そもそも「放射光」とは
あのね、私は「放射光」の専門家だ、って言ったでしょう。
「放射光」は、ご存知?
―ご説明をお願いします。
電子加速器の中では、電子は、円運動のような加速度運動をしているんですね。
電子が加速されると、電磁波を出すんです。
その電子の速さが光の速さに近づくと、相対論的な効果によって、
発生する電磁波が、ちょっと変わったものになるんですよね。
普通は、アンテナから出てくる電磁波のように四方八方へ出て行くのですが、
その電磁波、つまり、光が、その電子が進んでいく方向に集中していきます。
ですから、レーザーみたいに(そもそもレーザの原理とは違いますが)
非常に細いビームの光で、しかしレーザーとは違って連続スペクトルを持っていて、
その上、強度がものすごく強い。
波長が連続なので、いろんな波長の光を、
自分が好きなように選び出すことができるのです。
この世の中で、私達はいろいろな光の発生装置を作るわけですが、
以前には、ある波長領域には、強い性質の良い光って作れなかったんですよ。
波長で言えば180ナノメートルくらいで、真空紫外線よりも、
もっと短くて、X線の領域と言っても構わないかな。
実は、そういう領域には、強い性質の良い光ってなかったんですよ。
(波長が)長い方では、レーザーというものすごく良い光があるわけですけど、
波長の短い方ではなかった。それが出来たので、いろいろ役に立つわけです。
それだけの話なのですけど。
要は、非常に強いX線が出るという具合に思ってくれれば良いんですよ。
X線って、いろんなものに使われていますけど、いつも強度が低かったわけです。
そのX線の強度が高くなると、いろいろなことができるようになるわけです。
それが、「放射光」。
具体的に言い出すと、応用範囲が広すぎて、切がないので、止めときます。
「放射光」は悪いネーミング
ところで、物理の世界では、光のことを「放射」と言うんですね。
放射線とは違うんですよ。あれは生物に害を及ぼすものです。
こちらは単なる「放射」ですから。
電子加速器のひとつである「シンクロトロン」で、
ベンディングマグネット(偏向磁石)という磁石の中で、
電子軌道が曲げられるときに見られたのが最初だったので、
人々はそれを「シンクロトロン放射」と呼ぶようになったんですね。
そして、日本でも、シンクロトロン放射を使って、
いろいろな研究をするために、いろいろな研究分野の人達を
結集したわけですが、研究素するためにはお金が必要です。
つまり研究予算が必要になるでしょう。
ところが、大学や研究所の研究者が予算申請をする時に、
「シンクロトロン放射」と言ってもね、理解してもらえない、という苦情が出てきました。
だから、当局にわかってもらえるようなネーミングにしたい、と言い出して。
生物学の人達ですよ。誰かの入れ知恵かも知れませんが、
「放射光というのは、いかがでしょうか」と言ったのは。
我々物理の人間は、それを馬鹿にして、
「馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る。放射は光なのだから、
放射光なんて言ったら、『真っ暗な闇夜』って言っているようなものだ。
『馬から落馬』の類のね。放射光という名称は絶対に駄目だ」って言ったんですよ。
けれども、やっぱり、多勢に無勢でね。
「放射」っていうのが何だかわからない人には、
「放射光」と言っても、それは「光光」って言っているのと
同じなんだってことは、どうせわからないですから。
「光」って単語が後ろについていれば、何となくそれは光なのかな、
って思ってくれるから「放射光」にして下さい、ということで、
「放射光」になっちゃった。
日本独特のネーミングです。
実に悪いネーミングだと、専門家は言うのです。
ところが、お隣の中国を見て下さい。
彼等は素晴らしい名前を付けました。
中国では、日本人が昔、電磁波(これも光)を呼んだ
輻射(ふくしゃ)という言葉をそのまま残したんです。
中国語では「フウシェ」と呼ぶらしいですよ。
シンクロトロンは加速器ですが、「シンクロ」は日本語で「同期」ですよね。
中国では、同期は同歩です。そこで、「シンクロトロン放射」を「同歩輻射」と書いた。
これの意味は一目瞭然でわかるけど、
発音してもらうと、実に良い響きなんだよなぁ。
うまくいえないけど、「ドンプー・フーシェ」って聞こえる。
ですから、「光光」なんて変な呼び方をしているところは、日本の他にないですよ。
「放射光」とはそういうものです。
その「放射光」を使って、いろいろやるんです。
さらに言えば、私の専門は光物性学、特に、固体分光学です。
物質による光の吸収や発行のスペクトルを調べる。
そしてその物質の電子状態を解析する。さらに、光電子分光です。
物質に光を当てた時、光電効果によって飛び出してきた光電子のエネルギーを分析して、
固体の成り立ちがどうなっているかとか、あるいは固体の表面がどういう具合にできているか、
そういうことを調べる専門家です。ここで放射光を使うと、非常に具合が良いのです。
たとえて言えば、スーパー・マーケットから出てきた主婦の買い物袋の中身を調べて、
その人の家庭がどうなっているのか、分析するようなものです。
「放射光」ブームに
「放射光」が役に立ちそうだということを、最初に世の中へ示したのは、
米国コーネル大学のハルトマンとトンボリアンという先生です。
そのハルトマン&トンボリアン先生が、「放射光」の性質を調べて、
それが理論の教える通りであると、実験で示しました。
これは非常に珍しいことで、理論の方が先行したのです。
その理論を打ち立てのは、ノーベル物理学賞受賞者のシュヴィンガー先生。
素粒子・高エネルギー物理学の大先生です。
その他にロシアの先生もやったのですが、名前を忘れました。
実は、電子加速器にとって非常に厄介なのは、
加速度運動をする電子が「放射光(シンクロトロン放射)」を出して、
エネルギーが減衰してしまうことなのです。
高いエネルギーの加速器を作るには、
この大問題を克服しなければいけなかったんだね。
それで、シュヴィンガー先生が、
「放射光」とはどんなものなのだろうかと調べたのですね。
真空中を光の速さに近い高速度で運動する電子が、磁場で曲げられた時に、
どんなことが起こるか、理論的に調べたんです。
その結果、その光の指向性が非常に良くなるとか、
スペクトルは連続スペクトルを持つとか、
強度が非常に強いとか、スペクトルはこんな格好をするとか、
そういう「放射光」のすぐれた特性と言われているものを全部、理論的に予測したのです。
実は、近代物理学の大きな問題が原子の構造を明らかにすることだったから、
この種の研究は 19世紀の終わりから20世紀にかけて、
多くの研究者によってなされたのだけれど、成功していなかったのです。
第一、数値計算するコンピューターなんてなかったのですから。
それで、シュヴィンガーの研究が出てきた時、本当にそうかって言うんで、
ハルトマンとトンボリアン先生が実験的に調べて、「その通り」ということになりました。
そうなれば、その優れた特長を利用して、
放射光は他の目的を持ついろいろな研究にも使えることになります。
そこで、そういう加速器施設を持っている大学や研究所に研究者が集まって、
放射光を利用して、どんな研究できるかっていう検討が始まったんです。
圧倒的に先を走っていたのは、アメリカのNBS。
応用研究として素晴らしい研究が出てきたんですよ。
「放射光」でしかできないような、
うわぁとびっくりするようなデータで出てきていた。
ところが、それは原子・分子のスペクトルの話だったのです。
だから、原子ではなくて、固体に応用したら、
さぞ素晴らしいことができるのではないか、と言うんで、
固体試料に対してどのような応用の仕方があるだろう、
という研究を世界中でやったわけです。
その時に、突如、東京から、固体の光吸収スペクトルで、
これまでは絶対に測ることができなかった、驚くべきデータが出たのです。
世界初でした。
俺達が新しい世界を切り開く
それでね、佐々木泰三さんから聞いた面白い話があります。
後でESRF(※)のサイエンスディレクターになった
クリストフ・クンツという私の親しい友人がいたのだけど、彼の話が面白くって。
※ESRF:ヨーロッパ18カ国共同開発のフランスにある第3世代放射光施設
当時、そんな新しいことをやるのは、
若い連中ばっかりで、年寄りは何も知らないし、やりません。
「俺達が新しい世界を切り拓くんだ」ってね、
鼻息荒かったわけだ、みんな。
ところが一人だけね、白髪の年寄りがある研究会にやってきて、
一番前の真ん中の席に、どかっと座ったのだそうです。
クリストフ・クンツが、金属の電子状態の話をいろいろ説明した時に、
そのおっちゃんが、いろいろ質問をして、茶々を入れたんです。
休憩時間になって、彼がコーヒーを飲んでいたら、
そのおっちゃんがやって来て、「君の研究はなかなか面白い。
将来うんと発展するだろう。こんなことをした方がいいぞ」と、
挙句の果てには訓示をたれる。
それで、クリストフさんは、「この分野じゃ、俺が世界の第一人者だ」
なんて思っていたから、「何だ、このおっちゃん、その態度は。
生意気だな」と思ったんだそうです。
若いというのは、元気があって、馬鹿なのだけれど、
自分が馬鹿だとは思っていないから、我こそは、と思っているわけですね。
「お前風情に指図されるいわれはない!」と思ったんだと。
とうとう、癪に障って、「Who are you?」と尋ねたんだって。
そしたら、その先生は、すかさず、
「Sir Nevill Francis Mott」って言ったんだってさ(笑)
ノーベル賞受賞者のネヴィル・モット先生は誰でも知っている、
固体物理学の世界では、神様のような人ですよね。
モット先生が書いた教科書は、バイブルですよ。
「波動力学」という教科書、それに「イオン結晶の中の電子現象」という教科書、
私も持っています。
我々物理屋は、小さくなっちゃって
そういうことで、「放射光」っていうのは、
一時期ものすごくブームになって、もてはやされました。
けれども、何しろそれに関与する人が、私も含めて、新人類だったから、
古い人達から睨まれて、あまり恵まれなかった。
それでも、非常に優秀な道具ですからね。放射光は多くの人達に使われるようになって、
そのうちに、研究分野も広がって、だんだん生物学への応用が主流になってきました。
タンパク質の構造解析とかも、やれるようになってきて。
もう、今では、「SPring-8」に行って見てもそうですけど、
生物学の人達が、肩で風切って歩いてますよ。
我々物理屋は、小さくなっちゃって。
昔は、我々が肩で風を切って歩いて、
皆で、「あの連中は馬鹿だ」なんて言っていたのだけど。
その一方で、化学の人は、大体物理学やっているような感じなのだけど、
化学の方が、応用をぐっと進めるという意味では、
もっと広くて、いろいろやることができるんですよね。
何たって、彼等は、サンプルをつくることができるでしょう。
というわけで、物理学のことを言えば、高エネルギー加速器物理学と、
物性物理学ですね、固体物理学、それから分光学。
それらが結合した境界領域では、非常に新しい多彩な研究ができます。
ということになったのですが、これも長い時間が経って、
大体頭打ちになってきていまして。
次なる発展で、X線のレーザーを作りましょう、
ということになってきています。
タウンズのレーザの理論によると、X線領域ではレーザーはできない筈なのだけど、
それはそういうやり方をすればできないというだけで、
新しいやり方をすれば、擬似的にコヒーレントな(指向性の高い、干渉性の高い)
光を作りだすことができます。
たしか、北村教授などが中心になって、「SPring-8」でやっているんじゃないかな。
成功すれば画期的です。
関係ないけど、私がはじめて仲人したのが、北村さんなのだけど。
コラボレーション
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