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2016年 12月 11日 (日)

取材・写真・文/大草芳江

2009年1月24日公開

「与えられた目的ならば、むしろない方が良い」

二間瀬敏史さん(東北大学大学院理学研究科天文学専攻教授)

1953年、札幌市生まれ。京都大学理学部卒業。ウェールズ大学カーディフ校博士課程修了。現在、東北大学大学院理学研究科天文学専攻、教授。一般相対性理論、及び宇宙論の専門家として多くの先駆的な業績をあげている。1998年度フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルド賞受賞。最近は理論ばかりでなく、すばる望遠鏡で「重力レンズ」の観測的研究も行っている。著書に、『宇宙論 (図解雑学) 』『宇宙137億年の謎 (図解雑学) 』『よくわかる相対性理論 (図解雑学) 』(ナツメ社)、『ここまでわかった宇宙の謎』『なっとくする宇宙論』(講談社)など多数。

 「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー 
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします 

宇宙物理学者として先駆的な業績をあげ、
図解雑学シリーズなど科学解説書なども多数手がける二間瀬敏史さんは、

「僕はあまり深く考えていません。適当ね、すべて適当です。
目標を決めたって、できるわけないのだから」と、一見素っ気無い。

しかしそこには、科学者として、一人の人間として、
ずっと大切にし続ける、あるスタンスが隠されていた。

宇宙物理学者に聞く:二間瀬 敏史さんインタビュー

―「科学って、そもそもなんだろう?」という共通テーマで皆さんにお話を伺っています。
 一般的には、科学と言うと、客観的で完成されたイメージがあるように思いますが、
 二間瀬さんは科学をどのように捉えていて、またどのようなところに魅了され研究されているのかを、
 伺えればと思います。

僕はあまり深くは考えていませんね。
深く考えていないけれども、基本的にはおもしろい、っちゅうことです。

科学は完成されているものではなくて、
おもしろくて、わからないことがたくさんあるわけです。

僕の専門は宇宙論とか、物理を宇宙に応用する学問なんですけれども、
まだまだわからないことが宇宙にはいっぱいあります。

そういうものを理論で予測して、あるいは現象を理論的にどうやって説明できるか。
おもしろいことがいっぱいあるので、科学とは何かを考えるほど暇ではない、っちゅう。

―「わからないこと」に出会ったとき、二間瀬さんはどうお感じになるのですか?
 絶対にわかりようがないと思うものに出会ったときは、人間わかろうとさえ思わないと思いますし、
 自分の中で「こういうものを見たい」というものがあるから、わかりたいと思うのではないのですか?

研究者にも色々なタイプがいますが、
まずひとつは、天文学には対象があるわけですよね。

いろいろ観測したりすると、説明することが出てくるわけです。
それは前に研究した人の解釈が、足がかり・手がかりにはなりますよね。

もうひとつは、自分の中から湧いてくるものがあります。
観測や現象が先にあるのではなくて、こういうことをしてみたいということが、
ずっと研究していくと、だんだんと出てくるわけです。

僕の場合は、それが半々くらい。
そういうテーマが出てきたときに、それを自分で研究するか、
あるいは大学院生と一緒に勉強しながらやってみます。

そんな時は、これまで自分がやってきた研究をベースにして、
プラスα、こういう方向に進んだらどうだろうかを考えてみます。

つまり全く手がかりなしに何かをできるわけではもちろんなくて、
前の人がやってきたところや、あるいは今まで自分がやってきたところが、
基礎になります。

―「自分の中から湧いてくるもの」は、今振り返ってみると、一直線上にあるものなのでしょうか?

必ずしも一直線上ではないですね。テーマも分野もばらばらだったりします。

いろいろな人との議論とか、いろんな人の話を聞いたりとか、
あるいは前々から思っていたこととか、気になっていたこととか、
そりゃ、いろいろですよね。

いろんなところへ行ったり、いろいろな人と研究したり、いろんな人と話をしたり、
いろいろな経験をすることで、発想が広がっていくわけです。

そのいろいろな経験をしたこと自体が、
「自分の中から湧いてくるもの」のベースになっているわけです。

―「自分の中から湧いてくるもの」そのものは、昔からあったものでしょうか?

長年研究をしていれば、これをやってみたいとか、あれをやってみたいとか、
僕に限らず、それぞれ誰にでも自然に出てくることだと思います。

やはり、現象とかなんとか、与えられたことばかりをやるのではなくて、
自分でやりたいことをやる、自分で解きたいと思った問題をやる、っちゅうところがないと。

基本的に、科学者というものは、研究テーマも人から与えられたものではなくて、
自分から研究したいテーマを研究する、っちゅうものだと思いますから。
与えられた問題だけやっているわけではない。そういう姿勢が、大切だと思うのですね。

研究のスタートラインは与えられた問題であっても、やっているうちに自然と、
自分で解きたい問題とか、疑問に思ったこととか、ひっかかりがあることは、
誰にでも出てくるんですよ。
それを実際に、論文にまでしていくという過程が、おもしろいと言えばおもしろいですね。

―先日、博士課程の学生さんへのインタビューで、「二間瀬研究室に対する印象」を伺ったところ、
 「自分がやりたいと思ったことをやれる自由な環境が魅力」と皆さんが口を揃えて話していました。
 二間瀬さんが大切にしたいと思うスタンスに、学生さんも共感しているのでしょうね。

基本的には、学生がやりたいと思ったことをやってもらいます。
ただし、それを論文にまでしていくのは大変なので、指導教官がちゃんとフォローして、
論文にまでしないといけない責任は、もちろんあります。

学生は、ある段階では社会に出たり、あるいはずっと研究を続ける場合も、
ここにいて良かった、やりたいことをやれた、という充実感を持たせてやりたいですよね。

どこでどうなるにせよ、結局は、具体的にここで何をやったかというよりも、
どれをどういう風に、目標に向かって解いていったかの方が、大事ですね。

研究というものは、答えがあるかどうかもわからないわけです。
答えがあることをやっているわけではないのだから、
いろいろ右往左往、試行錯誤しないといけない。

そう四苦八苦して、二年なり三年かけて、だんだんとわかっていくわけです。
その間に、いろいろなことがあったりします。
そういう経験をさせることが、どこに行ったって、役に立つわけですよね。

学生は答えがあることを期待しているわけですが、必ずしも答えがあるわけではなくて、
答えも考えている方向と、全く別の方向にいく場合もあるわけです。

研究というのは、ある程度の見通しはあるけれども、
それがどうなるはわからないわけです。

そういうことは、自分でやってみないとわからない。
研究をするということは、そういう経験をするということですよね。

―見通しはあるけれども、どうなるかがわからないことが、逆に言えばおもしろみなのですね。

そうそうそう。
予想通りの結果が出ても、まぁそういう場合もあるし、それはそれで良いのですが、
よりおもしろいのは、ちょっと予想とは違う結果が出たときの方が、おもしろいわけです。

発展性という点から言うと、より発展性があるのです。
応用性と言うか、いろいろな現象に応用できるというか。

―予想とは違う結果が出て発展してきた結果、今があるのだと思いますが、
 では、二間瀬さんがこれまで最も意外だったと思う発展性は、何ですか?

研究もそうですが、学生もそうですね。
学部4年生から大学院でドクター(大学院博士課程修了者)をとる間に、
学生がどのように成長していくかも見甲斐です。

僕は東北大に来て10年くらいになるけれども、
その間に7~8人のドクターを出していて、
彼らは今、いろいろな分野で活躍しています。

もちろん本人の努力があるのですがね、
学生の成長とか変化を見るのはおもしろいですね。

研究テーマとしては、
前任地(弘前大)では物理でしたが、ここ(東北大)では天文に移ったので、
じゃあ天文学的なことをしようということで、「重力レンズ」をはじめたわけです。

なかなか何年続くかな、と思っていた研究だったのですが、
それがいろいろところに応用できたり、学生も持てて、
理論的な発展もあったりして、ずっと続けているんですよね。
なかなか予想した以上に、おもしろいテーマだったんです。

―「重力レンズ」とは、どのような研究なのですか?

重力レンズは、今では天文学のひとつ重要な方法になっていますが、
10年前は、それほど認知はされていなかったんですね。

今では、宇宙を見るひとつの新しい目なわけです。
重力を望遠鏡として使って、宇宙を見る。

普通の望遠鏡は、光でしかものを見れないわけですけど、電磁波とかX線とか。
それでは見れないものが宇宙にはあるわけです。光を出さないものとかね。
そういうものが宇宙には満ち溢れていることがわかってきたわけです。

それをどうやって見るかというと、そういう光を出さないものでも、
質量を持っている限り、重力は働くわけですね。その重力を、直接見てやろう。
重力レンズというのは、重力を通して、見れないものを見る、っちゅうことです。

現在の宇宙は、96%くらいは見えないものでてきているわけです。
我々の体や、星をつくっている原子は、
宇宙のエネルギー密度の4%程度に過ぎないんですよ。

つまり、氷山の一角を見ているに過ぎないんです。
見えているものは、ほんのわずか。見えないものの方が、圧倒的に大きいわけです。

それは普通のレンズでは見れないのですが、重力レンズでは見える。
そういうものを直接検証する手段としては、重力レンズは最も有効なものなんですね。

―それほど有効な手段が、10年前に認知されていなかった理由はどこにあるのでしょうか?

外国では認知されていたのですが、
多分、観測装置によるものもあって、あまりポピュラーではなかったと思います。

昔は「すばる望遠鏡」のような大きな望遠鏡がなかったので、
なかなかそういう観測を自前ではできませんでした。

また10年前は、重力レンズそのものは、もちろん知られていたわけでしょうが、
それを組織的にやろうという人はあまりいなかったんです。

自分がやっていることがみんな忙しかったのですね、きっと。
それを組織的にやり始めてみたら、おもしろかった。

―これまで見えなかったものが、重力という切り口によって、見えるものがあるだろう、
 という見通しで研究を進めた結果、最初の想定とは異なる理論的な発展もあったとのことですが、
 特に予想外でおもしろかった展開とは、どのようなものですか?

例えば僕自身も、10年前の重力レンズと、今やっている重力レンズは、
ちょっと違ったりするんですね。

重力レンズにも、強い重力レンズとか弱い重力レンズとか、種類があるわけです。
10年前はあまり弱い重力レンズがわからなかったのですけが、
今は弱い重力レンズの方に、ちょっと移ってきています。

強い重力レンズというのは、遠くのものと我々の間に重い天体があると、
重い天体の重力で、遠くのものからの光が曲げられて、
二つとか四つとか、複数の像になって見えるんです。


【図1】強い重力レンズ効果の概念図 (資料提供:Space Telescope Science Institute)


【図2】しし座にある重力レンズ天体 (資料提供:国立天文台 ハワイ観測所
中心にある約10億光年の距離にある赤っぽい銀河がレンズとなり、約100億光年かなたにある
クェーサーを銀河のすぐ後ろにあるかのように見せている。この銀河の重力によって光の進路が
変わるため、クェーサー像は4つに見える。右の写真は、広がった淡い光を強調したものである。
参考:『図解雑学 巨大望遠鏡で探る宇宙』 (二間瀬敏史著)

一方、弱い重力レンズというのは、
それ程ぎゅっとは曲げないのですが、ちょっとだけ形がゆがんでいる。
昔はそんなちょっとした歪みは観測にかからないと思っていて、
あまり興味がなかったわけです。

けれども研究していくと、どうもそうじゃなくて、
そういう効果の方が大事な場合もあると、認識を新たにしたっちゅう面もあるんですね。
そういうことをやっているうちに、いろいろおもしろいことが出てきたんです。

―弱い重力レンズの方が大事な場合とは、どんな場合なのですか?

強い重力レンズというのは、重力の強いところでしか働かないのです。
天体の重力が強いといっても、強い重力レンズを起こすほど強いのは、
天体のごく一部なんです。

天体のもっと広い範囲は、弱い重力レンズしか起こさない。
ですからそういうところをちゃんとやらないと、
天体の中で、見えないものがどう分布しているかはわからないですね。

あるいは宇宙全体に、暗黒エネルギーというものがあると思っているのですけど、
宇宙全体に分布しているものによる重力レンズというものもあります。

それは宇宙全体に分布しているからこそ、全部足すと莫大になるわけですが、
一部分では影響が小さい。
だから弱い重力レンズしか、起こさないんです。

そういう弱い重力レンズをいろいろ集めてきて、統計的に処理すると、
見えないものが見えてくる。

ですから、強い重力レンズをやってきた頃は、一部のことしか見てなかったわけですが、
弱い重力レンズで、より広い範囲を見れるようになったわけです。

例えば、天体の銀河の集団という銀河団がありますが、
銀河団のなかにどういう風に見えないものが分布しているかは、
弱い重力レンズを見ないとわからないんです。

―見えないものを見たい、という軸は大きくは変わらないけれども、
 光で見れないものを重力で、そして今度は強い重力で見れないものを弱い重力で、というように、
 どんどん見たいものを見てきた。それはやっているうちに、あ、と気づかれるものなのですか?

気づいたというか、やっていると、決定的に足りないなと思うわけです。
足りない理由を考えた時に、そういうところを思い当たる。

重力レンズは僕自身がやろうと思っていたテーマでしたが、
学生がいないとできないテーマでしたね。
データ解析とか、実際のデータを使って応用するのは、学生の方が上手です。

そもそも僕自身は物理なんで、
理論的にこういうことをやったらいいとか、こういうことがあるとかは言えるのですが。

天文学っちゅうのは、ちょっと経験科学的なものがあって、
観測データをいろいろといじらないといけない。

観測は実験と違って、そんなに綺麗には結果が出てきません。
いろいろな気象条件があったり、いろいろ条件が変わったりするわけです。

そこで、観測データをいろいろ処理する方法があるわけですが、
そういう方法は、ちゃんと天文教育を受けた学生の方が、長けているわけです。

僕なんかは、そういうのはわからないので、学生に助けられています。
ですから重力レンズの研究は、学生がいなければできない研究ですね。
その学生達が今は偉くなって、いろいろなところで活躍しています。

―二間瀬先生は、学生さんの前でも「学生の方が上手」と言いますか?

もちろん言いますよ。
それは学生の方が、できることはいっぱいありますよ。

ドクター1年くらいまでは、指導教官というように上下関係がありますが、
ドクター2年くらいからは、もちろん学生にもよりますが、
上下関係はなく、研究者として対等ですね。

研究者として、彼ら自身のアイデアも出てきますし、
僕が考えたことを彼らにやってもらったりと、全く対等です。

―きっと学生さんにとっては、魅力的な場ですね。

そういう風に、何かをやりたいっていう意志があって、
自分の考えでどんどん研究を進めていく学生とか、
自主性がある学生にはいい場なのでしょうけどね。

やっぱり継続、っちゅうのが大事なので。
とにかく続けて考えていくこと、
それも一日、二日じゃなくって、二年、三年というスケールでです。

その間に、いろいろやりたいという意欲だけでは何もできないので、
いろいろと議論するとか、何回も何回も繰り返していくと、
だんだん何かが見えてくるわけですよね。

こっちの方向に進むと、そういう風にすると、できるようになるかとか。
それはやはり一日、二日ではなくって、長い間いろいろ議論して、その積み重ねですよね。

そういう積み重ねをしていくと、ドクター後半くらいになってから、
それなりの学生だと、これをやってみたいというテーマを自分で見つけて。
で、そのあと僕は、もう相談にのるだけですよね。

僕はいつも、ちょっと考えると、そこらへんに歩いている学生を捕まえて、
「どう思う?」とか議論するんです。そういうことで論文になったことも多いし。
ですから、とにかく学生には、大学に出てきてください、と。

議論の相手になって、聞いているだけでもいいし、意見言ってもらえればいいし。
とにかく学生が議論したいときには、
いつでも僕の部屋は空いているので、適当に入ってきてください。

基本的には、理論だからね。実験とは違うからね。
ある段階で、やっぱり独り立ちしないといけないんですよね。

いつまでも指導教官と一緒では困るので、そこはやはり、ドクターの後半くらいになれば、
それなりに独り立ちできるようになってほしい。

こっちも、そっちの方がいいし。
独り立ちして、あっちも考えてもらえるとこっちも刺激になるし、
あっちはこっちでは考えないことを考えたりするし。
それはそれで、こっちにとってもプラスになるし。

僕の実績のひとつは、ドクターをとった学生の多くが、研究職についていること。
研究者としてかなりの確立、ドクターをとった学生の7~8割が、研究者になっている。
それがあの、自慢、っちゃあ自慢ですね。

―最近は「ポスドク問題」など、大量の博士号取得者の就職問題が深刻化していると聞きますが、
 ここでは自分がおもしろいと思ったものをつかまえて、研究成果にしていける学生さんを、
育てていらっしゃるのですね。独り立ちされた後は、学生さんならではの発想があったりと、
研究室としてのアクティビティーも上がりそうですね。

そうそうそう。もう一人前の研究者ですからね。
だいたい物理系の学問は、若い時の方がどう考えたって賢いんですよね。馬力もあるし。

若い時にドクターをとるのは、スタートラインに並ぶという意味でしかありません。

別にドクターとることが最終目標ではなくって、
「よーい・どん」のスタートラインに並ぶということです。

並んで駆け出すところまでは指導教官がいるんだけど、
あとは自分で走ってもらわないと、困りますよね。

僕が若い時は、自分だけの研究をしていたわけです。
けれども今は、学生を持たざるを得ない立場になりました。
せっかく学生持つなら、おもしろい方がいいし。

学生にも、後悔はしてほしくありません。
「あの時、勉強していればよかった」とか言って欲しくないです。
せっかく、大学に入ったのだから。

―二間瀬さんは一般向けの著書も多数書かれていますが、
 執筆活動の動機とも何か今のお話は関連はありますか?

いや、僕はあまり深くは考えないのですよ。
「書いてください」と注文が来たから、書いただけであって。
本を読んだ、という人がいるっていう、間接的な効果はあるかもしれないけれども。

教育とか研究とか、別に深く考えているわけではないけれども、
なんとなくイメージはあるわけですね。

こういう風にしたいとか、ああいう風にしたいとか、
そういうイメージでやっているだけ。

深く考えてどうしましょうとか、考えていません。
たまたまそれはそうなったというだけで。

―こういうものだ、とはじめから決めているわけではなくて、
 自分の感覚を中心に持っているということですか?

そうそうそう。

―研究だけでなく教育というウェイトも、
 歳を重ねるうちに自然な気持ちとして湧いてくるものなのでしょうか?

一般的にどうとは言えないのではないでしょうかね。
ただ僕の場合は、たまたま来た学生に恵まれたということも、あると思います。
昔から、学生と付き合うことは、嫌いではなかったですし。

前任地は、弘前大学でした。
弘前には温泉がいっぱいあるんです。

ですからゼミが終わった後に、学生達と一緒に皆で温泉行ったり、
ゼミが始まる前に温泉に行ったり。

授業の前に温泉に入りにいって、授業忘れちゃったりしてね。3回くらいあるな。
帰ったら秘書の人に、「先生、学生さんたちが待っています」とか言われちゃって。

僕個人の研究としては、弘前大にいたときの方が、
ずっと一人で研究していたと思いますけどね。

いろんな理由でこっちに移っていたわけですが、
ここは、それなりの優秀な学生が入ってきますから、
研究テーマも、僕自身の研究スタイルも、
割とスムーズに移行できたのではないでしょうか。

これをしたいというモチベーションを持ちながら、
学生ともうまくやって、学生もうまく育って、割と良かったと思いますけどね。

―二間瀬さんは、自然体で、ずっとこられているのですね。

いい加減、っちゅうことですね。
部屋を見てもわかるように、いい加減です。
(たしかに、様々な物品が驚くほど散乱しています)

そんなにね、目標を決めたって、できるわけないのだから。
いつまでにこれをちゃんとやる、ということはあまり考えないようにして、
っちゅうよりも、全く考えないですね。

きっと社会では適応できない人間だと思いますよ。
大学の先生というポストがなかったら、いろいろと困っていたのではないでしょうかね。

―二間瀬さんの御歳は56歳とのことですが、随分とお若く見えます。

奥さんには老けている、と言われるのですが。
世間的な苦労をしていないせいでしょう。

―目に見える目的に最適化していないからこそ、
 「自分の中から湧いてくるもの」から、研究の成果が生まれるわけですね。

僕個人としては、研究者とはそういうものですよね。
自分のしたいことをする、っちゅう。

最近は、5年後に何をどうするとか中期計画を書かされるわけですけど、
そういうものは、大体いい加減に書くわけですね。

5年後にわかることを、別に、やってはいないですから。
どうなるかわからないことを、やっているわけです。

ただ最近は大学自体が、ちょっと最近の傾向で変わりつつありますよね。
僕らは、大学というものを、
今の学生がとらえているのとはちがう風に、多分とらえているんですよね。

大学というところは、4年間なり、
自由に何かをできる場を与えられたと思って、勝手に何か自分でやるところ。

与えられるものではないんです。

授業だって、手取り足取り教えると、
その場でわかったような気になっても、次の日になったら忘れるんですよね。

大学の授業は半分わからない位の方が、
勉強したい学生にとっては良いと、僕は思うんです。

僕個人の思い出から言っても、
本当に役に立った授業と言うのは、自分で考えた授業ですよね。

そのときわかった気になる授業は、何の役にも立たない。
でもそういうことを言うと、最近は駄目なわけです。

大学というのは、場を与えられて、その場をどう活かすかは本人次第なので、
人から与えられたものをどうこうするとか、そういう風に考えて欲しくないですよね。

やっぱり自由な時間があるわけですから、4年間も。
それをどう使うかは、与えられるものを待つというのではなく、
自分自身でいろいろとやってみたら、って言っています。

勉強しなくても遊ぶならば、思い切って遊んだら、って言っているんですがね。

最近は、もうなんかね、大学、っちゅうより、中学校みたいなかんじで。
生活指導とかさ、そういう感じの面も出てきましたよね。
教官が学生に何でも手取り足取り教えないといけないし。

僕の授業は、あまり評判は良くないんですよ。「難しい」と。
文科系1年生への授業は、式とかは出ないお話ですが、
4年生や大学院生に対する授業は、多分難しいのではないかと思うのですけどね。

―プロフィールを拝見させて頂くと、
 「京大大学院では松田卓也に師事したが、相対論の研究を反対されながらも押し通したので
 そのまま博士課程には進めず、B.F.シュッツのもとへ留学して博士号取得(※)」とありますが、
 このあたりについては、何か思うところがあったのですか?
 ※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

教官が相対論の専門家ではなかったため、そこに所属して研究ができなかったのですが、
教官の友達に相対論の専門家がいたので、留学してヨーロッパで研究をしました。

ですからドクターの学生に対しても、積極的に外国へ行ったら、と言っているのですがね。

―国内と外国では何が違うものなのですか。

自分の経験からしか、なかなか言えないのですが、
最終的にはどこかでポスト、定職を持つわけです。

研究者としてポストを持っても、その後どうするかが問題で、
ポストを持った後も、研究をちゃんと、どんどん続けていくことが理想ですよね。

けれども往々にしてそうならない場合もあるわけです。
ポストを取って研究しなくなったり、教育が忙しかったり。

ですからポストをとる前に、いろいろな所へ行って、いろいろな人と議論して、
いろいろな経験をすると、研究者として、長持ちするのですよね。
引き出しが多くなる。

研究者として長く研究をしていられるためには、
いろいろな経験をしていた方が、もちろん良いわけです。

そのひとつは、外国へ行って、いろんな方法を研究すると、
自然とそういうことが身につくわけです。

もうひとつはやっぱり、僕個人で良かったなと思うのは、
外国って、日本にももちろん偉い人はいますが、
教科書に載っているような偉い人がいっぱいいるんです。

そういう偉い人は、歳にかかわらず、
難しい問題にずっと挑戦し続ける、っていう感じなんです。

僕の場合、ポストを得る前は、ヨーロッパの期間の方が長いのですね。
ヨーロッパでドクターをとり、アメリカに3年いて、ヨーロッパに6年いたので。

ヨーロッパの偉い人は、論文の数はあまり気にしないで、
本当に自分のテーマを持っていて、難しいものに挑戦する。

そういう姿勢があるのですね。
何でもかんでも論文書く、という感じではなくて。

そういう姿を見ていると、純粋に偉いな、と思うわけです。
そういう影響は、多分あると思いますね。

―二間瀬さん自身も、目の前にある難しい問題に、ずっと挑戦し続けたいと思われている。

そうありたいとは思っているのですけどね。
なかなか多分、できないことなのですが、そういう気持ちはずっとね。

これを解きたい、というのは中にあるわけです。
ずっと解けない問題が。

一般相対性理論が僕の専門なんですよ。
相対論で解けない問題、解けていない問題というのがあります。

重力レンズも、まぁまぁ一区切りというか、
もちろん学生はずっとやっているのですが、
僕個人としては、また違うことをやってみたいと思っています。

一般相対論で、昔からある問題を、
今までとはちがう方法でやってみたいなとは思っていますけどね。

―今までとは違う方法に、見通しはあるのですか?

ひとつは、具体的には、例えば天体が運動すると、重力波というものを出します。
天体が運動するとまわりの空間を揺らがして、空間に波が立つ。
それを重力の波と言って、エネルギーを持ち運ぶんです。

天体の運動が非常にゆっくりした場合、
例えば、太陽の周りを地球がぐるぐるまわっているときは、
地球の運動は光の速度に比べて充分に小さいので、
そういう場合の運動から出てくる重力波は、ちゃんとした定式があって、
それはもちろんわかっているのです。

ただし天体の運動が光の速さに近づいて、非常に高速度の運動で重力波を出した時に、
どういう振る舞いをするかはよくわかっていない。
それに焦点をあてて、研究をしたいと思っているんですよ。

一応、それの足がかり的な研究は、去年くらいからしていて、
もうちょっと頑張れば、なんとかなるか・ならないか、っちゅう感じですね。

従来の方法とはちょっと違うやり方でやっているのですが、
それができれば楽しいと思いますけど、それがどこまでできるかどうか。

ある程度のことはできると思いますが、問題をちゃんと解決できるところまで、
満足できるところまでできるかどうかまでは、今のところわかりません。

けれどもやってみる価値は充分にあると思っているので、
ここ何年かはやっていきたいなと思っています。

あとは入っている学生のやりたいテーマにあわせて、
彼らのやりたいことを一緒に勉強する、ということですね。

―では最後に、二間瀬さんにとって科学というのは、どのような存在ですか?

だから、そういうのを考えたことがないんだよね、僕って。
仕事をしている、という気もないしさ。

もちろん、何かをやっているのでしょうけど。
これが解けたらいいなとか、これどうなっているんだろうな、
というものの、連続という感じですね。

学生と一緒に、おもしろおかしくできたらいいなとか、それくらいのことしかないです。
大学の先生になって、僕一番驚いたのが、えらい真面目な人が多いなって。

適当でいいんじゃないですかね。適当ね、すべて適当です。
意識して研究したということが、ないですね。

―どちらかと言うと、最近の社会の傾向として、まず目的があって、その目的に最適化して、
 それ以外は全部削ってしまうような風潮があるように思うのですが、
 それとは間逆のスタンスを大切にされているのですね。

そうそうそう。
最近は、効率的とか、そういう風潮がありますよね。
けれども教育も研究も、効率とかそういうことを考えてやるものではないですよね。

教育って、人間相手のことですし。
研究も、100やって1つ、10000やって1つ、当たればいいというものなんです。

研究っちゅうのは、答えがあるかどうかもわからないことをやるわけですからね。
答えがわかっていることをやる、っちゅうのは、それはそれで研究なんでしょうけど、
そういう研究ばかりではないわけです。
答えがない、どうなるかわからないような研究という面も、研究にはあるわけです。

そういう研究に対して、効率という言葉は正反対なわけです。
いろんなことを試して、試しているうちに完全に変な方向へ行ったりするわけですね。

じゃあ、そういう方向が悪いかと言えば、そういうわけではない。
それが新しい展開になったりします。

少なくとも僕が意識していることは、
効率とか目標とか立てずに行ったほうが、成果は上がると思いますけどね、僕は。

教育にしても、そんなに意識的にどうこうするという目標を立てない方が、
むしろ良いと思うのですけどね。

―意識的に目標を立てることは、外からの要請で目的を与えられ、
 その目的に最適化し、それ以外の要素を削ってしまうことなのかもしれません。
 「自分の中から湧いてくるもの」を中心に持ち、それ以外のものに惑わされないという意志が
 「すべて適当」という言葉に表れているのですね。
 二間瀬さんが大切にされているこのスタンスから、先駆的な成果が生まれることがよく伝わってきました。

 ところで先日の取材で、学生さんの研究部屋を撮影させて頂いたとき、
 二間瀬さん手づくりの陶芸(招き猫)を机上に置いて、研究されている学生さんがいらっしゃいました。
 先生のご趣味は、陶芸と伺いました。

何をあげたっけ?
あまり覚えていないですけど。

陶芸していると、無心の境地なのです。
何も考えないで、ストレス発散。
と言っても、ストレスはないんですが、なんとなくいいですよ。土を触っていると。

何も考えずにそれに没頭できるから。
陶芸すると、2~3時間あっという間に過ぎています。
ただ、なかなか時間がないんですね。

今は天文の専攻長をここ2~3年やっていて、学生も多いので、
学生の面倒を見ることとか、最近特に忙しくなって、なかなか時間がないのです。
もうちょっとゆっくりしても、良いような気もするのですがね。

―噂では、田舎に住んで自前の釜までつくるご予定だと。

理想ですよね。
昼間は陶芸して、夜は望遠鏡で星を見て。

うちの奥さん、マクロビ(マクロビオティック:自然食)に凝ってるんです。
で、畑を耕して、それが理想ですよね。

―つくられた器で、つくられたお野菜で、自給自足の生活ですね。
 ちなみに候補地は、もう考えていらっしゃるんですか?

だから、何も考えないんだよね。基本的に。
でも計画が狂いましてね。子どもができたんだよね、6歳の。

子どもがいなかったら、優雅に暮らしていたんだろうけどね。
教育費もかかるから、陶芸の釜とかつくってられないなぁ。

それで予定がだいぶ狂って、
陶芸の釜がだいぶお預けかなぁと思っているのですよ。

―そういった想定外の結果から、また新しい展開があるかもしれないですね。
 研究も、研究以外も、そのスタンスに境目はないことがよく伝わってきました。
 二間瀬さん、本日はどうもありがとうございました。

※本記事は、東北大学理学部物理系同窓会「泉萩会」とのタイアップ記事です。
【リンク】泉萩会 東北大学理学部 天文学専攻

取材先: 東北大学      (タグ: , , , ,

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