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2016年 08月 30日 (火)

金属学者の蔡安邦さん(東北大多元研教授)に聞く:科学って、そもそもなんだろう? 取材・写真・文/大草芳江

2012年3月5日公開

準結晶(2011年ノーベル化学賞)って何?

蔡 安邦  TSAI An-Pang
(東北大学 多元物質科学研究所 教授)

 1958年、台湾生まれ。台北工業専科学校卒(現 台北科技大学)。現地の日系企業に就職した後、1985年秋田大学鉱山学部卒、1990年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。1990年同研究所助手、1993年同助教授、1996年科学技術庁金属材料技術研究所主任研究官、2001年ディレクターを経て、2004年より現職。金属物性、特に準結晶研究を専門とし、最近では金属組織と電子構造の制御による触媒の調製の研究も従事している。日本IBM科学賞(第8回)、準結晶国際会議・第1回ジェイム・マリア・デュボア賞、本多フロンティア賞(第5回)、日本金属学会奨励賞、功績賞などを受賞、仏ロレーヌ工科大名誉博士号も受けた。

 一般的に「科学」と言うと、「客観的で完成された体系」というイメージが先行しがちである。 しかしながら、それは科学の一部で、全体ではない。科学に関する様々な立場の「人」が それぞれリアルに感じる科学を聞くことで、そもそも科学とは何かを探るインタビュー特集。

固体は、原子が規則正しく周期的に並んだ「結晶」と、
原子が不規則に並んだ秩序のない「アモルファス(ガラス)」の2つに分類される。

ところが、この常識を打ち破る物質を、1982年、
イスラエル工科大学のダン・シェヒトマン博士が発見した。

「周期性はないが、原子が秩序をもって並ぶ」という、
結晶でもアモルファスでもない第三の固体。

これが2011年ノーベル化学賞を受賞した「準結晶」の発見であり、
高温超伝導とならぶ20世紀後半の2大発見である。

しかしながら発見当初、準結晶の存在は、
結晶学の定義に反するとして否定された。

初期に発見された準結晶は質が悪いものばかりだったために、
「結晶の欠陥に由来するものであり本質的な構造ではない」という
意見が大勢を占め、新物質として広く受け入れられなかったのだ。

その風向きが変わるきっかけをつくったのが、当時、
東北大学金属材料研究所の博士課程1年生だった蔡安邦さんだ。

蔡さんが高品質で安定な準結晶をつくることに初めて成功したことで、
構造や物性の解析が飛躍的に進み、準結晶は従来の物質概念とは異なる
新しい構造物質として、広く認められるようになった。

その後も蔡さんらは、高品質で安定な準結晶を次々と発見し、
現在までに見つかった準結晶物質のうち、実に9割近くを発見。

今回のダン・シェヒトマン博士のノーベル賞の授賞説明文には、
蔡さんらの論文が複数引用されるなど、その貢献が認められている。

「準結晶の発見は、物質構造に新しいパラダイムをもたらしたと同時に、
"秩序"とは何か?という問いかけでもある」と語る蔡さんに、
準結晶とは何か、そして、そもそもなぜ準結晶を研究するのか、
そのモチベーションやスタンスなども含めて聞いた。

<目次>
自分の意思で始めた準結晶の研究は、暗中模索のスタート
博士1年生の論文が、ノーベル賞授賞説明文に引用される
従来の結晶学の常識に反する準結晶
高品質で安定な準結晶の発見によって、新物質として確立
秩序とは何かを問う準結晶
「なぜこうなるのか?」を常に考えることの連鎖
一つの視点だけで見ると、重要なことを見落としてしまう
夢や理想は自ら望むもので、与えられるものではない


金属学者の蔡安邦さん(東北大学多元物質科学研究所教授)に聞く


自分の意思で始めた準結晶の研究は、暗中模索のスタート

―そもそもなぜ蔡さんは、準結晶の研究を始めようと思ったのですか?

 準結晶の研究は、博士課程1年生から始めました。私は大学院生(修士・博士過程)の頃、東北大学金属材料研究所に所属していたのですが、研究室でたまたま準結晶をやっていた方がいまして、ふとおもしろいなと思ったことが、きっかけなんですね。それで指導教官に「このテーマをやりたい」と、自分自身の意思表示をして研究を始めました。

―最初は、準結晶のどんなところが「おもしろい」と思ったのですか?

 当時は「これぞ」と言うよりも、やはり何となく新しい物質ということで、いろいろな意味でやる余地があるのかなと思いました。私が準結晶の研究を始めたのは、準結晶の論文が発表された1984年から、3~4年が経った、86~87年くらいの頃でした。

 その頃はちょうど世界的な高温超伝導(※)ブームでした。新聞や雑誌も毎日のように高温超伝導について報道するくらい。その時、研究者が皆ドドッとそっちに流れたのです。だから逆に、一人ゆっくりやって行こう、と(笑)。

※高温超伝導:超伝導現象(電気抵抗がゼロになる現象)は通常は20K(摂氏マイナス253度)以下で起こるのに対して、100K(摂氏マイナス173度)程度あるいはそれ以上で見られる超伝導現象。冷却剤として安価な窒素が利用できるので、実用上の発展が期待されている。

―なぜ敢えて流行とは逆を行こうと思ったのですか?

 流行り出したものを競争してやっていくのは、個人的にはあまり好きではないのですね。確かに予算とか、あるいは今で言うサイテーション(論文引用)数で言うと、良いのかもしれないけど。あまり競争がないのは、じっくりやれるという意味では良いのです。

 でも当時は、まだ準結晶って、何と言うか使いものにならないし、試料もろくにできていなかったから、新しい物質として必ずしも確立されたものではなかったのですね。そのテーマをやって良いのかどうか、実は不安もありました。

―どのような不安ですか?

 普通、物質科学では、まず良い試料をつくった上で、構造あるいは物性を調べたりするのです。けれども当時、構造を調べることのできるような良い試料はなく、物性を調べようと思ってもちゃんと測れるような試料もなかった、そんな時代でした。

 ただ不安と言っても、私自身はまだ20何歳で若いから、そんな不安というわけじゃないけど(笑)。むしろ先生を含めてまわりの方から、「このテーマで学位論文をとれるかな?」と不安の声はあったのですね。

 けれども指導教官は「1年間やってみて駄目だったらテーマを変えようね」と言ってくれました。良い先生に巡り会えたのは、非常に重要なファクター(要素)ですね。自分の意思でやりたいと言った人には、むしろ挑戦させてくれるような先生でした。

―手探りの段階から、準結晶の研究はスタートしたのですね。

 そういう意味では、研究テーマは、良い試料をつくるところから手探りせねばならず、まさに暗中模索のスタートでした。

―暗中模索の中、それでも「おもしろい」と思い続けられるような、何か光のようなものは、感覚としてあったのですか?

 主に構造を調べましたが、準結晶は構造自体が難しいのです。けれども研究をやり始めて、いろいろ実際に、電子顕微鏡を見ているとね、形が非常に美しいのですよ。


【図1】まるで花びらのような準結晶の電子顕微鏡写真。直径は約500ナノメートル(ナノは10億分の1)(写真提供:蔡安邦・東北大学教授)

 例えば、この花びらに見える一つひとつが準結晶ですが、お花畑のようで見入ってしまいます(図1)。後ほどご紹介する回折パターンも、まるで星空のようで非常に美しいのです。そういう意味では、実際に構造はおもしろいと言うか、非常に美しいのですよね。

―美しさの中に、何かおもしろい構造があることが、直感的にも感じられたのですね。


博士1年生の論文が、ノーベル賞授賞説明文に引用される

―実際に研究を進めてみて、いかがでしたか?

 最初は手探りですから、きっかけは何でも良いのですが、そのきっかけがないのです。従来の論文をいろいろ読んで、皆どんな試料をつくっているか?を調べるところからスタートしました。そしていろいろ試しているうちに、比較的早い博士課程1年生の時点で、良い試料を発見することができました。


【図2】熱力学的に安定なAl-Cu-Fe単準結晶の写真(正12面体の外形を示している)(写真提供:蔡安邦・東北大学教授)

 しかも、おそらく皆さんがあまり眼を配らないような、アルミニウム・銅・鉄という、ありふれた元素の組み合わせなんです。その組み合わせの準結晶を撮影すると、12面体の外形をしています(図2)。当時は英科学誌『nature』に投稿するような文化はなかったので、国内の『応用物理学会欧文誌』に投稿しました。

 実は、その時に書いた論文、それはおそらく僕の生涯初の論文でもあるのですが、それが今回の2011年ノーベル化学賞の授賞説明文(※)にちゃんと引用されていました。そういう意味では、出だしは非常に良かったですね。

※Scientific Background on the Nobel Prize in Chemistry 2011  The Discovery of Quasicrystal(PDF):  http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2011/advanced-chemistryprize2011.pdf

―博士課程1年生の人生初の論文が、ノーベル賞に深く関係するなんて、滅多に無い、とても嬉しいことですね。その研究は、今回のノーベル賞にどのように位置づけられているのですか?

 「物質として確立」という意味では、博士課程1年生の時の仕事は、貢献したのかもしれないですね。良い試料があれば、構造解析ができるのでいろいろ調べられるのです。また、良い試料がなければ「本当に準結晶は存在するのか?しないのか?」という話になるので、その差は大きいのです。

―「新しい物質として必ずしも確立されたものではなかった」とのことですが、当時はどんな状態だったのですか?

 構造で定義することを考えた場合、従来の物質構造の概念の範疇内で、つまり結晶とガラスだけで説明がついてしまったんです。発見当初の試料は良い試料ではなかったので、結晶とガラスの両者が入り混じった状態と理解してしまえば、説明できないわけでもなく、新しい概念で考える必要はなかったのですね。

 そういうわけで、「何も新しい概念を打ち出して、実際に存在しないものをわざわざ...」と混沌とした状態だったのです。私の博士過程1年生の仕事は、良い試料を世界で初めて見つけたことで、混沌とした状態をはっきりさせました。そういう意味では、ちょっと貢献したのかな(笑)

―準結晶の存在を実際につくって証明したわけですね。そこからは「まずやってみよう」から「もっとやってみよう」に?

 そうですね。一つあれば、次はどうやってまた同じ準結晶をつくっていくかですね。そこでは「なぜ準結晶ができるのか?」をいろいろ考えなければいけません。

 「準結晶がなぜできるのか?」、少なくとも大枠のことがわかったら、今度はそれに基づいて、また新しい準結晶を探索して見つけ出す、その連鎖でやっていくうちに、いろいろなものを見つけるようになりました。


従来の結晶学の常識に反する準結晶

―準結晶が、結晶でもアモルファスでもない新たな「物質として確立」されたインパクトとは、どのようなものだったのでしょうか?科学的な概念や歴史も含めて、もう少し詳しく説明をお願いします。

 なぜ準結晶がそれほど注目されたのか?その理由は、大きく二つあります。

 まず、結晶とは何をもって結晶と定義されるか。図3上のように、一つの単位格子あるいは一つの単位を繰り返し、ずっと積み上げていくことで形成されるのが、結晶学の基本です。図3は2次元(平面)ですが、3次元(立体)でも同じです。


【図3】正方格子、正三(六)角格子、五角形格子(上)と、それぞれの回折パターン(下)(図提供:蔡安邦・東北大学教授)

 「一つの単位を繰り返す」、それは言い換えれば、「周期性がある」ということです。結晶の構造を調べるために、結晶に電子線やX線を当てて回折パターンを観察する方法がありますが、その回折パターンができる一つの大きな理由は、周期性があるからです。

 一つの単位を繰り返すから、一層目の格子面と二層目の格子面で反射される。その反射したものが、ある条件で、波が強め合う部分はスポットとして表れ、弱め合う部分は真っ暗で何も見えない。こうしてできた回折パターンを見て、結晶の構造を調べるわけです。(図3下)

 つまり、周期性があるが故に回折スポットは発生し、逆に、得られた回折スポットも必ずこの周期的な配列をしなければいけない。それが、当時の結晶学の掟だったのです。

 その掟で言うと、まず一つ目の問題は、では5角形の単位を使った場合はどうなるか?ということです。五角形の場合、平面だけを考えると埋め尽くせず、隙間が残ってしまいます(図3右)。

 すると、いわゆる物質科学において、原子は一番細密な方向で配列されるという視点からは許されないわけです。もう一つの理由は、こういう五角形を積み重ねると、(回折パターンに)周期性は出てこないと考えられていました。

 ところが、以上の2点を踏まえ、準結晶の回折パターンを見た結果、スポットは等間隔ではなかったのです。しかもスポットが、いろいろなサイズの五角形をつくっていました。これは、いわゆる5回対称のような、五角形の単位の存在を意味しています。

 つまり、先程お話した結晶学の定義に反しているのですよ。周期性がないのに、なぜスポットが発生しているのか?では、その構造をどう理解するのか?という、新たな問題がもう一つ生まれるわけです。


高品質で安定な準結晶の発見によって、新物質として確立

―それで発見当時、準結晶の存在が否定されたわけですね。

 実は、初期に発見された回折パターンには問題があって、回折スポットが潰れたり暗くなったり、形が歪んだりしていました。これは、構造中に欠陥があることを意味しています。

 もし欠陥があるとなると、何も新しい構造で説明しなくてもいいんです。先程もお話したようにガラスと結晶の中間状態であれば、それでも説明できちゃうのです。それが一つの問題なんですね。

 だから当時、準結晶が発見されても、本当に新しい物質かどうか、議論がありました。それを認めない人も多かったわけです。

 特に、二度のノーベル賞に輝いたライナス・ポーリングという結晶化学の世界的権威が、「準結晶なんて存在していると思わない」と、ずっと反対していたんですね。そういう関係で混沌とした状態が続いていました。

 私が博士過程1年生の時、最初に見つけた準結晶は、この状態を打開しました。図4は実際に私がつくった準結晶の回折パターンです。従来の準結晶より、ものすごくシャープなピークで、かつピークの数がとても多いものをつくりました(図4)。


【図4】安定なAl-Cu-Fe準結晶の電子線回折パターン(写真提供:蔡安邦・東北大学教授)

 スポットが鋭ければ鋭いほど秩序が高く、スポットの数が多いほど構造の完全性が良いことを意味しています。この回折パターンを見る限り、従来のような結晶とアモルファスの中間状態、あるいは入り混じった状態という考え方では、もはや説明できません。

 すると、準結晶という新しい概念を考えなければいけません。この試料があることで、準結晶は新しい物質として確立されたわけですね。

―博士学生1年生の段階で、自分の研究が「物質として確立」という重要な貢献をしていたことは、わかっていたのですか?

 当時は、それほど重要とはわからなかったのですよ。私は、学位をとるのに必死でした(笑)。なかなかノーベル賞と絡められる研究は願ってもやるものではないですから、今になって、特にノーベル賞を受賞して、最初の仕事は非常に重要だったなと改めて思います。それが初期の展開ですね。

 その後は、一つわかれば、またいろいろ「なぜ準結晶ができるのか?」を勉強したり調査したりして、それから約25年間、準結晶の研究を続けました。もう人生の半分は、準結晶をやっていることになりますね(笑)。

 そういう意味では、20数年、日本の仲間たちとコツコツ進めていった結果ですから、今回のノーベル賞受賞は励ましになるのです。最近の傾向として、ぱっとおもしろいことが出てきて予算がつくと、皆さん飛びついて研究する感じだけど。むしろじっくりやった方が、本当に良い仕事、残る仕事ができるのではないでしょうか。


秩序とは何かを問う準結晶

―先ほどの、説明できない構造は、どうやって説明するのですか?


【図5】この格子点の集合に秩序が見えてくる?(図提供:蔡安邦・東北大学教授)

 では、まず最初に、図5を見てみてください。これは結晶なのか、ガラスなのか、わかりますか?

―うーん、規則的には見えないので、結晶には見えないですね。ガラスと言うか、ゴミみたいに秩序なく見えます。

 結晶には見えないですよね。でも、これを線で結ぶと、図6左のようになるのです。このパターンは、発見者の名前をとって「ペンローズ・パターン」と呼ばれています。

 準結晶が発見される前の1974年、イギリスの数学者・ペンローズは、ある法則に従って、二種類のタイルを貼り合わせ、敷き詰めていくと、隙間なく平面を埋め尽くすことができるパターンを発見しました。

 このペンローズ・パターンの頂点に、原子をおいて回折を起こしてやると、つまり光学変換してやると、図6右のような回折パターンが見られるのです。


【図6】図5の格子点を線で結んだペンローズ・パターン(左)とその回折パターン(右)(図提供:蔡安邦・東北大学教授)

 こうしてやれば、秩序があるとすぐに皆さん、わかりますよね。ですから、準結晶の発見は、物質における秩序とは何か?という問いかけでもあるのですよ。

―今まで人間は、それを秩序として捉えられなかったのですね。

 どうしても人間には先入観というものがあって、秩序とは周期であるというイメージがありますからね。電子線やX線回折は先入観なしで物質の構造を見ているために、埋もれた秩序を掘り起こすことができるのかもしれませんね。

 そういう意味では、普通の結晶(図3下)に比べて、準結晶の回折パターン(図4)の方が美しいですよね。ですから「美しい」とは、そういう意味なのですよ。電子顕微鏡の中に、こんな光景が広がっていたら、それは魅せられてしまいますよね。

―人間が神秘的な美しさを感じるのは、そこに隠された秩序があるからなのでしょうね。そういえば、ペンローズ・パターンの回折パターン(図6)は、準結晶の回折パターン(図4)と、とてもよく似ていますね。

 そうですね、似ていますね。ですから、準結晶が発見された時、ペンローズ・パターンは、準結晶の骨格構造だと認識されました。このように準結晶の構造概念は、かなり早い時期に確立されたのです。

 しかし、準結晶の構造が新しい秩序をもつ物質構造として認められたのは、良質で安定な準結晶が発見された後のことでした。先ほどもお話したように、実際に準結晶の詳細な構造を解き明かすためには、良質な試料が必要だったのです。


「なぜこうなるのか?」を常に考えることの連鎖

―一番最初に安定な準結晶を発見した仕事も大変重要ですが、その後も蔡さんは安定な準結晶を次々と発見し、現在までに見つかった準結晶物質のうち、実に9割近くを発見していると聞いて、大変驚きました。どうやったら、そんなに次々と発見できるのですか?

 ははは(笑)、それはやっぱり一番最初にお話したような話で、研究をやりながら「なぜ準結晶ができるのか?」を常に考えているわけですよね。

 「なぜ?」とその根源を考えているうちに、「もしかしてこうかな?」と思い、「じゃあ、実験でこれを証明してみよう」とやってみて、いろいろ確認しながら進めていくと、一つのものができて、もう一つのものができます。

 いくつかできると、共通点を見つければ、今度は整理ができるわけですね。例えば3つくらいあれば、原理原則はある程度考えられるわけです。すると「なぜできるのか?」の理由がわかる。

 そこから「その理由は本当かな?」と考えて、またその原理原則に基づいてやってみると、いろいろできてくる、その連鎖ですよね。そんな感じで、自然にやってきました。

―準結晶をつくること自体が目的というよりも、まず根底に「なぜ準結晶ができるのか?」という問いかけが常にあって、原理原則をつくりながら、それをいろいろ確かめていくうちに、結果として次から次へと準結晶ができた、という感じなのですか?

 そうそう。「これがこんな原理原則でできるのなら、これもできるはずだよね、だったら本当かな」ということを繰り返してやっているうちに、次から次へと。研究をやっていて、やっぱり常に考えるのは同じで、そこなんですよね。

 もちろん、もっと頭の良い人はさらに細かく考えていろいろ計算したりすると思うけど。我々実験屋さんが一番手っ取り早いのは、「なぜこうなるか?」を考えて、「こういう概念で正しければ、これもできるはずだ」と実際につくっていくことなんです。

―そんな感じで、自然にやっていたら、24年が経っていた感じなのですか?

 そうですね。他のこともやっていますけど、基本的にはずっと途切れることなく。そうやって準結晶を継続していたら、一連の発見に全部関わっているのは私一人だけ、ということになりました。実際は私一人だけでなく、途中でいろいろな人と一緒にやったこともあるけど、全部関わっているのは私一人だけですね。

―なぜ蔡さん一人だけに?

 それは、この研究をやっていても、別に予算がたくさん獲得できるわけでもなく、それでお金儲けできるわけでもないんですよね。ですから、あまり競争する相手はいないです(笑)。「何となくこれはおもしろいなぁ」というものですから。


一つの視点だけで見ると、重要なことを見落としてしまう

―今はどんな研究をしていますか?

 2004年に東北大学に戻ってから、準結晶の研究もしながら、準結晶研究で培ってきた概念を活かして、触媒の研究もやっています。ですから今の研究室は、準結晶と触媒、二つの両輪でやっています。

―準結晶の概念を活かした触媒の研究とは?

 この組み合わせでなぜ準結晶ができるのか?という概念を、今度は触媒に活かして、いろいろな組み合わせで他の触媒をつくれないかな、という研究です。

 その中で一番狙いたいのは、白金やパラジウムなどの貴金属を使わなくても、同じ性能だったり、ある特定の性能を置き換えるような組み合わせを探したいな、というセンスでやっています。準結晶は構造ですが、触媒は物性(物質の性質)を変えるわけです。

―研究のスタンスとしては、準結晶と同じような感覚ですか?

 そうですね。やっぱり仕事の大筋は全部、通っていますね。おそらく原点は同じところから来ているな。もちろん後のアプローチはいろいろ変えなければいけませんが、一番大筋の原理原則は、同じですね。

―そのような一つの筋を通して研究を続けてきた蔡さんが今、見えている世界とは、どんな世界ですか?

 触媒は構造ではなく物性なので、「原子顕微鏡を見て美しい」ということはあまりなく、見えているものは準結晶とは違います。ただ、二つの研究は全部、金属という概念で結びついているのです。

 触媒の研究は10年に入ろうとしていますし、準結晶の研究は始めてから24年、実は、やる度に理解は深まっていくのです。最初に原理原則をつくるのは大変ですが、いろいろなものが全部リンクして、それが一回できてくると、今度見えてくるものは多いのです。

 同じ金属でも、構造と物性では、視野がさらに広がった感覚があります。あくまで研究者の立場で言いますが、同じものであっても、常に見方を変えていくことは、とても大事なことなのです。

 例えば、実験してうまくいかない時もありますね。けれども、うまくいかないのは「狙い通りの結果ではなかった」という意味で、ちゃんと実験をやっていれば、失敗なんてないのです。うまくいかないことも、一つの結果なのだから。それを時々、見方を変えて見てみると、むしろ大事な結果かもしれないですね。

 最近は、同じ物質でも、いろいろな視点で見えるようになってきました。「ここから見ると駄目だな、おもしろくない」と、別の方向から見るんです。一緒に研究している、いろいろな分野の人たちから、いろいろな視点を学びました。

 私の専門は金属ですが、準結晶の研究者は物理学者が多いのです。私、物理屋さんから学んだこともたくさんあって、そのセンスを身につけることも大事ですね。すると後々、物質を見る時、金属の眼だけでなく、物理の視点から見ると、おもしろいことがいっぱいあるんです。そこにも活かされているんですね。

 今の触媒は化学の人と一緒に研究しているので、もう一つ、化学の視点でも見えるようになってきました。逆に、化学の眼ではおもしろくなくても、金属の眼から見るとすごくおもしろいものもあります。すると、いろいろなテーマが生まれるんです。

 ですから、自分が持っているセンスは、準結晶も触媒もいろいろな人と一緒に研究をやってきたことで、いろいろな視点で、何でもおもしろく見えるというようなものですね。

―複数の目でものを見て、それがどんどんリンクしていく感じなのですね。

 そうなんですよね。準結晶なんか、性質や特性だけで見ると「使えない」となってしまうけど、そういうものではないのですよ。最初は「美しい」と思うセンスだったりするのですよね。

 そもそも最初の自然科学は、それをすぐ使えるようになるなんて、誰も思っていないのです。積み重ねるうちに「あぁ、そこは、そういうところあるな」と、後からわかるものですよ。

 ですから研究を、ただ「性質」だけ、あるいは「使えるものになるか・ならないか」という視点だけで見ると、どうしても視野が狭められ、重要なことを見落としてしまうことは、よくあることです。僕の研究は、まずそれを見落とすことなく、いろいろ見えるのですよね。

 でも若い頃は、学位を取るために、がむしゃらにいろいろな論文を書くとか。今の様子を見ると、もう少し落ち着いて、違う視点で見るようになったら良いなと思うのだけども。きっと年齢の関係もあるのでしょうが、僕も歳を取ったなぁ(笑)。

―でも、そもそもの根源を知りたい、という筋は変わっていないのですね。

 今はもうちょっと視点がいろいろあるけど、根源を掘りたい、そこが僕の研究の原点。最初から「なぜできるのか?」、そこからいろいろな「なぜ?」というクエッションが生まれて、研究を続けてきました。そこは基本的に変わっていないですね。


夢や理想は自ら望むもので、与えられるものではない

―最後に、今までのお話を踏まえて、高校生も含めた読者へのメッセージをお願いします。

 やっぱり、考えることが一番大事じゃないのかな。今あまり考えていないことは、勿体無いです。何をやっても、「なぜ?なぜ?」を常に問うこと。それがいっぱいあることが、理系・文系に限らず、一番大事じゃないかなと思います。

 それと、もし理数系を目指しているのなら、研究者の素質として一番重要なのは、素直さです。考えることも大事ですが、それ以前に、素直さが大事なんですよね。

―素直さとは?「なぜ?」と自然現象に対して素直に問える心の状態という意味ですか?

 そうですね。それもどこかリンクしているかもしれないですね。それができるか・できないかですね。あくまでスタイルであって、こうすべき・ああすべきの方法論は、わからないけれども。

 つまり、何のために研究をしているのか?知的好奇心以外の目的とか、いろいろ変な理由になっちゃうと、たびたび変な方向に行っちゃうのね。ですから、自分の仕事を楽しめるかどうかではないでしょうか。もし将来研究者を目指すのなら、それをやれるのが最高ですね。

 あとはやっぱり、自分は何をしたいのか。2008年ノーベル化学賞を受賞された鈴木章先生のおことば、"夢や理想は自分で望むものであって、与えられるものではない"に集約されます。ですから、あまり理数科離れとか、そういうことを気にする必要もないし。やっぱり、いつだって、そういう人はいるだろうと。「夢を抱こう」とか、いろいろ言うけれど、それは言ってあげても仕方ないのね。結局、そんなところでしょう。

―蔡さんが大切にされているスタンスを、最後にメッセージとしてまとめていただいた形になったと思います。蔡さん、本日はありがとうございました。

2012年3月15日(木)、せんだいメディアテーク(仙台市青葉区)にて開催される「東北大学理学部開講100周年記念公開シンポジウム」では、蔡安邦さんの講演やサイエンスカフェなども行われます。ご興味のある方は、公式サイトをご覧ください。

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