学んだ知識そのものは必ず陳腐化していく
私がやっている経済や経営のような社会科学の世界は、
法則自体も、例外が無限にあるんですね。
「~の法則」と言われているようなことさえも、
実際には、社会で起こっていることの、
せいぜい20%くらいしか説明できないのです。
ましてや会社のつくり方や、興した会社をうまく経営の軌道に乗せ、
お客様に喜んでもらえる商品をつくっていくやり方は、
確かに基本はあるかもしれないけど、バリエーションは無数にある。
私の専門は経営学、主に企業の経営学ですが、
例えば、それを「教科書に書け」と言われても、
やれることはすごく限られているのです。
「この企業は、こういう風にしてやっている」とか、
「こういう理由で、他と比べてうまくやってきた」とか、
そういうことは言えるかもしれない。
けれども、そこで言われている成功の理由が、
例えば5年後に同じことをして成功するか、あるいは
他の産業でやって成功するかというと、おそらく違う。
社会科学、特に経済や経営は、生きているものだから、
ある時に「これが成功のパターンだ」と言われれば、
皆がそれを学び、それが5年後には常識になっているんです。
そういう風にして、社会が動いている。
ですから、ある時に集中的に学ぶことをやったとしても、
学んだ知識や結果そのものは必ず、ものすごいスピードで
陳腐化していくという世界なのです。
つまり、一度学んだことを自分の財産と考えること自体は大事ですが、
学び方を学ぶことが本当は大事なのであって、学んだ知恵をいつまでも
後生大事にとっておこうとすると、途端にそれは全部陳腐化して、
すぐに役立たないものになってしまう。
これはもう、経済や経営の持つ宿命なんですよ。
今、すごく大事な学び方・生き方
ですから、非常に大切なことは、絶えず新しい知識や情報に対して、
知的好奇心や興味を持って、それらを吸収し続けていくこと。
そして、それらを吸収し続けるやり方や、
どう読み取れば良いのかに、おそらく普遍性があるのです。
ですから学ぶ目的というのは、そっちの方が大事なのですね。
しかも、本当に生きた情報は、現場の人間が持っているものです。
今は、本や雑誌だけでなく、インターネットも含めて、
膨大な量の情報を、スピーディに獲得できるようになっていますね。
ただし、インターネットのなかに書かれている情報は、
生まれて本当に価値ある情報というより、
一度皆がそれを認めて、蓄積されている情報のひとつ。
やはり依然として大事なことは、現場から得る情報や知識です。
生きた人間がそこで語る言葉、そういう人間と対話して、
自分が知ったり驚いたり、あるいは感動するということ。
そのことが、その人間に与えるインパクトは、
インターネットで情報を検索しているインパクトとは
全然違うものなのですね。
私もたくさんの大学生と会って話をしているのですが、
おそらく今の中高生にとって、そういうところがすごく乏しいんです。
本やインターネットで情報を得ることは簡単にできるのですが、
生きた人間と正面から向かいあって、
あるいは本当に何かが行われている現場に行って、
自分でそこにどっぷりと浸かり、人から話を聞いたり、観察したり、
自分の目でいろいろなことを確かめて、何かを知ろうとする。
まぁ、簡単に言っちゃうと、フィールドワークだと思うんです。
最前線で仕事をしている人たちから、自分がどうやって学ぶか。
その学び方なんですね。
ところが多くの場合、そういうところに連れて行くと、
学生は沈黙してしまうのですよ(笑)
自分自身で非常に細かな観察をして、
五感を研ぎ澄まして何かを知ろう、ということに
非常に大きな戸惑いを感じることが多いようですね。
けれども一端、そういうことがわかりはじめると、
自分たちの目や手足を使って、動きはじめることが
できると思うのですけど。
今、本当に大事なことは、そういうことだと思うのです。
つまり、うんと簡単に言ってしまえば、
自分の目で確かめ、自分の手と足を使って、自分でまず何かをつかみ取って、
そのつかみ取ったものを素材にしながら、自分が何をやりたいかを組み立てて、
自分自身でそれを行動に移していく、ということ。
生きていくということで言えば、
ごく当たり前のことなんですね。
そんなことは言われなくてもわかってる、と皆言うかもしれないけど、
そのごく当たり前ということが、実は、すごく大事なことなんです。
最終的には人の生き方につながっていく
私はたまたま、企業経営というところから入っているので、
例えば、企業の経営をするためのビジョンや目標をまずは立てて、
それを実践するためには具体的に何をしていったら良いのか、
といった話を、学生にはするんです。
けれどもそれは、人が生きていくうえで、
人間一人にとっても同じことが皆、当てはまるんですね。
ですから、「企業」という話は、
社会や地域社会を見るひとつの入り口なのであって、
その入り口はいろいろな世界へ通じていく、
ということがあるのです。
それはやはりね、最終的には、
人の生き方につながっていくのですね。
ただ漫然と会社に来て、時間が来たら家に帰って、
家に帰れば、なんとなく楽しんで。
それもひとつの生き方だとは思うけれども、
それではやはり、何か物足りないな、
もっと違う生き方や働き方をしてみたいなと、
おそらく誰もがそう考えるのだろうと思うのです。
けれども、そのときのやり方が、よくわからない。
暗中模索で同じような道をぐるぐると空回りしてしまう。
私も学生から相談を受けることが多いのですが、
おそらく、そういうことが多いんですね。
それは大学生が進路を模索するなかでも起こることですが、
本当ならばもっと前、やはり中高生くらいの頃に、
そうやって悩むとか、そのためにいろいろなことをやってみるとか、
そういうことがもっとたくさんあっても良いと思うのです。
それは一見、自分が進んでいく経路としては回り道で、
無駄をしていると、その時々には思うかもしれない。
ところが長い目で見れば、そのような無駄は
すごく大事なことだと、私は思っているんですね。
受験勉強以外で、自分が何かをできる場があったら良い
今は多分、そういう余裕が、特に高校生くらいの頃に、
なくなっちゃったのかもしれないですね。
もちろん私達だって、大学に入るための受験勉強をしたし、
そのためにたくさんの時間を割いたりしたけれども、
私達の高校時代は結構、自分達で好きなことをやれたんですよね。
私の友人たちは一緒になって、たくさんの小説を読んだり、
私の場合はたまたま音楽が好きで、コーラスをやっていたり、
良い音楽をたくさん聞いたり、たくさん映画を観たり。
結構、学校をサボって、映画館に行っちゃったりね。
そういうことを社会も高校も、ある程度は許容したのですよ。
今となってみれば、もちろん高校の頃に学んだ
いろいろな知識も大事だとは思うのだけど、
そのときに良い音楽を聴いたとか、
自分が大きな声を出して合唱のメンバーに参加したとか、
いろいろな小説なんかを読んで疑似体験するわけですね。
その疑似体験のなかで、いろいろなことを考えたりする。
そのこと自体の技術や技能は拙かったかもしれないし、
もちろん今から見れば、そういうものを読んだときの
感じ方とか体験の仕方は大変未熟だったと思っています。
けれども、じゃあ自分が大人になったとき、
それを超えるはるかにすごいことをやれたかと言ったら、
やはり自分の人生にとっては、そこで得た感性やものの感じ方、
基本的にはその思考の延長線上でやっていることが結構多いんですよ。
だから私は、自分の人生のかなりの部分は、
高校生と大学生の2,3年くらいのところで
もうかなり決まってしまっている、と思っています。
そこから先は、もちろんたくさんの知識を得るとか、
まぁ、こういう研究者としての生活ですから、
いろいろなことを習得することはあったかもしれないけど。
けれども何を感じて、どのように研究していったらいいのか、
生きていけばいいかの、かなりのオリエンテーションが
その時期で決まっているような気がするんですよね。
ですから、そういう意味で言うと、やはり特に中高生くらいのときに、
もうちょっと何か、受験勉強以外のところで、本当にものを考えるというか。
あるいは自分が何かをできる場があったら良いな、
と率直に思っているんです。
中高生の頃から、広い意味での地域や社会とのつながりを
もちろん自分達の時代が一番良かったと言うつもりはないです。
たまたま私達の時期は、学生運動がひどかった時期。
大学に来ても最初の2年間は、教室もロックアウトされていて、
ほとんど勉強ができませんでしたからね(笑)
そういうことは、あまりハッピーとは思わないですけど。
けれども逆に、そこから生まれる余裕ある時間みたいなものがあって
そこでいろいろなことができたことが、
自分にとってはとても良かったなと思っているんです。
そういう場面をたくさんつくることは、
私はとても良いことだと思っています。
つい最近まで、NHKで高専のロボコンをやっていて、
それを見て私、すごく良いなと思ったんですね。
優秀なところもあれば、一度も稼動しないで敗退するところもある。
可愛そうかもしれないけど、それもひとつの大きな経験だと思うのです。
そういう場面を、もっと高校生活のなかでつくっていくことが今、
必要になっているのではないかと思うのです。
別にものづくりに限らず、何でも良いと思うのですよ。
大切なことは、自分なりに自分でものを考えて、アウトプットを出してみる。
そして、それを出しっぱなしにしないで、それを誰かから評価してもらう。
悔しいと思ったり、なんだ!と思うこともあるかもしれない。
けれども、そこからまた先に一歩、進んでみる。
そういうような広い意味での地域や社会とのつながりが、
中高生のなかにもっと出てくると、私はすごく良くなると思っているのです。
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