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2024年 12月 06日 (金)

仙台市教育委員会 教育長の荒井崇さんに聞く:「確かな学力育成プラン」って、そもそも何ですか? 取材・写真・文/大草芳江

2009年6月30日

仙台市教育委員会 教育長の荒井崇さんに聞く:
「確かな学力育成プラン」って、そもそも何ですか?

荒井 崇 Takashi ARAI (仙台市教育委員会 教育長)

2004年4月、総務省から出向。環境局、子供未来局の局長を歴任し、07年度に教育長に就任、現在に至る。

 「教育って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【教育】に関する様々な人々をインタビュー

テストの点数を上げるといった目先の学力ではなく、社会で生きる上で必要な力を育成しようと、
仙台市教育委員会は今年3月、抜本的な学力向上策として『確かな学力育成プラン』を打ち出した。

「学力向上に本当に必要なものとは何か」を、教育長の荒井さん自らも教育現場に足を運び、
およそ1年半もの歳月をかけ、皆で準備を進めてきたものであると言う。

教育現場の現状を前提として策定された『確かな学力育成プラン』。
策定までのプロセスを聞くことで、教育長の荒井さんという「人」から、教育の「今」を探る。


仙台市教育委員会 教育長の荒井崇さんに聞く

―仙台市教育委員会が、抜本的な学力向上策として、平成21年3月に打ち出した
『確かな学力育成プラン』は、目先だけでない、学力向上に本当に必要なものとは何かを、
教育長自ら教育現場に何度も足を運び、1年半もの歳月をかけ準備してきたものと聞きました。
本取材では、荒井さん自身が、学校現場で見て・聞いて・感じたことを中心にお話頂くことで、
『確かな学力育成プラン』が、どのようなプロセスを経て生まれたかについて伺いたいと思います。
そこから、荒井さんという「人」を通して、教育の「今」を探れればと思います。

なぜ「確かな学力」を向上させたいのか

なぜ「確かな学力」を向上させたいのか、
その発想の原点について、まずはお話しますね。

これまで私の(総務省での)仕事は、財政、税金や年金が中心でした。
教育のことは全くはじめてでしたから、一から勉強しました。

まずは教育のひとつのアウトプットとして、学力検査がありますね。

改定されたばかりの学習指導要領や、
学力に関する国際的な調査「PISA」(※1)や「TIMSS」(※2)、
仙台市独自の標準学力検査などの結果を見てみますと、
いわゆる読み書き計算など、基礎的な技能や知識は
身についていることがわかりました。

(※1)経済協力開発機構(OECD)が行う15歳児を対象とした学習到達度調査
「Programme for International Student Assessment, PISA(生徒の学習到達度調査)」

(※2)国際教育到達度評価学会(IEA)が行う小中学生を対象とした国際比較教育調査
「Trends in International Mathematics and Science Study, TIMSS(国際数学・理科教育調査)」

しかしその一方で、文章を読み取り、自分で分析をして、
その結果を論理的に表現することに関しては、
点数的に課題があるのが現状です。

その結果を見た上で、
学習指導要領にはどのような勉強をすべきだと書いてあるのか、
かつ現場ではどのように実施されているのかを勉強しました。

―まず、学習指導要領には、どうすべきだと書いてあるのですか?

学習指導要領の歴史は、戦後からはじまっています。

時代に応じて必要な力を身につけるため、
今まで何回も改定が行われています。

昭和40年代までは、戦後の規格大量生産に適したような、
数学で言えば定義や公式などを、詰め込むことをやっていました。

例えば、現行の学習指導要領では高校生の内容を、
当時、中学生や小学生でやっていたわけです。

その後、経済のグローバル化や第三次産業の発展に伴い、
昭和50年代から、学習指導要領は、大きく舵を切り始めました。

知識は精選されていき、問題解決能力や応用力を身につけよう、となった。
昭和50年代半ばから、それにあわせて授業時間も減らしていきました。

自分で考え、表現することを重視していきましょう。
それを本格化していきましょう、というのが平成元年。

明確に、これから教えるべき知識は精選する。
その一方で、自ら学ぶ意欲・思考力・判断力・表現力を
学力の中核に位置づけた「新しい学力観」を打ち出したのです。

そして平成15年から、現行の前の学習指導要領では、
自分の力で表現することを重視し、「総合的な学習の時間」を導入。
学習時間も、大幅に減らしました。

今回の学習指導要領の改訂は、PISAなどの不振などを背景に、
前回ある意味で減らしすぎた学習内容を復活させ、
また、その学習内容の増加に対応するため、学習時間も増やした。

これが一連の改定の流れなのですが、その一方で先程お話したように、
平成17、18年のデータを見ると、思考力や表現力が弱いのです。

平成元年から、学習量自体は、舵を切っていた。
しかしながら、相変わらず表現力や思考力が低いのでは、
少なくとも、何らかの課題があるのでは、と考えました。

メディアなどからは「学習内容や学習時間が減ったからだ」と報道されましたが、
世間で言われている程、そう単純な話でないのではないか。

その成果が見えないのは、かなり根本的な原因と言いますか、
解決が難しく根深い課題が、学校現場にあるのではないか。

ならば、現場で話を聞くことが大事だろう、と考えました。


学校現場を訪ねて、見えてきた課題

―実際に学校現場を訪ねて、いかがでしたか?

学校の様子は、卒業して以来で、20年以上わかりませんでしたから、
約30の学校を訪ね、現場の先生方に話を聞きました。

課題として顕著だったのは、先生達に時間がないことでした。

1学級は通常40人です。
それぞれの子どもによって基礎力や応用力が違う中で、
基礎的なものを教えながら、応用的なものを教えるとなると、
限られた時間の中で、すべての子ども達を満足させるのは
なかなか難しいことですね。

さらに、思考力や表現力を教えるには、
先生自身に、より深い授業能力や、授業の準備が必要になります。

例えば、表現力について。
端的に言えば、自分で文章を書く能力も、そのひとつですね。

ただそれが、論理的に筋が通っていれば良いのですが、
例えばかけ算のように、答えはひとつではありません。

そのため、文章表現については、
子ども達一人ひとりを見なければなりません。

論理的に筋が通っているかどうかを見るとなると、
より時間がかかりますし、より高い授業技術が必要となりますね。

より高い授業技術に関しては、現場の先生に対する研修体制が、
不十分だったところもあったでしょう。

実際に、現場の先生からも、研修を要望する声がありました。
そのような問題意識を持っている方が、多くいらっしゃる。

次に「家庭の教育力」の低下が挙げられます。
簡単に言えば、小1の子ども達が、学校にはじめてやってきたとき、
席に座らない頻度が、昔に比べると増えています。

学校にあがる前までに、「授業中は席に座る」感覚が、
あまり子ども達にないような現状があります。
その結果、先生達がそれに対応する時間が、増えています。

さらに、学校に対しての社会的要請が、とても増えていることが挙げられるでしょう。
社会で何か問題が起こると、「まずは学校教育で根本的から、なおさなければ」となる。

例えば「多重債務者が増えた」から、「金銭教育をやらなければいけない」とか、
「環境問題が増えた」から、「環境教育をやらなければいけない」とか。

もちろん、やること自体は否定しませんが、
学校でやらないといけないことが非常に増えているのは事実です。
それに、保護者からの学校に対する期待も高まっています。

以上のようなことから、現場の先生たちの、
時間的な余裕がかなりなくなってることが、ひとつの理由だと考えられます。

―社会環境が変化した結果、先生方の時間的余裕がなくなった他にも課題はありましたか?

人員体制の課題が挙げられます。
基礎的なことを習熟させるだけでなく、
考えたり表現したりすることを授業の中で教えるには、
子どもによって習熟度が異なるため、40人では大変なんですね。
少人数指導が行える環境が必要だと感じました。

他に、学習意欲という点でも、課題があることが挙げられます。

学習意欲溢れる子ども達も、もちろんたくさんいるのですが、
中には「そもそも勉強する意味がわからない」と漏らす子ども達もいます。

また、思考力や表現力を磨くためには、
同質な集団の中にいるだけでは、駄目だと思います。

例えば、自分と年齢や考え方が違う人たちとの関係の中で、
「あの人はこんなことを考えているんだ」「こういう考え方もあるんだ」と
感じることから、思考力や表現力は育まれていくと考えます。

ところが、今の地域社会を見ていると、
子ども達と地域の関係性が、薄くなってきています。

子ども達の考える力や表現する力を育む上で、
そのようなところにも課題があるのではないかと、
いろいろ見えてきたわけです。


今回だけが、何も特別という意味ではない

―社会構造の変化に伴い、学校に対する要請も増えたと思いますが、
 このような仙台市教育委員会の対応は、今回が特別なものなのでしょうか?

これまでも当然、それぞれの時代に応じて、
いろいろなことをやってきたと思います。
今回だけが、何も特別という意味ではありません。

ただ、なぜ今回、このプランを打ち出したかと言えば、先述のとおり、
学習指導要領内容と、子ども達の現状とのギャップがあったからです。

それに加えて、現代というものを考えてみると、
社会やら経済やらが急激に変わっていることが挙げられると思います。

IT化の進展やグローバリゼーションなどが原動力となり、
就業構造が急激に変わってきています。

工場の立地だけに留まらず、ソフト系、サービス部門の
海外移転も進む状況が段々進行していく中で、
日本での就業において、求められている力が、
だんだんと変化しつつある社会状況があるのではないでしょうか。

もうひとつは、今まで、いわゆる学力検査と言われているものは、
日本では1960年代に行った後、反対が強く、実施していませんでした。

それを、2007年に復活させたことと、
PISAによる学力の国際比較が2000年からはじまったことから、
子ども達の学力状況がある意味、はっきりとわかってきました。

つまり、今の状況というのは、
社会や経済が変化して社会から求められる能力が変化してきたことと、
実際に求められている能力が、子ども達に身についてるかどうかが、
2000年以降開催された学力検査ではっきりとわかるようになったことで、
一体何が課題なのかが、より明確となりました。

その結果、その対応策も、ある意味つくりやすいような時代になったことが、
背景としてあるかと思います。

繰り返しにはなりますが、今回の施策が、何も特別なのではなく、
今回はそのような状況を踏まえてやったということ。

ちなみにTIMSSは1960年代から実施されている試験です。
TIMSSの問題は、実は、PISAとは全く異なっていまして、
基礎的な計算技能を試す試験がメインなのです。

日本はTIMSSで、国際的にトップクラスと言われています。

しかしながら、PISA型の思考力を試す問題で言うと、
実は、国際的に順位があまり良くなかった。

そこで、学力状況がはっきりとわかったということなのです。

次へ 高校入試や大学入試も、PISA型の時代へ


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