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2024年 04月 18日 (木)

仙台青陵中等教育学校校長の渡辺尚人さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2009年7月24日公開

「土」作りからの発想で、知性・感性・意志の
バランスが取れた人間の育成を目指す

渡辺 尚人 Hisato Watanabe (仙台市立仙台青陵中等教育学校 校長)

 1956年宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第二高等学校卒業。東北大学法学部卒業。宮城教育大学大学院修了。現在、仙台市立仙台青陵中等教育学校校長。東海銀行(現在の三菱東京UFJ銀行 )に入行、3年4ヶ月勤務。その後教職に転じ、宮城県立西多賀養護学校、宮城県仙台東高等学校に勤務、宮城教育大学大学院で社会科教育の研究に取り組む。宮城県教育庁、宮城県矢本高等学校、宮城県仙台第二高等学校、仙台市教育局学校教育部勤務を経て、現在に至る。著書に『小・中学校の「日本史」を20場面で完全理解』『中学校の「世界史」を20場面で完全理解』 (以上、PHP文庫)、『一冊で世界歴史重要100面を見る』『一冊で人類100戦争の歴史を見る』(以上、友人社)、『二十坪の未来』(ルック)などがある。

 「教育って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【教育】に関する様々な人々をインタビュー

仙台圏で初の中高一貫校として、今年4月に開校した仙台市立仙台青陵中等教育学校(仙台市青葉区)。
そもそも仙台青陵は何を目指して設立されたのか。また開校4ヶ月で見えてきたものとは何か。
校長の渡辺尚人さんが見て・感じて・考えてきたことを中心に聞くことで、宮城の教育の「今」を探る。


仙台市立仙台青陵中等教育学校・校長の渡辺尚人さんに聞く


仙台青陵は「植物モデル」、仙台二華は「鳥モデル」

―仙台青陵が目指す教育のあり方とは、何ですか?

 本校では「知性を高め・感性を育み・意志を鍛える」という教育方針を掲げている。知識偏重ではなく、知性・感性・意志のバランスが取れた人間の育成を目指す。

 進学校となると、どうしても大学進学実績などが注目をあびがち。しかしそのベースに、知性・感性・意志のバランス、すなわち人間的な幅の広さや深さが無ければ、最終的に学力も高まっていかないという認識だ。

 本校の大きな特色は、中高6年間140人がそのまま進級していく一貫の方式にある。同じく中高一貫校の仙台二華中・高と本校を比較すると面白いのでは。

 仙台二華では、中高6年間の過程を「*啄(そったく)期」「躍動期」「飛翔期」の三期に分けている。(*=口へんに卒)いわゆる鳥モデルだ。厳しい生存競争の中、母鳥は生き抜く知恵を雛に与え、いつかは巣立たせる。ひとつの教育モデルである。

 それに対し、本校は「根付く」「伸びる」「花ひらく」の植物モデルだ。なぜ植物モデルなのか。その根底に、18世紀に活躍した江戸時代の儒学者で、上杉鷹山(※1)の師でもある細井平洲(ほそいへいしゅう)の考え方がある。

(※1)上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)
 江戸時代中期の大名。出羽国米沢藩の第9代藩主。領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られている。「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」の名言を残した。(【参照】フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 細井は晩年まとめた『嚶鳴館遺草(おうめいかんいそう)』の中で、人を育てる上での心得をこう述べている。「菊好きの人が菊を作るようにしてはならないもので、百姓の菜・大根を作るように心得なければならない」。

 菊作りでは、大輪の花をひとつ咲かせるために他の芽は全部取っていく。最後、ひとつの綺麗な花は咲くが、残り99%は犠牲になる。一人のエリートを育てるような育て方だ。

 一方、大根はひとつひとつ形も大きさも違う。しかし間引くことなく、大きく育てていく。不揃いでも良い。むしろ不揃いの中にこそ個性があり、それをひとつひとつ大きく育てていくことが教育の基本という意味だ。

 最近、『リンゴが教えてくれたこと』(木村秋則著/日本経済新聞出版社)の中で、似た考え方に触れた。木村さんは、農薬で家族が健康を害したことをきっかけに、絶対不可能と言われたリンゴの無農薬・無肥料栽培を模索。10年近く収穫ゼロになるなど苦難の道を歩んだが、10年目にようやく花が7輪咲き、実が2個なった。そして11年目、畑いっぱいに白い花が咲いた。

 木村さんはなぜ成功したのか。その答えは「土」にあった。万策尽きた木村さんは、自殺しようと山に入る。そこで自然に生えている木を見ると、無農薬・無肥料なのに木は育っている。そして足元の土がふかふかとやわらく湿気のあることに気づく。ここに最大のヒントを得て、今では非常に素晴らしいリンゴを作っている。

 人間の育て方も同じ。「合格者何名」「海外研修」「国際交流」など華々しいところに目を向ける教育課程の作り方もある。しかし青陵では「土」を大切にしたところからスタートする。その点で、仙台二華とは発想が異なる。


「土」とは、「人間関係づくり」と「学力の核づくり」

―「土」に相当するものは、具体的には何ですか?

 「土」に相当するものは、ふたつある。ひとつ目は、人間関係づくり。青陵では140人が6年間同じ場所で一緒に暮らす。まず人間関係が豊かでなければ、その上に基本的な学力も育たない。更にその上に、確かな学力や知的好奇心も育たない。

 そこで今は、グループで学習をさせたり、クラスの和を高める取組みなどを小まめに行いながら、まず良い人間関係をつくっていくことを一番、入口の基本に置いている。

 ふたつ目は、「学力の核」を育てること。読み・書き・計算の基礎学力に、学び方・考え方・表現する力・思考のツールも含め育む、学校独自の科目「ことばと論理」を設置。言語コミュニケーション力と論理的思考力の育成が、学力のベースになるという考え方だ。

 本校の生徒は、大学進学を希望している。将来、難関国公立大学へつながる学力は、そのベースづくりからはじまる。「土」をしっかりつくることで、樹木が育ち、花が開き、やがて豊かな実がなるのではないか。「土」から発想する点が、本校の大きな特色である。


「学力の核」とは何かを二年間考え、辿り着いたのが「ことばと論理」

―「学力の核」を「ことばと論理」としたのは、なぜですか?
 また、具体的にどのような授業を行っているのですか?

 流行に惑わされることなく、本当に大切な「学力の核」とは何かを二年間考えた。そもそも学問は、哲学・宗教の中にある「思考・論理」が基本となり、基礎科学、応用科学へと発展した。「学力の核」を哲学・宗教にまで遡って考え、辿り着いたのが「ことばと論理」。すなわち、言語コミュニケーション力と論理的思考力である。

 演繹法、帰納法、弁証法、背理法、ロジカルシンキング、クリティカルシンキングなどの「考えるための手立て」を通して、文章、統計、グラフ、写真、図、現象などを読んでいけば、自ずから思考・分析をして、自分の論理を導くことができるだろう。今度は、その論理を言語を通して、人から人へとつなげていく。それが、コミュニケーションである。

 「ことばと論理」、このふたつが21世紀を生きていく生徒達にとって、本当に大切な「学力の核」になると考える。中学1年生、学問の入口だからこそ、このようなベースを大事にした教育課程が今、一番大切ではなかろうか。

 知識偏重ではなく、肌で目で耳で確かめる授業を行っている。少人数制なので、一人ひとりに目が届く。手をかけながら、学び方を教えていけば、自分で学ぶ力が加速度的につくはずだ。すると結局、慌てなくとも6年後の大学入試には、期待する結果が出るのではないだろうか。

 統計で嘘をつく方法なども、小さい頃から見せた方が良いと考える。客観的に見えるものでも、絶対的な真実と思い込む読み取りでなく、あくまで主観や意図が入ることを押さえるべきだ。

 校長講話で「正倉院の中の湿度は、高いか・低いか」と生徒に聞いた。「校倉造は風通しが良いので、乾燥している」と、生徒は答えた。しかし実は、乾燥していない。湿度が低いと、木や紙はバラバラになってしまう。逆にある程度の湿度があるからこそ、奈良時代から現代まで長い間伝わっている。

 私は生徒に「それは高級な間違いだよ」と言った。実は30年前の教科書には、有名な学者の意見としてそう書かれていたからだ。しかし実際に調査すると、結果は違っていた。

 教科書にも、間違いがある。これまで正しいと思っていたことが、パラダイムが大きく変わることで、ごろんとひっくり返ることもある。このようなことは、ひとつグラフの読み取り方から、身につけなければならない。学問を学ぶために必要な、ひとつの資質だと考える。

 「ことばと論理」は、中高の先生6人が各分野を担当、順繰りに1年生全員を教えている。今回、力のある先生方が揃った。「ことばと論理」の打合せは、たった3時間。それでも方向性を理解し、具体的に進めることができる先生方だ。

 私は、種を蒔くことはできる。しかしそれを生徒までおろし、効果ある授業へと仕立て上げるのは先生方。今後、どのようなプランへと成長していくのか。1年後、3年後が非常に楽しみである。

 思考的な深まりができれば、英語や数学など他の学問も、自ずと深まっていく。ここで学んだことは、教師も生徒も、他教科の中で是非応用できるようにしてもらいたい。

 「土」を豊かにしていけば、生徒は自らの力で枝を伸ばし、 花を咲かせ、 実をつける。このような考え方を、青陵の教育観のベースに持っている。


中高一貫校としてのまとまりをつくることが課題

―開校から4ヶ月。具体的に進めていく中で、
 校長の立場から感じていること・行っていることは何ですか?

 中学と高校では、先生方の意識が異なるため、中高一貫校としてのまとまりをどのように作るかが課題だ。これまで高校入試がゴールだった中学の先生は、大学入試という出口がよくわからない部分がある。一方、高校の先生は、入口である中学1年生のきめ細やかな人間関係作りがよくわからない部分がある。

 同じ中高一貫校でも仙台二華のような「併設型」の場合は、中学と高校の先生同士で"お手伝い"をする感じだが、青陵は「中等教育学校」のため、中学と高校が一緒になりまとまらなければならぬ体制。その辺りは随分と違うと感じている。

 そこで今、中学と高校の先生で学び合いをしている。そのひとつが他校への視察。中学の先生方には、山形東や盛岡一高など県外高校の進路指導や、岩手大や山形大付属中の授業を勉強して来てもらう。一方、高校の先生方には、県外の中高一貫校を中心に勉強してきてもらう。

 もうひとつ、行事も大事になると感じている。例えば、今月11日に開催された「合唱祭」。練習期間は2週間程度だったが、その道のりはどのクラスも順調なわけではなかった。しかし様々な課題を皆で乗り越える過程で、高校の先生方も、ある程度手をかけながらクラス作りをする大切さを感じたのでは。行事を柱に、皆で生徒を育てていく場面を通して、中学と高校の教師の意識の違いは、ある程度は払拭されると感じている。

 他にも、実力考査の問題作成は、高校と中学、両方の先生が入る教科会でつくる。すると、教科に対するそれぞれの見方を、議論で戦わせることができる。他にも、各教科の先生方で、研究授業を年に3回行う。教育センターから指導者を呼び、研究授業を行い、検討会をするもの。年に3回も実施するところは、おそらく他に無い。

 以上のような取組みを通して、中高一貫校としてのまとまりが出てくると考える。実際に、高校の先生も中学校の授業をかなり持っているし、中学校の先生も高校の授業を持っている。例えば「ことばと論理」も、6人のうち2人が高校の先生。他の学校独自の科目「オールイングリッシュ」も、中高すべての英語の先生で担当。高校の地理や書道は中学の先生が担当し、体育は中学と高校の先生2人で全部面倒を見ている。

 今日は1年生を中心に話したが、4年生でも基本的な考え方は一緒。広い教養を身につけ、考えるための道具である論理的思考力とコミュニケーション力を養い、希望する大学進学100%を達成したいという目標は、1年生でも4年生でも変わらない。

 ぜひ生徒を見て欲しい。皆、生き生きしており、知的好奇心が旺盛だ。発言がどんどん出てくる。見ていて、非常に楽しい。現在244名在籍しているが、7割以上は名前と顔を覚えた。通勤中のバスや、本を借りに生徒が校長室を訪れた時などに、生徒とよく喋っている。

 学校にいる時には、授業を1日1回は見に行く。どのような授業で生徒がどう反応しているのか、生徒の様子を見たいからだ。また授業を積極的に公開し、教師の授業力のさらなる向上を目指していきたい。

取材日(7月21日)は、「オールイングリッシュ」の特別授業が行われていた。外部講師による半日授業が4日間連続で行われ、生徒らは「英語漬け」になる。


校長として、生徒と教員、両方の幸せを実現したい

―最後に一言、お願いします。

 職員会議でも「本校を希望して来た生徒は、皆伸ばそう」と話している。そして青陵という学校は、ひとつの職場でもある。「生徒の幸せと教員の幸せ、両方実現したい」と話した。どちらも両立しなければならない。学校をまとめていく校長として、とても大事なことだ。

 「格差社会」や「勝ち組・負け組」など良い言葉ではない言葉が、世の中に蔓延っている。そんな人間社会を生きていくには、ひとつ同じ仕事をするのであれば「この人と一緒に仕事をして良かった」と思えることが大事だと考える。

 生徒も将来、何らかの組織で仕事をすることになる。そんな時、青陵という職場、学校の中で育った雰囲気を思い出してもらえるのなら、生徒の6年間は意味あるものになるだろう。

―渡辺さん、本日はどうもありがとうございました。

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