取材・写真・文/大草芳江
2012年2月8日公開
結晶成長と宇宙実験
塚本 勝男 TSUKAMOTO Katsuo
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地学専攻 教授)
1948年、大阪府出身。専門は結晶成長学。1975年、東北大学大学院理学研究科修士課程修了 (理学博士)。1979年、ナイメーヘン大学(オランダ)研究員、1981年、IBMチューリヒ研究所客員研究員、Phillips研究所(オランダ、アインドーヘン)客員研究員、1983年、東北大学大学院理学研究科地球物質科学科助手、助教授などを経て、2006年から現職。
「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします
46億年昔の太陽系惑星の起源と進化の謎を「結晶成長」の視点から理解しようとするのが、塚本勝男さん(東北大教授)である。そのために塚本さんらが新開発した原子・分子レベルで結晶成長のプロセスを直接"その場"観察できる実験装置は、そのユニークさが欧米で評判となり、国際宇宙ステーション(ISS)搭載用"その場"観察装置にもつながった。
「宇宙と地上の大きな違い、それは"重力"です」と語る塚本さんは、46億年昔の太陽系における物質形成を理解するためには、宇宙空間と同じ"無重力"環境での物質形成過程を理解する必要があると強調する。地球上の経験だけでなく、宇宙の経験を得るために、これまでも宇宙基地や航空機を使った無重力実験を行ってきた塚本研究室。2001年からロケット実験を行っており、2012年には、これまでのノウハウを活かし、ISS日本実験棟「きぼう」を使ったタンパク質結晶の無重力実験を予定している。
そもそもなぜ宇宙でタンパク質結晶なのか。第3回目のインタビューとなる今回は、その研究背景なども含めて、研究内容について聞いた。
<目次>
・宇宙実験の歴史
・なぜわざわざ宇宙で結晶をつくのか?
・企業がスポンサーになる理由
・実用的研究だけでなく基礎研究も
・宇宙でタンパク質結晶が研究される理由
・メカニズム解明で物量短期戦に対抗
・アメリカの宇宙実験が下火に
・結晶が「綺麗」「汚い」とは
・無機塩よりタンパク質の欠陥が厄介
・なぜタンパク質の「良い」結晶か
・タンパク質は結晶化しない?
・タンパク質結晶の成長パターンを見る
・タンパク質結晶の成長速度を測る
・過飽和度を上げると成長速度は速くなる?
・最適な成長条件を知って結晶成長をコントロール
・分子が一つか二つかで大違い
・不純物の影響を調べるために
・地上でも良い結晶はつくれる
・「宇宙では結晶成長速度遅い」常識覆す
・無重力下の結晶成長における不純物の効果
・2012年国際宇宙ステーション宇宙実験
・ヨーロッパの宇宙実験が失敗した理由
・日本の強みとは
東北大学教授の塚本勝男さんに聞く
宇宙実験の歴史
―そもそもなぜ宇宙でタンパク質結晶の実験をするのですか?
では、その前にまず、これまで世界中で行われてきた宇宙実験について、少し歴史的な話から始めますね。いろいろな宇宙実験の一つに無重力実験があります。その始まりは1960年代にアポロが月に行った頃まで遡ります。その帰り際に無重力空間を利用して科学実験をしよう、という「スペースラボ計画」がありました。
無重力下では、雪の結晶はどうなるだろう?クモの巣はどのように張られるのだろう?中高生のシンプルな疑問に基づく宇宙実験がアメリカによって行われたのです。宇宙船の余剰な空間をうまく利用して、いろいろな無重力実験が行われました。その多くはデモストレーション的で、科学実験と呼べるものではありませんでしたが、多くの一般市民や中高生を巻き込む話題提供になりました。また、無重力とは何か?に注目するきっかけ、そしていろいろなサイエンスを別の視点で見直すきっかけになったことは確かです。
宇宙実験ではほかに、例えば「宇宙エレベーター」の計画がありました。無重力を利用することで北極から南極まで高速に、安価に移動できるエレベーターのアイディアです。その原理は1960年代に提案されていましたが、現実には、例えばロープは長ければ長い程重くなるなど、技術的な問題でストップしていたのです。ところが、1990年代に飯島澄男さんが「カーボンナノチューブ」(※)を発見しましたね。カーボンナノチューブは細くて軽く非常に丈夫という性質を持ちます。この新しい材料の登場によって、今まで原理的に不可能と考えられていたアイディアが復活したわけですよ。最近もいくつかの大学で、宇宙エレベーターをつくろうという計画があります。
※カーボンナノチューブ...炭素原子が網目のように結びついて筒状になったもので直径はナノメートル単位。
このほかにも宇宙に関わるいろいろな計画が考えられています。例えば地上なら人間は飛行機程度しかつくることができませんが、重力の少ない月や火星なら、昆虫の飛行原理から学び、簡便な空飛ぶものをつくれるのではないか、という研究が進んでいます。その際には、例えば宇宙では重力が少ないが、空気が少ないために揚力も少ないので、そのバランスをどう取るかといった問題など、地上の技術をそのまま宇宙に適用するだけではものにならないことはわかっています。それをどうすれば良いのか、考える過程がおもしろいわけですよね。
なぜわざわざ宇宙で結晶をつくのか?
―それでは「宇宙実験」と結晶の関係は?
ここで結晶の話に戻りますが、「地上では良い結晶ができない」という考え方があります。例えば、シリコンで半導体をつくる場合、地上では容器壺に入れて結晶をつくるのですが、内壁に接触している部分から欠陥が生じたりするのです。そのため「ならば欠陥を無くすために、宇宙で浮かせてつくれば良いのでは」といった単純な発想があるわけです。
あるいは、例えば「ゼオライト」という結晶があります。ゼオライトは、色や臭い、汚れなどの吸着に使われている結晶です。なぜ吸着するかと言うと、結晶構造の中にたくさんある小さな穴に、それらが入るからです。ゼオライトは天然の結晶ですが、実際は人工的につくられています。身近な例で言えば、洗剤は界面活性剤にゼオライトを溶かしたようなものですよ。界面活性剤で汚れを包み込み、それをゼオライトに吸着させて水で洗い流す、ということを洗剤はやっているわけです。
すると、ゼオライトを利用して、例えば有毒なガスやとんでもない何かを吸着するものや、あるいは酸素や水素を吸着して燃料になるものをつくれるかもしれない。そのような期待から今、ゼオライトは盛んに研究されているのです。そのひとつに、1980年代から「ゼオライトを宇宙でつくろう」という計画がアメリカでスタートしました。「なぜ、わざわざ宇宙でつくる必要があるのか?地上でもつくれるじゃないか」という考えもあります。しかし、後述するように宇宙と地球では(結晶が)できる環境が大きく違い地上でできない機能の結晶ができることも期待されたわけです。しかし、私はそうは思っていませんでしたが。
例えば、皆さんは「水は0℃で凍るものだ」と思っていますよね。けれども、無重力で浮かせてつくると、-50℃くらいまで下げなければ結晶にはならないのですよ。それは氷だけでなく、どんな物質でもそうです。例えば、太陽系で最初にできた物質の「オリビン」という結晶は、地上なら1890℃で溶けます。そのため、メルト(融液)を冷やしていくと1890℃付近で結晶ができると思われていたわけです。
しかしながら、宇宙ではそうではないことが、我々の実験を通してわかってきました。100℃下げても200℃下げても500℃下げても結晶はできません。実は、1000℃くらいまで下げなければ結晶はできないことがわかってきたのです。つまり、地上では約1900℃でオリビンの結晶はできていたのに、宇宙では1000℃くらい温度を下げないとできない。できる温度が全く違うから、今度は物性や機能が全く違うものができる可能性があるわけですね。
企業がスポンサーになる理由
―宇宙実験には莫大なコストがかかりそうですが、それでも宇宙で結晶をつくるメリットは何ですか?
タンパク質やゼオライトの結晶も宇宙環境でつくれば、おそらく地上ではできない機能ができるのではないかと期待されているわけです。そのため、アメリカでは企業が莫大なお金をつぎ込んで研究を応援してきました。例えば「3M」など巨大な化学メーカーがスポンサーになったりしていました。
もう一つの大きなスポンサーは製薬会社です。当時も今もそうですが、薬はとても高付加価値な商品です。例えばアスピリン(解熱鎮痛薬)程度の薬なら、今まで一個10円だったものが一万円になっても誰も買わないよね。けれども、エイズなどの病気が薬で治るとなれば、百万円でも一千万円でも買う人はいるわけです。ですから地上ではできない新薬が、宇宙空間、特に無重力空間を使うことでつくれるのではないかと大変期待され、アメリカの製薬会社などは盛んに研究を始めました。
その対象の一つが、タンパク質の結晶です。タンパク質には、薬以外にもいろいろな使い道があるのですよ。太る原因となるパンやご飯と味は同じでも、カロリーがないような食品をつくることができれば健康に役立ちますね。タンパク質の結晶は、マーケットとして非常に広いわけです。ですから、アメリカの製薬会社や食品会社などは、タンパク質の研究に膨大なお金を出しているのですよ。つまり、アメリカの宇宙開発は、このような企業が支えてきたわけですね。ただ、最近は宇宙を観光や宣伝に活用しようとする企業が増えたりして様子が違ってきていますが。これも宇宙利用の多様性がはかられて大変良いことだと思います。
実用的研究だけでなく基礎研究も
―だから、タンパク質結晶の宇宙実験が行われているのですね。
ここまではわりと実用的な話をしましたが、宇宙実験には、実用的な分野と基礎研究の分野の二つがあります。例えば半導体製造に欠かせないシリコン(ケイ素)も、実用的な研究だけでなく、地上の研究を支える基礎研究を宇宙でやろうという研究も進みつつあります。
その一つに、例えば「熱伝導度(伝導による熱の伝わり易さを示す物理量)」があります。普通の個体ならば、熱伝導度の値は理科年表などに書いてありますよね。一方、熱は固体だけでなく液体にも伝わります。ところが、シリコンを溶かして、溶液の熱伝導度はどれくらいか?とデータを調べてみると、300%くらいの誤差があるのです。これについては日本の研究者が精力的に研究をしてきました。
なぜ誤差が多いかと言えば、(固体には対流がありませんが)液体には対流があるためです。そのため、熱伝導度を測定する時には、対流を抑えなければいけません。けれども、対流を抑えるような実験は、地上ではなかなかできませんでした。そのため地上で行われた多くの研究はなかなか正しい結果が出なかったのです。
そこで、宇宙空間の対流のない世界で熱伝導度を測ろう、という実験が行われました。つまり、地上では対流があるために複雑になっています。けれども、対流をなくして、パラメーターを一つ減らして実験すればもう少し簡単になるので、本当のメカニズムがよくわかるようになるのではないか、ということです。
半導体製造に欠かせないシリコンですが、良いシリコンをつくろうと思えば、熱伝導度のデータが必要になりますね。それに、これからお話する結晶成長のいろいろなパラメーターにしても、対流を抑えた時のデータがなければ、地上でどうなるかも予想できません。このように宇宙には、物性を測定するような分野もあるのですよ。
宇宙実験には、(打ち上げ費用だけで)例えば、装置1gあたり1万円もの莫大なコストがかかるわけです。それ以上の商品価値があるものをつくらなければ、地上に持って帰っても割に合わないわけですが、そのコストに見合うものは薬くらいでしょう。それ以外の分野では、地上で測れないものを宇宙で測って研究する基礎的な分野が、主流ということですね。
宇宙でタンパク質結晶が研究される理由
宇宙実験には、実用的な分野と基礎研究の分野の二つがあると先ほどお話しましたが、そのちょうど中間くらいに位置するのが、今回のお話のテーマでもある、タンパク質の結晶成長の研究なのです。
―先ほどタンパク質結晶の実用的な研究について少しお話いただきましたが、基礎研究の方はどのようなものですか?
食塩やシリコンなどの無機塩は簡単な構造をしていますが、タンパク質は、一つの分子あたり数千~数十万個の原子が集まった複雑な構造をしています。我々が結晶化できるのは、数百万個あるタンパク質の1%程度です。その構造を解こうにも、例えばこの炭素原子と酸素原子の間の距離が正確にわからなければ、分子構造を描くことはできません。その構造を解くときに、結晶の完全生が良い場合はX線解析で精度の良いデータが出てくるのですが、結晶の完全性が悪い場合は良い精度が出ないのです。研究者はだれでも高分解能を求めますから、良い結晶が欲しいわけです。そんな中、宇宙でつくった結晶の方が、統計的に20%くらいの割合で、地上でつくった結晶よりも完全性が高いことがわかってきました(※)。
(※)最近では地上で宇宙実験の成果をもとに工夫をして作った結晶のほうが良いという報告もされている。
また、実用的な面で言えば、先ほどもタンパクの結晶はマーケットとして広いとお話しましたが、今はパテント(特許)の時代。構造を決めればパテントになるし、構造が決まらなければ、たとえ良いものをつくってもパテントに申請しにくいのです。すると、できる限り良い結晶をつくって、構造を決めて、パテントに登録することが、会社の生死を分ける話になるわけですね。特に、世界的な製薬会社や食品、化学メーカーなどが、もの凄い勢いでそれらをパテントにしていきました。その一つとして天然のものを生成する方法もありますが、人工的につくることも大切になります。そのような背景がタンパク質の結晶成長の研究につながってくるのです。
メカニズム解明で物量短期戦に対抗
―今までのお話と塚本研究室の関係は?
今、溶液からの結晶成長の研究は、宇宙を使って盛んに行われていますし、我々もしています。それは、なぜ宇宙で綺麗な結晶をつくれるのか、そのメカニズムを知ることができれば、地上でも再現することができると考えているためです。
今までアメリカではNASAが、政府や民間企業からの莫大なお金を使って、宇宙で結晶成長の研究を盛んに進めてきました。その金額は、日本では考えられないくらいの規模ですよ。例えば、アメリカのある研究室に行った時、スペースシャトルから戻ってきた結晶の山がテーブル一杯に積んでありました。それだけアメリカでは、物量短期戦で大量につくられた結晶を分析にまわすわけですが、その解析が間に合わないために放置されているほどなのです。一方、日本では当時も今もそうですが、せいぜい数個の結晶を宇宙でつくる程度の規模なのですよ。これではアメリカ式にやっても到底追いつかないよね。
ちょうどその頃、宇宙で実験をしようと、僕らが参入しました。僕らが考えたことは、物量作戦で実用に託す研究もあるけれども、結晶成長のメカニズムをきちんと一つひとつ知るような基礎研究が宇宙利用には適しているだろう、ということですよ。日本ではその考えが通ってきて、物質科学の分野でもきちんとメカニズムを理解しようという方向になってきたわけですね。そのような我々の考え方に同調して、アメリカでもたくさんの優秀な研究者たちがメカニズムの研究を始めたわけです。
それに、アメリカ式は宇宙でつくった結晶を地上に持ち帰って調べる方法でしたから、そこにはいろいろな議論がありました。例えば、宇宙で結晶をつくって地上に持ち帰るだけでは、できた結晶が宇宙でどのような状態であったかはわからないですよね。人によっては、良い結晶ができなかった言い訳として、「宇宙では良い結晶ができたけれども、地上に持って帰る間に欠陥が入ったのだ」と主張する人もいたわけです。だから僕らは、宇宙でつくるのなら宇宙で結晶成長の出来方を調べた方が良いと考えました。アメリカでも僕らと似たような考えた人がいて、ただ、X線で構造を調べようという意図のアイディアもあったのです。けれども、その計画はすべて駄目になってしまいました。
アメリカの宇宙実験が下火に
―なぜ駄目になってしまったのですか?
僕の場合は、溶液から成長する際の対流の影響を考えてい時に、地上で実験をする限り、重力による対流はさけられないと思い、無重力実験を考えたんです。そして、どうやったら無重力実験ができるかを考えて「キララ計画」をたてたかは、第1回インタビューで詳しく述べました。そのキララ計画で使う実験装置はフライト前のプロトタイプの実験装置まではできていたのですが、実験が中止になったのは、チャレンジャー号爆発事故(※)があったからです。
(※)チャレンジャー号爆発事故:1986年、アメリカの宇宙船スペースシャトル「チャレンジャー号」が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が犠牲になった事故。
このような私的な研究とは別に公的な無重力実験も、不景気のためアメリカ政府から補助が得られなくなり、宇宙実験そのものが下火になってしまいました。例えば、NASAで宇宙実験をしようとすると、(5cm位の厚さのフォルダを見せながら)これだけ分厚い計画書を書かないといけないのです。宇宙実験でどのようなことが期待できるか、約3日間にわたってたっぷりプレゼンテーションしながら審査されるのです。僕もアメリカで審査したことがあります。
このように、宇宙で結晶をつくるだけでなく、結晶成長のメカニズムをきちんと知らなければ、果てしなくお金がかかることになるということがわかってきたので、基礎研究の方がまず必要という考えになってきたのです。アメリカの研究でも、僕らが提案している「その場」観察を取り入れる研究プランが決まったのです。けれども、先ほどお話した通り、結局それは一部しかできませんでした。
コラボレーション
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