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2017年 12月 13日 (水)

【オンリーワン企業がオンリーワンたる所以を探る Vol.06】900年以上の歴史を持つ伝統工芸を進化させ、「現代にも愉しめるよう」革新。世界も認める「OIGEN」ブランドへ/及源鋳造(岩手県)社長の及川久仁子さんに聞く 取材・写真・文/大草芳江

2017年12月04日公開

900年以上の歴史を持つ伝統工芸を進化させ、
「現代のライフスタイルにも愉しめるよう」革新。
世界も認める「OIGEN」ブランドへ。

及源鋳造株式会社(岩手県奥州市)
代表取締役社長 及川 久仁子 Kuniko Oikawa

公益財団法人東北活性化研究センター『"キラリ"東北・新潟のオンリーワン企業』Collaboration連載企画 (Vol.06)
 岩手県奥州市に本社を構える及源鋳造株式会社(1947年設立(1852年創業)、従業員68名、資本金9,000万円)は、伝統技法を進化させ革新的な技術を開発し、伝統工芸の可能性を広げる南部鉄器の老舗である。伝統的な鉄鍋等にとどまらず、現代のライフスタイルに合わせた商品開発に取り組み、1999年に「タミさんのパン焼器」を発売し、有名通販雑誌やTVショッピングなどを通じて高い評価を得た。さらに2002年には、岩手大学八代仁教授の指導のもと、鉄瓶の防錆技法「金気止め」を応用した防錆効果の高い酸化皮膜形成技術を確立。酸化皮膜を施した「上等焼」技法による鍋やフライパンを商品化し、伝統的工芸品から新分野へ販路を拡大している。一方、1965年頃から海外の販路開拓にも取り組んでおり、鉄瓶や急須を欧米や中国等に、鍋やフライパンを豪州等に輸出。経済産業省中小企業庁「元気なモノづくり中小企業300社」(2007年)、第2回ものづくり日本大賞「東北経済産業局長賞」、平成25年度文部科学大臣表彰「科学技術賞」等を受賞。そんなオンリーワン企業である及源鋳造がオンリーワンたる所以を探るべく、代表取締役の及川久仁子さんに話を聞いた。


オンリーワン企業になるまでの軌跡

― はじめに、貴社がオンリーワン企業と言われる所以を教えてください。


◆ 頼るのではなく「自分たちから」

全国メディアでも度々紹介される同社のヒット商品「タミさんのパン焼器」。

 自分たちがオンリーワン企業とは思っていませんが(笑)、「重くて黒くて錆びるし手入れも面倒な田舎の民芸品だ」と思われていた南部鉄器にデザインを取り入れ、現代のライフスタイルにも愉しめる商品開発を行っている点が、当社の特長です。「タミさんのパン焼器」や「南部ごはん釜」など、これまで数多くの自社商品を世に送り出してきました。

 問屋さんから言われてつくったものは、問屋さんが買ってくれます。けれども、問屋さんに言われたから「丸いものを四角く」「浅いものを深く」「三千円を二千五百円に」とつくるのではなく、自分たちでマーケットリサーチを行い、自分たちがよいと思う商品を自分たちでデザインを起こして開発している点が、南部鉄器業界では珍しいのではないかと思います。ですから「伝統工芸品の中に、こんなに格好いいものがあるの?」と皆さんに思われるところから、及源(OIGEN)のイメージは変わってきたのではないでしょうか。

 自分たちでデザインを起こすと、やっぱり失敗もあるんです。後発の企業さんや問屋さんから言われたものをつくる企業さんは、非常に効率的な商売ができると思います。けれども、私たちは常に自分たちの仮説をぶつけながら試行錯誤で進んできました。頼るのではなく「自分たちから」というスタンスは、昔からある当社の風土です。


◆ 伝統をよりよく革新していく

上等鍋。

 行政などから評価いただくようになったのは、当社が特許を取得した「上等焼」からです。上等焼とは、南部鉄瓶の伝統的な防錆技法である「金気止め」を当社がブラッシュアップし、鍋やフライパンの商品化に結びつけたものです。これにより経済産業省中小企業庁「元気なモノづくり中小企業300社」(2007年)に選定いただいて以来、マスコミなど周囲の目も変わってきました。

 もともと金気止めは、この地の鋳物屋にとっては当たり前の技法で、特に注目されていた技法ではありませんでした。そんな中、機械系エンジニアで、この業界から見ると「よそ者、若者」だった私の主人が、着色加工を一切行わずに酸化皮膜をつくるという金気止めの発想に着目し、伝統技法を進化させた結果、上等焼は生まれました。それを皆でつくりあげるという、柔軟な発想で新しいことに挑戦する社風が当社にはあると思います。

― 上等焼はどのような点が革新的だったのですか?

 上等焼というネーミングは当社のオリジナルです。通常の金気止めは、熱を加えることで黒錆を出す(酸化皮膜を形成する)南部鉄瓶伝統の防錆技法で、職人の窯焼きによって酸化皮膜を形成します。ただ、鉄鍋には、金気止めが応用されませんでした。なぜかと言うと、鉄鍋には漆を塗る防錆技法が江戸時代の前からずっと続いていたためです。近年、漆の入手が困難になってからは、漆に似たカシューナッツの塗料が使われてきました。つまり、防錆技法がずっと「鉄瓶は窯焼き」「鉄鍋は塗料」に分かれていた中、私たちは「鉄鍋に窯焼き」をしたわけです。

 試行錯誤の末、全く表面加工をせず、熱を加えるだけで(当然、炉中の空気のコントロールはしますが)、錆びにくい鉄鍋をつくることに成功しました。その技法を上等焼と名付けたわけです。一般的な鉄鍋やフライパンのようにフッ素加工や塗料等の化学物質を全く施さないため、安全・安心で環境に優しい商品です。また、塗膜がないことで表面温度も高いので、ダイレクトに鉄器の熱が食材に伝わると、料理人からも好評を得ています。岩手の行政の方からは、「900年も前から製造され、すでに完成されたと思っていた鋳物が、まだ進化できるのか」と仰っていただきました。「伝統をよりよく革新していく企業だ」と見ていただけたのだと思います。


◆ 世界も認める「OIGEN」ブランド

― 海外の販路開拓にも積極的に取り組まれているそうですね。

色付急須など、多彩な色や形の南部鉄器。


フォションパリ本店の広告に使用されたOIGENのティーポット。


 50年程前から海外に輸出しています。最初は、商社さんが外国人のバイヤーさんを当社に連れて来たところから始まりました。そのバイヤーさんからの「これに赤い色、こっちに青い色を塗って」といったニーズに応える形で、当時から色付急須は海外向けに展開していました。色付急須は最近になって日本でも話題になっています。

 約10年前、当時の経済産業大臣に、当社の海外販路開拓の話をする機会がありました。そこで、フランスパリの高級食材商「フォション(FAUCHON)」本店の壁に貼られた大型広告に、当社の鋳物のティーポットが使われた写真を大臣に見せました。すると、大臣が驚いて「フォションに頼んだの?」と聞くので、「いいえ、うちはただ南部鉄器を売っただけです」と答えると、さらに驚いていました(笑)。大臣に知っていただいたことで、海外進出する南部鉄器に注目していただき、その後、色々な発展がありました。


◆ 外部の力を取り入れる柔軟性と、譲れない及源の軸

― 伝統的工芸品産業の中で、革新的な経営を成功させる秘訣とは何でしょうか?

 「南部鉄器屋だから」と業界内の常識で考えるのではなく、外部からも情報を取り入れて、自分なりに会社をつくっていく柔軟性と多様性が重要ではないでしょうか。様々な局面で、公的機関やマーケティング関係など多様な方々から当社の足らない点をご指導いただき、その中で精査しながら素直に外部の力を取り入れられた点が、当社の経営革新につながったと考えています。

 もし私が自分の力だけですべてを解決できるスーパー社長なら話は別ですが(笑)、私一人でできること、中小企業でできることは限られています。ですから、必要な時に必要な人たちと柔軟に話ができる関係性が、特に中小企業には重要であると私は思っています。そのために私は話をする人も自分独自で探します。それはやっぱり、自分と馬の合う人と合わない人がいるからです。

― 価値観の「合う、合わない」は、どのような軸を基準としていますか?

 私たち及源は、鉄器というものが、経済性や合理性を優先しがちな現代に対するアンチテーゼのポジションにあると考えます。だからこそ、鉄器を使ってお料理をする醍醐味やその手応えを伝えたいのです。それは何も1から調理する形だけではなく、例えば、買ってきた食べ物を鉄器で温める愉しみ方もあるでしょう。

 ですから、私たちは「簡単便利で、こうすればもっと儲かる」という考え方とはなかなか付き合えないのです。もちろん経営ですから「やっぱりあの注文はとっておけばよかった...」と数字を見て思うことはありますよ(笑)。けれども、そっちは選べないのです。経営的に潤沢な資金があるわけではないですが、鉄器も及源もそういうものではないからです。それを感じてくれるマーケットは必ずあるはずですし、そのマーケットに売ることができないのは、当社の力がないだけのこと。当社にとって正しいことを一緒に考えてくれる人たちとは、長いお付き合いができていると思います。

― 経営的に色々な判断を迫られる時もあると思いますが、どうしても譲れない「最後の軸」とは何ですか?

 まず、お天道様や産地の歴史に対して失礼にならないように考えること。商売では「残念だな」と思うことだけはしたくないですよね。もちろん社長として苦しい時に色々な判断が必要な時はありますが、納得できない時は、たとえ千本の鉄瓶、一万個の鉄鍋でも断わってしまいます。単に「ものを売る」のではない、「一緒にやっていく」のに納得がいくかどうかなんです。


◆ 本当のブランディングとは

―「それは及源ではない、これが及源である」、その輪郭はどのように伝えますか?

工場併設の直売店「OIGEN ファクトリーショップ」。商品の陳列に加えて、レシピや手入れ方法など、鉄器のある暮らしの愉しさが提案されている。

 当社ではブランディングに力を入れています。「OIGEN」というブランドでしっかり商品をつくり、しっかり売っていこうという想いで立ち上げて今、徐々に世間様に伝えつつあり、それもこの業界では他社さんと差別化している点だと思います。ただブランディングも手探りで、まだまだ形だけだと思っています。私自身にも社員一人ひとりにも、それが落とし込まれなければ、本当のブランディングにはならないから。そのためにはもっと学び、もっとやらなければいけないことがたくさんあります。まだまだ私自身の中で現在進行形なのです。

― 「本当のブランディング」とは、どのような状態ですか?

 単なるマークやメッセージではなく、社員一人ひとりがOIGENのメッセージである、「愉しむをたのしむ」を伝えられて、そのために自分がどのような行動をする必要があるか、それがお客様にしっかり伝わるか、ファンになってもらえるか。それを考え続けること、かつ、ブランドを本物にしていくことではないでしょうか。

― その具体例として、工場併設のショップについては?

 OIGENの想いをダイレクトに伝えることのできる店として、Factory Shopがあります。工場や鉄器の歴史をお客様にイメージしていただき、すがすがしく快適な空間に鉄器を展示しています。ここで大切なことは、販売スタッフとお客様とのコミュニケーションです。目の前にいるお客様とのコミュニケーションに対してもですが、明日の、3ヶ月後の、1年先のお客様とのコミュニケーションを考える。「あのスタッフさんはいる?」とお客様がリピートして来てくれるお店にしたいです。それから最も大切なことは、販売スタッフ以外の工場のスタッフが、お客様に「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と笑顔で挨拶ができること。皆でOIGENブランドをつくることです。


社長が二十歳だった頃

― 次に、及川さんが二十歳だった頃について、教えてください。


◆ 「お前はうちのお墓を守り続けるんだ」

 今思えば、あの頃の私は子どもでした(笑)。親のお金で東京の美術系短期大学に進学し、たいして勉強もせず、人生の目的とは何かも考えず、友達を増やすことも特にせず、ただ田舎の子が東京に行ったくらいの感じでした。

― 創業150年以上の伝統を持つ南部鉄器の老舗を継ぐことに対しては、当時はどのように感じていましたか?

 小学校の頃から、祖父母に「お前がうちを継ぐんだ。うちのお墓を守り続けるんだ」と、徹底的に言われ続けて育ちました。特に女の子が跡取りの場合、お嫁に行ってしまえば跡継ぎがいなくなりますからね。ただ、私くらいの年代では長男・長女は家を継ぐものでしたし、特にこの辺りの地域は友達も皆そうでした。女の子が大学に進学してキャリアを積む時代でもなかったですしね。「これしかない」状況でしたから、多少の居心地の悪さはあっても、「そういうものだ」という感じでしたよ。


◆ 及源は何を表現したいのか

― 東京からこちらに戻って来た後、どのようなことからはじめましたか?

 当時の社長で父が「現場を知らずして何も始まらない」という考え方でしたから、ずっと現場にいました。約6年、同じ部署にいて、私の方から「このままでは、まずいですよ」と言ったのです。まさしく問屋さんから言われたものをつくる状況がずっと続いていました。自社での商品開発も多少やっていましたが、デザイナー任せで自社でのマーケットリサーチがこの会社は全くできていないと思ったので、「社内で独立させてください。そして私に、マーケットリサーチの時間を少しください」と当時の上司に頼んだのです。そして、社内で別部署のようなものをつくってもらい、短大で学んだデザインやマーケティングの知識を活かしながら、商品開発など、自分が足りないと思うことは色々やらせてもらいました。そのための予算はついていなかったので自分の給料だけでしたが、色々勉強させてもらいました。

― 具体的には、どのような点が「このままではまずい」と思ったのですか?

 例えば、南部鉄器の展示会を東京で開くにしても、階段状の白い布の上に、すき焼き鍋の横に灰皿が並び、その横に花瓶が置いてある状態でした。「これは誰がターゲットでどんなシチュエーションで使われることを想定しているのだろう」という状態だったのです。それは当社だけでなくどの会社さんも皆そうで、それが南部鉄器総合見本市でした。それを見て、「やばいな」と思ったのです。そこから変えていこうと、当社は独自のテーブルをつくり、独自の展開をすることからスタートしました。そのために別部署にさせてもらったわけです。

― それは南部鉄器業界で革新的なことだったと思うのですが、及川さんが「やばいな」と感じたセンスは、どこから来たと思いますか?

 若い女性で、特にデザインを勉強した者ならば、誰でも違和感を覚える光景だったと思いますよ。当時の南部鉄器業界には女性の営業マンは一人もおらず、当社だけでなくどの他社さんを見ても、おじさんしかいませんでした。だから白い布の上に、すき焼き鍋と灰皿が隣り合って並んでいても、誰も何とも思わないんです。それは絶対におかしいのに。

 単に「ものが売れればいい」ということではなく、「私たち及源が何を表現したのか」を伝えないと駄目だと思ったのです。及源も他社さんも、白い布の上にずらっと並んでいると、どこから及源で、どこから他社さんかが、わからない。だって「南部鉄器」で終わりだから。だから「これではまずいのではないでしょうか」と言ったわけです。当時の上司からすれば、まぁ煙たかったとは思いますよ(笑)。

― 及川さんが当時から提案し続けてきたことが、今日の貴社の形になったのですね。

 そう思いますね。それがなかったら、ただ単に作業をこなすだけで、未来をどうしたらいいか、わからない状態ですよね。その中で、自分なりに学んだのです。人との付き合い方だったり、値段の付け方だったり、お客さんがどうやったら買ってくれるかだったり。色々な意味で、独自にやりました。

 どの企業さんもそうだと思います。父親の頃とは時代も違うわけですし、従業員さんも機械もすべて環境が違う中で、父親のやり方は参考にはならないですよね。それは父親も同じで、時代の違う祖父の経営は参考にならなかったと思います。ただひとつ、私たちは「鉄器をつくること」だけは共通軸としてあります。鉄を溶かせるから、「マンホールをつくろう」「大手自動車会社の下請けになろう」という方向には行かずに、「自社の鉄器をつくろう」という社風は、及源としてあり続けるのです。


我が社の環境自慢

― 続けて、貴社の環境自慢を教えてください。


◆ 「鉄」という自然の素材をシンプルにつくる

鋳物は、溶けた鉄を鋳型に流し込んでつくる。

 「鉄」という自然の素材を、シンプルにつくっていることが一番よいと思っています。化学的にAとBとCを合成してつくるのではなく、溶かして固めるという一番シンプルなつくり方です。


◆ 自社ですべてつくる、ものづくりの会社

及源では手作りの時代を経て、昭和40年頃から量産可能な設備を入れ、分業作業を行っている。

 自社ですべて製造していることも自慢です。鋳物以外の着色は分業制のため、着色屋さんにお願いする必要がありますが、マーケットリサーチからデザイン・商品開発、製造して完成した商品を梱包して出荷するまで、一連の流れのすべてを自分たちで把握でき、責任を持ってやれる点が、よいと思います。ものづくりの会社で、独自技術の上等焼を持っていることも強みですし、皆で一生懸命つくっていることもよいと思います。


◆ 商品の多様性

 「このシリーズはこうじゃなきゃいけない」という発想ではなく、「お母さんにはこれ」「三星シェフにはこれ」「海外の人にはこれ」「小学生ならこれ」というように、意外と枠がない商品構成を持っていることも、うちのよいところだと思います。


◆ 南部鉄器の産地の中にいる

型から出した後、丁寧に磨かれた鉄器。

 900年以上の歴史がある南部鉄器の産地の中に会社を構えていることもよいと思います。「ここじゃなきゃいけない」意味がちゃんとあるから。お客様に対しても、ここまで来ていただくことに対して、「申し訳ないな、岩手までわざわざ来てもらって」ではなく、「ここだからこそ感じられるでしょう?」くらいの誇らしさが、よいと思うのです。もちろん広報活動として出先機関は必要ですが、うちにはまだそこまでの力はないので、「岩手に来たら、ここは外せないよね」と思われるまでになりたいです。そのためには、やはりブランディングが必要ですね。


若者へのメッセージ

―最後に、今までのお話を踏まえ、若者へのメッセージをお願いします。


◆ すべてを無駄とは思わないで。すべてが自分に返ってくる。

 今の若い人たちは、結果が出ないことを「無駄」と捉えているように感じます。例えば、「お掃除は無駄なこと」「挨拶するのも無駄なこと」とは思わないで。それはすべて自分に返ってくることだから。昔から言われているような「挨拶をきちんとしなさい」「お天道様が見ているよ」といったことに気が付いてもらえるといいですね。会社では、その人の正直さや礼儀正しさや優しさが、チームの中でモチベーションを上げていくのに必要です。1+1が3になる。そんな人が魅力的じゃないですか?

― 及川さん、ありがとうございました。


社員に聞く、我が社の環境自慢

◆ 自分の意見を積極的にお店づくりに反映できる
/千葉雄祐さん(31歳、岩手県奥州市出身、入社3年目)

南部鉄器のお手入れ方法について、実演をしながら丁寧に教えてくれた千葉さん。

 千葉県で自然体験を提供する会社に勤めていた時、伝統工芸の魅力を再認識する機会がありました。地元の伝統工芸を後世に残したいとの想いから、Uターンで入社して今年で3年目です。
 はじめの2年間は、ものづくりの現場にいて、今年度からショップの担当になりました。現場では直接的にものづくりに携わることにやりがいを感じ、ショップでは自分が工夫したことに対する反応をお客様から直に感じられる点にやりがいを感じています。南部鉄器は「お手入れが大変そう」と敬遠される方も多いですが、お手入れ方法などを伝えることで「愉しんで使えるものなんだ」と見方が変わり、実際に使った話をしてくださるリピーターのお客様もいて、そんな時に「よかった」と実感できます。
 我が社の環境自慢は、上司との距離が近く、自分の意見を積極的に発言でき、実際のお店づくりに反映できるところです。社長はよく「とりあえずやってみて、駄目なら変えればいい」と言ってくれ、入社したばかりの自分の意見も否定せず、どんどん挑戦させてくれます。
 ショップには、県外のお客様が多いのですが、意外と地元の方が少ないと感じています。自分たちの地域によい伝統工芸があることを誇りに思ってもらえるよう、南部鉄器のことを自分自身も日々勉強しながら、お客様目線で南部鉄器の魅力をより伝えていきたいです。


◆ 誰にでも質問でき一緒に考えてくれる「人」が自慢
/小川原諒さん(25歳、岩手県奥州市出身、入社4年目)

社長の及川さん曰く「社内のムードメーカー的存在」の小川原さん。

 小さな頃から、ものをつくるのが好きでした。ものをつくるなら、ありきたりのものではなく、おもしろいものをつくりたいと思い、及源に入社して今年で4年目です。
 当社では生産効率の向上を図るために機械化を積極的に進めていますが、機械化できない複雑な工程は手作業で行っています。私の仕事は、溶けた鉄を流し込むための砂の型をつくることです。手で砂を握りその感触を確かめ、ものによって圧力を変えています。砂の水分含有量等は日々変化し、固め過ぎても柔らか過ぎても駄目ですから、手は抜けません。今の仕事は自分の肌に合っていると感じます。自分がつくった型が鉄器という形になってお客様のもとに渡った時が最もやりがいを感じる瞬間です。
 我が社の環境自慢は、「人」です。他の生産ラインの人も含めて誰にでもすぐ質問ができ、一緒に考えてくれる雰囲気が、とてもよいです。


◆ 自分の意見を尊重してもらいながら創作活動ができる
/小野竜也さん(27歳、岩手県奥州市出身、入社5年目)

南部鉄瓶の伝統技法を外部デザイナーの廣瀬愼さん(写真右)から直に学ぶ小野さん。


小野さんが創作した鉄瓶。

 高校卒業後は造園業に勤務しましたが、もっと手先を使ったものづくりがしたいと考え、色々な会社を探しました。その中で唯一工場見学をしていた及源の「伝える」スタンスに惹かれて、南部鉄瓶の若手職人として入社し、今年で5年目です。
 及源では、昔ながらの南部鉄瓶の伝統技法を絶やさないために、後継者の育成を行なっています。その一環として、私が外部デザイナーの廣瀬愼さんから直に南部鉄瓶の伝統技法を学んでいます。社内の色々な人の意見も取り入れながら、日々、創意工夫で鉄器づくりに励んでいます。失敗も多い仕事なのでめげそうになることもありますが、その分、成功した時の嬉しさは格別です。
 我が社の自慢は、自分の意見を尊重してもらいながら創作活動ができる環境です。朗らかな人が多く、こちらがお願いすると怒らずに話を聞いてくれ、自分の意見を積極的に発言しやすい環境がよいと思います。これからもさらに腕を上げて、よりよいものをお客様に届けていきたいです。


◆ 実は女性にも向いている、ものづくりの仕事
/宇部めぐみさん(26歳、岩手県盛岡市出身、入社3ヶ月目)

「女性にも向いている仕事だと、ぜひ発信したい」と話す宇部さん。

 及源に入社した理由は、ものづくりをしたかったからです。古さと新しさの両方を兼ね備え、世界に羽ばたくOIGENブランドに惹かれて、3ヵ月前に入社しました。
 実際に入社してみると、外から見ただけではわからなかった及源のよさがわかりました。鋳物工場の中は清潔で、取っ付き辛さがなく、新鮮さを感じながら日々の仕事に取り組んでいます。私の仕事は鉄器の砂を刷毛で取る細やかな仕事で、女性や器用な人に向いていると思います。そのようなこともぜひ発信していきたいですね。
 我が社の自慢は、遠方から訪れるお客様にも愉しんでいただける、ファクトリーショップです。また、当社の鉄鍋は国内外の有名なシェフにも使われており、幅広い方が愛用する鉄器づくりに自分も携われていることに誇りを感じています。

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