「生き生きしている」とはどういうことか?
―前回の取材では、「科学って、そもそもなんだろう?」をテーマに、
沢田さんがリアルに感じる科学について、お話いただきました。
特に印象深かったのが、沢田さんが30歳の頃、3ヶ月間ずっと白い壁だけを眺めながら、
他人がつくった科学ではなくて、自分で新しい科学をつくっていこうと、
「自分でしかっと目に見えるもの」を対象にした科学をはじめた、というお話です。
その中で沢田さんは「生き生きしている」ものを対象にした、とお話されていましたが、
今回は、もう一歩踏み込んで、そもそもなぜ沢田さんは「生き生きしている」ものを見て
感動したり一生をかけようと思ったのだろう?という沢田さんの内側にある中軸の部分や、
沢田さん側から見た世界の風景について、その時々のリアリティを交えながら伺いたいです。
その頃、僕が感じていたのは、世の中には、
「生き生きしている」人たちや、
「生き生きしている」現象と、
そうではない静かな現象がある。
例えば、雷とか地震とか、
それから、火が燃えているとかね。
「生き生きしている」ということは、
どういう理由でそうなっているのだろう?
それを、知りたいと思ったの。
共通している、何かを。
―沢田さんは「生き生きしている」ものを見て、
なぜ「おもしろい」と感じるのでしょうか?
うーん、それは要するに、
生物というのはね、
いや、生命の方がいいな。
生命というのは、
「生き生きしている」ものだ、
というのが、僕の中にあるの。
「生き生きしている」ものが、生命だ。
それも間違っているかもしれないけどね。
自分の概念があるの。
つまり、生命現象のなかで、
僕がとらえたいことは、
「生き生きしている」という感覚を
人に与えている要素は何か、
を明らかにしたいということ。
生命のなかで、
「生き生きしている」部分をやりたい。
だから、遺伝子とか、そういうことを
やりたいわけじゃないんです。
―実際に「生き生きしている」ということに
共通する何かはあったのですか?
しばらくは、それは「非線形」だということが、
一番大事だと思った時期があったのだけどね。
線形・非線形は、わかる?
線形というのは、同じものを足し算したら、
2倍になる、っていう話。
一方、非線形というのは、
同じものを掛け算するのだけど、掛け算すると、
際立ったところが、さらに際立ってくる。
そうじゃないところは、さらに低くなる。
つまり、特徴がどんどん出てくるのが非線形の特徴。
これを「非線形物理」や「非線形力学」と言うの。
それで、物理的に式で言えば、
「生き生きしている」ことは、
非線形ということが絶対に必要だ、
ということがわかったのね。
―当時、非線形物理はメジャーだったのですか?
いいえ、線形物理だけでした。
ただその当時から、ソリトン(Soliton:孤立波)
というものは、わりと、わかっていたの。
ソリトンとは、津波のようなもの。
例えば、チリの津波が、なぜ日本まで
減衰しないでやって来るかと言うと、
あれは、盛り上がっているところが、
どんどん強くなってくるからなんですね。
つまり、盛り上げようとする力と、
崩れようとする力が、
つり合うところがあるんです。
盛り上がろうとするところは、
「非線形」のようなものが働いていて、
一方、崩れていくところは、
まぁ、普通なんでも崩れますからね、
山が崩れるように崩れていく。
そういう力がつり合っている境界面では、
ソリトンという話が、その当時からあって。
そういうことをおもしろいなと
思っていたと同時に、
雷の缶詰というものがあるのね。
フラクタルとカオス、日本の第一人者は...
―雷の缶詰って、なんですか?
雷を、缶詰にするの。
プラスチックの板に電子を打ち込むと、反発力で一面に広がる。
その一点を導線で接地するとだーっと電子が逃げていくのだけど、
そうなったとき、あるパターンができて、
それが雷と同じパターンなのね。
雷の放電パターンには、規則性があった。
それを分析したんです。
そのときは僕、独自に思いついたの。
そして、その後、
「フラクタル(※)」という現象が出てきた。
※ フラクタル・・・幾何学の概念で、全体の一部が全体と相似になっているものなどを指す。海岸線や葉脈など、自然界で様々な例が見られる。
僕がそれを測って論文にした頃に、
当時、僕は知らなかったのだけど、
「マンデルブロ(※)がそういうことを
言っているよ」と伝わってきたの。
※ ブノワ・マンデルブロ(1924年~)・・・「フラクタルの父」として著名なフランスの数学者。
マンデルブロは、
コンピュータでパターンをつくったんだね。
日本では、例えば、雪の結晶成長の模様は、
寺田寅彦や中谷宇吉郎の有名な研究があるけど、
寺田寅彦は、非線形数学まではやらなかった。
※ 寺田寅彦(1878年~1935年)・・・明治時代の物理学者。随筆家としても有名で、夏目漱石に師事。
※ 中谷宇吉郎(1900年~1962年)・・・物理学者、随筆家。東京帝大で寺田寅彦に師事。雪の結晶の形態を研究し、世界で初めて雪の結晶を人工的に作り出した。
だから皆、非常におもしろいことを取り上げて、
問題意識としては非常に深いのだけど、
解決はしていないと思うんだよ。
それで、1980年頃、そういう分野が、
日本では僕が結構、実験的には初めてなんですけどね。
―え!そうなんですか?
「フラクタル」や「カオス」も?
そうですよ。
当時、世界で3人くらいだったの。
フランスとアメリカと日本。
それで、3人集まって、
雪の結晶とか化学反応とかの、
パターン形成を研究していると、
あるとき、パターンの単純な規則性がなくなって、
一見不規則的なものになるんだね。
どうしてそうなるのか?を考えているうちに、
では、そういうものを「カオス」と言いましょう、
という話になってね。
「フラクタル」と「カオス」は、
日本では結構、僕が実験的には一番最初に始めたのだけど、
そういうことを理論的にもやる人も出てきたね。
今で言うと、北大の津田君(津田一郎・北海道大学教授)
と、東大の金子君(金子邦彦・東京大学教授)。
当時、学生だった彼らに、僕がその話をしたら、
目をきらきらさせて、おもしろがってくれた。
今も、その人たちが、よくやってくれているよ。
物理の真髄は、どんな複雑なことでも、少数のものに分類できること
つまり、「生き生きしている」とは何か?
をはっきりさせたいな、と思ったの。
数学的にも、物理的にも。
例えば、カオスというのは、
不思議なことにはさ。
いや、中学生相手だから、
カオスって言っちゃ、いけないな。
ランダムでもいいや。
規則的ではない時系列(※)というのがあります。
それが、増えたり、減ったりしています。
※ 時系列・・・自然現象などの現象を時間的な変化にまとめたもの。
そういうものが何種類ありますか?と聞かれたら、
物理の人は、答えが必要なのです。
一方、化学や生物の人に聞いても、
「複雑なことはいっぱいあるでしょう」
って答えるのだけどね。
けれども、物理の人は、
「複雑な時系列(カオス)は3種類しかない」
と言い切れるんです。すごいでしょう?
どんな複雑なことでも、少数のものに分類できる。
それが、物理の真髄なんですよ。
アインシュタインでも何にせよ、
結局は、シンプルだったの。
複雑なことを言っている段階では、
まだ、ちゃんとわかっていないんですよ。
―本当はシンプルなのに、現象として複雑に見える
ということが、よく起こっているような気がします。
そうだね。基本的には、単純なの。
しかし、それに枝葉がいっぱいつくのね。
枝葉がつく部分と基本的な部分を、
分けることが、物理なの。
例えば、雪の結晶でも、
シュッと先端が伸びていって、
それから小枝が規則正しく出てくる。
その規則正しい間隔というのは何ですか、
は理屈で言えるんです。分かっているのです。
だけど、枝葉の形にまた、
いろいろなデコレーションがついているわけ。
物理は、そこまではやらないんです。
やればできるのだけど、
あまりにもパラメータ依存性が高いところは
やらない、というのが物理なの。
―では、枝葉の部分は?
それはもう、文学の世界にまかせましょう。
僕は、ロバストな(robust:強靭な)部分は、
物理で理解できると信じている。
たとえそれが、どんな現象であってもね。
ロバストでない飾りは、
「そんなの勝手にやって。物理は知りません」と言う。
同じことですが、後の話になるけど、
「心」というものが物理で全部わかる、
と言う人は馬鹿。
ただし、心の一番単純なところ、
心の基本的なところは何ですか?
それは物理だと思っています。
―心という、人間から見たら最も複雑に見えるものでさえ、
基本的な部分は、物理でわかるということですか?
要するに、物理と言うのは、
対象は何であっても、
基本的なところは絶対にわかる、
という自信があるわけよ。
複雑なものを、一番大事なところと、
そうでないところに分けるのです。
生き物が「生きている」とはどういうことか?
―個人的な話ですが、高校生の頃、カオスやフラクタルの話を
聞いて、別の世界があると感じて、すごくわくわくしたので、
日本の第一人者が沢田さんだと聞いて、驚きました。
でも、フラクタルもカオスも、
たいしたことがないことがわかって(笑)
―え、たいしたことがないのですか?どこらへんが?
そうそう(笑)
まぁ、生物と関係ない、
っちゅうことだね。
当時、「生き生きしている」ことは、
カオスや形態形成というものが、
僕の中でかなりの部分を占めていたの。
けれども、生物が「生きている」ことに、
カオスもフラクタルも、
本質的な役割をしていない。
じゃあ、生き物とどう違うのだろう?
生き物が「生きている」ということはどういうことだろう?
というテーマに変わって、それから生き物をやりはじめたの。
―「生き生きしている」と「生きている」の違いは何なのですか?
「生き生きしている」現象は、
生きていなくてもあります。
カオスも、別に、生物じゃないよ。
「生き生きしている」ということは、
別に「生きている」わけじゃない。
けれども、生物は「生きている」と
言われていますよね。
生物が「生きている」ことは、どういうことなのか?
ということに、興味を持ったのです。
つまり、最初は「生き生きしている」とは
何かを明らかにしたかった。
そして、次に「生きている」ことは
どういうことかを明らかにしたかった。
それで、生物の「生きている」ことの現象を、
生物の生命現象とはどういうことかを、研究しました。
―どのような研究をしたのですか?
そのとき、おもしろかったのはね。
細胞と細胞をひっ剥がして、
ばらばらにして、秩序のない
ランダムな細胞の集団にしても、
もとに戻る生物って、いるんだね。
例えば、ヒドラ(※)っていう生物、
聞いたことある?
※ ヒドラ・・・刺胞動物のうちヒドロ虫綱花クラゲ目ヒドラ科に属する淡水産の無脊椎動物の総称。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
ヒドラは、細胞をばらばらにしてしまって、
頭としっぽ、順番をめちゃめちゃにしてしまっても、
おにぎりにすれば、またヒドラに戻るんです。
自分を全然むちゃくちゃなものにして、
何の情報もないように見えるところなのに、
それでも自分をつくっていく。
これは、すごいことだよね。
そういうことは、生物にしかできません。
簡単な電子デバイスでも、自己組織しない。
けれども、生物は、自己組織する。
生命現象、いろいろとすごいことがあるんです。
そういうことが結構、おもしろかったのです。
それは、カオスでもフラクタルでもないんですよ。
それらは、カオスやフラクタルの次に、
すごく生物独特の現象だな、と僕は思っている。
ある意味で、「自己相似」なんですけどね。
自己相似と言うのは、
一部が全体と等しいと言うこと。
細胞も、自己相似と似ているのだけど、
生物の形態形成をちゃんと理解したいと思ったのです。
"外"から見た科学だけでは満足できない
それで、非生物で、
「生き生きしている」現象が、
何かはわかりました。
伸びだしたところはもっと伸びる。
ひっこんだところはひっこむ。
さらに「生き生きしている」にも、
いろいろな生き生きし方がありました。
そこで、どういう生き生きした生き方が、
現れやすいですか?というものに、
僕はあるセオリー(theory:理論)を出したの。
「セレクションルール」と言うのだけどね。
オーストラリアのPaltridge さんも気象の選択則として、
同じようなことを言ったらしいのだけど。
つまり、「生き生きしている」パターンが、
どのパターンで選ばれているかも研究しました。
それで、生物に関しては、
バラバラにしたヒドラの形が、
どうやって(もとに戻ることが)できるかを
わりと理解できる方法があってね
こういうモデルだったら、こう言える、
と言うこともできました。
ただ、下等動物をいくらやっても、
まあ、すごくおもしろいのだけど、
人間とはだいぶ、距離があるなぁ。
そのうちに、生物が「生きている」
ということを、いくら追及しても、
人間が「生きている」ということは、
わからないと思うようになりました。
そこで、人間の一番の特徴は何でしょう?
というのを考えたのです。
―生物と人間、何が違うと思ったのですか?
人間と生物、何が違うのかと言うと、
人間には主観、心があります。
自分の"中"が、あるんですね。
猿などの動物は、
"中"の事を答えてくれません。
"中"の事を聞けない相手を
研究しても、それは一面的です。
"外"から見た科学だけでは満足できなくて、
やはり、"中"の人間とは何かという
科学にせまりたい、と思ったの。
人間自身を対象にすることは、
今までの物理学では、
なかなか入れない領域です。
どうしても物理と言うと、
「もの」が先に来るしね。
けれども、物理は別に「もの」だけではなくて、
対象は何であっても、というのがサイエンス。
「もの」の理屈をやる物理とは違うんです。
僕は、生物から入っていたので、
そっちからつながっているんです。
でね、そうは言っても、
あまり複雑なものをやらないのが僕の立場。
そこから先は、話すのがかなり難しいな・・・
コラボレーション
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