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2017年 07月 20日 (木)

宮城一高の黒川利司校長に聞く:そもそも宮城一高とは何か? 取材・写真・文/大草芳江

2009年03月31日公開

宮城一高の黒川利司校長に聞く

~ 教育現場への取材から、偏差値からは見えぬ教育の今とこれからを探る ~

宮城一高の伝統は<自主自律>であると、生徒も教師も口を揃えて言う。
しかしながら、そもそも伝統、<自主自律>とは何か。

黒川さんは、伝統を「ある種の磁場」あるいは「見失ってはならぬ北極星」と表現し、
それが成立する前提条件として、「生徒と先生の信頼関係」を強調する。

宮城一高校長の黒川利司さんに、そもそも宮城一高の伝統「自主自律」とは何かを聞いた。

※黒川利司さんは、2009年4月より宮城野高校へ赴任されました。(取材日は09年03月)


宮城一高の黒川利司校長に聞く

<自主自律>の伝統が残っている

―黒川さんは、2007年4月に宮城一高へ赴任されましたが、宮城一高の第一印象は?

この学校に来て、まずはじめに感じたことは、
生徒達が自主的にやろうとする伝統・雰囲気がやはり残っているな、ということです。

<自主自律>が本校の伝統だ、と子ども達は言うのですが、
子ども達の自主性を尊重することができている学校だな、と感じましたね。

それは、先生方と生徒との信頼関係ができているからなのだろう、と思います。

あと、この学校の生徒を見ていて思うのは、良い意味での自主性が確立している。
それは非常に感じますね。

一歩間違えると、「あの人はあの人、私は私」だから「お互い関係ない」となったり、
あるいは、あちこちの学校でも例があるように、「あの人は、変わっている」
だから「あの人はおかしい。皆と一緒にすべきだよね」となりがちです。

けれども、そういう考え方を、子ども達が持たないですね。

「わたしとあの人は違うのだ」だから、
「あの人はあの人なりの考え方をするし、わたしはわたしなりの考え方をする」

つまり「あの人、変わっているよね」という言い方ではなくて、
「あの人は、わたしにはない優れたものをもっているよね」
友人に対して、そういう見方ができるのです。そして、お互い協力できることはする。

子ども達がお互いに尊重しあう風潮、学校としての雰囲気があります。
そういう学校だと思います。

もしかしたら中学校の段階では、「あの人だけ変わっている」というようなことで、
いじめがあるのかもしれないですけど、この学校全体の土壌として、
いじめというものが基本的には成り立ち得ない学校だな、と2年間見て感じましたね。

宮城一高は、今年で創立111周年になるのですが、やはりこれは、
110年を越す歴史の中で、先輩達から築き上げられてきた伝統なのでしょう。

そういうものが常に、3年生から2年生へ、2年生から1年生へ、
1年生から次の新入生へと伝わっていく。

そういうものが、まさに偏差値では表れない、
学校の雰囲気なのだろうと思いますね。

それが、いわゆる伝統の力、校風の力なのだろうと、わたくしは思っています。


生徒の自主性を尊重する

<自主自律>ということから、
例えば、本校の有名な「歌合戦」や文化祭などの学校行事は、
クラスでジャンケンをして負けたからやるのではなく
とにかく自分から名乗りをあげる実行委員会方式でやります。

また、宮城一高では、生徒会を「学友会」と呼んでいます。

わたしがこれまで経験してきた学校では、
生徒会の書記や会計、会計監査、幹事を、選挙で選ぶことが多かったですね。

けれども宮城一高では、そうではなくて、会長と副会長は選挙で選ばれるけれども、
「自分たちで生徒会運営をやりたい」という生徒達が自ら名乗りをあげて集まってきて、
学友会室を拠点にしながら活動しています。

ある種の、部活動的な側面はありますよね。

クラスで選ばれる形式でなくても、自分たちで考え、自分たちで学友会を運営していこう、
とちゃんと学友会として機能していくあたりが、この学校の素晴らしいところであり、
そしてそれはやはり、伝統の力ではないのかな、と思います。

先生は、子ども達に任せっぱなしかと言えばそうではなく、
もちろん大事なところは先生方も指導しますが、基本的には、
子ども達が考えてきたことを尊重するという形になっています。

―生徒の自主性を尊重する。「言うは易し、行うは難し」なのでは?

自主性を育てるというのは、はっきり言って、時間がかかるものです。

入学してから卒業するまでの三年間の中で、
子ども達の自主性を育てていかなければならないので、
教師側からすれば、ある意味で「待ちの教育」ですよね。

例えば、「ああしなさい」「こうしなさい」と
いろいろな経験をしている教師が指示する方が早い場面もあるのですが、
けれどもそうではなくて、子ども達が言ってくるまで待っている、
というところはあると思います。

それがやはり、結果的には良い方向に結びついています。

例えば、授業であれば、先生方が指導するところはあるわけです。
しかしながら、社会性、コミュニケーション能力、あるいは思考力といったところは、
実際に子ども達が学校の中でいろいろな活動をする、
あるいは学友会活動をしたり、あるいは生徒会行事を運営していく。
その中で、リーダーシップや協調性を身につけていくものですよね。

そういうなかで先生方は、ある意味、子ども達を信頼しつつ待っている。
そして実際、それに応えてくれる子ども達だと思います。


<自主自律>成立の前提条件

―黒川さんは「生徒と先生の信頼関係」を最も重視されているようですね。
 <自主自律>が成立する前提条件に、「信頼関係」があるとお考えですか?

そうですね。
ひとつは、戦前において本校は、宮城県で一番最初にできた高等女学校でした。

戦前の教育においては、良妻賢母教育が行われましたが、
その一方では「一高女」という、卒業生たちのある種のプライドがありました。
それが戦後の学制改革の中で、第一女子高等学校となった。

「一番目」というのが、子どもたちにとって、
良い意味のプライドにつながったと思います。

だから、我々はきちんとした行動を取らなければならないのだ、
ということにつながっているのだと思いますね。

―では「生徒と先生の信頼関係」を、別の言葉で表現すると?

ひとつにはやはり、能力的に高い子ども達が集まっていることがあると思います。

単に学力だけではなくて、指導力、思考力、表現力、協調性、責任感、
という点で、能力的に高い生徒が多い学校だということはあると思います。

またそれを、校風や伝統という言葉にすると簡単になってしまうような気もしますが、
それが連綿と受け継がれてきました。

それを一年生や二年生も、ずっと三年生の行動を見守ってきた。
それを受け継いでいく。

先生方も、子ども達を最後には信頼して良いのだよね。
先生方の子ども達に対する信頼感に結びついていくのだろうと思います。


<自主自律>の伝統を、生徒達も先生達も尊重する

―個々1対1の関係を超えて、先生方も学校として向き合っている、
 生徒さんも、「私は宮城一高生よ」というプライドを持って向き合っている。
 他人を信じることは容易なことではないが、個人を超えたところで、
 場として、生徒と先生が信頼する関係が成り立つのですね。
 そうやって、教育は成り立つのだな、と感じました。

大草さんの全く仰るとおりです。

1対1の関係になれば、個人的な悩みを抱えている生徒も何人かおりますよね。
そういう生徒に対しては、カウンセリングマインドで接して、
個別的なアドバイスをしたり指導したりということはあります。

けれども、学校の生徒という集団として見たときに、
それから、我々宮城一高の教員集団としてみたときに、
やはり子ども達は信頼できると。

そして、子ども達も、宮城一高の先生達の信頼に応える活動をしなければならない。
それはあると思います。

例えば戦後、学制改革になって新制高校ができ、高等女学校がなくなりました。

新制高校になった時、教育課程の中に選択科目を置いたのは、
うちの学校が、宮城県内では一番最初だったのですね。

昭和20年代半ばに、選択科目を盛り込んだ教育課程を編成したのは、
子ども達が自分たちの取りたい科目、あるいは進路にあった科目を取れるようにしよう、
という考え方があったためです。

選択科目を盛り込んだ教育課程を編成するのは、もちろん先生方がやったことですが、
子ども達を信頼するからこそ、子ども達のために、子ども達の進路のために、
子ども達の好きな科目をやらせてあげたい、という子ども達に対する信頼ですよね。

それが、基盤にあると思います。

それから昭和48年10月、
県立の女子校の中で、本校が唯一、制服の自由化をしました。

男子校では制服自由化をやっていたわけですが、
女子校で制服自由化をした学校が宮城県内でなかった中で、
子ども達を信頼しても良いのではないか。

しかも、10月1日からですよね。

当時の学友会の方から「制服を自由化してくれ」と要望が出たのに対して、
夏休み中に職員会議を何度も開いて、最終的には子ども達を信頼しても良いのではないか。
ということで、年度の途中、10月1日から自由化しました。

そのあたりも、生徒との信頼関係があるから、年度途中でも実現できたのだろうと思います。

私事ですが、私の妻が宮城一女の卒業生でして、
この学校の一年生で入学したときは、制服があったそうです。

ところが、10月に制服が自由化されるわけですから、冬服の制服に変わる前に。

親にすれば制服を買わせておいて、二ヶ月着ただけで自由化か、と。
100周年誌によると、最初の頃は、旧制服を来た生徒も多かったと聞いております。

そのような中で、「なるほど。伝統とか校風というのは、こういうものなのだな」
というものを、実際、一年生は肌身で感じるわけなのでしょうね。

制服を自由化して、今でも決して奇抜な服装をするのではなくて、
子ども達の中で、健全な社会常識が育っているのだろうなと感じます。

例えば、普段は私服で、中には、すぐ活動できるよう運動着で授業を受ける子もいますが、
卒業式では、ほとんどの1、2年生はスーツを着てきます。
儀式を意識した服装ができるのですね。

そして平成9年に理数科を設置するのですが、この当時はですよ、
女子校に理数科をつくったのは、全国でうちの学校が最初なのですね。

そういう意味では、進取の気風。
新しいことにどんどんチャレンジしていくという雰囲気はあると思いますね。

我々が接せる時間は、わずか三年間しかないわけですが、
でもその三年間の中で、子ども達が社会へ出てから本当に必要な力、
それは単なる受験学力だけではなくて、人間としてどう接するべきかを育てたい。

当然、学校と言う組織上、同年齢集団ですよね。
しかしながら社会に出れば、当然のことながら異年齢集団になる。

そういう中で、先輩の意見を聞きながら、
しかし一方で、自分の意見を持つとかですね。

先程も言いましたが、人は人、自分は自分と、決して疎遠な人間関係になるのではなく、
お互いがお互いを尊重し合うという考え方は、社会人になったとき、必要な人間観ですね。

そういうことをこの学校も伝統として育てるし、我々も育てたいと思っています。

実際に卒業していく生徒達が、3年の間に、
そういう力を身につけていっていることは良いこと。

そんな学校に、校長として勤められることは、大変有難いことだと思っています。

―場として、先生方も伝統を尊重して生徒と接しているのですね。

111周年の中で築かれた<自主自律>の校風は、
生徒も尊重するけれども、教員もそれを尊重します。

教員集団も、111周年の伝統の中で、生徒を指導しているのです。

仙台一高の、いわゆる<自発能動><自重献身>は、
生徒達も尊重するけど、先生達も尊重していますね。

一高の<自発能動><自重献身>が、そうやって守られていくように、
本校の<自主自律>も、先生方も尊重することで、守られていくのだと思いますね。


<自主自律>は、見失ってはいけない北極星みたいなもの

―伝統とは、不思議なものですね。

伝統というのは、ある種のひとつの磁場みたいなものであって、
その学校に入った途端、生徒も教員も、
その磁場の中に取り込まれる、とでも言うのでしょうかね。

あるいは、伝統そのものが、エネルギーを持っているものだと私は思うのですよね。

仮に私が仙台一高に行ったとすれば、やはり<自発能動><自重献身>の
エネルギーのところで、子ども達と接していくでしょうし、
本校に来たということは、<自主自律>の中で、子ども達を育てていかなければならない。

そういう社会人を育てたい。
伝統それ自体が、エネルギーなのだろうと思います。

もちろん、若い学校には若い学校なりのエネルギーもあるのですけどね。

けれども伝統校には、一見、動きも遅いようだけど、
やはり伝統というエネルギーがあって、その中で子ども達も育っていくし、
それからある意味、伝統というのは、教員の力が及ばないエネルギーであって、
一方で、我々自身も伝統を尊重したいと思います。

先生達の前でよくこういう言い方をします。

<自主自律>という校風は、
3年間で子ども達に身につけさせることができるかはわからないけれども、
わたし達にとって見失ってはならない、北極星みたいなものですよね、と。

子ども達に<自主自律>の力をつけさせる北極星として、わたし達は指導していきましょう。
北極星を目指して、われわれ教員も歩いていく。
しかしながら、北極星自体もエネルギーを持っている。

<自主自律>の精神を培っていくエネルギーを持っているのだろうと思いますね。

もちろん社会が変化していますから、
学校教育で変えていかなければならない部分もあります。

しかしながら、時代が変わろうとも守らなければならないもの、
変わってはいけないものが、学校教育にはあるわけです。

お互いがお互いを尊重する力、指導力、責任感、
コミュニケーション能力などが、しっかりと身についているか。

そういうところは、時代が変わろうとも、
そういう力を子ども達にしっかりとつけさせていく。

言うなれば、変化していかないものですね。


そもそも、<自主自律>とは何か?

―黒川さんにとって、そもそも<自主自律>とは何ですか?

我々教員側から見れば、子ども達を信頼すること。
子ども達の営みを信頼して見守り続けること。

そして子ども達がまた自分たちが信頼されている、
その信頼に応えようとして、努力すること。

それが、<自主自律>なのだろうと思います。

―<自主自律>のニュアンスは、人によって違うのでしょうか?

やっぱり、違うでしょうね。

―それぞれの先生方がこれまで大切にされていた部分と、
 <自主自律>という切片とで、見えてくる側面というものは違うのかなと。
 それらの総和で、<自主自律>が学校の伝統になっているのかなと感じました。

一番大きいのは、子どもを信頼して、というのがないと、
子ども達に任せてやる、というのはやれないと思います。

その部分は、どの先生も、共通して持っているのではないかと思います。

―ちなみに教頭先生は?(隣で付き添っていた金野教頭に聞く)

私の場合、<自律>というのを、もっと厳しく捉えています。

自分の考えを出していくためには、自らのやっていることをもっと良く見て、
人様に迷惑を掛けていないかとか、そういった面で考え、
それを取り入れていかなければならないだろうと思うのですね。

人間関係ですから、お互いに関わりあって生きているわけですから、
そういうことをもっと意識してやってもらうことを、
<自主自律>の最終的な目標だと、私は考えています。

<自律>と言うのは、<自主>以上に、もっとこっち(教師側)が頑張って我慢して、
表面だけでなく、陰の方から一生懸命支えなければならない、というところがあるんですね。

―<自主自律>、皆さん同じことを仰っているようにも感じますが、その一方で、
 これまで教員として何を大切にしてきたかによって、その側面が異なるように感じました。
 それを「信頼関係」と言う言葉で、黒川さんは端的に言い表したのですね。

ある意味、わたしの三十数年間の教員生活の中で、一番大切なものは、
やっぱり生徒と教員の信頼関係だという思いがあるものですから、
私のフィルターを通して見る<自主自律>は、やっぱりそこに行っちゃうわけですね。

わたしは日本史の教員でしたが、「何年にどういう事件が起こった」、
「何年に誰が何をやった」と、単に年表を教えるだけではありません。

もちろん授業の中で知識を教えることも大切ですが、
しかしながらやはり、クラス担任をやったり部活動顧問をやるときに、
生徒との信頼関係がなければ、教員生活そのものが成り立たないですよね。

私の三十数年間のフィルターを通してみた<自主自律>は、
信頼関係に裏づけされたものなのだ、と私は理解しているのです。


そもそも信頼関係とは何か

―そもそも信頼関係とは、何なのでしょうか?

例えば、我々は教員ですから、クラス担任や部活顧問になったりします。
そのときに、「あの先生は、私たちのことを大事に思ってくれているのだ」と、
生徒に思いが伝わること。

実際にもちろん、わたし達教員は生徒のことを大事に考えるわけですね。
場合によれば、家庭をたまには犠牲にしながら、生徒のことを大事に考える。
家に帰ってからも、「あの生徒、大丈夫かな」と生徒のことを思う。

自分自身も生徒のことを大事に考えること。
それがやっぱり、信頼なのでしょうね。

決して、生徒から好かれたいとは思わないのですよね。
当然子ども達も高校生ですから、「あの人は好きだ」とか
「この人は合わない」とか、当然ありますよね。

わたしがクラス担任をやった時、わたしのもとに、40人の生徒がいる。
40人の生徒全員から好かれようとは思っていないんですね。

「どうもあの先生、担任として苦手だな。
苦手だけど、あの先生は、我々のクラス担任として、
クラスの生徒のことを一番大切に考えているよね」

そういう風に思われたいとは思いますよね。
わたしもそういう風に思いたい、と思います。

卒業しても生徒が学校に遊びに来てくれるとか、
年に一回だけど、他県に嫁いでいった生徒から年賀状が届いたり、
健康で頑張っているのだなとか、子育てと仕事の両立やっているのだなぁ、とか。

そういうものは、教師冥利に尽きます。
わずか3年間のことだったけど、3年が過ぎても人間関係が続いていることは、
非常に嬉しいことですよね。

この間もたまたまですね、去年の3月、卒業して17年くらい経つのかな。
結婚式の披露宴に、「ぜひ先生、主賓として、挨拶お願いします」と言われまして。

彼は高校を出て、大学にいって、大学院にまで進学したのですが、
「俺じゃなくて、大学の教授に頼みなさい」と言ったところ、
「いや、自分の人生を考えた時に、黒川先生に出会って1年間担任として出会えたことが、
非常に大きかったので、ぜひ主賓として挨拶してください」。

正直、嬉しかったですね。そうか、そう思ってくれた生徒もいたんだな、と。
ただ、主賓としての立派な挨拶が出来たとは思っていないのですけど(笑)。

非常に多感な時期の子ども達と、一年間なりあるいは三年間なり接することが出来て、
そこで人間関係を築いていけるということは、教員としては嬉しいことですよね。

―それだけ生徒さんのことを信頼しながら、向き合った結果なのだなと感じますね。

あとは、これは全く個人的なことなのですが、
ちょうどその生徒を受け持ったときがですね、私の左足を切った時なのですよ。
左足はね、がんで切ったのです。

がんで切って、先生からは手術は成功した、とは言われていたのですが、
内心、いつ転移するのだろうかと不安を抱えていたわけですね。

ちょうど大臀筋に、がんができたものですから、
足そのものは良いのだけど、足の付け根にがんが出来たので、
足を切ります、と病院の先生に言われて。

それで足を切って、1年間、抗がん剤の治療を受けて、そして学校に戻って。

そのときに、そのうち転移するのかなと思っていたものですから、
ぜひ、冥土の土産ではないですが、担任をやらせてくれ、と。
そう言って、病院から退院した次の年に、担任をやらせてもらいました。

こうやって担任やれるのは、もしかしたら、最後かもしれない、と思ったわけですから。
クラス経営を、自分なりにとにかく精一杯やった学年ではあったのですね。

実はずっと、それから生きているわけですが(笑)。

そういう自分の思いがどこまで生徒に伝わったかはわからないですが、
そうやって「主賓として話してください」とくる卒業生がいるということは、
クラスの生徒40人の中で、わずか一人かもしれないが、
そういう思いが伝わったのかなぁと、思っているのですね。


本人が気づかない適性を気づかせてやれる教員になりたい

生徒の前で言うことがあります。

生徒は、「ああいう仕事に就きたい」とか、
「自分にはこういう適性・能力がある」と良く言います。

けれども例えば、思い描いている職業に就くということは、
確かにそれは、ある意味で幸せなことだし、
夢を実現したという点ではおそらく良いのだと思うのですが、

恐らく高校生くらいの段階では、自分の資質や能力や適性に
気づかないものも、かなりあると思うのですね。

私なんかは実は、その一人で、
教員になる前は、「教員免許も取ったことだし、教員にでもなるか」、
本当にそれくらいだったんです。

けれども一番最初の学校で、生徒と人間関係を築くことの楽しさ・おもしろさに
気づかされたことは、わたしにとって非常に大きかったですね。

個人的な話なのですが、わたしの父親は東北大に勤めていました。
兄も東北大大学院を出て、私が大学に通っていたときは、助教授をやっていたので、
わたしも何も考えずにですね、大学に残っていて研究者でもやろうかなと思っていました。

たまたま教員免許もとったし、どうも俺は研究者としての能力もないようだから、
教員試験でも受けてみるか。そしてたまたま通ったから、教員になってみるか、
くらいのものでした。

けれども、生徒と人間関係を築くということが、
こんなに素晴らしいことなのだなと、一年目でそれを感じましたよね。

そういう意味で、わたしは幸せだったと思います。
天職に出会えた、という感じでした。

ですから、すでに高校生の段階で、こういう職業になりたいという夢を持っていて、
そういう進路を選び、そして実際、高校時代から思い描いた夢を実現することも、
これも幸せなことだろうかと思いますが、

しかしながら、必ずしも高校生時代から思い描いていた夢を
実現する職業に就くことだけが幸せではないかもしれない、
もしかしたら、本人にも気づかない適性もあるのだろうな。

ですから、本人には気づかない適性を気づかせてやれる、
教員になりたいなぁとは思いますよね。

君には、こういう能力・適性もあるじゃない。

君は「こういうものになりたい」という希望を持っているけど、
希望も素晴らしいけど、でももしかしたら、君にはこういう能力があるかもしれないよ、
と気づかせてやれるような教員になりたいですね。


そもそも宮城一高とは?

―では最後に、黒川さんにとって、宮城一高とは何ですか?

少なくとも、今のわたしにとっては、宮城一高は、全てですよね。
生活の全てです。

今、この間卒業した生徒も入れて、880名の生徒がいましたけれども、
880名の子ども達に対して、責任を負っていると思えば、
わたしにとって宮城一高は、生活の全てだと思います。

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―黒川さん、本日はどうもありがとうございました。

※黒川利司さんは、2009年4月より宮城野高校へ赴任されました。(取材日は09年03月)

取材先: 宮城一高      (タグ: ,

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