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2017年 04月 29日 (土)

東北工業大学学長の沢田康次さんに聞く:科学って、そもそもなんだろう? 取材・写真・文/大草芳江

2010年5月22日公開

目で見なきゃ、だめなのです

沢田 康次 Sawada Yasuji
(東北工業大学学長、Ph.D.)

1937年大阪生まれ。東北工業大学学長。1962年東京大学大学院工学研究科電子工学修了、1966年ペンシルベニア大学物理学科博士課程修了(Ph.D.)。1973年東北大学電気通信研究所教授、1996年同研究所長、2001年東北工業大学教授、2006年同大学副学長を経て、2008年同大学学長に就任。関連分野は複雑系の物理学、非線形非平衡物理学、生物物理学、脳科学、コミュニケーション科学。主な著書に、「ゆらぎ、カオス、フラクタル」(共著、日本評論社)、「自己組織の科学」(共著、オーム社)、「バイオメミティックスハンドブック」(エヌ・ティー・エス社)等。

 「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします


30歳の頃、3ヶ月間ずっと白い壁だけを
眺めながら、沢田さんが考えたこと。

それは、目で見えないものではなく、
目で見えるもの、リアルに感じることを、
対象とした科学をしよう、ということだった。

何の脈略もないように見える複雑な世界も、
自らストーリーを紡げれば、目に見えるものは、
生き生きと、まるで宝石のように輝く。

「生き生きしている現象と生きていることの科学」
―そう自らの研究分野を表現する沢田さんという「人」の
リアリティーから見える、科学とはそもそも何かを探った。

<目次>
ページ1:科学に必要なのは、感性とそれを伝える力
ページ1:感動って必要なんだよね、科学に。
ページ1:好き嫌いをはっきりすることは、科学ではすごく大事
ページ1:クズか宝石かは、ストーリーを紡げるかどうか
ページ1:なぜ通分するの?
ページ1:創造的科学とエンジニアの違い
ページ1:枠組みを変えることが、一番おもしろい科学
ページ1:科学ははじまってから、まだ400年しかたっていない
ページ2:「生き生きしている」とはどういうことか?
ページ2:フラクタルとカオス、日本の第一人者は...
ページ2:物理の真髄は、どんな複雑なことでも、少数のものに分類できること
ページ2:生き物が「生きている」とはどういうことか?
ページ2:"外"から見た科学だけでは満足できない
ページ3:心を科学する
ページ3:自分が主体となり、なぜ原因となれるのか?
ページ3:心を相対化する
ページ3:科学の歴史は、相対化の歴史
ページ3:なぜ心って「生き生きしている」の?
ページ3:僕はいつでも僕だから


東北工業大学学長・沢田康次さんに聞く


―沢田先生が一番リアルに感じる科学とは、そもそも何ですか?

リアルに感じる科学ねぇ...

目で直接見えないものは、
科学として感じにくいですよね。

だから、生物でも気象現象でも、
なんでも目に見えるものが、
非常にリアルに感じます。

で、その前に、
言いたいことがあるのだけど...


科学に必要なのは、感性とそれを伝える力

ものの自然の姿をそのまま感じる感性が、
科学には、絶対に必要なんですよね。

例えば、写真に撮って見るのでは、全然だめ。
それは、芸術家にも同じことが言えます。

芸術家が、写真に撮って、それで絵を描いたら、
その絵は死んでいます。

科学も、それと同じことが言えるのです。
目で見なきゃ、だめなのです。

では、なぜ目で見なきゃ、だめなのでしょう。

目や耳、からだは、数え切れないほど、
いろいろな情報をとらえています。

ところが、写真では、
それを全部、とらえきれないんですね。

例えば、写真なら、
ある時間一点の情報なので、
ダイナミックさがわからない。

じゃあ、ビデオならいいの?と言えば、
画面に現れるのは一部であって、
そのまわりに風が流れているとか、
そういうことは、全部わからないわけです。

だから、目で見なきゃ、だめなんですね。

さらに、目で見る見方は、人によって全部違います。
いろいろな見方があります。

力さえあれば、すべて科学になるのです。

それは、絵でも一緒ですね。
対象を見て、いろいろな絵になるんだ、ってね。

けれども、力強い絵とそうじゃない絵があるように、
科学にも、力強い科学と弱々しい科学があります。

では、力強い科学とは、何でしょう。
それは、その人の感性がどれくらい良いかと、
それを相手に伝える力があるかどうかだね。

科学もやっぱり、
他の人間に伝えないと、科学にはなりません。
それは、絵も一緒ですよね。

つまり、感性とそれを伝える力なのです。

小説家でも、同じですよ。
いろいろな人の、ごまんとある話の中から、
自分が感じるストーリーをとり出してきて、
それを人が感動するような文章に書く力。

科学でも音楽でも小説でも、全部一緒です。
人から聞いたものでは、だめなのです。

―そのようなことって、昔から強く意識していたのですか?

ふふふ(笑)
もしかすると、どんどん変わるかもしれないけどね。

自分は良い感性を持っていたかもしれないけれども、
自分じゃあ、わからないものだよ。

「おもしろい」と思って、
衝動として動いているだけだからね。

けれども、結局はそういうことだということが、
サイエンスというものが、だんだんわかってくる。

だから、年をとるのも、いいものだよ(笑)


感動って必要なんだよね、科学に。

―沢田さんは最初から「目に見えるもの」を
 対象にして、科学をしてきたのですか?

30歳の頃、「好きなことをやって良いから」
と呼ばれてアメリカから日本へ戻って来たとき、
最初の3ヶ月間はずっと白い壁を見ていたの。

―白い壁を見ながら、どんなことを考えていたのですか?

これまで「目に見えないもの」を
対象にして、科学をやってきた。

けれども、それでは自分は、
これから新しい科学をつくれない。

ならば、自分でしかっと目に見えるものを対象にしよう。
そこで、「生き生きしている」ものを対象にしたのです。

―そもそもなぜ「生き生きしている」ものに、
 沢田さんはひかれたのですか?

動かないものは、自分の興味をひかなかった。
それに一生をかけようとは、思わなかった。

感動って必要なんだよね、科学に。

感動がなければ、一生やろうだなんて、
そんな馬鹿なことは思わない。

感動さえすれば、
そのことを一生やろうと思うんだね。

それで、「生き生きしているもの」が
サイエンスであるか?と思って見てみたら、
まわりになかったから、やっているの。

生き生きしているサイエンスです。
今までの物理学は、生きている生命の学問ではない。

ニュートンの方程式とかね、
マクスウェルの電磁気の方程式、量子力学も、
全部、生命とは無関係な科学です。

―逆に、これまでの科学は、あえて「生命とは無関係なもの」ものとして
 扱ってきたことで、発展してきたのではないですか?

「生命とは無関係なもの」は概念的に単純。
動かないからね。
数学的複雑さはあるけれど、
概念的に複雑なことは何もないわけです。

けれども、そんなの、
おもしろくないと思ったの。
僕はね。

そんなこと、概念的にはもう、わかってしまったって、
わかっているんです。

わかっていることを、
なぜ皆、一生懸命やるのって?


好き嫌いをはっきりすることは、科学ではすごく大事

―そう言い切れるくらい、沢田さんにとっては
 「生き生きしているもの」が価値あるもので、
 そうじゃないものは死んだように見えた、ということですか?

自分にとってね。
それは芸術家だって皆、同じでしょう。

僕はキュービズムなんて、大嫌いなんだけどね。
僕は何も価値はみえないと思っているのだけど、
それは人によって、違うんだよ。

好き嫌いをはっきりすることは、
科学では、すごく大事なんだよ。

そうじゃないと、科学はやっていけない。
学生には、そう言っているのだけどね。

それは、訓練しないといけないよね。
音楽を聞いたり、絵を見たりして、
これ好き・嫌い・好き・嫌いって。

「どっちでもない」と言ったら、
絶対、科学はできないです。

ただし、科学と言ってもね、
僕は、創造的な科学の話をしています。

できてしまった科学を一生懸命勉強して、
それを使って何かをつくろう、という話と
全然違う話です。


クズか宝石かは、ストーリーを紡げるかどうか

―そんな沢田さんは、どのように世界を見ているのでしょうか?

どう世界を見ているか?
うーん...

世界は、複雑なんですよ。

複雑っていうのは、いろいろなものが
ごちゃごちゃあって、そのごちゃごちゃの中に、
ストーリーを紡げるかどうかという問題なのね。

ストーリーを紡げない世の中なんて、
非常につまらない。

何の脈略もないものがごちゃごちゃあって、
その中で生きていくのは、嫌だ。

いろいろなストーリーがあるからこそ、
そのストーリーにぶら下がっているものが、
おもしろいわけです。

―中学生、高校生、そして大人になるにつれ、
 世界はどんどん単純化してしまうような気がします。

確かに、高校の頃、おもしろかったかと言ったら、
おもしろくなかったね、僕も。

でも、中学、高校のときでも、
物語を持ち続けることが大事だね。

「天空の城のラピュタ」って、あったでしょう。


あの地平線 輝くのは
どこかに君をかくしているから
たくさんの灯(ひ)がなつかしいのは
あのどれかひとつに 君がいるから


あれ、もし自分と何の関係もなかったら、
そんなの、ただのクズですよ。

でもその中に、自分とかんれんのある人がいるから、
だから、すごくきれいに見える。

生き生きして、見えるわけでしょう。
もし、自分と関係がなかったら、輝かない。

だから、クズか宝石かは、
どういうストーリーを自分が見つけるか、
持っているか、想像できるかということ。

世の中を全部、宝石にしようと思ったら、
想像力で、自分でストーリをつくれば良いと思うんです。

すると世の中、全部、宝物になる。

そうでないと、科学って意味ないと、
僕、思うのですけどね。

―他人から見たら石かもしれないけど、私から見たら宝石。
 それでいて、他人に伝える力も科学だと、沢田さんは先ほど仰っていました。
 宝石をつなげて例えばネックレスにすれば、他人も価値だと思ってくれますか?

それは、複雑なの。

よく自分が「あれはすごい」と言ったら、
他の人は「あれは石だ」って、言いますよ。
でね、すごくがっかりするの。

若いときは自信がないから、
そうかもしれない、って思っちゃうのね。

でもね、僕が「これはおもしろい」と言って、
その後、おもしろくなったこと、たくさんあってね。

ところで、特に日本は、くずだと言うのね。
アメリカだとね、どんな話をしても、
必ず相手は乗ってきてくれる感じ。

そんなカルチャーが、なぜあるのかな?
っていうくらい、不思議なのだけど。

僕は決して、くずだなんて、言わないよ。
誰かがおもしろい、って言ったことは、おもしろい。


なぜ通分するの?

例えばね、2分の1+3分の1=6分の5だ、
って言うときに、通分するでしょう。

なぜ通分するの?
もし小学生に説明するとき、なんて説明する?

―例えば、水が入っている入れ物の大きさが違うと比べにくいから、
 入れ物の大きさをそろえて、比べて見ましょう。

そんな抽象的な話じゃなくて、
それを2分の1で言ってみて。

―入れ物の大きさをそろえるため。

入れ物って、何なの?
入れ物じゃないよ。ちがう。

あのね、2分の1と3分の1を通分するのは、
個数を聞いているわけじゃないからなんだね。

りんご2つとみかん3つは、何個ですか?
と質問したら、5個です、と答えるのは普通でしょう。

けれども、2分の1と3分の1は、2個です。
と言わないで、なぜ6分の~とつくのでしょう。

結局ね、おもさを聞いているからなんですよ。
2分の1、6分の1と言うのは、重量でしょう。
6分の1という、おもさの単位をそろえている。

入れ物じゃない。
大きさで言っているわけじゃない。

かたちをそろえて全体の個数を数得るとすると、無理数の通分が説明できない。
普通に言われているサイエンスは、
機械的に覚えているけど、意味はすごく深いんだよ。

そういうことを、ちゃんと考えないといけない。


創造的科学とエンジニアの違い

つまり、サイエンスというのは、
自分がストーリーをつくれる感性が
あるか・ないかに、かかっているんだよ。

ない人は、サイエンスをやめた方が良いわけ。

でも、サイエンスのセンスと、エンジニアのセンスは違うのだよ。

だから、創造的科学とエンジニアとは、全く違う。

もうひとつ、理学と工学の違いもあるね。

理学部は、オープンな対象でね、
ストーリーをつくっても、必ずつくりきれないんです。

それで終わり、ってことはない。
わからないものは、わからない。

これが最後と言われても、きりがないでしょう。
例えば、素粒子なんて、きりがないですよね。

―それは対象が、自然だからですか?

うーん、本当は、答えはわからないのだけどね。
自然がなぜ、無限に複雑なのかはわからないのだけど。

けれども、工学は、人間がつくるものだから、
これだけのファンクション(機能)があるものを
つくってください、っていう有限性がある。

すっきりとしたい、と言う人もいる。
ごちゃごちゃ後が残るのは嫌、って言う人。

そういう有限なことが好きな人は工学をやるべきで、
またまだわからないことに興味を持つ人は、
理学、サイエンスをやれば良い。


枠組みを変えることが、一番おもしろい科学

それからね、今、僕がやっている科学は、
もっともっと複雑でね。

つまり、「因果律」のことを、言っても良いかな。
原因があるから結果がある、っていうのが科学だよね。

原因がないのに結果があるということは、
認めないのです、科学ではね。

それで、それは本当だろうか?という話ね。
一見、現在の科学の枠組みを、超えようとしている。

科学は、どんどん枠組みが変わるわけですよ。
枠組みを変えることが一番おもしろい科学なんだよね、本当は。

―沢田さんは、原因がないのに結果があることを
 研究しているということですか?

そういう表現しちゃうと、
必ずヤバイ科学みたいに思われる可能性あるから注意が必要。

一見原因がないのに結果がある"と感じる"現象が、
従来の科学の因果律と、どのようなマッチングをとるかは、
僕は、最先端の科学だと思っているの。

それは例えば、「意志の自由」とか。
あなたは、「意志の自由」を感じる?

―うーん、自分では"意思の自由がある"と思っているけど、
 それも結局は、もっと大きなところから見たら、
 "ある"と思わされているだけのような気がします。

そのことに関しては、科学的じゃないわけ。
どちらか決めて、っていうのが、科学だから。

「自分の自由」ってあるの?
それに対して「自由がある」って言った瞬間、
今までの科学に、そんな言葉はないわけです。

自由なんて、科学にはないですよ。
全部、原因があって結果があるのだから。

じゃあ、どうするの?って言われて、
僕は科学者だからね、答えなくちゃならない。

でも、そのへんの科学者は、
あまり気にしないでやっているけどね。
よくやっているな、って思うよ(笑)

それで僕は、「そんなの全然問題じゃないよ」って言う。
「全然、科学の一部ですよ」って、僕は言おうとしている。


科学ははじまってから、まだ400年しかたっていない

それで、言いたいことは、いろいろあるのだけど。
そのひとつはね。

科学は、はじまってから、
まだ400年しかたっていないことだよ。

400年前にガリレオが木星を見つけるまで、
天空を支配していたのは神様だったのだから。

科学がはまったのは、たった400年前。
江戸時代が、はじまった頃ですよ。

だから、科学というものは、すごく若い。
皆がつくっていける、科学です。

だから、複雑な世の中を宝物にするために、
皆さんでストーリーをつくりましょう。

―では、また次回に続きをお願いします。
 沢田さん、本日はありがとうございました。


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