宇宙の話から、非常に遅い話へ
つい最近の話ですが、メキシコの地下に長さ11メートルの巨大な石膏の結晶が眠っていることがわかりました。いろいろなテレビや雑誌でも取り上げられているので、ご存知の方もいるかもしれません。
この石膏の結晶そのものは、全然役には立たないんです。けれども「なぜこんなに巨大な結晶になるのだろう?」「この結晶はどれくらいの時間でできたのだろう?」と皆さん興味を持つわけですね。世界中のテレビや雑誌でも取り上げられるほど注目を浴びました。
そこで我々は、実際に結晶のまわりの溶液と結晶そのものを取ってきて、この研究室で作った装置で、どれくらいの時間で成長したかを測定したのです。すると、約10万年間かけてずっと一定の速度で成長してきたことが明らかになりました。
つまり、ものすごくゆっくりとした一定の速度で成長してきたことが実験的に初めてわかったのです。こんなに遅い速度は実際に測定できた最高の記録だと思いますよ。その速度は、ミクロン四方に分子のくっつく数が、1秒間あたり数十~数百個程度で、ほんのわずかなものです。
それはどんな技術を使ったのかと言えば、僕が宇宙で使おうと思って開発した"その場"観察装置なのです。その技術をそのまま使ったら、今度はものすごく遅いものの測定ができたということなんだね。
非常に遅い話から、非常に速い話へ
―宇宙で使おうと思っていた装置のどのような点が、非常にゆっくりとしたものの測定に生かされたのですか?
普通の装置よりも、非常に感度が良いのです。宇宙実験では、例えばアメリカなら一週間かけて、ひとつの結晶をつくって成長速度を測ったわけですね。1週間で1ミリ伸びたとすると、割り算すれば成長速度が出ますね。
けれども、そこから感度を6桁くらい良くすると、あっという間に成長速度を測れるわけです。つまり、感度を良くするということは、まずひとつは短時間で済ますことができるということ。
ですから、僕らの実験室にある装置なら、例えば雨が降って窓ガラスが溶ける速度を、確実に問題なく測ることができます。雨の中を車で100年間走ると、ガラスは雨で溶けちゃうのですが、それを1時間くらいでちゃんと測ることができるのです。
このように、宇宙で調べる目的でつくった"その場"観察装置ですが、非常にわずかなものを測れる装置ができると、長時間かかるものを短時間で済ますことができるわけです。このようにして、いろいろなところで応用できるようになるわけですね。
世の中で一番速い結晶成長の話
非常に遅い話から非常に速い話をしましたが、もっともっと速い話があるんですよ。世の中で一番速い結晶成長速度は、毎秒10mくらいなのです。
それが今、テーマのひとつとして研究している46億年昔の結晶成長です。46億年前は太陽系ができた年ですね。例えば、冬にお風呂の蓋を開けると水滴ができます。それと同じように、今まで見えなかったガス体が、急に冷やすとぱっと液体になって、最初の起源となる物質が宇宙空間にできたわけです。
【写真】多くの隕石に見られる球状の粒子「コンドリュール」の拡大写真。直径は約1mm。
宇宙で最初にできる物質が、もう少し集まって溶けて固まってできたものが「コンドリュール」です。実物は1mmくらいの球です。それが集まって溶けて、合体したり衝突したりしながら、今の地球や火星のもとになったわけですね。その時の結晶成長速度が、大体それ(毎秒10m)に近いのですよ。それでも毎秒数10cm。けれども毎秒数10cmって、すごく速いでしょう?
理論では数万年、地上実験では1年、宇宙実験では1秒
話を少し戻すと、これまでコンドリュールは、数万年、人によっては数千年かけてできたと言われていました。それくらいのオーダーでの議論をしていたわけです。
なぜかと言うと、「平衡蒸気圧」ってあるでしょう。例えば、空気中の湿度が100%以下なら結露なんかしないよね。そこから、(湿度が100%以上になると)過飽和になるわけですね。
昔は、その過飽和にならないような平衡に近いところで、コンドリュールがゆっくりできると思われていました。そのため、数千年、あるいは数万年かかると(理論的に)考えられていたわけです。
けれどもその後、実験的にそれを測り始めた人がいました。1990年代のことです。アメリカや日本の研究者たちが、擬似コンドリュールをつくって実験してみたところ、そんなに時間はかからないことがわかりました。せいぜい1年とか数年の話だろうと結論付けたわけです。
―理論と実験で、随分とオーダーが違うのですね。
全然違うでしょう?けれども、僕らの宇宙環境を使った実験では、そんなもんじゃないです。1秒からコンマ数秒です。それでも(コンドリュールが)できたんです、と言えるようになったわけですね。
そうするとね、実にいろいろなことが片づいてくるんです。例えば、1年や数年のオーダーで液体状態なら、蒸発しやすい元素は逃げてしまいますよね。ところが調べてみると、逃げた兆候なんてないのです。けれども、逃げる暇がないくらい急速に固まったとしたら、何の問題もないわけですね。
宇宙の常識と地上の常識は全然違う
さらに、どれくらいの温度でコンドリュールができるかと言うと、メルティングポイント(溶ける温度)である1900℃から、これまでは数度下がったところで、コンドリュールができると思われていました。
しかしながら、これも高速の"その場"観測装置を使って調べてみると、そんな温度ではできていないことがわかったのです。メルティングポイントから、100℃、200℃、500℃下げても、結晶はできません。ほとんど1000℃下げて、やっと結晶ができることがわかったわけです。
普通だったら、溶かして冷やしたら結晶になるよね。ロウソクのロウだって、ちょっと冷やせばすぐに固まります。けれどもそれは地上の常識で、宇宙の常識はそうじゃないんです。宇宙の常識は、溶かして冷やしたとしても結晶にはならないのです。
―なぜ地上実験と宇宙実験でそれほど違いがあるのでしょうか?
それはなぜと言うと、浮いているからなのです。これまでは地上だったので、容器の壁に接触しているところから結晶化していたのです。浮いていると結晶化しにくいことは、頭の中ではわかっていました。けれども、これほど大きく冷やさなければ結晶ができないことは、僕らが実験してみて初めてわかったのです。これは僕らが2000年頃から始めた実験です。
浮いていると結晶化しにくい
宇宙や無重力を使ってコンドリュールの実験をしたのは、我々が最初です。頭から「いや、宇宙だって、結晶のでき方に大した影響はないよ」と考えていたら、このような実験は誰もしなかったでしょう。
例えば、標本館に行くと、きれいな面をもった結晶がいろいろ飾ってあるよね。けれどもその大部分は、宇宙でつくると結晶にはならないのです。結晶にはならないから、例えば、ガラス状態になってしまったりするのが、ほとんどなのです。
コンドリュールの結晶は、「オリビン」が多いのですが、博物館ではきれいな面をもったものが飾ってありますよ。けれども、それは地上の常識。宇宙の常識は、ああいうやつ(写真のコンドリュール)なんですね。
地球って、不思議ですよね。宇宙で結晶化すると、地球のようにあんな形をもった結晶はできないんです。浮いていると、そんなものは、例外中の例外なんですよね。(地上の常識と宇宙の常識は)全然違うのです。
宇宙科学は実験できないと思われていた
そもそも宇宙科学というのは、けっこう実験が少ないんだよね。実験ができないと思われているのです。確かにビックバンの実験をするのは大変です。けれども、ものが最初にできる話は、実験で再現できるのです。
―そもそもなぜ塚本さんは「宇宙科学で実験」ができたのでしょうか?
そこには、ふたつの理由があります。ひとつ目は、宇宙のための"その場"観察技術を僕らが開発していたこと。ふたつ目は、無重力をうまく使えるようなことが僕らにはできたこと。
僕らは毎年、ロケットや飛行機、ロシアの衛星を使った無重力実験をしているので、宇宙の経験をけっこうしているわけです。宇宙での"その場"観察や結晶化はどういうものか、頭にも身にも染みているから、このような実験ができたのでしょう。
応用分野は、太陽系の誕生から環境・エネルギー分野まで
ここまでの話を整理すると、ものを見ることがまずキーワードです。ものを見るといっても、我々の"その場"観察は、結晶の外形だけでなく、原子や分子レベルでの"その場"観察です。分子の配列だけでなく、分子がつく・つかないというレベルでの話ができます。
例えば、ここに不純物がついたとか穴が開いたとか、そういうものを直接見ることができます。ですから、結晶の完全性や品質も見ながら、結晶成長を分子レベルで"その場"観察しながらちゃんと調べることができるのです。
そこに環境として、宇宙というものが入ってきました。さらに最近は、環境・エネルギーまで応用分野は広がっています。
例えば、使用済核廃棄物を地下に埋める時、いろいろなコンクリートや容器に入れて地下に埋めますね。ところが地下水があるので、それはどこかで少しずつ溶けていくわけです。その速度はほんのわずかで、国は「10万年は持つ」と言っています。
けれども本当にそうだろうか、と我々の装置で測ってみました。これも大事な話ですね。そして答えを言うと、(国の言う10万年から)2桁ほど違ってくるんです。つまり、1000年しか持たないということ。これは大問題ですね。
空気中の二酸化炭素を地下で固定する技術にも
あるいは、空気中の二酸化炭素を水とともに地下へ持って行く。すると地下では、二酸化炭素が水に溶けて炭酸水になり、岩石が水に溶けるのでカルシウムイオンが出てきます。
そして、カルシウムイオンと炭酸水があわさると、だんだん炭酸カルシウムという結晶、つまり方解石ができるわけですね。その速度はほんのわずかですが、方解石になるとなかなか地上に戻っていかないので、空気中の二酸化炭素を地下で固定化することができるわけです。
日本は「二酸化炭素排出量を25%削減しましょう」と宣言しているので、精力的にこの研究をしなければなりません。しかしながら、方解石の成長速度がどの程度になって、どれくらい待てば結晶化が始まるのかといった研究はほとんどされていません。
そこで、これまでは地上で炭酸カルシウムの結晶をつくる話がされていたのですが、これからは地下で成長するところを見ようという計画を始めています。ほんのわずかな成長速度でも、先述の装置を使えば割と短時間で測ることができるわけです。
具体的には、こういう研究をしているんです。炭酸カルシウムの結晶をゾンデの中に入れて、地下水のある地下1000mくらいまで持っていきます。そこでパカッとふたをあけて、その地下水と反応させ、ある一定時間結晶成長させてふたを閉じ、地上に回収して、現地の結晶の成長速度を測っています。
すると、「ここでは炭酸カルシウムはよく結晶化している」「ここでは溶けている」といったことが、1km四方の地下でわかるわけですね。そうなれば「ここに二酸化炭素を持ってきても固定化はできない」といったようなことがよくわかるわけです。
地下における"その場"観察のための小型干渉計を開発中
―宇宙の経験と地上の経験は大きく違いましたが、地上と地下では違いがありましたか?
地上では理想的なことしかできません。水にしても、温度がどれくらい変動しているかわかりません。不純物なども実際にやってみるとまた違いますね。
それから場所によっても、その条件が違うのです。ですから、個々の地域100m毎に調べることで、その分布も調べることができます。あるいは、季節や一週間ごとに周期があるとか、そういったこともいろいろわかってきました。
そして次に考えているのは、地下における"その場"観察です。従来の干渉計は巨大でしたが、我々が開発した干渉計は直径小指大のサイズ。ファイナルゴールは、直径1mmの針のような干渉計です。
小さな干渉計を地下3000mのあちこちでセンサー状態に放り込めば、そこで本当に二酸化炭素が炭酸カルシウムになって成長したかどうかをちゃんと測定できるようになるわけだね。
巨大な干渉計をもっともっと小型化しよう。そして地下に持って行き、いろいろな"その場"観察をやっていこう。これがこれからの計画です。
さらに将来的には、より小さくすることによって、いろいろな分野に使われるようになるでしょう。例えば、人間が飲み込んでも良いし、体に差し込んでも良い。針のような干渉計が完成すれば、医学分野にも応用できると思います。
メカニズムがわかると、いろいろなところで応用できる
ほかにも、タンパク質の結晶がどうしてできるかや、どうして「キラル(chiral)※1」が発生するのかという研究も進めています。 ※1 キラル(chiral)とは、鏡に映ったような構造をもつもの(鏡像体)が重ね合わせることができないこと
キラルとは、化学構造は同じなのだけど、分子構造で言うと、ちょうど右手と左手のように、L体とD体があって、鏡に映ったような構造をしています。
身近な例で言えば、グルタミン酸(「味の素」の主成分)ですね。「味の素」はL体なのだけど、D体は「味の素」の味ではなくて、苦いのですよ。我々が使うのはL体ばかりで、D体は地上にはほとんどないのです。
では「なぜキラルがあるのだろうか?」と、非常にミステリアスですね。どうして右手系の結晶ができるのだろう?ある場合は、左手系の結晶ができるのだろう?
なぜキラルがあるのかという問題は、生物や物理などいろいろな分野で気になっていることです。そこで我々は、高感度で良く調べられる手法を使って、キラルがどうして発生するのかという研究を進めています。
実用においても、特に製薬や食品の分野では、D体とL体を区別することは非常に重要な話です。化学組成が同じなので、分離が非常に難しいんですね。けれども、キラリティーがどうしてできるかがわかれば、どのようにして分離できるかもわかりますね。
例えば昔、「サリドマイド事件」といって、ある製薬会社の睡眠・鎮静剤であるサリドマイドを妊婦さんが飲んだら、奇形児が生まれた薬害事件がありました。
それはなぜかというと、L体で構成されていた薬の中に、不純物として少量のD体があったからなのですね。そのD体が遺伝子の一部を切ってしまったため、奇形児が生まれてしまったのです。
このように、結晶がどうして大きくなるか、あるいはどうして溶けるのか、基礎的なメカニズムがわかれば、いろいろなところに応用することができるわけですね。
コラボレーション
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