取材・写真・文/大草芳江
2010年09月14日公開
社会も進歩し、自分も進歩する。
つまり、自分を位置付ける場が社会。
中鉢 良治 Ryoji Chubachi
(ソニー株式会社 代表執行役副会長)
1947年宮城県玉造郡鳴子町(現・大崎市)生まれ。工学博士。宮城県仙台第二高等学校を経て東北大学工学部へ進学。東北大学大学院工学研究科博士課程を修了。1977年にソニー入社。1989年に米Dothan工場(アラバマ州)に赴任、帰国した1992年、記録メディア事業本部ビデオテープ事業部長に就任。1999年執行役員、2002年執行役員常務、2004年執行役副社長兼COO、2005年取締役・代表執行役社長兼エレクトロニクスCEOなどを経て、2009年代表執行役副会長に就任、現在に至る。日本経済団体連合会評議員会副議長・産業技術委員会共同委員長。総合科学技術会議議員。
「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、社会に関する様々な「人」をインタビュー
その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とは、そもそも何か」を伝えます
宮城県出身でソニー株式会社代表執行役副会長の中鉢良治さんは、
社会とは「私以外のすべて」であるが、「私以外のすべて」と「私」との関わり方を、
対峙するものとして捉えるのではなく、「その中に入っている私」というものを
どのようにポジショニング(positioning:位置付け)するかで生き方が変わってくると語る。
そして、そのポジショニングは「私」が社会に対して発信することで初めてわかると話す。
「自分の成長とともに、最終的には、自分の生きがいを感じる手段として
社会に貢献し、社会が進歩していく。それによって自分が進歩していく。
そして、教育に基づいた科学の力は、そのための非常に大きなツールとなる」
社会と科学と教育についてこう語る、中鉢さんという「人」がリアルに感じる、
社会とはそもそも何かを聞いた。
<目次>
・社会は、自分以外のすべてである
・自分と社会との関わり方は、「for society」と「in society」
・科学はそれに関わるツール、そして教育はそれを育むこと
・どのようにポジショニングするかで、生き方が変わってくる
・社会と自分の関係性の中でとらえる
・科学だけでは解決できない問題が増えている
・社会や自分の成長の関連性で科学を教える
・1個でもロジックの楽しさがわかった子どもは、長じて100個でも200個でも覚えるようになる
・リアリティとは?社会における「私」とは?
ソニー株式会社代表執行役副会長の中鉢良治さんに聞く
―中鉢さんがリアルに感じる、「社会って、そもそも何ですか?」
社会は、自分以外のすべてである
難しい問いですね。社会って、そもそも何だろうとか、教育って、そもそも何だろうとか、科学って、そもそも何だろうというのは。相互に相関があるのでしょうけど、簡単な答えはありませんね。
私が持っている答えは、「社会とは、自分以外のすべてである」ということでね、家族も社会だし、学校も社会だし。そして地域社会というものがあったり、国というものがあったり、地球社会がありますね。
このように自分自身との関連があるもの、関連付けるものだと思うのです。つまり、自分を位置付ける場が、社会だと思うのですよ。社会と隔絶して生きることはできないと思います。
自分と社会との関わり方は、「for society」と「in society」
では「社会とは、自分以外のすべてである」と言った場合、自分がどのように社会と関わるかと言うと、二つの要素があるのではないかと思います。「for society(自分が社会のためにやる)」と「in society(自分が社会の中にいる)」、そのような関係性を持つと思うのです。
例えば、地球環境で言うと、「環境のために」ということを、何となく地球と対峙して考える。けれども、「(自分が)環境の中にいる」となると、また考え方や立場が違ってくるのではないでしょうか。
もちろん自分が生まれてきて、生きがいとして、個人が社会とどのように関わっていくかが非常に重要なことだと思うのですよね。自分の成長とともに、最終的には、自分の生きがいを感じる手段として社会に貢献し、社会が進歩していく。それによって、自分が進歩していく。このような関係性があるんですよね。そういう風に、何となく社会というものを考えます。
科学はそれに関わるツール、そして教育はそれを育むこと
それから科学というのは、それに関わる非常に大きなツールだと思いますよ。私は進歩主義を唱えるわけではありませんが、日本の文明だけでなく世界の文明を進歩させてきた担い手のほとんどが、科学だと思いますね。
科学および技術。それをイノベーション(innovation:変革)と言っても良いでしょう。人類の過ぎ去った歴史の中で、培ってきたインテレクチュアルなプロパティ(intellectual property:知的財産)ってあると思うんです。それが年月を経て文明をつくり出し、それをベースに今日の社会があるのではないでしょうか。
ですから、そういうパブリック・ドメインも踏まえて携わっていくこと。今日のような科学による快適さの実現は、そういうものの中で、生まれているのではないかなぁと。
教育も同じです。先人が、若い人たちに伝えていく。時間とコストはかかりますが、教育というのはイノベーションを促進するための必要な営みだと思いますね。
どのようにポジショニングするかで、生き方が変わってくる
―「社会とは、自分以外のすべて」、そして自分と社会との関わり方は「for society」と「in society」の二つの要素があると仰っていましたが、「for society」と「in society」、この二つが切り離されると良くないということですか?
良くないと思います。進歩するということは、会社のためにも、社会のためにも良くしていこう(for society)、自分も良くしていこう(in society)、というのがありますから。
そのポジショニング(positioning:位置付け)をどのようにするのか。社会という枠のすぐそばから見るのか、社会という中から見るのかで、ずいぶん違うと思います。その視点によって、生き方が変わってくるのかなと思います。
―中鉢さん自身は「in society」と「for society」、常にその中間に立っているというイメージなのですか?
あっちに行ったり、こっちに行ったり。行ったり来たりするのでしょうね。
社会と自分の関係性の中でとらえる
例えば、「地球のために、何かをやろう」と言ったとき、一生懸命あなたが頑張るとする。それで実際は「地球のために、あなたがいない方が良いのだ」というパラドックスがあっても良いはずですよね。
自分を肯定してやっていくのか、社会とcompromise(折り合い、歩み寄り)して生きていくのかで、ずいぶん考え方が違ってくる。その両方の見方が、社会人であることだと思います。
例えば、いろいろ世の中に不都合なことが出てきますね。その時に「何でもかんでも社会が悪い」と言う人がいます。一方で「本人の資質の問題だ」と言う人もいます。けれども私は双方だと思います。例えば、新聞の社会面でどのような報道が気になりますか?
―そういう意味では、「ネットにはまった人が殺人を起こしました」という報道のされ方が気になります。
それは何が悪いのか。ネットが悪いのか。ネット社会は、ひとつのインフラをつくっています。だからと言って、全員が殺人を起こすわけではない。
ネット社会を、悪というのか善と言うのか。それは、ネット社会と自分がどう関わるかという問題です。その関係性の中で、とらえていくべきものであろうと。
好むと好まざるとにかかわらず、今、科学や技術と無関係に生きていけないのです。あなたが今、一生懸命打っているパソコンだって、科学の成果です。それから、電気もIT技術も同様です。
科学だけでは解決できない問題が増えている
もちろん、科学絶対論や科学万能主義を言うつもりはありません。科学によって、社会的な課題のある程度は解決するだろうけど、すべてではありません。
その「すべてではない」ところで、もっと関係性を科学的に扱う社会科学や人文科学などの力を借りていかなければ解決できない問題が、近年増えているように私は思いますね。
例えば、これは議論があるだろうけど、文明が進歩して核兵器というものをつくったわけだが、核兵器は人間の歴史にとって、進歩だろうか?ない方がよかったのではないだろうか?つまり、退化しているのではないだろうか?例えば、石油資源を使って、炭酸ガスを出している。これは、進歩だろうか?
このようことが、前世紀においては、あまり問題にならなかった。けれども今世紀においては、科学だけでは解決できない問題が、我々の前に立ちはだかっています。
社会や自分の成長の関連性で科学を教える
高校生があまりにも知識過多で、物理や生物の勉強をいろいろやる割に日本のイノベーションにつながらないところが、おもしろくないと思っています。むしろ知識を得ることに飽き、科学から離れてしまう。
大事なことは科学のロジックだと思います。「不思議だなぁ」と思うことが、自分の中で消化できて、「あぁそうか!」とストンと落ちる。そのような感動が論理性(ロジック)だと思うのです。そういうものを学校で教えて欲しいのです。
例えば、なぜ自転車は倒れないのだろう?「倒れないメカニズムを機械工学的に説明せよ」という問題が出されたとしても、機械工学を出たマスター(大学院修士課程)でも答えるのに苦労します。けれども機械工学を出なくたって、何のことなく自転車に乗っていますね。それは一体、なぜなのだろう。
これが、教育と科学と社会との関わり方ということだと思います。学校で習うことを、社会や自分が成長していくこととの関連性で教えるということは一つの大事なことだと私は思います。
英語も同じです。私は「I am a boy」なんて覚えましたけど、「I am a boy」なんて言う機会は、社会に出て一度もなかったですよ。
そういうopportunity(機会)のないものをやったって、あまり人類の進歩にはならないんです。このように社会と関連付けて、科学というものをとらえることが大事です。
1個でもロジックの楽しさがわかった子どもは、
長じて100個でも200個でも覚えるようになる
そうすることで科学リテラシーが身につく。科学リテラシーとは、科学を理解する能力のこと。科学リテラシーが上がれば上がるほど、ストンとロジックを覚えたり楽しいんだと思う。その楽しさを教えることが大事なのではないでしょうか。
つまり、そのロジックの楽しさを教えられる前に、暗記の苦しさばかり強要されるもんだから、科学の楽しさがない。例えば、高校で100教わって、中途半端に100覚えたとしても、何一つ社会のために役立たないのです。そこをあなたのような若者が手助けしてほしい。
数学なら数学の楽しさ、科学なら科学の楽しさを教えてあげてほしい。科学リテラシーを身につけて1個でもわかった子どもは、長じて100個でも200個でも覚えるようになります。
私は宮城県に生まれ、幼稚園も出ていないし、塾も通っていませんでした。それでも大学へ行って、何がしかの研究ができた。だからといって、私はソニーが必要とする科学・技術を予習してきたわけではありません。私は鉱山工学の出身だから、ほとんどソニーと関係ないことしか研究していませんでした。
けれども、アナロジー(analogy:類推)みたいなものは存在しています。アナロジーというものは、もっと普遍的なものである。物事というのは、こうなっているに違いない。それを公理や定理と言うんだね。そういうものを、ひとつの例で、その科学的な思考がわかるだけでも、私は普遍性があるのだと思います。
リアリティとは?社会における「私」とは?
それで冒頭の質問に戻りますが、リアリティとは何だろう。
私は、リアリティとは、自分の存在感だと思っています。あるものをあると感じるのがリアリティで、ないものはないと感じるのがリアリティ。あってもなくても良いのです。
それを、ないものをあると感じたり、あるものをないと感じることが、イリュージョン(illusion)。私は、イリュージョンのアンチテーゼ(antithesis:対照、正反対)として、リアリティがあると考えている。
もう一つは、実感みたいなもの。要は概念を把握すること。概念とは、抽象的なことではなく、曖昧なことも概念とは言わない。概念とは、実感として力があるもので、ドイツ語で言うと、グラフェン(greifen)と言って「つかめるもの」という意味になります。
―冒頭で中鉢さんが「in society」と「for society」と仰っていましたが、「in society」と「for society」が乖離していない状態だからこそ、実感を伴ってリアルに感じられるところがあると思うので、そういうものを総じてリアリティと表現しています。
それもあると思います。と言うより、それに近いと思います。
社会は私をこう見ている。違う角度から、また私を見る。するとあなたは、いろいろな社会性を持っている。友達関係や大学関係、いろいろな関係がある。その関係の中で、がちがちとポジショニングするのです。
謂わばグローバル・ポジショニング・システム(GPS:Global Positioning System)で、このGPSというものは、あなたが発信しなければ誰もわからないのです。内省的に考えるのでは限界があります。
あなたが黙っていれば、皆、踏みつけたり、蹴っ飛ばしていく。あなたが発信すれば、「そこにいるな」と皆がわかるわけです。それで蹴っ飛ばしていく人もいれば、反対に近寄ってくる人もいるでしょう。
科学で言えば、それは「場」です。上から手を放せばものが落ちるのは「重力場」があるからです。電気をかけてしびれるのは「電場」があるから。磁石が引き合うのは「磁場」があるから。
では、自分というものを、社会という「場」に置くと、どうなるだろうか。社会における自分というものも、何かやはり、そういうものがあると思いますよ。
そして、あなた自身が社会にいることになるのです。教育を受ければ受けるほど、リテラシーが高まれば高まるほど、自分を成長させてくれる社会が見えてくるのだと思います。
―中鉢さん、本日はありがとうございました。
コラボレーション
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