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2024年 10月 16日 (水)

【研究室訪問】物理学者の須田利美さん(東北大学教授)に聞く/短寿命で不安定な原子核の構造研究で宇宙の物質進化の謎に迫る 取材・写真・文/大草芳江

2018年10月26日公開

これまで不可能と考えられていた「電子散乱」による
短寿命不安定核の構造研究で、
宇宙での物質進化の謎に迫る。

須田 利美 Toshimi Suda
(東北大学電子光理学研究センター 教授)

埼玉県生まれ。1983年、東北大学理学部物理学科卒、1988年、東北大学物理学研究科原子核理学専攻修了、理学博士。1988年、大阪大学核物理センター 日本学術振興会特別研究員、東北大学教養部物理学科助手、1991年、東京大学原子核研究所 文部省内地研究員、1993年、ドイツ・ダルムシュタット工科大学フンボルト財団研究員、1999年、理化学研究所 RIビーム科学研究室専任研究員、2006年、理化学研究所 仁科加速器研究センター グループディレクター、理化学研究所 RIビーム科学研究室 副主任研究員を経て、2010年より現職。

 今回訪問した研究室は、仙台市太白区三神峯にある東北大学電子光理学研究センター(旧原子核理学研究施設)の不安定核電子散乱グループです。

 天然には安定に存在しない短寿命で不安定な原子核の構造研究は、現代の原子核物理学に課せられた重要課題のひとつであるとともに、宇宙での物質進化(元素合成)の解明に迫る上で重要であるため、世界中の研究者が実験・理論の両面から短寿命不安定核の内部構造の研究に鎬を削っています。

 原子核の内部構造を解き明かすには、高エネルギー電子を原子核に照射し、その散乱具合から内部構造を決定する「電子散乱」という実験方法が最も優れています。しかしながら、不安定核の場合、加速器を利用して人工的に生成する必要があるため生成が困難な上に、短寿命で崩壊してしまうため、電子散乱実験用に必要な十分な数の標的原子核を準備できず、電子散乱による研究は不可能と考えられてきました。

 須田利美教授率いる不安定核電子散乱グループは、極少数の不安定核標的数で電子散乱実験を可能にするSCRIT法(Self-Confining RI Target:自己閉じ込め型RI標的)と呼ぶ画期的な標的生成技術を発明し、2008年にその原理実証研究に成功しました。そして理化学研究所・立教大学と共同で短寿命不安定核研究専用の電子散乱施設を理化学研究所の RI ビームファクトリー内に建設し、世界で初めて電子散乱による短寿命不安定核の内部構造研究に取り組んでいます。

 さらに、これまで培ってきた"電子散乱力"と電子光理学研究センターの電子加速器を活用し、最近、Nature誌や Science誌の表紙を飾る事態となっている「陽子半径問題」の原因解明にも取り組んでいるという須田さんに、研究のこれまでとこれからを聞きました。

【目次】
大学保有加速器としては国内最大の加速器
「電子散乱」で世界中が真似できないオンリーワン研究
電子散乱が原子核研究に果たしてきた役割
宇宙の物質進化の謎解明の鍵を握る「中性子過剰核」
電子散乱で中性子過剰核の研究は不可能と思われていた
なぜ電子散乱が一番よい方法か
不可能を可能にした新技術「SCRIT」開発までの長い道のり
「陽子の大きさが、なぜ4%も食い違うのか?」が素粒子物理学の大問題に
陽子の大きさを、史上最低エネルギーの電子散乱で世界一精密に測る
50年昔の加速器でも、アイデアがあれば、世界最先端の加速器と対等に戦える
物理学が大好きになったきっかけ
目に見える成果が出ない苦しい時期を乗り越えて
好きなことを見つけて一生懸命やりましょう
東北大学 電子光理学研究センター 学生インタビュー

―須田さんの研究内容の概要から教えてください。

大学保有加速器としては国内最大の加速器

 はじめに、私が所属している東北大学電子光理学研究センターについてご紹介します。当センターは「加速器」という大型研究装置を有しており、その加速器を使って原子核を始めとするさまざまな研究が展開されています。

―「加速器」とはどんな研究装置ですか?

 加速器とは、原子核や、原子核を構成する陽子や中性子、さらに陽子や中性子を構成するクォークなどを観察し、その構造や反応を研究するための電子顕微鏡のような装置です。原子核のような小さなものを見るには、こちらの写真のように、とても大きな装置が必要になります。


東北大学電子光理学研究センターが有する 1.3GeV(ギガエレクトロンボルト:「G(ギガ)」は1,000,000,000を意味する単位。「eV(エレクトロンボルト)」は原子核物理学や高エネルギー物理学で用いられるエネルギーの単位)の電子円形加速器。


 当センターの加速器は、大学規模としては国内最大の加速器、かつ大変広いエネルギー範囲の電子線やγ線を提供できるというユニークな特徴を持っています。そのため、文部科学省より全国共同利用・共同研究拠点にも認定されており、東北大学内の研究者だけでなく大学の枠を超え全国の研究者にも開放されています。

―「大学規模としては」ということは、大学以外ではさらに大きな加速器があるのですか?

 大きな加速器としては、例えば、国内では茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)に国内最高エネルギーを誇る加速器がありますし、ヨーロッパには、物質に質量を与える「ヒッグス粒子」を発見した欧州原子核研究機構(CERN)の加速器(大型ハドロン衝突型加速器)などがありますね。それらは研究目的が異なり、それぞれの目的のために最適化された加速器です。

 当センターには、先ほどお話したエネルギーの高い電子加速器(円形型)と、エネルギーの低い電子加速器(直線型)の二つがあります。この加速器を中心に我々は研究を展開しています。加えて、我々の加速器を全国の研究者が共同利用するのと同じように、我々も「理研RIビームファクトリーリー」や「SPring-8(大型放射光施設)」、「J-PARC(大強度陽子加速器施設)」など、世界最先端の加速器も並行して利用し研究を進めています。

―それぞれの加速器で目的が異なるということですが、東北大学電子光理学研究センターの加速器ならではの特長は何ですか?

 これから述べる私の研究とも密接に関係しますが、まず「電子」加速器であるという特徴があります。我々の加速器は電子加速器としては加速エネルギーやビーム強度の観点では世界最先端ではありません。でも、大学が保有している加速器のメリットとして、学生と一緒に腰を据えた研究ができますし、また、新しい研究に比較的自由に挑戦でき、失敗したらやり直せるなど、裾野の広い研究推進や人材育成の観点からは他に代え難い特徴があります。このような観点から、私たちは二つの電子加速器の特長を最大限に活かしながら研究を進めています。

 私のグループが主に使用するのは、当センターの加速器のうちエネルギーの低い加速器です。実は、エネルギーの低いことが、後でお話しする陽子半径の精密決定には、逆によかったことに気がついたのですよ。


「電子散乱」で世界中が真似できないオンリーワン研究

―世界最先端の加速器はエネルギーの高い方へどんどん進化していると聞いているので、「エネルギーの低い方が、逆によかった」というのは意外です。どんな点が「逆によかった」のですか?

 そのことについて説明するには、まず私の研究の全体像からお話する必要があります。私自身は2010年に理化学研究所から東北大学に赴任し、研究を二本柱で進めています。

(1)電子散乱による中性子過剰核研究 ( SCRIT )

 ひとつ目のテーマは、電子散乱による短寿命不安定核(特に中性子過剰核)の研究です。今まで不可能と考えられてきた電子散乱による短寿命不安定核の研究を可能にする「SCRIT法」(Self-Confining RI Target:自己閉じ込め型RI標的)という手法を発明しました。後で詳しく説明しますが、この手法は、私が理研にいた頃から共同研究者と共にずっと研究を続けてきたもので、十数年がかりでようやくできるようになったものです。こちらの写真は、理化学研究所・仁科加速器研究センターの RI ビームファクトリー内に建設した世界初の短寿命不安定核研究専用の SCRIT 電子散乱実験施設です.


理化学研究所RIビームファクトリーリー内に建設した世界初の短寿命不安定核研究専用の SCRIT 電子散乱実験施設

(2)電子散乱による陽子半径精密測定 (ULQ2:Ultra-Low Q2 実験)

 二つ目は私が本センターに赴任してから始めたテーマで、電子散乱による陽子半径の精密測定です。陽子は最も軽い元素である水素の原子核で、また中性子とともに重い原子核の構成子であり、長い間現代物理学の重要な研究対象であり続けています。したがって、大きさという最も基本的な物理量は十分調べ尽くされたはずでした。しかしながら、最近になって、どうも陽子の大きさがおかしいのでは、と指摘されました。後で詳しくお話するように、電子と「μ(ミュー)粒子」で測定した陽子半径が一致しないのです。素粒子物理学の金字塔である「標準理論」では、電子とμ粒子は質量は違うものの同じ粒子と仮定されているので、本来両測定の結果は一致するはず。したがってこの不一致は、もしかすると「標準理論」のほころびが見えているのかもしれないとの指摘もあり、世界中で今大騒ぎになっているのです。

 どちらの研究も、共通するキーワードは「電子散乱」です。電子散乱による安定核の研究はもう十分やり尽くされましたが、安定核では知られていなかった様々な新奇構造が発見されている短寿命不安定核については全く手がつけられていません。私は理研時代から、共同研究者と一緒にずっと研究手法として電子散乱を使った短寿命不安定核の研究を続けてきました。また、この研究を進める中で、陽子の大きさを電子散乱実験により精密に信頼度高く測ることができるのは、世界中で我々しかいないと気づき、電子散乱で陽子の大きさを信頼度高く精密に測る研究を始めたのです。

 どちらの研究も現時点では誰も真似できない競争相手なしのオンリーワンの研究です。国からの科学研究費も、前者の研究については基盤S(須田:2010 ~ 2015)と若手A(塚田:2017 ~ 2019)、後者の研究についても基盤S(須田:2016 ~ 2020)と、比較的予算規模が大きい科学研究費を受けています。これは本研究の重要性が原子核物理学のみならず広い分野で認められていることを意味していると考えています。

 私は、科学のひとつの重要な位置付けが、「今まで見えなかったものを見えるようにする」ことだと考えています。今まで見えなかったものが見えることで新しい発見があると思いますし、またその努力が新しい技術を生むと考えています。私はそれを理研在籍中の頃から後で紹介する共同研究者と一緒に目指してきました。


電子散乱が原子核研究に果たしてきた役割

―二つの研究に共通する「電子散乱」とは、どのような研究手法なのですか?

 加速器で加速された電子ビームを陽子や原子核に照射し、散乱されてきた電子を検出する、という実にシンプルな実験方法です。電子がどう飛び散っていくか(散乱)を観測すると、陽子、原子核の大きさや形、内部の構造を調べることができます。原子核や陽子の構造をきちんと見るためには、実はこの電子散乱という方法が一番よいのです。

 歴史を振り返ると、1950年代、米国の物理学者ロバート・ホフスタッターらが、天然に存在する安定な原子核を標的に電子を衝突させて、陽子や原子核の大きさや形を明らかにし、ノーベル物理学賞を受賞しました(1961年)。1960年代になると、よりエネルギーの高い電子加速器が登場し、原子核の構造だけでなく、原子核を構成する中性子や陽子の内部構造も電子散乱で探れるようになり、陽子や中性子はさらに小さな「クォーク」で構成されていることが発見されました。この研究もノーベル物理学賞を受賞しています。このように電子散乱が原子核研究に果たしてきた役割は非常に大きいのですが、ある意味では、もうほぼ終わった話なのです。

―「もう終わった話」とは?

 電子散乱による安定な原子核の研究はすでに一区切りついた、という意味です。私たちの研究の標的は「中性子過剰核」という天然には存在しない短寿命で不安定な原子核です。天然に存在する普通の原子核は、陽子と中性子がほぼ同数の安定した原子核です。しかし中性子の数が陽子に比べて多い中性子過剰核は、中性子が「ベータ崩壊」を起こして陽子に変わろうとするので、ある時間が経つと他の原子核に崩壊します。そのため寿命は有限です。

 加速器技術・測定技術の進展を背景に、約四半世紀前から、不安定な原子核を標的とした研究が始まり、これまで天然に存在する安定な原子核では知られていなかった原子核の内部構造が次々と明らかになりました。天然に存在する安定な原子核で長年培ってきた原子核構造に関する我々の常識が尽く破られる発見が相次いでいます。


宇宙の物質進化の謎解明の鍵を握る「中性子過剰核」

 中性子過剰核を調べること自体、まず原子核物理学としておもしろいことですが、さらに宇宙物理学の観点からも重要であることがわかってきました。

 宇宙は約138億年前にビッグバンで始まったと考えられていますが、ビックバン直後には水素やヘリウム(と極僅かなリチウム)が生成され、やがて星が生まれ、138億年経った今では、地球には金やウランのような重い元素まであります。太陽のような恒星内部では核融合により水素を原料に鉄までの元素が生成されることまでは明らかになっています。しかし、鉄より重い元素である金や銀、ウランなどの起源については、大量の中性子が存在する環境で生成されるとは考えられていますが、それがどのような現場、天体現象なのかについてははっきりしていません。

 その有力候補として「超新星爆発」が考えられていましたが、先日ノーベル賞を獲得した重力波天文台での重力波の検出により、もうひとつの有力候補であった「中性子星合体」が実際に存在し、重元素生成現場の候補であることがわかりました。鉄より重い元素の起源を調べるには大量の中性子が存在する環境で生成される中性子過剰核の構造や反応の理解が重要なことがわかっています。非常に短時間しか存在できないこれらの原子核は、原子核反応の連鎖である宇宙での元素合成過程では非常に重要な役割を果たすことが知られています。

 アメリカ物理学会が21世紀に入った頃にまとめた「物理学がまだ答えられない11の疑問」にも、暗黒物質や暗黒エネルギー、重力の本質などの問題と並んで、重い元素の起源の謎があります。もともとの僕の興味は重い元素の起源です。それを調べるために、中性子の多い、短寿命で不安定な原子核の内部構造をきちんと知りたくて、そのための電子顕微鏡をつくろう、というのが研究のモチベーションです。


電子散乱で中性子過剰核の研究は不可能と思われていた

―重い元素の起源の謎の解明にもつながる「中性子過剰核」の構造や反応を調べるための手法として、皆が一番よい方法とわかっている「電子散乱」が「もう終わった話」になっていたのはなぜですか?

短寿命な中性子過剰核との電子散乱

 原子核の構造を調べるのに一番よい方法は電子散乱です。ただ、中性子過剰核は人工的につくる必要があり、つくるのも大変ですし、生成しても短寿命ですぐに崩壊してしまうので、中性子過剰核をたくさんつくって安定核の電子散乱実験で従来使用されていたような分厚い標的をつくることはできません。ですから、中性子過剰核を電子散乱という手法で研究することはこれまで不可能だと考えられており、誰も試みすらしませんでした。

 安定な原子核ならば、たくさん標的を用意することは容易いですが、不安定な原子核を、電子散乱実験に必要な、例えば1mol分程度、つまり10の23乗個もつくれません。仮につくれたとしても短時間で崩壊してしまいます。ですから本当は皆、電子散乱で調べたいのですが、できないので電子散乱に代わる近似的な方法で今までずっとアプローチしてきたわけです。

 けれども私と共同研究者は「原子核の内部構造をきちんと知るためには電子散乱で調べなければいけない。科学の大事な役割のひとつは、今まで見えなかったものを見える技術をつくることだ」という信念で挑んできました。人間の想像力には限りがありますから、今まで見えなかったものを実際に見えるようにすることで新しい視点、物理が生まれるきっかけになるかもしれませんよね。私たちは10年以上技術開発を続けて発明し、ようやく極少数の中性子過剰核標的数でも電子散乱を実現することができる実験手法を確立しました。


なぜ「電子散乱」が一番よい方法か

―そもそも「原子核の内部構造を調べるのに一番よい方法が電子散乱」という理由は何ですか?

 原子核の内部構造を調べる方法はいくつかありますが、大変小さいので、肉眼で内部を直接覗くことはできません。したがって、例えば高速の電子をぶつけるなど、外から刺激を与えて原子核がどんな応答をするかを調べて内部構造の情報に焼き直す方法を採ります。

 電子散乱は、電子と原子核との衝突が、「電磁気力」であることを利用して原子核を調べる方法です。電磁気力は十分精密にその性質が理解されているので、実験データから直接知りたいこと、原子核内部の構造、がわかるわけです。

 ただ、先ほど説明した理由で、不安定な原子核を標的にした場合に標的数の問題から電子散乱は難しかったため、電磁気力は使わず、原子核をつくる力である「強い相互作用」が利用されてきました。陽子や他の安定な原子核と不安定な原子核を衝突させ、その散乱を見る手法です。実験的には比較的容易なのですが、強い相互作用自体がよくわかっていないので、よくわかっていない刺激で原子核の内部構造を探ろうというものです。大凡はわかったとしても、実験結果から原子核の内部構造を出す時、色々な仮定やモデルなどの不確定要素が必要になってしまいます。電子散乱にはその不確定要素はありません。ですから電子散乱が一番よい方法なのです。


不可能を可能にした新技術「SCRIT」開発までの長い道のり

―須田さんたちは、不可能と思われてきた「電子散乱」による「中性子過剰核」の研究を、どのようにして可能にしたのですか?発明した新しい技術について教えてください。

 僕たちは、電子散乱に必要な標的数を劇的に小さくする、「SCRIT」という新技術を発明しました。例えば、今までは1mol、つまり10の23乗個程度必要だった標的が、10の8乗個程度あれば、実験を可能にするという技術です。この発明で、つくること自体が難しく、つくれたとしてもすぐに壊れてしまうような短寿命な中性子過剰不安定核を電子散乱という最適な手法で研究する道が拓けました。

 この研究は2000年初頭から始めたもので、最初のアイデアから約15年以上が経っています。長期間の技術開発の結果、原理実証実験がうまくいきましたので、世界で初めて不安定な原子核を研究するための専用加速器をつくることができました。今まで技術に関する論文は書いてきましたが、2017年、ようやく最初の物理の論文2本を出すことができました。十数年もかかって、やっと物理の論文を出せるようになったのです。

―「見えなかったものを見えるようにする」新しい技術を開発するところから新しい物理まで、信念を持って、長期スパンで基礎研究を続けてこられたのですね。なかなか最近は、長期スパンでの基礎研究が難しいと聞くので、ご苦労も多かったのではないでしょうか。

 これは私の個人的な想いですが、十数年も目に見える成果がなかなか出ない状態で基礎研究を続けるのは、大変難しい状況になっていると感じます。

 私は「ニホニウム」(理化学研究所 仁科加速器科学研究センターが発見した113番目の新元素。2015年、元素周期表にアジアの国としては初めて、日本発の元素が加わった)の研究にも関わっていました。新元素発見には実験装置建設や開発研究に約20年近くを要しました。そして、つくりだした113番原子核はたった3個。しかし、この発見は原子核物理学に大きなインパクトを与えましたし、世界中の子どもたちが使う理科の教科書にも載るようになりました。毎年ヒットを打つよりも、自分の研究人生をかけてひとつの夢(一本ホームラン)を追いかけることもできる環境が重要だと思いますし、このような研究もできる日本であって欲しいと思います。


「陽子の大きさが、なぜ4%も食い違うのか?」が素粒子物理学の大問題に

 そして、電子散乱による中性子過剰核を研究しているうちに気付いて立ち上げた新しい研究テーマが「電子散乱による陽子半径精密測定」で、この研究のキーワードも「電子散乱」です。

―冒頭にお話いただいた、物質の基本的な構成要素である陽子の大きさがおかしいので、世界中が正確に測ろうと注目しているテーマですね。原子核や陽子の内部構造だけでなく、陽子の大きさについても「電子散乱」で測れるのですか?

 陽子の大きさを測る方法はいくつかあります。「電子散乱」は、陽子の大きさを測るために最も古くから使われてきた方法です。半世紀前に電子散乱により陽子は点状の素粒子ではなく空間的に広がっていること、またその大きさはおおよそ 1 fm (f(フェムト) は 10の-15乗)であることが明らかになりました。先程、電子散乱で安定な原子核の大きさや形を測った人がノーベル賞を受賞したとお話しましたが、陽子をターゲットにした実験も同時に行い、陽子に大きさがあることも発見しました。その後も、電子散乱で陽子の大きさや内部構造を詳細に調べる努力が行われています。

 一方で、最近は他の方法でも陽子の大きさが測られるようになってきました。原子核をつくる物質の一番基本的な要素である陽子の大きさが、測定方法によってなんと4%も食い違うことがわかり、「陽子電荷半径問題(Proton Charge Radius. Puzzle)」として、最近のNature 誌や Science 誌などの科学雑誌の表紙を飾る事態になっています。

―陽子の大きさを測る方法には、他にどんな方法があるのですか?

 今までに三つの方法で陽子の大きさは測られてきました。ひとつ目は僕たちがやろうとしている、電子をぶつけてその跳ね返り方を見て陽子の大きさを推定する「電子散乱」です。

 二つ目は「水素原子分光実験」です。水素原子の原子核の周りを回る電子の軌道は、陽子が点状粒子か、それとも広がっているかで、僅かにその軌道エネルギーが異なります。そこで陽子の周りを回っている電子の軌道エネルギーを正確に測ることで、陽子の大きさを決定する研究が1990年代になって行われるようになりました。

 三つ目は「μ(ミュー)水素原子分光実験」です。「μ粒子」は電子と同じ性質を持つと考えられている粒子です。μ粒子の重さは電子よりも約200倍も重いので、水素原子に、電子の代わりにμ粒子を入れてあげると、μ粒子は電子軌道に比べ200分の1の軌道半径で陽子の周りを回ります。したがって、μ粒子の軌道エネルギーには陽子の広がりの影響がより大きく現れますので、二つ目の「水素原子分光実験」よりも精度高く陽子半径を決定できます。

 前者二つは電子を使う方法ですが、三つ目はμ粒子を使った測定です。電子を使った測定結果はお互いに一致しているのに、μ粒子を使った測定が4%も小さな半径を与えることが2010年代に入ってから明らかになりました。

―電子を使った方法とμ粒子を使った方法で、4%も陽子の半径が異なることは、物理学的にどんな重大な意味があるか、もう少し詳しく教えていただけますか?

 陽子の大きさの不定性は原子核物理学上の問題のみにとどまらず、高校の物理で学習する基礎物理定数であるリュードベリー定数の値にも影響を与え、さらに素粒子物理学の標準理論とも関連する可能性があるので、世界中で大騒ぎになっているのです。素粒子物理学の標準理論では、電子とμ粒子は「同じ性質を持っている」と考えられています。ですから、もしこの実験事実が本当だとすると、電子とμ粒子とで陽子の見え方が違うことを意味し、電子とμ粒子で何らかの違いがあることを示唆するわけです。なお、質量の違いによる影響ではないことは確かめられています。

 実験データから陽子半径を求める解析方法の見直しや過去のデータの再検討なども行われていますが、今のところ、「なぜ4%も違うのか?」を説明する理由が見つかっていません。そこで今、その不一致の再確認として、より精度と信頼度の高いデータを出す実験が世界中で計画あるいは行われつつあるのです


陽子の大きさを、史上最低エネルギーの電子散乱で世界一精密に測る

 三つの方法のうち電子散乱について、我々はこれまでのSCRITの研究を通じて"電子散乱力"が付いてきたことを活かせば、電子散乱としては世界一信頼度高く陽子の半径を決めることができることに気がつきました。

―自分たちが陽子の半径を決められることに「気づいた」とは、どういうことですか?

 半世紀前、陽子が有限な大きさを持つことが発見されて以降、その内部構造を探るために世界中の加速器はエネルギーの高い方へ向かいました。陽子の中にあるクォークなど、原子核の中のより細かなものを調べるには、加速器のエネルギーを高くしなければいけないからです。ですから、世界中の原子核研究用の電子加速器もすべてエネルギーの高い方へと進歩していきました。

 ところが、陽子や原子核内部の細かい構造を見るには高エネルギーの方が得意ですが、陽子全体の大きさを正確に測るには、高エネルギーよりも低エネルギーで実験した方が、実は精度が上がるのです。それには皆が気づいているのですが、世界中の最先端の加速器は高エネルギー化してしまったので、低エネルギーでの電子散乱実験ができないのです。私が所属する電子光理学研究センターには低エネルギー電子加速器があるじゃないか、そのことに私はSCRITの研究をしながら気づきました。

―具体的にはどれくらいエネルギーが違うのですか?

 世界最先端の加速器は数十GeV(ギガエレクトロンボルト:「G(ギガ)」は1,000,000,000を意味する単位。「eV(エレクトロンボルト)」は素粒子、原子核、原子、分子などのエネルギーを表す単位で、1eVは1ボルトの電位差で電子が獲得する運動エネルギー)まで電子が加速されるのに対して、僕たちの研究所にある加速器のエネルギー領域は20-60MeV(メガエレクトロンボルト:「M(メガ)」は1,000,000を意味する単位)なので、世界最先端の加速器のエネルギーと比較すると100~1000倍もエネルギーが低いことになります。陽子研究のための電子散乱としては史上最低エネルギーで、この実験は現在世界で我々しかできないのです。約50年も前の古い加速器ですが、皆と同じように高エネルギー化しなくてよかった、というわけですね。


50年昔の加速器でも、アイデアがあれば、世界最先端の加速器と対等に戦える

―インタビューの冒頭で「実は、エネルギーの低いことが今の時代になって逆によかったことに気がついた」とお話いただいた意味が、やっとわかりました。

 原子核研究用の電子加速器としては世界一低いエネルギーの加速器と測定器を設置できる広い実験室があり、さらにそこに我々のような電子散乱を専門にしてきた研究者がいたからこそ提案できた研究です。

 もともと我々の加速器は放射性同位体(RI)をつくるために使われていましたが、これを原子核用にうまく使えば、世界中の最先端の加速器が逆立ちしてもできないような研究ができる、それも物理学上、非常に重要な意味を持つ実験が、ここでできるということですね。この研究は、国内外の色々なところで注目されています。50年も昔の加速器で世界最先端の加速器と対等な競争ができること自体が驚きですよね。アイデアがあれば、世界最先端の加速器とも競争ができることを示せて、その意味でも嬉しいです。

建設中の陽子電荷半径測定用散乱電子スペクトロメータ

―現在、どこまで研究が進んでいますか?

 運良く、当センターでの陽子半径測定用の大きな科研費を国からいただけた(科研費基盤研究費(S))ので、現在、極低エネルギーの電子散乱の実験装置を開発しているところです。5ヵ年計画のうち現在は3ヵ年目で、2017年度中に設計を終了し、2018年から建設を開始、2019年中には実験を開始する予定です。この実験装置のうち、加速器で加速した電子を陽子に衝突させ、散乱した電子を高精度で測るための「電磁石スペクトロメータ」という装置の設計を現在行っているところです。

中性子過剰不安定核研究用に建設した東北大スペクトロメータ(WiSES)

 もうひとつのSCRITについては理化学研究所で研究がすでに始まっており、十数年間にわたる開発・研究の成果がようやく出始めました。右の図が我々が中性子過剰不安定核研究用に建設した東北大スペクトロメータ、WiSES(Window-frame Spectrometer for Electron Scattering)、ですが、これも獲得した大型科研費である基盤研究(S)で建設したものです。最初の実験で得られた物理成果を論文として発表しましたが、大変高い注目を集めています。

 このように僕たちは、「電子散乱」という研究手法で、今まで誰もできなかった天然に存在しない不安定な原子核の構造研究と、現在誰も真似のできない陽子の大きさの精度測定をやろうとしているのです。

―研究内容について詳しくご紹介いただき、ありがとうございました。続いて、インタビューの後半では、須田さんの個人的なモチベーションについて伺います。はじめに研究者になった原点から教えてください。


物理学が大好きになったきっかけ

 高校生の頃は「物理と数学の成績がよいから、行くとしたら物理学科かな」程度でしたが、真面目に勉強しなかったので(笑)大学受験に失敗、浪人生の頃に読んだ相対性理論の本から影響を受けて、物理がおもしろいと思うようになりました。さらにちょうどその頃、電子散乱で陽子や中性子の中にクォークが発見されて、それをテーマにしたBBCの科学番組「宇宙を解く鍵-素粒子論と宇宙論」を見て大いに刺激を受けて、物理の道に進むことを決めました。けれども大学入学当時は、研究者になることは全く考えておらず高等学校の物理の先生になろうと思っていました。

 大学1、2年生の頃は全く真面目な大学生ではなく、落語好きで入部してしまった落語研究会(サークル活動)で落語と麻雀と酒に熱中していました...(笑)、物理は好きでしたが、夢中になるほどではなかったんです。ところが大学3年生の時、高木伸先生の量子力学の講義がきっかけで物理が好きになってしまい(笑)、もっと物理を勉強し研究をやってみたくて大学院に進学しました。

 大学院生時代は、研究者になれるかどうかはわらかなかったけど、研究がおもしろくて仕方なかったので全力で研究に取り組んだことを覚えています。おもしろいから一生懸命やるし、やればやるほどさらにおもしろくなるという循環を経験しました。土日もなく長時間研究しても全く苦にならない。実験やデータ解析が楽しくて仕方がありませんでした。最終的に研究職につけたのは、単に巡り合わせ、運、です。運がよかっただけです。その後、今まで色々ありましたが、研究者としてはまだ運の女神には見放されていないのでしょうね。ずっと楽しい研究ができているし、また研究仲間にも恵まれている。最近は研究費も、運良く潤沢にいただけているので(笑)。


目に見える成果が出ない苦しい時期を乗り越えて

―高木先生の講義の影響を受けて感じたおもしろさと、今ご自身が実際に研究をしていて感じるおもしろさは違いますか?

 全然違いますね。高木先生の教科書をベースに講義で教わるのは、すでに出来上がった学問。でも僕にとっては全く知らなかった未知な量子力学という学問が自分で理解できるおもしろさ、楽しさだったと思います。毎週の講義が非常に楽しみでしたね。教科書を自分で勉強しただけでなく、物理好きの友達と自主的にゼミをつくって色々な教科書を勉強したのも楽しい思い出です。

 研究ですが、今まで誰も見ることができなかったこと、見る手段がなかったものを、ぜひ見てみたいというのがモチベーションです。結果として、原子核物理学や宇宙物理学にも影響を及ぼせたらよいとは思います。今やっていることの重要性を共同研究者と共有しているので、この10年間以上という長い期間、また色々ありましたけど、情熱を持ち続けることができたと思います。そうじゃなければ、やっていけないですよ、失敗ばかりでなかなか成果が出ませんからね。

―成果がなかなか出ず失敗ばかりだった時期を乗り越えたからこそ、他の人が不可能だと思う技術を確立できたと思うのですが、当時を振り返ると如何ですか?

 本当に失敗ばかりでした。まだ誰もこんなアイデアを試したことがないので、自分たちのアイデアが実際に正しいかを示す必要があり、理研にいた2005年頃から原理実証実験を始めました。京都にある加速器施設をお借りして理研から実験装置を運び込み、実験しては成果なく理研に戻ることを年に2、3回ずつ繰り返しました。ずっと失敗続きで全く成果が出ず、3~4年間は良い方向に向かっている感触もない状態が続いていました。周りからは、色々な声が聞こえてきました、「あいつら、何の成果も出さずに何やっているんだ」って。

- 成果が長年出ない苦しい時期を、しかも、長期的な研究が難しくなっているとよく聞く今の日本で、乗り越えられたことに驚きました。並大抵のことではないですね。

 理論的にはうまくいくはずと知っていても、実際は失敗ばかりでうまくいく見通しが持てず、ずっと成果が出ないのは、それはそれは辛く苦しいですよ。それでもめげずに、壁を乗り越えられたのは、若杉氏(現在、理化学研究所仁科加速器研究センター室長)という素晴らしい共同研究者がいたからです。彼も僕も「この研究が大事だ」という信念と情熱を持ち続けられたからだと思います。一緒に同じ方向を見て同じ夢を持ったからこそ、続けられたと思います。先ほど言ったように、そんな人に巡り合わせてもらえたのはまさに運ですね。研究がうまくいけば、先程お話したように物理的に大変重要なことがわかるし、それができるのは世界中で我々だけで、今まで見えなかったものが見えるようになる。そこに価値を感じているからこそやれるわけで、単に給料をもらうためだけなら、そんなことには耐えられないですよ。

 新元素「ニホニウム」を発見した理研の森田浩介氏(現在、九州大学理学研究院教授)も、長い間ずっと成果が出なかったんです。でも彼には「一番重い元素をつくってみたい。それがどんな原子核になっているか知りたい」という情熱があったから、そして、それを支えるまわりの研究者・技術者がいたからこそ、ニホニウムと命名された113番目の新元素を発見することができました。繰り返しになってしまいますが、これからもそんな研究ができる日本であって欲しいですね。

 科学を志す若い人が来年どうなるかわからない状況では腰を据えた研究ができないですし、そのような状況を今後も繰り返すと、日本の基礎科学研究は取り返しのつかないことになってしまうのではないかと案じています。明日すぐに成果が出るものや役に立つものは、きっと数年後には役立たなくなります。たとえ明日すぐに成果が出なくとも、誰も持っていない新しい装置や技術を開発することは大切だと思います。今まで見えなかったものが見えれば、きっと新しい発見があるでしょうから。それが必要十分条件ではないかもしれないけど、自分の知的好奇心にしたがって自分の全ての時間・エネルギーをつぎ込んで研究できる環境の大切さを感じています。


好きなことを見つけて一生懸命やりましょう

―最後に、今までのお話を踏まえて、若い世代へメッセージをお願いします。

 好きなことを見つけて、好きなことを一生懸命やりましょう、ですね。好きなことをやっている時は苦しくないですし、全てのエネルギーをそこに注ぎ込めます。そういうものに出会えれば幸せ。だからやっぱり「好きなことを探しましょう、出会いましょう」なんだよね。

 でも...もちろん自分で好きなものを選べて進める人はすごく幸せだけど、全員がそうなれるわけではありません。例えば研究室選びでも、自分の希望するところに行けない人もたくさんいます。そんな場合でもめげずに「このような状況の場合には、まずは与えられた環境で一生懸命やりなさい」って、大学院生には言うんです。最初の希望と違うことを引きずらず心機一転一生懸命やる人と、自分の希望とは違うとずっと引きずる人がいますね。他に選択肢がない場合には、たとえ希望とは違う与えられた研究テーマでも、まずは与えられた場所で一生懸命打ち込んでみる。修士課程の2年間もひとつのことに朝から晩まで打ち込めば、きっとおもしろくなる。おもしろくなればどんどん研究にのめり込み、そこから抜け出せなくなることもあるでしょう、私みたいに。最初の希望とは違う、思った通りならないことなんて、長い人生、何度でもありますよ。

―須田さん、ありがとうございました。


東北大学 電子光理学研究センター 光量子反応研究部 不安定核電子散乱グループ 学生インタビュー


青柳 泰平 さん(修士課程2年)

―どんな研究をしていますか?

 陽子半径の測定にむけた実験準備段階として、主にコンピュータでのシミュレーションを行っています。具体的には、陽子の半径を測るために電子散乱という実験を行うのですが、陽子に電子をぶつけ電子がどのように散乱されたのか、その方向やエネルギーを調べるための装置「スペクトロメータ」を設計・開発しています。

―この研究室に入った理由は何ですか?

 大学院修士1年生から、この研究室に来ました。高校生の頃から、陽子の大きさが 10-15 m程度であることは知っていましたが、その値にこのような問題があることに驚きました。その測定方法も原理的には、電子というよく知っているものをぶつけて、その跳ね返り方を測定することで陽子の半径を出すという、非常にシンプルなもので、その点に魅力を感じて、この研究室に入りました。

―研究でおもしろいところや大変なところは何ですか?

 電子をぶつけるシンプルな実験とはいえ、どのように電子が散乱したかを測定するには、多くの装置や解決すべき問題があります。この研究室に来てからは初めてのことばかりで大変でしたが、たとえ実験準備段階のコンピュータシミュレーションでも、自分で新しい結論を見つけられた時にはやりがいを感じます。

―この研究室を一言で表すと?

 一言で表すのは難しいですが(笑)、須田さんや助教の本多さん、塚田さんの面倒見がよく、居心地がよい研究室です。

―最後に、後輩の中高生へメッセージをお願いします。

 東北大学のオープンキャンパスや理学部主催の「ぶらりがく」など、中高生でも参加できる一般向けの科学イベントの機会はたくさんあるので、色々なことを見て勉強して、自分が本当にやりたいことをぜひやってほしいです。

―ありがとうございました。

取材先: 東北大学      (タグ: , ,

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