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2024年 10月 16日 (水)

科学って、そもそもなんだろう?:東北大学WPI機構長の山本嘉則さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2010年12月13日公開

今の時代だからこそ、研究のモチベーションは、
「好奇心駆動型」と「目的志向型」の両方が必要

山本 嘉則  YAMAMOTO Yoshinori
東北大学世界トップレベル研究拠点(WPI)原子分子材料科学高等研究機構機構長
東北大学大学院理学研究科教授

1942年、神戸市生まれ。東北大学世界トップレベル研究拠点(WPI)「原子分子材料科学高等研究機構」機構長、東北大学大学院理学研究科教授。1970年 大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了、1970-1976年 大阪大学基礎工学部助手、1970-1972年 米国パデュー大学(Prof. H. C. Brown)博士研究員、1977年-1985年 京都大学理学部助教授、1986年-1994年 東北大学理学部教授、1995年-現在 東北大学大学院理学研究科教授(現職)。日本化学会副会長や東北大学副学長なども歴任。2002年フンボルト研究賞、2006年紫綬褒章などを受賞。

 「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします


有機化学における功労により2006年春の紫綬褒章を受章され、
「世界トップレベル研究拠点(WPI)※」の拠点長を務める山本嘉則さんは、

そもそも何のために大学は存在するのか?を、
「人類が今まで築いてきた文明・文化の維持・発展のための装置」であると言い、

そもそも何のために研究するのか?を、
「curiosity driven(好奇心駆動型)」と「purpose oriented(目的志向型)」の
両方の駆動力が、今の時代には必要であると力説する。

「自分に合ったものを見つけ、あらゆるベクトルをそちらに向ければ、必ず成功する」
そう語る山本さんという「人」から見える、科学とはそもそも何かを探った。

※世界トップレベル研究拠点(WPI: World Premier International Research Center initiative)プログラムは、高いレベルの研究者を中核とした世界トップレベルの研究拠点形成を目指す構想に対して集中的な支援を行い、システム改革の導入等の自主的な取組を促すことにより、世界から第一線の研究者が集まる、優れた研究環境と高い研究水準を誇る「目に見える拠点」の形成を目指す文部科学省のプログラム。全国6拠点が採択されている。

<目次>
ページ1:科学とは、より深く理解すると同時に、それに基づいて人類が前進するための道具
ページ1:大学は、人類が今まで築いてきた文明・文化の維持・発展のための装置
ページ1:この歳になったら、そう思うだけ
ページ1:個々の研究者として見ていること、引いて全体像として見ていること
ページ1:curiosity driven と purpose oriented 、研究にはその二つが重要
ページ1:まわりがお金を出すことに納得できるか、できないか
ページ2:日本は各分野の最先端を行っている、けれどもイノベーションは出ていない
ページ2:横の知識を勉強させるような教育システムになっていない
ページ2:けれども、変わるって、なかなか難しい
ページ2:とは言え、最初は好奇心から
ページ2:なんとなく自分の肌に合う
ページ2:良い人につくことが重要
ページ2:洞察力が重要
ページ3:アメリカでは、いろいろな分野を各々深く勉強する
ページ3:研究はオリジナリティだけでなくインパクトが重要な時代に
ページ3:インパクトはオリジナリティだけでは出てこないことがある
ページ3:日本人のメンタリティー
ページ3:融合研究は新しいものを生み出す一つの手段
ページ3:transparent(透明化)に、globalにする理由
ページ3:「何かちょっとひっかかる」ところにはやっぱり何かある
ページ3:自分に合ったものを見つけ、あらゆるベクトルをそちらに向ければ、必ず成功する
ページ3:社会の受け皿は広い、絶対に合ったところがある


東北大学WPI機構長の山本嘉則さんに聞く


科学とは、より深く理解すると同時に、それに基づいて人類が前進するための道具

―山本さんがリアルに感じる科学とはそもそも何ですか?

 それは、サイエンスをどういう風にとらえているかということ?そういっぺんに聞かれれると、困るんだけどね・・・(笑)

 サイエンスには、「ナチュラルサイエンス(natural science)」と「ライフサイエンス(life science)」と「ヒューマンサイエンス(human science)」がありますね。皆それぞれカバーする領域を理解して、現状からさらに一歩進むための道具が、要するに科学なのではないでしょうか。

 例えば、ヒューマンサイエンスなら、人間の文学・政治・経済・法律などの現状をより理解し、それに基づいてさらに一歩人類が前進するための道具。ライフサイエンスなら、健康・医療や食べ物などの分野を深く理解し、人間が生きていく上で、さらにより良くするために進むための道具。

 そして、我々がやっているナチュラルサイエンスなら、自然現象をより深く理解し、わからないことをわかるようにすること。あるいはそのようなものに基づいて、いろいろなものをエンジニアリングし、人類のためにさらに一歩進むための道具。そのように捉えれば良いのではないでしょうか。


大学は、人類が今まで築いてきた文明・文化の維持・発展のための装置

―山本さんは、最初からそのように思って、科学をされていましたか?

 いやいや、今になってからですよ。大学だって、この3分野に分けられるわけです。サイエンスとはそもそも何?ということは、そもそも大学は何のためにある?ということ。そもそも大学は何のためにあると思いますか?

 僕が思うに大学というのは、これまで人類が築き上げてきた文明や文化を、次の世代に維持・継承するとともに、さらに一歩前進するために人類が編み出した一種の社会的な装置、組織ではないですかね。

 そこに若くて優秀な人たちが入ってきて研究をし、今まで人類が築き上げてきた文明・文化が次の世代へ移されていくわけです。それは教育なんですよ。けれども世の中は変わるから、現状の知識を移すだけなら、次の世代に合ったことができないんだな。

 では将来、世の中が変わった時に対応できるためには何が必要か。それは、今までの知識や経験に基づき、柔軟に対応できるような新しいこと、つまり研究なんかはその一つなんだよな。そのような役割を大学は果たしているのだと思います。

 ですから、「そもそも大学とは何ですか?」と聞かれた時、「教育と研究です」だけではないのです。それを、もう一つ深く掘り下げたら、そういうことなんですよ。


この歳になったら、そう思うだけ

―山本さんは、いつからそう思うようになったのですか?

 そんなことはね、昔から思っていないですよ。教授だった時だって、どうやってうまく研究をして、言葉は悪いけれども、有名になろうとか分野のリーダーになろうとか、そういう風にしか思っていないです。

 全体のことを「なんでだろう?」と僕が思い始めたのは、歳をとってからですよ。つまり、大学の運営などに関わってからね、そういうことを考えますね。

 だから、人間というのは、良く考えたんですよね。24~25歳くらいまでの人間には、自分たちの次をうまくやってもらうために、トレーニングをしてやっているんだな。小学校から何十年かけて。その最終段階が大学ですね。

 ただ高校や大学までは、単に(トレーニングを)受けているだけ。将来わからない問題が出てきた時に対応できるのは、研究などのレベルなのかな。

 例えば今、石油を燃やして二酸化炭素がたくさん出ることが問題だ、それをなくすためには太陽エネルギーの有効利用が必要だ、といった問題が、もう人類の目の前に出ています。

 それは今、目に見えて人類が直面している問題ですが、今から50年前は誰も問題にしていなかったわけです。けれども今は、社会が変わって問題が出てくる。じゃあ、どうやってそれに対応しますか?それは研究が解決してくれる。

 そういう風に考えたら全体像が理解できるかな、なんて、この歳になったら、そう思うだけですよ。専門的な知識だけじゃなくてね。それで、最初のあなたの質問になるけど、「科学とはそもそも何か?」とは、そういうことだと僕は思うよ。

 つまり、今まで積み重ねてきた人類の英知を次の世代に移すとともに、世の中が変動して予測不能なことが起こった時でも、うまく対応できるような柔軟な能力を身につけること。

 それは、今まで出ていた例えば10という数字を、もっとチャンピオンデータにして、11とか12にするといったような単純な話じゃなくってね。それも大切なことだけど、もっと深く考えたら、そういうことだよなと思います。


個々の研究者として見ていること、引いて全体像として見ていること

―山本さんの研究は、まだ起こっていない問題にアプローチする研究だったのですか?

 それは違う。僕は今偉そうなことを言ったけれども、目の前の問題を解決することを一生懸命やってきました。それは、小さな問題もあるし、大きなことを言っていることもあるし、いろいろだけど。皆そうですよ。ただ、そういうことをまとめて、じっくり落ち着いて考えてみたら、今みたいなことかなと思ったわけです。

―研究者個人としては、その時はそう思っていないけど、一歩引いて全体を見てみたらそういうことだった、ということですか?

 そう。引いて全体像を見たら、そういうことだった。個々の研究者はね、そりゃもっと具体の話になるから、そういう目では見てないかもしれないですね。

 例えば、最近「はやぶさ」が話題になっているけれども、小中学生でもそれは非常におもしろいと思えるだろうし、やっぱり夢ひかれますよね。

 けれども、それだって良く考えてみたら、宇宙の根源や何やらを明らかにすることができれば、もちろん研究者個人の知的満足もあるけれども、やっぱり将来なんか良いことがないかなと思って、皆やっているんだと思うんですよ。

 それは昔、大航海時代にコロンブスが命がけで行った時と、同じだと思うのです。この先、一体どうなるかはわからない。けれども、むこうには何があるのだろう?と思って行ってみた。そこにものすごく良いことがあるなんて知らずにやったんだと思うんですよ。

 ところが実際に行ってみたら、大陸が開けていて、豊富な土地があって、いろいろな資源があった。けれども、それは後からわかったことなんです。

 それと同じことを今、やっているわけだね。宇宙に行って、それはすごいおもしろい。ただ今の段階では、そのような良い話はまだないのだけど、良く似ている話だと思います。


curiosity driven と purpose oriented 、研究にはその二つが重要

―研究者個人としては、将来どんな良いことがあるか初めから考えているわけではなく、それを知りたい、そこに行ってみたい興味に駆りたてられ、例えば新大陸や宇宙に行ったら、結果として良い話があったと後になってわかる、ということですか?

 いや、研究には二種類あると思います。今仰ったような、curiosity driven(好奇心に駆動された)といった話。それはものすごく夢があって、小学生や中学生にも理解してもらえる。

 もう一つは、purpose oriented(目的志向)。単なる興味だけじゃなく、はっきりとした目的があってね。例えば、この太陽エネルギーを何とかして使えないか、っていう話。

 研究には、curiosity driven と purpose oriented 、その二つが必要なんだと思いますよ。どちらかが重要でどちらかが重要ではないという話ではなくて、両方とも必要だよ、やっぱり。

―なぜ、そう思うのですか?

 purpose oriented は、そのゴールが現実にはっきりしていて、そこをうまく走りなさいという話。むこうに終着点があるよ。あと100mだ。誰が一番速く着きますか?どれだけ速いスピードで着きますか?それがもう、はっきりしているんです。こういうタイプの研究は、ある意味、説得力があるよな。

 一方の curiosity driven は、やっている方はおもしろいと思うよ。やっぱり研究は、そこから始まるでしょう。ただ今の時代はなかなか、特に小さいお金でやる分には誰も文句は言わないのだけど、ものすごい国費を投じてcuriosity driven でやったら、それはtaxpayer(納税者)が黙っていない。「そんな何兆円もかけてやるだけの余裕があるか」と、こういう話になる。

 まだ日本は、ある程度はそれが許されています。国によっては「そんなの駄目」と言うところもあるから、比較的、日本はありがたいところだと思いますよ。ただ、どっちも僕はやっぱり重要だと思うな。


まわりがお金を出すことに納得できるか、できないか

―研究は curiosity driven から始まる必要があるけれども、特にたくさんのお金をもらう場合は、研究者以外の人たちが、その研究にお金をかける意味を納得できないので、目的が明確でわかりやすい purpose oriented が必要だ、ということですか?

 目的志向は、もう非常にはっきりしているから。taxpayer も納得するし、結果もはっきり出る。達成していない人は「あなたはやったけれども駄目だったではないですか」、達成した人は「君のおかげでこうなった」と、はっきりしている。

 一方で curiosity driven の方はね、やっぱり、ある程度広い理解がないと難しいよな。良く言われるのは「おまえさん、お金ばっかり使って何も出ないじゃないか。お前の興味のためにやっているのか?」と、こういう話になるから、そこは難しいですね。

 ただ、今まで日本の歴史を見たら、そういうおもしろいことは、curiosity driven から出てきているところが結構あるんですよね。それが研究だと皆さんが理解してくれたら、ありがたいよな。うーん...。

―できれば個人の興味から始まる研究にもっと理解を得られた方が、研究者としては自然なスタンスで、と言いますか、本来の力を発揮できるということですか?

 いや昔はね、大学って、そういうところだったのだけども。今はちょっと、なかなかそれがどうしようもないかな。ま、二つの方向があるのではないですか?

―curiosity driven と purpose oriented 、個人が同時に二つ持つことは、現実的にはなかなか難しいのでは?

 難しい。だから大学でも、理学部と工学部があるわけです。工学部は target oriented で、目的をある程度持ったものをやっていますね。一方、理学部は「なぜ?どうして?」といった curiosity driven と言うか、「お前、何の役に立つのだ?」と聞かれたら、「それは言えないのですが、おもしろいからやっています」というのが多いですよね。

 やっぱり、その両者が僕は必要だと思うんです。ただし、大きなお金を要求するのは、curiosity driven ではなかなか難しいところがあるでしょう。


次へ 日本は各分野の最先端を行っている、けれどもイノベーションは出ていない



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