取材・写真・文/大草芳江
2010年01月21日
「企業」という入り口から、地域や社会とのつながり、
そして、人間の生き方が見えてくる
大滝 精一 Seiichi Otaki
(東北大学大学院経済学研究科教授、同地域イノベーション研究センター長)
1952年長野県生まれ。東北大学大学院経済学研究科教授、専門は経営政策論。1980年、東北大学大学院経済学研究科博士課程単位取得(中退)。専修大学経営学部専任講師、助教授、東北大学経済学部教授を経て、1999年より現職。併せて同研究科地域イノベーション研究センター長を務める。日本ベンチャー学会理事。自らの専門研究だけでなく、地域とのかかわりも重視し、積極的に活動。各種委員等を歴任し、東北大学地域イノベーション研究センターの活動を通じて学問の地域への貢献に尽力する。主要著作に「事業創造のダイナミクス」(白桃書房)、「経営戦略」(有斐閣)、「ケースに学ぶ経営学」(有斐閣)がある。
「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、社会に関する様々な人々をインタビュー
その人となりをまるごと伝えることで、その人から見える「社会とは、そもそも何か」を伝えます
それぞれの人が、それぞれの前提から、それぞれの思いで、試行錯誤してつくった
プロセスあっての結果が、総和として、今のわたしたちの社会をつくっている。
しかしながら、複雑化・細分化した成熟社会の今、そららの前提やプロセスを、
リアリティを感じながら認識することが、なかなか難しくなっている。
そこで今回は、自らの専門研究だけでなく、地域とのかかわりも重視し、
行政やNPOの各種委員等を歴任するなど、様々な活動を展開している、
大滝精一さん(東北大学大学院経済学研究科教授)という「人」の
リアリティを通して見える、社会とはそもそも何かを聞いた。
<目次>
ページ1:最もリアリティを感じるのは「企業」
ページ1:地域が良くなることと、地域の企業が業績を上げることは、密接に相関している
ページ1:企業は、社会に生かされている
ページ1:地域にある資源を大切にしながら、発想や切り口を変えて、世界とつながる
ページ1:会社も人間も、そうやって生きていくことのすごさ
ページ1:できるだけ早い時期に、たくさん現場を見てほしい
ページ2:学んだ知識そのものは必ず陳腐化していく
ページ2:今、すごく大事な学び方・生き方
ページ2:最終的には人の生き方につながっていく
ページ2:受験勉強以外で、自分が何かをできる場があったら良い
ページ2:中高生の頃から、広い意味での地域や社会とのつながりを
ページ3:今の学生は、自分の地域に対するこだわりが強くなっている
ページ3:大都市で仕事をした人が地域に戻って活躍できる場を
ページ3:離れて初めて気づく、故郷の良さ
ページ4:「こういうもんだ」ってパターンは決まっていない
ページ4:仙台で生まれ育った人とそうでない人では、仙台に対する見方は違う
ページ4:もっと上の方に目線を向けてほしい
東北大学大学院経済学研究科教授の大滝精一さんに聞く
最もリアリティを感じるのは「企業」
―まずは単刀直入に伺いますが、大滝さん自身が最もリアリティを感じるところから見える、
「社会って、そもそもなんですか?」
私自身にとって一番リアリティを感じさせる、社会のひとつの場所とは、
研究テーマから言っても、「企業」でした。
組織や、会社のなかでつくっている社会というものが、
自分にとっては研究生活をはじめたときから、
最も強いリアリティを感じる場所だったのです。
ほかの大都市圏と比べると、いくつかの例外を除けば、
仙台や東北全体には、大きな会社がありません。
規模でいえば、中小企業が多い地域です。
私が20年以上前に仙台へ戻って研究生活をはじめた当時、
地域のいろいろな人たちと、いろいろな意味で密着して仕事をして、
地域の企業と接する場面があってね。
そこで社会の一断面を自分でたくさん見ることがあって、
そこからいろんなことを見たり感じたりしたことが、
今私がやっている仕事の、一番最初の出発点だったのです。
―大滝さんは「企業」のどんなところをどのように見て
そこから何を感じたのですか?
これは当たり前の話かもしれませんが、企業はもちろん、
商品やサービスをつくってお客様へ提供することをやっています。
けれども実は、その背後に、実にいろいろなことがあるんですね。
いろいろなことを考え、いろいろな人たちの声を聞き、
いろいろな工夫をしながら、一生懸命やっている。
それらがひとつの塊になって、会社って、できているのです。
私として一番興味があるのは、そういうところです。
ところが今、多くの中高生にとっては、
実際に学校を卒業して社会に出るまで、
なかなか体験ができないことになっていますね。
もちろん店頭に行けば、商品やサービスの
売り買いをすることは、誰だって体験するのですが。
地域が良くなることと、地域の企業が業績を上げることは、密接に相関している
―特に「地域の企業」とする理由はあるのでしょうか?
地域の企業で働く、多くの人たちや経営者たちは、
確かに自分の会社で働いているし、
利益をあげることを通して、生活の糧を得ています。
けれども大企業とかなり違うな、と私が思うことは、
地域が良くなっていくことと、地域の企業が業績を上げていくことは、
すごく密接に相関しているということです。
大企業のように、そこに大きなお金を投入して、
たくさんの従業員が束になって大きな事業をしていくというよりも、
地域の企業は、地域のなかへ出ていって、地域の人と協力したり、
地域にある素材や経営資源を使って、そういうことをやっていく。
それが私が調査をはじめてしばらくして、すぐに気づいたことなのです。
例えば、「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺がありますね。
どのようにして風を吹かすかを、きちんと考えなければ、
桶屋(会社)が儲かることばかり考えていても、結局は駄目なのです。
つまり、多くの地域の企業の人たちは、
もちろん自分達の会社の利益も考えるのですが、
地域全体を良くしていくことまで考えなければ、
結局は、自分のところにもうまく還元できない。
地域で活躍する人たちが、うまく横に連携して、
地域全体を良くしていくことを通して、
巡り巡って、自分の会社が良くなっていく。
「企業」という入り口を通して見ても、
そのような構造をつくっていることが、
だんだんとわかってきたわけです。
今でも私が一番興味を持っているのは、
企業のなかで働いている人たちが何を考えて、
どういう行動をしているかや、企業の経営などです。
けれども、やはり東北・仙台に来て感じたことのひとつは、
広い意味での地域や社会との関係性なしに、企業の存続は有り得ない。
それは地域の企業であればあるほど、
ますますそのような関係性がはっきりと見えてくるのです。
企業は、社会に生かされている
私は今、行政やNPOの仕事もたくさんやっていますが、
別に、行政やNPOの組織経営を専門に研究していたわけでも何でもないんです。
企業という組織は、そこで皆働き、知恵を出し、情報を集め、
いろいろなことを一生懸命やっている、とても大切な組織です。
けれども、そのようなことも、広い意味での社会や地域との
つながり、絆なしには成り立たちません。
その絆のなかには、もちろん企業同士が連携する例もありますが、
時には企業と行政が力を合わせたり、企業とNPOが一緒に仕事をする
ケースも、最近は非常に増えてきたわけです。
特に、地域企業のあり様のようなものを、実際に企業の経営者や、
そこで働いている人たちと話すことをたくさんやってきた結果として、
十数年前から、いろいろなところで、そういうことを感じ始めました。
それで、そういう問題に取り組んできているということ。
それが私にとって、社会というものを直接感じることのできる
リアリティだと思っているのです。
見かけ上は、その会社のなかで、その会社の人たちが
独自にやっているように見えることもいっぱいあるんです。
けれども、企業というのはどこか、地域や社会に生かされている。
「企業」というところに一番興味を持っていたとしても、
企業のいろいろな人たちと会ったり、現場を見ていくと
そのようなことが、だんだんとわかってくるのですね。
地域にある資源を大切にしながら、発想や切り口を変えて、世界とつながる
もちろん、会社の人たちが持っている創意工夫やアイディアというのが、
ものすごく大事だということは、その通りなのですね。
私、たくさんの地域の企業を見ていますし、今でもそうしているのですが、
もう20年近く前、会津若松の「坂本乙造商店」という会社へ行って、
その経営者の方たちと会う機会がありました。
漆という素材を生かして、商売をやっている会社です。
これは、漆器の産地である会津若松でないとできない仕事です。
けれども、そのような地域にいながら、
いわゆる和物に漆を塗るような伝統的な商品ではなく、
当時、最先端の工業製品に漆を使う仕事を始めて、
少しずつ伸びていった、という会社なのですね。
社長は、上智大学理工学部出身で電気工学を専攻。
彼はお婿さんとして、会津若松へやって来ました。
彼はそこで、漆の伝統的な良さを知るわけですが、
彼の起業家としての発想は、伝統的な商品だけに留まらず、
もっと新しい発想で取り組んでいこう、となった。
多くの人たちは国内しか見ていなかったのですが、
例えば、フランスの高級万年筆メーカー・パーカー社や、
フランスの世界的食器メーカー・ クリストフル社などから、
「漆を使って存在感や高級感を出してくれ」という仕事が
どんどん入っていて、今でもそういう仕事をしている会社なのです。
最近だと、ボーイング社のジャンボジェットの内装を
漆でやっていますね。素晴らしく魅力的な会社です。
会津若松の地を離れてやれる仕事ではありませんが、
けれども、どこかで必ず世界とつながっている。
地域にある資源を大切にしながら、
発想や切り口を変えて、世界とつながっていったのです。
会社も人間も、そうやって生きていくことのすごさ
「伝統を守る」と言えば格好が良いのだけど、
彼は伝統を墨守することはやらない道を選んで、
自分で道を切り開くことをやってきました。
また、漆器の会社というと、年配の職人さんがたくさんいて、
会社全体は高齢化しているのが、当時から普通でした。
けれども彼らは、漆というものを、
塗られる対象に新しい価値を付け加えていくものだ、
と考えていた。
ですから、職人の世界にどっぷりと浸かっている人たちよりも、
大学を卒業したばかりの若い人たちを積極的に採用して、
自分達で企画してゼロからものをつくっていくことをやってきた会社なのですね。
ご存知かもしれませんが、漆のような伝統産業は、
生産工程がものすごく細分化されていて、最初から最後まで
生産工程を把握している人が、実はほとんどいないのです。
けれどもそれは、その会社にとっては本意でなく、
自分で商品を1から10までつくりたいという思いがあった。
伝統的な産業のなかで非常に細かく細分化された仕組みとは
違うものを、自分達でつくっていこうとしたのですね。
それを若い人にやってきたわけで、
最初はすごく試行錯誤して苦労するわけです。
パーカー社の高級万年筆に漆を使ったデザインを施したときも、
やってみると、なかなかうまくいかない。
返品で皆、返ってきちゃったこともあったそうです。
そのような会社の人たちの話をずっと聞いたり、
そのようなプロセスを自分で研究していくうちに、そこには、
いろいろな要素が混じっていることに気がついてきました。
地域のなかでちゃんと生きて、企業も守るし、
自分達が地域のなかでいろいろなネットワークをつくって
生きていく、そういうところのすごさ、というのかな。
そのような起業家たちをたくさん見ているとね、
やはり狭い意味での地域や社会ではなく、人間の生き方とか、
自分がどのような道を切り開いていけば良いのかとか。
また、やり方によっては、小さな町の中にいても世界とつながって、
きちんと自分の存在感を出しつつ、いろいろな仕事ができることに、
だんだんと気づいてきたのですね。
もちろんこれは、ひとつのわかりやすい例として言っているので、
その事例がすべてだと申し上げるつもりはありません。
ただ、そういう人たちは、広く多くの人に知られていないだけで、
よく地域を歩いて見てみると、実は、たくさんいるんですね。
人間って、そうやって生きていく。
会社もそうだし、人間もそうだし。
そうやって、いろいろなものとつながりながら、
あるいは、地域にある素晴らしい資源を、これまでとは違う切り口から、
その使い方や生かし方を見て、ものごとを実行していくことの大切さ。
そういうことを、非常にたくさん学んでいるですね、私達も。
できるだけ早い時期に、たくさん現場を見てほしい
中高生に言うとすれば、できるだけ早い時期に、
実際にそういう人たちと触れ、現場をたくさん見てほしい。
私だって、もちろん研究者になってから始めたわけですが、
私達くらいの年代だと、商店街のなかで育ったんですよね。
私の実家は商家で、化粧品の小売業をやっていました。
小さい頃からお店の店頭にいましたし、
近隣も皆同じように、商店街のなかで商売をしていたわけです。
すると、自分の家族や、隣のおじさん・おばさんが、
どのようなことをしてどのような苦労をしているのかが、
育ちながら見ることができたのですよ。
けれども今の社会では、そうはなっていないですね。
会社なり、その会社に働いている従業員として、
本当に一生懸命仕事をやっている場面とか、
苦労したり喜んだり、トラブルに巻き込まれて悩んだり。
そういう直接の場面を、実は、多くの中高生があまり
見ることがなくなっちゃっているのですね。
中高生の頃は、最も感受性が高く、
人生において大事なベースをつくる時期。
高校生くらいになれば、自分の進路もある程度、
そっちの方向に行こうと決める時期に近いですね。
しかしながら、そのような時期に、
世の中にとって何が一番大切なことなのかや、
本当の社会のなかで起こっているいろいろな現場が、
多くの中高生にとって遠くなっている、と言いますか。
特に地域の企業や、企業だけでなく、地域のあり様などを考えるとき、
それは日本全体にとっても、とても不幸なことだと私は思っているのです。
コラボレーション
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