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2024年 11月 21日 (木)

黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く:気象学から宇宙へ 取材・写真・文/大草芳江

2015年8月26日公開

気象学から宇宙へ―異分野つなぐ存在に

黒田 剛史 Takeshi Kuroda
(東北大学大学院 理学研究科 惑星プラズマ・大気研究センター 助教)

1976年岡山県生まれ、博士(理学)。1999年 東京大学理学部地球惑星物理学科卒、2006年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。2004年 ドイツ・マックスプランク太陽系研究所研究員、2008年 日本学術振興会特別研究員PD(宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所)、2011年 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻GCOE助教を経て、2013年より現職。

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.5)

 私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。

 東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。

 今回は、惑星気象学がご専門で、惑星大気変動の理論研究を国際連携で進める黒田剛史さん(東北大学助教)に、研究の最先端を伺いました。


黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く


■火星大気の理論的研究

―黒田さんの研究内容についてご紹介ください。

【画像1】黒田さんが開発した火星大気大循環モデルにより計算された、火星の地表面付近の気温と風の強さ・向きの分布の一例。このモデルはDRAMATIC (Dynamics, RAdiation, MAterial Transport and their mutual InteraCtions)と名付けられている。

 私は火星大気を研究しています。火星大気には、気候変動や気象、水などの物質循環が関係します。それらを「大気大循環モデル」を使って研究します。

 大気大循環モデルは、地球の天気予報にも使われています。地球の場合、様々な研究が詳しく行われており、観測データも豊富なため、モデルに現在の条件を入力することで、数時間先の天気を予測できます。一方、火星の場合、最近は海外のチームがデータ同化(モデルに実際の観測データを入力してより現実に近い結果が出るようにすること)に着手しているものの、まだ、それほど多くの観測データはありません。

 そのため現在は、様々な仮定をもとに計算し、「この仮定では、しばらくすると、こんな状態になる」という研究段階です。もちろん仮定も観測データと整合する必要があるため、NASAやESAなどが取得したデータを参照して仮説を立てます。つまり、モデルを用いて予測するにしても、如何に観測と整合するかが重要で、そのために、どこまで詳細に物理過程を考える必要があるか、日々格闘しています。

 理論と言えば、昔は紙と鉛筆だけですべてを解くイメージでした。しかしその後、紙と鉛筆がコンピュータに代わりました。そして簡単な計算しかできなかったコンピュータが進歩し、大変細かな計算ができるようになりました。いわゆる、理論に基づいた数値実験です。


■人がやらないことをやりたい

―そもそもなぜ今の研究を始めたのですか?

 大学生の頃、何となく火星に興味がありました。火星は、他の星の中でも比較的身近な存在であり、頑張れば近い将来、人が住める可能性があると思ったからです。そんな火星の環境を考えるなら大気かなと思い、気象を選びました。

 ちょうどその時、地球大気の理論研究で業績を挙げている、東京大学気候システム研究センター(当時)の高橋正明先生が、惑星大気に興味を持ち始めた頃でした。惑星大気を研究する学生をゆるく募集していたところに、私が飛びついたのがきっかけです。

―実際に飛びついてみて、いかがでしたか?

 気候システム研究センターでは、まわりは地球を研究する人ばかりで、火星は自分しかいませんでした。手探りの状態から始めて、自分で勉強するしかない状態でしたね。

―大変な状況ではありますが、逆に、自分の実力はつきますね。

 そうですね。もともと、人がやっていないことをやりたい気持ちがありました。地球と火星、舞台は違えど、気象学の基本に大差はありません。プログラムで何が行われているかをきちんと理解した上で、大気大循環モデルを動かせるようになりました。


■やればやるほど新たな疑問

―実際に火星大気を研究してみて、いかがでしたか?

【画像2】地表面から宇宙空間に至るまで、火星における水の動きを示した模式図。(元画像クレジット:ESA/AOES Medialab、日本語は黒田さんによる加筆)

 やればやるほど新たな疑問が生まれます。理論だけでなく観測も、私が研究を始めた頃は「温度場が大体これくらい」といったレベルの結果しか出ていませんでした。しかし研究を進めるうちに「ダストや水の循環がこんな変動をしている」といった観測データも、だんだん登場してきました。そんな観測データが次から次へと出ると、シミュレーション屋としては、やっぱり再現したくなるわけです(笑)。

 今後は、水だけでなく微量物質や最近注目のメタン、大気の化学過程などにもぜひ挑戦したいですね。大気の化学過程の勉強を通じて、COやOなどの微量物質が、気候変動や火星大気の化学的安定性を知る鍵を握ることがわかりました。昔は潤沢に水があったと考えられる火星から、どのようにして水は消えたのか。これは主に寺田直樹先生(東北大学准教授)の研究テーマですが、それに関連した上で、物質循環や化学過程に今、大変興味があります。

 下方の大気圏で起こる物質循環が、上方の磁気圏で起こる散逸過程に、どのような影響を及ぼすのか。それが今、我々のグループをあげて取り組んでいるテーマです。

―これまで別々だった上と下のモデルをつなげるロジックを考えるということですか?

 そうですね。私は、下の方の計算をします。「この高度では、時間変動はこんな感じで、物質循環はこんな変動をしている」と。これらの結果から、下の方の条件を寺田先生らに渡して、上の方の磁気圏のモデルに入れてもらいます。


■地球と火星、異なる部分と似ている部分

―研究する中で、新たにわかったことはありますか?

【画像3】ハッブル宇宙望遠鏡による火星地表面の写真。左が通常時、右が全球ダストストーム発生時。(クレジット:NASA、コーネル大学、Space Science Institute、STScl/AURA)

 これまで火星の気象を見てわかったことは、地球と火星、全く異なる部分もあれば、似ている部分もある、ということですね。

 地球と火星は、もともと自転角速度と軌道傾斜角が似ているため、火星にも地球と似た四季が存在します。そのため、四季の変化に基づいた、地球に似たような振動があります。例えば、赤道上空の風が半年周期で揺れる「赤道半年振動」や、地球でいう低気圧と高気圧が交互に移動していく「傾圧不安定波」。火星にも前線のようなものがあるんですよ。

 一方、地球と全く異なる火星の特徴として、ダストストーム(砂嵐)が全球的に広がる現象があります。このメカニズムは、私が研究を始めた十数年前から色々な人が興味を持って研究をしていますが、まだ明らかになっていません。

―なぜ砂嵐のメカニズム解明は難しいのですか?

 シミュレーション屋からすると、なかなか整合的にシミュレーションで再現できません。大気大循環モデルのように大きな全球モデル(惑星全体を対象とし惑星規模での気象変化を予測するモデル)を細かいスケールで切ることも可能ですが、大変な計算量が必要です。その場合は領域モデル(特定の領域対象とし、詳細な気象変化を予測するモデル)で考えますが、領域モデルは外側(境界条件)の仮定が難しいのですよ。計算機の発展と、如何に我々が知恵を絞って取り組んでいくかの、せめぎ合いですね。

 それはダストストームに限らず、水循環の再現でもそうです。また、観測面においても火星メタンが観測されたり・されなかったりと非常に断片的です。なぜそうなるのか?は知恵の絞りどころで、世界中の研究者が、様々な仮定をもとに、数値シミュレーションを使って取り組んでいるところです。


■火星に降る規則的な雪

―これまで一番おもしろかったことは何ですか?

【画像4】黒田さんのシミュレーションよる、火星の冬の北極域(北緯80度)における規則的な二酸化炭素降雪を示した図。二酸化炭素雲の量は緑色で表され、雲量が特に多い経度領域が5~6日周期で1周しているのが示されている。

 火星大気の主成分である二酸化炭素は、極域で凍ります。それが大気中では凍って雪になると考えられていました。私のシミュレーションで、その雪の降り方を再現したのです。その結果、雪が非常に規則性をもって降っていたことがわかりました。

―どんな規則性をもって雪が降るのですか?

 先ほどお話したように、火星でも低気圧と高気圧が通り過ぎます。ただ、地球の場合は、それがカオス的であるのに対して、火星はかなり規則的なんです。すごくざっくりとした高気圧の次に、ざっくりとした低気圧が来る感じです。低気圧・高気圧が通ること自体は地球と似ていますが、一概に低気圧・高気圧と言っても、火星と地球におけるそれは違うわけです。それが例えば、極域の降雪にも影響を与え得る、ということです。

―火星で規則的に降る雪は、実際に観測されているのですか?

 火星で雪が降るところまでは観測されていますが、それが規則性を持っているかはまだ観測されていませんね。それが私のシミュレーションの中で、たまたま見つけたことです。

―「たまたま見つけた」とは、どういうことですか?

 火星に降る雪は、うまくシミュレーションしなければ再現できないとは思っていました。あまり深く注目するつもりはなかったものを、パッと見てみたら、お!という感じですね。これは2013年の研究成果で、朝日新聞やTBCニュースにも取り上げられました。


■マックスプランク太陽系研究所との連携研究で得たもの

―この頭脳循環プロジェクトでは、ドイツのドイツ・マックスプランク太陽系研究所(MPS)に滞在しながら協同研究をしていると伺いました。

【画像5】ドイツ・ゲッティンゲン市にあるマックスプランク太陽系研究所の外観。2014年2月にカトレンブルグ・リンダウから現在のこの建物に引っ越した。

 実は、マックスプランク太陽系研究所(MPS)とは、私が大学院博士課程の学生だった2004年からの長い付き合いです。MPSのP. Hartogh博士とA. S. Medvedev博士からは様々なことを教わりました。

 特に、P. Hartogh博士は、サブミリ波帯での地球・惑星大気観測で世界的な第一人者です。彼から教わったことは、サブミリ波という観測の可能性です。サブミリ波帯は、惑星大気関係では、まだそれほど活用されていない波長帯ですが、将来観測されうる様々なものを彼から教わりました。その観測結果をシミュレーションで再現できればおもしろそうだな、というモチベーションにもつながりました。

―普通はサブミリ波ではなく、どの波長帯で惑星大気を観測するのですか?それに対して、サブミリ波ではどんなものが観測できるのですか?

【画像6】マックスプランク太陽系研究所での議論風景。A. S. Medvedev博士(左)、P. Hartogh博士(右)と。

 普通は赤外分光計などを使って、温度などを測ります。単にダストストームの動きだけを見るなら、可視光などでも測れます。一方、サブミリ波では、先ほどお話した微量物質が、赤外よりも遥かに測りやすいです。また、赤外ではあまり高いところまでは測れませんが、サブミリ波ならより広い高度範囲の温度場を測ることができます。さらに水の同位体比もサブミリ波で測れるため、大気中の水の動きや火星に存在する水の年代などもわかります。

【画像7】JUICE探査機による木星系探査の想像図。(クレジット:ESA/AOES)

 現在、P. Hartogh博士たちは、木星系の研究に力を入れています。2022年に打ち上げ2030年に木星系到達予定の木星探査機「JUICE」に、彼が代表として企画しているサブミリ波測定器が搭載される予定です。至近距離からの木星本体の大気、そしてガリレオ衛星の表面物性や希薄大気の観測を通し、サブミリ波の可能性を大いに発揮する機会が与えられます。私も木星大気の勉強や研究を始めているところです。

―そもそもなぜサブミリ波を使うと、色々なことがわかるのですか?

 例えば、火星のダストストームが全球的に広がる時の温度場を赤外線で測ると、ダストの粒が赤外線の波長と近いために、測定が難しいのです。一方、サブミリ波の場合、赤外より波長が長いため、ダストの粒を通過してダストの中でも温度場や物質組成などを見やすいのが一つの特徴ですね。

 また、サブミリ波では、(吸収線のドップラーシフトを使って)風速を直接観測できる点も特徴の一つです。風の直接観測は、地球では容易にできますが、火星では直接観測した例がほとんどありません。それがサブミリ波で測れば、広い領域の風速場がわかります。サブミリ波測定器を、ぜひ火星周回軌道に持って行きたい野望があります。

 もう一人のA. S. Medvedev博士は、火星・木星大気の大循環モデルの開発を行っており、彼からも様々なことを教わりました。いわゆる大気波動の専門家で、彼も私に様々なアイディアを教えてくれたのです。先ほどの傾圧不安定波や半年振動などのアイディアは、実は、彼らからヒントを得て、自分で手を動かす過程の中でわかってきた感じですね。


■人と同じことをやって何がおもしろい

―今までを振り返ってみて、子どもの頃から今につながっていることは何ですか?

 昔から、宇宙や星は好きでした。ハレー彗星が接近した小学4年生の時、父が購入した天体望遠鏡がきっかけで興味を持ちました。両親が「学研まんがひみつシリーズ」などの本を買い与えてくれた影響も大きいかもしれません。

 しかし、すんなり天文学に進まなかったのは、少し違う角度からアプローチしてみたい気持ちがあったから。そこで気象学の研究室からスタートして、現在は宇宙方面にアプローチしています。最近は火星から木星、さらには太陽系外惑星へと興味の対象は広がっています。気象から宇宙へ、異なる分野をつなげる存在になりたいですね。

 他の人と同じことをやっても何がおもしろい、自分にしかできないことは何だろう、ということは意識しています。そのためにも色々なところにアンテナを広げて、視野は広く持ち続けたいですね。


■何かに夢中になれる人生は楽しい

―最後に、今までのお話を踏まえて、中高生へメッセージをお願いします。

 中高生のうちに、自分が何が好きか、何に夢中になれるかをわかっておくのが大事だと思います。そのために色々なことにチャレンジするのもいいし、これというものがあれば、それをやっていくと良いでしょう。本当に夢中になって没頭できる人生は、とても楽しいじゃないですか。現実には、なかなかそれだけで食っていくことは難しいかもしれません。けれども、やっぱり何かしら夢中になれる人生って、絶対に楽しいと思うのですよ。

 もし見つからなくても、焦って見つけるものでもない、人生は長いですから。とにかく、自分が何をすれば楽しいかを理解し、なるべくそれに携わり続けられる状態にして楽しく人生を過ごして欲しいですね。

―黒田さんありがとうございました。

取材先: 東北大学     

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