【インタビュー】東北大学理学部物理系同窓会学術賞を受賞した若手研究者に聞く
2010年11月25日公開
東北大学理学部物理系の卒業生らでつくる同窓会組織「泉萩会」総会のようす
東北大学理学部物理系の卒業生らでつくる同窓会組織「泉萩会」の総会が、このほど東京都内のホテルで行われ、卒業生による講演会や懇親会のほか、同研究科関係の若手研究者を表彰する式典などがあった。
本会の学術賞である「森田記念賞」ならびに「泉萩会奨励賞」を受賞した若手研究者らに、受賞対象となった研究内容などについてインタビューした。
※詳細は、東北大学物理系同窓会「泉萩会」の取材レポート結果をご覧ください。
【森田記念賞】
柴田尚和さん(東北大学大学院理学研究科物理学専攻准教授)
「密度行列繰り込み群による強相関電子系の研究」
第6回森田記念賞に選ばれた柴田尚和さん(本学物理学専攻准教授)
―今回の受賞を受けて、率直な感想をお聞かせください。
大変伝統のある東北大学物理を卒業されている先生方から、このような賞をいただき本当に嬉しいです。
―受賞対象となった研究内容について、教えてください。
我々が日常で目にしている世界を、細かいところまでずっと調べていくと、すべての物質は原子核や電子からできていることがわかります。小中学校では、それら粒々が原子の世界を構成していると習いますね。ところが実は、原子核や電子という粒子には、波としての性質もあるのです。
例えば「二重スリットの実験」では、電子銃から電子を打ち出し、むこう側のスクリーンにぶつける時、その間に二本のスリット(細長い穴)がある板を置いておくと、粒子があたかも二つに分かれてしまうような振る舞いが観測されます。
普通はどちらかに存在していたら、もう片方にはないのが当たり前のように思えますね。ところが電子は、どこか一箇所に存在しているのではなく、こっちにもあっちにもそっちにもいて、それが重なっている存在として現実の世界に存在しているという、非常に捉えどころのない不思議な粒子なのです。
粒としての性質を持つと同時に、波としての性質を持つ。この一見矛盾する性質を内在する物質の本性(本質)から、多様な現実の世界がどうやって実現するのだろう?それが私が興味を持っているところです。
逆に言えば、もし今の物理学が正しければ、すべてが量子力学で、つまり電子の波としての性質を使って、現実の世界を理解できないといけないわけです。もしそうだとすれば、波としての不思議な性質が、実は現実の世界をつくっているということになります。
それと同時に、そのような性質が本質だとしたら、電子がたくさん集まって相互作用した時に、どのような現象が起こるのだろう?そこに新しい現象が起こるのではないだろうか?という視点があります。それが実際に起きた現象としては、「超伝導」という電気抵抗が0になる現象があります。
超伝導は、古典的に考えると極めて不思議な現象です。電子が結晶中を運動すれば、結晶に含まれる不純物や欠陥により電子は散乱し抵抗を受けます。そのため、電気抵抗は本質的に0にはならないと考えるのが普通です。仮に不純物や欠陥が全く存在しなければ抵抗は生じませんが、 不純物や欠陥のない完璧な結晶をつくることは現実には無理です。
ところが、ほとんどの金属を低温に持っていくと、超伝導という電気抵抗が厳密に0になる性質を示すのです。これは、電子が波としての性質を持つという量子力学を反映している現象です。原子核や電子といった不思議な存在が、確かに目の前で不思議な現象を引き起こすわけですね。
このように現実の世界には、日常的な感覚では理解できない不思議なことがまだまだ秘められており、そのような可能性を探りたいと思っています。
そこで、まずは波であって粒子であるという抽象的な世界を、基本的なことからしっかり考えて本当に理解し、現実の世界に再現したいと思って研究をしてきました。それがやっと実現できて、今回このような賞をいただくことになりました。具体的には、それを「密度行列繰り込み群」という計算方法を使って調べたことに対して、今回評価していただいたのだと思います。
―そのような捉えどころがない不思議な存在を、一体どのようにして取り扱うのですか?
そのような捉えどころのない現実の姿を、どのようにして取り扱っていくかは、実はものすごく難しい問題なのです。電子の実態とは、どこか一箇所にあるのではなく、いろいろな状態の重ね合わせが実は本当の姿になっているのだと先ほどお話しましたね。
すると、たった一個の電子を考えるのでも、その状態を再現するには非常にたくさんの状態が必要になります。さらに電子の世界は、一個ではなくたくさん存在しているうえに、それぞれ独立ではなくすべてが互いに影響を及ぼし合っています。
つまり、電子の波としての性質をきちんと取り扱いながら、自分の振る舞いは他の粒子の振舞いによって影響を受けて決まっていく問題を取り扱うという、非常に難しい問題(量子多体問題)になっていきます。
このような難しい問題をそのまま、例えば計算機でシミュレートしようと思っても、これは現在のスパコンをもってしても、何も工夫しなければ解くことは不可能です。そのような難しい問題を取り扱うためには、たくさんの状態の中からどのような状態が本質的に重要なのかをうまく抜き出す操作がどうしても必要になってくるんですね。
今回私がこのような問題に適用した「密度行列繰りこみ群」は、密度行列というものを使って、それをうまく抜き出す方法なわけです。うまく効率的に重要なものを抜き出すことで、初めて複雑な問題を少ない状態で表現することが可能となり、現実の世界を正確に再現する計算ができるようになるのです。
これまで、ものごとを大ざっぱに理解するような計算方法(近似の計算)はたくさん考えられてきました。しかしながら、一つひとつの電子が波として粒子としての性質を持っていることを本当に正しく忠実に再現して調べていき、その時の計算の精度をコントロールしながら、つまりどれだけ現実に近い計算をしているのかを確認しながら計算する方法は、実はこれまであまりなかったのです。
このような計算法があるからこそ、現実の真実の姿を調べていくことができるようになったのはないでしょうか。
―これまでのお話を踏まえて、中高生も含めた後輩へメッセージをお願いします。
身のまわりにある不思議な現象に興味を持ったら、その純粋な気持ち・好奇心を大事にして、いろいろな機会に少し深くものごとを考えみる、本当の姿を見たいという気持ちをもってくれたら、とても嬉しいです。
―柴田さん、ありがとうございました
【泉萩会奨励賞】
遠藤基さん (東京大学物理学専攻助教)
「インフレーション宇宙におけるグラビティーノ過剰生成問題の研究」
第2回泉萩会奨励賞に選ばれた平成12年物理学科卒・平成17年物理学専攻博士課程修了の遠藤基さん(東京大学物理学専攻助教)
―今回の受賞を受けて、率直な感想をお聞かせください。
ある日突然、「自分の仕事を簡潔に説明してくれないか」というメールをいただき、自分の研究内容は説明するのが難しいので困ったなと悩みました。けれども自分の仕事を評価していただき、嬉しかったです。
―では、受賞対象となった研究内容について説明してください。
我々の研究分野である素粒子分野では、これまでの研究により、たくさんのことが確立されてきています。しかしながら、その確立された部分がこの宇宙のすべての法則かと言えば、そうではないことがわかっています。
そして未知の理論は、既に確立された部分よりも、さらに高いエネルギーのところにあると言われています。そこで、まだ知られていない新しい理論を確立しようというのが、私の研究の動機です。
そのためには理論も実験も必要ですが、私は理論の部分をやっています。それを調べるための方法の1つに、特に「初期宇宙」と呼ばれる宇宙が始まって1秒よりも前の世界を研究する方法があります。
宇宙が始まって1秒から後のことは多くのことがすでに分かっているのですが、それよりも前の宇宙を理解することで、実は新しい理論のヒントが得られるということなのです。そこで私は、初期宇宙と素粒子をあわせたものを研究しています。
―初期宇宙と素粒子をあわせたものの研究とは、どのようなものですか?
宇宙はだんだんと広がっていることは、皆さんもご存知じだと思います。宇宙の歴史を遡っていくと、当然、宇宙は縮まっていきますので、宇宙はだんだん熱くなっていきます。ですから昔、宇宙は火の球だった、と言われています。
熱いということはエネルギーがたくさんあるということですので、宇宙初期は高エネルギー状態です。つまり、素粒子について研究することは宇宙初期を研究することで、宇宙初期を研究することは素粒子を研究することになるわけです。そこで私は、初期宇宙と素粒子をあわせて、新しい理論を探す研究をしています。
初期宇宙は火の玉の段階ですが、それ以前に、宇宙が急激に膨張する「インフレーション」という時期があったと考えられています。実際に、宇宙が急激に膨張したという証拠はいくつか見つかっています。宇宙が急激に膨張すると、それ以前にあったものはすべて薄められ、その結果、宇宙からは何もなくなってしまいます。
そうだとすると、宇宙が火の玉になるためには、火の玉をつくり出さなければなりません。そこで私は、「宇宙再加熱過程」と呼ばれる宇宙で火の玉ができる過程を理論的に研究しています。具体的には、「超対称性理論」と呼ばれる新しい理論の有力な候補を使い、重力の効果も含めて、宇宙再加熱過程を調べました。
重力を含む超対称性理論にはグラビティーノと呼ばれる粒子があるのですが、この粒子は実は宇宙再加熱時にできてしまうのです。この効果は、今スイスで行われている大型加速器実験にも関係していて、早ければ来年にでも実験的に確かめることができます。今回はそのような研究内容を評価していただきました。
―重力の効果を含めたことが今回の研究のポイントということでしょうか?
そうですね。そこに重力の効果を入れるのが難しいのですが、重力の効果も含めて調べたことが、画期的でした。そして、重力の効果を入れたことによって、これまで無視していた効果が、実はインフレーションと宇宙再加熱過程を理解する上で、重要であることがわかったのです。
―これまでのお話を踏まえて、中高生も含めた後輩へメッセージをお願いします
自然界を理解することは楽しいことです。身近な「なぜ?」からより深いところまで理解できるのが科学なのだと思います。科学をぜひ楽しみましょう。
―遠藤さん、ありがとうございました。
【泉萩会奨励賞】
大槻純也さん (東北大学大学院理学研究科物理学専攻助教)
「近藤格子模型に基づいた強相関 4f 電子系の理論的研究」
第2回泉萩会奨励賞に選ばれた平成15年物理学科卒・平成20年物理学専攻博士課程修了の大槻純也さん(本学物理学専攻助教)
―今回の受賞を受けて、率直な感想をお聞かせください。
同じ物理学科の人でも研究内容は違っており、お互いの研究がわからないようなところがあります。このような機会に、自分がどのような研究をやっているのかをわかってもらえれば嬉しく思います。
―では、今回の受賞対象となった研究内容について教えてください。
最近話題になっている、レアアース(希土類)化合物が研究対象です。レアアースは、工業的に重要なことからもわかるように、磁気的に重要な性質を持っています。私はレアアース化合物の性質を、主にコンピュータを使って説明しようという研究をしています。
レアアース化合物の性質を理解するためには、電子がたくさんある「多体問題」を解かなければなりません。多体問題は、ほとんどの場合解くことができませんが、それを何とかして解きたいのです。そこで、多体系をモデル化してシンプルにし、それを解いてやることをやりました。
モデル化そのものは50~60年代になされており、そのモデルを解けばいろいろな性質が出ることは、ある程度わかっていました。しかしながら、そのモデルをきちんと解いた人はこれまでおらず、今回私がその手法を開発して何とか解いたのです。コンピュータが使える時代になり、ようやく解くことができました。
―単にコンピュータを使えるだけでは解けない問題だと思うのですが、どのような工夫をしてその手法を開発したのですか?
計算機(コンピュータ)を幾らまわしたとしても、すべてをきちんと計算するのは無理ですので、一部を計算して全体を推測する方法を使います。しかしながら、ではその方法を使えば何でも解けるのかと言えば、そうではありません。
量子的な性質が入ると、幾ら計算機をまわしても、幾ら計算機の能力が上がっても、計算できない問題があるのです。それが量子系の難しさですね。ですからコンピュータで計算できるようアルゴリズムを考える必要があり、それが最も苦労したところです。
そして、私が考えたアルゴリズムを使って実際に計算機で解いてみたところ、昔、研究されていて既にわかっていた性質を数値的に確認したところもあったのですが、数値計算をして初めてわかったような性質もあったのです。
―数値計算をしてみて初めてわかった性質とはどのようなものですか?
物質は、温度を冷やしていくと「対称性の破れ」というものが起こります。例えば、磁石も対称性が破れた状態の一つで、もともと固体自体はN極とS極にわかれていない状態だったのが、ぱかっと対称性が破れると磁石になるのです。対称性の破れにはいろいろな種類があるのですが、今回、新しいタイプの対称性の破れを見つけることができました。
―今回新しいタイプの「対称性の破れ」を見つけたことは、物理的にはどのような意味があるのですか?
あるレアアース化合物で対称性の破れが起こっていることはわかっていたのですが、それがどのような対称性の破れなのかはわかっていませんでした。それが今回の研究で初めてわかった対称性の破れが、実はこのレアアース化合物の相転移(対称性の破れ)であることがわかってきたのです。
実は初めからそれを狙っていたわけではなく、基本的な模型(モデル)を解いたらどのような性質が出てくるのかを調べたのです。すると、今まで考えられていなかったような性質が出てきて、それが実際の化合物の性質を説明していたということです。
―これまでのお話を踏まえて、中高生も含めた後輩へメッセージをお願いします。
私は中高生の頃、数学が大好きでした。物理でやっていることは、対象は自然で、手法は数学なのですね。ですから、数学が好きな人は、ぜひ物理に興味を持ってもらいたいと思います。
中高生の頃は、問題が与えられ、それに答えを出すことが純粋に嬉しかったですね。けれども研究は違います。研究では道筋が与えられないので、その方法を開発することがおもしろいです。そして自分で開発した方法で、答えが出た時が嬉しい瞬間です。
―大槻さん、ありがとうございました。
本記事は、東北大学理学部物理系同窓会(泉萩会)とのコラボレーション企画となります。東北大学理学部物理系の「今」を、第三者の視点から広くお伝えします。
→ 参考:昨年の記事
コラボレーション
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