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2021年 10月 26日 (火)

前田拓人さん(弘前大学)に聞く:<東日本大震災から10年>もし東北地方太平洋沖地震が起きていなければ、地震研究はどうなっていた? 取材・写真・文/大草芳江、資料提供/前田拓人(弘前大学大学院理工学研究科 教授)

2021年10月08日公開

新たな観測網が構築されていなければ、
新たな解析方法も生まれていなかった

前田 拓人 Takuto Maeda
(弘前大学 大学院理工学研究科 教授)

1977年、東京都生まれ。1997年 東北大学理学部物理系入学。2006年 同大学大学院理学研究科博士課程修了。2003年 学術振興会特別研究員(DC1)、2006年 独立行政法人防災科学技術研究所 契約研究員(研究員型)、2009年 東京大学大学院情報学環 特任研究員、2011年 東京大学大学院情報学環 特任助教、2012年 東京大学地震研究所 助教、2018年 弘前大学大学院理工学研究科 准教授を経て、2021年8月 弘前大学大学院理工学研究科 教授、現在に至る。

 東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震から10年。あの巨大地震が地震研究にもたらしたインパクトとは何だったのか。地震学の今と未来を、第一線の研究者に聞く。第二弾は、地震や津波などに伴って発生する波(揺れ)について研究している前田拓人さん(弘前大学 大学院理工学研究科 教授)。前田さんは地震波と津波のモニタリングとシミュレーションの融合研究が評価され、2013年に「日本地震学会若手学術奨励賞」、2014年に「科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞」を受賞した。もし、東北地方太平洋沖地震が発生していなければ今、地震研究はどうなっていたのか。前田さんに聞いた。

※ 本インタビューをもとに、公益社団法人日本地震学会2021年度秋季大会一般公開セミナー「東北地方太平洋沖地震10年と地震研究」(2021年10月17日開催)のモデレーターを大草が務めさせていただきます。


「波」の現象の複雑さに魅せられて

― 前田さんはどんなことに興味があって地震の研究をしているのですか?

 私は、地震学の中でも色々な分野を渡り歩いてきたのですが、もともとの興味は「波そのもの」なんです。

― そもそもなぜ「波」がおもしろいと思ったのですか?

 地震学を選んだきっかけでもありますが、最初に波がおもしろいと思ったのは、学生実験の経験でした。実は、当時の担当は(今回の日本地震学会の一般向けセミナーで一緒に登壇する)日野亮太さん(現東北大学教授)でした(笑)。ハンマーで地面を叩き、それを少し離れたところの地震計で測ると、地面の下を通ってきた波から、地面の下がどうなっているかを推定する実験をしました。波を使うことで、地面を掘らずとも、まるで地面の中を見てきたかのように語れることが、何ともおもしろいと思いました。

― それまでも地震現象には興味があったのですか?

 実は、最初は宇宙に興味があって大学に入ったので、地震には全然興味がなかったのです(笑)。地面の上は透明だから見えますが、地面の下は望遠鏡をむけても見えないですよね。見えないからと言って深く掘ろうとしても技術的にもできないし、たとえ掘れたとしてもお金もかかるし一箇所だけしか掘れないくらい、非常に難しい。それが地震の波を使うことで、まるで見てきたかのように語れることに魅力を感じたのが、最初のきっかけです。

 じゃあ、自分も地球の中を見てやろうと思って、地震の研究室に入って勉強してみると、思っていたよりも波の現象そのものが非常に複雑で、思ったようには見えない中、実は、研究者が悪戦苦闘しているのを目の当たりにしました。そして、地球の中の構造を調べることそのものより、その複雑さに魅せられていきました。直接的に得られないものを知恵と工夫でどうにかするところに、奥ゆかしさと言いますか、大きな魅力を感じたのです。

― そこで「複雑そうだからやめた」ではなく、大きな魅力を感じて調べようと思うのが、やっぱり研究者ですね。

 その辺は、ご縁なのかな(笑)。何でも難しいものがおもしろくて勉強するかと言うと、そうではなく、研究でも「この分野は難しそうだからやめておこう」というのもある一方、「これはすごくおもしろいから正面から取り組みたい」というのがあります。僕にとっては、それが波の現象でした。なぜそうなのかと聞かれると、正直よくわからないところですが...(笑)。もちろん、ご指導いただいた佐藤春夫先生の影響がとても大きいと思います。

― 前田さんが魅了された「複雑な波の現象」とは、どのようなものですか?

 地震とは、断層がどこかでぱきっと割れることで、その揺れが広がっていきますね。この地震波の揺れは、震源から周りに広がっていくのは教科書的な知識ですが、実際には、一様ではなく非常に複雑な形で広がっていきます。

Figure 1 2018年北海道胆振東部地震(M6.6)の揺れの再現シミュレーション。黄色の部分が揺れている場所を、その高さが揺れの強さを表す。揺れは北海道胆振地方の震央から同心円状に日本列島各地に少しずつその振幅を減じながら広がるが、ひとたび揺れが到達した後の振る舞いは場所によって大きく異なり、複雑な様相を呈している。

 なぜ複雑かと言うと、地球の中が複雑だからです。逆に言えば、複雑なものが見えているということは、地球の内部がどうなっているか、地震がどんなものだったか、そのヒントを持っているはずですよね。でも、「じゃあ、これで地震のことを調べよう」という素直な話に僕はならなくて。

― では、どんなことに興味を持ったのですか?

 地球の中の複雑なところで波が伝わるとは、どういうことだろうか?また、御存知の通り、日本中に地震観測網があり、東日本大震災を契機として津波観測網も構築される中、地震や津波の大量の記録があります。地表付近にしか観測網が無いという条件のもと、複雑なもの相手に、どれだけ地球内部や地震に迫れるだろうか?言い換えれば、もう少しうまいやり方はないだろうか?どんなデータ解析をすれば、より地球のことをよく調べることができるだろうか?ということに興味を持っていました。


観測密度の劇的な向上が、新たな解析手法を生む

― そのような興味に対して、どのようなアプローチで研究を進めていったのですか?

 学生の頃は理論的なアプローチで、地球内部での揺れの伝わり方の特徴と地球内部構造の関係を、方程式で記述する研究をしていました。その後、ご縁あってポスドク(任期付き研究者)として防災科学技術研究所データセンターに雇用いただきました。それまでは理論の世界で数字だけを相手にしてきましたが、現実のデータに圧倒され、この大量のデータを何とかうまく乗りこなせないだろうか。最近の言葉で言えば、データサイエンスに少し舵を切ることになりました。

― 現実の大量のデータとは、どのようなものですか?

 震災を契機として、日本の観測研究体制は強化されています。阪神淡路大震災の前までは、いわゆる東海地震予知計画の一環で、関東東海地域にだけ国研の地震計が設定されていました。それが、1995年の阪神淡路大震災を契機に観測体制が大きく変わり、全国に地震計が網羅されるようになりました。さらに2011年の東日本大震災を契機に、津波観測のため、海底観測網も強化されるようになりました。


Figure 2 震災を契機とする観測研究体制の変化

― 震災を契機に、こんなに観測点が増えたのですね。

 これくらい観測点が密になると、揺れを解析する方法も変わってきます。ひとつの観測点で揺れを測ると、時間とともに、その点が上下あるいは東西南北に揺れた、というデータを得られます。これが地震波です。今までの地震学は、そのひとつひとつのデータをバラバラに解析し、その結果として地球内部構造や震源等を調べていました。
 ところが、観測点がこれだけ密になれば、並べるとつながっていることがわかりますよね。線上に同じ形がどこでも動いている、言い換えると、近い点は同じように振動しています。すると、空間的にどのように連続的につながっているかまでわかるわけです。
 つまり、もともと時間に対しては昔から、細かく等間隔に、今この瞬間、次の瞬間がどう揺れていたかがよく知られていましたが、観測点が高密度になったことで、空間方向の陸上のあらゆる点で観測するのと同じような状況が生まれつつあるわけです。

― 従来は個々の離散的な観測点の時間的な変化だけを見ていたのが、観測点が高密化したことを利用することで、空間的に連続した「場」として扱えられるようになったのですね。空間的に連続した場として捉えられるようになったことで、具体的にはどのようなことが新しくわかるようになるのでしょうか?

Figure 3 空間波動場の連続性を生かした空間勾配の活用

 防災科学技術研究所の地震観測網(Hi-net)から得た地震計のデータをうまく解析すると、空間的に連続な揺れのデータを綺麗に取り出すことができます。この動画(Figure 3)は観測データの解析結果であって、コンピュータ・シミュレーション(疑似試験)ではないですよ。真ん中にある震源から波がどう伝わっているか、よくわかりますよね。綺麗に伝わっているところもあれば、そうでないところもあったり、大きな揺れが通り過ぎると、モヤモヤしていたり。このモヤモヤは、まっすぐ波が伝わった後にエコーとして残っているものが見えています。
 しかも、絵としてわかりやすいだけでなく、例えば十秒後にどうなっているか、目で見て予想できますよね。目で見て予想できるということは、物理と数学の言葉を使っても、どこでどう波が動いているかの予想ができる、ということです。天気予報に例えれば、風速分布のように、「波がこちらに向かっています」という空間分布を出せるようになります。
 このように、大量にデータがある前提のもと、地震波を、ひとつひとつの点だけでなく、グループとして波がどう伝わり、その中で、どのような複雑な振る舞いをするかという情報を抽出できることに興味を持ち、基礎的な解析を行ってきました。方法をつくる研究ですから、「この地震のこれがわかりました」「地球のここがわかりました」といった華々しさからは一歩引いた、そのための屋台骨をつくるような研究です。

― この解析結果を見ていると、今ここにこんな揺れがあれば、次ここに津波が来るというのもわかりそうです。観測密度の向上は、単にデータの量が増えるだけでなく、研究アプローチに質的な変化ももたらすのですね。

 非常に高密度な観測網データが公開されたのが、私が大学院生だった2000年頃でした。データが蓄積され活用されるような時代に、ちょうど若手研究者でしたので、データ高密化の恩恵を直接、最初に受けた世代だと思います。このように観測網の大きな変化が、「そこから何を得られるだろう?」と考える大きなきっかけになっています。海域に非常に高密度な津波観測網(S-net)ができれば、「じゃあ、それで何ができるだろう?」というのが研究の非常に大きなモチベーションになっているわけです。


スパコン「京」で観測と比較できるリアルな数値シミュレーション

 環境変化によって、何ができるだろう?と思うことの、もうひとつは、コンピュータです。防災科学技術研究所で約3年過ごした後、ご縁あって東京大学に移り、今度はデータサイエンスではなく、専らコンピュータシミュレーションの仕事に従事しました。当時はちょうど、スーパーコンピューター「京」で非常に大きなシミュレーションができるようになった頃で、高密度な観測記録から複雑な波の様子が明らかになった解析結果と直接比較できるくらい、リアルなコンピュータシミュレーションができるようになっていました。

Figure 4 計算機+手法の発展

 これは、地球の裏側で地震が起きた時、日本列島でどのように地震の揺れが振る舞うかを、シミュレーションしたものです(Figure 4)。真下から波が来ただけなのに、東から西へ波が伝わっていますよね。これは震源が東にあったわけではなく、日本列島の構造によって、地震波がこのような応答をするのです。

― てっきり震源が東にあるような動きに見えたのですが、もともと波がそう伝わる構造になっているのですね。

 はい、これは日本海溝から反射して跳ね返ってきているものです。実は、観測データの方からそういうものがあるらしいと見つけたのですが、当時は陸上にしか観測点がなかったので、どうも海から来ているらしいけど、よくわからなかったのです。その観測された現象が起きた原因を探るために、コンピュータの中に少しずつ異なる地球を用意して色々条件を変えて試してみる「計算機実験」ができるようになってきました。化学実験で物質を少しずつ変えてどんな反応が起こるかを調べるのと同じようなことをです。ただ、「できるようになった」とはいえ、京コンピュータを使うこと自体が当時は結構大変でした。

 ちょうどその頃、東日本大震災が発生しました。地震とは断層が動く現象で、地震の揺れが伝わる一方で、それによって海底が盛り上がると津波が発生します。それまでの解析では、地震と津波を別々に扱っていました。地震の揺れと津波の伝わり方の速さは約10倍違うので、最初に地震の揺れが来てしばらくしてから津波が来るのを、別々に遠くから見ていれば、よかったのです。ところが、海の震源の真上に観測点を置くようになれば、地震と津波が一緒に来てしまいます。そんな複雑な記録をどう理解すればよいのか、実は当時よくわかっていませんでした。そこでまずは、地震発生から津波到達までをシームレスにコンピュータの中で再現できるようになろうと、その方法を数学でつくり京コンピュータで実装する研究を行っていたところでした(Figure 5)。

Figure 5 地震・津波の統合シミュレーション

 一方で、CPU(演算装置)を約2,500個も搭載する当時世界最速のコンピュータによるシミュレーションは、2010年代はまだ高嶺の花で、限られた人のノウハウの塊でしたから、それを誰でも使えるようにする活動にしばらく従事していました。今でもその普及啓蒙活動に熱心に取り組んでいます。


両者の結実としての「即時予測」問題

 たくさんの観測と、よいシミュレーションがあった時、それが何の役に立つのか。特に、東日本大震災直後、海域に非常に高密度な津波観測網(S-net)をつくるらしいと聞いた時、それがあれば、津波の発生をすぐ予測する「即時予測」ができるのではないかと考えました。

― 現在も地震発生時に発令される津波警報と、「即時予測」は何が異なるのですか?

 津波は地震波より伝わり方が少し遅いので、大きな地震が来たから、近くで大きな津波が来ることが予測される、というのが今の津波警報です。一方で地震は、一言で言えば、断層が動く現象ですが、その動きは非常に複雑です。その断層のどこがどれくらい動いたかが、津波にとっては重要です。

 例えば、東北沖地震の震源がどこでどれだけずれ動いたかの空間分布(Satake et al. 2013)を見ると、断層は一枚岩ではなく、非常に大きくずれ動いたところもあれば、お付き合い程度のところもあることがわかります。東北沖地震で非常に大きく動いていたのは、海の一番深いところである日本海溝の、太平洋プレートが西に向かって沈み込もうとしている入口のところでした。この断層は西に行くほど、(プレートに沿って沈み込んでいるので)深いのですが、深いところでいくら大きな断層滑りがあっても津波はほとんど起きません。影響が大きいのは浅い方です。この浅いところで大きな断層運動が起きてしまったことが、後になってわかってきました。

 そこで多くの研究者は、もし地震発生の直後に、どんな断層運動が起こったかわかれば、どんな津波が来るかは、あとは方程式の問題なので、コンピュータで計算して予測できるのではないかと考えました。けれども、これが結構難しかったのです。今でも近いアプローチをしている研究者は多く、例えば、気象庁で実装しようとしている次世代型の津波予測は、海底での地殻変動をできるだけ早く求めることを目指しています。

 ただ実際には、東日本大震災の断層運動についても論争になり、先程お示しした研究者のおおまかな共通見解が生まれるまでには約2年を要したように見えます。もちろんそれで完全な決着というわけでもなく、10年経った現在でもまだ議論になっている部分すらあります。いろいろな研究者が解析し、人によって違う結果が出て、学会などで論戦し、お互いに問題点を認識して、共通見解が生まれていくプロセスは科学にとっては非常に大事ですが、即時予測にはあまり役立ちそうにないですよね。今起きた地震で30分後に来る津波を今知りたいわけで、2年先の研究者の合意を待つわけにはいかないのです。そこで本当に断層の動きを知る必要があるか?というと、必ずしもそうではないことに気がついたのです。

 例えば、天気予報で台風予報が毎年あります。「今、千葉県の南東沖100km付近に台風がいます。明後日、台風上陸の恐れがあります」と言いますが、台風の進路予測に「台風の生まれた場所」が必要かというと、必ずしもそうではなく、今ここにいることがわかれば、明日どこにいるかを予測できます。それと同様に、先程の地震波の解析で、今ここに地震波がいてこんな形をしていることが詳細にわかれば、「今ここにこんな揺れがあれば、次ここに津波が来るとわかりそう」と大草さんが先程仰ってくれた、まさに、その通りなのです。ここに震源があったことを別に知らなくてもよいわけですね。今ここにどんな形で波があるのか、津波の形がはっかりわかってしまえば、そこから予測できるのではないかと考えついたのです。

 このように観測と数値シミュレーションを融合する考え方は、気象分野では進んでおり、「データ同化」と言うそうです。コンピュータシミュレーション単独なら空想上の存在ですが、そこに観測されたデータを少しずつ差し込んでいき、観測データを再現するシミュレーションに近づけていき(同化させ)、そこから手を離してシミュレーションだけ走らせると、データがまだ来ていない未来まで予測できるのが、データ同化の基本的な考え方です。

― 「データ同化」を初めて津波解析に導入した結果は如何でしたか?

 本当にそんなことがうまくいくだろうか?とコンピュータを使って実験してみました。例えば、チリ沖で大きな地震が起こり、その津波が日本列島まで到達する状況を考えます。これは神の視点で、現実世界のデータだと思ってください。実際には、どんな現象が起きているかは、我々は観測点でしかわかり得ません。非常に密な津波観測網(S-net)のデータを用いて、どこで地震が発生したかなんて言わずに、今津波がどこにいるかを再現しました。その結果、観測記録だけで、「今津波がここにいます」ということをほぼ完全に再現でき、うまくいきそうなことがわかりました。ここまでくれば、この状態を最初の初期条件にしてコンピュータシミュレーションの中で走らせることで、この先の予測ができます。このような「現況波動場」の推定が、津波予測のひとつの方法になるのではないかと考えています。

Figure 6 津波把握の数値実験

 これが、東北沖地震に非常に大きな影響を受けて行った、僕の仕事の代表的なものです。基本的なアイディアを提示して方法をつくることが私の主な興味ですので、それをより深めて実用化したいという優秀な若手と一緒に応用研究を進めています。

 また、先程来、地震と津波の話をしていますが、波の伝わりという現象自体は地震も津波も同じです。ですから私の興味としては、地震でできるなら津波でもできる、津波でできるなら地震でもできる、ということで、この方法を地震にも適用する研究を東京大学の古村孝志先生と共同で進めています。

 津波と比べて地震の方が膨大な計算が必要ですが、東北沖地震によって生まれた長周期地震動(周期2?10秒程度の揺れ。大地震でつくられ、高層建築に大きな影響をもたらす)の揺れの形を、シミュレーションの中で再現することができました。再現後に予測シミュレーションに切り替わっていますが、気づかないくらいシームレスにつながっていますよね。ということは、空間的な連続した揺れのデータ(地震の波動場)から予測につなげることができる、ということです。

 ただし、これは「特に長周期の揺れであれば、できる」という限定的な言い方になります。比較的ゆっくりした周期の成分であれば、現在のコンピュータでも十分計算できますが、揺れの周期が2分の1になると計算量が16倍、4分の1になると16の16倍と、あっという間に計算量が爆発してしまうので、速い周期の地震は、実はすごく難しいのです。

 それでも、現実的な波の伝わり方の物理を正面から扱って予測することがどうやらできそうだ、と言えます。一方、高周波の揺れの大きさ(振幅)だけで言えば、実はデータ同化の考え方は既に実装されており、「PLUM法(Propagation of Local Undamped Motion)」による予測が緊急地震速報に実用化されています。PLUM法は揺れの大きさだけを見て、それがどう伝わるかを簡便な方程式で解くことで可能にしているものですが、今我々が考えている方法はそれよりもう少し複雑で精密なことも、どうやらできそうだ、ということです。現在は南海トラフ巨大地震の長周期地震動についても調べているところです。

 私のお話をまとめますと、「波の伝わり方の物理」が興味の根源にあり、コンピュータをうまく活用すると、どんなことができるか。そして、それを組み合わせたら、どんなことがわかるだろうか。そんな時、東日本大震災が発生し、「どんなことができるのか」の大きなひとつに即時予測問題がある、というのが私の今の研究です。


もし東北地方太平洋沖地震が起こっていなかったら

― 「波」という現象を中軸に、観測データの高密度化と、計算機と数値シミュレーションの発展という環境変化を活かした結果が、データ同化による即時予測として結実したわけですね。特に、東北地方太平洋沖地震の発生を受けて海域での観測網が整備されたことを契機に、津波の即時予測という問題に取り組むことになったというお話でした。もし東北地方太平洋沖地震が発生していなければ、今、地震研究はどうなっていたか?という問いに敢えて答えるとすると、如何でしょうか?

即時予測問題に取り組んでいなかった
 ifですから、もしなければ今どうなっているかはわかりませんが、まず一番小さな影響としては、波についての基礎研究は行っていても、データ同化による即時予測問題には、おそらく取り組んでいなかっただろうと思います。

津波研究にも取り組んでいなかった
 もうひとつ、私の研究のモチベーションは、何か新しい、例えばデータや計算がある時に、それで何ができるのだろうか?という考え方をしますので、もし東北地方太平洋沖地震がなければ海域の観測網S-netもなく、津波研究自体もやっていなかったのではと思います。実は東北地方太平洋沖地震の少し前から、地震だけでなく津波も統一的に扱うシミュレーションには取り組み、その途中で地震が起きたために、それをこの地震に当てはめましたが、もし地震がなければ、理論的な研究にとどまり、また地震だけに戻っていたかもしれません。

地震学者を辞めていたかもしれない
 さらに個人的なことまで踏み込むと、地震学者を辞めていたかもしれないですね。当時は、1年単位で雇用される任期付き研究者でしたので、雇用が不安定でした。いわゆるポスドク問題です。実は、もう諦めるのか・続けるのか、考え始めたタイミングでの東北地方太平洋沖地震でしたので、そんなことを言っている場合ではなくなり、がむしゃらに研究するうちに、幸い、翌年からテニュア(終身雇用資格)教員に採用されて現在に至ります。ではもし研究を辞めると決断していたら、今頃、自分は何をやっていたか?は正直わかりません。

― 地震が発生することによって研究は進展しますが、いつ地震が起こるかわかりませんから、色々な側面で悩ましいですね。

地震が来る前に、その地震を解き明かしたい
 そうなんですよね、これは非常にジレンマというか、悩ましくて。地震が来ると、研究が進むのですよね。けれども本当は地震が来る前にその地震を解き明かしたいのです。例えば、私も少し関与している即時予測も、本当は、次に起きる地震の時には、使えるようにしたい。けれども、地震が起きない間は、頭を使ってどうにかするしかない。その辺りが、ジレンマでもあり、工夫し甲斐のあるところだと思います。

 地震そのものを調べる場合はそれもなかなか難しい面もありますが、即時予測に関しては、その間をコンピュータシミュレーションが埋めてくれると考えています。同様のモチベーションで即時予測に取り組む人は、東北地方太平洋沖地震後、世界中にいて、様々な方法が百花繚乱の状況で開発されていますので、次の地震が来る前に比較整理し、よりよい方法をつくっていきたいと思います。


新しい環境がもたらす次世代の新たなアイディアに期待

― 観測密度の劇的な向上があったから新たな解析方法を考え、さらに計算機の発展と数値シミュレーションの発展があったから、両者の結実として即時予測問題に取り組めた、という前田さんのお話は、まさに新しい観測や解析の技術が研究を進展させた具体例だと思います。これからの新しい観測や解析の技術の可能性についてはどのようなことを期待されていますか?

 阪神淡路大震災を契機に、日本列島に細かな地震観測網が整備されたもともとの目的は、実は、小さな地震をもれなく取り、日本列島の地震活動の状況を詳しく把握することでした。その目的はもちろん重要で達成しましたが、実際には、当初の目的以外のところで、記録を利用することにより、地震学が非常に進歩した側面があります。

 中でも一番の成果は、「スロー地震」の発見でしょう。通常の地震は、ひずみが限界に達すると、断層面で急激なずれが起き、地震動や津波が生じます。一方、スロー地震も普通の地震と同様にひずみが限界に達した時に生じますが、プレート境界の断層がゆっくりすべるので、それ自体は私たちが気づくような揺れを発生させません。先程は地震計の話だけをしましたが、GPS等で地殻変動も精密に測れるようになったことで、そのようなスロー地震があちこちで起きていることがわかりました。ゆっくりすべりの状況のモニタリングは、プレート運動によって生じたひずみエネルギーの蓄積・解放のしくみや巨大地震発生との関連性の解明などのために重要です。そのモニタリングもできるようになったのは、当初の目的を超えた成果でした。

 このように、新しい環境が提示されたことで、研究者が色々なことを考え、それまで想像しなかったものが新たに生まれることこそ、新たな環境を準備した本当のご利益ではないかと思うのです。もちろん、津波予測のために整備した観測網で津波予測は必ずやるべきで、その進展が期待されますが、一科学者としては、他にはない豊かなデータが生まれたことで、それまで考えもしなかったようなものが、次の10年、20年でまた新しく現れてくることをむしろ期待したいのです。

 それを私ができればとてもハッピーですが、それをつくるのは、次世代の人たちの新しいアイディアだと思います。色々な人たちの自由なアイディアで研究が進展することを願っていますし、それが地球の中、地震現象そのものを理解することにつながり、ゆくゆくは防災の形になっていくと期待しています。


基礎研究が社会貢献につながる魅力的な分野

― 最後に、話は少し変わりますが、科学と社会の接点という観点から、質問したいことがあります。前田さんが仰っていた「地球や地震現象そのものの理解が、ゆくゆくは防災につながる」という研究者側の視点と、一般社会が「防災」の観点から地震学に対して寄せる期待に、ある種のギャップを感じる時があります。地震学が他の分野と比べて特殊だと私が感じる点は、研究者が知的好奇心をドライビングフォースに研究をしていることは他の学術分野と変わりなくとも、一方で地震には防災の社会的ニーズがある分、一般社会からのリンクのかかり方と、研究者のモチベーションの間にギャップがあると感じます。中には一般の方にとってイメージが湧かないために興味を持ってもらうことすら難しい研究分野もある中で、それくらい地震は特に日本人にとって身近な存在なことの裏返しであるとは思うのですが、例えば、同じ自然科学でも天文学とはまた違うと感じます。

 仰るように、社会から「防災はどうなのか」と聞かれた時に、「地球の中はね...」という話をすると、キョトンとされることは確かに多いのです。答えは今も模索中というのが正直なところですが、ふたつ、少し相反するような答えがあります。

 ひとつは、基礎的な研究をしていても、ふとしたところで、防災・減災に役に立つ出口が出てくることがあります。そのひとつが、即時予測です。今でも僕のモチベーションは、防災そのものより、基礎的な波動現象等、理学的な興味で研究しています。理学的興味で研究しているにも関わらず、研究の結果が防災にも役立つことがあることは大事にしていきたいですし、非常に稀有なものであると思います。

 一方、何でもかんでも防災に直接結びつけるべきかと言えば、僕は必ずしもそうではないと思うのです。今ある知識を防災に応用することは確かに大事なことですが、それができるは、今ある知識だけです。しかし、地震や地球の中は、まだまだわからないことだらけです。その探求をやめて応用だけにシフトすれば、むこう10年はよいでしょうが、その後はもう多分ないでしょう。ですから、その背後にある地球や地震のことをよく知ることが大事だということを、一般向けの講演でも僕は必ず話すようにしています。すると、「意外だった」というリアクションをもらえるのですよね。「地震学は、防災や予知のために研究をしていると思っていたけど、地球の中のこともわかるんですね」って。

― 正直、そこまでギャップがあるとは思っていなかったので驚きました。地震学そのものに対する誤解があるわけですね。

 はい。地震学が何に対してアプローチしているかということと、社会からの認識・期待が乖離しているのが現状ですが、それは少しずつ説明をして理解を求めていくしかないと僕は思います。社会の期待に沿うものだけをやることが長期的によいとは必ずしも考えていませんが、一方で、応用を考えないような基礎的な科学だけが崇高で偉いものかと言うと、必ずしもそうではないと思います。役にも立つけど、科学としてもすごくおもしろいものが意外と転がっていて、特に津波は基礎的な科学と社会への出口が割と近い分野だと思います。そのような意味では、難しいところも多いですが、知的探求が社会貢献にもつながる魅力的な分野だと思います。


― 相互理解が進めば、科学者のモチベーションと社会からの期待が直結する、魅力的なルートがあることを教えていただきました。前田さん、本日はありがとうございました。

取材先: 弘前大学     

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