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2016年 05月 24日 (火)

東北大学大学院理学研究科教授の平山祥郎さんに聞く(続編):インジウムを含む半導体の超高感度NMR測定に成功 取材・写真・文/大草芳江

2011年02月15日公開

インジウムを含む半導体の超高感度NMR測定に成功

平山 祥郎  HIRAYAMA Yoshiro
(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 教授)

1955年生まれ。東北大学大学院理学研究科物理学専攻教授、工学博士。1978年東京大学工学部電子工学科卒業、1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。NTT基礎研究所、物性科学基礎研究所の主任研究員、主幹研究員、特別研究員、部長、グループリーダーなどを経て、2006年より現職。この間、1990~1991年マックス・プランク固体研究所客員研究員、2001~2002年北海道大学客員教授、2005年~2006年東北大学客員教授、2007年~JST-ERATO核スピンエレクトロニクスプロジェクト研究代表者など。

「この間、インタビューしていただいた研究の成果が出ましたよ」と、
『宮城の新聞』に一通のメールが舞い込んだ。
差出人は平山祥郎さん(東北大学理学研究科教授)である。

「核スピン」が重要な役割を果たす新たなエレクトロニクス分野の開拓を目指す、
平山さん率いる研究プロジェクト「核スピンエレクトロニクスプロジェクト」は、
次世代のコンピューターと言われる「量子コンピューター」にもつながる研究と
期待され、国の事業(戦略的創造研究推進事業ERATO型研究)にも採択されている。

前回のインタビューから約1年。あれからどのような研究成果が生まれたのか。
平山さんに本研究成果の意義などについて聞いた。

※ぜひ前回のインタビュー記事と併せて、今回の記事をご覧ください。
【宮城の新聞】平山祥郎さん(東北大学理学研究科教授)に聞く:科学って、そもそもなんだろう?


インジウムを含む半導体の超高感度NMR測定に成功 東北大ら

 東北大学大学院理学研究科の平山祥郎教授らのグループは12月、「インジウム(In)」というユニークな性質の核スピンを含み、次世代半導体の候補として注目されているIn系半導体の「超高感度NMR(核磁気共鳴)」測定に世界で初めて成功した。これまで「ガリウム砒素(GaAs)」半導体のみ応用可能だった超高感度NMRの壁を約20年ぶりに破るもの。

 平山教授らのグループは今回、GaAsとは異なる「インジウムアンチモン(InSb)」の特性を生かす方法を考え、試料を磁場中で傾斜させることで電子スピンと核スピンの相互作用が強くなる独特な状態をつくり、InSb半導体での超高感度NMR測定に成功した。特に、Inではスピン状態が10個の状態を持つことに対応するユニークな振る舞いが明瞭に観測された。

 スピン状態が10個に分裂するInの超高感度NMRが可能になったことで、Inのようなユニークな核スピンの制御による量子情報処理分野への応用が期待される。さらに、超高感度NMR評価が可能になったことで、インジウム量子構造の次世代半導体デバイスとしての活用やスピンエレクトロニクスへの応用が促進される。

 本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review B」のオンライン速報版で、編者が特に推薦する「Rapid Communication」として公開される。


スピン状態が10個に分かれるユニークな原子核「インジウム」の超高感度NMR測定に成功

―そもそも今回の成果はどのような点がすごいのでしょうか?

 「スピンエレクトロニクス」と言うと、普通は電子のスピンしか使わないのですが、この研究は以前インタビューしていただいたように(平山教授の関連インタビュー記事はこちら)、原子核のスピンもうまく使ってやろうという研究の一環なんです。

 では一体何がすごいか?と言えば、それは人によってすごいと思うかどうかは分かれますが、「インジウム」という非常にユニークな核スピンを持つ原子核のコントロール、いわゆる半導体の小さな構造の中でのコントロールを初めて実現した点が非常にユニークであり、一言で言えば、ほぼそこに尽きると思います。

―そもそもインジウムのどのような点がユニークなのですか?
 また、インジウムという原子核のコントロールが実現できたことに、どのような意味があるのですか?

 今まで私たちのグループでは、「ガリウム砒素」を中心とした小さな半導体構造で核スピンをコントロールすることは既に実現できていました。つまり、ガリウム砒素など特定の半導体に限られていたわけです。

 そもそもインジウムの何がユニークか?と言いますとね。その前に、例えば電子はスピンという性質を持っているのですが、「スピン2分の1」と言って、スピンが上向きか下向きか、要するにこの2つしか状態がないんですよ。

 そしてガリウム砒素の場合、もう少し複雑になるのですが、それでも「スピン2分の3」と言って、2分の3、2分の1、マイナス2分の1、マイナス2分の3、この4つの状態なんですね。

 ところがインジウムは、原子核の中でも非常に変わった性質を持っているんですよ。実は、原子核の量子レベルが10個に分裂するという核なのです。つまり、インジウム原子核1個で、量子レベルが10個あるということなんです。

 すると例えば、量子コンピュータの1量子ビットは、量子準位が2つありますね(※)。2量子ビットは、量子準位が2×2=4つあればできます。3量子ビットは、量子準位が2×2×2=8つあればできます。ですから、インジウムは等価的に3量子ビット以上ができるという不思議な核なのです。

※量子コンピュータは、「0」と「1」の重ね合わせを表現できる「量子ビット」を情報の基本単位としている。
 それに対して従来のコンピュータのビット(古典ビット)は「0」か「1」のどちらかの状態しかとることができない。
 量子ビットについて詳しくは、前回の平山教授インタビュー記事をご覧ください

 このようなインジウムを含む半導体で、ガリウム砒素と同じような感度の高い核スピン制御はこれまでできていなかったのですが、今回私たちはそれを可能にした、ということです。

―ガリウム砒素は2量子ビットだけども、インジウムは3量子ビット以上できるということは、量子コンピュータでより複雑なことができるようになることを意味しているのですか?

 そうですね。今回は複雑なことができることまで示したわけではないのですが、より複雑なことができる可能性を秘めているということです。ただあくまで今回の成果は、インジウムでもガリウム砒素と同じように、半導体のナノ構造でNMR、要するに核スピンの制御ができますよ、ということまで示した点にあります。

 実際にこの計測データにありますように、まだ非常に初期的なものはありますが、インジウムの量子状態が10個に分類することに対応して、ちゃんと9個に分かれたピークが見えるところまではできました。


インジウムを含む半導体の超高感度NMR測定で観測されたインジウムのNMRスペクトル。スピン状態が9個のピークを持つユニークな振る舞いが明瞭に観測された。

 つまり、10個に分かれている量子状態をちゃんと見れる可能性があります、ということです。まぁ「ちゃんと見ました」と言っても良いのですが、まだインジウムが持つ複雑な量子状態を精密に制御する段階までは行っていないんですね。

 プロジェクトのゴールとしては、単に量子準位が見えましたという話だけではなく、量子準位をちゃんと制御しました、ということまで持っていきたいと考えています。


ユニークなスピン状態の量子情報応用への道を開く

―「インジウムの量子状態を制御する」ことは、どのようなことを意味しているのですか?

 今回は単に、インジウムの量子準位が10個に分裂して見えましたよ、というだけです。けれどもそれだけでなく、その10個の準位を、量子力学的に計算されたある特定の長さのパルスをいろいろ当てることによって、ある準位の状態と別の準位の状態を入れ替えるのです。

 しかも、それを隣同士だけでなく、少し離れたところの準位の状態を、例えば10個の中で、3個目と4個目を入れ替えたり、1個目と9個目を入れ替えたり。そのようなことが自由にできて初めて量子コンピュータに向けた制御ができた、という話になるんです。

 ですから今は、単に10個見えることが確認できました、という話だけなので、それをちゃんとコントロールするという話までは、まだだいぶ開きがあるんですよね。そこをきちんとコントロールするところまでやらないといけないと考えています。

―インジウムの量子準位を制御することは、量子コンピュータの実現という観点から見ると、どのような意味があるのですか?

 量子コンピュータは、世界中でいろいろな提案があり、いろいろな方法で実現しようとしているわけですが、どれもなかなか苦戦しているわけですね。

 そんな中、例えば先述のようにインジウムの10個の量子状態をうまく扱うことができると、量子ビット3つと同じなんです。一方、量子ビット3つを電子でつくろうと思えば、電子の量子ビット3つをうまく隣り合わせで並べなければいけません。

 もちろん、このような形の量子ビットでそのようなことができれば、その後、集積回路と同じように4つ・5つ・6つと進めていくことができるわけです。

 ただ、3つ隣同士に並べてうまく結合させるだけでも大変なんですよ。ほとんど今、世の中では、まだ2つがちゃんと動くか・動かないかという状況ですから。

 そのような意味で、普通の量子ビットなら3つ並べて初めてできることを、インジウムという一つの原子核の中に押し込めてしまうことができるのです。

―3つ並べるのが大変なところを、インジウム一つでできてしまうのですね。それは、圧縮のようなものですか?

 そうですね。圧縮みたいなものかもしれませんね。3つ並べなきゃいけないものを、一つで済ませるということですから。例えば、インジウムを2つうまく並べると、3×3=9になりますよね。そのような意味で、もしうまくできれば、ちょっと大きい量子ビットのシステムのテストケースとして使える可能性があるということです。

―インジウムと同じくらい量子状態をたくさんつくれる原子核は、ほかにないのですか?

 例えば原子核の場合、量子状態が10個ある系で、私たちが普通に扱える系としては、恐らくインジウムしかないと思いますね。それ以外に、もっと分かれるものもあるのですが、それらは加速器などの世界で合成してつくられるものです。それは要するに、不安定で消えてしまうものが全部なのですね。そのような意味で、世の中に安定して、ずっと置いておいても壊れないという意味では、10個に量子状態が分かれるインジウムが最大です。

 そのような意味では、インジウムは普通に扱える状態としては一番たくさん量子状態がつくれる原子核なので、それでコヒーレント制御できるかもしれないというのは、ちょっと大きい夢という話になりますね。


狭ギャップ半導体にNMR測定が導入できる可能性を示す

 今回、もう一つおもしろい点があります。今回、インジウムを含む半導体「インジウムアンチモン」で超高感度のNMR測定に成功しているのですが、インジウムを含む半導体は、専門的に言うと「狭ギャップ(nallow gap)半導体」と呼ばれています。その反対は「広ギャップ(wild gap)半導体」と呼ばれ、例えば窒化ガリウムなどがあります。

 ギャップの狭い半導体は、電子の有効質量が軽くて、室温での移動が速いんですね。移動度が大きいということは、電子が早く流れることができるということなので、高速なデバイスができます。そのため狭ギャップ半導体は、レスポンス(応答)の速いデバイスをつくれる可能性があるため、インジウムはシリコンの次の有力な半導体材料の候補の一つとして挙げられています。

 ところが、いわゆるインジウムを含むインジウムアンチモンをはじめたとした狭ギャップ半導体に応用できる測定手法は、これまであまりありませんでした。特にNMRは有力な手法ではあるのですが、普通は感度が低いので、半導体の評価には使えなかったのです。

 しかしながら今回、高感度なNMR測定がインジウムアンチモンで可能になったことで、(先述のインジウムの10個の量子準位を使う話は量子コンピュータに向けたアプローチなのですが、それとはまた別の話として、)インジウムを含む狭ギャップ半導体の特性をNMRで初めて評価することが可能になったわけです。

 すると、将来シリコンに置き換わるかもしれないと言われている半導体の特性をきちんと評価する評価手法として、いろいろなところで価値が出てくる可能性があるわけです。

―今のところNMR以外に良い測定法はないのですか?

 もちろんいろいろあるのですが、NMRが世の中の化学測定でよく用いられていることからもわかるように、NMRは非常に感度が良く、核スピンのまわりのちょっとした変化を大変感度良くとらえることができるんですね。

 感度良くとらえることができると、例えば歪みがどれくらい入っているかや、核スピンのまわりの電子スピン状態がどのようになっているかもわかるんですよ。それはNMR以外の測定法でもある程度はわかるのですが、NMRが一番感度が良い測定法なのです。

 ところが普通のNMRでそのような測定をしようとすると、約mmの大きさの試料が必要になるんですね。一方、普通の半導体デバイスでは、厚さが20~30nm(ナノメートル:1ミリメートルの1000000分の1)で、幅はμm(マイクロメートル:1ミリメートルの1000分の1)からnm程度しかありませんから、とてもNMR測定はできなかったのです。

 しかしながら今回の高感度NMR測定の成功によって、小さなサイズのインジウムアンチモンのような半導体デバイスでも、NMRを応用することができるようになりました。すると、うまく行けば今まで測定できていなかった歪みや電子スピンの特性が見えてきて、将来のデバイスの改良につながる可能性があります。

 つまり今回おもしろい点をまとめますと、まず一点目は、インジウムアンチモンのような狭ギャップ半導体にNMR測定が導入できる可能性を示した点。そして二点目は、非常にユニークな10個に分裂する核スピンであるインジウムをナノスケールで制御できる可能性を示した点。要するにその前段階として、イリジウムを含む半導体で超高感度のNMR測定に成功したという点が、今回の成果です。


ガリウム砒素以外で高感度NMR測定が可能であることを示せたことが大きな成果

―昨年のインタビューでは、研究を登山に例えて「今はまだ、三合目くらいにいますね。五合目くらいまでは何とか見えているかな、というくらい。登り始めたけど、まだまだどうなるかわからない。本当にトップがあるのかないのかも、まだ見えていないですね」とお話されていました。あれからどれくらい進みましたか?

 まだまだ裾の尾ですが、まず一歩進みましたね。

―どのあたりが一歩進んだのですか?

 私たちは、高感度なNMRを使って量子コンピュータをつくったり、あるいは高感度な半導体の物性測定をやろう、という研究をしてきました。私たちのグループ以外も含めて、そのような研究をしている研究グループは世界中でいくつかあるのですが、ここ20年間、ほとんどガリウム砒素だけだったのです。

 ですから世の中には、「そういう測定はおもしろいけれども、ガリウム砒素だけしかできないのでは」と指摘する人もいました。確かにその指摘は結構当たっていて、ガリウム砒素はそのような測定がやりやすい材料のパラメータを持っているのです。けれども、今回の測定はそうじゃないよ、ガリウム砒素じゃなくても同じことができるよ、と示せたわけです。

 もちろん、やり方はちょっと変えているんですね。ガリウム砒素と同じやり方を、最初インジウムアンチモンにやろうと思ったら、1年間やっても駄目で通用しませんでした。けれども、ちょっとやり方を工夫をすれば、ほかの半導体でも超高感度NMRができるよ、ということを示せたという点では、一歩進んだかなと思います。

―具体的にはどのような工夫をしたのですか?

 基本原理は、二つの異なるスピン状態が同じエネルギーで存在できることを使って、核スピンをコントロールするんです。ガリウム砒素の場合は、アップとダウン、この二つの差はあまり大きくなくて、うまくやれば、片方が電子スピンで片方が核スピンなのですが、片方がひっくり返ると片方がひっくり返る。つまり、電子スピンと核スピンが、知らん振りじゃなくて、相手のことを意識するようになるんです。そのような条件が、ガリウム砒素の場合、垂直磁場でうまくつくれたんです。要するに、簡単に言うと、ガリウム砒素では、垂直に磁場を加えることで、電子スピンと核スピンの相互作用が強く出るところを見つけられたわけです。

 ところが、インジウムアンチモンなどの狭ギャップ半導体は、アップとダウンの差が極めて大きいのです。差が大きくなりすぎるため、同じ量子ホール効果で、電子スピンと核スピンの相互作用が強くなる条件をつくれませんでした。そうやって1年くらいガリウム砒素と同じ方法でいろいろ試してみましたが、うまくいかなかったのです。そこで発想を変えて、アップとダウンの差が、その二次元面に垂直な別の準位と同じくらい、大きくなることを逆手に取ったのです。具体的には試料を磁場中で傾けることで、異なる量子ホール状態が重ねることができることを利用し、電子スピンと核スピンの相互作用が強くなるところを見つけました。

 料理で例えるならば、ある料理はある味付けで美味しくできる。素材が違えば、もともと持っているものが違うので美味しくできませんでした。けれども全く違う味付けをすれば、別の材料も美味しくできますよ、といったところでしょうか。

―では「山のトップ」から見るといかがですか?

 将来的には、いろいろなもので高感度なNMRができて、いろいろな核スピンがコヒーレントに制御できるということが山のトップだとすると、当然そこまでは遥かに遠いですね。

 ただ、まだまだ本当に一歩一歩の一歩なので、あまり大きなことは言えないのですが、少なくともガリウム砒素以外でもちゃんとできますよと示せたことが、私たちのプロジェクトとしては非常に大きい成果でした。

―1個しかないのか、それとも少なくともそれ以外もあるのかでは、随分違いそうですね。

 そうですね。一個しかできないというのではなく、他にもできるということになれば、だったら3個目も4個目もうまくやればできるでしょう、となりますからね。そのような意味で山登りで例えると、一歩前進したかなという気がします。

―では今回のプロジェクトとしてのゴールは?

 このプロジェクトの終わり頃までには、単にガリウム砒素以外に一つできましたという話ではなく、他のカーボン系の素材やいろいろな素材で、高感度NMRを実現したいと思っています。


新しい物理が生まれるとき

―そもそも核スピンは目に見えないものですね。けれども、目に見えない世界でつくったものなのに、それを実際にコントロールして、かつ、実際に目に見える世界で役立つというのは、何だかやっぱり不思議な感じがします。

 そうですよね。けれども、半導体のデバイスなんて、皆そうですよね。走っているのは電子ですが、電子なんて全然目には見えない。けれども確かに電流は流れるし、電圧は出てくる。だから、そこに(電子は)いるんだな、ということになっているんです。

 けれども、原子核とか電子のスピンというのも、僕らの何年も前から先輩方が、物理現象をうまく説明するために、そういう考え方で説明できるよと言ってきただけで、本当は違う説明があるかもしれないのですね。

 もともとスピンというのは、1900年初頭まではなかった概念です。1900年くらいまでは、電子は電荷を持っていて、マイナスを近づけると逃げるので、だから多分(電子は)マイナスを持っているのだろうというところまで。電子の中に二種類あるということはわかっていませんでした。

 けれども僕らの先輩方がいろいろ実験してみると、どう考えても、電子の中に二種類いないと、つじつまが合わない。それでスピンという概念が出てきたわけです。スピンの上向きと下向きを考えると、実験データが説明できたのですね。

 原子核の振る舞いなんかも全部、そういう新しい実験が出てくると、それを説明するために、新しい物理が生まれてくるという形なのですよ。ですから、本当にここで終わっているかどうかもわかりませんね。また新しい実験が出てきて、また新しい物理が出てくるかもしれない。

 そのような意味で、こういった実験はおもしろいんですよね。今まで皆が注目していなかったようなものをやって、例えばインジウムが10個に分裂するとか、それをきっちりとコントロールして実験ができるようになるとか。すると、ひょっとすると、皆があまり今までの物理で予測できなかったものが、見えてくるかもしれない。あるいは、何も見えないかもしれない(笑)。

 予測通りで終わるかもしれないですし、まぁ、ほとんどのものが予測通りで終わるのですが(笑)。けれども予測通りに行かない話が出てきた方が、むしろおもしろいのでしょうね。


直感的に理解しづらいスピン

 けれども、スピンというのは、嫌われるんですよね。「わかりにくい」と言われて。電荷までは皆、よくわかってくれるんだけれども、スピンは直感的に理解しづらいですよね。

 ま、角運動量というものと絡めて考えると良いのですが。本当は厳密には正しくないのですが、よく説明に使うのは自転ですね。電子も原子核も、(丸っこい形と言うか、本当は形はわからないのですが)、地球みたいに自転している。自転している向きが、右向き・左向きであることを考えると、スピンの上向きと下向きは、割と理解しやすいのですよね。

 それで、2つに分かれるやつは何とか理解できるのですが、10個に分かれるやつはなかなか理解できなくて。けれども基本的には同じことなんですね。要するに、回転なんですよ、角運動量という話なんです。

―そもそもなぜ回転するのでしょうか?

 なぜ回転するのか?と言われたら、難しいと言えば難しいなぁ。要するに、磁場中でスピンは固有の速度で回転せざるを得ない、というのかな。安定に存在するためには、そういう状況にならざるを得ない、というのがあります。

 けれども、なぜ回転しなければならないのか?良い質問ですね。なぜ回転しなければいけないんでしょうねぇ・・・。その辺が、自転のアナロジー(類推)の難しいところですね。

 もともとは、例えば電子なら電子で、要するに二種類の電子を考えないと説明できないことから、スピンという概念が出てきたのです。スピンは、角運動量と絡んでいるのですが、角運動量を、完全に自転と組み合わせてしまうと、あるところは説明できるけれども、あるところは説明しづらいところが出てくるんですね。

 あくまでも量子力学の世界で、物事を説明するために出てきたものということで、それで説明すると、つじつまが合うという話なのです。ですから、あまりなぜ回転するのだろう?を考えないほうが良いのかもしれないですね。

 要するに、回転しているものを考えると、いろいろうまく説明できるということです。回転と言いますか、電子の場合は2種類で、インジウムの場合は10種類ですね。そういうものが存在するとすればうまく説明できる、ということなのです。

 それは量子力学の式の世界になってしまうのですが、量子力学の角運動量というやつから全部出てきた話なのです。それは要するに、相手が原子核であろうと電子であろうと何であろうと問題ないのです。

 基本的には量子力学というものを信じれば、その体系の中で、必ずそういう風に、角運動量というものが量子化される。それがスピンという話なのですね。ですから、そういう意味では、すべてのものは回転しているという変な話になってしまいます(笑)

 ですから、スピンを直感的に理解しようということは、たぶん誰も成功していないんじゃないかな(笑)。むしろ直感的に理解しようとしない方が私は良いと思っているのですね。量子力学の式の要請として出てくるものだと思って、その量子力学の式を実際に解いてみると確かにそうだなということが、式を追いかけていくとわかりますから。

―でもやっぱり不思議ですね。説明できない現象が出てくる。そして誰かが最初に体系を位置づける。すると、体系の中から導き出すことで、これまで説明できなかった現象のつじつまが合う。しかも、説明できるだけではなくて、そこから得られた結果を応用して、現実的の世界で役立たせることができる。そう考えると、科学ってすごく不思議です。

 そのような意味で言うと、同じことだと思うのですけど、例えばニュートン力学で、「F=mα」って中高生の頃に習うでしょう?力とは質量×加速度であると。これ、直感で説明できますか?ほとんどの子どもは皆、F=mαで理解して、ここからスタートすると、答えが出てくるじゃないですか。

 けれども、あれはニュートンが「こういう風に説明できると、世の中の物体の運動がうまく説明できるよ」というところからスタートしていますね。それで、うまく色々なものが説明できるから、これは正しいのだと思うのです。けれども、あれを本当に直感でわかっているか?と言われれば、よく考えるとわからないわけですね。

 ま、確かに力を加えれば、だんだん速度が早くなるから、加速度が力に比例していることは、なんとなく納得できるような気もします。けれども、中高生に聞いてみると、どうなんでしょう?直感的にわかっていないんじゃないかなぁ?

 スピンも似たような話なんですよね。F=mαは古典力学の世界で直線運動の話だけれども、回転運動でも同じように古典の式があって、量子力学の世界でもそれぞれ量子力学版があるんです。その式を使うと、そこからある意味、式の上からすっと出てくるものなのですよ。

 つまり、まだスピンを直感的にきれいに説明した人はいないんですよ。単に2つだけだったら、右回り・左回りの自転と同じように、スピンは磁性と絡むので、電流が流れれば磁石になるのと同じ原理で、説明はできると言えばできるのですが。

 けれども、それは2つだからできるのであって、10個になると、僕も直感的には全然イメージは湧かないですね。式の上でしかイメージが湧かないです。でも実際には分裂しているから、10個準位があるのは間違いないと思うのですけどね。


なんとなく直感で「こうなるんじゃないか」というものがある

―直感的には全然イメージが湧かないスピンであるにもかかわらず、平山さんはどのようなところにリアリティーを感じているのですか?

 要するに、直感でうまく説明できないのだけど、私たちの世界も、なんとなく直感で「こういう風な形になるんじゃないか」というのがあるんです。もちろん、最後はちゃんと式を解いてやらないと、あのようなきちんとした話にはならないですけれどもね。

 けれども、なんとなく直感で「こうなるんじゃないか」というものがあって、それが当たっている時は研究がうまくいくけど、それが外れている時は、なかなかうまくいかない、っていうところもありますよね。逆に、全く直感がなくて理詰めのみ、ということはあまりないですね。

―そもそも科学って、外から見たイメージとしては、客観的で理詰めのイメージがあるんですよね。けれども意外と、いろいろな研究者の方にインタビューしてみると実はそうではないですね。その人が持つ主観的な直感と言いますか、ある意味で非論理的と言いますか、その人が思い込めるだけの信じられる何かを、確かにつかんでいるものがあるんだなぁと感じます。それを徐々に、外から見ても納得できるような客観的なものに仕立て上げていくプロセスなんですね。

 そうですね。「こんな話ができるはずだ」とかね(笑)。実際に結果が出たり、それを論文に書いたり人に説明する時は、一生懸命理詰めでやるのですけれどもね。けれども、「こういうことをやれば、こうやって、こううまくいくんではないか」というのは、結構、直感でやることが多いですね。あとは自分の経験とかそういうものを通して、直感が養われていくのだと思います。

―では最後に、平山さんは、研究を通してどのような世界を実現したいとイメージしていますか?

 それは、この間のインタビュー内容とあまり変わらなくなりますが、私は、核スピンというものを表舞台に出したいと思っています。核スピンを用いた量子情報処理と、核スピンを用いた高感度測定。それを半導体、および半導体に限らずナノ構造(ナノマテリアル、ナノデバイス)の世界に導入したいと思っています。

 ですから極端な話、原子一個に近いレベルでNMR測定ができて、そのようなNMR測定を使って、量子情報処理デバイスが実現できる。そのようなことが私の夢ですね。

―平山さん、本日はありがとうございました。

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