仙台市とソフトバンクの人事交流から半年 立場の違いから見えるもの
2008年7月25日公開
仙台市とソフトバンクモバイルの人事交流で出向中の高浜さん(右)と井上さん(左)
昨年12月、仙台市の新設ポスト「広報官」に、ソフトバンクグループの広報室から2年の任期で高浜みゆきさんが抜擢され話題を呼んだ。仙台市からも職員の井上知子さんが、ソフトバンクグループへ出向。仙台市と民間企業相互の人事交流は、仙台市として初の試みであると言う。
人事交流の目的は、「民間企業の広報担当としてビジネスの世界で仕事をしているフレッシュな人材を仙台市に登用するとともに、逆に、仙台市からは民間企業の広報活動がどうなっているのかを若い職員に身を持って体験してもらうこと」(梅原克彦市長)。
仙台市とソフトバンクグループの人事交流がスタートして、約半年。地方自治体と民間企業、立場の違いから見えるものとは何か。まずは、高浜さんと井上さんの現場を訪ねた。
◇「広報」の仕事とは何か
7月1日のオープンを間近に控えた新仙台市天文台。高浜さんは仙台市の「広報官」として、仙台リビング新聞社の取材に同行していた。
記者と天文台職員の間に立って「広報の仕事」をする高浜さん
記者と天文台職員の間に立つ高浜さん。高浜さんは「取材がうまく進むよう、媒体特性を考慮しながら、記者へ伝えるべきポイントを的確に伝達すること」に徹する。
マスコミの特徴によって、伝えるべきポイントは異なる。例えば、今回のような「リビング仙台」という主婦層向け媒体ならば 「親子で勉強できるところをポイントにしてお伝えします」。新聞社からの取材ならば、別の観点から伝えるのが良いかもしれない。マスコミの特徴に合わせ、どのポイントが売りかを端的に伝えるのが、広報の仕事だ。
また、正確かつ端的な情報伝達を心掛ける。「時間をかければ良いというものもありません。気をつけたいのは、受け取られ方が違うと、こちらの表現したいものとは違う記事になってしまうことです。それは避けたいですね」
もし1から100まで知りたい人がいれば、そのニーズに応える。こういう形はどうですかと提案もする。「取材を申し込んで頂くことは有難いことです。それに対して、最大限に対応したい。それが広報の仕事です」と高浜さんは話す。
メディアの取材に同行し、取材がうまく進むよう配慮する
取材前、メディアからの要望に応じて、取材をアレンジするのも広報の仕事だ。「高浜さんのおかげで、取材がとてもスムーズに運びました」と話すのは、今回天文台を取材した仙台リビング新聞社の田村さん。高浜さんの対応の早さや細やかな配慮に感心したと話す。
「取材前のやりとりも当日もそうでしたが、色々と細やかな配慮をいただき、大変満足のいく取材となりました。今回、高浜さんとは初めてお仕事をさせて頂きましたが、また機会があればご一緒させていただきたいですね」と田村さんは話している。
◎
そもそも「広報」とは何か。
「広報」とは、企業に限らず行政や各種団体が情報発信を行うこと。高浜さんは「社会へ伝えたいメッセージを発信し、お報せすること」を広報と位置づける。
また「広報」と「広告」はしばしば混合されがちだが、媒体の広告枠を買って宣伝を行うことが「広告」であるのに対し、「広報」とは情報を発信することで、マスコミに記事として取り上げてもらったり、利害関係者に活動内容などを理解してもらうことを指す。
ソフトバンクグループへ出向した井上さんも、高浜さんと同様、広報の仕事に携わる。
ソフトバンクモバイルによる2008年夏・新商品のメディア向け説明会の様子
先月、ソフトバンクモバイルによる2008年夏・新商品の説明会が、仙台市内のホテルで開催され、井上さんはメディア向け説明会で司会を務めた。福岡に続き、2度目のメディア説明会だ。
岩手・宮城内陸地震の数日後に開催されたこともあり、当日は災害時の通信に関する質問もいくつか飛び交った。災害への対策や対応も、広報が伝えるべき情報のひとつである。
メディア向け説明会で司会を務める井上さん
「このような説明会を開催することは、普段あまり接する機会のない地元メディアの方の意見をいただくことができるチャンスでもあると思います」と話す井上さん。「今回多くの東北のメディアの方とお会いしお話をすることができましたので、このリレーションシップを今後の業務に生かしていきたい」と意気込む。
「広報」という同じ仕事に携わる中、地方自治体と民間企業、異なるセクター間の人事交流を通して、見えるものとは何か。高浜さんと井上さんに語っていただいた。
◇物事は「これがベストだ」と一概には言えない
まず真っ先に思い浮かぶのが、地方自治体と民間企業のスピード感の違いだ。ソフトバンクグループへ出向中の井上さんは、「競合他社がいるため、スピード感が違います。他社よりもよいものを速く。対応するスピードが1日以内などと非常に速い」と話す。
また、メールの使用頻度が非常に高いことにも井上さんは驚いた。仙台市では口頭で済ませていたような案件も、ソフトバンクでは、関係者へ報告メールが送信される。「言った言わないでトラブルが発生しないよう、多くの事案についてメールを利用して共通認識ができるのは面白いと思いました」
一方、それぞれのメンバーごとのミーティングは週一回程度ずつ。またその一方で、社長ミーティングが頻繁に行われていることに驚いた。「担当者が全員集まり、孫社長と同じ場面で情報共有ができる。上からの又聞きの情報よりも、社員の士気が高まるシステムですね」と感心した様子だ。
人事交流がスタートして約半年。それぞれの心境を語る高浜さんと井上さん
メールと電話だけで済まされる世の中だが、メールという「バーチャル」なツールだけでは意思が通じない場合もある。ミーティングという「リアル」な場は必要だが、生産性の向上を考えれば、ミーティングばかりするわけにもいかない。
「その中で如何に『リアル』をもってくるか。ソフトバンクは、『リアル』と『バーチャル』のバランスが絶妙なのです」と、高浜さんは話す。
◎
一方、「行政のスピードが遅い、と一概には非難できない」と指摘するのは、仙台市に出向中の高浜さんだ。
「印象的だったのが、八木山動物公園。動物達は、市の『備品』として登録されているんですよ」と笑う高浜さんは、仙台市に着任後に地方自治体の業務の幅広さに驚いた。
市の業務は、交通、水道、ガスから、文化施設の運営までと民間企業と大きく違う。そして市の役割は、市民へ安全・安心を提供すること。誰もが「仙台市で生活していてよかった」と思える街づくりが市の使命だ。
「企業はある特定の分野で活動します。特にソフトバンクグループは、自分たちが先導してムーブメントを起こし、世の中を変えていく存在でした。しかし行政は、世の中を変えたいと思っても、市民の皆さんの同意を得ないと前に進めません。自分たちで勝手に判断してやるのではなく、様々な市民の声を頂き、市民にとって良いのか悪いのか、よくよく考えた上で実行していかなければならない。行政というところは大変だ」
様々な意見を吸い上げるため、当然スピードは遅くなる。「我々行政の仕事は、市民に理解して頂く必要がある。市民の意見をどのように吸収して、どのように事業を展開していくのか。難しいところだが、きちんとやらなければならないところ」。だから、一概にスピードが遅いとは言えない、と高浜さんは強調する。
もちろん仕事している上で、ものによってはもっとスピードが必要だと感じることもある。しかし、「このやり方が普通ですよ」と押し付けるのではなく、「こういうやり方もあるよ」と示したい、と高浜さんは話す。
「民間の手法が万能だとは、決して思いませんし、思っていません。物事って、『これがベストだ』と一概には言えないと思います。組織によって、従来通りのほうがうまくまわることもあるので。皆が便利なんだなと思ってくれれば、自然に浸透していくのかな」
◎
残り約1年半で、仙台市とソフトバンクグループの人事交流は終了する。
仙台市のシティセールスや観光など、広い意味での広報には携わってきたものの、「本格的な広報のノウハウは無かった」と話す井上さん。人事交流は「2年後役所に戻った時、本格的なスキルが習得できるのでは」と期待し快諾した。
井上さんは「新しいことや学ばなければならないことはたくさんあるし、やり方に違いは感じる。けれどもより良い方向へと目標に向かう、働く人としての精神は、仙台市もソフトバンクグループも同じ」と熱く語る。
「1年半後、これまで役所の人間として見ていたものが、別の視点から物事を見れるのではという大きな期待があります。色々な視点で見てみれば、行政のこともより深く考えられるのではないでしょうか」
◎
地方自治体と民間企業、その違いは、そもそもの組織の使命が異なる点にある。組織の使命が異なれば当然、視点・論理・方法は異なるだろう。そしてその組織の視点・論理・方法が、別の組織にそのまま当てはまるとは「一概には言えない」。
しかしながらその中で、互いにとって有意義な点があれば、異なる視点・論理・方法は組織間で「自然に浸透していく」。強制的ではなく「自然な浸透」、それが人事交流ではないか。
仙台市とソフトバンクグループの人事交流から見えたもの。それは、組織間の自然な相互作用によって、よりより良い方向性を目指し、それぞれの組織の使命を果たそうとする共通の姿勢だった。
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