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2017年 08月 22日 (火)

宮城県中小企業家同友会代表理事の鍋島孝敏さんに聞く:社会って、そもそもなんだろう? 取材・写真・文/大草芳江

2010年03月02日

これからの日本社会を担っていくのは、我々・中小企業

鍋島孝敏さん(宮城県中小企業家同友会代表理事・日東イシダ代表取締役社長)

  「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、社会に関する様々な「人」をインタビュー
その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とは、そもそも何か」を伝えます


日本の全企業数のうち、中小企業が占める割合は99.7%である。

地元の中小企業の経営者らでつくる「宮城県中小企業家同友会」
代表理事で、日東イシダ代表取締役社長の鍋島さんは、

「明治維新、太平洋戦争に続く大変革期の今、
これから日本の社会を担っていくのは、我々中小企業」と力説する。

そんな鍋島さんから見える「社会とはそもそも何か」を聞いた。

<目次>
未だかつて我々中小企業が主役になったことがない
次の日本の社会を担っていくのは我々中小企業
日本の経済をつくり日本を良くしていくのは大企業と思われている
世の中にあるものは、必ずどこかで計られている
そもそも「計る」とは
「安心」を「はかり」が支えている
大企業は国内だけを見ていては経営ができなくなった
中小企業は国内を市場として見ざるを得ない
正しい消費に戻さなければならない
市場に流通しているものすべて、追跡可能なものに
大企業と中小企業で求められる役割は違う
我々の存在は、まだまだ伝達不足
企業と学校の"すれ違い"
インターンシップでも"すれ違い"
企業も教育なんですよ
「不向き」にこそ希望がある
日本も日本人も、捨てたもんじゃない


宮城県中小企業家同友会代表理事・日東イシダ代表取締役社長の鍋島さんに聞く


―鍋島さんの立場から見える、「社会って、そもそもなんですか?」

まず私の立場は、ここ東北・仙台にある中小企業の後継者。
14年前に父親から受け継いだ会社の二代目社長という立場です。

それと同時に、いわゆる地元の中小企業の経営者が集まった、
宮城県中小企業家同友会の代表理事をしている立場から見た、
社会について、これからお話します。


未だかつて我々中小企業が主役になったことがない

我々中小企業は、未だかつて一度も、主役になったことがない。
それが、私の立場から見た、日本の社会です。

ただ実際は、日本全国でもそうですが、
宮城県内にある企業の99.7%が地元の中小企業。

地元に本社があって、主に地元をお客さんとする、
取引先も仕入先も主に国内に立脚しているという意味での
中小企業が、99.7%ということです。

そして、いわゆる企業で働いている人のうち、
75%の人が、中小企業に勤めています。

今の民主党政権では、国内需要をもっと喚起して産業を活発化し、
内需で国を発展させなきゃいけない、と言っています。

そこで主役であるべきは我々中小企業なのですが、
残念ながら明治維新以降、国の政策として、
我々が中心として取り上げられたことは一度もないのです。


次の日本の社会を担っていくのは我々中小企業

ご存知の通り明治維新では、富国強兵策といって、
欧米に追い付き追い越せと、国策として重化学工業に
政策とお金を注ぎ込み、産業を育成しました。

そして、それを民間に払い下げたものが、
今の大企業として存在しているわけです。

それが戦争で一度、焼け野原になり、
そこから復興する一番の先駆けだったのは、
各地域に残った我々中小企業でした。

ところが残念ながら、その後も日本の国としては、
経済復興ということで、国際競争力を高めるために、
ヒトもモノもカネも、いわゆる大企業と言われる
一部の産業・企業に、傾斜して集中投下する
政策を主にやってきました。

吉田内閣が打ち出した「傾斜生産方式」ですね。
中小企業は、それらを補完する企業群という立場でした。

そうやって日本は経済発展してきました。
そして、世界第二位になった。
これが、日本の戦後の歴史です。

そして今、明治維新、太平洋戦争に続く、
大きな変革期に来ています。

これまでのやり方に、けりをつけなければならない。
社会が大きく変わらなきゃいけない。
そういうところにあります。

そんなとき、では次の日本の社会を担っていくのは誰か?
それは、我々中小企業だろう、と私は思っているのです。


日本の経済をつくり日本を良くしていくのは大企業と思われている

ところが残念ながら、民主党は政策の中では謳っているものの、
官僚に代表される役所も、大企業にいる方も、
学校で教育に携わる方も、そして多くの一般国民も、
そういう意識を持っていないのが現実ですね。

日本の経済をつくり日本を良くしていくのは、
相変わらず、大企業だと思っている。

新聞やテレビに取り上げられるのも大企業ですし、
そういうところが社会を動かしているという認識が、
まだまだ現実じゃないかな、と思いますね。

ただ、実際にはそうではないということが、
少しずつ現実になりつつあるのです。

けれどもその実感が、特に子どもたちに対して伝わっていないので、
社会に対するリアリティーを持てないのではないでしょうか。

身のまわりにあるものが、誰がどこでどのようにしてつくっているかは、
一般国民からは全く見えないところで、生産されるようになっている。

ただ実際は、そういうものを使って、
いざ自分の生活を豊かなものにしようと考えたとき、
本当に必要なことで役立つのは、
身のまわりにいる我々中小企業のはずなのですが。


世の中にあるものは、必ずどこかで計られている

例えば我が社では、はかりをつくって販売しています。

皆さんが毎日食べているいろいろな食べ物は、
必ずどこかで、はかりで計られながら、
生産から小売まで流通して、皆さんの手元へ届く。

食べ物に限らず、世の中にあるものはすべて、
原材料をどこかから買って来て、混ぜ合わせて、
できあがっています。

そこでは必ずはかりで、
計られているはずです。

言葉を変えて言えば、はかりがあるから、
皆さんはものを食べたり使えたりするわけです。

また、毎日皆さんが出す廃棄物も、
必ず重さを計ってから、何らかの処理をしています。

原料も計るし、できた製品も計るし、廃棄物も計る。
皆さんの生活に計ることは、なくてはならないものです。

例えるならば、計ることは、空気のように当たり前のものです。

けれども、はかりを扱っている会社がここにあって、
東北であっちこっち、いろいろな仕事をしながら、
安全なものが消費者に届くような取り組みをしていることを、
知っている人はほとんどいないでしょう。

そういうことを、もっともっと知ってほしいと思うのです。
それを身近に感じられれば、スーパーでものを買うときも、
選び方が変わってくるんじゃないかと思うのです。

食べ物に限らず、衣食住で必要なものを必要に応じて生かしていくのは、
皆さんの身近にいる我々中小企業が提供するサービスのはずなのです。

けれども、それがなかなか伝わっていないというのが、
今の社会じゃないかな、と思いますね。


そもそも「計る」とは

そもそも「計る」とは、ものの量を知ることですが、
量を知るということは、多いのか・少ないかがわかるということ。

さらに言えば、あるひとつのものさしに対して、
はみ出しているか・そのなかで収まっているかがわかること。

これは非常に大事なことでして、例えばわかりやすい例では、
有害物質が許容範囲内にあるか・ないかを知るためには、
まず、計れないといけないわけです。

計った結果、許容範囲内にあるから、
私達は安心して生活ができるわけですね。

もともと自然界になかったものがたくさん出されることが、
環境問題になっていますが、それらを出す企業や家庭でも、
本当は計ることが必要なことなのです。

これ以上出しても良いのか・駄目なのかを、
人類はそろそろ意識しないと、存続できないでしょう。

昔はそれだけの必要はなかったのですが、
そういう意味では、計ることが重要になってくるわけです。

私達の会社のパンフレットでは「安心を計る」と掲げています。
安心を証明するために、計るわけです。


「安心」を「はかり」が支えている

我々の会社は、重さを量ることに特化して、
品質をどこまで確保できるかに取り組んでいます。

例えばAとBという物質を合わせるとき、
Aは40でBは60というように、
必ず比率は決まっています。

仮に、A:B=40:60という比率が変わることで、
品質が変わってしまえば、消費者は安心して買えません。

誰がどこでいつやっても、その比率を間違いなく維持できる。
それが、安心につながるのではないでしょうか。

近代化すればするほど、世界中からものが集まり、
どこで何がどうなったかがわからないところで、
つくりかえられて、ものが売られる世の中です。

そうなった途端、何を安全・安心としたら良いのか、
本当はわからないはずなのです。

けれども消費者の方は、信じて買っている。
それを支えているのが「はかり」なんじゃないかな。

最近は「本当は信じちゃいけないんだ」という事件が
あちこちで発覚し、「安心しきってはいけないんだな」
という気持ちが芽生えてきた状況ではあると思うのです。

そうなると、ますます、何を基準に安心できるのか。
もう一度、買う人もつくる人も意識して、
やりなおさなきゃいけないところに来ていると思います。


大企業は国内だけを見ていては経営ができなくなった

これから日本の国は、どのようにすれば、
経済的に一定の水準を維持できるのでしょうか。

これからは、敗戦後や明治維新と同じように、
国がたくさんのヒトやカネを、世界と戦える大企業に、
投資してその発展を支えても、国のためにはなりません。

なぜならば、いわゆるグローバル企業は、
日本国内だけを考えるだけでは、
経営が成り立たなくなっているからです。

つまり「国内のことを一生懸命考えろ」と言っても、
企業経営上、無理な話なのです。
私も大企業の社長ならば、そうしますよ。

これまでは、一部の供給側である、いわゆる先進国から、
大部分の需要側である、いわゆる発展途上国へ
供給できれば良かったのです。

ところが今、世界中が資本主義の国となり、
全部が供給する側にまわりました。
すると、消費する側が相対的に少なくなりました。

これはベルリンの壁崩壊後、
東西がなくなった頃からの、自然な流れなのです。

そのような流れの中で、大企業が、
国内だけを見ていては経営ができなくなった今、

では、日本国内の雇用をはじめ、
日本の経済はどうなっていくのでしょうか。

日本の国を考えれば、一億二千万人の国民の暮らしが成り立つために、
そして、これからの時代、精神的な豊かさも追求していくためにも、
それを柱として支えてくるのは、国内の我々中小企業なのです。


中小企業は国内を市場として見ざるを得ない

大企業とは違って、我々中小企業は、
日本国民しか雇用できませんし、
海外へ出て行くわけにもいきません。

また、直接であれ間接であれ、
国内のお客さんに、ものを販売しています。

ですから、我々中小企業が良くなることは、
地域に住む人々の生活が良くなること。

イコール日本国内の経済が良くなることに、
つながらざるを得ないわけです。

そのためには、どのようにすれば
中小企業が良くなるのでしょうか?

もちろん、自助努力が大前提ですから、
国から補助金や助成金を入れてくれ、
と要求するつもりは毛頭ありません。

私が言いたいのは、
そのような企業を後押ししてほしい、
ということなんですね。

ところが残念ながら、学校も、
さらには中小企業で働いている人自身も、
いざ自分が消費者となり、ものを買うとき、
名の通っている大企業の商品を買ってしまう。

けれども本当なら、ちょっと値段が高くとも、
地元でつくったものを買っていこうと
ならなければいけない、と私は考えています。


正しい消費に戻さなければならない

今はデフレ経済と言われ、物価がどんどん下がっています。
安いものだけしか買わない、悪循環に陥っています。

これはもう、誰が変えるのか。
私は、消費者だと思っているのです。

今は先行きが不安ですから、
一時的に安いものだけを買うことに走っています。

ただそうは言っても、いつ・どこで・だれがつくったかわかる、
安心なもの・確かなものにお金を出すことが、正しい消費です。

そこに、戻さなければなりません。

そうすれば、企業もちゃんとつくって、
適正な価格で販売しよう、となります。

それを、消費者にどうやってわかってもらうか。

我々だけでは声が届かないので、そこに
政治や行政の力が必要ではないか、と思うのです。


市場に流通しているものすべて、追跡可能なものに

端的な例ですが、国産牛肉の場合、すべての牛に戸籍番号がつけられ、
どのように育ったのかを消費者が追跡できるようになっています。

国産牛肉を買う人は、パソコンで戸籍番号を検索すれば、
この牛がどこで・どんな餌を食べて育ったかが、わかるのです。

すると消費者は、安心して
その牛を買うことができるわけです。

けれども現在、それができているのは、
国産牛肉だけなんですね。

ですから私は、市場に流通しているものは、
消費者が買う前に携帯電話ででも番号を読んで調べられるよう、
すべての商品がならなければいけない、と考えています。

すると、アメリカ牛やオーストラリア牛よりも、
たとえ100円高くても、売れるわけです。

ただし、そういうことをやるには、
手間もコストもかかります。

例えば、生産ラインを変えなければならない、
となれば、コストも莫大にかかります。

ですから、大企業の大量生産方式では、
そんな面倒なことはできません。

けれども我々中小企業のものづくりは、
毎日手作りみたいなもの。

うちの会社でも、はかりをつくっていますが、
一ケ月にせいぜい数十台くらいのものです。

そういう意味でも、それは我々中小企業が
やっていくことだろうな、と私は思っているのです。


大企業と中小企業で求められる役割は違う

大企業はあくまで、コスト面から言っても、
いわゆる大量生産の自動生産ですよね。

材料コストも調達コストも、より安いものを大量に仕入れ、
自動化ラインでどんどんつくり、安く製品を売る。

松下幸之助(※)が目指した「水道理論」が大企業の使命です。
飢餓状態の国には、まだまだそういうものが欲しい消費者が多くいます。

※松下幸之助:パナソニック社を一代で築き上げた経営者

そのような人達でも買えるようなコストで、
安く製品を提供することが、大企業に求められている役割です。

ところが、国内の経済を発展させていくことを考えれば、
国内の需要を増やさなければなりません。

しかしながら、日本の社会は縮小し、
日本の消費者は先行き不安のためにお金を使えない。
必要最低限の安いものしか買っていない状態です。

さらに言えば、その製品がどうやってできたのか、
履歴がわからないから、安いものしか買わない。

けれども、それでは日本の経済は、国内では成り立ちません。

国内経済を豊かにするには、多少高くても安心して買えるもの、
つまり、手間かけて安心を付けて、売られているもの。

そういうものを買うことが自分達にとっても良いことだし、
国内にとっても良いことだとなったとき、
未来は開けていくのかな、と私は思うのですけどね。

日本の国内には、良いものがいっぱいあります。
けれども、高かったり量があまりつくれないから、売れない。
そして、いずれ後継する者がいなくなって廃れてしまう。

けれども、それをなくしてはいけません。
それを支えるのが、これからの国民の義務だと思っています。


我々の存在は、まだまだ伝達不足

我々が今、自分の問題として考えているのが、
やっぱり、まだまだ伝達不足ということ。

我々の存在だったり、身近にこんな会社があるんですよ、
ということを、会社のまわりにも知らせていないんですよね。

そもそも人が住んでいない流通団地・工業団地のようなところに、
企業がごそっと集まっているわけでしょう。
そこには子ども達が、入ってこれないわけですよね。

昔は、町のなかに会社があってね。
学校の通学路の中にはかり屋さんがあったり、
お菓子屋さんがあったりしたのだけど、
それがなくなっていますよね。

もっと一般の市民の中に、我々企業が
溶け込んでいかなければならないと考えています。

そのために、いろいろなことをしないといけないですね。
端的な例が、今は雇用ですけどね。

これも大企業が、来年は採用しないとか。
今まで3千人採用していたものを1千人に減らすとか。
そう言うから、一気に雇用が厳しくなるわけです。

けれども我々中小企業は、毎年何百人は採れません。
毎年数人とか、多くても10人なんですよ。

しかし景気が悪いから、来年採用をやめたとも言えません。
来年採用しなければ、今年入った社員がずっと一番下なんですね。
その社員はかわいそうだし、何よりそれでは成長しないんです。

後輩が入って来るから、社員も成長する。
そのためにも後輩を入れてやらなきゃいけない。

だから毎年採用してきたわけです。来年も採用します。
毎年きちっと採用している会社は、あるんですよ。

あるのだけど、学校の先生はじめ生徒もPTAも、
そんな企業があることを誰も知らないし、知ろうともしていない。

地元といえば、地元の大手しか目に入らない。
こっちの方を向いていないわけです。

そうじゃない企業がいっぱいあるんですよ、ということを、
どう伝えていくか、アピールしていくかですよ。

そういう意味では、このような取材を利用させていただきながら、
どんどんこれからも発言していきたい、と思っているのです。

例えば、高校生に聞くと、
ほとんどが地元に就職したいと言うんですね。

けれども、地元にどんな企業があって、
自分が行きたいような企業があるのか・ないのか、
そんな情報は、ほとんどないのです。

こんな時代でも学生の応募は少ないですよね。
そこでの"すれ違い"みたいなものは、かなりあるんです。


企業と学校の"すれ違い"

もっと言えば、高校生が就職するとき、
学校の先生が全部取り仕切るわけですね。

これは文部科学省と厚生労働省の方針で、
高校は皆そうなのです。

なぜかと言えば、昔の悪いイメージなのですが、
企業と高校生が直接話すと、高校生は純粋で、
世の中を知らないから、企業の嘘八百にだまされる、と。

それでは、とんでもない企業に就職してしまうので、
そこを学校が間に入って、フィルターをかけます、と。

ですから企業は、学校に募集を出すわけです。
例えば、2人。

すると学校では、希望者が10人いたとすれば、
2人を選抜して、その2人を推薦するんです。

9月16日までは、企業は一切生徒と接触してはならないので、
16日以降に学校推薦で来た生徒を面接して、
採用するか・採用しないかだけを決めさせられる。

すると、その後ろにいる8人について、
我々は知らないし、接触もできないわけです。

その弊害が多分、今一番の問題じゃないかな。

なぜかと言えば、そのように10人手を挙げた
生徒の中から2人を選ぶのは、先生なわけです。

けれども先生は、一体どんな基準で選んでいるのでしょう。

学校の成績が良いからと言って、必ずしも社会に出てからも
優秀だとは限らないですよね。

うちがどんな会社で、こんなことを考えている社長がいて、
これからどんなことをやろうとしているか、
先生は、多少は知っていても、ほとんど知らないですよ。

さらに言えば、そもそも学校の評価は、
進学率や就職率なわけでしょう。

それを上げるのが、先生の使命。

それなのに最近は、今まで毎年何十人も募集してくれていた
大企業から、ぴたっと募集が来なくなったものだから、
先生達も困っているわけですよね。

数人しか募集が来ない中小企業が、
ちょろっとだけになったので。

それで、我々のところに来て、
「何とかしてくれ」と言っているわけですけど。

そこをぶち破らないと、いけないのですけどね。


インターンシップでも"すれ違い"

そのひとつの打開策として、
インターンシップを学校側がはじめました。

ただ、インターンシップにも、
功罪がありましてね。

高校生にしてみれば、
自分がどんな仕事に向いているかなんて、
わかんないわけです。

ですから、理想としては、
複数の会社のインターンシップに行くことが
一番望ましいと思うのです。

けれども、そうすると一番大変なのは先生なので、
「一人一社」と決めるわけですね。

これも、就職と一緒なんですよ。

多くの就職希望者は、勉強が嫌いでね。
進学できないから就職します、というものの集まりです。

先生としても、成績は悪いわけで、
厄介者とまでは言わないけれども、
そこに力が入らないのだろうと思います。

だから先生は、「お前ら世の中のことも、何をやりたいかもわからない。
だから、インターンシップでも行って来い」と放り出すわけですよ。
そういうところがあるんじゃないかな、と感じますね。

企業側も、学校からインターンシップを受け入れてください、
と依頼が来ますから、まぁ、受け入れますよね。
仕方ない半分ですけど。

もし良い子が来たら採用できるかもしれない、
という下心もありながら。

けれども頼まれたらやらないといけないな、
となってやるわけですけどね。

それで最初の1年目、2年目くらいは良いのですが、
3年目、4年目くらいになるとね。

「日東イシダは、毎年3人インターンシップを
受け入れてくれるんだ」と先生がなって、定例的に
「お前ら行って来い」ってよこすわけです。

それで「日東イシダさん、あとは頼みますね」
って感じだから、こっちも嫌になってくるわけですね。

何でやっているのかわからなくなるし、
むこうは当然のようにして送り込んでくるし。

働いている様子を見に来れば、まだ良いものを、
見にも来ないし、となってくるわけですよ。

そうすると5年くらいしたら、
「うちはインターンシップ結構です」と断るわけです。

それで先生が「インターンシップを受けてくれる
企業がない」と嘆いているわけです。

それは、そうですよね。
そういう悪循環にもなっています。


企業も教育なんですよ

ひとつは、前提の仕組みとして、
そのような文部科学省と厚生労働省が仕切っている仕組みを
これから変えないといけないでしょうね。

そして、それ以前に普段から、
学校と企業がお互いに垣根を取り払って、
学校の中に我々企業が入っていったり、
企業の中に先生が来たりしないと
いけないんじゃないですかね。

お互いに、地元同士。

仙台は難しいかもしれないけど、
もっとローカルな地域では学校があって、
そのまわりに企業があるわけですから、
もっともっと交流すべきなんではないかな。

そのなかで、先生も企業のことを知るし、
企業も学校の事情がわかって、生徒を受け入れていく。

一緒になって子どもを育てていくことが
必要ではないかな、と思うのですよね。

学校と企業の両方が、
そこに立たないといけないと思います。

そういう意味で言うと、
社会と教育って、表裏一体だと思うんです。

また当然、教育に戻っていくのですよね。
やっぱりこれからの日本を決めるのは、教育ですよね。

今の日本をつくったのも、教育だしね。

教育って、学校だけでやっていると思ったら、
大間違いで、企業も教育なんですよ。

しかも、会社で役立つ教育だけではなくて、
人間力をつける教育をしなければ、
お客さんは受け入れてくれませんから。

それが企業の生命線なので、人間力をつける教育を、
我々こそしなければならない、と思っているんです。


「不向き」にこそ希望がある

―最後にメッセージをお願いします

う~ん・・・難しいけど(笑)

私は子どもの頃、高校生の頃まで100%文系人間で、
物理・数学は、全くできませんでした。
不得意もいいところで(笑)

その私が今、はかりっていう物理の塊みたいな商品を扱う
会社の社長ができるのだから。

今、不得意だと思っていることが、
自分の天職になるかもしれない。

だから、何があるかわかんないんだよね。
「向き」「不向き」っていう言葉あるでしょう。

その「不向き」のところに多分、
何か希望があったりするんですね。

それくらいの思いを持ってほしいなと思いますね。

自分の好きなことって仕事にしちゃいけない、
と言うじゃないですか。

私は音楽が大好きで、ずっと楽器の演奏なんかも
してきたのですけど、当然それで飯は食えないし、
仕事になんかするつもりは毛頭なかったですね。

好きなことややりたいことと、自分の天職とは、
全然違うかもしれないですね。

―逆に「不向き」だったからこそ見えてきたものは?

数学にも物理にも哲学がある、
ということですかね。

科学っておもしろいなと思えたのは、
仕事をし始めてからですね。
学生時代は、大嫌いだったのですけど(笑)

それと、科学が万能ではないことや、
すべてが解明されていないところですね。
それがおもしろいことです。

重さについても、
世界の1キロの基準が、パリにあるんですよ。

それは、もともとは、セーヌ川の水
1リットルだという話でね(笑)

それを蒸留したものが、純粋な1キロなんだそうです。
それが、フランス革命でできたのだと。

なぜフランス革命なのかと言うと、
フランス革命は、自由平等博愛の精神を、
フランスだけじゃなくて世界中に広めたい、
という考えの人たちが起こした革命なのです。

それを広めようとしたら、
世界に通用する基準がいるね、と。

そこで、重さや長さや時間の基準が、
統一された、という歴史です。

だから未だにイギリスは、ポンドを頑なに守っている。
日本は尺貫法、全部廃止しちゃいましたけどね。


日本も日本人も、捨てたもんじゃない

それともうひとつ。

日本って素晴らしい国だし、
過去も現在も未来もある国だと、
私は思うんですね。

たまたま今、調子が悪いし先も暗そうだけど、
でも日本は、そんなもんじゃない。

日本も日本人も、捨てたもんじゃない。
必ず良くなる基(もと)は持っているんで。

それは話すと、それこそ歴史を全部
話さなければならないので長くなりますけど、
絶対にそうなんです。

これだけの歴史と特有の文化を持つ国は
そうザラにはありません。

これからの世界をリードするのは、日本的な
ものの考え方だ、とも言うじゃありませんか。

その日本人に生まれたことを、
誇りに思えとまで言わなくても、
おもしろいと感じて欲しいです。

その中で、何らかの明かりなり、
夢というか、希望みたいなのを持つように、
ちょっと心がけてみて欲しいなと思います。

おそらく今の中高生のほとんどは、自分の将来どころか、
国の将来もほとんど見えない状態でしょう。

私も中高生の頃、自分の将来なんて
考えたことはなかったけれども、
世の中全体が良くなっていくんだろうな、
という雰囲気がありました。

今は、社会全体にその雰囲気がないのですけど、
けれども、必ず「良くなる」。

その「良くなる」という意味は、
これまでは物質的に良くなってきた。

そのような意味では、ある程度は行き着いたので、
これからは、いわゆる本来の意味での豊かさ。

それは、他のどの国よりも味わおうと
思ったら味わえる国だと信じて欲しい。

そこで何かおもしろいと思えることを、
見つけてやって欲しいなと思います。

1.jpg

―鍋島さん、ありがとうございました。

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