、大量のキセノンを集めてこなければいけません。我々は、320キログラムの90%に濃縮したキセノン136を使いました。我々が実験で使用した量が、世界最大量です。

―他にも強みはありますか?


【図9】カムランドエリアの概略図。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 もう1点我々の強みがあります。我々の研究では、実は、ニュートリノ観測装置を流用しています。ニュートリノ観測装置は、そもそもニュートリノがなかなか反応しないため大きい必要があるのですが、我々の実験装置「カムランド」は、1200立方メートルという大きさをもった装置でした。他のライバルの実験装置に比べて、圧倒的に大きいのです。

 さらに、ニュートリノは観測しにくいので、放射性不純物が少なくないといけないことが、重要な課題だったのです。もちろん、それもクリアしたからこそ、ニュートリノの観測に成功したわけです。カムランドは巨大で、極低放射能であることが特徴です。

 稀なために大きくないといけない。稀なために放射性不純物が少なくてはなけない。この二つの特徴が、いずれも二重ベータ崩壊という稀な現象を探索するのに向いているのです。ニュートリノを観測するのと稀な現象を観測するのは、非常に似通ったものです。

 実は、カムランドが使っているのは「液体シンチレータ」という油なのですが、油にこの希ガスがよく溶けることがわかりました。じゃあ、いっそのことカムランドの中にキセノンを溶かして測定すればいいじゃないかと始めたのが、我々の実験です。プロジェクトとしては2009年から始まり、実際の実験開始が2011年9月末でした。

 我々はそれ程大きなグループではないのですが、2009年からわずか2年で実験を開始できたことは、ライバルから見れば、非常に素早い動きだったと思います。我々の存在を知らない人がたくさんいたわけですが、ダークホース的に急にあらわれた感じでした。そして今、我々の実験装置が世界最高性能を持っています。

―プロジェクト立ち上げから、わずか2年で実験開始。さらに世界最高性能をすぐ叩き出せたのは、なぜですか?


【図10】カムランド禅実験の概略図。キセノン136を400㎏溶解した液体シンチレーターをミニバルーンに入れ、カムランドに沈めることによって、極低放射能環境での測定を行うことが可能となる。(C)東北大学ニュートリノ科学研究センター

 そんなポッと出の実験が、なぜ世界最高性能にすぐ辿りつけたのかというと、まさに先ほど、大きくて綺麗(極低放射能)という2つの性質を最初から持ち合わせた実験装置を、すでに持っていたからなんですね。

 我々が開発しなければいけなかったことは、もちろん簡単ではありませんでしたが、小さな風船をつくり、その中にキセノンを溶かした油を入れること。けれども、それ以外に開発するものは比較的無かったのです。ですから、すぐに始めることができた。今も苦労はしていますが、世界最高性能を実現しています。


「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」がもし見つからなくても

―では、今後については、どのようにお考えですか?

 今後、カムランド自体の感度をどんどん向上させるために非常に大掛かりな改造も考えています。今の観測装置をそのまま使っても、世界最高性能はしばらく維持できるとは思いますが、物理的な要請から、どうしてもカムランドの性能向上をしたいのです。

―なぜカムランドの性能向上をしたいのですか?

 もちろん、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊が見つかれば、先ほどお話したように、ものすごい大発見ですから、もう十分、大成功で良いのです。けれども見つからなかった時にどうするか、それに対する答えを用意していなければいけません。

 我々としては、反ニュートリノを観測するという王道が常にあるわけですから、比較的マルチパーパスな、よくできた実験ではあるのですけれどもね。

 しかし、二重ベータ崩壊の研究でも、装置を改造しておくことで、たとえ見つからなくとも、消去法である結論に到達することができます。あるいは、他の実験と組み合わせることができれば、ある非常に決定的な物理の発展に寄与できることを期待しています。そのためには、今の性能だけでは不十分で、拡大しなければいけないと思っています。

―ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊がもし見つからなくとも、装置の改造によって、どんな結論が得られるのですか?

 見つからなかった場合、「ニュートリノは、ディラック・ニュートリノだ」と言える可能性があります。さらに「ニュートリノは、ある質量よりももっと軽い」と言える可能性があります。

 「軽いです」と言って、ちゃんと決まらないのはおかしいと思われるかもしれませんが、先ほどお話したニュートリノ振動で下限がわかったので、上限がぐっと狭ばれば、ほぼ決まったようなものです。

 特に決定的に世界が変わると思われているのが、「ニュートリノは3種類ある」と最初に説明しましたが、3種類の質量の関係が、よくわかっていません。それを「ニュートリノ質量構造」と言います。

 簡単に言うと、三つがそれなりの重さを持っているか、二つがそれなりの重さを持って一つが軽いのか、1つだけがそれなりの重さを持って二つが軽いのか。この3パターンがありえますが、どれなのかがわかっていないのです。

 これを我々は消去法で「三つが重い」と「二つが重い」を排除できるのです。その実現のためには検出器の改造が必要なため、今、積極的に改造のための開発や予算要求を行なっています。


カムランド火災事故の影響について

―競争激しい分野ということですが、昨年のカムランド火災事故の影響は?

 ご存知の通り、カムランドは昨年、火災事故を起こしてしまいました。怪我人は一人もおらず、全員無事に救出されました。実験装置も、本体には全く損傷が無かったため、事故から1ヶ月も経たないうちに、カムランドの再開はできました。ただし、周辺装置とつなげている信号線や配管などが火災で損傷を受けたため、実は現在、二重ベータ崩壊の研究が停止中です。

 非常に間が悪かったのですが、我々が世界最高感度に達したという論文を投稿し、それがパブリックに掲載された、その翌日に火災が発生したのです。

 実はその論文を投稿する前に、キセノンに放射性物質が入っていることがわかり(福島原発事故の爆発に由来するのか、キセノンを航空便で輸送した際に宇宙線を浴びてつくられたかはわかりませんが)、実験の感度を制限していたので、純化をしていました。

 純化をしてちょうどキリが良かったので論文を出したのですが、純化中だったため、キセノンが全て外へ取り出されていたのです。そのためキセノンが残っていない状態で、配管だけが焼かれてしまったので、キセノンを戻せなくなり、実験停止中なのです。

 総長からも、火災翌日には激励をいただき、一生懸命復旧作業をしたわけですが、どうしても契約上、時間がかかるところがあり、工事待ちのところがあります。

 今年8~9月頃には、キセノンを入れて実験を再開できるのではと期待しています。当初の予定から約半年強遅れており、当然ライバルがいる研究なので、ドギマギしています。

―競争の激しい分野での半年は大きいですね。

 半年も待たされたら、怖いですね。実際に、我々が2011年10月に実験を開始し、2012年1月に世界最高性能を達成した、すぐ後でアメリカに塗り替えられてしまいました。それを再度塗り替えたのが昨年11月、火災の前日です。

 今は世界最高性能を維持していますが、これだけ時間を置いてしまうと、ライバルが次のデータを出してくるのではないかと、ヒヤヒヤしています。ただ、我々の純化がうまくいけば、圧倒的に性能は向上するため、そこまで辿りつければ、もし抜かされたとしても、またすぐに抜かし返せると思います。けれども早く始めたいところですね。

―火災の原因は?

 我々が使わなくなった装置の解体を業者さんに依頼したのですが、それがメタノールを扱う装置でした。メタノールは非常に引火性が高いわけですが、一部残留していたメタノールが解体時に漏れ出しました。その対処が不十分なまま、ボルトを切ろうとグラインダーを使ったために火花が散り引火してしまいました。

 本当にその時は、大変なことになりました。火事が起きた情報は伝わってきたのですが、電話線も全部焼かれてしまいました。中に5人が閉じ込められたのです。一人だけ火災現場近くにいた人間が避難してきたのですけが、真っ黒な姿で現れました。逃げてきた人が真っ黒で、中に5人残っているなら、5人はどうなるんだろう?と非常に怖いのだけども、連絡がつかないのです。

 結局、火災近くにいたから真っ黒になっただけで、中にいた5人は、すぐに避難していました。今回の火災現場は通路でしたから、外に逃げない方が良いとわかったので、奥にある実験室に避難したのです。通路で火災が起きた場合、中の実験室へ避難するように、と普段から避難訓練を実施していた通りに5人が行動したおかげで、汚い空気や煙も来ることなく、全員無事でした。

 事故を起こしたこと自体は非常に問題ですが、その後の対応を中にいた人は非常によくやってくれました。そのおかげで、誰も怪我せずに済んだのだと思います。

 我々としては、業者さんとのコミュニケーション不足を反省しています。危険物が入っている場所では、グラインダーは使用不可であることを、どれだけ徹底できていたかが反省すべき点です。その後、安全対策委員会を設立するなどして事故防止に努めています。まだ復旧活動は続いていますが、体制としては平時に戻っています。


ニュートリノ研究の道に進んだ理由

―話は変わりますが、井上先生がこの道に進んだ個人的なモチベーションをお聞かせください。

 道とは何処から始めるかが難しいのですが、実は、何もないのですよ。もともとは素粒子の理論をやりたかったのですが、能力不足と言うと非常に悔しいですが(笑)、あるところで実験をやることになりました。その研究室がニュートリノの研究もやっていました。

 そこで、たまたま指導教員になった先生が、「ニュートリノの観測装置をつくろうよ」と。非常にこじんまりとした実験でしたが、ゼロから開発して夢は大きくという研究で、非常に打込めました。それが実は「太陽ニュートリノ問題を解明したい」という研究プロジェクトでした。

 太陽の核融合で予測されるほどニュートリノが来ないため、きちんと核融合が起きているのだろうか?という謎があったのですが、その延長上で「カミオカンデ」という有名な実験装置に加わり、「スーパーカミオカンデ」にも加わりました。スーパーカミオカンデでは「絶対に太陽ニュートリノ問題を解決する、ニュートリノ振動の証拠が見つかるはずだ」と意気込んでやっていたんですよね。

 ところが見つからなくて、逆に、大気ニュートリノという、また異なる観点で観測した同じチームから、ニュートリノ振動の結果が出てきました。

 それで「あぁ、なかなか太陽ニュートリノ問題の解明は難しいな」と少し閉塞感を感じていたところで、鈴木厚人先生が「東北大学で原子炉ニュートリノの実験をするよ」と呼んでくださったのです。

 実は最初、「まぁ、そう都合良くは答えは見つからないだろう」と思っていたのですが(笑)、スーパーカミオカンデの研究をそのまま続けても、やりがいはありましたが、若干の閉塞感もあったので、「とりあえず違うこともやってみよう」くらいの気軽な気持ちでした。

 そのうち戻るつもりで勝手にいたのですが(笑)、建設の責任者や解析のリーダーなど割りと重要な仕事をさせていただいていて。そして実験を始めた途端、原子炉ニュートリノですから来る量がわかっていて、ニュートリノが少ないぞ!という、ものすごい成果が出ちゃったものですから、もう大変ですよ(笑)。

 楽しくって、仕方ない。最初のうちは、色々な国際会議など充実した日々を送っていました。その時の論文は引用数が大変多くて、素粒子分野では世界3位、当時は物理学分野で世界1位という、非常に注目された論文になったのです。

 その後も、ニュートリノ振動でも進展があり、地球ニュートリノも見えた、大成果を挙げるうちに、厚人さんがKEKに行っちゃったわけですよ。本当は研究者って研究をやっているのが好きなのですけど、厚人さんがいなくなると、東北大学の研究センターとして、ビジビリティとかお金とか、運営を考えないといけなくなりました。

 二重ベータ崩壊も、もともとはあまり興味がなかったのです。逆に言うと、もう何十年も研究されているのに、なかなか解決しないものだから、今頃ノウハウもない我々が加わっても貢献できないんじゃないか、というネガティブな考えではあったのです。けれども、実際にいろいろ設計や開発をしていると、「行けるぞ」という雰囲気が出てきました。そして、予算申請をしたところ、これまでカムランドグループはしっかりした成果を出していることもあって、ほぼ満額回答で、「特別推進研究」という6億円超の予算をつけていただきました。

 実際に、そのおかげで、ニュートリノセンターとしても頑張って資金調達をしまして、最初はキセノンを約100キロしか買えない予算でしたが、頑張って、400キロくらい買いました(実際の実験で投入できた量は320キロしかないのは、それ以外は入れたのだけど、なかなか簡単には入らないので、戻ってきてしまったのです)。そして世界最高感度を達成しました。

 ここまでは非常にうまく行った方ですね。ただ、これからは、やはりライバルが存在する中で、我々として、多目的を追求したいと考えています。

―多目的とは?

 もちろん、先程お話した二重ベータ崩壊が見つかれば非常に重要な意味を持つし、見つからなくても消去法が使えるところまで頑張りたいということを主目的にしつつ。世界で一番良いデータを出している地球ニュートリノのデータも出しつつ。もう少し他にもできないかなと考えています。

 極低放射能環境でできる物理をいろいろ考えています。クォークもレプトンも3世代あるのが非常におもしろいのですが、なぜ3世代しかないのかは、不思議ではあるわけです。そして、4世代目があるかもしれない兆候が、ニュートリノのいろいろな実験の中で、出てきています。それが本当に4世代目があるかどうかを、大変好感度で調べる研究が、カムランドを使って可能なのです。

 あるいは、暗黒物質。宇宙の4大謎のうち、残り2つの中にありましたね。日本では、東京大学が「エックスマス実験」で非常に頑張っています。そこと直接競争というよりも、「過去に暗黒物質を見つけたかもしれない」と言うグループがいます。

 普通に考えると、「間違っていたよ」と否定されるはずなのですが、あまりにも綺麗なデータなので、全く違う実験手法ではなかなか否定できずに、苦労しています。それを全く同じ実験手法で検証したいと考えています。もう一回、我々も見てしまうと、今度こそやっぱり本当にあったのかな、となるかもしれませんが。そのような、いろいろな多角化を考えています。

 というわけで、最初は何というわけでもなく、なんか素粒子研究をやりたいとは思っていて、知らない間に実験をやることになって、それが非常にやりがいがあった、という感じですかね。小さな開発をいっぱいしまして、物理的成果だけでなく、装置の性能でも、いろいろな世界で誰もやったことのないことに、挑戦していましたね。


研究に対して誠実でありたい

―以前、KEK機構長の鈴木厚人さんにインタビューした時も「結局、必要は発明の母で、必要なことは考えてやる。坑内の電気配線一つにしてもプレハブの組立にしても、すべて研究者が手順の仕方を考えて自分でやる。程度の差こそあれ、常に未知の課題に挑む、その積み重ねだ。それが単に対象がプレハブかニュートリノかだけで、思考プロセスは同じ」とお話されていました。

 そうですね。特に、我々は「非加速器実験」という分野なのですが、我々の実験グループの特徴は、自分たちでデザインして、自分たちでつくれるところは全部つくっちゃう。大きな土方作業などは、さすがに業者さんにお願いしますが(笑)、そういうところが特徴ですね。

 だから段取りするとか、プレハブを作るのも、まさにそういうことだと思いますが、人を集めて、どこに物をおいてとか、あらゆる段取りから自分たちで考えることが特徴ですね。

 研究の種類によっては、装置を買ってきて、あとは試料をつくって測定に集中する分野もありますが、我々は装置を開発して、コストダウンを図り、つくるのに人を集めて、というようなことを、全部をやる(笑)。それがまた、おもしろいのですよね。

―毎年のようにニュートリノ科学研究センターの学生さんが東北大学理学研究科物理学専攻賞を受賞されますが、受賞者インタビューでは皆さんも口を揃えて「自分の手を動かす小さな開発から、大きな物理学の成果まで、つながっている点が大変おもしろい」とお話されます。

 ええ、魅力なんです(笑)。ですから実際、そういった建設に参加できるタイミングの世代は非常に恵まれていて、そういう人たちは、割りと研究者になって活躍する人が多いですね。

 我々のような装置は大きいので、10年に1回建設できるか、という頻度なんです。すると、解析メインの世代も、どうしても出てきてしまう。そういう人たちの場合、我々ほどの感激は味わえていないかもしれませんが、できるだけ小さな開発はしてもらうようにしています。それが実際に使われ、世界最先端で競えるものになるのは、10年に1回あるか、という話だと思います。

―まさに今、その建設をやっている状況なのですね。

 今までは非常に良かったのです。まさに世界最高性能を達成し、これからも純化をしている状況なので、しばらくは世界最高性能を競いながら、自分たちのアイディアを埋め込んだ開発と製造をしなければいけない状況ですね。

―そんな中、井上さん自身が心の軸として大事にしていることは、ありますか?

 そういうのに答えるのは、ちょっと恥ずかしいのですが(笑)。ずっと、研究に対して誠実でありたいと思っています。いろいろな意味があるとは思うのですが、アカデミックな意味だけではなく、学生との関わりも誠実でありたいと思っています。
 そうですね。学生の頃から、やるときは一生懸命やるし、遊ぶ時も一生懸命遊びますが、それも誠実の一つじゃないかと思います。最近は歳をとってきたせいか、「時間を有効に使いたい」気持ちが出てきまして・・・それは学生には可哀想かなと思いますが。


何事にも一生懸命、打ち込んでほしい

―最後に、今までのお話を踏まえて、中高生も含めた読者へメッセージをお願いします。

 何事にも非常に一生懸命、打ち込んでやってほしいと思っています。もちろんそれは研究である必要もないし、勉強にも限らないわけですが、一生懸命やって、それが続けられると、そのうち個性的なものになったり、あるいは世界で自分だけ、グループだけのものになって、世界で競えるような活躍ができるようになると思うのです。ですから、一生懸命やって欲しいなと思いますね。

―井上さんが仰る「誠実である」ことと「一生懸命取り組む」ことは関連していますね。

 そうですね。一生懸命と誠実は非常に近いと思います。

―それなしに、「他にはない自分」は、あり得ないということですね。

 「自分は特別だ、競わなくても良い」というものではないんですよ。一生懸命やった先に自分という特別なものがあるんですよね。自分の利害や利益だけを主張するのは、僕は非常に嫌いで、そういうのは誠実と真反対だと思うのです。一生懸命やった上で、自分の特徴をつくって欲しいなと思っていますね。

―それで「誠実さ」というお話にもつながるわけですね。だからこそ、打ち込んでやっている。

 そうですね。すごく打ち込んでいますよ、私も(笑)。ここにいる学生さんにせよ職員にせよ、すごく、そういうタイプの人が多いです。私としては、その誠実である一環として、皆さんにやりがいのあるテーマを見つけないといけないことが、非常にプレッシャーですが(笑)、頑張りたいと思っています。

―井上さん、本日はありがとうございました。



東北大学ニュートリノ科学研究センター 学生インタビュー

写真右から、①松田さゆりさん(D1)、②林田眞悟さん(M1)、③石尾昌平さん(M1)、④立花創さん(M1)、⑤朝倉康太さん(M1)、⑥松田涼太さん(M2)、⑦小原脩平さん(M1)

―この研究室を選んだ理由は?

①松田さん
 物性か素粒子に興味を持っていたのですが、学部1年生の時にカムランドを見学して、「すごく大きくて、格好いいな」と思ったのがきっかけです。東北大学が中心になって進める大きな実験と言えば、真っ先にこの研究室が挙がりました。研究室の雰囲気も良く、中心になってできそうだなと思って、選びました。

②林田さん
 学部4年生の頃、学生実験で泡箱の実験がありました。そこで、素粒子みたいなよくわからないものを、何とかして視覚化しようとする物理学者のスピリットに感銘を受け、素粒子の道に進みたいと思いました。

③石尾さん
 この研究室には大学院生から入りました。4年生の頃、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊について詳しく勉強する機会があり、それがおもしろかったので、詳しく研究したいと思って、選びました。

④立花さん
 そもそも物理学科には天文系に興味があって入ったのですが、星自体を観測するよりも、もう少し理論的にやりたいと思いました。素粒子系の講義を受けたのをきっかけに、この研究室に入りました。

⑤浅倉さん
 素粒子に興味があり、「ニュートリノ振動」について調べていた時、ここの実験結果がよく出ていたので興味を持ち、この研究室で実験したいと思ったのが、きっかけです。

⑥松田さん
 僕はシンプルに、素粒子はロマンの塊じゃないですか。数式だけで世界を導ける。そこに惹かれて素粒子を選び、どの研究室にするか探した時、この研究室が世界と戦える場所だと、その大きさに憧れて来ました。

⑦小原さん
 素粒子や原子核の研究の方が、物性よりも格好いいなと思いまして(笑)。そこで素粒子や原子核の実験系の研究室をまわった時、この研究室が充実していて先輩たちの空気が良かったので、あっさりと決めました。

―実際に、この研究室で研究をしてみて、いかがですか?

①松田さん
 メインの実験は、二重ベータ崩壊の観測実験ですが、それ以外にも地球ニュートリノや太陽ニュートリノなど、いろいろな物理的に意味のある実験を一緒にできることが、カムランドの特徴だと思います。学生の立場でも、興味のあるいろいろなものを広く選べて、ハードからソフトまでいろいろなことを一生懸命できる環境があることが、すごく良いと思っています。

②林田さん
 ニュートリノセンターは世界的な大発見をいくつかしているので、研究室の雰囲気は、割とシビアじゃないかなと最初は思っていたのですが、実際にはそんなことはなく、自分のやりたいように自分のペースで研究できる環境が、すごく良いと思います。

③石尾さん
 まだ研究室に入ったばかりですが、カムランドの将来に役立つような可能性を検討する研究をしています。最先端の未来につながるような研究を、4年生の立場から扱わせてもらえるとは最初は思っておらず、正直びっくりしました。

④立花さん
 研究と言えば、先生から「これをやって」と言われたものを研究するというイメージでしたが、ここでは「自分がこんなことをしてみたい」「こんな結果が出た」ということを、もちろんヒントはくれますが、自由にやらせてもらっているのが良いですね。

 大学生までは人から教わったことを勉強しますが、自分の研究を始めると、学会で発表する時、年齢が異なる人達とも対等に話すことができるのが、今までとは異なる感覚ですね。この発見を知っているのは世界で自分だけで、それを他の人から聞かれるのは、不思議な感覚です。

⑤浅倉さん
 以前、物性の実験にいた時は聞ける相手が先生しかいませんでしたが、ここでは気軽に情報が入ってきます。学生も皆それぞれ違うことをやっていて、一人ひとりがプロフェッショナル。「これがわからなければ、この人に聞け」というものがあります。

⑥松田さん
 ここの研究室の一番の特徴は、人数が多いにもかかわらず、好きなことをやらせてくれること。素粒子はロマンで格好いいイメージを持ちながら、実際にやることは、ハードウェアの回路をいじったり、ガラスを磨くなど、大きな成果につながる小さなことを、自分の手を動かしてできることが、ここの特徴だと思います。

 世界的な実験の中で、一人の研究者として対等に見てもらえるのが有難い環境だと思います。自分はプロという意識を持ちながら、研究生活を送ってきました。言われたことをやるだけでは、そんな意識は芽生えて来なかったと思います。

⑦小原さん
 皆も言っていますが、実験の自由度の高さが一番の魅力です。「これがわからない」「これを確かめたい」と言うと、適切にアドバイスをくださり、必要な知識と時間と材料を与えてもらい、予算のつく範囲で、自由に実験をさせてもらえるのがとても良いです。

 当前と言えば当前ですが、自分が直接携われるのは巨大な装置の一部であり、直接、素粒子を見ているわけではありません。けれども、自分の小さな研究が、何十年後には大きな発見に役立つかもしれないですね。

―最後に中高生も含めた後輩へメッセージをお願いします。

④立花さん
 中高生の頃って、「勉強って何の役に立つんだろう?」と思いますが、自分の興味がある方向に行くのが良いと思います。将来何に役立つのだろう?というより、自分の興味で良いのではないかと思います。

③石尾さん
 自分がやりたいと思う学問をやったら良いと思います。いろいろな道は選べますから。

⑦小原さん
 リアルな話で言うと、たとえ英語の読み・書きができたとしても、コミュニケーションができなければ、国際学会などの舞台で通用しません。相手に質問されても何を聞かれているのか、わからないからです。英語を使わないところに行けば良いとも思いましたが、そんなところは世の中ありません。大学に入ってからでも良いですが、英語はどの世界でも必要だと感じています。

②林田さん
 将来のことじゃなくても、今を楽しむのが良いですよ。中高生の時間って、何をしても楽しかったと思っています。楽しめる時期に、思いっきり楽しんでおくことが良いと思います。

④立花さん
 選択肢を広めるという意味でも、あまり打算的にならずにね。どこで何が役立つか、わからないですからね。

―皆さん、ありがとうございました。

取材先: 東北大学      (タグ: , , , ,

▲このページのトップHOME


コラボレーション

宮城の新聞×次世代放射光施設 関連記事
産業技術総合研究所東北センター『TAIプロジェクト』
宮城の新聞×東北大学理学部物理系同窓会泉萩会
東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)×宮城の新聞
公益財団法人東北活性化研究センター『”キラリ”東北・新潟のオンリーワン企業』Collaboration連載企画
ハワイ惑星専用望遠鏡を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化)×宮城の新聞
宮城の新聞×東北大学大学院 理学研究科 地学専攻 塚本研究室
KDDI復興支援室×宮城の新聞インタビュー
宮城の新聞×生態適応グローバルCOE

おすすめ記事

【特集】宮城の研究施設

一般公開特集

【特集】仙台市総合計画審議会
参加レポート

仙台の10年をつくる

【科学】科学って、そもそもなんだろう?





【科学】カテゴリ の記事一覧

同じ取材先の記事

◆ 東北大学





取材先: 東北大学 の記事一覧


▲このページのトップHOME

科学って、そもそもなんだろう?
最新5件



カテゴリ


取材先一覧

■ 幼・小・中学校

■ 高校

■ 大学

■ 国・独立行政法人

■ 自治体

■ 一般企業・団体


宮城の新聞
仙台一高
宮城の塾
全県一学区制導入宮城県内公立高校合同説明会をレポ
宮城の人々


Warning: mysql_connect() [function.mysql-connect]: Access denied for user 'xsvx1015071_ri'@'sv102.xserver.jp' (using password: YES) in /home/xsvx1015071/include/fan-miyagi/shinbun/include_counter-d.php on line 8
MySQL DBとの接続に失敗しました