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2017年 06月 27日 (火)

ゴールを定めながら、その時点でできる研究を進めていった




ゴールを定めながら、その時点でできる研究を進めていった

 だんだん実用的な話になっているかもしれないけど、基本はやっぱり「あれ?不思議だな」と思うことです。「不思議だな」と思うことが、だんだん「もっとよく見てみたい」となる。そして「もっとよく見たい」を実現するために、いろいろな装置開発をする。

 けれども装置開発は、結局一人でできるものではなくて、いろいろなメーカーさんとの共同研究で進んでいくわけね。そして、他の研究者との話し合いで新しく開発していく。そういったものを総合することによって、観察装置ができます。

 観察装置ができると、それで新しい現象を見ることができます。新しい現象を見ると、またおもしろいことが出てきますね。すると今度は、理論屋さんが出てきます。そういう風にして、だんだん輪が広がっていくのです。

 逆に言えば、何かを研究するために、例えば宇宙での結晶化を調べるために、ストレートにそこに突っ込むことはなかなか難しいんだよね。考えたとしても、技術的にそこまで達していないかもしれないし、装置がないかもしれない。

 だから、右に行ったり左に行ったりしているように見えるけど、ゴールはそこに定めておきながら、その時点でできる範囲での研究を進めていった。振返ってみると、それがうちの歴史なのかなという感じがしますね。


結晶成長をものさしにして、宇宙や地球の成り立ちを理解したい

―そもそも塚本さんの研究の「ゴール」とは何ですか?

 ゴールには、二通りあります。まずは、地上での結晶成長をちゃんとコントロールしたいというのが一つ目のゴール。もう一つは、宇宙空間で46億年前にできた結晶化が、本当にどういうスタイルで起こっていったのか見極めたいという興味ですね。

 宇宙の46億年前の太陽系誕生の話は、どちらかと言うと、天文の話だよね。天文は望遠鏡の世界だね。けれども僕は、その世界に顕微鏡を持っていきたいのです。

 「はやぶさ」は試料を宇宙から取ってきて地上で調べようとしています。けれども、顕微鏡や観察装置を直接むこう(宇宙)に送り込んで調べていくのが、これからのスタイルじゃないかなと僕は思いますね。

 つまり、結晶成長というのは、ひとつの道具なのです。それをひとつのメジャー(ものさし)として、宇宙や地球の成り立ちや生命体の発生、そういったことを理解したいというのが、研究内容ですね。


興味からボトムアップ的に展開する研究はあるようでない

 結局、上から「何かやりなさい」と言われた形ではなくて、自分の興味がそもそもの出発点で、そこからネットワーク的に広げていったという形が、これまでの歴史なのでしょう。

 このようにボトムアップ的に発達した研究というのは、意外とあるようでないんだよね。しかも、それを宇宙で使おうなんて計画は今までになかったから、これまでもESAやJAXAなどが興味を持ってくださったのでしょう。

 他のどこにもないからこそ、おもしろいのかもしれないよね。だから「こんなことやりたい」と素直に提案しても、パスして実験できるのかもしれません。

 学生もいろいろな研究をしていて、一見すると全然違うテーマに見えるかもしれません。けれども「結晶成長」「その場観察」「宇宙」、そういったものがキーワードでしょうね。


自分で実験装置をつくるから、新しいことができる

―ボトムアップ的に展開した研究だからこそユニークで、かつそのような研究は少ないとのことですが、
 ではなぜユニークな研究は難しいのでしょうか?

 うーん、なんでだろうね。少なくとも僕らは、光をうまく使って観察する装置を、今までいろいろ開発してきました。そのノウハウがあるから、光の工学の限界をちゃんと知っているわけだよね。だから「ここまでできる」とわかるわけね。

 一方、他の人は、例えばどこからか製品の顕微鏡を買って調べるだけだから、そのメーカーが考えたもの以上の仕事はできないわけです。「ここまでできる」と思わないのね。

 そして限界というのは、別の言い方をするとね。地球科学の研究者は、装置はあまりつくらないですね。買ってきた装置で分析する人がほとんどです。ですから、なぜ他の人はやらないかと言えば、自分でつくらないからだと思います。

 けれども「こんなことをやりたい」と思うなら、自分で実験装置をつくるべきだよね。それをできるから、けっこう新しいことができるんじゃないかなと思います。

 例えば、「こういう装置があるから、これができます」じゃなくて、「こんなことを見たい」とする。次に、結晶表面を見たいとするなら、具体的にその何を見たいのか。表面と言っても、ピンからキリまであるよね。

 そして、分子がつくるような階段を見たいとするのなら、それに合う装置を自分で考えてつくれば良いわけです。そういうところが工夫なのでしょうし、その工夫がないから新しいことはできないんじゃないですか。

 宇宙実験においても、日本はアメリカのコピーが多いですね。なぜオリジナリティがないかと言うと、やっぱりその装置を自分でつくらないから、その限界がわからないわけです。

 売ってある装置なら何でもできるかもしれないけど、逆に言えば、特別なことはできないよね。


装置を壊すくらいの冒険ができることが大切

 装置をつくれないのは、地学ではそのような訓練や教育を受けていないせいかもしれません。電子顕微鏡を買ってきて、それで観察するのがせいぜいなのかもしれないね。

 けれども、本当にそれを知りたかったら、電子顕微鏡くらい自分でつくったって、いいんだよね。自分でつくれば、いろいろな装置を工夫で壊したりすることができます。ところが、これが高価な顕微鏡を買ってきたとなれば、なかなか壊すことはできませんね。

 けれども研究は、100回実験して1回成功すれば良いのです。だから、その装置を壊すくらいの冒険ができることが大切じゃないかな。反対に、借りてきた装置や高価な装置は壊すわけにはいかないから、なかなか新しい実験はしにくいよね。

 我々は、ほとんど自分でつくっているので、壊すことはできます。アイディアは自分、つくっているのはメーカーさんだけど。それで新しい実験をできるわけです。

 そして、だんだん原理がわかってくると、限界がわかってくる。そこで初めて自分の工夫した装置でもって、自分の知りたいことをちゃんと見ることができますよ、ということなんですよね。


お金をかけずにつくれるチームワークの力

 自分で装置を考えてつくる。けれども、つくろうとすると普通はお金がかかる。そこで、お金を払わないで、一緒にやりましょうよというチームワークができているところも、また別の力なのでしょう。

 「シャボン玉の膜、どうしてでしょう?」。役にも立たないことをやっていたとしても、だんだんものになっていくわけね。そこをどうやればよいか。工夫だよね。

 お金を出す側はメーカーさんだけど、メーカーさんも得するような、持ちつ持たれつの関係をちゃんとうまくつくっていかないと、相手がいくらお金を持っていても動かないよね。

 メーカーさんに「こんなのに興味あるでしょう?」と言ったって、「いや、そんなの大したことないよ」と言われるのが落ちだよね。そこを、どうやって興味を持たせるかだよね。

 学生さんに対しては失礼な言い方かもしれないけど、学生さんが興味を持つようなところは、メーカーさんにとってはすぐにお金にならないところかもしれないね。けれども何かその研究者や技術者が動いてくれるのではないかという意識があって、やっぱり興味を持つのだと思いますよ。

 あるいは技術的におもしろくなくても、結果的に、「だったらお金を出しましょう」となることもあるわけね。例えば、オリンパスと宇宙、関係ないでしょう?この意外性で「だったら宣伝に使いましょう」と思う人もいるわけです。


持ちつ持たれつの関係

 今でも某社のある部門は、僕の考えている装置のアイディアを使っているところがあります。ここで何かができているとするならば、それをコピーして他のところでも使いたい需要が出るでしょう?

 それは顕微鏡や胃カメラのように大量に出る製品ではないだけど、特殊な分野では、割と使われることがある製品につながっていることは確かですよね。結構いろいろなところで、持ちつ持たれつの関係があると思います。だから、いろいろとしてくれるんですよ。

 会社にしても利益にならないとすまないという部分は、会社の建前として当然だと思うのね。けれども、それだけじゃ夢がないし、良い技術屋が集まってこないでしょう?では夢を持っている技術屋を集めようとすると、何かプロジェクトが必要なんですよね。

 その一つとして、我々のやつを使ってもらえれば良いというスタンスで、今でもつき合っているのです。どちらかと言うと、理学部の中では、会社とコンタクトするのが多い方かもしれないですね。

 騙し騙し、逆に騙されているのかもしれないし。騙し騙されて仕事をするところなのかもしれないですね。けれども例えば、食塩をこんな形にするとか、炭酸カルシウムをきれいに並べるとか、さあそれでどう役に立つかは直接的ではないんだよね。

 とは言え、いろいろな人が興味を持ってくれているということは、やっぱり不思議なものを解き明かすところと、解き明かすための方法をちゃんと工夫して開発しているところ。そういったところを皆さんに評価していただいているのではないでしょうか。


基礎的な知識を活用することで、いろいろな分野に関わる

―そのようなところに多くの人と共有できる接点があるのですね。

 そうですね。そして共同研究のグループには、お医者さんも歯医者さんもいます。胆石も歯も骨も皆、結晶なんですよ。タンパク質もそうでしょう。生医学関係にもつながりがあるんです。

―結晶は身のまわりにあふれているのですね。そういう意味でも接点はたくさんありますね。

 そうなんですよ。けれどもそれは地上の経験ね。宇宙に行ったら、結晶にならないでほとんどガラスになってしまうんです。そこがおもしろいのですけどね。あとは、身近なところからスタートするのも手なんですよ。例えばシャボン玉にしても製氷皿にできる氷にしてもそうなのですが、コンクリートひとつ取ってみても、そうなんです。

 古代ローマ時代の神殿は、全部コンクリートでできているのですが、古代コンクリートは1000年以上も持っています。一方で、現代のコンクリートは、100年も持たないでしょう?なぜ古代のコンクリートは持って、今のコンクリートは持たないのか?それを考えてみると、おもしろいところがいっぱいあるんです。

 つまり結晶成長は、決して半導体やLEDの話だけではないんですよ。基本的な知識をうまく活用することで、いろいろな薬やコンクリートから生物や地球まで、いろいろな分野に関わる話なのです。

 しかしながら、今までそういった研究は、半導体のような応用研究、それに対する基礎研究というカテゴリーで、一色に分けられていました。けれども実はそうじゃなくて、基礎研究でもそろそろ応用研究に進めなくちゃならない分野はわんさかあるのです。

 今は半導体の研究をする人がまだまだ必要ですが、その次は、やっぱり環境と結晶成長が結び付いたような技術者や研究者がいっぱい必要になる時代が来るでしょうね。まだまだやることはいっぱいあるんです。


理論と実験のギャップで研究は進歩する

 それと、ここでは理論屋と実験屋の区別はあまりしません。普通は、実験屋のグループと理論屋のグループがあります。けれども、ここには理論屋さんもいるし実験屋さんもいるし、その組み合わせでうまくいっているわけです。

―理論屋と実験屋を区別しない理由とは何ですか?

 やはり研究というのは、理論と実験でギャップがあるから進歩するのでしょう。先述のコンドリュールで言えば、理論屋さんは1万年かかると言ったものを、我々は実験で1秒でできると言いました。理論と実験の差があるから研究をしようとなるわけです。

 このような違いがあるということは、何か考え方が違っているということです。それが新しいところではないでしょうか。それにはやっぱり測らないとだめだよね。

 地球科学も、これまで定性的な話をしてきたけれども、時間や温度といった定量的な話をしていかなければ駄目な時期になっているのではないかと思うのです。

 地球科学にも、確かに温度や圧力はあります。けれども時間的にどのように変化するかは、あまり考えてきませんでした。地球科学的な年代とか、そういうことで誤魔化してきたのかもしれないのね。

 けれども、本当はそんなことはなくってさ。さっきコンドリュールの話をしたけれども、たった1秒でできちゃえば、今までの考えが変わってしまうのですね。


二番じゃダメ

 僕自身も、実験装置に凝る時期もあるし、理論に凝る時期もあるし。けれども、やっぱり一言で言えば、理論と実験の差があるから進歩するんだということだね。あるときは理論が発展するし、あるときは実験が発展するしね。

 理論屋さんと実験屋さん、常に競争ですよ。たとえ理論で予想したことを、そのまま実験的にやれたとしても、それはあまりおもしろくないわけです。それは単に実証されただけだよね。

 精密に測って丹念にやることも必要なことだけど、人がやっていることを精密に実証するだけじゃ、何一つおもしろいことはない。それは何だかモチベーションが続かないケース。少なくとも私に関してはね。

 やっぱり一番にわかりたいと思うよね、誰以上に。二番じゃダメなんですよ。「わかった!」時の感激ってやっぱり大きくて、それはやった人でないとわからないものです。

 そういうことは、ものをつくって「できた!」という感性と同じでしょうね。それも、他の人がつくったものを複製したのと、世の中で初めてつくったのでは、意気込みが違うと思うのです。その違いだよね。

 今の世の中では、「それで何になるんだ?」っていうところが問われているけれども、その結果として、輪が広がって、新しいひとつレベル上の研究なり製品ができることになることは万歳だと、僕は思うのだけどね。


人と違うことをやりなさい

―最後に、今までのお話を踏まえて、中高生も含めた若い世代に対するメッセージをお願いします。

 人と違うことをやりなさい、ということしかないね。次世代...ま、次世代でなくても、うちの学生さんと同じですね。うちの学生さんに言っていることは、どうせ人生一回しかないのだから、人とは違う仕事をしたいよね。それだけです。

 それをやろうとするなら、人がつくった装置を使ったって、仕事はできませんよ。自分で工夫してやってください。そして、たとえ人から聞いた話でも本当にそうなのでしょうかね?自分が本当に納得した話なのでしょうかね?と考えると、不思議なことはわんさかあると思いますよ。


身近なことを馬鹿にしない

 それも同じことをやるのだったら、その具体的なことを考えられる人が強いですよね。例えば、半導体でこんなことをやっています。それを「こういう機能を持った半導体をつくりたい」と具体的なイメージを持ってやるなら「こういった装置が必要です」と考えられるよね。

 その具体的なことを考えるときに、身近な現象、例えば冷蔵庫の氷がどうなっているのかを考えることは、非常に良いヒントになるのです。例えば、DNAの集合体ができる時と冷蔵庫の中で氷ができる時は、あるところは非常に似たところがあるんですよね。

 身近なことを馬鹿にしないというのが、まはず大事なのでしょう。それだけ追いかけて仕事になるとは思わないけど、なぜそうなっているんだろう?と身近なことからスタートすることは大事なことです。

 例えば、このペットボトルのふたにしても、全然水漏れないのはなぜだろう?とかね。ふたにスリットがあるけど、なぜこのスリットはあるのだろう?と考えてみると、やっぱり理由があるのね。それがわかると、自分のところでも使えるようになるわけです。


自分で制限しない

 この分野でわからないことが、実は、他の分野では既にわかっていることかもしれません。だから「地球分野はこういう分野」と自分で決めつけずに、別に生物も何でも地球科学だと自分で思ってしまえば、自分のテリトリーを増やすことができるわけですね。

 「地学だから」「地球科学だから」「地球惑星科学だから」こんな分野をやるのが研究内容です、と自分で制限しないことです。それで全うすれば何をやったって良いのです。自分で制限をつけずに自由なことをやれば、新しい研究ができますよ。

 今はいるかどうかわからないですけど、「鉱物学はこうなんです。だからこれは鉱物学ではないです」とか、平気で言うような人もよくいたんですよね。けれどもそんなことを言っていたら、だんだん領域や分野は縮んじゃって、無くなっていっちゃうと思いますね。


新しい芽を出させることも仕事

 だいたいね、まぁ、学生の頃に考えたこと、20歳以前に考えたこと以上のことは、歳を取ったって、できないものだよ。

―逆に言えば、20歳までに考えたことを実現するために、実際にやることはいっぱいあるのですね。

 そうだね。それでいっぱいやろうという時、やっぱり歳をとれば一人でやるのには限界があるよね。ですから、先ほど言ったように、「自分はこう考えるのだ」と人に話して、仲間を増やすのです。

 そして興味を持っている人たちが集まって、「では私はこれやろう」と、だんだんやる領域が出てくる。すると、自分が直接やらなくても結果だけはわかる便利な世界になるかもしれないし(笑)

 それは多分、僕が自分でやるよりも、その研究者が良い成果を挙げるのだろうからね。やっぱり種を植え付けて、新しい芽を出させることも、大学の先生の仕事なのでしょうね。

 それで、一人ずつ違うことができるような研究者になってくれれば良いと僕は思っているんだね。だから、僕のところでドクターをとった皆さんは、良い大学や研究機関で良いポストをとっているから、それは認めてもらえるんじゃないかと思いますけどね。


研究とは、縦糸と横糸の組み合わせ

 うーん、何を話すか考えながらここまで喋ったのだけど。でもやっぱり、縦糸と横糸の組み合わせだよね。まっすぐ一本でやったって、やっぱりうまくいかないということ。

 やっぱり良い学生と良い研究者を集めるのが、大事な仕事なのかな。確かにね、アインシュタインみたいな天才的な人が一人いれば、すごく仕事が進むような世界もあるかもしれないけど、我々はそうじゃないからね。

 つまり、「総合的な」学問の結果として、いろいろな結果が出てくるわけです。「総合的な」とは、いわゆる普通の意味ではなくて、人間的な関係とか無機的な関係とか精神的な関係とか、そういったものを合わせたものの総合なんでしょうね、研究というのは。

 とは言え、モチベーションがやっぱり大事で、何と言ったって興味を無くさないことですよね。結晶成長は既に終わった分野とも言われていますが、考えてみると、結晶成長の基本的な研究が始まったのは1950年頃で、まだ100年も経っていないわけです。

 ですから、ある初期段階の研究は終わっているかもしれないけど、そこからいろいろな分野、例えば、無重力やバイオと組み合わせて結晶成長の研究をするなんてことは、これからわんさかあるんだね。やりたいことはいっぱいあるし、知りたいことはいっぱいあるんです。

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―不思議なものを解き明かすための方法を工夫して開発していくことが縦糸だとすると、たとえそれがまっすぐ一本あったとしても、一枚の布にはならない。人と人とのつながりという横糸との組み合わせがあって初めて一枚の布になる。とはいえ、そもそもの興味を無くしてしまえば、縦糸も横糸も生まれてこない。こういったイメージで本日のお話を、塚本さんの科学に対する姿勢としてとらえることができたと思います。塚本さんには、これからシリーズでお話を伺う予定です。塚本さん、本日は長い時間どうもありがとうございました。




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