取材・写真・文/大草芳江
東北大学理学部が一番最初の講義を開始してから、今年度は100周年にあたります。これを記念して東北大学理学部では2012年3月15日(木)、公開シンポジウム「100+1=∞ 未来をつくるサイエンス」をせんだいメディアテーク(宮城県仙台市)にて開催し、約380人の学生や市民らが参加しました。第3部からは「杜の都のザ・サイエンスカフェ」が開催され、6名の研究者から話題提供があった後、小グループに分かれ、研究者と市民との対話が行われました。
理学研究科長の挨拶
「100周年の特別濃厚なカフェを楽しんで」
福村裕史 教授(東北大学理学研究科長)
福村裕史理学研究科長は「科学の社会的役割には、専門家が好奇心で未知の分野に挑む側面と、それらの知識が一般に広がり社会全体を明るくする側面がある。そのような期待に理学部は応え続けなければならない」と理学部の社会的役割について語り、「100周年の特別濃厚なカフェを楽しんで」と挨拶しました。
話題提供内容紹介(講演2件/スピーチ4件)
次いで、6名の研究者から話題提供内容が紹介されました。蔡安邦教授と中村智樹教授による20分ずつの講演があった後、4名の研究者から数分ずつスピーチがありました。
①「準結晶(2011年ノーベル化学賞)って何?」
蔡 安邦 教授(東北大学 多元物質科学研究所)
固体には、原子が規則正しく周期的に並んだ「結晶」と、原子が不規則に並んだ秩序のない「アモルファス」の2種類があります。ところがこの常識を打ち破る物質を、1982年、イスラエル工科大学のダン・シェヒトマン博士が発見しました。「周期性はないが、原子が秩序をもって並ぶ」という結晶でもアモルファスでもない第三の固体。これが2011年ノーベル化学賞を受賞した「準結晶」の発見です。
ところが発見当初、準結晶の存在は、結晶学の定義に反するとして否定されました。初期に発見された準結晶は質が悪いものばかりだったために、新しい物質として広く受け入れられなかったのです。準結晶が従来の物質概念とは異なる新しい構造物質として広く認められるようになったのは、私が東北大学博士学生1年の時、高品質で安定な準結晶を発見してからでした。その後も様々な準結晶物質が見つかり、シェヒトマン博士のノーベル賞受賞を支えています。
準結晶の発見は、周期を基本とした結晶学に「秩序とは何か?」という問いかけをしたと同時に、物質構造に新しいパラダイムをもたらした点で、単に際立った性質をもつ物質の発見以上の科学的価値を持つものです。ノーベル賞の受賞は当然と言えるでしょう。
②「はやぶさの贈り物‐太陽系の惑星はどのように誕生したのか‐」
中村 智樹 教授(東北大学大学院 理学研究科 地学専攻)
我々の太陽系はいつどのように誕生したのか?それを調べるには、太陽系が誕生した当時の姿を残す小惑星や彗星などの小天体から、物質を手に入れなければなりません。2010年6月、日本の小惑星探査機「はやぶさ」は様々な苦難を乗り越え7年ぶりに地球へ帰還し、小惑星から物質を持ち帰ることに世界で初めて成功しました。
この初期分析チームに参加した私の担当は、「はやぶさ」のカプセルを一番最初に開封し、カプセルから微粒子を取り出し、分析・解析すること。微粒子を紛失しないようにカプセルを開封する時も大変緊張しましたが、カプセルの中から目には見えない微粒子を取り出し、さらに微粒子が小惑星イトカワのものと特定するまで大変苦労しました。
苦労の末、微粒子を分析した結果、小惑星が太陽系の生い立ちを記録していることや、小惑星の生涯が明らかになりました。しかし一連の分析を終えた頃、東日本大震災が発生。余震が続く中、分析成果を論文にまとめました。実は微粒子に被災地名を付けたのですが、海外から「わかりにくい」と異論があり、残念ながら断念。分析成果は米科学誌「サイエンス」(2011年8月26日号)の表紙を飾るとともに、6編全ての論文が掲載されました。
③「食中植物と眠る植物‐不思議な生物現象の化学‐」
上田 実 教授(東北大学大学院 理学研究科 化学専攻)
動くものと書いて「動物」というように、一般に植物は「動かない」ものであると考えられています。しかし、マメ科植物が夜になると葉を畳む「就眠運動」や、オジギソウの「お辞儀(接触傾性運動)」、食虫植物ハエトリソウの「捕虫運動」など、実際には植物の世界にも、動物とはちょっと違った運動が見られます。筋肉を持たない植物の運動はどのように起こるのでしょうか?これらを支配する植物体内の化学物質について考えてみたいと思います。
④「魚のヒレ‐恐竜の足‐トリの翼、みんな同じもの」
田村 宏治 教授(東北大学大学院 生命科学研究科)
動物の手足の骨は実に様々な形をしています。けれども、僕ら人間の手も、恐竜の前足も、鳥の翼も、魚のヒレも、皆同じ骨格で成り立ち、同じようにつくられていくのです。今日は、生きた恐竜の卵も連れてきました。実際は鶏の卵です。でも冗談ではなく、僕らは昨年、鶏は恐竜の一種であることを発生生物学的に証明しました。手足ができるのは動物の発生過程ですが、ここで同じ仕組みを使うので、同じパターンの骨格ができます。さらにその仕組みを少しずつ変えることで、多彩な形態をつくりだすのです。皆で一緒に、手足の形がどうやってできるか考えてみましょう。
⑤「数式で解く模様の対称と非対称」
赤間 陽二 准教授(東北大学大学院 理学研究科 数学専攻)
前世紀の独の大数学者ヘルマン・ワイルは対称性の重要性をこう指摘しています。「『対称性』の意味は広漠としつつも、芸術や自然において重要な主題である。数学は『対称性』の根源にあり、数学的知性の働きを明らかにする。『対称性』は広義でも狭義でも、それによって人類が長きにわたり秩序と美、完全性を理解し創造しようと努力してきた一つの理念である」。それは確かに重要で、しかも自然界に存在はするのですが、一方で、我々の顔は対称ではあるが内臓は非対称であるし、日本の伝統芸術では非対称の美を愛でるところがあります。非対称の数学について、皆さんと冷静に考えたいと思います。
⑥「宇宙で素粒子クォークから物質が作られる不思議」
田村 裕和 教授(東北大学大学院 理学研究科 物理学専攻)
世界の物質はすべて素粒子クォークからできていますが、宇宙のどこでどのようにクォークから様々な原子核がつくられ物質となったかは、実はまだほとんどわかっていません。その謎に挑むために我々は、普通の陽子や中性子の中にあるクォークの種類を取り替え、地球上に存在しない"奇妙なクォーク"を使って"奇妙な原子核"を人工的につくる実験を行なっています。このことは宇宙の中の物質のつくられ方にも深く関連しています。
また、こうした研究には原子核やそこから出る放射線を測定する装置が必要です。今日は一番古いタイプの放射線測定装置「霧箱」を使い、原子核が壊れてその破片が飛び散る様子を、皆さんに目で見ていただきます。
理学のものがたり/参加者インタビュー
スピーチ後、話題提供者毎に参加者も6つのグループに分かれ、「理学のものがたり」が始まりました。第3部の司会進行を務めた、理学部開講100周年記念事業準備委員会WG実行委員長の塚本勝男教授は「第一線の研究者と直接対話ができる貴重な時間を楽しんで」と挨拶しました。そして、約1時間にわたり、研究者と市民や高校生との対話が行われました。各グループの参加者に感想を聞きました。
①準結晶(2011年ノーベル化学賞)って何?(蔡 安邦 教授)
「おもしろく、わかりやすい」/日置さゆりさん(主婦)
先生方の話はとてもおもしろく、市民にもわかりやすく伝える工夫がされており、次もぜひ参加したいと思わせる内容でした。また高校生の発表も大変力が入っており、今時のお子さん達の頑張りが感じられました。
②はやぶさの贈り物‐太陽系の惑星はどのように誕生したのか‐(中村 智樹 教授)
「分析技術の高さに驚いた」/伊藤芳春さん(高校校長)
世界で一番最初にイトカワ微粒子を分析した先生の話を楽しみにして来ました。なぜイトカワ母天体の大きさがわかるのか不思議でしたが、シミュレーションで解は一つになるそうです。分析技術の高さに驚きました。
③食中植物と眠る植物‐不思議な生物現象の化学‐(上田 実 教授)
「植物にも動物と似た性質があることに驚いた」/虻川輝明さん(高校生)
食虫植物と眠る植物の運動が、どのように起こるかについて学びました。特定の化学物質によって水分移動が起こり葉が閉じること、その機構はまだほとんどわかっておらず現在も解明中であること、そのような運動をする植物はマメ科に多く、葉の閉じない植物に特定の化学物質を与えても閉じないこと等がわかりました。植物にも動物と似通った性質があることに驚愕し、とても新鮮に感じました。
④魚のヒレ―恐竜の足―トリの翼、みんな同じもの(田村 宏治 教授)
「生命の神秘を感じた」/木村美紗さん・北村萌さん(高校生)
実際の生物を見せてもらいながら、卵から鳥の前足になっていく発生の過程を詳しく解説してもらいました。とても興味深いお話でした。先生の説明も丁寧で、わかりやすかったです。生命の神秘を感じました。
⑤「数式で解く模様の対称と非対称」(赤間 陽二 准教授)
「非対称も見方を変えると対称性が見えてくる」/阿部貴之さん(高校生)
非対称の中にも、少し見方を変えることで、対称性が見えてくることを学びました。平面で見ると非対称でも、立体で見ると、いろいろな対称性があること、準結晶はそれと同じようなものだとわかりました。人間が非対称だと思うものの中にも、実はまだ対称的なものがいろいろあるんじゃないか。今後そういうことが研究されていくのかなと興味が湧きました。
⑥「宇宙で素粒子クォークから物質が作られる不思議」(田村 裕和 教授)
「理論と実験を結ぶ、発想と基礎力を身につけたい」/日置友智さん(高校生)
物理は理論と実験の両輪で発展することを強く感じられた点が一番おもしろかったです。僕は高校の化学部で、実験で結果が出たらOKとしていましたが、物理は、原理原則から組み立てた理論と実験の結果が一致すれば間違いないとする、論理的な分野だと感じました。僕は物理学科に進学するので、大学では、理論を学んだ上で、実験と結び付けられるような発想や、その基礎力を身につけたいです。
ガルシア・ルイス教授(グラナダ大学)からのメッセージ
最後にサプライズとして、このたび東北大学と大学間協定を結ぶスペインのグラナダ大学を代表して、ガルシア・ルイス教授からお祝いのスピーチがありました。そして第3部の「杜の都のザ・サイエンスカフェ」も大盛況のうちに閉会しました。
Good evening ladies and gentlemen. It is a pleasure and an honor for me to participate in the 100 anniversary of the Tohoku University. I was visiting professor in your Faculty last year when the terrible Earthquake of March 11 hit this country. I was not familiar either with earthquakes or tsunamis, so I did not know how to behave. Unfortunately, I do not speak Japanese so I was unable to read the news. However, I felt safe, even happy, at all times. The students and professor of the University and my neighbors from Omachi were so helpful and so warm during these days that I did not want to escape. The night of the March 11, 2011 while I was in the shelter I wrote a newspaper article to the world how wonderful your culture is and how civilized you are. And now, I wonder myself as a foreigner how fast you recovered from the disaster. Thus, I am happy to know that our cooperation will be strengthened in the future with the agreement that will be signed this month between Tohoku University and the University of Granada. Thank you very much for your warm help and for your attitude. I am sure you will overcome also this time. Congratulations for the 100 anniversary.
皆様こんばんは。東北大学理学部の100周年記念に立ち会うことができ、嬉しく思っています。昨年、私は理学部の客員教員として滞在しているときに3月11日の大地震にあいました。私は地震や津波を経験したことが無かったので、難を逃れるすべをしりませんでした。不幸にも、私は日本語を話せませんし、もちろんニュースを読むこともできません。しかし、私は不安を感じませんでした。むしろ嬉しい気持ちでいました。東北大学の学生や教員、近所の方々から心温まる援助をして頂いたからで、そこから逃げることがはばかられました。震災の夜、私は避難所で日本文化の素晴らしさと気品の高さを世界に伝えようと新聞記事を書いていました。そして今、私は外国人としてあなた方がこんなにも早く震災から復興していることに驚いています。私は、このたび東北大学とグラナダ大学の間で結ばれる大学間協定によって、我々の関係がより強固なものになっていくことを、嬉しく思っています。最後に、あなた方の心温まる援助をどうもありがとうございました。私はあなた方がこの困難を乗り越えると信じています。100周年おめでとうございます。
高校生による研究紹介(第2部フォトギャラリー)
第2部では、高校生による研究紹介もありました。口頭発表1件、ポスター発表10件の様子を、写真でご紹介します。
「銀過酸化物"Ag2O3クラスレート"は高い抗菌効果を有する」
(宮城県仙台第二高等学校 化学部)◯日置友智、安東沙綾、山田学倫・渡辺尚(教諭)
(左)「マウスとヒトの赤血球の食塩濃度による形態変化」(宮城県仙台第三高等学校)
(右)「天然染料による金属イオン検出試験紙の作成」(宮城県仙台第三高等学校)
(左)「白神山地の追良瀬川での江戸時代の地震における地滑り調査」(宮城県仙台第三高等学校)
(右)「放射線測定器の校正と測定結果」(福島県立福島高等学校)
(左)「放射能汚染への対策」(福島県立福島高等学校)
(右)「ミジンコの減圧ストレスに対する応答」(群馬県立高崎女子高等学校)
(左)「大根の維管束の調査 ~連続切片から見る維管束の分かれ方~」(宮城県宮城第一高等学校)
(右)「宮城県内のゲンジボタルの多様性~遺伝子と形態を探る~」(宮城県宮城第一高等学校)
(左)「あっこんなところにGMO!! ~あなたの食卓に潜むGMOの検出~」(宮城県宮城第一高等学校)
(右)「宮一理数科のルーツを探る ~ミトコンドリアDNAによる遺伝子解析~」(宮城県宮城第一高等学校)
※「雪結晶の成長」(宮城県仙台向山高等学校)は発表者がインフルエンザのため欠席となりました。
関連記事
■準結晶(2011年ノーベル化学賞)って何?(蔡 安邦(東北大学 多元物質科学研究所 教授))
■小惑星探査機「はやぶさ」の贈り物 ~太陽系の惑星はどのように誕生したのか~(中村 智樹(東北大学大学院理学研究科地学専攻 教授))
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