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2016年 05月 29日 (日)

細将貴さん(日本学術振興会特別研究員)に聞く:左巻きカタツムリの進化はヘビが引き起こした~種分化を起こす遺伝子は適応進化にも寄与する~ 取材・写真・文/大草芳江

2011年5月19日公開

左巻きカタツムリの進化はヘビが引き起こした
~種分化を起こす遺伝子は適応進化にも寄与する~

細将貴 Masaki Hoso
(日本学術振興会特別研究員、東北大学大学院生命科学研究科)

1980年、和歌山県生まれ。日本学術振興会特別研究員。2003年、京都大学総合人間学部卒。2005年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻修士課程修了。2008年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了(理学博士)。2006年~日本学術振興会特別研究員 (DC2)、2008年~日本学術振興会特別研究員(PD)。

左巻きカタツムリの進化はヘビが引き起こした~種分化を起こす遺伝子は適応進化にも寄与する~

生物多様性は、長い年月をかけた種分化の繰り返しによって創り出されてきました。
種分化のメカニズムを解明することは、進化生物学における最大の研究命題のひとつです。
東北大学大学院生命科学研究科に所属する日本学術振興会特別研究員の細将貴さんらは、
巻き方向の逆転による左巻きカタツムリの種分化が、カタツムリ食の特殊なヘビから
逃れるための適応進化として引き起こされたことを発見しました。
本研究成果は昨年12月、英国の学術専門誌『Nature Communications』にオンライン掲載され、
多くのマスメディアからも注目され広く報道されました。

本研究成果は、どのようなモチベーションを原動力に、どのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。
細将貴さんに聞きました。


アイディアは学部の頃から

―今回の研究成果は、どのようなモチベーションを原動力にして進められ、どのようなプロセスを経て生まれたものなのか、本日はお伺いしたいと思います。

 誰でもそうだと思うのですが、モチベーションというのは常に一つではなく、最初のモチベーションが今も持続しているわけでもありません。

 学部の時から生き物は大変好きで、今思えば非常に甘っちょろいのですが、当時は生物多様性を守るような何かをしたい、と考えていました。そこで京都大学の総合人間学部(旧教養)で生物を専攻し、修士は同大の「アジア・アフリカ地域研究研究科」に進みました。今回の「カタツムリとヘビ」の研究テーマを始めたのは修士学生の頃ですが、アイディアは学部の頃から持っていました。

 学部の頃は沖縄旅行が好きで、沖縄の南の方には珍しい左巻きのカタツムリがいることは知っていました。また本を読む中で、左巻きのカタツムリの進化は解けていない謎だと知り、これはおもしろいテーマだと当時から認識していました。一方、爬虫類や両生類に詳しい友人から、カタツムリを食べる珍しいヘビが石垣島や西表島にいることも聞いていました。

 この時点で、「もしこのヘビが右巻きのカタツムリを食べることに特殊化していたら、左巻きの進化が説明できるかもしれない」というアイディアは持っていました。ただ、そのヘビを実際に見たこともなければ、どのような恰好をしているかも知りませんでした。そのような話を証明できたらおもしろいな、という気持ちだけがあったのです。

 実際に、海では巻貝を割って食べる生き物で右巻きに特殊化している例はカニなどで知られています。右巻きの巻貝が圧倒的に多 数派だからです。それは海だけでなく陸でも変わりませんから、陸上の捕食者の中にもカニのように右巻きを食べることに特殊化している生物がいてもおかしくないだろう、ということは考えていました。

 ただ、ヘビとカタツムリの分布がうまく重なってそうだというのは沖縄だけの話ですし、他に根拠が何もないので、それに乗っかるのは危険だということももちろん知っていました。「こんな危うい橋を渡るなんて・・・」と思っていたのです。

 けれども修士1年生の夏頃、進学当初の研究テーマに疑問を抱いて悶々としていた時、「このままじゃ駄目だ。自分の持っているテーマの中で一番やりたいことを今やらなければ後悔する」と考えました。そこで、この「ヘビとカタツムリ」の研究をやろうと決めたのです。


修士の間に目星がついた

 今回の研究成果は、実は修士の間にほとんど目星がついていました。いろいろな方の協力を受けながら、ヘビの標本を手に入れたり、ヘビが野外で食べているのを調べたりしました。サンプルサイズは小さいものの、それでおおよそのことはわかってきたのです。

 ヘビの歯の数が左右で違うことがわかったのも、修士1年生の冬頃でした。左右で歯の本数が違うことで、左巻きの進化まで説明できるかどうかはわからないにせよ、脊椎動物でそんな生き物は他にいません。少なくとも仕事になるテーマにはなったなと、すごく勇気づけられました。

 修士2年生の頃には、フィールドワークをしたり、生きたヘビも手に入れて実験したりしました。そこで、左巻きが食べられにくいことなどを大体調べました。ここで、ヘビが右巻きに特殊化していることまでが、修士の時に大体わかったことでした。

 修士は文系の研究科にいたわけですが、博士に進学する時は「環境を変えて、専門ができるところに行かなきゃ」と思い、京都大学の理学研究科に移りました。そこで継続して行動実験などを行っていました。

 博士1年生の時は、「左巻きの進化を実証するのなら、徹底的にカタツムリの分布を調べてやり、沖縄というローカルなスケールではなく、世界的なパターンを見て、ヘビの効果を検出しなければ駄目だ」と思い、徹底的な文献調査を行いました。

 その結果、綺麗に「ヘビのいるところでは左巻きが高い割合でいるようだ」ということまではわかりました。これで大体、今回の研究成果の仮説は成り立った。あとは肉付けしていくだけ、という状況まで行きました。

 もちろん研究者は、自分が納得したら終わりではなくて、それを人に納得させられるだけの情報を集めて、説得力のある文章をつくらなければいけません。それを、平行していくつかのテーマを他にやりながら、これまでやってきたのです。

 なんせ学部は旧教養ですから文系も理系もありませんでしたし、修士の時はほぼ完全に文系の研究科でした。ですから基本の教科書的な知識も解析の技術も何もない状況で、自分の仮説を信 じ、それを実証することだけを目的に、ここまで進んできたわけです。それを取り返すのが、博士課程の残りの部分でした。あるいはポスドクになってからも、 その部分に労力をかけているような気もします。

 そのようにして、ようやくこの研究の意義であるとか、どのようにアピールすれば、多くの人の心に、研究者の心に、届くだろうか、ということを考えていきました。それで何とか成功したというのが今回の成果です。


判断として良かったと思うこと

―かなりスムーズに研究が進んだように聞こえますが、ご自身ではどのように感じていますか?

 大変ラッキーだったと思います。同じような発想で自分の仮説を持っていても失敗する可能性は相当高いだろうと思います。

 判断として良かったと思うことは、まず一つは、誰も扱っていない材料での研究だったこと。何かやれば必ず研究になるはずだという確信が持てました。たと え、それがすごくしょうもないものであったとしても、論文が書けないとか、他の誰かに先を越されてしまったとか、そういうことはないだろう。それが念頭にあっ たことは"保険"として良かっただろうなと思うんです。

 もう一つは、誰もやっていない仮説であること。もちろん誰もやっていない仮説というのは無限にいろいろあると思うのです。ちゃんとそれが一流のジャーナルにアピールできるような研究の意義付けが後から出来るような代物だったことも、ラッキーでした。

―そのようなことは初めから想定していたのですか?

 すべてを知った上で研究を始めることは誰にもできないことですし、皆ある程度は見切り発車が必要だと思うのです。すごく賢い人たちはそのあたりの効率が非常に良くって、どうすれば良い論文になるかをわかってやるんですよね。そういうものが『nature』や『science』に出る。けれども多くの人は、そこまで先読みできないですね。ですから、ある程度「これはおもしろそうだ」といった勘に頼ったところで仕事を始めるんです。

 僕の場合、基本がないし、教えてくれる人もいません。ただ、自分がこれはナチュラルヒストリーとして新しいことで、おもしろいはずだ。左巻きの進化 が、どれだけサイエンスの世界で評価されるテーマかはわからないけれども、僕がおもしろいと思うのだから、少なくとも普通の人はおもしろいと思うだろう。 そういう風に思って始めたのです。

 普通はそのような場合、とてもマニアックな研究で終わってしまうのです。自分はおもしろいけれども、科学者のコミュニティーで全然評価されないとか、あるいはその専門家にしかわからないとか。けれども今回、そうではなくて、ものすごくジェネラルな意味付けが後からできたというのは、勘が良かったと言うか、運が良かったと言うか、とてもラッキーでした。


スタートを切る時に自分を後押してくれたもの

―ちょうどそこが不思議に思っていたところなんです。細さんの今回の研究成果は、「普通の人」の大きな注目を集めましたね。全国のマスメディアだけでなく、地元の情報番組などにも数多く取り上げられ、地方紙のアクセスランキングでも上位でした。日々多数の研究成果が発表される中、それだけ多くの人々が興味を持って細さんの研究成果に注目したことが、私としては新鮮で、なぜだろうと不思議に思ったのです。細さんの言う「勘が良かった」という表現は少しわかり辛いのですが、直感的に自分がおもしろいと思うことと、より多くの人がおもしろいと思うことが、結びついている感覚のようなものはあるのですか?

 そうですね。専門を鍛えていませんでしたが、ずっと道草は喰ってきたものですから。分野が違っていても、人の心に響くテーマがどういうものなのか、嗅覚のようなものが鍛えられていたのかもしれないですね。

 最初のモチベーションは、やっぱり、すごくユニークであるということ。もしうまくいけば、多くの人がおもしろいと思ってくれるはずであるという確信が持てていたというのが、スタートを切る時に自分を後押してくれた気持ちだと思います。

 あとは、すごく少数ですけれども、ものすごく自分を鼓舞してくれた先輩や先生がいました。そのようなものが、最初の何の根拠もない時に、勝算のない仕事を始めた気持ちの後押しになりましたね。

―鼓舞というのは?

 故人で百瀬邦泰さんという方がいました。僕が修士の時に入った研究科で助手(当時)をされていた方です。基本的には植物の生態学を熱帯でやっていらした方なのですが、人文学的な興味も非常に強く、片手間で文化人類学的なこともやっていた方でした。フィールドにどっぷりで、現地の人々との交流も深く、現地の方と結婚されたり。破天荒でおもしろい方なのですが、大変視野が広くて、頭も良い方なんです。

 僕が修士に進学し、その時やろうとしていた自分のテーマに疑問を持っていて悶々としていた時、「カタツムリとヘビ」の研究がおもしろいということを何人かの院生の方に話していました。それを聞きつけてご本人が「おもしろいネタ持っているやて?」と、僕を訪ねてきたのです。

 きっと「そんなんありえんだろう」と笑われるだろうなと思いながら話をしたら、百瀬さんは「それは今の仕事やっている場合ちゃうで。カタツムリとヘビをやるべきや。俺やったらそうする」と言ってくれて。それがすごい励みになりましたね。

―先生も直感的におもしろいと思ったのですね。

 植物の研究者ですし、専門的にどうと言うのではなくて、すごく直感的に「おもしろい」ことを見抜いたんですね。それと、百瀬さんもお世話になっている方なのですが、僕が学部の時にいた加藤真さんという先生の研究室が、ナチュラルヒストリーを大変大切にする研究室でした。

 うまく説明する言葉は「おもしろい」以外にないのですが、「おもしろい」という直感を形にして人に見せるのが研究であるということを大切にする研 究室だったのです。百瀬さんからの褒め言葉と、加藤さんに認められたいという気持ちもあって、研究には邁進できましたね。


3つのベクトルを共有するテーマでなければ進まなかった

―「おもしろい」という直感を形にして人に見せていくことをやっていきたい、と考えているということですか?

 そうですね。ただ、そう言うと、ちょっと綺麗事な気がして。研究は、やっぱりジェネラリティーが高くて、サイエンスとして重要であること。一般の人が「おもしろい」と直感できるということ。それから、本人が「おもしろい」と信じ込んでいること。

 この3つは必ずしも同じベクトルにない指向があるのですが、この3つが共有されているような領域の研究をしなければいけない、と思っているのです。そのようなテーマは、なかなか見つかるものではないのですが、「ヘビとカタツムリ」はたまたまそこにはまっていたのだなと思いますね。

―当初から、その3つのベクトルを意識されていたのですか?

 そうですね、その3つを共有するテーマであると自分が信じていなければ、進まなかったと思いますね。博士課程に進んだりとか、しなかったと思います。どこまで成功するか、確信はありませんでしたが。

―先ほど、博士学生の頃は、サイエンスとしてどのような意味があるかをたくさん考えたと仰っていました。それも3つのベクトルを感じながら、そのうち足りないところを肉付けしていったという感覚なのですか?

 そうですね。けれども肉付けしても、見ている現象自体は変わるわけではないので、普通の人は、見ている現象からどう感じるか、という話ですよね。ヘビが右巻きを食べるのに特殊化していて、左巻きはそれで進化したという話自体を、一般の人がどう思うかについて、多分おもしろいと思ってくれるだろう、という確信は持っていました。

 それは良いのですが、あとはそれがサイエンスとしておもしろいと考えてもらうためにはどうすれば良いかを、ずっと考えていました。


サイエンスとしておもしろいと考えてもらうためには、どうすれば良いだろう

―どのように考えていったのですか?

 いろいろ考えた中で、「右左」の話は一般の人にもおもしろいし、科学者も一般におもしろいと思ってくれるけれども、全然ジェネラリティーがないことに気づきました。

 例えば、アミノ酸などには光学異性体があって、L型とD型がありますよね。ほかにも、人の右利きと左利き、あるいはかたつむりの右巻きと左巻き。我々は「右左」という共通の視点で「似たようなもの」という風に囲みますけれども、それらが例えば一つの論文で引用されることは、まずないですね。

 起きている原因も維持されている原因も、全く別ですから。よってサイエンスとしてのジェネラリティーは、「右左」の色々な研究をいくら見聞きして積み上げても出てこないだろう、と。その辺には、比較的早いうちに気づくことができました。

―素人目にはつい「右左」でくくりたくなりますが、どうやってそこに気づいたのですか?

 論文を書いても雑誌に受理されないとか、エディターが査読にまわすに値しないと判断するとか、そういうところで気づかされました。

 そこで、食べるものと食べられるものの間の進化なので、「共進化」という現象の中に位置付けるとおもしろいかもしれないとか。あるいは、結局はこれに なったのですけれども、カタツムリの巻きが変わることによって、交尾ができなくなる。すると生殖隔離が生じるという種分化のテーマの上に乗っかるので、ジェネラリティーが出てくるのではないか、と考えました。

 そう順番に沿って情報が流れてくるわけではないので、かなり効率悪く幅広く探索して、関連付けられそうな情報を持ってくるという、なかなか時間のかかる仕事でした。ベースがないのでベースをつくりながらでしたしね。けれども、どうにかジェネラリティーの高くなるような意義付けを考えていったのです。

 そして最終的に、巻きが変わることは一個の遺伝子で起こることなので、一個の遺伝子で起こる種分化が、これまで考えられてきたジェネラリティーに一石を投じるであろう、というところまで洗練することができました。それが良いジャーナルに論文が出た理由だと思います。


一個の遺伝子で起こる種分化

―「一個の遺伝子で起こる種分化」には、どのような科学的意味があるのですか?

 巻きが変わることが一個の遺伝子で起こることは、だいぶ前から色々な人が調べてわかっていることです。巻きが変わることによって、実際に交尾がしづらくなったということは、20年くらい前から言われ出したことです。

 そして、それよりもずっと昔からジェネラルなテーマとして、いくつの遺伝子で種分化が起こるかが、盛んに議論されてきました。ロナルド・フィッ シャー(1890-1962)やテオドシウス・ドブジャンスキー(1900-1975)といった進化の統合説を出してきた人たち、ですから100年くらい前ですけれども、その頃のモデルで今も生きているものとして、「一個の遺伝子の種分化は起きにくい」ということがわかっていたのです。

―なぜ「一個の遺伝子の種分化は起きにくい」と考えられるのですか?

 例えば、カタツムリは基本的にみんな右巻きなのですけれども、中には左巻きの種がいます。左巻きの種がどうやって進化したかと言うと、右巻きの種の中で、一匹あるいは兄弟で何匹かで、左巻きがポコポコ出てくるのです。

 そのポコポコ出てきた左巻きが、どんどん数を増やしていって、ある種の右巻きでできていた連中が何世代かですべて左巻きに塗り変わっていくということが、「左巻きに進化する」ということなんですね。

 ところが、この時巻きが変わってしまったやつは、もとの連中と交尾ができないので、交尾のできる相手が非常に限られてしまいます。恐らく自分の兄弟とか、それくらいとしか交尾ができないはずなのです。

 すると当然、残せる子ども、あるいは子どもを残せるチャンスは減ってしまうので、一世代後になると、右巻きは普通に増えるのですが、一方で左巻きはあまり増えない。ということは結局、左巻きの数は減っていくのです。

 ということは、どう頑張っても左巻きが右巻きに打ち勝ち、全体を左巻きに塗り替えることは起きないのではないか。これが、二つ以上の遺伝子でないと種分化が起きないだろう、と考えられてきた最大の理由です。

 よって、種分化に関わる遺伝子が単独で効果を持つことはまずないだろう。二つ揃って初めて効果を持つのであれば、ちょっとした思考実験が必要なのですが、種分化はずっと容易になることは予測されていたんですね。ですから、種分化は二つ以上の遺伝子で説明されるのが、ジェネラリティーのある理論でした。

 けれども、カタツムリでは巻きが変わって交尾がしづらくなる現象が知られていたので、実際にいる左巻きのカタツムリの起源がそれでは説明できない。ジェネラルであるはずの理論で説明ができなさそうだ、という問題が残されていたのです。

 それを、マイノリティーで交尾相手が少なく、低いはずの逆巻きの適応度を上げる力が外から与えられれば、左巻きになることによる種分化が起きやすくなるだろう、と考えることができます。

 このとき、マイノリティーの左巻きが、ヘビから食べられないというアドバンテージを持っていると、交尾ができる相手が少ないのは変わらないですけれども、次の世代で増えるチャンスはうんと高まりますね。その効果があると、左巻きへの進化が起こる。

 要するに、種分化に関わる遺伝子は二つ以上の遺伝子で説明されなければならないと考えられていたことに対して、一個の遺伝子でも種分化と対捕食者適応の 二つの効果があれば種分化が生じ得るということが新しくわかった、という風に意味付けができたのです。そのようなことを実証できたのが、今回の仕事の科学 としての意義です。


「一般の人がおもしろいと思うこと」も究めたいと思う理由

―科学としての意義付けをしっかりすることで、細さんの中でも3つのベクトルに対する確信のようなものは持てていたのでしょうか?

 科学としての意義というのは自分一人でわかるものではなくて、結果的には人が評価する、研究者のコミュニティーが評価することです。

 結局は、その論文が出ることによる反響や、どのジャーナルに論文が出るか、その後どれだけ長い間参照されるかとか何回引用されるとか、といったところで評価されると思います。

 ですから現時点では、これがどれだけのインパクトを歴史に残せるかはわかりません。けれども少なくともトップクラスのジャーナルで掲載されたということは、サイエンスとして意味があるという風に信じられる証拠ではないかな、と思っています。

―お話を伺っていて、3つのベクトルを自分の方に引き寄せていくパワーを感じました。

 やっぱり自分のモチベーションが高いというのは、研究者にとって一番大事なことだと思います。研究者できちんとやっている人は皆それを持っていると思うのです。

 ただ、あとの二つ。つまり、サイエンスとして大事であることと、一般の人がおもしろいと思ってくれることの、この二つですが、片方を究めるだけでも大変だと思いますし、両方を究めることは、ものすごく大変だと思います。

―普通に考えると、細さんの仰る3つのベクトルのうち、「本人がおもしろいと信じ込んでいること」と「サイエンスとして重要であること」は、そうありたいと思ってやっている研究者は結構多いと思うのです。逆に言えば、そうでなければ研究者としてやっていけないからです。けれども、「一般の人がおもしろいと思うこと」を他の2つのベクトルと同じウエイトで並列に持ってきたのに、何か理由があるのですか?

 それはそうですね。いや、大事な質問だと思います。もともとが、生物多様性の保全であるとか人と自然の関わりについて、関わるような人生を送りたいと考えているのです。最初はそのようなぼんやりしたものでしたが、今はだいぶ言葉になってきていると思います。

 結局、いかに生物多様性であるとか森羅万象が、人の文化として大事なものであるかということを、証明する必要があると言うか、アピールする必要がある。

 自分は職業として研究者をやっているので、ならば、サイエンスとして新しいことを見つけて、それを一般の人がわかるように見やすい形にして出していくということが自分にできる貢献であろう、と考えたのですね。

―「人と自然の関わり」が、今振返ってみれば、ずっと筋が通っているところなんですね。

 まさにそうなんですね。


生き物以上に隠れた資源を持っているものはない

―それはなぜそう思うのですか?と言うのも、個人的な話で恐縮ですが、私は幼いころ埋立地に住んでいたこともあり、自然への憧れはあるものの、実際はあまり自然に触れていなかったため、自分の自然観は有限的で単純だったと最近感じているのです。ですから逆に人と自然との関わりについてリアリティーを感じている人は、どうしてそう感じるのか、どのように感じるのかを知りたいです。

 なるほど。そのためには二つお伝えしておかなければいけないことがあります。

 一つは、僕はどうあるべきかはあまり主張しません。何が正しいのかといったことは科学で説明できることではないからです。ですから「自分はこれがおもしろい」とか「自分はこれが正しい」といったものはありますが、それを強引に押し付けるような、そういったモチベーションではありません。

 もう一つは、自然がまわりにすごくあって、裏庭を見たらタンチョウがいて・・・というような自然豊かなところに育ったわけでもありません。ですから、そんなにむちゃくちゃ自然への愛があって、そういったモチベーションにつながっているというわけでも、ちょっとないのです。

 まぁ、もちろん大草さん(聞き手)に比べれば、普通に生き物と触れ合えていたことはありますけれども。石をひっくり返したら、ちゃんとダンゴムシが・・・まぁ、外来種ですけれどもね(笑)

 もちろん、まだまだ未熟だった頃は、結構原理主義的で「自然を壊すなんて許せない!」とか「アマゾンで木を切るなんてありえない!」とか青臭い感じだったのですけれども。今は割と説明できるなぁという気がしているんです。

―では、ぜひ説明をお願いします。

 地球でも宇宙でも、世界にはいろいろなものがありますよね。有機物でもいろいろありますし、書物でもいろいろありますし、言葉や文化や何でもいろいろあります。その人間の知性の大元となる知的探求の対象になるものとして考えた時、生物以上に重要な資源ってないんですよ。

 例えば、石油化学では、そこからつくれるものって、有限ですよね。多分、今後100も1000も出てこないでしょう。けれども生物というのは、人の遺伝子を解読することですら膨大な情報量があって、えらいこっちゃっという感じなのに、生き物の種数で言ったら、未だに数が特定できないくらいあるんです。

 そこに隠れているもの、人にまだ触れられていない知見。それが、人の暮らしに役に立つこともあるし、役に立たないことも多いと思います。けれども生き物以上にそういった隠れた資源を持っている対象、物質、現象って他にないんです。

 ですから生物多様性の"値打ち"とは、人がまだ目にしていない可能性の多さにあると僕は思うのです。だから僕は、生物多様性というのは可能性だと。多様性とは可能性のことだと。

 それが人の目に触れる前に、消えてしまったりとか、あるいは存在していても人の目に触れるのが100年、1000年先になっているのが、非常に残念というか、惜しいと言うか。

 そこは、学究の対象にすべきことだろう、という風に断言できると思うのですね。人の知性を傾ける対象として、生き物以上に重要なものはない。独りよがりな原理主義じゃなくて、価値があるんだという風に主張する時の最大の論拠は、そこですね。


3つのベクトルが一致するような仕事を常にやっていきたい

―では最後に、今後細さん自身はどうありたいですか?

 そうですね・・・。研究者であり続けるとしたら、最初に話した通り、その3つのベクトルが一致するような仕事を常にやっていきたいと思っています。

 具体的なことはまだそんなに進んでいないのですけれども、今回の「ヘビとカタツムリ」には全くこだわらずに、その3つができているならば何でもやると思います。

 もちろん、能力の限界やこれまで培ってきたものなどがあるので、それこそ急に転身することはできませんけれども、基本的にはその3つが合致していて、それで生物学という枠の中で動くと思いますね。

 研究者にならないとしたら、もっとなんぼでも道はあるだろうとは思いますけれども、そういうの、僕にはすごくリスクが伴うので、難しいだろうなと思っています。職を得られないかもしれないとか、お給料なくなるかもしれないとか(笑)

―「研究者であり続けるとしたら」「研究者にならないとしたら」と場合分けしたのが意外でした。

 逆に言えば、その3つが一致しない研究を続けるくらいだったら研究しなくてもいいな、というくらいの気持ちですね。

―細さんのスタンスがよく伝わってきました。細さん、本日はどうもありがとうございました。

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