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2024年 11月 21日 (木)

産総研東北センター内に「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/(3)その狙いと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~ 取材・写真・文/大草芳江

2016年09月08日公開

日本企業を取り巻く競争環境が厳しさを増す中、日本全体としてイノベーションを継続的に創出するシステムの構築が求められている。そんな中、日本最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所(略称:産総研)は、ナショナル・イノベーションシステムの中核的役割を担おうと、社会や産業のニーズを捉えながら、研究成果を事業化につなげるための「橋渡し」機能に注力している。その一環として、産総研の化学プロセス研究部門では、「DIC(旧:大日本インキ化学工業)-産総研 化学ものづくり連携研究室」を今年4月1日、東北センター内に新しく開設した。そのねらいと展望を探るインタビューシリーズの第3回目は、「化学ものづくり連携研究室」開設企業第1号であるDIC株式会社と産総研の担当者に、現場の声を座談会形式で聞いた(敬称略)。

<目次>
【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設
(1)産総研の濱川聡さんに聞く~技術を誰よりも早く実用化する「橋渡し」役に~
(2)DIC(株)の川島清隆さんに聞く~企業から見るオープンイノベーションの可能性~
(3)そのねらいと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~

※本インタビュー取材をもとに、産総研Newsletter No.43の作成を担当させていただきました。


「お試し連携研究」でニーズとシーズをスピーディにマッチング

-「化学ものづくり連携研究室」で進められる「お試し連携研究」とは、どのような取り組みですか?また、現場レベルで従来との違いをどのように感じていますか?連携研究室への関わり方も含めて、教えてください。

【産総研 宮沢】
 私は、産総研東北センターに設置された化学ものづくり連携研究室の運営を担当しています。

産総研には、企業の抱える研究課題と産総研の有する研究シーズのマッチングを図るため本格的な共同研究をスタートする前に、技術開発の可能性を検討・確認することを目的とした「FS( feasibility Study)連携」があり、これまでに多くの実績をあげています。

 今回、企業と化学プロセス研究部門が協力して、これまでの課題解決に限らず、課題を発掘する段階から幅広く共に議論するFS連携を始めました。このFS連携を開始するにあたり、産総研東北センター内に企業専用の「化学ものづくり連携研究室」を設置し、企業側と産総研側の双方の研究員が一緒に顔を合わせながら、課題発掘のためのお試し実験を実施できるようにしました。それが「お試し連携研究」です。そこでは、同じ場所で実験をし結果を見て、意見交換しながら検討を進められるため、ブレークスルーするための技術的な問題点等の認識を共有しやすくなり、FS連携から本格的な研究への移行が大きく加速されることを目的としています。DICは、その趣旨に賛同いただいた第1号の企業であり、産総研東北センター内にDICの冠を付けた「DIC-産総研化学ものづくり連携研究室」という名称で運営されています。これは今までにないシステムであり、実際に「化学ものづくり連携研究室」がスタートして2か月ですが、「お試し連携研究」を経て本格的な研究につながりそうな案件が何件も生まれようとしています。

 従来、企業に産総研内の場所を提供することは、様々な手続きを要しました。しかし、今回は可能な限り手続きを簡略化して、お互いの価値を共有するために、産総研に設置した化学ものづくり連携研究室をどんどん自由に使ってくださいと運営しており、それがうまく機能していると思います。なお、セキュリティ面では、本格的な研究に関する情報や材料の漏洩あるいは混在することを避けるために、企業専用の実験室やミーティングスペースを用意しました。これは企業側にとっても、また、多くの企業連携を抱える産総研側にとっても、お互いに安全・安心な環境です。

【産総研 西岡】
 私の専門は特殊なエネルギー場を使った化学反応です。私の担当は、企業の方から具体的な研究課題をいただいた時、「やって良かった」と思ってもらえるよう我々が提供できることを考え、実際に実験し、企業の方に持ち帰っていただくところを担当しています。今回の「化学ものづくり連携研究室」では、その研究開始までの期間が非常に短くなり、初期段階で我々の技術を使う企業の方と直接お話できることが良いと感じています。

 私がDICと関わった当時はFS連携がなく、一緒に研究を始めるには、いわば遠い"道のり"でした。展示会でパネル発表を行った際、次世代事業のテーマを探していたDICの方に、「産総研はこんなことができます」と紹介したのが最初でした。2~3ヶ月後にDICの方が「こんなことは、できますか?」と聞いてくれました。それから数ヶ月後、違うセクションの方が調査に来てくれました。さらに数ヶ月が経ち、「研究を進めたい」となっても、会社の方もすぐお金を出せるかわかりませんでした。産総研も、特許やノウハウに関わることは話せず、お互いモヤモヤした話しかできませんでした。そこで今回の場合は、最初は社内からではなく、助成金による補助をうけ1年で成果を出し、それを社内にアピールしてもらいました。DIC内でも「おもしろい成果になりそうだ」と、やっと現在の状況にまで到達しました。ここまでに2~3年かかることがあります。それでもまだ、具体的な研究まで到達できた今回の事例は良い方で、展示会で素通りされる場合もあれば、上司まで話が通らない場合など、色々あると思います。

 そんな中、今回の「化学ものづくり連携研究室」は、産総研内の専用の場所で、「お試し連携研究」を行えるので、これまでは非常に遠かった"道のり"が随分短くなると思います。

【DIC 木村】
 私は「お試し連携研究」以前から、産総研とのお付き合いがありますが、企業から見ると、「お試し」という言葉が重要でしてね。急に本格的な研究に入るのは、企業のニーズもありますし、評価もありますから、ある意味では不安があるのです。通常は、過去の論文や特許などのデータを見て進めますが、「正直ちょっと違うな」というところが途中で出てくるものなのですよ。実際に、西岡さんと最初にやろうと思ったことと、今やっていることは違いますしね。途中で「予想とは違う結果が出たから、じゃあこっちにしよう」と変化することもあります。それが今回の連携研究室では、自分たちの目でそれを判断でき、実際にやってみようと、企業側にフレキシビリティを与えていただける枠組みが非常に有り難いですね。これにより、実際の成果をもって具体的に研究を行うステージまで上がれることが、企業にとっては非常に重要だと思います。

【DIC 関根】
 今回、企業側のニーズをオープンにできる形での連携を組ませていただいたことで、非常にスムーズに話を進められたと思います。通常、研究のテーマの話を進めようとすると、秘密保持契約などを、例えば10テーマあれば10個別に結ぶ必要があり、社内手続きなどが煩雑になって、おそらく何十年たっても終わらないでしょう。それを今回のように、ひとつの包括的な形で秘密保持が担保される中でしたら、我々企業の必要とするニーズを相談できます。産総研は「NO」と言わず相談を受けてくれますので、次から次へと新しいアイディアや具体的な研究テーマが生まれます。こうして次々と産総研との連携事例をつくることで、社内にもアピールができます。


ニーズに応える産総研

―イノベーション創出に向けた化学ものづくり連携研究室の設置により、スピーディなニーズとシーズのマッチングが可能になったのですね。では、連携研究室でのお試し連携研究テーマは、具体的にどのようなプロセスで設定されているのですか?また、連携研究室が産総研東北センター内に設置されてから約2ヶ月が経ちますが、現場レベルで実際にメリットを感じていますか?

【DIC 関根】
 当社として使ってみたい産総研の技術がいくつかありました。そこで今年4月に、キックオフミーティングを開催させていただき、当社からいくつか提案をさせてもらいました。 西岡さんが仰ったように、展示会で素通りしていたけど、気になっていた産総研の技術が頭のどこかにあり、それを思い出して「連携研究室を使ってぜひ一度相談してみたい」というケースはよくありますね。基本的に産総研は「NO」と言わないのです。そこが企業としては非常に嬉しいですね。

【産総研 宮沢】
 平成27年度からの第4期中長期計画で、「産総研はオープンイノベーションのプラットフォームとして、企業等のニーズを的確に捉えて、それに応えましょう」というスタンスに変わったのです。産総研のイノベーション担当理事が「NOと言わない産総研」を掲げており、それを具現化したひとつが今回の「化学ものづくり連携研究室」です。現在は開設して2ヶ月で、まだ、課題に対するソリューション観点でのマッチング段階ですが、これが伸びて横に広がっていくことが、今後必要だと考えています。

【DIC 関根】
 宮沢さんが仰る通り、お試し連携研究にとどまらず、次から次へと新たな研究テーマを生み出し、ある事業規模で産総研と一緒に仕事をしたいです。産総研の人やモノ、技術やアイディアも使わせていただきますので、企業として、それに対する対価は当然、資金という形で提供します。

 我々企業の最終目標は事業化です。企業として重要なことは、研究のための研究ではなく、事業化を見据えた研究です。産総研には企業サイドに歩み寄っていただき、事業のスケールアップや事業化のコスト、知財戦略などについても、相談にのっていただいています。さらに産総研の幅広いネットワークの中から、「その技術なら、あそこにありますよ」「この大学と一緒に研究しませんか」など広い枠組みで捉えていただき、いち早く事業化するための提案が常に産総研側からあるのが、企業として非常に有り難いです。

 もう一点重要なことは、産総研の中で仕事ができるので、単にパネルや論文などを見るのとは違って、産総研の多様な技術シーズに直に触れることができ、横のつながりができる点が良いです。次のテーマも、産総研に来ることで探せますし、逆にこちらから提案ができることが、仕組みとして大変良いですね。

 宮沢さんが仰ったように、今後このコミュニティをさらに太くして大木へ、そして林から森へと育てていきたいです。例えば、テーマパークにはそれぞれ固有のテーマがあります。そのテーマを大きくし、お客さんが興味を持って、たくさん入ってくださるような、魅力ある大きな研究に育てたいです。

【産総研 宮沢】
 関根さんの仰る通り、産総研はテーマパークですね。様々なテーマがあり、色々な企業の方が入って来て、混みだすと、お待たせしなければいけないのですが、なるべく待たせず、すぐに乗れるようにする。それが連携研究室です(笑)。

【DIC 関根】
 我々は、産総研の"ファストパス"を手に入れたわけですね(笑)。

【産総研 西岡】
 具体的な研究を行える場がきちんと確保されていることは、産総研としても有り難いです。木村さんと研究をしていた時も、「この時期はお断りせざるを得ない」「実験のコツを伝えたいけど、共用の場所では他社の方が作業していることもあり話せない」という場合がありました。それを待たせずできるのは、良いですね。

【DIC 木村】
 そうですね。専有の部屋があることは、過去にもなかなか無いですね。それに普通の研究ではお互いテリトリーに手を出すことはなく、向こうは向こう側、こちらはこちら側というのが、ないわけではないですから。この連携研究室は画期的と、本当にそう思います。

【DIC 関根】
 やはり画期的な取り組みなので単発では終わらせたくないので、ひとつの大きな成果をもたらしたいですね。これは我々サイドの問題ですが、テーマをさらに多く出させていただいて、そこから成果が生まれる場合、さらに部屋を用意してくださいと、産総研にお願いしているところです。

 産総研は東北のほかにもつくばや中部など全国各地にあり、「材料・化学領域」の下に、この化学プロセス研究部門があります。材料・化学領域となれば、さらに広い枠組みで産総研の新しい材料を我々はいち早く入手でき、これまでハードルが高くて使えなかったものも使わせてもらえると思います。

 産総研の約2,300人の研究者の頭脳を、我々は手にすることができるわけです。これは、すごいことですよ。企業でこれだけの研究者を集めようとすると、「まさか、馬鹿な話」で終わってしまいますから。企業として、如何に産総研をうまく使いこなすか。実際の技術として、当社の中に引き寄せることができるか。そこをうまく結びつけつつあるところですし、産総研の技術シーズも色々わかってきたところです。

 その中で当社の研究者たちも成長でき、人と人の繋がりもできます。今後モノを開発していく上で人が重要です。人がいて議論が活発になれば、色々なアイディアや方向性も当然、生まれますし、事業化がスピードアップします。

 その時に必要なのは、繰り返しますが、つくばなどにも連携研究室をもう一つ二つ設けていただき、少しずつ領域を広げて、木の幹をどんどん太くする活動だと思います。産総研は大きな組織ですので、幅広い領域と連携できるよう、DICとして成果を出し、産総研の中で連携研究室の認知度を上げる必要性を感じています。


すべての基盤は「人」

-イノベーションの基盤は「人」であり、連携研究室はそれを実現するための新たなシステムであることが伝わりました。それでは、今後に向けた意気込みや期待などをお願いします。

【DIC 木村】
 この機会を利用して、若い人をどんどん産総研に連れて来たいと思っています。会社ではそれぞれが一つの仕事をしているわけではなく、オーバーラップしている仕事があります。現在の担当に関係するテーマを若い人に経験させる意味でも、非常に良い場だと思います。

【DIC 関根】
 やはり人を育てることが、経営的にも非常に重要です。将来的には、産総研と人材交流を行えたら良いなと思っています。さらにもし可能でしたら、企業には博士号取得者が少なく論文発表の経験が乏しいため、箔を付ける意味でも、そんな経験をさせる場として産総研を活用できたら良いなと思います。

【産総研 宮沢・西岡】
 産総研は第4期中長期計画から、基礎研究と、企業の中でとどまっている技術との距離を縮める「橋渡し」となり、いち早く事業化して世に出すことを、第一目標に掲げています。将来的には様々な企業間連携につながり、企業の業績が上がり、社会が豊かになり、そこに産総研が貢献したと言ってもらえるようになるのが、一番嬉しいですね。

-最後に、「宮城の新聞」読者である次世代にむけたメッセージをお願いします。

【DIC 木村】
 私自身も心がけていることですが、知らないことに興味を持って欲しいというのがひとつです。どうしても自分の関係がないところには、あまり興味を持てないことが多いですが、それが結局、自分の幅を狭めていると思うのです。もちろんすべてに興味を持つことはできないと思いますが、自分の知らない世界に興味を持っていただきたいですね。

 もうひとつは、失敗したことは決してマイナスではなく、プラスにするための経験だと、伝えたいです。もちろん成功することも非常に良い経験ですが、失敗することは悪いことではなく、その経験をどのように次へ活かすかが大事です。むしろ、研究者は失敗の方が多いはずですし、それはどんな仕事でもそうだと思います。

【DIC 関根】
 失敗を恐れては、新しいことは何もできません。失敗を悲観して駄目だと諦めずに、むしろ失敗から得られることがあるとプラスに捉え、自分にとっての新しいことにチャレンジして欲しいです。

 勉強では与えられた教科書と答えがありますが、答えがないものは世の中にはたくさんあります。答えがあるかどうか、判断がつかないものを誰が判断するかといえば、まわりの人たちで、何らかの形でまわりの人たちを幸せにできれば成功だと思います。
 
 また、常に相談できる友達が大切だと思います。なかなか若い時はまだ個性が強かったり固まっておらず、ぶつかり合うこともあると思います。しかし、それも人それぞれの感じ方・考え方と捉えて、コミュニケーションを図りましょう。間違いなく、会社に入ってからも、アルバイトでも、人との関係は必ずついてきます。コミュニティ内で常に仲間意識を持ち、その中で皆がリーダーになれる雰囲気づくりが大切だと思います。それを自らできるよう常に意識して欲しいと思います。

【産総研 西岡】
 5人の子どもにも自分にも言い聞かせるのは、「犬も歩けば棒に当たる」。行き詰まる時も、調子に乗っている時もありますが、それが研究でも何でも、いつもと違うことをやってみれば、違う結果が出ます。考えることさえやめなければ、いずれ良い結果を見つけることができると思います。

【産総研 宮沢】
 好きなことを見つけたら、好きなだけとことんやってもらいたいですね。その好きなことで将来、職に就けて社会生活を送ることができれば、とても良い人生だと思います。科学にこだわる必要もないですし、職人でもスポーツ選手でも何でも良いです。中途半端に辞めると、後悔します。とことんやって、ダメならダメで、また新しく始めればいいじゃないですか。好きだと思うのなら、ひたすら一生懸命にやれば良いのです。

-皆さん、本日はありがとうございました。

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