取材・写真・文/大草芳江
2015年2月2日公開
「気候変動」のメカニズム解明は、
地球の未来や過去、そして惑星の理解へ
早坂 忠裕 Tadahiro HAYASAKA
(東北大学 大気海洋変動観測研究センター教授/
東北大学 理学研究科長・理学部長)
1959年仙台市生まれ、理学博士。専門は大気物理学。1982年 東北大学理学部地球物理学科卒、1984年 東北大学大学院理学研究科前期課程修了、1988年 東北大学大学院理学研究科後期課程修了。1988年 日本学術振興会特別研究員PD(東北大学理学部)、1990年 東北大学理学部助手、1994年 東北大学理学部助教授、1998年 東北大学大学院理学研究科助教授、1999年 東北大学大学院理学研究科教授、1999年 国立極地研究所教授、2001年 総合地球環境学研究所研究部教授を経て、2008年より現職。2014年度より同大理学研究科長・理学部長。
一般的に「科学」と言うと、「客観的で完成された体系」というイメージが先行しがちである。
しかしながら、それは科学の一部で、全体ではない。科学に関する様々な立場の「人」が
それぞれリアルに感じる科学を聞くことで、そもそも科学とは何かを探るインタビュー特集。
地球の気候は、太陽からのエネルギーを受けながら、大気と海、陸、そして地球に住む生物など、それぞれの変化がさらに相互作用し合うことで、未だ人類が予測できないほど、複雑な変化を繰り返している。そんなシステムとしての気候が複雑に変動するメカニズムを解明するためには、人類のこれまでの様々な知見や方法論を結集させることが重要だ。そんな中、4つの大学が連携して気候変動に関する研究や教育を行う「地球気候系の診断に関わるバーチャルラボラトリー」の取り組みについて、東北大学大気海洋変動観測研究センター教授の早坂忠裕さん(理学研究科長・理学部長)に聞いた。
早坂忠裕さん(東北大学教授・理学研究科長)に聞く
■そもそもなぜ「気候変動」研究か
―そもそもなぜ「気候変動」を研究するのですか?
地球温暖化問題を考えてみましょう。地球温暖化とは、単なる気温の上昇だけでなく、雨の降り方や海水面の変化など様々な変化を含めた気候の変動を指します。時間スケールも、千年一万年先の話ではなく、数十年百年先の自分の子や孫の世代に、予測もできないような気候変化が起こる可能性があることが大問題なのです。
それを予測するために、地球表面の大気・海洋・陸域、そしてそこにいる生物も含めた地球の「気候システム」がどのように変動するかというメカニズムを、サイエンスとしてきちんと調べる必要があります。
気候システムの変動メカニズムを理解することで、将来予測もできます。同時に、将来の気候変動を予測するためには、氷河期や間氷期といった大規模な気候変動を繰り返してきた地球の過去を理解することも非常に重要です。そられを明らかにするのがサイエンスとして面白いのです。
■「バーチャルラボラトリー」を形成
日本には、気候変動を研究する研究所がたくさんあります。東京大学大気海洋研究所(前・気候システム研究センター)、名古屋大学地球水循環研究センター、東北大学大気海洋変動観測研究センター、千葉大学環境リモートセンシング研究センターの4つの大学は、関連分野を研究していますが、それぞれ特徴や得意技の根幹が異なります。
そこで、4大学のセンターを一つのバーチャルなラボラトリーとみなして、それぞれの大学の得意技を共同の研究に役立てたり、各大学の特色を活かした若手人材育成を行おうと形成されたのが、「バーチャルラボラトリー(以下、VL)」です。2007年から文部科学省の特別経費事業としてスタートしました。
■4大学の得意技を活かした連携とは
―各大学の得意技とは何ですか?また、どのような共同研究をしていますか?
(1)東京大学大気海洋研究所(前・気候システム研究センター)
東京大学大気海洋研究所は、前身となる気候システム研究センター時代から、地球全体(全球)の気候変動のシミュレーションや気象データなどの解析を行っています。スーパーコンピュータを用い、数式を駆使した、全球の気候のシミュレーションを得意としています。なお、気象データは、1957年から1958年の国際地球観測年(International Geophysical Year)を契機に始まった地球全体規模の共同観測結果など、膨大なデータを利用しています。
さらに東京大学では、より精密な気候の再現や、将来や太古の気候もシミュレーションしています。例えば、二酸化炭素が二倍に増えた場合、地球の気温や雨の降り方がどのように変わるかや、数万年前の地球の気候はどうであったかなど、現在では観測できないことをその時の色々な条件を与えて再現するわけです。
しかし、シミュレーションの結果が正しいかどうかは、例えば、現在の気候を観測したデータと比べることで確かめる必要があります。もちろん、シミュレーションの専門家も自分たちでデータを集めて比較をしていますが、観測の専門家と協力し合えば、より強力な検証ができます。そこでVLでは、以下に示すように、観測が得意な大学と共同で研究を進めています。
(2)名古屋大学地球水循環研究センター
名古屋大学水循環環境センターは、レーダーで雨を観測・解析する研究から始まり、衛星のデータも使って、同センターの名通り、水に関係することを研究しています。水循環は海も関係するため、海を研究する専門家もいます。
名古屋大学は、レーダーによる観測をさらに発展させ、雨を降らせる雲を大変良く再現できる「雲解像モデル」という局域的なシミュレーションモデルを持っています。そのシミュレーション結果は、衛星の画像と見間違うほど、数百メートルレベルの大変高い空間分解能を誇ります。自分たちでレーダーによる観測とシミュレーションの結果を比較して検証できる強みもあります。
さらにシミュレーションモデルを進化させ、「大気海洋結合モデル」による研究も行っています。例えば、台風通過後は風によって海面が混合されるため、海面水温は下がることが衛星データなどからわかっています。そのため大気の変化だけでなく海の変化も併せてシミュレーションする必要があるのです。
名古屋大学は局域的なシミュレーションを得意技としていますが、地球全体などの広域については、東京大学の全球シミュレーションや千葉大学の衛星による地球全体のデータなど、広域が得意な大学と連携することで相乗効果があります。
また、気候変動の要因となる日射量の変動にも、雲は大きく影響します。日射量の変動要因として雲がどれくらい影響するかを、名古屋大学のシミュレーションの専門家たちと、東北大学の観測の専門家たちが連携して研究を進めています。
(3)東北大学大気海洋変動観測研究センター
東北大学大気海洋変動観測研究センターは、「観測重視」の伝統を継承し、二酸化炭素やメタン、一酸化二窒素などの温室効果ガスや日射・赤外放射の観測、その変動メカニズムの研究などを得意としています。
東北大学では、二酸化炭素濃度を1979年から観測し続けており、気候が変化した時の二酸化炭素の増え方も調べています。海は現在、熱帯を除き、基本的には二酸化炭素を吸収しているため、大気中に排出された二酸化炭素は、その全てが大気中に残るわけではなく、半分弱が海に吸収されています。そのため気候変動で海水温度が変化すると、海による二酸化炭素の吸収量が変化し、大気中に残る二酸化炭素の量も変化するわけです。そこで東北大学では、二酸化炭素が大気中にどれくらいあり、どれくらい大気中に排出され、海に吸収されるかを観測しています。さらに東京大学のシミュレーションの研究者と協力して将来、海水温度が変化した場合、現在の観測で得られた知見から海による二酸化炭素の吸収量の変化などを予測し、シミュレーションモデルにフィードバックさせています。
また、東北大学は国立極地研究所と共同で南極の氷を分析し、過去の地球の環境や気候を研究しています。簡単に言えば、南極の中心付近で積もった雪が氷になり、基本的にはずっと溶けずに、平均2千メートルの厚さの氷になって大陸の上にのっています。その氷を深く掘れば、下方に数十万年前の氷が残っています。氷は全て密に氷になるのではなく、隙間があるため、氷の隙間に空気が挟まったまま上に雪が積もり、空気が保存されているわけです。その極わずかな量の空気を取り出し、過去の二酸化炭素濃度や酸素同位体などの成分を分析します。酸素の同位体からは気温がわかるので、過去70万年間に及ぶ温室効果気体の濃度と気温の関係などがわかります。
さらに、シミュレーションで古気候復元に取り組む東京大学の研究者と共同研究をしています。氷河期や間氷期が起きるのは基本的に地球の軌道要素の変化によることは明らかになっていますが、より詳細がわかるでしょう。このほか、黄砂やPM2.5などの大気汚染物質に代表される大気中のエアロゾルに関する観測や、放射収支の研究も行っています。
(4)千葉大学環境リモートセンシング研究センター
千葉大学環境リモートセンシング研究センターは、その名の通り、観測手法に特化したセンターです。もともと同大学には、写真や印刷、画像などの分野で歴史があり、前身の「映像隔測研究センター」を拡大して「リモートセンシング」をキーワードに衛星データなどを利用した様々な研究を行っています。
同センターでは観測ネットワーク「SKYNET」を運営しており、日本と東アジアにある多数の観測地点に、太陽光を波長別に測る装置などを設置し、大気中のエアロゾルの濃度を分析したり、そのためのリモートセンシングの手法を開発しています。例えば、東北大学は地上の観測で日射量や赤外放射がどのような要因で変化するかを調べますから、観測の手法を開発している同大と一緒に研究することで相乗効果があります。
さらに同センターは、衛星のデータやネットワークにある大量のデータをアーカイブ化して他の研究者も使えるよう提供したり、データを使った研究も行っています。例えば、天気予報で皆さんもご存知の気象衛星「ひまわり」は赤道上の約3万6千キロメートルの高さにいます。空間分解能は約1キロメートル。地球は1周約4万キロメートルですから、相当高い解像度です。それと同程度の高解像度で雲を再現できるモデルを、東京大学とJAMSTEC(独立行政法人海洋研究開発機構)が開発し、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」も使ってシミュレーションができています。同学はそのような大量のデータをアーカイブ化したり、それらデータを使って地球全体での日射量の変動を研究しています。
東京大学などによる衛星並みの高解像度な雲モデルと、千葉大学による気象衛星ひまわりの解析結果を直接比べられるような共同研究が、ここ数年で進みました。
■学生の人材育成でも連携
―人材育成については、どのような連携をしていますか?
VLでは、研究のみならず人材育成でも連携し、学生向けの講習会を4大学の持ち回りで毎年1回開いています。シミュレーションのプログラムの使い方や、観測からデータを取得して解析する方法、衛星データを利用する方法など、各大学の得意技を活かした内容です。4大学以外にも、全国の関係する大学に声をかけ、北海道大学から長崎大学まで、大学院生を中心に毎年30~40人くらいの学生が参加します。
4大学が個別に講習会を実施するよりも、連携によって、多様なトピックを取り上げることができ、学生の多様な興味に応じることができます。我々は様々な気候変動の研究を紹介することで、気候変動のサイエンスに興味を持つ人を増やし、研究者後継者や社会で活躍する若手を育成したいのです。
■現在の地球の気候を調べることが、地球の過去や未来、惑星の理解までつながる
―最後に、中高生も含めた、若い世代へのメッセージをお願いします
地球の気候システムの変動メカニズムは非常に複雑で、わからないことがたくさんあり、それを解明すること自体がサイエンスとして面白いのです。現在の気候を理解することで、将来予測もでき、社会に貢献できます。また、純粋に学問的な興味として、数十万年前の過去に遡って理解する面白さもあります。
さらに過去へ遡ると、地球は過去2~3回、地球全体が雪や氷で覆われていたと考える「スノーボール・アース仮説」が、主に地学の研究者たちによって主張されてきました。しかし一方で、地球が全て凍れば、太陽の光の反射率は大きくなるため、ますます冷たくなり、地球は一度凍れば溶けないだろうと反論する意見も、約40年前にはあったのです。
ところが、その後、どうも地球はスノーボール・アースに近い状況を何度か経験しただろう、という考え方が主流になってきました。では、なぜ氷が溶けるかと言うと、最近は研究が進展し、いろいろなことが計算機でシミュレーションできるようになってきました。
例えば、実際の雪面も積もった後に新しい雪が積もらなければどんどん汚れ、太陽光の反射率は下がります。もし現在と比べて、過去の地球の二酸化炭素濃度が約10倍あり、氷が火山灰などで汚れて少し黒くなっていれば、全球が雪で覆われていても、温室効果で気温はそれなりに上昇し氷が溶け出すことはあり得る、といったシミュレーション結果もあります。現在の気候を理解することが、過去の地球を理解することにもつながるのです。
さらに最近は地球を惑星の一つとみなし、他の惑星や衛星などと比較して理解する研究へ発展しています。例えば、地球と「双子の惑星」と呼ばれる金星は、大きさはほぼ同じですが、大気組成の90%以上は二酸化炭素で、雲は硫酸でできています。また、土星の衛星エンケラドスは氷で覆われていますが、観測すると、どうも水が噴き出ているようなのです。さらに、太陽系の外にある惑星に、地球と同じような岩石質の惑星が十数個見つかっています。地球をとことん調べることで見えてくる、他の惑星や衛星などとの相違がまた面白いのですよね。
気候変動研究はいろいろな領域につながる学問分野ですから、純粋な理学としても非常に面白いのです。同時に、温暖化や自然災害など我々の生活や社会にも密接に関係しますから、非常に幅広い関連性を持つ面白い研究分野だと思います。このようなことに興味がある若い方には、ぜひ気候変動の研究分野に進んでもらいたいと願っています。
―早坂さん、本日はありがとうございました
コラボレーション
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