取材・写真・文/大草芳江
2016年03月26日公開
頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.7)
私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。
東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。
この研究を国際連携で進めるために、惑星大気変動の理論研究が専門の黒田剛史さん(東北大学助教)が、世界的な理論研究を展開していることで有名なドイツのマックスプランク太陽系研究所(MPS)に長期派遣されています(黒田さんへのインタビュー記事はこちら)。
今回、ドイツのゲッティンゲンに位置するMPSを訪問し、黒田さんと共同研究を進めるPaul Hartogh博士(サブミリ波による観測が専門)とAlexander S. Medvedev博士(火星・木星大気の大気波動及び大規模循環モデルの開発が専門)に同プロジェクトの意義や得られた成果、今後の展望などについて伺いました。
※同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。
理論研究の連携強化
―HartoghさんとMedvedevさん、黒田さんは2004年から12年間、共同研究を行っているそうですね。特にこの2年間は合計1年間以上、黒田さんがMPSに派遣され、より密な交流が行われたと思いますが、それについてまず率直な感想をお聞かせください。
【写真1】マックスプランク太陽系研究所(ドイツ・ゲッティンゲン)
Medvedevさん: いつでもコミュニケーションを取ることができて、便利でした。私たちは異なる特徴を持った異なるモデルを使っているため、相補的な関係で研究を展開することができ、新しいアイディアや次の計画を考えることができました。
Hartoghさん: 12年前、剛史は博士課程の学生として、ここMPSにやってきました。その後、剛史がMPSや日本でポスドクだった間もずっと我々は良いコラボレーションをしてきました。特に、剛史がドイツに頻繁に滞在したこの2年間で、我々はさらに良いチームになっていると思います。
共同研究の成果
―特にこの2年間で、どのような成果があがりましたか?
【写真2】Hartoghさんと黒田さん
Hartoghさん: この2年間で、将来につながる貴重な仕事ができました。火星と木星の大気大循環モデルを開発して成果を出し、論文発表ができました。これにより、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査機「MAVEN(メイブン)」のミッションや、今年3月に打上げ予定の「ExoMars Trace Gas Orbiter(エグゾマース・トレース・ガス・オービター)」という火星の水循環等を測るミッションで、水循環や大気の化学過程を明らかにするためのデータがこの1年半の間に取得できるでしょう。それに向けたモデル開発に我々は着手しており、剛史はそれを助けてくれるでしょう。将来につながる貴重なコラボレーションができたと思います。
Medvedevさん: とてもたくさんの成果があります。一番の成果は、剛史の高分解な大気大循環モデルにより、小さなスケールの重力波が火星上層大気に与える影響を初めて直接シミュレーションすることができたことです。もうひとつ、大きな成果があります。我々は木星大気のシミュレーションを一緒に行っています。木星は地球や火星とは全く異なる特徴を持っており、これまで木星の大気加熱の部分を正確に解く大気大循環モデルは開発されていませんでした。今回、剛史が木星大気の放射について正確かつ速く解くモデルを開発したため、それを大気大循環モデルに組み込むことで、今まで誰もやったことがない新しい研究ができるでしょう。このモデルは木星のみならず土星にも適用可能で、次に我々がやるべき大きな仕事になるでしょう。
お互いに得たもの
―コラボレーションによって、お互いにそれぞれ何を得ることができましたか?
【写真3】Medvedevさんと議論する黒田さん
Medvedevさん: 特に剛史の大気大循環モデルは、細かな分解能の計算が可能です。それらの計算結果は、モデルの制約条件を提供するため、モデルの信頼性を向上させることができます。MAVENのミッションでは、より高い高度を扱う私のモデルが適します。MAVENの観測結果と私のモデルを比較する際、モデルの正確性が向上することはMAVENのミッションに役立つため、これから火星上層大気について、様々なことが明らかになるでしょう。
Hartoghさん: 剛史が初めてMPSにやってきた時、彼は火星ダストの放射効果の計算ができました。私が開発していたモデリング計画にはダストの放射効果が入っていなかったため、それが彼からの最初のインプットです。その後、2009年にハーシェル宇宙望遠鏡の観測計画を立てるにあたり、モデル結果からどのような観測が期待できるかについて、剛史のシミュレーションに貢献してもらいました。
黒田さん: 彼らは様々なアイディアを持っており、たくさんの提案をしてくれます。それらを私のモデル開発に活かして様々な新しいことに挑戦し、論文執筆も非常に進みました。また、連携強化によって、我々のグループもMAVENのミッションに科学チームの一員として参加することができました。これにより一般公開前の観測データがグループ内にいち早く提供されるため、世界に先駆けて研究ができるようになりました。
今後の抱負
―最後に、今後のコラボレーションに関する抱負についてお聞かせください。
【写真4】将来の探査機計画にむけて開発中の観測装置を黒田さんに解説するHartoghさん
Hartoghさん: ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とJAXAが共同で2022年に打上げ予定の木星氷衛星探査機「JUICE(ジュース)」(2030年木星到着予定)にむけて、木星の成層圏の大気大循環モデルを開発しています。まだ時間はありますが、やるべきことややりたいことはたくさんあるので、これからもアイディアを交換し合いながら、チームの一員として剛史に期待しています。
Medvedevさん: 最近はテクノロジーの発展により、離れていても一緒に研究できる環境にはなりましたが、やはり、ひとつの場所でコミュニケーションを密にとり研究することは非常に貴重で効果的なことです。ぜひこのような機会を続けたいですね。
黒田さん: 非常に長く良い関係を築けているので、これからも一緒にできることを共同で研究したいですね。MPSは、我々の強固な惑星大気理論研究拠点になっています。これをますます発展させ、より多くの人が集まる強固なグループにしていきたいと思っています。
―皆さん、ありがとうございました。
写真左からAlexander S. Medvedev博士、学生のChris Mockel さん、黒田剛史さん、Paul Hartogh博士。
フォトギャラリー
MPSのエントランス。MPSが大きく貢献したプロジェクト、欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」などの模型が展示されている。
MPSは太陽、惑星・彗星、日震学の3グループからなり、黒田さんの滞在先は惑星・彗星グループ。他グループの研究者(写真は日震学の長島薫さん)との情報交換も新たなアイディアの源泉になる。
Hartoghさんから、MPSにある様々な研究・開発スペースを案内いただいた。写真は宇宙と同じ条件下で実験するための真空管チェンバー。
MPS内には保育園も完備されており、ランチタイムには子連れの若手研究者たちを多く目にした。
インターンシップでMPSに今年3月まで半年間滞在中の学生Mockel さんから、感謝の気持ちを込めてMedvedevさんと Hartoghさんへ太陽系惑星型チョコレート(日本製のため、Mockel さんに頼まれた黒田さんが日本から持参)がプレゼントされるシーンに遭遇。また、取材日前日は黒田さんの誕生日でお祝いがあったそう。リラックスした関係性が築かれている雰囲気を感じた。
MPSの食堂「RESTAURANT AT THE END OF THE UNIVERSE」内にある自動販売機。ドイツでお馴染みのグミ「HARIBO」などのお菓子のみならず、ソーセージまで置いてあるのがなんともドイツらしい。
Medvedevさんから、ゲッティンゲンの街も案内いただいた。上写真は旧市庁舎と「ガチョウ番の娘リーゼル」像。このリーゼル像のほっぺたに博士号取得者がキスをする習慣があるという。さすが、ドイツ最大の45人のノーベル賞受賞者を輩出したゲッティンゲン大学を有する学都だ。科学と知が街中に溢れている。
ゲッティンゲン縁の著名な科学者は数えきれないほどいる。マックス・プランク、グリム兄弟、ガウス、ウェルナー・ハイゼンベルク、ヴィルヘルム・ウェーバー等々。ゲッティンゲンを歩く時は、上方に注目するとよい。著名人が住んでいた家に、その名が刻まれたプレートがある。上写真はガウスが住んでいた家。
ゲッティンゲン駅から街の中心部に向かって、太陽系模型がある。太陽と惑星の位置や直径が20億分の1スケールで配置されており、実際に歩きながら太陽系の広がりを体感できる。この他にも科学に関する様々な銅像やオブジェなどが街に溢れており、ここで様々な科学が生まれている文化を感じた。
私が宿泊した駅前のホテル「GEBHARDS HOTEL」にも多くの著名人が宿泊したそうで、かのアインシュタインも、自らの理論を説明するためにゲッティンゲンを訪れた際、このホテルに宿泊したとのこと(ホテルのパンフレットより)。実は、「ゲッティンゲンで東北大学の第1回教授会議が開催された」と西澤潤一先生から伺い(インタビューはこちら)、学都仙台発祥の輸入元として、ゲッティンゲンはぜひ訪れてみたかった場所。その歴史を体感した滞在となった。
最後に、Hartoghさん行きつけの郊外にあるレストランで典型的なドイツ料理とビールを味わいました。MPSの皆さん、そして黒田さん、ご多用のところ、取材に丸一日ご協力いただき、誠にありがとうございました。
コラボレーション
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