[Vol.9]
本川達雄さん (東京工業大学教授、仙台生まれ)
2008年07月04日公開
科学と言うと、完成された絶対的なもの、というイメージがある。そしていつの間にかわたしたちは、「そうなっているのだからしょうがない」と、自分の目で見て、感じて、対象を認識することを無自覚のうちにあきらめてしまう。しかし、自らの「実感」、つまり、自分の目で見て感じて疑問に思うことをやめずに、世界を見れば、また違った世界がそこにあることに気づく。そういった世界本来の多様性こそ、自分が「実感」を伴いながら生きている世界そのものなのだ。歌う生物学者として知られる本川達雄さんは、科学とは自然の見方、つまり世界観を与えるものだという考えのもとに、科学者の視点から、「実感」の科学を提唱する。
疑問、それが「実感」なのです
やはり、今の科学というのは、あまり自分の「実感」と関係ないのよね。
最近「理科離れ」ってよく言われるでしょ。
小学校のときは理科、みんな好きなのよ。
見てみよう、菜の花は花びらが4枚だね、バラや梅は5枚だね。
具体的なものを見て、ああそうなのかと「実感」するのが理科なのよね。
体で感じる理科なんでしょ。
けれども中学校あたりになると、そうでなくなるのよ。
目で見れば、いろいろなものがいろいろ違ったように見えるけれども、
目に見えない分子を考えると、皆同じになるの。
普遍的な目に見えない力を考えると、共通性が出てきます。
抽象性とは、そういうことなのです。
小学校の理科と、中学校の理科は、全く実は異質なものかもしれませんね。
小学校のときは、「実感」の科学ですが、
中学校のときは、「実感」はだめ、自分の目を信じちゃだめ、です。
目には見えない分子を考えると、共通性がでてきます。
その共通性を求めるのが、科学だと学ぶわけでしょう。
「実感」から離れるのが、科学なのです。
小学校の理科では、お日様は東からのぼって、西に沈みます。
中学校の理科では、お日様が動くのではなく、地球が動くんだよ、と教えられます。
でも地球が動くことなんて、「実感」したこと無いですよ。
わたしたちが生活するうえで、天動説で何の不都合もないのよね。
ですから、今の科学と言うのは、「実感」ではありません。
「実感」こそが、人間のいろんな認識を誤らせるのであって、
「実感」を一度否定するからこそ、科学なんだ、と
あからさまには語られないけど、実際そう教えられちゃうんですよね。
ですから、納得はある意味ではしないのよね。
「実感」と言う話から言えば、ぼくらは不思議に思うわけ。
なんでこうなっているの?なんで?と問うじゃない。
疑問、それが「実感」なのです。
なんで物は下に落ちるの?と聞くわけです。
ところが、中学・高校の理科になると、
「万有引力により、質量に比例して、距離の二乗に反比例する。
そういう力があるから、落ちるんだ」って教えられるんだけれども、
そんな力はどこにも見えないわけだし、
その力って一体何なのよ?と言っても、わからないわけです。
そういう風になっている、なっているからそうなんだ、
そういう説明の仕方は、「なぜ落ちるの?」という質問に答えてくれていない。
Why?ではなく、How?ですね。
どういう風になっているのか、そういうことは研究するが、
直接答えてはくれないのです。
疑問の最初はなぜ?なんだよ。
疑問のはじめを、How?とは問わないのです。
もちろん、昔は、How?がそもそもでした。
なぜ物が落ちるの?という問いにも
「この世のものは、神様によってつくられた。
万物に神の愛がこもっているからだ」と、
なぜ?には、「神の愛の力があるから」。納得してしまいます。
でも科学には神様、出てきちゃいけないんで。
なぜ地球と物が引き合うのかに対する、答えはないのです。
ですから私達は科学を勉強していけば、
How?には答えられるが、
Why?には、もしかすると、
いつまでたっても答えられないのかもしれません。
どうもそういうところが、
今の科学は、生物学でもお決まりでDNAという話になっちゃって。
DNAって、目に見えない話。
宇宙の話も、目に見えない話。
僕らの「実感」とは何の関係もない話なのです。
中学高校大学のやっていることが、
自分自身の「実感」として、納得できるか?
疑問に思いますね。
「ゾウの時間 ネズミの時間」は、そもそも「実感」からはじまった疑問
それで実は、ゾウの時間とネズミの時間なのですよ。
普通、世間的には、時間は時計で測る時間、
万物共通の時間なわけで、時間のことを考えたってしょうがない。
相対性理論の中の時間だって、光の速度と近づいたときの話であって、
そんなの、我々の実生活の時間とは何の関係もない話です。
確かに、おもしろいことはおもしろいが、でも「実感」としてねぇ。
ゾウの時間、ネズミの時間、
そもそも「実感」からはじまった疑問なんです。
若い頃に、沖縄に職を得て行きまして、
行ったその日に、歓迎会をしてくださるということになったんです。
7時半というから、7時半前に行ったのですけどね。
誰もいないのよ。
7時半くらいからポツポツ人が集まり始めて、
8時半からはじまるわけね。
いや~はじまっちゃうとね、
泡盛飲んで、延々と終わんないですよ。
南国の時間って、ゆったりしている。
みな、7時半くらいに家を出てくるらしいのです。
時間のルールが違うんですね。
これは、民俗学を勉強してみるとわかるのですが、
日本も明治になるまではそうだったそうです。
日本は、集落が小さかったら、
近い人が、遠い人を待っているのが、フェアだったんです。
同じ時間に出てくるので良いのです。
けれども不都合になったのは、都会が出てきたから。
今のような時間との付き合い方は、工業化してからの社会なのですね。
決して沖縄がおかしいというわけではなく、
沖縄には古い日本が残っていますからね。
「実感」として、びっくりしました。
時間はもしかすると違うんじゃないのか?と驚いたのです。
動かないなまこの時間
それで翌日また、海の生き物の研究をしていました。
海に出かけたわけです。
すると、なまこがたくさんいる。
なんせ、たくさんいるわけです。
それでその、こんなにたくさんいるわけですからね、
これは研究しなきゃ、と思って研究したのです。
研究するに当たって、
なまこがどういうくらしをしているのか、
ちゃんと見ておかなきゃいけないだろうことで、
24時間海にもぐって見ていたわけですよ。
でもなまこなんて、ずっと動かないですよ。
丸一日で、10メートルくらいしか、動かないのですよ。
ということは、ほとんど動かない。
ずっと一日見ていると、暇なんです。
そうすると、妄想が湧いてくるんですね。
なんせ、人間なんて、寝ているときだって、
しょっちゅう動いているわけです。
でもなまこは起きていても動かないんですね。
シャカシャカ動いている動物の中に流れている時間と、
ノベーッと動かない動物の中に流れている時間と、
本当に同じなのかな?と思っちゃったんですね。
前日の7時半にもびっくりしていたので、
文化によっても、動物によっても、時間は違うんじゃないの?
共通する時間もあるかもしれないけど、それだけじゃないんじゃないの?
僕らと違う時間が流れているのではないのか?
と、「実感」として思えちゃうわけです。
動物の時間って、何なんだ?!
ということで、勉強をはじめたわけです。
要素がわかれば全部わかるという科学のあり方に対して、
それだけじゃないのだろうという気がしていた
勉強してわかったことは、
生物の時間は24時間周期で共通だよ、
そういう研究しかないということです。
共通の普遍性を追い求めるわけだし、
流体力学でも時間の微分方程式が成り立つわけで、
グラフでも横軸は時間ですよ。
時間は共通だ、という考え方が、
科学を成り立たせているといってもいい位です。
脳の中にある時計遺伝子。
それだと、なまこの時間と人間の時間という話にはなりません。
でも「実感」として、納得できない。
それで、サイズの生物学も好きで勉強していました。
体の大きさが変わるとどうなるのか?
生物におけるスケーリングという学問なのですが、
なぜそのスケーリングが好きだったかと言うと、
実はゾウであれ、ネズミであれ、分子にちがいはありません。
体をつくっている細胞の大きさだって、ゾウの方がバカでかいわけじゃない。
要素に分けてしまえば、皆同じなのです。
科学は要素還元主義です。要素に分ければわかると言う話です。
でもゾウとネズミは、暮らしが全然違うじゃない。
要素の数が違うだけで、ものは変わってくるんでないの?
そういうことを思わせるのが、スケーリングの仕事なんですね。
要素還元主義、DNA、全部細胞、みんなそうです。
分子がわかれば、全部わかる、
そういう科学のあり方に対して、それだけじゃないのだろうという気がしていました。
要素が同じでも、集まるシステムの大きさが違えば、
すごくちがう、というスケーリングの話に、
これこれ、と思っていたわけです。
時間は体重の4分の1乗に比例する
それで文献読んでいるうちに、
心臓がドキン、ドキンと打つ、
心臓の拍動の時間間隔を測ってみると、ネズミとゾウで大違い。
体が大きくなる、つまり体重が増えると、体重あたりの心臓一拍分の時間が、
4分の1乗に比例して短くなるということが書いてありました。
これが、時間生物学の中ではない、
スケーリングの中で、そういう事実がある。
へえ、こういうのがあるんだと、もうちょっと調べてみたら、
今から60年位前に、心臓だけではなく他の現象についても、
時間を計ってみると、体重の4分の1乗に比例していたそうです。
息をする時間間隔、
食べたものが排出されるのに必要な時間、
血が体内を巡回する時間、
たんぱく質が合成されて破壊される時間、など等。
ハツカネズミは二十日でこどもが生まれる、ゾウは600日。
寿命もです。
これも大体、体重の4分の1乗に比例するという関係になる。
そうなると、時間ってやっぱり違うんじゃないの?
ゾウの時間、ネズミの時間、ちがうんじゃないの??
とやっぱり思っちゃうわけです。
エネルギーを使えば使うほど、時間は早くなる
では、なぜ大きいものが時間がゆっくりなのか?
そういう話になるのだけれども、
実は、体重の4分の1乗という数字は、
もう一箇所、動物のスケーリングの話に出てきているんです。
エネルギー消費量の話なんですね。
エネルギー消費量も、
体重の4分の1乗に反比例して、エネルギー消費量が少なくなるんです。
どちらも4分の1乗なので。
他のところに出てこない数字ですから、
何か関係していると考えても良いと思うのですが、
結局、時間の速さとエネルギーが、エネルギーを使えば使うほど、
時間が早くなるということです。
では、なまこの時間はどうなるんだ?
なまこに心臓があれば、心拍数を計れば良いのですが、
心臓はないので、なまこのエネルギー消費量を測ってみたんです。
やっぱりエネルギー、
人間の1時間が、なまこの2日間くらいです。
だから、ずっと見てたって、動かないですよね。
「実感」の生物学なんです。
確かに、なまこだって、我々にだって、一日は一日なんですが、
一日の活動を見ると、やっぱりちがうわけで。
エネルギーを使うということは、仕事しているということです。
時計の一時間の中でいっぱい仕事をしている人は、
生きているペースが速いのです。
時間は、僕のつくりだすもの。外にあるのは、リズムだけ。
僕らだって、結局時間って、何で測るの?
時間の感覚器はないわけでしょう。
朝になったことは、光で感じているわけです。
目という感覚器があるから、光を感じるのです。
目が無ければ、わかりません。
耳があるからこそ、感覚対象である光というある電磁波は、
実在するものだと思うわけです
音で、空気が実在するものだと思い込むわけです。
では、時間って何でしょう?
感覚器官、無いじゃん。
そんなものどこにあるの?と考えてもいいと思います。
時間という、形而上学的なものに、実態はないのです。
あのニュートンのいう絶対時間は、
ニュートンが作り上げたひとつの概念であって、
だったら、もうちょっと生物よりの時間の概念を
つくってもよいのではないでしょうか?
ニュートン力学的な世界に住んで、それを学校で叩き込まれている。
時間なんて、大前提という風に教えこまれます。
なまこを見る度に、ある時間と言うものを考える。
そういう概念みたいなものを考えると、
環境に上手く適応して生きていけるのではないでしょうかね。
リズムはいろいろあるでしょう。
ある時間と言う共通のものを概念として抽出して、
それを使って、行動すると、上手く僕らは生きていけるのではないでしょうか。
時間は僕のつくり出すもの。
外にあるのは、リズムしかないのです。
時間ってなんなのよ?と、
自分の言葉で考えるようになりました。
古代、アリストテレスから、いろんなことを考える人がいて、
それを読むと、偉いなぁと思うわけです。
ニュートン力学とは違う側面で、
時間の本質を言い当てているのですね。
それが勉強してわかっていったんです。
時間は普遍的なものであるという考え方は、西洋近代がつくりあげたもの
なまこの時間とわたしの時間はどうなっているの?
ただただ勉強しただけなんですが、答えは書いていませんでした。
ゾウの心臓、ネズミの心臓は、スケーリングに出てくるのですが、
なぜ時間生物学の中で出てこないかと言うと、
時間は普遍的なものであると言う大前提が自然科学にあるからです。
それは西洋近代がつくりあげたものであって、
知的な流れは、キリスト教から来ています。
キリスト教は、時間と言うものは、
神がこの世をつくったときから、
週末まで一方向に流れていく絶対的なものと考えています。
ニュートンはクリスチャンですから、
その時間の概念は、彼によって、古典物理学に持込まれます。
世俗化したキリスト教的な真理のパターン、
時間はそういうものなのでしょう。
西洋人は、絶対的な時間しか考えません。
でも、時間はいっぱいあるじゃない?
神がいっぱいいる国に住む僕は思うわけです。
でも西洋人は、「お前が言うのは周期だ」と言います。
それを測るのは、絶対的なものさしなんだ、
そういうものが、時間なんだ、
サイクルは変わるかもしれないよ、
そういう認識なんですよ。
僕はそういうのでなくって、
サイクルだって、時間でいいんじゃないの?
ネズミとぼくのサイクルがちがうんだから、
それにあわせて考えたらいいんじゃないの?
そうやって時間のことを考えていくうちに、
科学ってなんだろう?
そもそも科学をつくりあげている枠組みって何だろう?
根本的な疑問ですよね。
それを考えるようになっちゃったんです。
科学基礎論みたいになっちゃうんだよね。
でもそういうエネルギー消費量と時間が関係するっていう考えは、
ニュートン力学では、ありえない。
でも時間とエネルギー消費量が関係しているんだ、
という考え方に立つと、エネルギーを使うと時間が早くなる。
私達の人間の一生にあてはまれば、
一生の間に、我々の時間だって、変わっていくんだ。
なんせ、歳とってくると一年早いですよ、「実感」だけど。
心理学ではジャネーの法則(※1)。
心理学的な時間はあやふやでいい加減なもの。
科学にはなりません。
感覚は変わるけれど、時間が変わるとは言わない。
(※1)ジャネーの法則
主観的に記憶される年月の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に解明した法則のことである。
でも実際にはエネルギー消費量が変わるんだから、
歳取ると時間は変わるんだ。
自分が言っていることが、素直に説明できる。
「納得の生物学」ですよ。
なんとなく絶対時間という、
抽象的な共通の現実と関係ない、普遍的なものさし。
そういうものでない、体に基礎を置いたもののような、ものさし。
そういうものを復権させるような科学と言うものが、
必要なのではないかと思うのです。
「実感」からかけはなれちゃうから、理科離れになってしまう。
自分自身が納得するものがないわけ。
そう言いながら、僕自身はプロとして論文書いているのは、
正当な科学をやっているわけで。
時間論の方は、趣味でやっているので。
科学論文にならないので、本という形で取っています。
理科系の成果は、論文。
文科系の成果は、本。
ですから私は文化系ですね。
便利すぎは決してしあわせではないのだ
エネルギーを使えば、時間が早くなるのではないですか?
いろいろなものに、あてはまるような気がしますね。
PCや車でエネルギーを使うほど、早くなります。
動かすのに、エネルギーがかかっています。
そうやって世の中を見てみれば、えらいすっきり見えるわけです。
皆忙しいわけです。
それはこんなにエネルギーを使えば、忙しくなるに決まっています。
南の島にいけば、エネルギー使わないですね。
ですから、北の時間、南の時間、時間がちがうんじゃないの?
納得しちゃう。
県民所得とエネルギー消費量は正比例しますからね。
アンダーディベロップドカンパニー(発展途上国)もそうです。
先進国は、忙しいわけですよね。
現代社会と言うのは、エネルギーを使って、
時間を早めているんだ。そう言ってもかまわない。
時間って、やっぱり変わるの?
でも僕らの体は食べる量は変わらないから、
食べるエネルギーは変わりません。
大昔前から、心臓を打つ早さ変わらない。
でも体がその速度に追いついていかないじゃないの?
これだけ便利になったって言いながら、
なんとなく、みんな幸せそうな顔していないじゃない。
幸せ度が上がっていないんじゃないの?
体が追いついていく、社会の速度があるんじゃないの?
時間が変わるという思いに立てば、
現代社会の時間の環境は、早くなっていく。
環境問題、大きくとりあげられていますが、
その根本的な問題と言うのは、時間的環境の破壊です。
これだけ早くするからこそ、
エネルギーをたくさんつかって、温暖化して
廃棄物がどんどん出てくるわけですね。
環境問題を解決する、皆色々言っているけれども、
環境問題解決の決め手は、時間の見方を変えて、
私達が安心して生きていけるだけの速さの
時間環境の中で、生きていくこと。
便利すぎは決してしあわせではないのだ、
と考えたらどうなのか?と最近思い立っています。
なまこを考えながら、今辿り着いたところなんですけど。
環境問題は、全人類が真面目に考えなければならない。
私達は「実感」している話。
そういう問題に直接科学として、関わりあう話。
これだけ役に立つ話はたくさんあるが、
大問題にどう関係しているかがよくわからない、
という話がたくさんある気がします。
「実感」としてどうなのか?
エネルギーと時間から説明していこう。
科学と言うよりは、考え方・世の中の見方、なんですね。
そういうと、「実感」として納得するし、
ベースとしてあるのは生物学そのもの。
高等なものを言っているわけではありません。
「実感」の科学と言うのが、もうちょっと、
世の中で幅を利かせるようにならないと
「理科離れ」は止まらないし、
わたしたちを幸せにする科学にならないのではないでしょうか?
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