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2016年 12月 11日 (日)

科学って、そもそも何だろう?:大野英男さん(東北大学電気通信研究所教授)に聞く 取材・写真・文/大草芳江

2012年2月13日公開

自分で土俵をつくれる人になって欲しい

大野 英男  Hideo Ohno
(東北大学 電気通信研究所 教授、
 東北大学 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター センター長)

 1954年、東京生まれ。専門は、半導体工学、スピントロニクス。北海道札幌南高校出身。東京大学工学部卒業、工学研究科修了。IBMトーマス・J・ワトソン研究所客員研究員などを経て、1995年に東北大学電気通信研究所教授。2010年に東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター・センター長に就任。また2010年から内閣府最先端研究開発支援プログラム「省エネルギー・スピントロニクス論理集積回路の研究開発」中心研究者。2003年にThe IUPAP Magnetism Prize、2005年に日本学士院賞、日本人としては3人目のアジレント欧州物理学賞を受賞。2011年には「希薄磁性半導体における強磁性の特性と制御に関する研究」でトムソン・ロイター引用栄誉賞(ノーベル賞有力候補者)を受賞している。

 「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします


私たちは今、エレクトロニクスなしには考えられない生活を送っているが、
そもそもエレクトロニクスとは、電子の性質を利用する技術の総称である。

その性質とは、電荷(電気を伝える性質)とスピン(磁石になる性質)だ。
今日のエレクトロニクス技術は、電荷の性質を利用する半導体デバイスと、
スピンの性質を利用する磁気デバイス、この二つを上手に、しかし別々に
使うことで、発展を遂げてきた。

そして今、電子の電荷とスピン、この両方の性質を同時に利用する研究分野
「スピントロニクス」(エレクトロニクスとスピンの造語)が、これまでの
技術の限界にブレークスルーを与える次世代のエレクトロニクス技術として、
注目されている。

スピントロニクスの基礎研究と応用研究により、数々の権威ある賞を受賞し、
世界トップを走る大野英男さん(東北大学電気通信研究所教授)がリアルに
感じる科学とはそもそも何かを聞いた。

<目次>
科学と技術の橋渡しに、楽しみとやりがい
半導体と磁性体の世界に橋をかける
電子の電荷とスピンを同時に使う「スピントロニクス」
電子のスピンを使って、エネルギーを使わずに情報を記録
情報機器の頭脳にあたる「論理集積回路」に革新
社会の基盤となるところに、変革を起こしたい
自分たちの技術開発で新たな地平を切り拓いていく
世界的にユニークな立場でトップを走っている理由
世界の流れをつくろうとなると、どうしてもそこまでやらなければいけない
皆に使われる技術でなければ、技術ではない
自分で土俵をつくれる人になって欲しい


東北大学電気通信研究所教授の大野英男さんに聞く


科学と技術の橋渡しに、楽しみとやりがい

―大野先生がリアルに感じる科学って、そもそも何ですか?

 今は幸いなことに「サイエンス(科学)とテクノロジー(技術)の橋渡し」とでも言いましょうか。ものごとを理解し、その理解を深めようという科学のテーマと、ある技術を総合して世の中に役立つ技術にしようというテーマ、二つをやらせていただいています。そのような意味では、科学と技術の両方をやらせてもらっていることに、楽しみとやりがいを感じています。

―科学と技術、それぞれどのようなところに「楽しみ」や「やりがい」を感じているのですか?

 科学、基礎研究の部分には随分、楽しみが入っています。基礎研究は、いつか何かの役に立つかもしれませんが、今すぐには役立たないかもしれません。それでも「これを知りたい」「この現象はどこから出てくるのか理解したい」と思い、そのために実験・解析し、場合によっては理屈も考えます。

 こう言うと言い過ぎかもしれませんが、それは推理小説を読む感覚に似ています。どこにどんな結末があるかはわからないけども、やっぱりおもしろいから次から次へ進んでいく。基礎研究の楽しみは、おもしろくて推理小説のページを次々めくるように「こういう風になっていたんだ。だったらこうすると、どうなっているのだろう?あぁ、こういうことが出てくるんだ」という楽しみですね。

 一方で応用しようとすると、自然が自分をどこに連れて行くのかわからないような状態で思考することはなかなかできませんから、「こういうものをつくりたい」という行き先が決まっています。基礎的な部分もたくさんありますが、例えば「癌を治したい」とか、目標意識がすごくはっきりしています。それはそれで非常にやりがいと責任があることです。

 このように、楽しみがある面とやりがいのある面、その両方を今、同時にやっています。それぞれ関連はしていますが、テーマは別です。そこがリアルと言いますか、やりがいがあって楽しいな、と私が思ってやっているところですね。

―なぜ大野さんはそのように思うようになったと思いますか?

 大学は工学部でした。工学部には「最終的には何かに役立たせたい」という大きな目標があります。その枠組みからは結局出ていないのだろうと思います。もし「基礎と応用のどちらかに分類しなさい」と言われれば、私の基礎研究も、広い意味では応用を指向する研究に入るでしょう。

 その中には、今の問題を解決することから、将来新たなことをできるようにすることまで、時間的には非常に広い対象があるわけです。今日明日の大切な問題を解決することも重要ですが、ただそれだけをやっていると、時間的に遠くのことが視野に入らなくなりそうな気がして。あるいは時間的に遠くのことばかりやっていると、今度は今の問題に貢献できていないような気がして。

 本当はそんなことはないのですが、どちらかを選ぶことができずに、行ったり来たりしているうちに、現在は両方やるようになっている、ということだと思います。

―両方とも同時にやることの方が、難しいのではないでしょうか?

 私がドクター(大学院博士課程)の頃の先生は、どちらかと言えば中長期的な視野で、物理学に強い工学の先生でした。また当時、米国に1年滞在していた時の米国の先生は、どちらかと言えば応用に強い先生でした。どちらにも非常にやりがいを感じていたので、二人の先生の影響を受けたのでしょうね。そして、就職した頃は、どちらかと言えば応用に近いことをやっていて、それからだんだん長期的なこともやれるようになってきました。


半導体と磁性体の世界に橋をかける

―具体的にはどのような研究をしていますか?

 半導体(※1)の研究です。88年にIBMのトーマス・J・ワトソン研究所に客員研究員として赴く前から、10年くらいずっと半導体の研究をしていました。そして88年に江崎玲於奈さん(※2)らのグループに配属された時、「何でも好きなことをやっていいよ」と言われたので、当時IBMにいた宗方比呂夫先生(現・東京工業大学教授)と一緒に、すごく新しいことをやったのです。

※1 【半導体】電気を通しやすい「導体」と電気を通さない「絶縁体」との中間的な性質を示す物質のこと。電気をどの程度通すか(電気伝導性)を周囲の電場や温度によって変化させる性質が、電子工学で利用されている。代表なものとしてシリコンがある。

※2 【江崎玲於奈】日本の物理学者。「半導体におけるトンネル効果の実験的発見」で1973年ノーベル物理学賞受賞。

―「すごく新しいこと」とは何ですか?

 半導体でありかつ磁性体(※3)である物質、最終的には(磁性体は)磁石になったのですが、半導体でありかつ磁石である、世の中にはない新しい物質をずっとつくっていました。

※3 【磁性体】磁場の中で磁化される物質のこと。詳しくは後述の「電子のスピン」の項を参照のこと。

―「半導体でありかつ磁石である物質」とは何ですか?昔はなかったのですか?

 それ自体は昔からありましたが、新しい種類をつくってみようと挑戦したらできたのです。それはどちらかと言えば、基礎的な材料科学でした。半導体の物理と磁性体の物理の接点で、いろいろ新しいことを理解したり明らかにすることができました。さらにそれを使って「低温ではこんな現象も見える、こんなこともできる」といった原理検証実験もやりました。

 そして、東北大学の宮崎先生らと一緒に仕事をさせていただくうちに、別の文脈ですが、低温ではなく室温で動くような磁石の素子と、いわゆる半導体と呼ばれる集積回路(※4)を結びつけることで、新しい省エネルギーの集積回路ができる、という研究も始めました。

※4 【集積回路】特定の複雑な機能を果たすために多数の素子を一つにまとめた電子部品。一般的に「半導体」と言った場合、半導体自体でなく、半導体を用いてつくられたダイオードやトランジスタ、またそれらの集積回路である半導体集積回路(IC)を指すことが多い。

 その結果、「半導体自体を磁石にする」アプローチと「磁石の素子と半導体の素子を組み合わせてつくる」アプローチの両方をやることになったのです。どちらも「半導体の世界と磁性体の世界に橋をかける」意味では同じです。これまでいろいろな紆余曲折がありながら、今はそれに関わる二つの側面をやるようになりました。

―「半導体の世界と磁性体の世界に橋をかける」意味とは何ですか?

 前者の「磁石と半導体の性質を併せ持つ、新しい物質をきちんとつくって理解しよう」というアプローチは、すぐには応用ができないかもしれないけれども、その先にある応用を目指した基礎的な研究という流れですね。先述の通り、推理小説を読むのと似たところがあります。それをきちんと理解することが将来役立つことにつながることを期待して、一つひとつ理解していくことが意義だと思います。

 後者の「磁石の素子と半導体の素子を組み合わせ、新しい集積回路をつくろう」というアプローチは、今日明日の問題に解を与えようとする研究活動です。例えば今、集積回路を高性能かつ省エネルギーにする問題がありますが、現在の技術的アプローチだけでは、非常に大きな困難が生じています。そこに磁石の技術を入れることで、新しい風穴を開けようという意義があると思います。


電子の電荷とスピンを同時に使う「スピントロニクス」

―磁石と言えば冷蔵庫にくっついている磁石をイメージしますが、そもそもなぜ「磁石の技術」によってブレークスルーがもたらされるのですか?

 冷蔵庫にくっついている磁石と同じ物質ではありませんが、我々は、磁石の仲間で非常に小さいものを使います。磁石というのは、いろいろなことができるのですよ。磁石の説明をするためには、まず電子について説明しなければいけません。

 電子には「スピン」という性質があります。フィギアスケートでくるくる回るスピンなどからおわかりのように、スピンとは回転のことです。スピンは小さな磁石であり、電子自体が小さな磁石なのです。ところが我々の体の中にも電子がたくさん入っていますが、我々の体は磁石ではありませんね。なぜかと言えば、電子のスピンの向きが揃っていないからです。

 一方、我々が磁石と呼ぶ物質は、電子のスピンがバラバラではなく揃っているものです。電子のスピンが揃っていると、我々が外から見ても、「磁石だな」とわかる形になります。このように、磁石を磁石たらしめている電子の性質をスピンと呼びます。

 今日のエレクトロニクス(電子工学)は、電子の電荷(電気を伝える性質)とスピンで支えられています。例えばパソコンでは、情報が半導体の集積回路で処理されます。そこでは電子の電荷の流れを利用しています。

 そして処理した情報は、ハードディスクに蓄えられます。そこでは磁石を利用して、すなわち電子のスピンを使って、情報を失わないように記録しています。パソコンでは、電子の電荷とスピンを上手に、しかし別々に使っているのです。

 これに対して我々は、電荷とスピンを同時に使うことに取り組んでいます。この分野は「スピンエレクトロニクス」、または「スピントロニクス」(※5)と呼ばれています。

※5 【スピントロニクス】スピンとエレクトロニクスの造語。今日のエレクトロニクス機器のほとんどは、半導体を用いて、電子の「電荷」(電気を伝える性質)を利用することで情報を制御している。スピントロニクスでは、電子の電荷の自由度に加えて、さらに電子の「スピン」(磁石になる性質)の自由度も併せて利用することで、全く動作原理の異なる、新しい機能を持つ素材や素子を開発することが期待されている。


電子のスピンを使って、エネルギーを使わずに情報を記録

―電子の電気を伝える性質(電荷)だけでなく、電子の磁石になる性質(スピン)も同時に使えるようになると、例えば、どのような点が良いのでしょうか?

 磁石には、N極とS極の方向がそう簡単には変わらない性質があります。小さな磁石のNとSの方向を一度決めてしまえば、放っておいても変わらないのなら、それをメモリとして使おう、というわけです。

 NSとなっているところは「1」、SNとなっているところは「0」と思おう、とすることで情報を記録することができます。すると、情報記憶のためにエネルギーは必要ありませんね。これはハードディスクと同じです。

 ところが現在の半導体、特に半導体の集積回路では、情報記憶のためにエネルギーを使わざるを得ません。そこにもし磁石の記憶素子を使うことができれば、電源を全部オフにしても記憶が残るため、記憶を読んだり書き換えたりする時だけ電気を使い、後は放っておけば良いとなるわけです。すると、設計・製造法などが随分、省エネルギーになります。

 磁石はNとSの向きが変わらないので、かなり小さくすることができます。ただし、あまり磁石を小さくし過ぎると、室温くらいの温度ではNとSがゆらゆら揺れてしまいます。磁石が大きければ揺れませんが、磁石が小さければ揺れて、小さ過ぎるとくるくる回ってしまいます。そこまで行くとNとSの向きがわからなくなるので使えませんが、そこまで行かなければ、かなり小さくできます。

 あとはどうやって「0」を「1」に書き換えたり「1」を「0」に書き換えるか、あるいはそれを「1」とわかったり「0」とわかったりするか。それが新しい磁石の応用の一つです。

 それができるようになれば、非常に小さい磁石をたくさん並べることで非常に大容量なメモリができ、その一つひとつに「アクセス」して、内容を読み出したり書き込んだりすることができます。

 今は、半導体より大容量のメモリができる可能性があるため、例えば「DRAM」(※6)の代わりにしようと、非常に大きな会社もこの技術に注目しています。しかし、それは単にメモリとして使おう、という話です。

※6 【DRAM(ディーラム)】コンピュータなどに使用される半導体メモリの一種。


情報機器の頭脳にあたる「論理集積回路」に革新

―メモリよりもさらにすごいものに応用できるのですか?

 我々の一番の特徴は、単なるメモリとしてではなく、情報機器の頭脳にあたる「論理集積回路」、つまり演算する部分にも、そのような磁石のメモリを入れていこう、という点にあります。

―演算する部分のどこに、磁石のメモリを使うのですか?

 論理集積回路も、やはり記録をする必要があります。例えば「1+2=3」の場合、「1」も「2」も結果が「3」であることも、覚えなければいけません。ですから、そのような論理集積回路の記録機能を、電気の必要ない形で実現できれば、論理集積回路そのものも省エネルギーになります。

―電気のいらないメモリと言えば、すでにフラッシュメモリ(半導体メモリの一種)があるのではないですか?

 フラッシュメモリも素晴らしい技術ですが、特に書く時の時間が非常にかかってしまうのです。論理集積回路の場合、非常に高速のメモリが必要です。フラッシュメモリも人間に比べれば大変速く書けますが、非常に速く動いているプロセッサ相手ですと、ちょっと耐えられないくらいに遅いのです。

 さらに論理集積回路の場合、何度でも「0」にしたり「1」にしたり書き換えることができなければいけません。しかし、フラッシュメモリは何度も書き換えができないのです。書き換え回数はせいぜい1万回程度。普通の用途なら、この程度で耐えられますからね。その代わり、うんと安く作れるようにしてあるのです。

 それに対して我々の磁石の技術は、非常に高速にかつ何度でも書き換えることができます。さらに「覚えていなさい」という時は、電気を切っても情報を覚えてくれます。これを我々の専門用語では「不揮発」と言います。

 つまり、電気を入れておかなければならない「揮発性のメモリ」ではなく、電気を切っても内容が書き込める「不揮発性のメモリ」として、高速かつ何度でも書き換えができる。そのようなメモリは今のところ、磁石のメモリしか無いのです。

―先述の「ハードディスク」も磁石の技術ということですが、技術的な違いは何ですか?

 半導体集積回路は全部、電気でやらなければいけません。電気で書き込み電気で読み出すのです。ハードディスクも外から見ると、電気で書き込み電気で読み出すように見えますが、最終的にはNSかSNかの磁石の向きを、磁気センサーで読み取ります。

 つまり同じ「磁石の技術」と言っても、ハードディスクは磁気センサーで読み込み磁界で書き込むのに対し、我々の半導体集積回路は電気で直接読み込み電気で直接書きこむ、という技術的には非常に大きな違いがあります。


社会の基盤となるところに、変革を起こしたい

―そもそもなぜ論理集積回路なのですか?磁石の技術と組み合わせることで、大野先生が思い描く世界とは何ですか?

 これからますます社会全体を省エネルギーにしていかなければなりません。そのためには単に「蛍光灯をLEDなどの省エネルギーなものに替える」といった発想だけでなく、エネルギーを上手に使う必要があります。

―エネルギーを「上手に」使うとは?

 「上手に」使うとは、イコール制御する、ということです。例えば「外気温がこの程度なら、中はこの温度で良いですね」とか「光がこの程度入れば、これくらいの暖房で良いでしょう」とか。冷暖房一つとっても、いろいろな制御の仕方がありますね。

 その制御をする時に一番必要なのが、論理集積回路なのです。しかし今、論理集積回路が、ある限界に来ています。もうこれ以上、性能が上がらなくなってしまったのです。それは発熱が大き過ぎて、つまり消費電力が大き過ぎて、性能が上げられないのです。

 つまり、半導体集積回路のパフォーマンスを上げていくためには、単位面積あたりのパフォーマンスをもう上げられなくなっているため、それを上げる手法を今、世界中で皆が探しているのです。

 例えば皆さんが今お使いのコンピュータは、「マルチコア」という、いくつものプロセッサが1つの集積回路に入ったようなアーキテクチャ(基本設計、設計思想)を使っています。それを大変簡単に言いますと、1つではもう性能が上げられなくなっちゃったので、2つ、4つ、8つ使いましょう、という世界なのです。

 それはそれで大事なことですが、1つずつで比べると、あまり性能が上がっていません。しかし、1つの部分の性能を上げることができれば、マルチコア全体の性能が上げられます。

 そのために必要なことが、同じ性能をさらにエネルギー消費の少ない形で実現する集積回路であり、それが先ほどお話した、磁石の技術と組み合わせた集積回路なのです。

 それが様々な機器に入ることで、従来の制御をさらに省エネルギーでできたり、あるいは、これまでは消費エネルギーが大き過ぎて入れなかった部分にも使える集積回路ができると考えています。それによって何かが特別便利になるというよりも、社会の基盤となるところに変革を起こしたいのです。

 それを我々が最初にブレークスルーして提供することで、例えば半導体の大部分に我々の技術が使われ、より省エネルギーでハイパフォーマンスなものを手に入れることができる。そんなすごい技術開発をして、世界に先駆けて形にして見せようとしています。


自分たちの技術開発で新たな地平を切り拓いていく

―電子の電荷だけでなくスピンも併せて半導体に利用する技術開発は、現在の集積回路の限界にブレークスルーをもたらすことで、単に何かが改良されると言うよりも、社会の基盤そのものに変革を与えるようなインパクトがあるのですね。それは逆に言えば、具体的に何がどう変わるかは説明しづらいということでしょうか?

 そうですね。身近で便利なところにも入って行くはずですが、身近でなくても重要なことはたくさんあるので、そのようなことはどうやったら伝えたら良いのかは、ずっと課題のままです。良い言い方はないのかもしれないですけどね。

 例えば、Googleなどが使っている「データセンター」(※7)の消費電力は非常に大きいため、我々の集積回路がきちんと使われるようにできれば、例えば5年後に原子力発電所1個分くらいは省エネルギーが実現できるだろう、という試算があります。そのようなことに貢献できると以前お話したこともあるのですが、なかなか身近ではないので説明が難しいですね。

※7 【データセンター】各種のコンピュータ(メインフレーム、ミニコンピュータ、サーバ等)やデータ通信などの装置を設置・運用することに特化した施設の総称。(引用:Wikipedia

 また、半導体産業は30兆円くらいのとても大きな産業です。けれども、自分が高校生時代を思い出してみても、3億円と30兆円の違いなんてなかなか実感できないですから、そういう言い方でも駄目なんだろうな、と思いますしね。

 半導体の重要さがわかった最近の例では、大手半導体メーカー「ルネサスエレクトロニクス」が被災し半導体が製造できなくなったために、世界各地で自動車が製造できなくなりました。それは自動車が制御するための半導体をたくさん使っているからです。

 そのような意味でも、制御するための一番大事な頭脳である半導体を、どこか別の国に頼ったり、あるいは頼っても良いのですが、そのときでも自分たちの技術開発から新たな地平を切り拓いていくことは、非常に重要な意義があることだと考えています。広い意味で日本の富に貢献できればいいなと思います。


世界的にユニークな立場でトップを走っている理由

―他にもそのような研究をしているところはあるのですか?

 世界中でいくつものチームがそのようなことにチャレンジしようとしていますが、我々は世界に先駆けてそのようにアプローチし、そのために必要な素子を開発するユニークな技術も有しており、現在は世界的にユニークな立場でトップを走っていると思います。

 実際に我々が40ナノメートルの素子を開発し、それがきちんと動くことを世界に先駆けて見せたので、世界がそちらに動き出したという経緯もあります。今では40ナノメートルの素子を、さらに小さくできそうです。

―大野先生たちのグループが、世界的にユニークな立場でトップを走れている理由とは何ですか?

 他の人達がそういうものを使ったメモリをつくろうとしている時、それはそれで良いですが、我々は大学ですから、そういうメモリができるなら、論理集積回路にもそれを入れることができるはずだ、より高性能かつ省エネルギーでつくれるはずだ、と考えました。

 すると設計も必要ですし、材料科学も必要ですし、素子をつくる技術も必要になります。それは私一人でできることではありません。普通はそれぞれ個別の研究をしていますから、それを統合した形でどういうものかを提示できる機会、あるいはチームをつくることは、とても難しいのです。

 しかしここでは幸いにして、半導体のエキスパートである遠藤哲郎先生、半導体の集積回路を設計するエキスパートである羽生貴弘先生、磁石のエキスパートである安藤康夫先生などが私たちのチームと一緒にやろうと言ってくれたので、新しい世界を探求できるのです。この3人の先生を始めとする様々な人たちと一緒に、新しい集積回路を世の中に見せていこう、とチャレンジしています。

 さらに、東北大学には最先端のクリーンルームも整備されており、プロトタイプをつくることのできる環境が、この研究所の長年の努力によって維持されています。ですから「じゃあ、これを示して見せよう」という時、世界に先駆けて見せることができます。

 つまり、全体のアイディアも新しいですし、それを実現するための個々の技術も世界トップクラス、それをやれるチームができて、しかもそれらを総合して形として見せられるファシリティー(施設や設備)もあります。ここまでトータルでできるところは、世界で非常に少ない、ということです。その結果として今、世界的に注目されつつある成果を挙げているのだと思います。


世界の流れをつくろうとなると、どうしてもそこまでやらなければいけない

―では現在、技術的に一番難しいところはどのようなところですか?

 小さくすればするほど磁石が不安定になるので、ぐらぐらします。ですから、如何に小さくても磁石が安定な材料を開発する必要があります。かつ電気的にきちんと読み書きができること。その全部を満足しなければいけないことが、難しいですね。

 あと、同じ磁石をたくさんつくる技術も大変です。例えば、40ナノメートルの磁石を80ナノメートルピッチ、つまり40ナノメートル離してもう一個、40ナノメートル離してもう一個、それを10の9乗(10億)個つくって初めて1ギガのメモリになりますからね。それを同じようにつくる技術は、ものすごく大変なんです。

 いずれ大きな会社が本気で参入し始めると、そういうところはわりと開けていく問題かもしれないなとは思っています。ただ技術的には、いくつか解決しなければいけないものもあるので、そういうところはきちんと解決して、私たちの技術をパッケージとして完成させたいな、と考えています。

―個々の技術ではなくパッケージとして完成させたい理由は何ですか?

 材料はきちんとしていなければいけないし、素子がきちんとできていなければいけません。それをどんな構造にするか、どんなパフォーマンスにするか、そのためにはどうすればいいか。それから、そのような素子と半導体の集積回路を組み合わせて、あるひとつの機能をつくるきちんとした回路にしていく技術も重要です。その回路を組んで全体としてある機能を実現する半導体チップをつくる、つまり集積回路をつくるというのは、また別の技術です。

 最終的には、材料から含めてそれらをパッケージにすると同時に、世界にいる半導体集積回路を設計する人たちが、気軽に我々の技術で新しい集積回路を設計できるようなインターフェイスもつくれるような世界まで持っていけたらいいな、と思っています。

―最終的に誰かが実際に使うところまで含めて、基盤から全部パッケージでつくりたいというわけですね。

 そうですね。ある部分・ある部分だけをつくっていても、だめなんです。世界の流れをつくろうとなると、どうしてもそこまでやらなければいけない。

 ですから再来年くらいになれば、半導体を設計する人たちで「一緒に苦労してもいいよ」という人たちに来てもらう予定です。実際に我々がつくった設計のツール(ソフトウェア)を使って設計してもらうことで、性能を評価してもらおうと考えています。

 それで「これはいいな」ということになると、だんだん世界の流れがそっちの方向にむかって、かつ我々の技術がその流れの中心にいる形にできるんじゃないかなと思って。そういうところを目指しています。


皆に使われる技術でなければ、技術ではない

―大野先生らの技術が世界の流れをつくり、かつ流れの中心にいることを目指す理由とは何ですか?

 技術は、皆に使われなければ、技術ではないからです。やはり我々の仕事は税金でできているので、広い意味では人類の富ですが、もう少し狭い意味で言えば、日本の広い意味での富に貢献したい、ということです。

 半導体の世界はもはやボーダレスですから、誰とどのように組んで何をやるかは、もう何でもありの世界なのです。ですから、日本が何も貢献することができなければ、別のところで中心ができて、そちらの方で進んでしまうでしょう。この意味で、技術開発の世界の中心にいることは、今後も大切なことなのです。

 ある技術を完成させることだけを目的にするのなら、一過性のものでも良いかもしれません。しかし、それを元にいろいろなものを発展させていこうと思ったら、やはり世界と一緒にやらなければいけないし、その中でも中心的な役割を果たさなければ、結局技術は使われません。あるいは使われたとしても、他のところで中心になってしまいます。

 それではやはり開発する意義も、現在我々が先頭に立っている意義もなくなってしまいます。ここまで来たのなら、世界の流れをつくり、その中心にいて、最終的には世界の技術開発が日本を中心にまわるような形にできたらな、と思います。

 それは雇用にも関わってきますよね。そういう人たちが日本という場で必要とされる活動の場があれば、必ずしも日本人だけが雇用されるわけではないかもしれませんが、日本である頭脳集団が活動するわけですから。

―技術的な基盤だけでなく、社会全体のいろいろな基盤になるような中核の技術をつくりたい、という思いがあるのですね。

 そこが今、我々が一番貢献できそうですし、しなければいけないと思っています。推理小説の続きを読む方は少し遅れていますが、今は良い時期に良い人達と一緒にチームで技術開発ができているので、それを何とかきちんとした形にしようと、力を入れてやっています。


自分で土俵をつくれる人になって欲しい

―最後に、今までのお話を踏まえて、中高生も含めた読者にメッセージをお願いします。

 科学も社会も教育も、自分たちが生まれる前にもちろんあるのですけど、皆さんが一緒につくっていかないといけないものです。と言うより、つくっていくものなのです。

 我々の国では、外からルールが与えられ、そのルールの中でどうやってやっていくかを考える教育を受けています。それはそれで良い面もありますし、ルールを破れという意味ではないのですが、一方で、自らルールをつくり新しい仕組みをつくることはあまり経験しませんね。しかしながら、これからはそれが大変重要になっていくと思います。

 ですから私は学生の皆さんに「自分で土俵をつくれるような人になって欲しい」と言っています。人のつくった土俵で良い試合ができるだけではなく、自分で新しい土俵をつくりましょう。科学で言うと、新しい分野をつくることになりますが、それをぜひ意識して欲しいと思います。

 これから社会でも新しい問題がどんどん出てきますし、新しい発展の仕方をしていきます。そこでは社会が勝手に発展するのではなく、自分たちがどんな枠組みで、どんな社会のしくみをつくっていくのかが、これからますます大事になっていくと思います。ぜひそれを意識して、自分で土俵をつくれる人になって欲しいと願っています

―大野先生、本日は大変お忙しい中、ありがとうございました。

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