取材・写真・文/大草芳江
2011年5月11日
本物の科学に基づく産業技術でなければ、
世界に通用する本物の産業技術はつくれない。
大見 忠弘 Tadahiro Ohmi
(東北大学未来情報産業研究館長)
1939年東京都生まれ。1961年東京工業大学理工学部電気工学課程卒業。1966年同大学理工学研究科電気工学専攻大学院博士課程修了。同大学工学部電子工学科助手。1972年東北大学電気通信研究所助手、1976年助教授、1985年同大学工学部電子工学科教授、1997年同大学大学院工学研究科電子工学専攻教授、1998年同大学未来科学技術共同研究センター教授、2002年東北大学名誉教授(未来科学技術共同研究センター客員教授、2001年同モニターシニアリサーチフェロー)。2003年紫綬褒章受章、2003年産学官連携功労者表彰・第1回内閣総理大臣賞受賞。このほか数々の賞を受賞している。
「科学って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【科学】に関する様々な人々をインタビュー
科学者の人となりをそのまま伝えることで、「科学とは、そもそも何か」をまるごとお伝えします
1980年代後半、経営的危機に陥った米インテル社が収益力を回復し、
世界屈指の半導体メーカーにのぼりつめた陰には、
東北大学の大見忠弘さんが開発した革命的な半導体製造技術があった。
「本物の科学に基づく産業技術でなければ、世界に通用する本物の産業技術はつくれない」
と語る大見さんという「人」から見える、科学とはそもそも何かを探った。
<目次>
ページ1:国民の税金で育ててもらった自分の役割とは
ページ1:日本を豊かにしなければ、一家心中をなくせない
ページ1:何をやれば、世界で新しくて、世界のプラスになるのだろう
ページ1:本当に世の中に役立つ人間に自分を変えていく
ページ2:何から何まで何もない
ページ2:トータルな開発の一部だが、なければ絶対に仕上がらない
ページ2:現状のシリコン技術の行き詰まりを突破しなければ駄目
ページ3:フルCMOSシステムLSIを本物の産業へ
ページ3:現在の技術では、シリコンの限定された性能しか使えていない
ページ3:超高性能の集積回路をつくれるのはシリコンだけ
ページ3:シリコンという結晶が持つ全性能を完全に駆使するための方法
ページ3:絶対に化合物半導体では超高性能の集積回路はできない理由
ページ3:すべては自然科学の法則通りに動き、願望でものは動かない
ページ3:やったことは全部成功させなければ駄目
ページ4:俺のどこが悪いのかがわからない。わからないことは謝るわけにはいかない
ページ4:必要なものは全部、大学でつくらなきゃ研究にならない
ページ4:何が真理かがわからない限り、新しい学問に基づく産業技術なんてつくれない
ページ4:超高性能なスーパークリーンの研究施設
ページ4:15年にわたる技術開発で運転を止めてもゴミが1個も出ないクリーンルームに
ページ4:性能を上げながら、ランニングコストを安くしていく
ページ4:水道のように使いやすいガス供給系技術を実現
ページ4:「全部やろう」と決意したのは人生で2回
ページ4:自分を磨いて磨いて磨き続けること

東北大学 未来情報産業研究館長 大見忠弘さんに聞く
国民の税金で育ててもらった自分の役割とは
―「教育って、そもそもなんだろう?」「科学って、そもそもなんだろう?」「社会って、そもそもなんだろう?」をテーマに、大見さんがリアルに感じていることをお伺いします。
(同じ立場の人ならば)どんな人でも同じだろうと思うのですけどね。私も学校は、小学校も中学校も高校も大学も大学院も、公立・国立で育ててもらったわけですよ。途中から奨学金や何かも貰ってね。簡単に言うと、国民の税金で育ててもらっているわけですね。
我々の頃は、中学校から高校に行く人の割合が、東京でも十人に一人でした。高校から大学に行く人の割合も、十人に一人でしたね。ですから中学校の頃から考えると、百人に一人が大学に進めていけるわけですよ。その後も大学院に行ってドクター(博士過程)まで行かせてもらっているでしょう?すると一万人に一人、十万人に一人という割合で、国民の税金で選ばれた人間になっているわけですね。
そのような教育を徹底的に受けさせてもらっているから、「社会に恩返しをしなきゃいけないんだ」ってことは骨身に沁みてわかりますよね。自分の役割とは、自分一人の月給を稼ぐのでは駄目なんだよね。一万人分、十万人分の月給を稼いでやっと、自分は一人前の月給を貰えるのだな、自分の役割とはこういうことだな、ってことは大学院学生の頃から、気づいていましたね。
日本を豊かにしなければ、一家心中をなくせない
高校から大学に行く時、私は文学部へ行こうと思っていたのですよ。それを高校1年生の時、工学部に変えたんですね。
―変えた理由は何ですか?
朝鮮戦争(※)の間は比較的、日本の景気は良かったんです。けれども朝鮮戦争が終わると、また物凄い不景気になってね。終戦後にはなかった一家心中が頻発するんだよね。本当にね、カラスが鳴かない日はあっても一家心中のない日はない、ってくらい一家心中に次ぐ一家心中なんですよ。「あいつ、どうしたんだ?」って聞くと「皆で死んじゃった」って話ですよね。なぜ死ななければいけないんだ?それは、金がないからなんですね。
※朝鮮戦争:19506月25日~1953年7月27日休戦。大韓民国と北朝鮮の間で戦われた戦争。
一家心中なんて、そんなことは見聞きしたくないですね。じゃあ、どうすれば良いんだ?ということを高校生なりに考えてね。やっぱり日本を豊かにしなければ一家心中をなくせないよな、ということくらいはわかるわけですよ。じゃあ、日本を豊かにするためには、どうすればいいのだろう?資源も何もない国ですからね。やっぱり産業立国しかないんじゃないか。じゃあ、工学部の強い東京工業大学に行こう。そこで、東京工業大学に進んだわけです。
何をやれば、世界で新しくて、世界のプラスになるのだろう
日本を豊かにすること、金を稼ぐことが、最初からターゲットですからね。自分の才能を徹底的に磨いて、強い産業技術を日本につくらなければ、金なんて、稼げないわけですよね。そういうことを考えながら、大学院の時代を終わって、助手になってからも、もうひたむきに自分の才能を磨いていきました。
ところが、真空管をやっていた研究室で半導体の研究を始めたものですから、一体何をやれば世界の役に立つのかがわからないんですよ。第一、まわりに半導体のことをわかる奴が誰もいませんからね。しょうがないから、自分にわからないことをわからす、という研究を続けて、わかったことを論文に書くわけです。
ところが、自分にわからないことが世界にもわからないことかどうかも、わからないわけですよ。しょうがないからね、世界で一番有名な雑誌に投稿しようと、アメリカの雑誌に投稿するわけね。そこで5回続けて論文が採用になったので、「あぁ、そうか。自分にわからないことは、世界にもわからないんだな」っていう自信が、ある程度は持てました。自分は研究者をやれるんじゃないか、って。それがちょうど30歳くらいの頃です。
でも、そうは言ってもね。何をやれば世界で新しくて、世界のためにプラスになるのか、まだわからないのです。それからの10年間、40歳まで、死に物狂いで勉強をしましたね。自分で実験しながら、1年間に何百から何千の論文を、読んだのではないでしょうか。
本当に世の中に役立つ人間に自分を変えていく
それでやっとね、40歳になった歳かな。いろいろなことが全部わかるようになりました。人類にとって今わかっていることは何であって、わかっていない重要な案件は何であって、何をやれば本当に人の役に立つ技術になるのか。40歳になって初めて、それがやっとわかるようになったのです。それを理解できるようになることは並大抵なことではないですよ。よっぽど努力して勉強しなければわからないでしょう。まさに心技体充実ですよね。
「あぁ、そうか。自分のやっている半導体分野で、今の半導体技術がいかに駄目か」とすぐにわかるわけです。こんなことをやっていたら行き詰まっちゃう。では何をしてやれば、半導体の未来を拓く技術になるのだろう。それを自分の頭で考える能力は、身についているわけですよ。「こういう新しい半導体技術をつくるぞ」と考えるわけですよね。
そして、今の技術で役立つ技術は何があるか一生懸命調べてみたのです。すると、一つもないのですよ。だから全部、新しくつくらなければいけない。ということは、物凄い量の研究開発をやらなきゃいけないわけです。じゃあ、どんな順番でやっていくと最も効率が良いかなと考えて、研究開発の順番を決めるんです。
若い頃の私は、半導体デバイス設計などの理論をやっていましたからね。そういう私が40歳代半ばになって、ガス配管用のステンレスチューブの研磨や溶接というものを、急にやり出したでしょう?その噂が東京に流れるわけですよね。「大見の奴、気が狂ったようだ」って。
そりゃ、そういう風に見えるでしょうね。今まで理論的なことや設計的なことしかやっていなかった人間が、なぜガスのステンレスチューブの中を研磨したり溶接したりやり出したかなんて、なかなか普通の人にはわかりませんよね。それくらいドラスティックな(drastic:徹底的な、思い切った)変化だったのです。
このようなことからわかるように、教育と社会と科学というのは、完全に相関関係があるんですよ。それぞれ人によってね。自分が若い頃は、そりゃ教育ですよね、圧倒的に。それで、ある歳になっても、まだ勉強して自分をトレーニングしながら、本当に世の中に役立つ人間に自分を変えていくことですよ。その間、たくさんの人から恩を受けるじゃないですか。金を使わせてもらう、ということですからね。やっぱり社会から受けた恩は、恩返ししなければいけませんね。銭を稼いで世の中に恩返しすることは、当然の役割ですよ。そんなところではないですかね。
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