海で放射性物質はどう広がる?/仙台市天文台アースデイ講演会
2012年5月5日公開
「アースデイ講演会」のようす=21日、仙台市天文台(仙台市青葉区)
毎年4月22日の世界アースデイ(地球の日)にちなんだ「アースデイ講演会」が21日、「海洋における放射性物質の広がり」をテーマに、仙台市天文台(仙台市青葉区)で開かれた。講演では、東北大学大学院理学研究科の花輪公雄教授が、昨年3月11日に発生した地震と津波の概要を示した後、花輪教授が会長を務める日本海洋学会の活動を紹介し、さらに海洋における放射性物質の広がりの観測とシミュレーション結果について紹介した。
【講演】
海洋における放射性物質の広がり/東北大学大学院理学研究科 花輪公雄教授
地球はどんどん変化している
講演する花輪公雄教授
昨年3月11日に発生した地震は、太平洋プレートが東北地方を乗せた北米プレートの下に沈み込むことで起きた「プレート境界型地震」。北米プレートの先端部が引きずり込まれ、蓄積した歪みが限界に達し、はね上がることで地震と津波が発生した。今回の巨大津波は、2度にわたる海底地殻変動によって発生したと考えられている。
このとき北米プレートは最大で30メートル、モデルによっては50メートル以上滑ったとする評価もあるが、最終結論はまだ得られていない。衛星利用測位システム(GPS)で観測された位置変化のデータによれば、震源地付近の陸上では、東側に約5メートル、垂直で約1メートル沈下した。仙台市天文台においても、東に約2~3メートル、垂直に15~20センチ沈下したと言う。
過去60年間、太平洋プレート周辺では6回も巨大地震が発生している。現在もなお太平洋プレートは年間約8センチの速度で陸側に移動している。どんどん変化し続けている地球に対して、私たちは如何に考えて対応するかが大事だ。
日本の海洋科学の専門家として
今回の地震と津波によって、福島第一原子力発電所は制御不能となり、大量の放射性物質が大気や海洋に放出される事態となった。大気も海洋も世界中につながっている。日本だけでなく世界中の問題だ。我々は日本の海洋科学専門家として何をすべきか、有志で議論した。
日本海洋学会では、「震災対応ワーキンググループ(WG)」を設置して活動を開始した。しかし、会長として迷いはあった。迅速に実態と影響を正確に調査し世界に情報発信することが我々の責務。ところが任意団体である学会の総意を迅速にとることは、現実的に難しい。判断として、幹事会の下にWGをつくり、責任は幹事会がとるようにした。なお、サブWGには学会員以外も参加可とした。活動はすべてボランティアだ。
震災対応WGでは、行政に対する提言や、会員による独自の観測調査などを行った。NHKとの共同活動で、原発20キロ圏内での海洋調査も実施した。ウェブサイトによる情報提供や公開シンポジウムへの参加など、広報活動にも力を入れた。専門家として海洋放射能汚染の現状を紹介すると同時に、社会のニーズを知ることが広報の狙いだ。
海洋のシミュレーションは難しい
海洋における放射性物質の広がりについて、複数の数値モデルが紹介された
では、海洋で放射性物質はどのように広がるか。基本的には大気と同じように、2つのプロセスで物質は広がると考えて良い。一つは「移流」で、流れによって物質が移動する。もう一つは「拡散」で、集まっていた物質が散らばっていく。
大気に比べ、海洋はシミュレーションが難しい。なぜならば、海洋への流入には、直接流入、大気からの流入、河川水・地下水としての流入など、様々なルートが考えられる。そのため、どこでどれだけ出たかは不確かな要素が多く、様々な仮定が必要になる。また、海洋の渦の大きさは大気の渦に比べ、ずっと小さい。さらに、結果が正しいかどうかを判断するデータが少ないことも挙げられる。
海洋における放射性物質を含んだ水が、長期的にどのように移動し、拡散していくかをシミュレーションした数値モデルがいくつかある。しかしモデルによって結果は全く異なるため、ベストモデルは無いのが現状だ。これを克服するために、今こそ観測が必要だ。すると、モデルを用いて過去に遡り、逆問題を解くことができる。どのモデルが合うかを検証することが重要だ。
この事故から冷静に学ぶことが重要
3.11以前は、私たちの国は原爆や水爆実験による被曝など被害者意識が強かった。しかし、3.11以降、私たちの国が原因で海や大気を汚してしまった。加害国の海洋研究者である私たちがすべきことは何か?私たちの責務は、迅速に海洋汚染の実態と影響を正確に調査して、世界に情報発信することだと考えた。
今回の出来事は大変不幸なことだが、一方で、冷静にこの事故から徹底的に学ぶことが重要だ。長い時間スケールで影響をしっかり見つめ、私たちはありとあらゆることを学ぶ必要性がある。今まさに海洋汚染は現在進行形で広がりつつある。今後も様々な国に協力を依頼して、観測を続けていくつもりだ。
質疑応答から(一部抜粋)
質疑応答のようす
「モデルによる結果の違いは、何によって決まるか?」―「いつどこでどれくらい放射性物質が海に放出されたかわからないため、条件の与え方がモデルによって異なる。また、海水の向きが一番(結果に)効くが、誰もがそうだという数値がない。観測結果はあるが、推定の仕方はばらばらだ。墨流しも、タイミングや速度を変えると、全く違う絵になるのと似ている」
「海は広く水量も多い。放射性物質は海水中で薄まるので、多少楽観視はできるか?」―「海水そのものは希釈され安全なレベルにあり、原発20キロ圏内の海水もとても綺麗。しかし、問題は海底土の放射能汚染。生態濃縮による魚への影響も心配だ」
「海底土の汚染は、陸上のように浄化されるか?」―「わからない。一番気になるので、海底土のサンプルの回収・分析を提案中だ。しかし、海底土のサンプリング・分析の仕方は統一したやり方が決められていない。まずは共通ルールをつくり一斉に始めようと提案している」
花輪公雄教授インタビュー
―講演で一番伝えたかったことは何ですか?
花輪公雄教授
まず一つは、陸上とは違って、大気や海洋における放射性物質は、まさに今、広がりつつあるということ。私たちにとって、それは心配な対象であり、現在進行形で観測しなければならない対象であり、もう終わったことでは決してないことを伝えたい。
もう一つは、私たち研究者も研究者なりに精一杯努力したことを、理解してもらいたい気持ちが多少あった。今回の事態に対して、学会も研究者もどう考え行動するかを突き付けられた。本当に私たちのベストを尽くせたかは検証されるべきものだが、私たちなりに精一杯努力したことは確かだ。
―実際に、市民の方とコミュニケーションをとった感想はいかがでしたか?
皆さん大変強い興味を持っており、とてもやりがいがあった。私たち研究者は皆さんの血税で研究しているので、アウトリーチ活動は当前の責任と考えている。また、日頃科学をしていない方は何を知りたいのか?という視点を学べる貴重な機会と考えている。
―最後に、中高生も含めた読者へメッセージをお願いします。
今はインターネットなどを利用して情報をすぐに集められるが、問題はその真偽を自ら判断しなければならない点にある。そのためには、単純に言われたことを信じるのではなく、自らデータを集め、常に検証しながら、その中で生まれた疑問は、積極的にぶつけていくことが大切だ。そうやって、自分で見て聞いた情報を、自分なりに判断して、自分の頭の中でもう一度つくり直しながら、一つの世界をつくっていく。それを本当に自分のものにしていく努力が大切だと思う。
―ありがとうございました。
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