【米国の教育現場レポート】米国の科学技術高校やUCRに東北大が高校生を派遣/東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」海外研修
2016年4月22日公開
東北大「科学者の卵養成講座」海外研修のようす=米国カルフォルニア大学リバーサイド校にて
東北大学(仙台市)は、飛翔型「科学者の卵養成講座」の受講生のうち選抜した高校生15人を、米国カルフォルニア州リバーサイド市に派遣し、科学技術研修を実施した。同講座は、将来世界で活躍できる「科学者の卵」を育成しようと、東北大学が科学好きな高校1・2年生を全国から募集し、大学での講義や留学生との交流機会を提供するもの。さらにプレゼンやレポート課題等で選抜された受講生には、大学での研究活動や海外研修のチャンスが与えられる。
リバーサイド市長を表敬訪問
海外研修は3月19日から25日までの7日間の日程で行われ、選抜された15人の高校生たちは、リバーサイド市科学技術高校(RSA:Riverside STEM Academy)の家族宅にホームステイしながら、RSAやカルフォルニア大学リバーサイド校(UCR)での交流活動を中心に研修を行った。また、リバーサイド市と仙台市は1957年から国際姉妹都市提携を結んでいることから、一行はリバーサイド市のRusty Baikey市長を表敬訪問。仙台市の奥山恵美子市長と東北大学理事からの親書を手渡した後、日系移民の歴史を学ぶために博物館や国定歴史的建物も見学した。
RSAの生徒たちのリードにより、RSA近くにあるSycamore Canyonで市民科学に参加
参加した日本の高校生たちは「RSAの生徒は、"自分は何をしたいか"という自分の興味や意思があり、率直に伝える姿勢に驚いた」「RSAの生徒がそれぞれ個性を発揮し、全力で物事に取り組む姿勢に刺激を受けた。今後は自分の意見を積極的に発信することで、今までとは違う何かが得られると思う」「RSAの生徒が全力投球だったので、いつもは冷めた目で見ていた自分も釣られて一生懸命になり、楽しかった。今後は積極的に物事に関わりたい」などと話し、自身の成長を実感していた様子だった。
ホストファイミリーやRSA生徒会による歓迎会
RSAの生徒たちの前で自己紹介する日本の高校生たち
RSAでのエンジニアリング・チャレンジのようす
RSAの生徒たちに東北大での研究を発表する高校生たち
UCRで昆虫学の研究者と交流する高校生たち
UCRで働く日本の研究者に研究や進路について質問
朝夕は各自ホストファミリーと時間を過ごした
打ち解けた頃にはお別れの日。写真はお別れ会の様子
また、本レポートでは、特に科学技術を中心とした米国の教育システムに焦点を当て、日本との教育システムとの違いを、現地関係者へのインタビューを交えながら紹介する。
「STEM教育」に特化した新しい学校
Riverside STEM Academyの校舎外観
研修の中心舞台となったRSA(Riverside STEM Academy)は、「STEM(ステム)」に特化した新しい公立学校で、徒歩10分圏内に位置するUCRと連携した教育を行っている。STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からとった総合的な理系分野の総称を指す。米国オバマ政権ではイノベーションの担い手を育てるためにSTEM教育の強化を大変重視しており、官民連携の国家戦略として位置付けている。その背景にはインターネット普及以降の技術革新により、STEM分野の高度人材に対する需要が急増していることや、文理問わず幅広い職種で科学や数学の知識が要請されることがある。
化学の教科書。日本の教科書よりも分厚く発展的内容を取り扱っていた。
米国の公立学校は、学校区ごとに教育のレベルや内容が大きく異なる。通常の公立学校の場合、居住する学区に基づき自動的に入学先が決まるが、RSAの場合は学校区に縛られない学校選択の自由があり、入学希望者が定員を上まわれば抽選を行う。対象は、日本の小学5年生から高校3年生までにあたる5学年から12学年(※1)までで、定員は学年あたり105人と少人数制。「倍率は2~3倍で、ウェイティングリストには約400人の生徒が入学の空きを待っています。RSAは2011年にできた学校のため、一番上の生徒は11学年。初めての卒業生は来年誕生します。入学段階で優秀な生徒を選抜するのではなく、ここで優秀な科学者や技術者の卵として育てるのです」と、RSAプログラムコーディネーターのジェレミー・スタンダーファーさんは話している。
※1:米国の義務教育は、幼稚園(K)からはじまり、小学校(1-6 学年)、中学校(7-8学年)、高校(9-12 学年)までの計13学年の教育期間を「K-12」と呼ぶ。なお、米国においては、就学前教育から高等教育に至るまで州の専管事項であり、「幼1-小6-中2-高4」の区割りはカルフォルニア州の場合で、区割りも州によって異なる。
創造力の育成を重視した分野横断的な教育
□ 座学ではなくプロジェクトベースの授業スタイル
日本の高校生たちも挑戦したエンジニアリング・チャレンジのようす
では、具体的にどのようなSTEM教育が行われているのか。今回、日本の高校生たちが、RSAの高校生たちと一緒に体験した「エンジニアリング・チャレンジ」は、「8本のスプーンとナイフ、16本のフォークのみ用いて、最も高い構造物をつくれ」や「割り箸8本と輪ゴムを用いて、マシュマロを最も遠くへ飛ばす射出装置をつくれ」といった工学的課題にチーム対抗で競い合うもの。生徒たちは英語で議論を交わし、構造物や装置を作っては壊しながら、次第に盛り上がりを見せていた。
教室には様々な試作品製作用加工装置があった
ソフトウェアの使い方を教えるモアヘッド先生
工学教師のチャールズ・モアヘッドさんに聞くと、エンジニアリング・チャレンジは通常授業でも取り入れられているそうで、基本的に授業は座学ではなくプロジェクトベースで進むという。「プロジェクトの課題自体は教師から与えられますが、企画は生徒主体で進み、教師は生徒の相談にのるスタイル」ということで、例えば、現在9年生が取り組んでいる「リバーサイド市、あるいは姉妹都市の仙台市にテーマパークをつくろう」というプロジェクトでは、最適な土地を探してテーマを決めることから始まり、乗り物などの試作品は実際に教室内の装置で製作する。製作と同時進行で教師はデザインの仕方やコンピュータのソフトウェアの使い方などを教えたり、STEMのみに特化せず、歴史など他分野とも関連付けながら生徒を導いていく。
学ぶ目的があり、その目的を実現する方法まで生徒自ら考えることで、育まれるものは大きいと期待される一方で、座学スタイルの授業に慣れ親しんだ日本人の目から見れば、これだけで本当に知識や技術などの実力が身につくのだろうかと不安に思う反面もある。その疑問を率直にRSAの教師の方々にぶつけたところ、創造力の育成に重点を置いた教育方針について伺うことができた。
創造力を育成する教育とは?:Riverside STEM Academy 教職員インタビュー
□ 「興味なくして創造力は育まれない」
エンジニアリング教師のCharles Moreheadさん
工学教師のCharles Moreheadさん
私の個人的な意見ですが、生徒の興味があることでなければ創造力は育まれないと思います。特に最初の学年では、まずはつくることから始めて、理論は同時進行で教えます。次の学年では、すでに生徒には興味があるので、理論の割合が多くなります。目的を達成するための方法論は色々あるはずです。しかし最初から「正しいこと」として与えてしまえば、その枠の中だけに創造力がとどまってしまう。先ず最初に、創造力を大切にするのです。
―エンジニアリング・チャレンジで、日本人は皆、塔の基礎から作り始めたのに対して、RSAの高校生の中にはトップから作り始めた生徒がいたことに、日本の高校生が「発想の違いに驚いた」とコメントしていました。
それは、どう考えても基礎から作る方が正しいです。しかし、何が正しいかは最初から教えません。先に理論ありきではなく、自分たちでわからせることが大切です。自分たちでやってみてから考える。その時に初めて何が正しいかという理論の大切さがわかります。
―そもそも「創造力」をどのように定義していますか?
生徒が作成した橋の模型。中央の穴は強度評価用。
私の定義する創造力とは、生まれつきのものあるし、アクティビティ自体は与えられるものかもしれませんが、今まで直面したことの無い問題に対面することにより、創造力を働かせるもの、その二つがあると考えます。
子どもはもともと知的好奇心溢れる存在で、知ろうと思う存在です。アクティビティは与えられるものではありますが、生徒にとっては与えられている気がしません。彼らは、とても楽しそうに取り組んでいます。私の個人的な信条ですが、座学は創造力を潰しかねません。学ぶことが楽しいという気持ちが、創造力を育む上で大切なのです。
―日本の場合、勉強は強いられるものなので、学ぶことが楽しいという気持ちは削がれ、成人になると知的好奇心は先進国最低レベルまで低下します。あまりにも強いられ続けるせいか、逆に失敗することに対する恐怖が増すという傾向も見られます。
失敗を恐れていては、創造力は育まれません。しかし失敗を恐れる生徒が多いことは、米国も変わりがありません。また、教師も同様に失敗を恐れています。そして、生徒は教師が何を正しいと考え、何を評価するかを常に見ようとします。ですから私は、「それを求めることは違うよ」と生徒にメッセージを送り続けながら、創造力を育もうとしています。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
育った環境や文化が異なる者同士でアイディアを交換することは、創造力を広げます。お互いにとって素晴らしい機会だと思います。
―ありがとうございました。
□ 「創造力育成には分野横断的視点が必要」
英語教師のCatherine Murray さん
英語教師のCatherine Murray さん
創造力を育むには、様々な分野(インターディシプリナリー)が必要です。人間のアイディアをどのようにサイエンスに役立たせるかを考える時、ひとつの分野に偏らず、STEM分野のアイディアを歴史や言語などの他分野とどのようにつなげていくか、そのバランスがこの分野には欠かせません。そして科学者は、自分の研究を他者に伝えなければいけません。プレゼンや論文はそのための訓練です。
そもそも科学者である前に、人間であることが大切です。必ず何かしらの決断を下す時が来ます。その時に必要なのが、人間としての道徳心です。STEMだけでなくhumanityもブレンドしなければ、血の通った決断ができません。私も生徒たちに、例えば単に本を読むだけでなく、問題をどのように解決して表現するかを指導しています。それは創造力をモチベートし、生徒はそれを楽しんでいます。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
世界が小さくなっている今、文化や言葉の違いに感謝できる機会は貴重で、それは今後必ず必要になることです。そこから私たちは様々なことを学べます。このような機会は、お互いにとって素晴らしいことだと思います。
―ありがとうございました。
□ 「教室内の実験だけでは、現実世界とは程遠い」
STEMプログラムコーディネーターのJeremy Standerferさん
STEMプログラムコーディネーターのJeremy Standerferさん
私は高校のカリキュラムをオーガナイズしています。課外授業やプロジェクトを考えたり、生徒の生活指導やプロジェクトのアドバイスも行っています。プログラムのオーガナイズで最も大切にしていることは、「インターディシプリナリー」、つまり、分野横断的な視点です。教室内の実験だけでは現実世界とは程遠いため、現実と同じように色々な視点から物事にアプローチすることが大切です。
―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?
国際感覚を身につけることはミッションのひとつです。実際の交流から、異なる視点や文化を学べることは非常に良いことです。
―ありがとうございました。
米国の公教育改革について:地方教育委員会インタビュー
□ 「米国の公教育改革は今、実験段階である」
リバーサイド市教育委員会の John Robertsonさん
―米国の教育システムの現状について、教えてください。
リバーサイド市教育委員会の John Robertsonさん
STEM自体は昔からあった考えですが、オバマ大統領がSTEMの重要性を表明して以来、全米的に意識が向上しつつあります。また、米国の教育改革のひとつとして、最近は「チャータースクール」(※2)という、普通の公立学校のルールに縛られない小さな実験的学校が増えています。現在、様々な実験をしている段階で、成功例をより大きな公立学校へ、如何に展開できるかを検討している段階です。
※2:チャータースクールとは、従来の学校制度にとらわれない、新しいタイプの学校。新しい学校を自分たちの手でつくり運営したいと希望する教師や保護者、市民活動家などが、学校の設置許可権限をもつ州の教育委員会等の機関に教育計画を提出し、認可されれば契約(チャーター)を結び、公費によって、独自の教育理念で自律的に学校を運営できる。米国の公教育改革の流れの一つとして、1990年代から増えつつある。ただし、認可は期限付きで、期限内に目標が達成できない場合には学校が閉校になり、その場合の負債は運営者たちが負うことになる。
―それは「小さな学校では実験が成功した」という意味ですか?
成功した例もあれば、失敗した例もあります。ほとんどのチャータースクールが、まだできたばかりで実験中の段階です。政府のお金を使う場合、私立・公立関係なく、個人ベースのボトムアップでチャータースクールのルールブックの提案があり、問題がなければ地方教育委員会として承認せざるを得ません。ただし公立学校の場合は失敗できないので、教育委員会がみています。通常の公立学校には様々なルールがありますが、チャータースクールの場合、ルールに縛られずに新しいことができます。ただ、少ないとはいえどもルール自体はあるので、ルールの隙を縫いながら、試行錯誤している段階です。
―日本の教育行政は中央政府主導で、ルールは中央政府から地方教育委員会を通じて学校現場へトップダウンで降りてくるシステムで、米国とはシステムが大きく異なります。
ここはアメリカ(笑)。ルールブックは、政府からのトップダウンではなく、個人ベースのボトムアップで提案されます。カルフォルニア州の場合、州がある程度の金額と権限を地方教育委員会に渡して、地方教育委員会が教育マネージメントを担当しています。マネージメントのために、学校へのお金の分配が適切かどうかを、我々が評価します。我々もやりながら学んでいる状態ですが、このファンディングシステムは自由で良いと思います。
―日本でいう学習指導要領にあたる、全米共通のスタンダードはないのですか?
日本は単一国家・単一民族だから、よく理解できないかもしれませんが、米国では州によって、まるで別の国のように政策が異なります(教育も州の専管事項)。しかし、米国でも国で決めたスタンダートはあります。例えば科学の場合、各学年で何を学ぶ必要があるかは決まっており、それを習得しているかを試験します。また、昔はメモライズをベースにした教育でしたが、今はメモライズを減らしてサイエンス&エンジニアリングのプラクティスを増やしています。これは米国でのとても大きな変化です。
―なぜ米国では、それほど大きな改革ができたのですか?
動機は二つあります。ひとつ目は、1900年台からのリサーチにより教育の問題点が明らかになり、教育改革に対するボトムアップ的な動きが政府を動かしたからです。特にカルフォルニア州はいち早くこの教育問題に取組んでいますが、他の州はまだ取り組んではいません。しかし、この改革の動きそのものは全米的です。現在は実験中の段階ですが、もしカルフォルニアで成功すれば、他の州も真似するでしょう。もうひとつの動機は、子どもの学習能力の低さです。他国、特にアジア諸国と比べて、米国の子どもの学習能力が低い現状をどうにかしなければいけないという強い危機感があります。
―スタンダードで、特に重視する指針はありますか?
1点目はCreativityやCritical thinking、二点目はCommunication skillやsharing ideas、3点目はinterdisciblinary、分野横断的な科目間のつながりです。この3点は全米的な動きで、米国の公教育における大きな変革です。5~6年前に数学と芸術、言語を、2年前に科学を変えました。これら改革の成果が現れるには、あと5~10年はかかるでしょう。
―ありがとうございました。
日米の高校生たちの声
□ RSAのプロジェクト型教育スタイルが好き
Savannah Messengerさん(9th Grade,14 years old)
Savannah Messengerさん
私はRSAの勉強スタイルが好きです。プロジェクト型教育は、自分で自由に考えて、実際にやってみることで、より深く理解することを助けてくれるからです。昔は苦手だった数学も、今は好きになりました。私は生物がとても好きなので、将来は獣医師になりたいです。
□ 誰もが自分の興味で主役になれる
Joseph Hartさん(11th Grade, 16 years old ,Nature club president)
Joseph Hartさん
RSAは小さな学校なので、誰もが自分の興味で主役になれる学校。とても気に入っています。
仙台の高校生たちとの交流事業には、昨年から参加していて、今年はより深く関係しています。日本の高校生たちと交流する中で、自分たちが当たり前だと思っていることに日本の学生が驚いているのを見て(例えば、米国のお菓子「Lemonhead」だけでも、「おお!」と驚いていました(笑))、自分も色々な国に行って同じような体験をしたいと思いました。世界は米国だけではないことは、頭では理解していますが、しかしリアルな交流を通じて感覚としてよくわかります。仙台市とリバーサイド市は姉妹都市ですから、お互いに交流して得るものがあります。ぜひ今後も交流を続けるのが良いと思います。
将来の夢?それは、クロコダイル・ハンターになること!テレビで色々な動物たちを紹介したいですね。
□ 「米国と日本の違いに気づき、世界は広いと感じた」
高木南緒さん(群馬県立高崎女子高等学校2年生)
高木南緒さん
今回の海外研修で、米国と日本の考え方や活動の仕方の違いを、最も強く感じました。日本人の場合、課題を与えられると、まず先に頭で考えてしまいますが、RSAの生徒たちは、まずやってみて、手を動かしながら、意見やアイディアを出し合うスタイルでした。
また、例えば、日本では譲り合うことが普通ですが、RSAの生徒は自分の意見を積極的に主張し、自分の意見が正しいと思えば、決してそれを曲げませんでした。しかし、自分よりも良い意見があれば、すぐ賛成するという柔軟性にも感心しました。
それに、日本では「あの子、浮いているんじゃない?」というようなことも、米国では細かいことは気にせず、お互いに個性を尊重し合っていました。多様な個性を尊重し合う文化が、世界で活躍する理由だと感じました。
日本から海外へ出たのは今回初めての経験でしたが、「自分の考え方は閉鎖的だった」と初めて気づき、世界は広いと思いました。留学した友人が「高校生のうちに絶対に海外へ行くべきだ」と熱弁を振るっていた理由がよくわかりました。
今回の経験で、私の今後の人生は大きく変わると思います。頑張った成果が認められ、今回のチャンスを手にした分の重みがあり、自信にもつながりました。このような貴重な機会を国と東北大学が高校生に支援してくれることは大変有り難いことです。将来いつか何らかの形で国に貢献して還したいと思っています。
コラボレーション
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